ナンの表情は、どこか清清しくすらあった。
ずっと抱えていたものを清算したようなその表情に、ライトはなにも言えなくなる。
「迷惑かけたね」
神妙な顔でそう言い、頭を下げる。
「ごめん」
慌てたのはライトだった。
「そんな、顔上げてくださいよ。俺はなにも、思ってませんから」
「そう言うわけにはいかないよ。…心配、してくれたんだろ?」
からかうように言われてライトとゼンは顔を赤くした。
ふたりとは対照的に、万真は心なしか心配そうな顔でナンを見上げた。
「…もう、大丈夫なの?」
ナンは笑った。柔らかな笑顔だった。
「ああ。…巻き込んじまって、悪かった」
万真は無言で首を振った。過去形で言うことではない。少なくとも、今は。
その思いがわかったのだろう、ナンは小さく苦笑すると、万真の頭を撫でる。
落ちた沈黙を破るように、にやりと笑って口を開いたのは成一だった。
「“みなみ”さん?」
心なしか赤くなったナンを覗き込むように、千里もそれに加わる。
「もしかして、東西南北の“南”?」
「…いいだろ、べつに」
彼らの会話を聞いて、万真はことりと首を傾げた。
「もしかして、ナンさんと北斗さんって…」
確信をもてなくて言葉を切ると、ナンは破顔して背後の北斗たちを振り向いた。
「紹介しなくちゃな。…あたしの、昔の仲間だ。シュウはもう知ってるよな」
全員が頷くのを確認してから、隣に並んだ背の高い男を手で示す。
「このガラの悪いのが、北斗。一応あたしの兄貴って奴。ちなみに、千里と万真と一緒で双子なんだ」
「は」
と間抜けに口を開けてふたりを見やった万真だった。
「ふたごぉ?」
ウソだ。
とっさにそう思い、慌てて否定する。
それほどまでに、二人は似ていなかった。
思わず万真は非難のまなざしで北斗を見てしまう。
「…言ってくれればよかったのに」
「そういう状況でもなかったから。…君も双子か」
さらりと言って、北斗は眼を細めて万真と千里を見やった。
「あ、うん」
頷いた万真と千里は、
「なんだ。俺てっきり恋人かと思った」
北斗の隣からひょい、と顔を覗かせた蓮見の言葉で硬直した。
「いや、だって、さっき一目散に駆け寄って、しかも抱きついただろ、君。普通キョウダイでそんなことするか? なあ」
話を振られた北斗は間髪いれず首を振り、ナンも怪訝な顔で万真と蓮見を見やる。
「い、いいじゃない、べつに! それだけ心配したんだから! って弘くんなに笑ってるのさ!」
真赤になった万真は声を張り上げ、ひとり身体を折って笑っている弘行を睨みつけた。
弘行は笑いの発作をなんとか抑え、目の端ににじんだ涙をぬぐってぷりぷり怒っている万真を見た。
「い、いや。やっぱおまえら最高だわ」
「どういう意味だよ弘くん」
冷たい千里の声に慌てて真面目な顔になる。
「いやこれは冗談で。単に仲がいいだけだよな、おまえらは」
「うん」
「そう」
「コミュニケーションは大事だよな。兄妹間でも」
「うん」
「そう」
こっくりと頷く千里と万真の隣では、成一が平和な顔で笑っている。一方みるみる不機嫌になったのは北斗とナンだった。
「…それは俺たちに対する嫌味か?」
北斗がにやにやと笑っている弘行を睨むが、彼はそんなものには動じない。
「さあ? どうだろうねえ」
ピンクの髪をかきあげて「ったく」と呟いたナンは、ふと顔を上げて万真と蓮見、そして北斗を見た。
「そういえばあんたたち、知り合いだったのかい?」
あ、と気まずい表情になった万真に目ざとく気づき、ナンは眉をひそめた。
傍らを見ると北斗は澄ました顔であらぬ方を向いているし、蓮見は蓮見で白々しく弘行となにか話している振りをしている。
そういえば、さっきは律也のことで頭が一杯で気にも止めなかったが、先ほどの彼らの発言は明らかに変ではなかったか。
そう、まるで、万真と言う人間をよく知っているような――。
「……なにか隠してるね?」
「…ッ!」
ナンに思い切り腕をつねられ、北斗は身をよじった。
「なにも隠してなんか」
「あ。その、ナンさんッ」
なにか言わねば、と慌てて口を開いた万真だったが、それは弘行に眼で制されてしまう。
「あー、南。カズ坊はさ、俺のバイト先の子なんだよ。な」
目配せに気づいて慌てて「うん」と頷く。
「だから、お互いによく知ってるんだ」
「そうそう。弘くんがじつはお金に小うるさいこととか、見た目に反して料理好きとか、きれい好きとか、徹夜明けの弘くんはおもしろいとか」
「カズ坊、それ以上言ったら殴るぞ?」
「……ゴメン」
にっこりと笑顔で額に青筋を立てながら言われて万真は口を閉じた。ナンはそんな二人を疑わしそうに眺める。
「ふうん? じゃあ、千里とも知り合いなんだ」
「え? あ、ああそう。千里だけじゃなくて、成一のことも知ってるし。そこのええとそう日向クン、彼とも一応顔見知りだし」
必死の目配せに、怪訝な表情で頷く少年たち。
ナンは口元に笑みすら浮かべながらまっすぐに弘行を見つめている。
「でも、蓮見と北斗が万真の事を知ってるのはどうしてだい? 万真、正直に言ってごらん」
「えっ」
万真は硬直した。
ナンの笑顔が怖い。とても怖い。
ちらりと視線を北斗に投げると、彼は必死の形相で首を横に振った。ナンの後ろでは蓮見がなにやら拝むジェスチャーをしている。
「えーっと、その…。そうそう、前に弘くんがうちのお店に連れてきたことがあって!」
ナイス言い訳!
思わず心の中でガッツポーズをし、北斗たち三人の表情が安堵のあまり晴れ晴れとなったときだった。
「…そんなわけないだろ」
ボソリと、ものすごく不機嫌な声がした。
ピシリ、と音を立てて万真が凍りつく。
「ば、バカ千里…ッ」
慌てて弘行が声を投げたが、それすらも弾き飛ばす不機嫌で持って千里は青年たちを睨みつけた。
「なにを隠したがっているのか知らないけど。言っておくが、俺はさっきのことにはまだ怒ってるんだ。万真もなぜか知らんがあんたたちをかばうし。でも俺にはあんたたちをかばってやる義理はない。一ミクロンもない」
そうそう、と成一と日向が深く頷く。
青くなる青年たちとは対照的に、ナンはとてもとても優しい微笑を浮かべて、こう言った。
「言ってみな」
「今から…約二時間半前か。いきなり万真が姿を消した。正確には拉致された。犯人はそこの三人。弘くん北斗さんそして…蓮見さん? その三人だ。俺たちが万真を発見するのに要した時間は約二時間。その間、万真がどうしていたのかはまったくわかっていない。
俺たちには怒る権利があると思うが、どうだ、弘くん」
弘行たちの顔はすでに蒼白になっている。
無風状態で蒸し暑いと言うのにナンの周囲で風が起こりピンクの髪が逆立つ。
「せ、千…」
千里は万真の制止は無視して、さらに続けた。
「しかも、被害者であるこいつは加害者をかばう発言までする。今現在もかばっている。なにが一番むかつくかというと、そのことが一番腹が立つんだが――…」
とうとうとまくし立てていた千里は、そのときようやく周囲の状況に気づいた。そして目をしばたたかせた。
ナンの髪が逆巻いている。
「……あんたたちかい。万真を巻き込んだのは」
静かな、静か過ぎる声があたりに響いた。弘行が必死の形相で叫ぶ。
「待て、俺は関係ない! ただその場に居合わせただけで――」
ナンは微笑む。うっすらと。
「さっきの万真のセリフを覚えてるかい? “あたしに逢った時点で、もう関わってる”? ――いじらしくて泣けてくるよ」
ナンの表情が豹変した。
ぎらりと瞳が苛烈に輝いた。
「でもな、あんたたちが余計なことをしなかったら、あの子は無関係でいられたんだよこのバカヤロウ!」
「ちょっと待て南――」
すさまじい勢いの風がナンを中心に吹き荒れた。
暴風という域をすでに越えた風はそれ自体が刃となって青年たちを襲う。
絶叫と怒声が響く中、千里は呆然と眼の前の光景を見つめていた。
「………ナンさん、凄いな」
「…………千のバカ」
「あの人の能力って、本当は“カマイタチを創り出す”ことじゃなくて“空気を操る”ことだったんだな」
「……ナンさんキレてるよ。どうするのさ」
見れば、無関係なはずのシュウまで巻き込まれ、必死にナンを止めようとしているが返り討ちにあって逃げ惑っている。
同じく呆然とナンたちを見つめながら、成一が呟いた。
「なあ。下手したら、あの人たち死ぬぞ…」
短い沈黙が落ちる。
成一を見もせず、ただひたすら眼の前で次々に倒壊していく建物と、その間を飛ぶように走り抜けるナンの姿を見つめながら、千里が口を開いた。
「……止めてみるか?」
「………。日向は?」
返答は避けて日向を見やる。
顔から表情が抜け落ちたままで、日向はのろのろと首を振った。
「…そんな度胸はない。今止めたりしたら、俺たちにまで被害が及ぶぞ」
「…俺もそう思う。千里が行けよ。この状況作ったのはおまえなんだから」
長い沈黙が降りた。
非難のまなざしを受けて、千里は沈黙する。
そしてゆっくりと首を横に振った。
「………ナンさんの気が済むまで、待とうか」
千里を非難するものはいなかった。
ただ、全員が、無言で頷いた。
待つこと一時間。
その間に、周囲に乱立していたビルはことごとくなくなり、ヘルハウンドのアジトとなっていたビルの周囲は非常に見晴らしがよくなってしまっていた。
瓦礫が散乱した地面には、青年たちが長々と伸びている。奇跡的に彼らは無傷だった。倒れているのは疲労のためだ。
そんな彼らを見下ろして、この破壊を成し遂げた女性は鼻を鳴らしてピンクの髪をかきあげた。
「二度とこんな真似すんじゃないよ」
応える声はなかったが、それでも、青年たちに同じことを繰り返す気力は残されていないのが一目でわかる。
ナンは首を回して硬直して事態を見守ることしか出来なかった少年たちに視線を向けた。
とたん、少年たちがびくりと姿勢を正す。
彼らの顔が強張っていることに気づかないわけではなかったが、ナンはあえて気づかない振りをして一番小柄な人物を覗き込んだ。
「あいつらが、迷惑かけたね」
「う、ううんっ。全然、別になにもされなかったし!」
慌てて万真は首を振った。慌てた拍子に声が裏返ってしまったが、この際それも仕方がなかろう。
「…なにかしてみろ。俺がその場で息の根止めてやる」
物騒なセリフを吐いたのは千里で、万真がそれを咎める前にナンが思い切り同意した。
「やっていいよ。あたしが許す。…まあ、今回はなにもなかったようだけど」
「なにかあったら今ごろあいつら生きてないって」
冷めた表情で成一までもがそんなことを言う。
ナンはようやく表情を緩め、かすかに笑った。
「あんたたちがついてるんなら、万真も大丈夫だね。……本当に、いろいろとゴメン」
慌てて首を振り、万真はちらりとライトとゼンを見やった。
ふたりとも、奇妙に表情を殺してナンを見つめている。
「…ナンさんは、これからどうするの?」
ナンは軽く眼を見張り、そして首を傾げた。
「どうもしないさ。これまで通りだ」
ライトの表情が動いた。
万真も眼を丸くしてナンを見上げた。
「…じゃあ、あの人たちのところには戻らないの?」
ナンは小首を傾げてからかうように万真を見る。
「なんで? あいつらはあいつら、あたしはあたしだ。勝手にやるさ」
あっさりと言い切り、眼に光を取り戻し始めたライトとゼンに眼を向けた。
おどけたように肩をすくめ、ちらりと笑う。
「勝手なことばっかり言って悪いんだけど。もし、あんたたちがいいって言ってくれるんなら、もう一度チームを組みたいんだけど、いいかい?」
「も、もちろんです!」
顔を輝かせてゼンがはじけるように答えた。
ナンの表情が緩む。
そしてそのまま、沈黙しているライトを見た。
ライトは非常に複雑な表情をしていた。
それを見てナンの表情も曇った。
「…やっぱり、怒ってるみたいだね。無理もないか」
溜息交じりの言葉に、顔を強張らせて吐き捨てるように言う。
「俺は、怒ってるんじゃなくて…」
口をつぐんで、ライトは大きく息を吐き出した。
まるで、これまでずっとためてきた言葉を息とともに吐き出すかのような、長い溜息だった。
顔を上げた彼の顔には柔らかな笑みが広がっている。
「…嫌なはず、ないじゃないスか。大歓迎っすよ」
その言葉に、ナンの顔にも優しい笑みが広がった。
「ありがとう」
微笑み合う三人を見つめて、万真も自然と笑顔になった。
良かった。
ライトやゼンの気持ちが痛いほどわかっていたために、ナンがこのまま北斗たちのもとへ行ってしまうのではないかと心配していたのだ。
だが、その心配は全くの杞憂だった。
ナンはそんな人ではないと、わかっていたはずなのに。
にっこりと微笑んでナンたちを見つめていると、ポン、と頭に手が置かれた。
振り返ると、いつの間に復活したのか、弘行が立っていた。その後ろには北斗たちもいる。
「…良かったの?」
遠慮がちな万真の言葉に、青年たちは軽く目を見張ったあと、柔らかく微笑んだ。
「ああ。あいつは別働隊になってくれる」
「そう」
ほっとして万真も笑った。
その会話を聞きとがめたのは千里で、形のいい眉をひそめて万真と青年たちを見やった。
「別働隊? なんの話だ?」
答えあぐねた万真の頭から手を離して、弘行がやはり笑いながら答えた。
「ああ。俺たち、探し物があってさ。南も、それに協力してくれる」
「その探し物にカズも関係あるのか?」
一瞬、青年たちの表情が凍った。それは万真も同じで、あまりにも鋭い切り込みにとっさに対応できなかった。
千里にとっては、その反応だけで十分だった。
瞳を翳らせ、「そうか」とだけ呟く。
「千、あのね」
慌てて口を開いた万真だが、思いがけず優しい千里の瞳にあって口を閉ざした。
「あとで話してくれるんだろ?」
その声は暖かく、いつもの千里の声だった。
「うん」
だから、万真は頷いた。しっかりと。
そんなふたりを微笑みながら見やっていた成一は、視線を移動させてやはり微笑している弘行を見た。
「それにしても驚いたなあ。弘さんがこっちの人だったなんて」
「俺はもう抜けてたんだけどな。このバカに呼び出されたんだ」
うるさいな、と顔をしかめた北斗を見て軽く笑い、成一は瞳を輝かせて弘行を覗き込む。
「弘さんも“神竜”のメンバーだったんだろ? やっぱり強かったんだろうな」
と、蓮見が顔を出して会話に加わってきた。
「ああ、強い強い。弘行さんは、神竜で最強だったんだ。なんたって俺たちのリーダーだから」
「え?」
千里たちの表情が固まった。
それには気づかず、蓮見は一方的に話し続ける。
「あと、俺たちもゲームに参加するようにしたから。もちろん弘行さんも復帰して、ヘルハウンドじゃなくて“神竜”としてね」
勝手に決めるな、という弘行の言葉は笑っていなされる。
蓮見は笑顔で、まだ固まっている少年たちにこう言った。
「だから、君たちとも闘うことになるかもしれないけれど、そのときは仕方のないことだと思って、笑って負けてくれ」
その言葉で千里たちは我に返った。千里の好戦的な性格がむくむくと頭をもたげてくる。
「生憎と、俺の中でのあんたたちの印象は最悪なんだ。笑って負ける? 冗談じゃない。年寄りはさっさと若い者に跡を譲って引退してればいいんだよ」
「君も結構面白いこと言うね。残念だけど、今の俺たちは負ける気はないよ? いくら君たちの中に鬼が二人もいて、しかもコピー能力者を内包していても、能力を使いこなせていない内は俺たちには勝てない」
千里と成一、日向、そして万真の顔色が変わった。
その反応を楽しむように蓮見は笑う。
「大きな口を叩く前に、力を使いこなせるようにすることだね。“鬼”が皆に恐れられている理由を考えてみた方がいいよ。俺の眼から見たら、君たちの力はまだ甘いから。きっと使っていない部分があるはずだ。それとコピー君」
「なんだよ」
不機嫌極まりない声と表情は蓮見の笑顔にあたって跳ね返る。
「コピー能力者は、“鬼をも越える”と言われているんだ。その意味をもう少しよく考えてみた方がいいね」
いきなり言われて千里は困惑した表情になった。
「力は使いようだ。“能力”は、ほとんどの奴が思っているような、単純なものじゃないってことを覚えておくといい。能力を使いこなせて初めて“能力者”になれるんだ」
四人は困惑した。
なぜ、この人がこんなことを言うのか。
これはまるで、助言ではないか。
「なんで、そんなことを俺たちに言うんだ?」
当惑も露わに千里が尋ねると、蓮見は不思議な微笑を浮かべた。
「君たちには強くなってもらわないと困るんだよ。“神竜”よりも強くなってもらわないとね」
どういう意味かわからずただひたすら眉をひそめる少年たちを見て軽く笑ったあと、蓮見は万真に視線を投げた。
その視線の意味を捉えかねて首を傾げているうちに、彼は身を翻して北斗のもとへと行ってしまった。
残った弘行は再び万真の顔を覗き込む。
「…これからなにが起こるか、俺たちにもわからねえけど。ひとりになるようなことだけは避けた方がいい」
問い掛けるような視線が三方から注ぐ中、万真は少しだけ首を傾げて弘行を見上げる。
「…わかった」
頷くと、ぽんぽんと頭を叩かれた。
万真の返事に満足そうに笑うと、弘行は少年たちを見やる。
「まあ、そんなわけで、俺もこれからこっちに顔出すことになるだろうから。なにかあったら、相談に乗るぜ」
訝しげな表情を消して千里は口元に笑みを浮かべた。
「それはありがたいな。でも、敵になるなら俺たちは容赦しないから」
「…生意気な」
憮然とした青年の表情に万真がはじけたように笑い出した。
それを皮切りに千里と成一も笑い出す。
そして、最後に弘行が笑み零れた。
そこに顔を出したのは北斗と蓮見で、二人はどこか楽しそうな表情で弘行の腕を叩いて注意を喚起する。
「弘行さん、ここはひとつ、“神竜”が復活したことを住人に知らしめておいた方がいいんじゃないか?」
弘行はきょとんとした。
「まあいいけど…どうやって?」
蓮見は破顔した。
「ああ、弘行さんは知らなかったっけ。ちょっと前に、夜の王国のホームページが出来たんだよ。そこでいろいろと告知したりするのさ」
弘行の口がぱっくりと開かれた。
「ほーむぺーじぃ?」
驚きのあまり呆然としていたのは一瞬で、弘行はすぐに蓮見の言わんとしていることを悟って瞳を輝かせた。
「…つまり、そのホームページで俺たちが復活したことを宣伝するわけだ」
「そう。携帯のメールで十分可能だから」
「で、そのメールはたいていの奴が見るんだな?」
「ああ」
「俺にやらせろ」
突然言われて今度は蓮見と北斗が眼を丸くした。それには構わず、弘行はすでに手の中にあった蓮見の携帯電話を取り上げる。
呆然とする二人に向かって、弘行はとてもとても人の悪い、そして愉しそうな笑みを向けたのだった。
眼下にいくつもの光が零れる。
先ほどからずっと続いていた、遠くの方での地響きや破壊音はいつのまにかやんでいた。
「大丈夫?」
まどかの声に衛は静かに首を振った。右手はまだ両目を抑えたままだ。
その様子を見て亮も心配そうに顔を曇らせる。紗綾などは今にも泣き出しそうだ。
一時間ほど前になるだろうか。
突然姿を消した万真を探すために、衛は能力を使った。彼の能力は千里眼だ。
程なくして見つけた彼女は見知らぬ男たちに取り囲まれていて、なにか話していた。男たちの顔をよく見ようと目を凝らした瞬間、ソレは起こった。
男たちのひとりが、衛に気づいたのだ。
ありえないことに衝撃を受けるよりも早く、突然眼の前がスパークした。
痛みはなかった。
だが、それからずっと、千里眼が使えなくなったのだ。
「……何者だあいつら」
何キロも離れた地点から見ている者の存在に気づき、あまつさえその力を封じることが出来る人間がいたなんて。
衛は眼を覆っていた手を外すと、数回瞬いた。大丈夫。普通の「眼」は無事だ。
「ずっとこのままってことはないよな」
不安そうに亮が呟いた。
「いや、それはないだろう」
あっさりと衛が言い切ると、とたんに安堵の表情になる。
衛の力は、「管理人」にとってなくてはならないものだ。
よって、衛の能力が使えない今、管理人としてできることはなくなってしまった。
衛は顔を上げると、不安げに見つめてくる仲間たちを見回す。慧ですら、気遣わしげな瞳を向けてきている。
「ちょうどいい機会かもな。俺の「眼」じゃ全国を見るのも限界があるし。ゲームも第二段階に進もうか」
「……本気か?」
慧の声は慎重だ。それに対して亮は目を輝かせて自分の鞄から一冊の大学ノートを取り出した。
そして携帯電話の明かりを頼りにノートを広げる。
「確か、中国エリアはもう3チームしか残ってないんだろ?」
「ああ。あそこはもともと大きなチームは少なかったから、減るのも早かったな。今のところ一番混乱しているのは東京だ。他のエリアはもう十チームを割ってる」
衛の言葉に頷きながら、亮はノートを読んでいく。そして大きく頷いた。
「うん。そろそろ頃合だ。もう少し東京もカタが着いてからのほうがいいかもしれないけど――」
「弱いチームは自然に淘汰される。それに、全国に散らばっていた鬼も集まってくることになるしな」
衛の言葉に反論したのは慧だ。
「それだけ闘いも熾烈になる」
「それは前からわかってたことでしょ」
冷たい声でまどかが言い切った。慧もそれには反論せず、無表情で沈黙する。
衛が顔を上げて全員を見た。
「じゃあ、そう通達してもいいか? 『ゲームの舞台を東京に移す。各エリアで生き残ったチームは東京に終結せよ。東京が最終決戦の地だ』――文章としてはこんなもんか」
澄んだ瞳を上げて、慧が口を開いた。
「――発案者は、シャドウの名を借りておくか?」
「…いや。もう、発案者の名を出す必要はないだろ。シャドウの発案とほとんど変わらないけれど、一応これがゲームの『流儀』だから。最後は東京に集められる。今までの『ゲーム』も、形は違えどそれだけは同じだったはずだ」
亮の言葉に全員が黙り込む。沈黙の中、ことり、と首を傾げて、紗綾が口を開いた。
「…結局、あたしたちって、“最初のパルチザン”と同じことをするだけなの?」
亮が驚いたように眼を見開いた。
「後を継ぐのは、俺たちの義務だろ?」
紗綾は困惑した表情でさらに続けた。
「うん。そう思ってるんだけど…。でも、あたしたちが知ってるのは“一番最初”だけでしょ? 二番目の人たちはどうしてたのかなあって、思うの」
亮の表情にもまた当惑が浮かぶ。
「最初も二代目も、大した変わりはないだろ? どこから初代でどこから二代目かもわからないんだから」
「でもね。最初の人たちと、二代目の人たちは、どうやって“パルチザン”の引継ぎをしたのかなあ。あたしたち、“パルチザン”を名乗ってはいるけど、前の人たちがなにを考えて、どういう志で行動していたのかとか、なにも知らないでしょ? 本当にこれでいいのかな」
亮は絶句した。
紗綾の言葉に、なにも言えなくなった。
「…別に、無理して同じことをしなくてもいいんじゃねえか。俺たちは俺たちだ。直接つながっていなくても、“パルチザン”を継ぐって決めたんだし、実際に名乗ってる」
「うん…」
慧の言葉に、紗綾も小さく頷く。
暗く沈んだ空気を振り払うように、まどかが明るい声を上げた。
「ねえ。今思ったんだけど、万真たちも誘わない? あの三人なら“パルチザン”に入る資格は十分にあるし。それに、あの三人が仲間になったら、ゴウだって入ってくれるかもしれないわよ」
ふ、と慧の表情が動いた。残る三人も顔を輝かせる。
「いい考えでしょ? 誘おうよ!」
明るい声に、亮が頷こうとしたときだった。
「どうやって誘うんだ?」
冷たい声がした。
「だから、“パルチザン”のことを話して――…」
まどかの声はどんどん小さくなっていく。完全に消えてしまったまどかの声にかぶさるように、慧の声が流れた。
「…成一の言葉を忘れたのか? あの二人の傷を広げたくなかったら、黙っていた方がいい」
まどかはシュンとなる。
慧は沈んだ空気を和ませるかのように、珍しく柔らかい声を出した。
「まあ、今のところはゲームのことだけ考えろ」
「そうだな」
衛が頷いたときだった。
ふと、かすかな電子音が屋上に響く。
発信源は、放置したままになっていたノートパソコンだった。
いつ住人からメールが届くかわからないので、夜の間はパソコンはずっとつけたままにしてある。
パソコンを引き寄せ、メールを開こうとして、衛はふと眉をひそめた。
アドレスに、見覚えがないのだ。
しかし、登録したアドレスがいつのまにか変更されていたりすることは時々あったので、あまり気にせずにメールを開く。
そして硬直した。
のぞきこんできた他の面々も、息を呑むのがわかった。
『神竜再び飛翔す。
先達の意志を継ぎ、神の槍を受け継ぎて我らここに降臨せん』
短い文章だった。
だがそれは、五人の心臓をわしづかみするに十分な威力を持っていた。
震える声が亮の口から漏れる。
「……何者だ。神竜って」
「再び――昔の、チームか」
ややかすれた声で慧が囁く。
「神の槍を受け継いだって――どういうことよ。あたしたちがここにいるのよ!?」
狼狽した声を上げたのはまどかだ。
神の槍――それの意味するところはひとつしかない。
「昔の、“パルチザン”を知ってる奴ってことか」
衛が低く呟いた。
「どっちの!?」
噛み付くような亮の声に、低く唸る。
「いくらなんでも、初代ってことはねえだろ。それじゃあまりにも年齢が上すぎる。たぶん――二代目か」
衛たちは、二代目を知らない。
初代はともかく、二代目との接点は皆無だ。なぜ“パルチザン”という名前が他の人々に継がれたのか、彼らはどんな人たちだったのか、それすらわからない。
慧が考え込みながら囁くように言った。
「…もしかしたら、二代目から“パルチザン”を引き継いだ奴がいたのかも知れねえな」
「ばかな! だったらなぜ“パルチザン”を名乗らない?」
声を上げた亮に静かに首を振る。
「もしかしたらだ」
まどかが衛を見やった。
眼鏡の奥の瞳は閉じられて、彼が思考に浸っていることを物語っている。
「…どうするの?」
衛の瞳が開かれた。
「…とりあえず、その神竜とやらを探るしかねえ。情報を集めねえと。でも、ゲームは先へ進める。とりあえず、第二段階に進む通知を出すぞ」
強い視線を受けて、四人はそれぞれの表情で頷いた。
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