NIGHT GAME 二章六話 エール
 夏の夜が更けるのは早い。
 なんだかんだですでに時刻は深夜を回っていた。日付上では明日になってしまっている。
 万真は飲み終えたジュースの缶をべこんとへこませると、ゴミ籠に向けて投げた。缶はきれいな弧を描いて籠の中におさまった。
 彼らがいる場所は、王国を出てすぐのところにあった公園だった。二十平方メートルほどの小さな公園ではあるが、ブランコやシーソー、砂場など、公園に必要なものはほとんどそろっている。
 外の世界に出たということで、万真たちの心は先ほどよりも軽くなっていた。なにしろここでなら、負ける心配がないのだ。
 万真はひょいと身体を折って黙ってジュースを飲んでいるライトを覗き込んだ。突然万真の顔が現れてライトは驚いたようだった。
「ナンさんのこと、心配?」
「そりゃあ、な。あの人が俺たちのリーダーなんだし」
 万真はくすりと笑った。
「素直じゃないねー」
「なんだと?」
 睨みつけたときにはすでに万真は身を翻していた。薄暗い水銀灯に浮び上がる小柄な少女はとても頼りなく見える。だがその身体の中に驚くほどのパワーが潜んでいることを、ライトは経験から知っていた。
 カランと言う大きな音にそちらを見ると、成一が空缶を籠に投げ入れたところだった。そのままジャングルジムに登りだした成一を見て万真は思わず笑った。
「サル」
「うるへ」
 声が不明瞭なのはガムをかんでいるからだろう。空缶をべこべこへこませていた千里が呆れたように首を振った。
「相変わらずガキだよな」
「俺より誕生日が遅い千里クンには言われたくありません」
 ジャングルジムのてっぺんから成一はそんなことを言う。
「精神年齢は俺のほうが絶対上だ」
「俺のが上だ」
 またもやくだらない言い合いが始まった。
 馴れたものですでに他の四人は彼らに見向きもしない。
 低い鉄棒の上に座って、万真は足をぶらぶらと揺らした。
「とりあえずは、ナンさんを見つけないとね」
 所在なげに傍らのベンチに腰を下ろしていた日向が、静かにその瞳をライトとゼンに向けた。
「心当たりは?」
 二人は無言で首を振った。
 心当たりなどなかった。
 二人とも、驚くほどナンのことを知らなかった。
 彼女が普段どこでなにをしているのかも、なにも知らない。
 重苦しい沈黙に包まれた二人を知ってか知らずか、万真は世間話でもするように言葉を続けた。
「じゃあ、あとは消防士さんか。あの人こそ謎だよねえ」
 名前と顔と性別しかわかっていない。
 と、上のほうから声が降ってきた。
「消防士だったら、やっぱり消防署だろー」
「馬鹿かお前。火を消してどうすんだ」
「最初に消防士って言ったのはてめえだろうが」
「覚えてないな」
 いつのまにか千里までジャングルジムに登っていて、頂上で二人して言い合いをしている。呆れ果てて万真は呟いた。
「なんとかと煙は高いところが好きだって言うけどね…」
 とたんに声が降ってきた。
「ああ、じゃあそれお前だ。万真バカみたいに高いところ好きじゃん」
「木のてっぺんとか高層ビルとか。バカはお前だろ」
 一瞬絶句したあと、万真は真っ赤になって怒鳴った。
「今現在バカな真似してんのは誰だ!」
「万真万真、夜中だって」
「あ」
 ライトに言われて万真は慌てて口を抑えた。しまった。ここは「外」だった。
 なにやら怒鳴り声が聞こえたが、万真のせいではない……と思いたい。
「あーあ、怒られたー」
「うるさい、ガキッ」
 成一はサルのような笑い声を立てた。
 身軽に飛び降りて、千里はわざとらしく万真の頭を撫でる。
「羨ましいんならそう言えよ。オニイチャンはお前の楽しみを横取りなんかしないから」
「………バカセン」
 半眼で睨みつけながら万真は低い低い声でそう呟く。
 ぴくりと千里の口の端が引きつった。
 万真は右足を大きく振って千里のすねを蹴りつけると、ひょいと鉄棒から飛び降りてライトのほうへと逃げ出した。
「こらカズ!」
「なにさ! せっかくシリアスに話進めてたのに!」
 せっかく真面目に話をしていたのに、千里と成一のせいで雰囲気がぶち壊されてしまったではないか。
「冗談だって。とにかく、ライトたちに協力するってことだろ」
 するするとジャングルジムを降りてきて、成一は笑って言った。
 ライトはぼんやりと成一の明るい笑顔を見つめる。
「協力してくれるのか?」
 面倒くさそうに答えたのは千里だ。
「そりゃな。あんたたちには世話になってるし、借りっぱなしってのも癪に障るし」
 そんな千里の脇をつついて、万真がとりなすように笑った。
「嘘だよ。だって、ここまで関わったら気になるじゃない。ナンさんのこと、心配だしね」
 日向も頷いて言った。
「俺もあの人には借りがあるから」
 ライトはしばらくなにも言えなかった。
 噛み締めていた口を開いて、ようやく言った。
「ありがとう」
 四人はちらりと笑ったようだった。
 しゃがみこんで、成一は一人ごちる。
「みずくせーんだよな。もっとなんでも言ってくれていいのに。俺たち、ライトに逢えなかったらきっと今ごろ命がなかったぜ?」
「そんな大げさな」
 苦笑したが、返ってきたのは真剣な瞳だった。
「大マジだって。ライトやナンさんには感謝してんだよ。あ、もちろんゼンにもな。だから、俺たちにもなにかさせてくれ。ていうか迷惑だって言われてもやるからな」
 ライトは笑った。
「じゃあ、遠慮なく使わせてもらう」
「おう、使われてやる」
 これ以上もなく偉そうに言い放った成一の頭を軽くどついて、千里が真面目な表情で言った。
「じゃあ、話を戻そう。とりあえず、情報が足りない。ナンさんになにがあったのか、それがわからないと動きようがないからな」
 ことん、と首をかしげたのは万真だ。
「ここには情報屋とかっていないの?」
 あははと無駄に明るく成一も言う。
「RPGの鉄則だよな。困ったときの情報屋頼み」
 何気なく言った二人だが、とたんに黙り込んだライトたち三人の様子に戸惑った。先輩三人はなにか思い当たることでもあるのか表情を険しくして言いよどんでいる。
 口を開いたのは日向だった。
「情報屋……は、何人かいる」
「ああ、まあそれらしき奴らならいるな」
 ライトはなぜか万真を見た。
「行ってみるか? 後悔すること間違いないけど」
 万真たち三人は顔を見合わせる。
 いったい、それほど言われる人間とはいったいどんな人物なのだろうか。


 日向とライト、そしてゼンとで話し合い、どうやらどの人物に会いに行くのか話がついたようだった。
 後悔するなよ、とくどいほどに念を押され、万真はどことなく不安になる。
 思わず前を行く日向に尋ねていた。
「……そんなにやばいやつなの? その情報屋」
 日向は困ったよう表情で万真を見下ろし、首を傾げた。
「俺も逢ったことはないけど……あまり、いい噂は聞かない」
 どんな噂なのか気になったが、日向がそれきり前を向いてしまったので聞くことはできなかった。
 隣を歩いていた成一が何気ない様子で声をかけてきた。
「なあ、万真ぁ。お前さっきさ、ナンさんのこと『守らなきゃ』って言ってただろ」
 記憶を探って、万真は頷いた。うん。言った。
「女だから『守らなきゃ』になるんだ?」
「んん? そうなるの、かな?」
 確かに、そういうことになるのか。
「ナンさんは明らかに『自分の身は自分で守る』ってタイプだろ。お前と一緒でさ」
「うん。そうだね」
 成一は一気に核心に迫った。
「お前もやっぱり、『守られたい』って思ってるんだ?」
「んんん?」
 万真は首をひねった。ちらりと千里がそんな成一と万真に視線をやって、次いで隣を歩く日向を見やる。
 万真は考えていた。考えて考えて、そして言った。
「うん。守って欲しいときもある。でも、自分でがんばりたいときもある」
 矛盾していると、自分でも思う。ひどく自分勝手な意見だということも自覚している。
「守って欲しいっていうのは違うかな。たぶん、あたしが助けを求めるときって、本当の最後だと思うから。闘って闘ってもうだめだって思ってはじめて、そのときは誰かにそばにいて欲しい。守ってもらうって言うより、そばにいて見守っていて欲しい」
 万真の言葉を聞きながら、成一はひそかにうなる。
 望んでいた回答と違うなあ、と思いながら。
 成一の心を万真は知らない。にっこりととてもかわいらしく笑って成一を見上げてきた。
「そのときはよろしく」
「おう。……って、いまのって俺のこと?」
「うん」
 少しだけ恥ずかしそうに、照れくさそうに、万真は笑った。
「もちろん千里は言うまでもないんだけど」
「……あー、うん。任せとけって、あはははは…」
 裏目に出てしまった。成一はそろそろと前方の日向をうかがう。一見、何事も感じていないように見える。だが、この距離で、今の会話が聞こえていないはずがない。
(しくったなあ)
 自分のうかつさを嘆く成一の目の前では、千里もまた内心で溜息をついていた。
(もっとうまくやれよ、バカ)
 日向は何事もないように歩いているが、やや速度が上がっている。
 と、そのとき、万真が恥ずかしそうに笑ってこう言った。
「でもまあ、守ってもらえたら、やっぱり嬉しいんじゃないかな。“女だから”って口実でただ守られるのはちょっとヤだけど」
 成一は思わず万真の顔を見下ろした。万真は照れたように頬を掻いた。
「……矛盾してねえ?」
「してると思う」
 苦笑しながら少女は答える。
 そんなもんか? と首を傾げながらも、成一は無駄口を叩くのを忘れなかった。
「お前ってさ、下手に守ってやったりしたら『邪魔すんな!』って怒鳴られそうだべ」
「そんなこと……あるかも」
「だろ?」
 万真はまたうなりだした。
 そんな彼女の頭を軽く叩きながら、成一は内心安堵の吐息を漏らす。
 滑り込みセーフ、といったところか。
 まずまずは及第点だった。
 千里も横目で日向の様子をうかがいつつ、万真の頭を撫でてやりたいような気持ちになる。
 日向の歩調は、先ほどよりもゆっくりだ。
 つくづくわかりやすい男である。
 日向の単純さ、朴訥さに敬意を表して、千里は万真との仲も(そんなことがもし起こったらの場合だが)認めてやってもいいかもしれないなどと、一人先走っていた。
 先走りついでに千里はいきなり日向の肩に腕を回した。
「なん…」
「カズって、嘘が下手なんだよな」
 唐突に言われて日向は目を丸くした。
「……なに?」
 千里はへらっと笑った。
「いや? それだけだけど――」
 瞬間千里の口元に冷笑が浮かんだ。
「このあいだアイツといったいなにがあった?」
「!」
 肩に回された千里の腕がものすごい力で日向の首を締め付けてくる。
 薄笑いを絶やさずに、千里はさらに締め付けた。
「カズも相当なもんだけど、あんたも結構嘘が下手だよな。思ったことがすぐに顔に出るタイプ」
 耳元で聞こえる声は鋭利な刃物を思わせる。ひやりとし、日向は反射的に動きそうになる拳を必至で押しとどめた。
「……別に、なにもない」
「ふうん。まあ下手なりにがんばりましたってところかな」
「だから、なにもなかったって言ってるだろ」
 至近距離から千里はまともに日向の瞳を見据えた。酷薄ですらある、瞳。
「――あいつに手ぇ出すなよ」
 日向は絶句した。
 言語機能を失調していたのは一瞬のことだった。
「な、出すわけないだろ」
 と、そのとき、不意に千里が日向を開放した。
「なんてな。冗談だよ」
 いつものやわらかい笑顔を浮かべて千里はそう言うと、何事もなかったかのような足取りで先に行く。
 いったいどこからが冗談だったのか。なにが冗談だったのか。
 考えれば考えるほどわからなくなり、さらにそこに万真が絡んできたりすると頭がぐちゃぐちゃでどうにかなりそうだった。
 大いに混乱している日向をちらりと見やって、千里はくすりと笑った。
 やっぱり日向は面白い。
 と、いつのまにか近寄ってきていた成一が、どこか複雑な瞳を千里に向けてきた。
「……お前、応援してるのか、邪魔してるのか、どっち」
「さあね」
 成一は頭を抱えて首を振った。
「…複雑すぎる愛情表現ですねえ」
「嫉妬するよりいいだろ」
「いや、それも時と場合によるっつうか」
 成一が嘆息したとき、前方を歩いていたライトとゼンが立ち止まった。
 二人の向こうにうっすらと揺らめく陽炎が見えた。
 足を止めた後続を振り返り、ライトは静かに告げた。
「例のやつはこの先だ。――もうあとには退けないからな」

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