華やかなネオンがうるさく瞬く。オレンジやピンクの照明に頬を照らされながら、彼女は一人歩いていた。
周囲には人はいない。
当たり前だ。
いくら繁華街を装ってはいても、ここは“夜”の世界なのだ。
普通の人間はこんなところにはいない。
ナンは紫煙を細く吐き出すと、歩みも止めずに前方を見据えた。
ネオンに照らし出されて五人ほどの男たちの姿が浮き上がる。ニヤニヤとだらしない笑みを浮かべながら、男たちはナンを見つめている。獲物を見る目だ。
「――カスが」
呟きと同時に、男たちの間から絶叫が起こった。
飛んだ血飛沫がナンの頬を赤く汚す。
親指でそれをぬぐうと、ナンは無言で血を振り払った。
避けた皮膚から血を流しながらのた打ち回る男たちの横を、顔色ひとつ変えずに通り過ぎた。
四年程前なら、この髪を見たとたん普通の神経のやつなら逃げ出したものだった。
月日の流れを肌で感じて、ナンはそっと苦笑した。
この変化を喜んでいたのはつい最近だったと言うのに、今ではもうこのことをわずらわしく感じている。
ナンが誰かも知らずに、無謀にも手を出してくる輩が多すぎた。
「ガキが、いきがるんじゃないよ」
呟きに、背後から押し殺した笑い声が返ってきたことにも、ナンは驚かなかった。
「悪趣味だね、シャドウ」
笑いを収めて、シャドウは暗がりから歩み出てナンに並んだ。
ナンはちらりと帽子の下の顔を眺める。
意外と若く整った顔立ちに驚きを感じたものの、表情には出さず静かに言った。
「なにか用かい」
「いや? 偶然お前を見かけてな。カマイタチは錆付いてはいないようだ」
「ガキがあたしにタメ口かい?」
「俺に敬語を使われたいのか?」
「吐き気がするね」
「それでこそ、カマイタチだな」
含みのある口調に、ナンは傍らの男を見上げた。男と呼ぶには若すぎる少年と言ってもいい年頃の彼は、口元に皮肉な笑みを浮かべてナンを見返した。
「あんた、なにを知ってる?」
「俺はなにも知らない。ただ、最近ヘルハウンドの動きが妙でな」
言葉を切り、シャドウはナンの表情をうかがった。
ナンの表情は変わらなかった。
ただ、静かに前を向き、呟く。
「邪魔だけはさせないよ」
「あいにくそれほど暇じゃない。有力者同士が食い合ってくれるならそれにこしたことはないからな」
「カスが」
「なんとでも言え」
並んで歩いていた二人は同時に前方に目を向け、そして舌打ちした。
「まったく。本当に無知なやつらばかりだ」
「同感だな」
行く手をふさぐように現れた一団には気にも留めず、速度も落とさずにそちらへと歩き続ける。止まれと叫ぶ声が聞こえたが、従う義務などない。
「この…!」
攻撃を加えようとひとりの男が身動きしたが、直後彼の顔は激痛にゆがんだ。
何種類もの絶叫が夜空を切り裂く。
一瞬で全員の身体を切り裂いたナンは、顔色も変えずにその場を通り過ぎた。返り血も浴びていない。
シャドウはその様子を見てくつくつと笑った。
「さすがに伝説になるだけはある」
ナンはもはやこの男に注意を払わなかった。
突然足を止めると、ビルの壁面に背中を預ける。
瞬く間にナンの姿はビルに吸い込まれていった。
油膜独特の波紋が壁面に広がり、すぐにもとの石に戻る。
残されたシャドウは口元に笑みを浮かべた。
ゲームは面白くなりそうだ。
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