男はガクと名乗った。赤龍のリーダーらしかった。
千里が仲間を解放したのを見届けてから、ついてくるように顎をしゃくる。だが、少年たちはその場を動かず、挑むようにガクを睨みつける。
「急いでるんだ。すぐに話せ」
ぶしつけな言葉に、だがガクは怒るでもなく軽く肩をすくめた。
のどを抑えてむせている男に立ち去るように言うと、男が去ったのを確認してから軽く息を吐いた。
「やつらになんの用なんだ? 言っとくが、あいつらを倒すのは俺だ」
「状況による。とにかく、やつらの居場所を教えろ」
頑としてそう主張する千里の表情を見て、一歩も引く気はないと判断したのだろう、男は軽く首を振った、
「まあ聞けよ。見たところまだガキみたいだが、あいつらが何者かわかってるのか?」
ガキと言われて千里の眉間にしわが寄る。その隙に千里の横からライトが声を上げた。
「神竜の生き残りだろう」
男は片眉を上げてライトを見ると、ふむ、とひとつ頷く。
「生き残りとは言え、半端じゃなく強いぞ。そのことをわかってるんだろうな」
ライトが怯んだのを見て取って、男はにやりと笑った。
「ヘルハウンドのメンバーはたった二人。だが、その二人は神竜の中枢にいたやつらだ。敵にだけは回したくないタイプだ」
「あんたはそいつらに勝つ気でいるんだろ」
冷静な千里の指摘に軽く笑う。
「ああ。一番危険なやつらはもういなくなったからな」
「危険?」
眉をひそめて問うてきた少年たちを見渡し、ひっそりと笑った。
「全盛期の神龍は、危険人物の集団だった。一人でも機嫌を損ねたら、間違いなく殺される。そんなやつらだったんだよ。今ではもうずいぶんおとなしくなっているがな」
ライトの表情が強張った。
そんなはずはない。
ナンが、そんな危険な一味に加担していたなど、そんなことはなにかの間違いだ。
だが、ライトのそんな思いを踏みにじるかのように、暗い笑みを浮かべて男は言った。
「中でももっとも危険だったのが、カマイタチと呼ばれた女だな。姿を現せば必ず周囲は血の海になったとまで言われる。もっとも、それは誇張でもなんでもない、事実なんだがな」
思わず声を上げそうになり、慌ててライトは堪えた。
脳裡に浮かんだナンの笑顔が、ぐにゃりと歪む。彼の背後では、ゼンが真っ青な顔をして立ち尽くしていた。
「そいつだけじゃない。神竜には、鬼がいたってうわさだ。しかも、“裏”が」
千里がわずかに眼を細めた。同時に成一も眉をひそめる。
一瞬、以前聞いたナンの言葉を思い出した。
男は続ける。
「もっとも、そいつはずいぶん前に死んだって話だけどな」
千里の眉間のしわが深まった。
いくつかの符号。
それが表すものはなんだ。
くっとのどの奥で笑い、男は少年たちを見やる。
「そして、要のリーダー。神竜で一番恐ろしかったのはカマイタチでも鬼でもない。リーダーだったね。この三人がいない神竜は、もはや神竜じゃない」
ヘルハウンドと名を変えたところで、どうにもならないさ。
そう言って言葉を切った男を睨みつけて、千里は低く呟いた。
「話は終わりか? だったらこっちの質問に答えろ」
男は肩をすくめた。
「なんの用があるのかは知らんが、とどめを刺しさえしなければそれでいいさ」
言って、投げやりに少年たちの頭上を見る。つられてそちらを振り返った彼らに、男は声を投げた。
「そこの、一番高いビル。その地下がやつらのアジトだ」
そのビルは夜の闇の中さらに黒々と影絵のようにそびえていた。
千里はビルを睨むように見据えると、なにも言わずに駆け出した。すぐに残りの少年たちが後に続く。
彼らの姿が闇に溶けて見えなくなると、男の周囲にばらばらと人が集まってきた。
「行かせてよかったのか?」
問いかけてきた声に、軽く笑って答える。
「あいつらに、やつらは殺せないさ」
なんの確証もなかったが、だが彼はそう確信したのだ。
訝しげに見つめてくるいくつもの視線に、彼は笑顔を向けることで答えに代えた。
万真は眼をしばたたいた。訝しげに眉をひそめる。
なにを言われたのかわからなかった。
当惑する万真に、北斗は真意を測れない無表情で再び問い掛けてくる。
「鍵はどこある」
「え…と。なに言ってるの?」
その単語は、ずいぶん前に聞いたことがある。だが、なぜこの人たちがそれを自分に聞いてくるのか、それがさっぱりわからない。
北斗と蓮見は無言で万真を見下ろしてくる。それに負けじと、万真も目に力を入れて二人を睨み返した。
「…知らないのか?」
「知るわけないじゃない。なんのこと?」
北斗の瞳が揺れた。蓮見の顔に当惑が広がる。
「まさか、まだ覚醒してないのか?」
呆然とした蓮見の呟きに、今度は万真が顔をしかめた。
「え?」
「ちょっと待て!」
と、眉間にしわを寄せて成り行きを見ていた弘行が怒鳴った。彼は困惑も露わに北斗と万真を見比べる。
「なんだ? おまえらまさか、こいつが“鬼”だと思ってるのか?」
「はあっ!?」
これにはさすがに万真も驚いた。
思わず腰を浮かし、愕然として青年たちを眺めやる。
「あたしが鬼? なんで!?」
北斗の顔に戸惑いが浮かんだ。困ったように額に手を当て「え?」と呟く。
蓮見も軽く狼狽しているようで、落ち着きなく万真を見ている。
「おい」
北斗にそう声を投げられて、蓮見は慌てたように声を上げた。
「ま、待てッ。君、ワープゾーンの向こう、見える?」
またそのことか。
昨日に続いてまた同じことを尋ねられ、万真は困惑しながらも無言で頷いた。とたん、三人の表情が一変した。
北斗と蓮見の顔に安堵が広がり、そして弘行は愕然として叫ぶ。
「なんだって!?」
その剣幕に驚いて万真は身をすくめた。
「な、なんなの? 見えたらなんなのよ?」
なぜみんなそんなことにこだわるのか。
呆然とした表情で弘行が見つめてくる。
「カズ坊、おまえ…」
呟いて、視線を落として何事か考え込む。そして残る二人に視線を向けた。
「これが、俺を呼んだ理由か?」
「ああ…。だが、ちょっとばかり予定が狂ったな。まさか、覚醒前だとは…」
心底弱りきった表情で北斗が呟く。
だが、弱りきっているのは万真も同様だった。わけのわからない事態に耐えかねて叫ぶ。
「だからなんなの? わけわかんないよ!」
万真には取り合わず、三人は何事か話し合っている。
すぐに振り返った三人は、非常に複雑な表情をしていた。
弘行が万真の前にしゃがみこむ。
万真は彼の困ったような顔を見下ろした。
「大事なことだから、よく聞けよ」
「…うん」
小さく頷いた少女の表情を確かめる。多少戸惑いが見受けられるが、それは事態が理解できていないだけで思ったほど動揺はしていない。そのことに安堵して、弘行は口を開いた。
「おまえは、ワープゾーンの向こうが見えるんだな?」
「うん」否定することもなく、事実なので頷く。
弘行は小さく息を吐き出した。
いまだ困惑の残る瞳で見上げ、言った。
「だったら、おまえは“鬼”かもしれない。その可能性が非常に高い」
万真は軽く眉をひそめた。
今の言葉を熟考する。そしてすぐに言った。
「……ウソでしょ?」
「俺も、ウソだったらいいと思ってる」
あくまで真面目に弘行が答えた。
万真の頭は大いに混乱をきたしていた。
万真には日向や成一のような力はなにもない。ただひとには見えないものが見えるだけだ。日向も、万真のそれは力ではないといっていた。
それなのになぜ、そんなことを言われるのか。
「でもあたし、なんの力もないよ?」
困惑のあまり、声は普段の彼女よりも幼くなっていた。それに気づいて弘行はかすかに眉をひそめた。
「……“鬼”がなにか知ってるか?」
囁くような言葉に、小さく頷く。
「鬼には二種類ある。“理”に通じ、他者を圧倒する力を持つ鬼。――“表の鬼”と呼ばれる鬼たちだ」
万真の目を見ながらゆっくりと説明する。
ナンに教わったことを思い起こしながら、万真は小さく頷きながら弘行の言葉を聞いている。
「だけど、鬼にはもうひとつある。滅多に現れることのない“裏”の鬼だ」
万真は静かに話を聞く。なぜ、弘行がそんなことを話しているのかはわからないが、おそらく大切なことだろうから、一言一句聞き漏らさないように耳を傾ける。
「そいつらは本当に稀にしか現れない。持っている能力もさまざまだ。だけど、二つだけ、共通点がある」
万真は弘行の瞳に映る自分自身を見つめる。弘行は万真の顔から眼をそらさない。
「どこかでこの世界の要である“鍵”と接触していること。そして――」
万真の黒い瞳を凝視して、弘行は言った。
「誰にも見ることができないもの――ワープゾーンの向こうや、ほかにも、目に見えない力の波動なんかを見ることができるんだ」
「……え?」
かすれた声が沈黙を破った。
不思議なことに、それが自分の声だと気づくのにわずかに時間がかかった。
「なに、言って」
声がかすれる。のどが強張って、うまく声がでない。
弘行はそんな万真をどこか憐れむような瞳で見た。
「いいか。まだ実証はされてないけど、たぶん間違いない。おまえがワープゾーンの向こうを見ることができるのなら、間違いなくおまえは裏の鬼だ」
頭がぼうっとしていて、弘行がなにを言っているのかもよくわからない。
あたしが、鬼?
裏の鬼?
「…なんで弘くんにそんなことがわかるの?」
ぼんやりとした口調で尋ねられる。
弘行は答えに詰まって背後の二人を振り仰いだ。
視線を受けて、北斗が口を開いた。
「昔の仲間にいたんだ。裏の鬼が」
ふと、凍り付いていた少女の表情が動いた。
苦しそうに歪められた男の表情の内に、なにか、見覚えのあるものを見たのだ。
(…ナンさん)
ナンだ。彼女も、こんな表情をした。
そのときの話を思い出したとたん、ぼんやりとしていた頭の中が急速にはっきりした。
もう一度言われたことを反芻する。
ポツリ、と言葉が漏れた。
「じゃあ、あたしの力は、見えないものを見ること?」
ところが、意に反して三人は首を横に振った。
「いや、違うな」
あっさりと言い切った弘行を思わず見つめる。赤毛の青年は見つめてくる瞳をまっすぐに見返した。
「それは力とはまったく別のものなんだ。もっと、本質的なもの」
万真は瞬いた。日向も似たようなことを言っていた。
「どういうこと?」
だから、と、弘行は少しだけ困ったように続ける。
「たとえば、カズ坊は眼がいいだろ? それに、足も速い」
小さく頷く。
「そういった身体能力と同じようなものだと思えばいい」
軽く首をかしげて、それから万真は頷いた。
「じゃあ、あたしの能力は、またべつにあるんだ」
少しだけ驚いた表情で弘行が問い掛けた。
「おまえ、まだ能力がないのか」
「うん。みんなのお荷物状態」
軽く答え、次いで慎重に尋ねる。
「…それじゃ、そのうち“鍵”を見れるんだね」
弘行もまた、注意深く答えた。
「たぶんな」
それがどのようなものかもさっぱりわからないし、不思議なことにこれだけ言われても“鍵”について知りたいとも、見てみたいともまったく思わなかった。
万真は困ったような表情でこちらを見つめている青年たちを見やり、小さく笑った。
「ご期待に添えなくて申し訳ないですね」
全然申し訳なさそうに見えないことは重々意識している。ちょっとした嫌がらせだった。
北斗はゆるゆると首を振った。
「いや。無理やり連れてきて、悪かった」
蓮見もようやく笑顔を浮かべて、軽く首をかしげる。
「君の仲間のところまで送ろうか。本当に、悪かった」
心底すまなそうに言われ、万真は慌てて両手を振った。
「あ、いいですそんな」
軽い冗談のつもりだったのに、そんなに真剣に謝られてはこちらが悪いことをしているような気持ちになってくる。
場を和ませるつもりで、努めて軽く尋ねた。
「それよりも、なんのために“鍵”を探してたの?」
とたん、三人は押し黙った。
短い沈黙の後、北斗がポツリと答えた。
「少し、知りたいことがあってな」
ふうん、と曖昧に呟いて、万真はあらためて眼の前の三人を見た。
なんだかんだでごまかされてしまったが、弘行とこの二人はいったいどういう関係なのだろうか。
相手が弘行という気安さもあって、万真は思ったことをすぐさま口に乗せた。
「弘くんは二人とどういう関係なの?」
三人は顔を見合わせる。答えたのは蓮見だった。
「この人は、昔の仲間なんだ。今は俺たちヘルハウンドってチームを作ってるけど、昔はもっと別のチームにいてね。弘行さんは、そこのリーダーだったんだ」
弘行が、リーダー。
照れもあるのだろうか、ぶっきらぼうに「いいだろ昔のことは」と呟いている弘行を、万真は素直に感心して見やった。
「人は見かけによらないねー」
「ほっとけ」
万真に顔をしかめて見せる。
声を上げて笑って、はたと万真は重大なことに気づいた。
昔のチーム。それはすなわち…。
「…ねえ。その、昔いたチームって、もしかして神竜っていう名前?」
三人の顔をうかがうと、青年たちは皆感心したような表情で万真を見ていた。
「よく知ってるな。君の歳だと、たぶん知らないだろうと思ったのに」
蓮見の言葉により、思い切り肯定されてしまう。
万真は片手で顔を覆った。
なんなんだ、この偶然は。
ここまでも偶然が重なり合うことってあるのか?
顔を覆ったまま動かない少女を怪訝に思い、弘行が声をかけてきた。
「カズ坊?」
万真は小さく息を吸う。
わけがわからないから、ひどく気持ちが悪い。消化不良にも似た感覚。
わからないなら、聞くまでだ。
「…弘くん」
「おう」
顔を覆ったまま、万真は囁くように言った。
「あたし、この世界にきたの、つい最近なんだ」
「うん。それで?」
そのことは弘行もなんとなく気づいていたから特に驚かなかった。静かに先を促した。
「それで、そっこーMETHに眼をつけられて、実はかなりやばかったんだけど」
北斗と蓮見が軽く眼を見開く。それを気配で感じ取りながら、万真は思い切って言い切った。
「そのときに助けてくれたのがナンさんって言う女の人でね。…カマイタチって、呼ばれてた」
ゆっくりと手を離し、静かに三人の顔を見つめた。
三人は、固まっていた。
食い入るように万真を見つめている。
彼らをゆっくりと見つめていき、一番強い視線を浴びせてきている青年に視線を定める。
「ナンさん、この世界ですることがあるって言ってた。どうしても抜けられないって。
…さっき、言ってたよね。仲間に“鬼”がいたって」
北斗の瞳の奥に、なにかが浮かぶ。それを捕らえようと、見つめようと、万真は知らず瞳に力をこめた。
「その人、もういないんでしょ?」
三人の表情は変わらなかった。凍りついた空気が重みを持って少女にのしかかる。
その沈黙から、万真は自分の推測が事実であることを悟る。
これから先口にすることは、ただの勘だった。千里のように理詰めではなく、本当に直感でしかない。
「……なんで解散したのか、その理由は知らないけど。たぶん、ナンさんはまだ捕らわれてるよ」
“裏”の鬼のことを話した彼女の表情。ライトとゼンを振り切って去って行ったときの言葉。口調。それらの裏に潜んでいたものが、今、ひしひしと万真に押し寄せてきているような、そんな感覚。
ちらりと北斗を見つめ、静かに聞いた。
「“鍵”を探すのは、その、亡くなった人関連で?」
答えはない。ただ、静かな視線が降り注ぐ。
だが、一瞬瞳に浮かんだ表情から、万真は答えを読み取ってしまった。
万真は一瞬瞳を伏せたが、すぐに顔を上げ、北斗を見つめる。
「…ナンさんは、“鍵”には興味がないみたいだった。たぶん、もっと別のなにかを探してる」
北斗の視線が初めて外された。瞳を伏せ、床を見つめる青年の顔から、残りの二人へと移す。彼らもまた、あらぬ方を向いていた。
万真はふうと息をつくと、振り切るように明るい声を出した。
「まあ、あたしには関係ないけどね。でも、なんでかな…」
ふと、瞳を翳らせ、少女は声を落とした。
「このままだと、ナンさんはもっと傷つく気がする。北斗さんたちも、傷つくと思う」
弾かれたように顔を上げた三人は、万真の表情を見て再び視線をそらした。
張り詰めた表情で弘行が見下ろしてくる。その視線をしっかりと受け止め、万真は彼の言葉を待った。
「なんで、そう思う?」
「ナンさんとは、ちょっと付き合いがあったから。なんとなく、そう思う」
「そうか…」
呟いたきり沈黙した弘行から視線を移し、思いつめた表情で壁を見つめている北斗に声を投げる。
「鍵が見つかったら、ナンさんも、北斗さんたちも、傷つかずにすむ?」
北斗は驚いたように万真を見つめた。静かに万真は彼を見返した。
やがて、北斗は苦笑交じりに首を振った。
「それは、見つけてみないとわからないな」
「そう…」
今度は万真が力なく呟く番だった。
「でも、“鍵”があれば、少なくとも事態は変わるんだよね?」
だから探しているんだよね?
言外の響きに気づいたのだろうか。北斗の表情が若干柔らかくなった。
「俺はそう信じてる」
万真は頷き、北斗を見つめた。瞳が力強く輝く。
「わかった。だったら、もし“鍵”を見つけたら、真っ先に連絡する」
北斗と蓮見が驚いたように目を見張り、次いでしっかりと頷いた。
「頼めるか」
万真はふにゃっと笑った。
「誘拐犯のためじゃないよー。ナンさんのためだからね」
北斗の顔に初めて柔らかな笑みが浮かんだ。それを見て、万真はまたも奇妙な感覚に捕らわれる。既視感。
その正体を探る前に、北斗の顔から笑みが消え、代わりにひどく真剣な表情が現れた。
「彼女は、今、どうしてる?」
万真も思わず真面目な表情になった。
「わからない。昨日、いつも一緒に行動してた人にも別れを告げてた。…ナンさん、腹をくくっちゃったよ。あの人の決意を揺るがせるのは、無理だと思った」
ちらりと北斗を見上げる。
「今は、たぶん、なにかを探してる」
北斗の表情は変わらなかった。静かな表情だった。
しかしその中で、静かに燃える瞳がある。
ナンの表情にも似通った、なにか。
北斗は口を開いた。やはり、静かな声だった。
「……いろいろ、気を使わせたみたいだな。だけど、これは俺たちの問題だ。気にするな」
「人を拉致までしておいて、気にするなはないんじゃないの?」
冗談めかした言葉に、小さく笑みを見せる。
そして囁くように言った。
「あの子を気遣ってくれてありがとう」
「え?」
その言葉を問いただそうとしたときだった。
「お迎えが来たようだ」
蓮見がのんびりと声を投げた。
直後、ドアの外で入り混じった足音が聞こえ、思い切りドアが開け放たれた。
「カズ!」
千里の声。
そう認識した瞬間、部屋の入り口周辺が突然闇に包まれた。
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