男はゆっくりと瞬いた。目の前に開けていたビジョンが薄暗い路地裏の光景に切り替わる。
そっと息をついて、彼は後方に向かって告げた。
「気づかれた」
男は組んでいた腕を解くと壁から身を起こした。こぼれてきた長めの前髪をうっとうしそうにかきあげる。
「かまわない。こっちの居場所はばれてないんだろ」
言いながらくわえたタバコに火をつける。ぽっと赤い火が灯った。
切り替わった視界になれないのか、何度も瞬きながら男は呟いた。
「それよりも、北斗。お前本気でゲームに参加するのか?」
北斗と呼ばれた男は答える代わりに長く煙を吐き出した。ようやく調子を取り戻したのか、男は先ほどとは打って変わった厳しい視線で北斗を見据えた。
「はっきりしろよ。お前が本気で世界の覇権とやらをほしがってるんなら、俺はお前をぶん殴ってでも止めてやる!」
北斗はうっそりと笑った。タバコの赤い火に浮かび上がるその表情は、猛り狂ったトラを思わせた。
「止めてみろよ」
男は今度はひどく困惑した、情けない表情になる。
「北斗。こんなこともう終わりにしようぜ。こんなこと続けてなんになるんだよ」
「なんにもならないさ」
「わかってるならなんで――」
男は口をつぐんだ。北斗の瞳に怒りの炎が燃え上がったからだ。
「アイツのためにも――俺はまだ抜けるわけには行かない。俺はこの手でケリをつける義務があるんだ」
男は視線を落とした。一瞬何事かを言いよどみ、思い切ったように口を開く。
「…シュウが戻ってきた」
北斗は顔を上げた。鋭い目が驚きに見開かれている。
「……まさか。あいつはあの時、抜けたはずじゃ」
「戻ってきたんだ」
男は繰り返した。
男の瞳が意味深に輝く。その瞳から、北斗は彼の言いたいことを読み取った。
一瞬視線を地面に落とし、ささやく。
「…蓮見。お前ももう抜けろ」
男は唖然とした。唐突すぎて、すぐには理解できなかった。
「お前、なに言って」
「抜けろ。もうお前が俺にかかわることはないんだ」
「北斗!?」
男に背を向け、北斗は歩き出した。
「ばかなことを言うなよ、これからなんだろ!?」
(これからだから――)
これから始まる争いに、この男を巻き込むことはできない。
「シュウも戻ってきた。あの子もまだここに残ってる。なのになんでそんなことを言うんだよ。大変なのはこれからだろ。お前一人ですべてを背負い込むつもりなのか!」
男の声が路地に響き、北斗の背中にぶつかる。
北斗は振り返らなかった。
男の気配が完全に感じられなくなるまで、歩き続けた。
蓮見は、明るい。
みなが夜の闇に染め上げられてしまった今でも、彼だけは昼間の、太陽の明るさを持ち続けている。
だからこそ、彼にこの先に待ち受ける戦いを見せたくなかった。
彼らの太陽のままでいてほしかった。
「もう、俺にかかわるな……」
誰もいない路地裏に、その声はひっそりと落ちて消えて行った。
|