そこは奇妙に静かな空間だった。
二つのビルにはさまれた薄暗い路地裏にはビールケースやダンボールがうず高く積まれている。その奥は行き止まりで、時折通り抜ける風のほかには、その路地を訪れるものなどなにひとつないはずだった。
突然ビルの壁面が大きく波打った。
さながら小石を投じた水面のように、コンクリートの上に波紋が広がる。
そこから溶け出すように、ゆっくりと、黒々とした人影が現れた。
物音ひとつしなかったそこに、かつん、と小さな靴音が響いた。
ゆらゆらと紅い小さな炎が揺れている。
その炎が、緩慢な動きで地面に落ちて行った。
紫煙を燻らせているタバコを踏みにじり、華奢な人影は新たなタバコを口にくわえた。
かち、という小さな音とともに現れた炎が、その人影を赤く照らし出した。
それはまだ若い女性だった。
紫煙を細く吐き出し、眼にかかる長い前髪をかきあげる。
己が今立っている細い路地をゆっくりと見回し、彼女はどこか悲しそうに笑った。
「……さびれたねえ」
数歩歩くたびに蹴飛ばしそうになる空き缶。
ビニール袋や食べ物の容器。
目を覆いたくなる惨状でも、彼女は目をそらさない。
彼女たちの城だったここは、いつのまにかこんなにも荒れ果てて――いや、荒らされてしまった。
目を閉じれば、まざまざと昔のことが思い出される。
自分がいて、彼がいて――そして仲間がいた、この場所。
そっと紫煙を吐き出し、突き当たりの壁に歩み寄る。
ライターの炎をかざして、彼女は眉をひそめた。
壁は、赤く塗りつぶされていた。
なにかを覆い隠そうとでもするように、狂気にも似た激しさで、塗りつぶされていた。
まるで血の臭気がよみがえったかのように、彼女は眉をひそめて顔をそむけた。
さすがに、これは直視できなかった。
血の赤の下になにがあるのか、彼女は知っていた。
なによりも大切だった彼女たちのシンボル。
チームとして、守らなくてはならない、なによりも大切なもの。
それを、隠そうとしたのだ。
消そうとしたのだ。
あいつは。
怒りは、とっくの昔に消えていた。
ただ、とてつもなく大きな虚無感だけが胸を支配していた。
泣きたくなるような思いで壁を見つめる。
なにを思って、どんな気分であれを消したのだろうか。
――わからない。
誰にできなくても、自分だけはあいつの気持ちがわかると思っていた。
それだけのものが二人の間にはあったはずなのに。
「………あんたは、ここまで病んじまったのかい?」
応えは、返ってこない。
彼女はいつまでもその場に立ち続けていた。
澄んだ瞳は壁を通してどこか遠くをさまよっている。
だが、気が済んだのか、しばらくの間うつむいて目を閉じたあと、顔を上げ、きっぱりとした態度で壁に背を向けた。
それは決別だった。
端正な顔には固い決意が秘められている。
路地を出ると、すぐ脇にあった街灯が彼女を照らし出した。
柔らかな白い光の中、ピンクの髪が翻る。
華奢なその姿は、やがて闇の中へ消えて行った。
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