NIGHT GAME 三章0話 来訪者
 宙に浮かぶ淡い燐光が泡のように溶けて消えた。浮かんでは消え、浮かんでは消え、その繰り返し。
「なに遊んでんねん」
 凄みのある声に、光をお手玉のように手の平の上で回していた少女は、首をすくめてぺろりと舌を出した。ふっと光が消え、とたんにあたりは闇に包まれる。だが、街灯から光が届くため、完全な闇ではない。
 落ち着きなく周囲を見渡していた少年が、頭の後ろで両手を組むと退屈そうな口調で話し出した。
「なんや期待して損したわ。俺トーキョー来んの初めてやし、正直かなり楽しみにしとったんやけどなあ」
 溜息を一つ落として、これ見よがしに両腕を広げる。
「こんなん大阪となんもかわらんやんけ。東京タワーも見えへんねやぞ。まだ通天閣が見えるだけあっちの方がなんぼかマシや」
「…東京タワー見て喜ぶのんは田舎もんかガキだけや」
「なんか言うたかミネ」
 睨まれて、少女はまた手の平の上に小さな燐光を生み出して弄びはじめる。相手にしない、という態度に、少年は頭にきたらしい。若々しい顔を盛大にしかめて声を荒げた。
「おまえ、いちびっとんちゃうぞごるァ!」
「はっ! 脅せばそれでカタつく思うてんの? これやからガキはいややねん」
「なんやとこのクソアマ!」
 とたん、ふたりは険しい顔でにらみ合う。
 今にも両者掴みかからんとしたその瞬間。
「…やかましい言うとるやろがこのどあほ」
 怒気すら感じさせる低い声にふたりは反射的に背筋を伸ばし、直立不動の体勢になった。
「すんませんっ」
 ふたりがおとなしくなったのを見届けると、長身の青年は再び歩き出す。
 すっかり萎縮してしまった少年は、先を行くリーダーの背を見やりながらポツリと背後に声を投げた。
「…やっさん、えらいピリピリしてはりますね」
「まあ、普通はそうやろな。一応ここはアウェーやし。おまえらもちょっとは緊張感持ったほうがいいで」
 のんびりとした言葉に少女が顔をしかめる。
「トキやんにだけは言われたないわ、あたし」
「俺もそう思う」
 トキと呼ばれた青年は、そんな二人の言葉を聞きつけて「おや」と肩をすくめて見せた。その仕草に、彼の隣にいた女性がくすりと微笑む。トキ青年は、長めの前髪を鬱陶しそうにかきあげると、ふと周囲に視線を走らせた。
「なんやろなあ、この雰囲気。東京はいつもこんなに静かなんか?」
「もうあらかた淘汰されたってことやろか」
 女性が不思議そうに呟いた。
 彼らの周囲は、奇妙に静まり返っていた。
 彼らの足音と話し声以外、風の音すら聞こえない。
 付近で戦闘が行われている様子もない。
「でも、強いチームがおるんやろ。なんや、メスとかオスとか言う」
 少年が言えば、ミネと呼ばれた少女も頷く。
「鬼もいてるて聞いたけど。鬼がおるんやったら、なんでこないに静かなん? もっと派手に戦闘起こっとってもおかしないんちゃうの?」
 トキ青年が軽く首を傾げた。
「なーんやろねえ」
 のんびりとした声が響く。
 その声が消えるや否や。
 前方から、固いものを打ちつけたような、鈍い音がして、四人は驚いてそちらを見る。一人先を歩いていた青年が、拳を壁に打ちつけた姿勢で仁王立ちしていた。
「……雰囲気とか、そんなんどうでもええ。神竜が、復活した。それだけわかっとったらそれでええんじゃ」
 ほとばしる感情を無理やり押さえ込んでいるかのような、そんな押し殺した声に、トキは軽く溜息をついた。そして硬直している少年と少女の背を軽く押して歩き出す。
「それやったら、とにかく奴らを探さなあかんやろ。俺らここは土地勘ないから、とにかく歩き回るとこから始めんと」
 その声に硬直から解かれた少年が勢いよくしゃべりだした。
「あ、俺、土地勘ないけど地理勘やったらありますよ。初めて行った場所でも迷ったことないし」
「御池と四条間違えてチャリで四条通爆走したやつがなに言うてんねん」
 さっくりとトキに言われて少年は一瞬押し黙る。
「…いやっ、あれは……いや俺大阪の町で育った人間やから、ああいう機械的な町並みって生理的に受けつけへんくて。そもそもどこ曲がっても直角なんてそんなんありですか。迷いますよあれ。頭変になるか思た」
「京都人はあれが普通やからなあ。逆に俺は大阪の街よう歩かん。五分で迷う」
「それおかしいですよ。そもそも俺あんとき祇園の行き方訊いたのに、嘘教えたんトキさんやないですか。あれで迷わんかったらそっちの方がおかしいわ」
 トキはにやにや笑っている。
「見事に迷ったよなあ。おまえに泣きつかれて迎えに行ったらなんや知らん、東寺にいてるやないか。俺が教えたんは岡崎への道やで? どこでどう間違うたら東寺にでんねん」
「知りませんよそんなこと! だいたい岡崎てどこですか」
「岡崎言うたらあれや。動物園。祇園にもまだ近い方やろ。歩きでもいけるし」
「なんで祇園が動物園になんねん!」
「なんでてそんなん決まってるやろ。ガキのくせに祇園行きたいなんて生意気やぞ。おまえには動物園が似合いや」
「…うが―――ッ!」
 トキに言われ、ミネと女性に笑われて少年は爆発する。
 とたん。
「…気ぃすんだか、トキ」
 低い低い声が響く。
 トキは相変わらずの笑顔で答えた。
「ああ、すんだすんだ。もう全然オッケ」
「俺は全然オッケェとちゃう!」
 顔を真っ赤にして怒鳴る少年の隣では、ミネが声を落として女性に囁きかけている。
「ぴったりやんなあ」
「しいっ」
 苦笑しながら女性が「静かに」というジェスチャーをする。ミネは軽く肩をすくめて、話題を変えるべく声を上げた。
「それにしても、こないに静かなんやったら、シキさん連れてきても良かったんとちゃう?」
「ほんまやねえ。でもまあ、油断は大敵て言うし」と、おっとりと女性。
 と、そこに笑顔のトキと、まだ憮然としている少年が加わった。
「甘いなサナさん。シキさんは来ぇへんのとちゃう。来れへんねん」
「どういう意味や、ナツ」
 ナツと呼ばれた少年は、トキと顔を見合わせる。視線を受けて、トキは笑いを噛み殺して言った。
「あいつ、今夏風邪で倒れてんねん。笑えるやろ」
 パカ、と口を開けたミネだった。
「…アホは風邪ひかへんのと違たん?」
 ミもフタもない発言に笑って、少年はさらに容赦ない発言をかます。
「ちゃうちゃう。夏風邪はアホがひくねん」
「……なるほど」
 その発言に、妙に納得してしまった女ふたりだった。
 そのとき。
 突然先を行く青年が足を止めた。
 ほぼ同時に四人も立ち止まる。
「…ずいぶん遅い出迎えやな」
 薄笑いを浮かべてトキが呟く。
 刹那、赤い閃光が五人を照らした。

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