NIGHT GAME 三章十四話 NightmareT
 息を切らして駆け込んだ公園には、万真と成一しかいなかった。ベンチの上で膝を抱え、ぼんやりと虚空を見つめている万真と、落ち着き無く歩き回っていた成一が、同時に日向に目を向ける。
 すがるような眼差しを向けてきた二人は、日向の顔を見たとたん狼狽の表情を浮かべた。
「日向…」
 普段の成一らしくない、落ち込んだ声。万真がさらに強く膝を抱えて顔を伏せた。
 日向はあらためて公園を見渡した。やはりだ。まさかと思ったが、千里の姿がない。
「相馬は」
 問うたとたん、成一の表情が強張った。
 その表情に、家を出た直後にかかってきた電話を思い出す。握り締めた拳に知らず力が入った。
「いないのか?」
 二人は応えなかった。成一が日向から顔をそむけた。
 肩に入っていた力が抜けていく。絶望にも似た気持ちを抱いて、日向はその場にしゃがみこんだ。
 成一は日向を見ない。ただ、まっすぐに突っ立って、闇を見つめている。万真も顔を上げようとはしない。膝を抱える手に白く筋が浮いるのを見て、日向はかすかに顔をゆがめた。
 電話の声が甦る。
 わずかにためらったのち、日向は重い口を開いた。
「……さっき、相馬から電話があった」
 目の前の成一の拳が固く握りしめられた。かすかに震えるそれから成一の横顔に眼を移した。その横顔が青ざめて見えるのは街灯のせいだと思いたい。
「なにがあったんだ?」
「知るかっ!」
 問うたとたん成一が大きく震えた。
 唸るように吐き捨て、固く目を瞑る。痛みに堪えるかのように歯を食いしばる成一から眼をそらし、日向は苦く息を吐き出した。
 しばらく別行動を取るから、と、そう告げた抑揚のない声が耳から離れない。
 なぜ、今、このタイミングで、そんなことを言ってきたのか。そう問い詰めようにも肝心の男はこの場にいない。
 二人の様子を見たところ、彼らにもなんの説明もしていないようだった。
 普段の千里からは考えられないことだ。
 苛立たしげに唇を噛みしめる成一の表情にどこか傷ついたような色を見とめて、日向は眉を寄せた。万真と、そして成一を傷つけることなど、千里がするはずがないのに。望むはずがないのに。
 短い付き合いだが、それだけは痛いほどよくわかっていた。
 だからこそ、千里の行動が理解できない。
 ベンチの上で丸くなり顔を伏せたまま動かない万真を一瞥してから、成一に声をかける。
「連絡は取れないのか?」
 成一は勢いよく日向を振り向いた。
「連絡? 電話には出ねえ、メールも返ってこねえって状況でどうやって取るんだよ!」
 怒りにぎらつく瞳で射抜かれ、日向は息を飲んだ。思わず腰を浮かす。眼の端の万真がびくりと震えた。
「水城」
 立ち上がったとたん成一に胸倉をつかまれる。
「あいつなに言った。お前になんて言ったんだ!? 言えよ!」
「水城!」
 怒鳴ると成一は大きく肩を震わせた。まっすぐに見つめる日向から眼をそらし、「…悪い」と呟く。シャツを掴む拳から力が抜けたのを知り、軽くその拳を叩いた。
「ただ、『しばらく別行動を取る』って。それだけだ。説明はなかった」
 訊く暇もなくもう一言を残し、千里は通話を切ってしまった。
 成一の手がずるりと落ちた。力を失ったようにその場にしゃがみこむ。無言で見下ろしていると、成一は話し始めた。掠れた声だった。
「…あいつ、なにも言わなかった。説明もなにもなかった。電話でいきなり言われて、それで終わり。顔も見せやしねえ」
 地面に爪を立て、成一は吐き出した。
「あいつ、万真の電話も拒否しやがったんだ」
 日向は思わず万真を見やった。いつもよりもさらに小さく見える彼女は、ただひたすらに己を守っているように見えた。
「…なんでだよ」
 聞こえてきた呟きは痛みに溢れていて、日向はそちらを見ることができなかった。
「なんでだよ…わかんねえよ…ッ」
 成一の押し殺した叫びが静寂を切り裂く。
 そのときだった。
 日向の視界の端で万真が動いた。
 顔をもたげ、ふらりと立ち上がる。そしてこちらに近づいてきた。ふわふわとした、危なっかしい足取り。
「伊織」
 万真は日向を見なかった。
 ただまっすぐに成一に歩み寄ると、腕を伸ばして彼の頭をそっと抱きしめた。
 成一の肩が揺れた。うかがうように上げられた顔は、万真の表情を見たとたんくしゃくしゃになる。
 万真は、成一を見てはいなかった。
 表情もなく、うつろな瞳で虚空を見つめている。
 成一が立ち上がった。そして無言で万真を抱きしめた。
 固く瞑った目を開いたときには悲痛な表情はどこにもなく、強い意志を宿した瞳で目の前を見つめる。
「大丈夫。大丈夫だから」
 万真の耳元にそう囁きかけ、軽く背を叩く。
 そんな成一の姿を見ていた日向はなんともいえない気持ちになった。
 かけられる言葉もなく、ただ万真をなだめる成一を見つめていると、ふいに成一がこちらを見やった。
「日向」
 普段とは違う低い声に反射的に背筋が伸びる。
「あいつ、来ると思うか?」
 どこに――と、問うまでもなく理解する。
「ああ」
 頷くと、成一は一度唇を噛んでから、日向を見据えて言った。
「頼みがある」
 続く言葉を待つ日向の前で、成一は万真に視線を落としてから口を開いた。
「あいつ、お前になら応えるかもしれないから、だから――」
「わかった」
 続く言葉は言わせなかった。
 瞳に込めた意志を読み取って、成一は感謝の表情になる。
「頼む」
 落とされた言葉には応えずに背を向ける。
 日向が公園の外へと足を向けても二人はなにも言わなかった。
 公園を出る間際に見た万真は成一に抱きしめられたままの姿で、反射的に顔をそらしてしまった自分に怒りが湧いた。
 二人から見えないところまで来るとようやく日向は足を止める。取り出した携帯をしばし眺めてから、千里の番号を呼び出した。
「……」
 予想はしていたが、通じない。
 明るく光るディスプレイを眺めてから、背後を振り返る。公園の立ち木の向こうに成一の背中が見えた。
 ためらいは一瞬。
 なにかを振り切るように顔を上げると、日向は迷いのない動作で背を向けた。そして走り出す。
 目指すは揺らめく透明の膜。
 その向こう、夜の世界に――きっと彼はいる。


 油膜を通り抜け、いつまでたっても慣れることのないその感覚をやり過ごす。胸に満ちる消化できない塊を吐き出すように大きく息をついたときだった。
「…遅かったな」
 不意に耳に滑り込んできた声に顔を上げ、反射的にそちらを振り向く。
 建物の影の暗がりに溶け込むように誰かがうずくまっていた。
「相馬?」
 歩み寄ると、見覚えのある顔が振り返った。端正な顔に浮かんでいるのは苦笑だ。
「なんでこんなところに」
 問うと、彼は眉を下げて曖昧な表情を浮かべた。立てた片膝を抱えたままうつむく。
 いつもの公園はすぐそこだった。行こうと思えばいつでも行けたはずだ。
 それにこの場所。日向たちがこの世界に来るときに必ず通る道。
 ――目の前に座り込んでいる千里がなぜか急に幼く感じた。
「心配なら電話ぐらいでろよ」
 言って、千里の傍らに腰を下ろした。
 軽く肩がふれたとたん、千里はぴくりと身体を動かした。
「……カズ、どうしてる?」
 目の端でとらえた千里はうつむいたままだった。
 それを横目で眺めて、たっぷり間をおいてから、日向は口を開いた。
「想像できないか?」
 とたんに傍らの空気が急降下したのがわかった。
 少し意地が悪かったかもしれない。
「…だいた想像はつくけど、聞いておきたい。落ち込んでる…?」
「落ち込んでるなんてもんじゃねえ」
 もっと重症だ。覇気どころか、生気があまり感じられなかった。
 そのことに関して怒りを感じていたこともあって遠慮なく言うと、隣りの空気がさらに重くなった。
 万真のことが心配で心配で仕方がないのなら最初からこんなわけのわからないことをしなければいいものを。
 喉元までこみ上げてきた言葉を飲み込む。
 隣りを見ずに続けた。
「伊織もだけど、水城も相当キてる」
「…………怒ってるよな」
「かなり。あと、混乱してるみたいだった」
 怒りと、不安。成一から感じられたのはこの主に二つだ。あとは混乱と焦燥と。
 千里が頭をかき、大きく息を吐き出したのがわかった。
「なに考えてる?」
 問い詰めるでもなく、自然にこぼれた言葉には応えがなかった。
「相馬?」
「今は言えない。ただ、しばらく別行動をとりたい」
 静かな声だった。
 思わず傍らを見ると、千里は静かな表情で目の前の空間を見つめていた。
「理由は?」
「…今は、まだ」
「…あいつらにも? 言えない?」
 沈黙は肯定だ。
 うつろな表情の万真と、追い詰められたように歯を食いしばる成一の顔を思い出す。千里の行動がひどく残酷に思えた。
「あいつらには言えないようなことなのか?」
 沈黙が痛くて、とにかく千里に口を開かせようと思って低く問いかける。短い沈黙の後声が返ってきた。
「…ああ」
「てことは、あいつらにも関係ある?」
 千里はまた顔を伏せた。
 答える気はないらしい。
 沈黙。
 それこそが答えだということに、頭のいい千里が気づいていないはずがないのに。
「あいつらに関係あるのに、内緒にするのか」
 非難をこめて言ってやると、千里の肩が揺れた。
 隣りを見やると、千里は目を瞑り、固く歯を食いしばっていた。何かをじっと耐えているかのようなその表情を見たとたん、胸にくすぶっていた怒りや不満がすっと解けていったのがわかった。
 後に残ったのはなんともいえない気持ち。
 しょうがねぇなぁ。
 息を吐き出すと、千里の肩が揺れた。
「――悪い」
「俺に謝ってどうするんだ」
 ぴしゃりと言うと、小さな声でもう一度謝られた。
 その声がまるでこどものようで、日向はちらりと「弟がいたらこんな感じかもしれない」と考えてしまった。本人に知られたら思い切り鼻で笑われること必至だが。
 落ち込んで、膝を抱えて小さくなっている千里の、普段の不遜な態度とのギャップが大きすぎて、戸惑いを覚えるより先に「なんとかしてやりたい」という思いのほうが先にたった。
「あいつらには言えない事情があるんだな」
 無言のまま頷きが返ってきた。
 それで十分だった。
「わかった」
「ごめん」
 するりと落とされた言葉に少し驚く。
「素直な相馬は気持悪いな」
「…バカヤロウ」
 ますます気持悪い。
 これは本人もかなり重症なんじゃないだろうか、と考えていると、ポツリと横から声がした。
「…日向がいてくれてよかった」
 耳を疑った。
「―――なに?」
 なんだって?
 千里は顔をあげない。顔を伏せたまま続ける。
「お前がいなかったら、俺、どうしていいかわからなかった」
 なんともリアクションがしにくいセリフだ。
 なにも言えずただ千里を凝視していると「見るんじゃねえよ」とぶっきらぼうな言葉が飛んできた。
「お前本当に相馬か?」
 考える間もなく口に出してしまった言葉にはパンチが返ってきた。肩に当たった。結構痛い。
 それも気にならないくらい驚きは大きかった。
 千里は日向の視線から逃げるように顔をそむける。
「…そんなに長くはかからないから。それまであいつらのこと頼む」
 頼むと言われても。
「俺はお前の代わりはできないぞ」
 ふと、千里の雰囲気がゆるんだ。笑ったのかもしれない。
「誰が代わりをしろなんて言ったんだよ。あいつらのそばにいてくれるだけでいい」
 そばにいるだけで、自分になにができるというのか。
 そう言うと、千里は顔を傾けて今日はじめて日向を見た。口元には笑みがある。
「そばにいるだけでいいんだ」
 よほど複雑な表情をしていたのだろう。日向の顔を見て千里は軽くふき出した。そのまま二度日向の肩を叩く。
「あのな」
 なにか言ってやろうと口を開いた時、千里の手が止まった。肩を掴んで、一言。
「カズのことも、頼む」
 その瞬間、メールの文面が脳裏に甦った。
 ――二度目の、言葉。
 その言葉が、今はとてつもなく重い。
「…俺には無理だ」
 吐き出した言葉に千里は少し驚いたようだった。肩に乗せられた手が動き、もう一度叩かれる。
「日向なら大丈夫だ。そばについていてやってくれ」
 なにを根拠にそう言うのか。
 柔らかい千里の表情に胸が痛んだ。
 寄り添い合う二人の姿がまなうらにちらつく。
 万真は、一度も日向を見なかった。今夜、一度も。
 三度肩を叩かれた。
「長くても一週間以内には終わらせる。だから、それまでの間、頼むな」
 お前なら大丈夫。
 もう一度言われて日向は苦笑した。
 なぜ自分が励まされているのだろう。そしていつの間に千里は浮上したのか。
「一週間だな?」
「ああ」
「終わったら説明してくれるんだな?」
「…ああ」
 ためらうような間と千里の表情が気になったが、それだけ聞けたら十分だった。
「わかった」
 立ち上がる。見下ろした千里はどこか安堵したような表情をしていた。
「俺は俺にできることをする。お前も無理はするなよ」
 言って、千里の顔がくしゃりとゆがんだのを見て慌てて背を向ける。
 ――ありがとう
 油膜を通り抜ける直前、小さな声が聞こえた気がした。
 ねっとりと身体にからみつく油膜から脱出し、背後を振り返る。たぷん、と揺れる膜の向こうには暗がりが広がるばかりで、人の姿はなかった。
 去ったのだろう。
 戻ったばかりの世界に目を向ける。
 あちらに比べるとこちらの世界は明るかった。
 公園の街灯がひときわ明るく周囲を照らしている。
 植木に囲われた公園をしばらく眺めてから、ゆっくりと歩き出した。
 ――頼む、と、言われた。
 彼女を頼む、と。
(…無理だ)
 自分には、無理だ。
 立ち木の間から、いまだ寄り添っている二人の姿が見えていた。
 彼女は自分を見ない。
 彼女がもつ独特な空気の中に自分が立ち入る場所はない。
 彼女は日向を頼ってなんかこない。
 胸に渦巻く感情を吐き出すように、大きく息をついた。
「…なにやってんだ、俺」
 頭をかいて、天を仰ぐ。真っ黒に塗りつぶされた空。星が小さく光っている。
 しばし空を眺めてから、気合を入れるように拳で軽く頬を叩いた。
 とりあえず、大仕事が待っている。
 感傷的になっている場合じゃない。
 く、とみぞおちに力を入れて、公園に足を踏み入れた。
 足音が聞こえたのだろう、すぐに成一が顔をあげ、振り返る。万真はその腕に抱かれたまま動かない。顔をあげようともしない。
「日向」
「一週間」
 意図していたよりも冷たい声がでた。そんな自分を内心ののしりつつ、成一の目を見て続ける。
「しばらく別行動をとりたいらしい。長くても一週間だけだ」
 だからあまり心配するな。
 そう続くはずだった日向の言葉は激しい口調で遮られた。
「んだよそれ!」
 成一の目尻が怒りで赤く染まっているのが夜目にはっきり見えた。
「理由は」
「…今は言えない、らしい」
「聞いたのか?」
 重ねて問い掛けられて、日向はただ首を振った。低いののしり声が聞こえた。
「ふざけんなあの馬鹿」
 万真を抱きしめたまま成一は日向を睨みつける。苛立ちをすべてぶつけるように強く。
「あいつに会ったんだな」
 頷く間もなくさらに畳み掛けられる。
「どこだ。あいつ今どこにいる!?」
 とっさに答えられなかった。返答に窮したことがさらに怒りをつのらせることになったらしい。成一の表情がさらに険しくなった。
「言えよ。隠してること全部吐かせてやる」
 成一をなだめようとして、日向は万真の様子に気づいた。成一のシャツをつかむ手が震えている。水銀灯のせいだろうか、小さな手には白く筋が浮かんで見えた。
「言えよ日向!」
 怒鳴り声に、細い肩が確かに震えた。
「水城、落ち着け。あいつにもなにか事情が」
「万真をこんなふうにしてまで隠す事情ってなんだよ!」
「やめて!」
 細い声があがった。
 悲鳴のような叫びに成一の表情が固まる。
「万…」
「やめて」
 万真は震えていた。成一の胸に顔をうずめて。
「――わかんないよ」
 震える声。
 泣いているのかと、思った。
「千がわかんない」
 強張っていた成一の表情がゆるゆるとほどけていった。肩から力が抜けていく。
 優しく万真を抱きしめなおすその様子を、日向はただ眺めていた。
 成一はゆっくり万真の背中を撫でて、小声で耳元に囁きかけている。
 それをしばらく続けてから、ようやく日向に眼を向けた。
「…悪い。今日はもう帰る」
 そうか、と、頷くことしかできなかった。
 お前はどうする? と問われて「しばらくぶらついてる」と即答した。
 見ていたくなかった。
 これ以上二人と一緒にいたくなかった。
 そうか、と呟いて、成一は日向に背を向けた。万真を守るように支えて、公園を出て行く。
 二人の姿が完全に見えなくなると、詰めていた息を吐き出した。
 片手で顔を覆う。
 ここまで完璧な拒絶は初めてだった。
 壁を作られたことは何度もあったが、今夜の壁が今までで一番厚かった。
 入り込めない。
 日向では、あの空気の中には、彼らのテリトリーの中には入り込めない。
 万真を頼むと、そう千里は言った。そばにいるだけでいいとも。
 だけど自分になにができる?
 万真は日向を見ない。
 そばにいるだけでいいと千里は言うが、自分はただそばに「いる」ことしかできない。彼女の心の中にまでは立ち入れない。ただ蚊帳の外から見ているだけだ。
 彼女には、成一がいる。
 自分にできることなどなにもない。
 千里には悪いが、完全に見込み違いだ。
 自分はなにもできない。
 もう一度、気持をすべて吐き出すように、大きく息をついた。
 胸が痛かった。



 一歩、踏み出すごとに影が動く。視界の端に現れては消える影を意識しつつ、一歩、また一歩、踏み出す。錆びた階段がかすかにきしんだが、それは夜の静寂に飲み込まれて消えてしまう。
 日向の言葉を思った。
 成一。
 怒っていると聞いた。
 その怒りは容易に想像できた。
 万真のことを思う。
 自分の行動にどれだけショックを受けただろうか。
 罪悪感が心を苛む。
 一週間。
 一週間で真実を掴んで見せるから。
 だからそれまでは。
 一段、一段、踏みしめるようにして階段を上る。
 やがて現れた鉄製の扉を前にして、千里は短く息を吸った。
 一週間で終わらせるから。
 …だから日向。
 拳を握りしめ、ドアに手をかける。
 耳障りな音を立ててドアが開いた。
 ――それまで二人を頼む。


 ドアが開く音に、弾かれたように亮が振り返った。それに遅れて衛がゆっくりと身を起こす。
 屋上の入り口にたたずむ少年を認めて亮は顔をほころばせた。
「よく来たな!」
 両腕を広げた亮の背後に慧が降り立った。
 紗綾がおずおずと口を開いた。
「千里君」
 千里はゆっくりとこちらに近づいてくる。
 亮は満面の笑みを浮かべて千里を仰いだ。
「話を受けてくれて嬉しいよ。あ、メンバーを紹介しなくちゃな」
「必要ない」
 浮かれた亮の言葉を冷たい声が打ち消した。亮の笑みが当惑に変わる。
 千里は睨むように亮を見、はっきりとした声で言った。
「あんたたちには興味ない。両親のことが知りたいだけだ」
「知りたければ仲間になれって言ったよな」
「すべて知った上で、仲間になるかどうか決める」
 話が違う。
 そう叫ぼうとした亮の背後で乾いた笑い声がした。衛だ。
「妥当なところだな」
「衛」
「応じろよ。本気で仲間にしたいんなら、対等な立場でいるべきだ。違うか?」
 亮は軽く唇を噛むと、不承不承頷いた。確かにそうだ。自分たちは対等であるべきだ。
「わかった。あんた一人か? 万真と成一は――」
「一つ約束して欲しい」
 固い声に亮は口を閉ざした。
「今後一切あの二人には接触するな」
 顔を上げ、口を開きかけた慧を衛がとどめる。
「あいつらに関わったらそのときはお前らを敵とみなす」
 亮が眉を上げて不審気に千里を眺めた。
「理由は?」
 千里は答えない。
 亮は頭をかいた。
「イマイチ納得できないんだけど」
「だったらこの話は終わりだな」
 即座にそうはき捨てて身を翻した千里の肩を慌てて掴む。
「あー悪かった、そっちの条件を飲むよ。事実を知ったら気が変わると思うけどね」
 振り返った千里に再び笑顔を向けて、亮は右手を差し出した。
「とりあえず、これからよろしくってことで」
 千里は無言でその手を眺めていたが、やがて右手を持ち上げて、軽く重ねた。

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