NIGHT GAME 三章九話 VS,Wicked Goddess
 宙を走った閃光は炎の壁にぶつかったとたん淡くはじけた。光を飲み込んだ炎の壁はゆるく波打ちながらさらにその丈を伸ばす。炎の壁面が大きく膨らんだのは爆発の名残だろう。しかしそれは炎に押さえ込まれ、消えていく。
 ナツは唇を舐めた。戦闘がもたらす昂揚感が指の先まで広がっていくのがわかる。
「…は、ははッ!」
 知らず笑いがこぼれた。これだからバトルは止められない。
 弾いた指の先から連続して光が飛び出した。
 炎がうねり、噴出したプロミネンスが光を捉え、飲み込む。ボッと音を立てて炎が盛り上がったが、それだけだった。
 爆発は起こらない。
 それを見て、ヤスは口元を吊り上げた。
「…おもろいやないか。あのくそガクとおんなし能力かい」
 バキッと指を鳴らす。
「行くで。援護せぇ、シキ」
「え〜っ、ほんまにやんの? 俺しんどいし休んでるわ。お前ら勝手にやって俺見てるし」
「ほたえてる暇あったらあの火ぃなんとかしてみせぇ」
「べつに誰もほたえてへんがな。まだ風邪治ってへんねんぞ俺」
 言って、彼はヤスの表情に気づき、口を噤んだ。軽く鼻の下を指の背でこすり、ため息まじりに吐き出した。
「……火ぃ、ねぇ」
 ヤスの背後で彼は軽く鼻をすするとあごを上げた。ごうと燃え盛る炎を眺めて、しみじみと呟く。
「暑苦しぃてかなんなぁ」
「かなんのやったらなんとかしてみせぇなぐだぐだ口ばっかり動かしてからにこのアホ」
「誰がアホやこのアホとっきー」
「とっきーゆうな」
「とっきーはとっきーやろ」
「やから呼ぶなって」
 そう吐き捨てたトキの真横から固いこぶしが飛んできた。
「あんたらケンカ売ってんの? この状況わかってるん?」
 サナだった。その傍らではミネもじとっとした表情で二人を睨みつけている。なにやら前方から炎の塊が飛んできた。すかさずサナが弾き飛ばす。
 トキは軽く肩をすくめた。
「すまん。状況は、一応把握してる」
「なんなんそのイチオウって」
「一応は一応やろ、…っと」
 すかさず飛んできた平手をかわし、なだめるように手を上げてシキは軽く笑った。
「しんどいけど、ほかならぬサナ様のご命令やしな、働いたるわ」
「うわキモッ」
 その言葉に少女が盛大に顔を歪めた。
「うわひどッ! 今のはおにーちゃん堪えたなぁ。もうあかん。もう立ち直れへん。サヨーナラみなさんワタクシ志木倉秀臣はここで二十うん年の生を終え」
「………シキさん、あんたあほやろ」
 前方で孤軍奮闘していたナツが攻撃の合間に振り返り、ぼそりと呟いた。その間にも指を弾くことは忘れない。
「もうええ」
 と声を落としたのはヤスだった。
「お前にまともなことは期待せん」
「えっひどっ!」
 大仰な身振りでそう言ったシキを顧みるものはいない。
「俺とナツが行く。トキはここで援護せぇ。ミネはいつも通り、サナはミネのフォロー」
 低くそう指示を出していくリーダーの背に、メンバーは承諾の声とともに笑む。
「わかった。相手が子どもやからって油断すんなよ」
「誰にもの言うてんねん」
 即座に返ってきた言葉にトキは笑った。ぐ、と両手の平に力をためる。
「そら失礼」
 ナツはいつでも飛び出せるように態勢を整えている。ゆらり、とヤスが動いたとき。
「俺はなにしましょか?」
 シキが緊張感の欠片もない声を出した。
「好きにせぇ」
 低い返答に、シキはにぃと口の端を吊り上げた。
「りょーかい」



 パシン、と万真の目の前で光が弾けた。
「わっ!?」
 一瞬世界が白く塗りつぶされ、視力が奪われる。
 強く眼をつぶるとまなうらに光がちらついた。
 千里が生み出した炎の壁がふいに大きく揺らめいた。とたん、炎はゆっくりと収束していく。
「…くッ」
 千里は慌てて炎に意識を向けた。かすかに感じる違和感に、何者かがおのれの力に干渉していることを知る。
 炎を消そうとする力に抗う。
 力と力の狭間で、炎は不自然に揺れ動いた。苦しげに左右に揺れる。
 千里の手から離れようとしている炎は、飛来した光の爆撃を受け止めることをしなかった。意に反して炎は光をよけるように大きくうねる。
「一ッ!」
 成一は何十もの光の矢に意識を向けた。ほぼ同時に日向が片手をかざした。
「来い」
「消えろ」
 同時に言葉が紡ぎだされた。二人の意に従い唐突に矢の半数が消えうせ、そして残った矢は日向の頭上にとどまった。それを確認することもなく、成一は隙のない眼で前方の様子をうかがう。矢を頭上にとどめたまま日向が厳しい声を出した。
「相馬! だめならすぐに切れ!」
 このメンバーで攻撃が可能なのは千里だけだ。千里は日向の声に、しぶしぶ頷いた。
「…わかってる」
 盾は惜しいが、それよりも今するべきことは攻撃。
 干渉してくる力に向けていた意識を炎に伸ばす。おのれをはるかに凌駕するその力の強さを痛いほど感じていた。
 その力に、どこか覚えがあった。
 知っている。
 この力は――。
「一ッ!」
 万真が叫んだ。
 先ほどとは比較にならないほどの光が天に昇り、一旦天頂に集まったかと思うと瞬く間もなく四人に降りそそぐ。
(――多すぎる!)
 成一と日向が抱いた思いは同じだった。反射的に日向は手を伸ばし、万真を抱え込んだ。
「くッ!」
 力を解放する。降りそそぐ光に意識を向ける。
 消す、あるいはとらえることができたのはわずかでしかなかった。圧倒的な数におのれの力が飲み込まれる。
 二人の胸中に無力感が広がった。
 迫りくる光を睨みつけ、成一は奥歯を噛みしめた。
「くそッ」
 間に合わない。
 そう思い、きたるべき衝撃に備えようと身構えたとき、突然眼を焼く光が消えうせた。
 目の前が黒く塗りつぶされた、と思うや否や、低い爆音が身を震わせる。衝撃に鼓膜が震え、地面が揺れた。
 なにが起こったのかわからなかった。
 そろそろと顔を上げた成一が目にしたのは、一人毅然と顔を上げて黒い頭上を見上げる千里の姿だった。
 視線に気づき、眼を向けて彼は安堵したように笑みをのぞかせた。
「…凌いだぞ」
「千里」
 ほ、と肩から力が抜けた。日向も状況に気づいて顔を上げ、そして腕の中の存在に気づいて慌てて手を離した。幸いにも暗闇の中薄く上気したその頬に気づくものはいない。
 万真はそんな日向には気づかなかった。
 ただ、一点。目の前を見つめる。
「――まだだ。くるよ!」
 鋭く声を発した、その刹那。
 再び頭上に衝撃がきた。先程よりも激しいその衝撃に、千里の顔に苦渋が現れる。
 ひときわ激しい爆音に、頭上の防御膜が揺らいだ。はかなげに剥がれ落ち、そして消えていくそれはシャドウの影。
 舌打ちして新たな影を生み出そうとした千里を万真が制した。
「…大丈夫。もう止む」
 その言葉が終わらないうちに、唐突に攻撃は止んだ。それと同時に衝撃に耐えられなくなった影がぼろぼろと崩れて消えていく。限界だった。
 千里は万真から前方へと視線を動かした。視界の端には千里の手を離れてもかろうじて燃えている炎が移る。そしてその向こうにたたずむ複数の影。こちらの様子をうかがっているのだろう、探るような気配が伝わってくる。
 千里は唇を湿らせた。
「…今度は、こっちの番だよな」
「ああ」
 成一の声が頼もしい。
 意識の片端で炎を捉えた。干渉は、今はない。それを確認して、一つのイメージを形作る。
 ――しっかりと、そのイメージどおりに炎が揺れ動くのが感じられた。
 大丈夫だ。
 自分を励ますように心に呟き、再び前方を睨み据える。
 そして、言った。
「行け」
 刹那。
 突然炎が膨張し、音を立てて弾けた。生じた火炎弾はすべて関西陣営に降りそそぐ。そして。
 千里の体から突然何百もの閃光が天に放たれたかと思うと、それは天頂に集約し、そして流星のように関西陣営めがけて降下した。
 まるで先ほどの攻撃を鏡に映したかのように、真逆。規模も、流れ落ちるその速度も、すべてが同じ。
 ただ一つ違ったのは――それが、地に落ちる前に、見えない手で払われたように突然消失した、その点だけ。
「うそ…」
 呆然とした万真の呟きが聞こえた。日向と成一も驚愕に目を見開いている。
 動揺しなかったのは千里だけだった。
 こめかみを伝う汗を指で払い、内心の焦りを押し込めて口元に笑みを浮かべる。
 前方の六人にかすかな動揺が走っているのを確認してから、言った。
「…まずいな」
 残る三人の視線が自分に集まってきたのを充分に意識して。
 そして、動揺を引き起こすだろう言葉を、吐き出した。
「――鬼だよ。それも、お前らより優秀な」



 なにが起こったのかわからなかった。
「…今の、なに」
 ミネは震える両手を握り締めた。自分の攻撃が、まったく同じ形で返ってきたのだ。まるで鏡を見ているかのように。冷たい汗が身体を冷やしていく。
 すがるように見上げると、トキも、ナツも、そしてサナも顔をこわばらせて前方を睨んでいた。彼らもわかっているのだ。こんなことは、ありえない、と。
「なあ。なんなん今の!?」
 恐慌に陥り思わず叫んだとき。
 ポン、と、軽く肩を叩かれた。思わず見上げたそこにいつもの間の抜けた笑顔があって、ふ、と張り詰めていた気が抜ける。
「まあ気にすんなや。あれが、相手の能力やろ」
「?」
 その言葉の意味を掴みかねて、ミネは思わずシキの顔を眺めた。視線に気づいて、彼はにやりと笑った。
「なんや、そんな見つめるほどオトコマエか?」
「…………ヤスさん、今の、なんですか」
「こら、流すんかい」
 ヤスが振り向いた。その口元に浮かぶのは、気持ちの高揚からくる笑み。メンバーですら久しぶりに見るその笑顔に、ミネたちは一瞬気をそがれた。
 心の底からこみ上げてくる感情のままに、ヤスは前方の少年たちを眺めやった。
「あの能力者が出るんは久しぶりとちゃうけ」
「やなぁ。まさかこの眼で拝めるとは思わんかったわ」
 口の端を吊り上げて、シキも愉しげにそう返す。口をはさんだのはトキだった。
「おい、お前らなんの話」
 振り返らず、シキは声だけ投げた。
「鬼をも超える能力、て言うたらわかるか?」
 一瞬ぽかんとしたトキの顔が、見る間に強張っていく。
「………うそやろ」
「嘘ついてどないすんねん。あん中にコピーがいてる」
 コピー。
 その一言で残る三人の顔色も変わった。身を乗り出してナツが叫んだ。
「あれ伝説やろ!?」
「伝説が眉唾やなんて実証された例はないで。あれはほんまもんや」
 ミネの能力を即座に、寸分たがわずコピーした。ぞくぞくと、裡から沸き起こってくる昂揚感に、シキは口元をほころばせて唇を舐めた。
「た、たまたまミネとおんなし能力者がいたってこともありちゃうん?」
 サナが言った。突然の事態に驚きが去っていないのだろう、その口調はいつもよりも頼りない。
「炎の壁」
 唐突にヤスが口を開いた。
「光の球に、あとはなんや、あの黒い壁か。それとさっきのミネの奴やな」
 なにが言いたいのかわからず、ミネは訝しげにヤスを見上げた。ニヤニヤと笑みをたたえているのはシキだけだ。
 ヤスは指を折った手のひらを彼らに示した。
「これで四つ」
「合うてますやん。あいつら四人でしょ?」
 意図がわからず、ナツが少年たちに親指を向けながら答える。と、トキが口をはさんだ。
「まだある。前、赤龍とやったときの」
 言われて、シキをのぞく四人はすぐに思い出した。燃える瓦礫を投げ捨てた、あの能力。
 ヤスは残っていた小指を折りこんだ。
「これで、五個」
「あ、でも! ミネの奴と最初のあの光は同じものやって考えられますやん」
「まあ、それでも、四個やな」
 シキが言った。なにかを暗に含ませた言い方に、思わずトキはシキを睨んだ。
「お前らさっきからなにが言いたいねん」
 にやりと笑って、シキは口を開いた。
「それやと数が合わんねん」
「なんでぇな。合うてるやん」
 四人やろ、あいつら。と、そう言ったサナに、シキは意味深な笑みを向ける。軽くあごを上げてヤスを見ると、彼も似たような笑みを浮かべていた。
「あん中に“鬼”もいてるって言うたら、お前ら信じる?」
 四人は眼を見開いたまま立ち尽くした。
 信じられなかった。
「……うそぉ」
「嘘ついてどないすんねん。お前も気ぃついててんな?」
「そらな。ナツの攻撃消したやろが、あいつら」
「俺もそれで気ぃついた」
 ヤスとシキの会話を呆然と聞いていたトキだが、ややあって我に返ると少年たちを指差して軽く叫んだ。
「ほんならなんであいつら攻撃してこぉへんねん! 俺らが浮き足立ってる今がチャンスやろが」
 事実、先ほどのあの攻撃から、彼らの攻撃はぱったり途絶えていた。これだけ会話を交わしてもまだ攻撃してくる気配はない。
 ああ、と、振り返りシキは軽く笑った。
「そらな、あいつらも動揺しとるやろし」
「動揺?」
 訝しげに眉をあげたシキの顔を見て、シキは人の悪い笑みを浮かべた。
「こっちの“鬼”に気ぃついたんやろ」
 絶句したトキに背を向けて、シキは少年たちに眼を向ける。動揺が眼に見えるようだ。
 浮き足立っているのはこちらも同じ、だが、切り替えの速さだけは関西一だと自認しているシキである。
 軽くこぶしを握り締め、呟いた。
「さぁ、おもろなってきたでぇ」
「お前、風邪でしんどいんちゃうんか。休んでろや、ここは俺一人で充分や」
 同じく興奮に眼を輝かせたヤスが低く声を投げてくる。
「あほ言え、とっくに治ったわ。今ごろ風邪菌アラスカあたりで凍っとるんちゃう」
 その返答で、ヤスもシキが今までにないほど興奮しているのがわかった。こんな高揚は、神竜が現役だった頃以来、経験していない。
 ピシ、とヤスの足元で硬質な音がした。靴の周囲のアスファルトに、細かい亀裂が入っている。
「…行くで。久しぶりの上物や」
「ああ。前菜代わりにさくっと食おか」
 言って、軽く目を見交わす。
 そして二人は唖然としている仲間に目もくれず、いきなり前方に飛び出した。



「お、鬼…って」
 万真は千里を見、そしてなにやら固まって話している男たちを眺めた。
「ええぇ?」
 なぜか攻撃してくる気配を見せない相手をまじまじと見つめる。そしてもう一度呟いた。
「えーっ?」
 だが動揺しているのは万真だけだった。残る二人は納得したように千里を見、そして相手を眺めている。
「なるほどね。確かに、“鬼”の可能性が高いわけか」
「可能性じゃなくて、いるんだよ、鬼が」
 成一の言葉をきっぱりと否定する。成一は不満げに千里を見た。
「根拠はなんだよ」
「俺の力に干渉してきた。他人の能力に干渉できる奴なんて、それこそ“鬼”しかいないだろ」
 一瞬納得しかけたものの、鼻を鳴らして成一はせめてもの反撃をする。
「そういう能力かも知れねえだろうが」
 千里は成一を一瞥した。
「お前自分の言ってることわかってるか? 相手の能力に干渉するイコール能力を支配する、だろうが」
 ぐ、と押し黙った友人から、目の前でまだなにやら言い争っている相手に眼を向けなおす。
「それに、あの感じ。一や日向のとよく似ていた」
「む」
「さっきのあれ、一の力と同じだろ? 程度の差はあれ、さ」
「程度が低くて悪かったな」
 誰もそんなこと言ってないだろ、と、そう言って千里は日向に目を向けた。視線を受けて、日向は軽く眼を伏せた。
「…それで、奴らの中に鬼がいるとして。だったらなんで攻撃してこないんだ?」
 それには成一と万真は深く頷いて大いに同意の感を示した。千里は軽く肩をすくめてその声をやり過ごす。
「さあな。なにかもめてるようだけど」
 言って、ポウと両手に火球を作り出した。
「1、このままあいつらがその気になるのを待つ。
 2、そんな悠長なことしてないで四の五の言わずこの隙にさっさと叩く。
 ――さあ、どっちか選べ」
「なんで二択なの」
 実にシンプルな万真の疑問はしかし綺麗に無視された。微妙な表情で沈黙する三者をちらりと見やって、千里は笑った。考えるのは、ふつふつと沸いてくるこの高揚を、この興奮を消化することだけ。
 そんな千里の表情を見て、彼らが思うのはただ一つ。
「……3、この隙に逃げる…ってのは、ねえんだろどうせ」
「当然」
 傲慢なほどはっきり言ってのけた千里に、もはや言える言葉などなく。三人はただため息をつき、代表して万真がポソポソと言った。
「千が決めていーよ」
 どうせ攻撃することになるのなら、下手なことを言ってさらにおかしな事態にするぐらいなら――…千里に一任した方がはるかにましだ。…たぶん。
 万真の言葉に千里は瞳を輝かせた。その瞬間、三人が内心で深いため息をついたことを、当然彼は知らない。
 とてもとても嬉しそうに、同時にどこまでも好戦的に、千里は笑った。
「じゃ、2な」
 やっぱり…との言葉を胸に落とす三人を千里は振り返った。そして訝しげに眉を上げた。
「なに変な顔してるんだ?」
「…なんでもねえよ」
「うんなんでもない」
「実に相馬らしい選択だと…いや、なんでも…」
 言いかけた日向は成一と万真に睨まれて口を閉じた。
 千里は深く追求せず、「変な奴らだな」と呟いて愉しげにまだなにかもめている相手方を見やった。
 両手の炎はそのままに、口を開く。
「なにが有効だと思う? ガクの力が防御に役立つのはもう実証済みだけど」
 千里自身そんなに深い考えで出したわけではなかったが、あの炎の壁は思わぬ効果を発揮してくれた。あの力のおかげで相手に“鬼”がいることもわかったのだ。
 だが。
「でもあれ、かなり疲れるから、連発はできないな」
「そういうことは先に言ってよ」
 思わず言った万真の代わりに日向が思慮深く声をかけた。
「一度にいくつ能力が出せる?」
 千里も真剣な表情なって首をひねった。
「物によるな。ガククラスの力なら、せいぜい二種類が限度だ。シャドウの影なら何体でも出せるし、結構力の幅が利く」
「防御は俺たちがなんとかする。千里、お前は攻撃に徹しろ」
 成一に頷いた千里を見て、日向も言葉を続けた。
「一番威力がでかいのは?」
 千里は即座に答えを返した。
「たぶん、ナンさんのカマイタチ」
「コピーできるのか?」
 成一の質問にはしっかりとした頷きが返ってきた。
「試したことはないけど、あれならできる」
 確信があった。
「やってみてダメだった、なんてシャレにならねーこと言うなよ」
「言うかよ」
 成一の軽口に軽口で返す。そのときだった。
 不意に万真が飛び出した。それと同時に日向の身体が翻る。
「千ッ!!」
 鈍い音がした。
 万真は腕に力を入れ、受け止めた脚を弾き飛ばした。それと同時に地を蹴り、前に飛び出す。回し蹴りはすんでのところでかわされた。不安定な態勢から放ったため、らしくもなく甘くなったのだ。一瞬見せた隙をすかさず攻められる。
「シャアッ」
 飛んできた大振りのアッパーを、上体をそらしてかわす。とたん、相手の腕が伸びた。
 よけきれず、こぶしが頬をかする。チリッと痛みが走った。
「…シロートじゃ、ないね」
 態勢を整える。相手は、小柄な青年だった。成一よりも一回り以上小さく、おそらく170に届かないだろう。
 万真の言葉に、青年も笑った。
「うしろのにーさんら狙ったんやけどな、まさかあんたが反応するとは思わんかった」
 言ってから、人差し指で自分の頬に線を書く。
「すまんな、顔に傷つけてしもたわ。あんたの気迫がほんもんやったからかな、手加減できひんかった。やるね、嬢ちゃん」
 背後の千里と成一が動く気配がしたが、手を挙げてそれを制する。
 青年と同じく、万真も笑った。頬に走った傷からにじむ血を手の甲で思い切りよくぬぐう。
「こんなのすぐに治るよ。それより、それはこっちの科白だね。まさかここでこんなに手ごたえのある人にぶつかるとは思わなかった」
「そら光栄やね」
 青年が軽く肩をすくめて答えた。そのとき。
 鈍い音とともに千里の叫び声がした。
「日向!」
 二人同時に目を向ける。
 そこでは、日向と大柄な男が睨みあっていた。男の口の端には血がにじんでいて、片手で反対の肩を抑えている。そして日向は、万真がはじめて見る厳しい表情でそんな男を睨みつけていた。
 青年がとぼけた声を出した。
「うっそぉ、ヤスがやられとん? はじめて見たわ、俺」
「じゃかあしわ、黙ってぇ」
 ヤス、と呼ばれた男が動いた。唾を吐き捨て、血をぬぐう。そしてぎらつく瞳で日向を見据えた。
「やるやないか、ぼうず」
「あんたもな」
 返した日向は傷一つない。それを見て男は愉しげに笑った。
「おもろい、おもろいわお前ら!」
 声と同時。
 突然男の足元の地面がひび割れた。音を立ててはがれていくアスファルトに注意が行ったのは一瞬で、万真は飛んできた蹴りを両腕で防いだ。
「嬢ちゃん、俺暇やねん。お相手してや」
「それ下手すりゃセクハラだよ、おにーさん」
 男の力の余波が万真の下まで及んできていた。足の下に亀裂が走り、弾けた破片が剥き出しの二の腕を切り裂いた。同じく破片に頬を切り裂かれた青年も、忌々しげに男を睨む。
「あんのアホ、ちょっとは加減せぇ…って、おうッ!?」
「よそ見するなんて余裕だね」
 軽く牽制の正拳を放つ。それは身体に届く前に身長の割りに大きい手のひらに受け止められていた。
「ええ根性しとるやんけ嬢ちゃん」
「あんたも人のこと言えないと思うよ。それより」
 万真はこぶしを引くと、両手を挙げて闘う意志がないことを示して見せた。訝しげな様子の青年に、指で示す。
「あたしとしては、あっちの様子が気になってるんだよね」
 指の先を見て、青年は軽く目を見開いた。ヤスの様子が、変だ。
 見えない重圧がかかっているかのように、両足を踏みしめて、なにかに耐えている。
 シキは眼を眇めた。じっと様子を見て、なにやら腑に落ちたらしい。あっさりとその正体を看破した。
「重力系か」
「詳しいね」
「そらな、俺もこっち長いし。それより、あんな力じゃあいつは止められへんで」
 その意味を聞き返そうとしたときだった。
「…ああああッッ!」
 男が吼えた。とたんに噴き出した圧倒的な力に、重力の繭が壊れる。驚愕に眼を見開いた万真に、青年は愉しそうに続けた。
「それに、お前ら忘れてるかも知れへんけどな」
 閃光が眼の端にちらついた。見ると、大量の光の矢が放たれたところだった。
「俺らは、二人やない」
 天に昇ったそれは一点に集まり、そして。
 今にも流星のごとく降りそそぐかと思われた瞬間、音もなく消えうせた。
 青年の眼が見開かれるのを見て、今度は万真が笑みを浮かべた。
「それはこっちの科白だよ」
 言って、万真は動いた。
 ふ、と少女の姿が揺らいだと思った次の瞬間、その姿が掻き消えた。慌てて身構えたが、遅かった。足に衝撃を感じたときにはもう身体がかしいで、肩と腕に痛みが走る。
 首に感じた感覚に目を開けると、そこに少女が映っていた。
 青年を地面に蹴倒し、その首に指を当てた状態で、万真は無邪気に微笑んだ。
「人質一丁」
「俺は豆腐かい」
「似たようなもんでしょ」
「あーさようで」
 投げやりな言葉に、万真は笑う。おのれの実力を誇示するわけでもなく、それは自然な笑顔だった。
「これであの厄介な流星雨は出せないよ」
「なんで?」
 青年は口元を歪めた。挑発的な笑みに、しかし万真は動じない。
「おにーさんがいるから」
「俺を盾にするん? 悪いけどそれは無意味やな」
「“鬼”だから?」
 青年の笑みが固まった。
 万真の笑みの質が変化する。確信的に万真は笑んだ。
「だと思った」
「――ッ!?」
 首にかけた指はそのままに、わずかに身体をずらして投げ出された腕の上に膝を乗せる。ぐ、と体重がかかり、青年の顔が歪んだ。
「おま、かわいい顔してえげつない性格してんな」
「エゲツナイってなに?」
 さらりと流し、相手方を睨みつける。見覚えのある顔に向かって、声を張り上げた。
「はーい、注目ー!」
 とたんに少女たちの目がこちらに向いた。
「これなーんだ」
 と、万真が指差したその先にあるものを見て、彼らは絶句する。
「し、シキさん!?」
「なにしてんお前!」
 飛んでくる絶叫に青年は「いえー」とわけのわからない反応を返している。
「わーりぃな、尻にしかれてまー」
「なッ、敷いてないよ!」
 反射的に万真は青年の頭を叩いた。
「どうするんだお前、コレ」
 千里が足で青年の尻を蹴りながら尋ねた。そんな千里を見上げて、万真は困ったように笑う。
「考え中」
「考えてから行動しろよ」
 千里はもっともなことを言った。それに深く頷く青年は無視して、万真は「うーん」と首を傾げて見せた。
「それができればねー」
「…そうだな、お前はイノシシ娘だもんな」
 む、と万真は頬を膨らませた。視界の端で動いた少年を認めて、すかさず声を投げる。
「変な動きしたらこの人の腕折るよー」
 のんびりと言われた凶悪な科白に、関西勢はもとより成一たちも固まった。
「なッ!」
「セーカク悪いであんた!」
「神聖なケンカに人質取る奴がおるかアホ!」
「非常識な…!」
 ごうごうと噴き出した非難の声に、万真はなんだか快感なんか感じてしまっていた。そんな万真に向けられる仲間の目は困惑に満ちている。
「……伊織、お前」
「…………万真…」
 そして二人は同時に思った。
 間違いなく彼女は千里の妹だ、と。
 一人笑っているのは千里だった。楽しそうに万真の頭を叩く。
「神聖なケンカってなんだろうな」
「なんだろうねー」
 実に楽しそうに会話する二人にじれたように少女たちが叫んだ。
「シキさん! あんたやったら力ずくでなんとかなるやろ!? 相手は小娘やんか!」
「なに遠慮してんのよ! 思いっきしやったったらええやん!」
 青年は顔をあげて自分の上の少女を見た。万真もなんとなく彼を見下ろす。
「…とか言ってますけど」
「そやかてなぁ。嬢ちゃんほんまに強いし」
 掛け値なしに本当の言葉だったが、しかし彼女たちは納得しない。
「シキー! そんな女になにやられてんの! さっさとなんとかしなさい!」
「こういうときに働かんでどうするの!」
「情けないですよ!」
「シキ、いつまでもふざけてたらいいかげん俺も怒んで」
 万真は青年を見下ろした。どうする? と眼で問いかける。
 青年は困ったように笑った。
「そうやなー。…おい、ヤス!」
 呼び声に、手を引いて青年の様子を眺めていた男は顔をあげた。
「ここで傍観しててもええ? 嬢ちゃんの尻の下で」
 語尾に「あたっ」という声が続いたのは千里に蹴られ万真に頭を殴られたからだ。
 男は盛大にため息をついた。
「…知らん。腕の一つやくれてやれ。それもできんような男はうちには要らん」
「言うと思った」
 ぽつり、と青年は呟いた。そして万真を見上げる。
「ほなそういうことで」
 その言葉と同時。
「…ぅひゃあっっ!」
 突然万真が悲鳴をあげて飛び上がった。すかさず跳ね起きた青年は、万真から距離を置いてひらひらと片手を振る。
「いやなかなかええ感触やったけど、俺としてはもーちょっとグラマラスな方が」
「へ、ヘンタイ――ッッ!」
「尻は大きい方がええでやっぱり」
「うるさいうるさい痴漢ヘンタイ変質者ッ!!」
 殴りかかる万真を止めたのは成一だ。襟首をつかまれ脚をばたつかせる万真の横で千里が動く。ひゅ、と、大きな手がひらめいた。
 青年の笑みが凍った。ダン、と大きく後方に飛びのく。直後、彼が立っていた地面に音を立てて亀裂が走った。
 青年の頬に赤い線が走る。じわり、と血がにじんだそこに手を当てて「ありゃあ」ととぼけた声を出す青年を見据え、千里が冷え冷えとした声を投げた。
「……もう一発、いるか?」
「いらんいらん。カマイタチなんかあの女一人でじゅーぶんや」
 へらへらと笑いながらそう答えた青年の言葉を遮るように、日向が低く一言。
「相馬」
「ああ」
 据わった眼で男を睨んだまま千里が無言で右手を挙げた。
 刹那。
 はっきりと視覚できるほどに青年の周囲の風が渦巻いた。轟と唸りそれは青年の皮膚を切り裂く。反射的に交差された両腕に瞬時に赤い線が走った。
 赤い飛沫が飛ぶ。
「シキッ!!」
 仲間の声に、彼は薄く目を開いた。口元に笑みが浮かぶ。
「…えらい、威力、上がったやないか。さっきのは脅しかい――いや」
 口の横がざっくりと切れていた。交差させていた腕をゆっくりと下ろす。赤い流れはひとつに合流し、指の先から滴り落ちる。
 夜目にも鮮やかなそれに動揺したのは関西勢だけではなかった。滴る赤に万真の顔から血の気が引く。
「…千…ッ」
 振り向いたその先の顔は、なぜか青ざめていた。振り上げられたままの手と青年を見比べ、千里は呟いた。
「違う、俺じゃない…!」
 浮ずった声に成一と日向が訝しげに振り返る。
 問い掛けてくる視線に首を振ることで答えた時、青年が口を開いた。
「……はっ。ふざけんなやコラ。やからお前ら好かんねや」
 思わず見やると、青年は傷の痛みに顔をしかめ、それでも真っ直ぐに立っていた。小柄なはずの身体がなぜか大きく見え、滲み出るその気迫に四人は気圧される。
 たん、と、青年が一歩踏み出した。地面に新たなしみが現れる。
 ゆらり、と、男が動いた。血を流し続ける青年を見、そしてゆっくりと千里たちに眼を向ける。
「………ええ根性しとんな相変わらず」
 深く響く、それでいて聞くものを凍りつかせるような声音に、万真の背中が凍りついた。
 二人は真っ直ぐにこちらを睨みつけてくる。
「水差す、とか、横槍、とか。そんな言葉じゃ済まんぞ」
 青年の声音ががらりと変わった。常に軽薄な笑みを絶やさなかった顔が、厳しく引き締められている。低く唸るようなその言葉にさらに低く男が続けた。
「いくらなんでも、出迎えが遅すぎるんやないか」
 低く響く、声。
 胸に沸き起こったある予感に、四人は背後を振り向いた。
「あ…」
 万真の口からかすかな呟きがこぼれた。
 そこに立つのは見知った人影。
 視線を受けて、彼は口元に浮かべていた笑みを深くした。
「――よう、久しぶり、ヤス」
 離れた街灯から届く光でかすかに判別できる赤。そのあとに並ぶのは黒と金、そして闇に沈み込む長い髪はおそらくピンクだ。
 男の口元に獰猛な笑みが浮かんだ。
「――久しぶり? どのツラ下げてほざいとんじゃ」
「あえて言うならこんなツラ。シキも、久しぶり」
 青年もまた笑った。頬から流れる血を手の甲で乱暴にぬぐい、傷に触れたのかわずかに眉根を寄せる。それから、万真たちの向こうにたたずむ男たちに目をやった。
「勝手に抜けた分際でなにぬかしてんねんこの出戻り。相変わらずすかしたやっちゃ、ほんまイヤミやなお前」
 言ってから、口元に笑みを乗せる。青年の目がつと細まり、鋭利な光が走った。
「ま、そんなんこの際どうでもええ。――久しぶりやな、神竜」

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