NIGHT GAME 三章十話 覚醒
 弘行は軽く笑った。
「お前ら全然変わってねえな」
「やかましぃ」
 シキの言葉に笑ったのは蓮見だ。
 そんな彼らに、千里と万真が厳しい瞳を向けて、問い掛けた。
「…なにしに来た」
「なんの用?」
 固いその声音に軽く眼を見開き、弘行は首を傾ける。
「ナニって、出迎え。久しぶりの旧友に逢いにきたって答えじゃ納得しねえか?」
 千里の瞳は揺るがなかった。万真が軽く眉をひそめる。
「…出迎えでいきなりカマイタチ放つの?」
 その言葉に、ようやく彼らは少女たちの様子に気づいた。静かに立ち上る怒気に気づき、弘行はわずかに表情を改める。万真が、怒っていた。それもものすごく。
「さあ、それは――…どうなんだ?」
 振られたナンは責めるように弘行を見返した。
「…あたしたちの間じゃ、挨拶みたいなもんなんだけどね」
 ふうん。
 呟いて、万真はナンたちを一瞥すると、真っ直ぐな瞳をそらしもせず、一言、言った。
「そういうの、キライ」
 そのまま、彼らに背を向ける。そして戸惑ったように立ち尽くしたまま血を流し続ける青年に足を向けた。
 万真の背からナンたちに視線を戻し、千里も静かに――冷ややかに、声を発した。
「…俺も、力をただの破壊に使うようなことは、正直受け入れられない」
 そうして、万真と同様彼らに背を向ける。その様子に軽く息を落として、成一はヒップバッグからタオルを二枚取り出し、千里に投げた。礼も言わずに受け取って、千里は歯を立てて布を引き裂いた。
 細く長く裂いたそれを万真に手渡し、もう一枚を細かく切って折りたたむ。
「…え? おい?」
 二人の行動に驚き当惑した声をあげた青年には構わず、無言で二人は青年の手当てに取り掛かった。
 それを見てから、成一は立ちすくむナンたちに歩み寄った。苦笑の中に非難を織り込んで、彼らを見やる。
「今のは、ダメだって」
 それに応じたのは弘行だ。珍しくためらうような様子を見せて、尋ねる。
「…もしかして、よけいなスイッチ押したか?」
「いや、ていうか」
 成一は、苦い笑みを広げた。
「あいつらにとって――力って言うのは、基本的に人を守るためのものだから。だから――正当防衛でもなく、無意味に人を傷つけることを」
 一度言葉をきり、弘行たちを見やって、成一は言った。
「嫌悪してる。かなり強く」
 その言葉の強さに、そして成一の表情に、日向は軽く息をのんだ。
 そして無言で手当てを続ける双子を見やる。成一の言葉は耳に届いていないのか――淡々と、凍りついたような表情で、手を動かす二人。
 止血点を折りたたんだ布で押さえ、それを押さえるように細く裂いたタオルを巻いていく。特に酷い傷跡に直接タオルを巻きつけて、ようやく二人は顔をあげた。
「あー…なんや、えらい気ィ使わせたみたいで」
 気まずそうに青年が二人の表情をうかがいながら切り出した。
「あんたこそ、気を使う必要なんかない」
 固い声に、青年は無事な右の頬をかいた。落ち着きなく視線を彷徨わせる。
「ちゅうか、仲間と違うんか? 神竜。あいつらと揉めるんは正味な話あんまりオススメせーへんでー」
 軽い口調で言った彼に、万真は冷めた瞳を向けた。
「脂汗流しながらよくそんな軽口叩けるね。患部は心臓より上に。おろしちゃダメだよ」
 そっけなく言って、言葉と同時に青年の腕を押し上げる。
 そんな万真に、複雑な表情で静観していたナツが声をかけてきた。
「…さっき骨折るとか言うてた時とはえらい変わりようやん、自分」
「アレはただの脅し」
 さらりと言った少女を、関西勢はとてもとても複雑な瞳で眺めやった。
「……ほんまに、脅し?」
「いや、あたしはそうは思わへんかった」
「当事者としてはどこまでもグレーゾーンやと思うわ、俺」
 額に妙な汗を浮かべながらも、軽い口調で青年が言う。口を動かすたびに顔の傷が引きつれるようで、軽く眉をしかめながらもさらに口を開こうとして、千里に止められた。
「当分黙ってろ。傷にさわるから」
 布で顔の傷を押さえ、無事な片手で押さえるように指示する。そして、相手の目を見ないまま、言った。
「すぐに医者に行ったほうがいい。出血が多い」
「んにゃ」
 千里の言葉に、しかし彼はあっさり首を振った。
「わざわざ“外”の医者頼らんでもな、地元に戻ったら腕のええ能力者がいてるから。それにこの程度じゃ死ねへん死ねへん」
「…そういう能力も、あるのか?」
 虚をつかれて千里が思わずそう訪ねると、彼は面白そうな表情で笑った。
「おお。ものごっつぅ性格悪いやつやけどな」
 そう、とだけ言って、万真は青年から離れた。ほぼ同時に千里が後方を振り返る。そして、鋭い瞳で神竜の面々を睨んだ。
 万真も同様に冷めた視線を彼らに流し、そして成一たちを振り返る。
「…帰ろう」
「え?」
 困惑した声を上げたのは日向だけだった。成一は戸惑うことなく、諦めたような表情でただ肩をすくめる。
「気が失せた。あとは勝手にどうぞ」
 凍てつくような声音でそう言い、千里が身を翻す。
「え、おい? 待てや」
 万真は関西勢を振り向く。そして、かすかに笑った。
「続きはまた今度かな」
 そして戸惑う彼らにひらりと手を振り、神竜には鋭い視線を投げかけて、戦いの場から退こうとした。
 そのとき。
「――仲間割れか?」
 突如頭上から、聞き覚えのある声が降ってきた。


 反射的に振り向いた万真たちの目に映ったものは、轟と唸りを挙げて落ちてくる巨大な力の塊。ピリピリと、産毛が逆立つ。
 突然のことに誰もが硬直した中で、真っ先に動いたのは三人の“鬼”だった。
 青年が頭上を睨みつけ、成一と日向が手をかざす。
 三種の力がほぼ同時に動いた。
 音を立てて力の塊が霧散する。砕けたそれの余波が周囲のビルに大小さまざまな穴をうがった。
「……誰や」
 低いヤスの言葉に応じたのはナンだった。
「ただのガキだよ」
「あ?」
 思い切り不審な顔になった男には目もくれず、ナンは鋭い眼差しを頭上にむけた。そして言った。
「いきなり無作法な事をするね。マナー違反だよシャドウ」
「――それはどうも」
 声は先ほどとは別の場所から聞こえた。背後を振り向き、千里は軽く眼を細める。
 いつの間に移動したのか。街灯が作り出した輪の中に、男が二人立っていた。嫌というほど記憶にこびりついていたその姿を見て成一があからさまにうんざりした声をあげた。
「…またあんたらかよ」
 シャドウはそれには応じず、軽く笑む。
 ナツがすばやく光を生み出し、この新たな闖入者を照らし出した。光の下さらけ出された顔の意外な若さに、万真たちはもとより神竜の面々も軽く驚きに眼を見張った。
 おそらく二十歳にはまだ達していないだろう、幼さの残るその顔。ひょっとするとライトと年はそう変わらないかもしれない。
 驚いてシャドウの顔を見つめる万真の傍らで、シキが好奇に溢れた声を出した。
「どちらさん?」
 シャドウの眼がシキに向けられる。青年を認めて、彼は笑った。
「――今夜は記念すべき夜だな」
 唐突に落とされた言葉に、シキの眉間に皺がよった。千里や成一も似たような表情になる。
「なにを」
 鋭いナンの言葉に、シャドウはかまわない。不思議な笑みを浮かべたまま言った。
「“鬼”がいる。それも三人も」
 刹那。
 関西勢の様子が一変した。
 それまで傍観を決め込んでいたのが打って変わって瞬時に戦闘態勢をとる。変わらず飄々とし続けていたのはシキだけだった。頬に当てたタオルを押さえたまま、顔色を変えることなくシャドウを見据える。
「…やから? 自分まだ俺の質問に答えてへんよ」
 言って、彼は口の端を持ち上げた。穏やかな、どこか気の抜けた笑みを浮かべて。
「で、どちらさん?」
 シャドウは口元だけで笑みを作った。無言で片手をひらめかせる。とたん、周囲に突然現れた人の気配に、万真は反射的に身構えた。
「……八人」
「九だ」
 低い日向の声を千里が即座に訂正する。姿は見えないが、確かにいる。シャドウの仲間。
 以前の出来事を思い出し、成一が薄く笑った。
「あいつらかな」
「たぶんな」
 同じように酷薄に笑い、千里がわずかに足の位置を変えた。地面を確かめるようにしっかりと踏みしめる。
「もうダメージ消えた頃?」
 ひらひらと手首をまわしながら言った成一に、万真が軽く膝を伸ばしながら応じた。
「まだ残ってるんじゃない? 鍛えてる人ならともかく相手はドがつく素人だよ」
「同感だな」
 く、と軽くこぶしを握りしめ、千里が笑った。そして不機嫌そうにシャドウを睨んでいる青年に声をかけた。
「これ、俺たちのケンカだから。あんたたちは手を出すなよ」
「…アイツのターゲットに俺もしっかり入ってたような気ィするんやけど?」
 シキはシャドウを睨む。
 3人。
 確かにあの男はそう言った。
 一人は自分。もう一人は目の前の少年たちの中にいる。そしてあと一人、誰かはわからないがこの場にいるらしい。
 神竜か?
 いや。
 やつらのメンバーは以前のままだ。彼らの能力なら知り尽くしている。
 ならば――。
 この、少年たちの中に、もう一人、いるのか。
 驚きも新たに少年たちを眺めなおした。
 万真たち四人はシキの視線には気づかずただシャドウを睨みつけている。
 千里がそっと万真を促した。
「お前は絶対に前に出るなよ」
 その一言に万真は思い切り顔をしかめた。取り繕うことすらせず怒りを言葉に含ませる。
「まだそんなこと――!」
 その瞬間だった。
 頭上を黒い影が覆い尽くした。
 天を仰いだときにはすでに遅く、シャドウの影は大通りの空いっぱいに広がって落下してくる。
「一! 日向!」
 千里は万真を背にかばったまま叫んだ。
「おお!」
 声に答えて二人が襲い掛かってきた影に意識を伸ばす。守りは二人に任せて、千里はシャドウに狙いを定めた。
 とりあえず頭から叩く。それはどんなケンカでも変わらない。
 生み出した炎をシャドウに向かって投げつける。同時に先ほど習得したばかりの光の矢を天頂に向かってほとばしらせた。
 光の雨が降り注ぐ。耳を打つ轟音。巻き上がる粉塵。しかし千里は攻撃の手を休めない。さらに火弾を投げつける。
 粉塵の中に動く影を見たのだ。
 背後から飛んできた幾千もの細かい針を振り向くことなく手の一振りでかき消して、成一はすばやく周囲に視線を走らせる。
 どこから攻撃しているのか。わからない。
 関西勢と神竜の面々は、一歩引いたところで成り行きを見守ることにしたようだ。
 ありがたい、と、千里は内心薄く笑った。余計な手出しはいらない。自分たちの力を試す絶好の機会だ。
 唸りを上げて肉薄した力の塊が、パシン、と音を立てて弾ける。瞬きすらせずに千里はさらにその先を見据え、手首を返した。
 生じた空気の刃が舞い上がっていた粉塵を一瞬にして散らす。晴れたそこには人影は無く。
「――上!」
 万真の声とほぼ同時に、日向もその気配に気づいた。考えるよりも速く体が動く。頭上から飛び降りてきたのは人間だった。日向と万真が飛びのいたそこに降り立った青年はそのまま右手を繰り出してくる。
 白く光るそれは細い剣。
 反射的にかわし――そして万真は瞠目した。よけたはずだった剣がいきなりのびたのだ。
 剣先が肩先をかすめた。触れたそこに焼け付くような痛みが走る。
 ただの刀傷じゃない。
 そう悟る間もなく繰り出される攻撃をよけ、相手の懐に飛び込む。
 が、前回のトラブルで相手もこちらの動きに慣れたのだろう、突き出した拳は寸でのところでかわされた。
 空間を薙いだ剣を身を伏せてよけ、相手の足を払う。悲鳴とともに青年の身体が傾いだ。
 その隙を逃さず掌打を脇腹に叩き込む。青年の口から鈍い音が漏れ、そのまま彼は地面に倒れこんだ。脇腹を押さえて悶絶するその姿を見下ろし、軽く息をついたその時。
「万真ッ!」
 かけられた声と同時、首筋の毛が総毛だった。
 振り返り、そこに轟と燃え盛る火球を見る。
(――しま…ッ)
 熱風が肌をなで髪を巻き上げる。
 顔をガードするように上げた両腕に尋常でない熱を感じ。
 その熱と肌を焼く痛みに――無意識のうちに覚悟を決めた。
 刹那。
 張り詰めた細い糸を弾くような、そんな澄んだ音とともに。
 なにかに阻まれたかのように火球が万真の鼻先で弾けた。
 弾けた炎は半球状に万真の頭上へと流れ、そして消えていく。
「え…」
 眼を見張った万真は、自分を囲むようにしてかすかに震える存在に気づいた。
 かすかな光を帯びて、ドーム状に自分を包み込む透明の膜。
(…なに、これ)
 呆然とそれに見入っていると、突然大声が耳に飛び込んできた。
「カズ!?」
 血相を変えた千里が駆け寄ってきたのだ。
 その姿を認めたとたん、それは音もなく消え失せる。
 眼を丸くした万真は、力強く肩をつかまれて我に返った。
「怪我は!?」
「あ…ない、と思う」
 怪我は、ない。熱風にさらされた腕が多少ひりひりするが、たいしたことはない。肩先の鈍い痛みは先ほど剣がかすめたものだ。
 万真に怪我がないことを確認して、千里は大きく息をついた。
「……よかった」
 そして万真が口を開く間もなく、左手を一閃させる。悲鳴が聞こえた。
「寿命が縮むだろ。頼むから無茶だけはするな」
「……了解」
 言ったあと、小さく「ごめんね」と告げると、大きな手が頭を軽く叩いた。
 そして再び襲い掛かってきた影たちに向き直る。次から次へと襲い掛かってくる影を消すのは成一たちだ。そして千里は休む間もなく多彩な攻撃を繰り出している。
 その様を眺めながら、万真はたった今起こったことを思い起こしていた。
 もう、ダメだと思った。
 瞬間、現れたあの不思議な膜。
 火球はそれに阻まれたかのように消えてしまった。
 成一や日向の力じゃないことは感覚からわかった。
(……なんだったんだろう、あれ)
 思考に集中していたからだろうか。
 万真は影のあいだから飛び出してきたそれに気づくのが遅れた。
 何十もの光の弾丸が万真めがけて飛んでくる。
「万真!」
 すかさず成一が力でねじ伏せるようにしてかき消した――はず、だった。
 とりこぼした弾丸が地面に激突する。そして万真めがけて跳ね上がってきた。
 ――兆弾。
「伊織!」
 とっさに延ばした日向の力ですら捉えきれなかったそれは万真にぶつかるその刹那。
 澄んだ、かすかな音とともに弾け飛んだ。
 ビルに激突し、穴をうがったそれから、千里は両手に炎を生み出したまま万真に目を移した。日向と成一も、一瞬迫りくる影も力も針も――全てを忘れて万真を凝視した。
 そして万真は、ただ目の前で震える透明な膜を呆然として見つめていた。
「………カズ?」
 遠慮がちな千里の問いかけに、ようやく彼らを振り向く。
 そして、へら、と力なく笑った。
「なんか、能力、わかっちゃったかも」
 その科白にぽかんと口を開けて――成一は慌てて飛んできた力の塊をかき消した。
「マジ?」
「タブン」
 たぶんってなんだ。そういいながら日向も飛んできた針と光の弾丸に意識を向ける。
 そして千里は、安堵の笑みを浮かべて思い切り両手首を翻した。
「よかったじゃないか!」
 そう言った千里の背中と、まだ自分を包んでいる膜を見て、万真も今度は思い切り笑みこぼれた。


 道路を覆い尽くすかのような影が次々に消されていく様を見て、蓮見は軽く口笛を吹いた。
「結構やるねえ」
「そらコピーがいるゆうからなぁ。あれくらいはやってもらわんと」
 鷹揚に笑いながら相槌を打つのはトキだ。
 二人はタバコを吸いながら、笑みすら浮かべて戦闘の様子を眺めている。蓮見の傍らで地面に座り込んでいるのはシュウ。
 いつの間にやら神竜とWicked Goddessは肩をならべて観戦していた。
 先ほどの緊迫感は嘘のように消え、代わりになごやかなムードが彼らを包んでいる。目の前で繰り広げられている激しい戦闘をまるでスクリーンの中の出来事のような顔で眺めながら、蓮見たちは談笑していた。
 一方、穏やかな雰囲気の二人とは対照的に、険悪な雰囲気を漂わせている面々もいる。
「……あいかわず暑苦しぃ格好しとんなおまえ」
「俺の勝手だろ」
「体感機能の異常と見たね」
「ああそうかもね」
 弘行と、そしてシキとヤスだった。
 真夏だというのに長袖のシャツを着て涼しい顔をしている弘行を胡乱気に眺めて、二人は言う。
「…ヒロ、お前、今までなにやっててん」
「んー? イロイロ」
「ほそっこい身体しやがって。ちゃんとメシ食うてるんか?」
「食わせてくれるヒトならいるね」
「うわっ、なんか言うとるこいつ! ヒモか!? ヒモやなお前! うわーオニイチャンかなしぃ! あんたがそんな子やったなんて!」
「…ええ加減真面目にヒトの話し聞けや」
 ヤスに凄まれて弘行は軽く肩をすくめた。無視された形になったシキが不満げに眉根を寄せたが、取り合わない。ヤスは厳しい表情のまま続けた。
「お前とっくに抜けたやんけ。なんで今更戻ってきたんや」
「まぁ、いろいろ事情があってな」
「…リツヤか?」
 シキの短い問いかけに、弘行は沈黙で答えに変えた。
 ため息を吐き出して、ヤスは短い髪をかきむしる。が、それ以上を問うてくることはなかった。
 シキもそれ以上その話題を続ける気はないようで、ふと落ちた気まずい沈黙をかき消そうとするかのように明るい声を出した。
「ちゅうかお前、顔色悪ないか? ちゃんと寝てるか?」
 弘行の目の下にはうっすらとくまができている。指摘されて、弘行はまぶしそうに目を眇めた。
「あー、まあ、それなりには」
「なんやそれ。あかんでちゃんと寝な。それでなくても俺ら睡眠時間慢性的に足りてへんねんから」
「わかってたら来るなよって話だよな」
「まぁな」
 先ほどまでの険悪な雰囲気とは打って変わってなごやかな空気に、年少組みは居心地悪そうにしているが、気にとめる者はいない。ナンは一人離れたところでタバコをふかしている。
「ヒロ、お前今なにしてるん」
 シキの言葉に、弘行は火をつけたばかりのタバコを唇から離した。細く煙を吐き出す。
「んー、まあ、イロイロ」
 先ほどとまったく同じ科白で返した弘行に、シキはさらに問い掛けた。
「結局大学はいかへんかったんか?」
「ああ。やめた。お前らは?」
 切り替えされてシキは不満げに顔をしかめたが、やがて諦めたようにため息をつくと黒く沈み込む天を見上げた。
「俺もう卒業や。意外と早かったで、四年間」
 弘行は顔をあげてそんな彼の横顔を見た。
「就職するのか?」
「んにゃ、院に行く」
 弘行の眼が丸くなる。それを見てシキは笑った。
「意外やろ」
「…激しく意外」
「俺も正直驚いてる」
 やりたいことができたんや、と笑いながら言うシキに打ち解けた笑みを返してから、弘行はヤスに眼を向けた。
「お前は? お前も卒業だろ?」
「就職。内定は取れた」
「おー。この不況時にめでたいことで。…ふうん。そっか」
 ぽかり、と、煙を吐き出す。
 風に散るそれを眺めて、シキが言った。
「やし、ゲームも、これが最後や」
 天へと打ち上げられた光の雨が、一瞬周囲を明るく照らし出す。
 眼を眇めてそれを眺めて、弘行は小さく声を返した。
「――そうか」
 ドン、と、衝撃がここまで伝わってくる。舞い上がった粉塵を吸い込まないように手で口元を覆った弘行の耳に、かすかな声が届いた。
「……自分な。あいつらに甘すぎるんちゃうけ」
 振り向くと、ヤスが静かな表情で自分を見下ろしていた。
「自分ここ一週間の合計睡眠時間言うてみぃ」
 弘行の眼が泳いだ。
「あー………十時間…ぐらい?」
「死ぬ気かボケェ」
 容赦なく言われて弘行はただ頭をかく。
「今もう八月やぞ。こんなことやってる場合とちゃうやろが」
「バイトもしてるんやろ? 体もつんかほんまに」
「…いや、まあ。それは」
 二人は容赦がない。
「本気なんやろ? やったらなおさらこんなとこにおってええわけないやろが」
「あいつらお前の事情知ってるん? お人よしも大概にせえよ」
「…お人好し、とか言われたのは初めてだな」
「あほ言え」
 パン、と後頭部をはたかれる。
 いてえな、と顔をしかめて、そして弘行は粉塵に包まれている少年たちを眺めやった。
 ふと思い浮かんだ過去の自分たちの姿を、首を振って振り切る。
 わかってる。この馬鹿野郎どもが自分を心配してくれていることぐらい。
「…これで、本当に最後にするよ」
 紫煙を吐き出す。
 火球が弾け、閃光が紅く周囲を染め上げた。
「俺はあまりに長くここにいすぎた」
 低い呟きを聞きとがめてシキとヤスが傍らを振り向いたその時、短い電子音が周囲に響いた。
 弘行がふいに身動きして携帯を取り出す。ディスプレイを確かめて、軽く肩をすくめた。
「タイムアップ」
 呟きをかき消すように、飛んできた光の弾丸が彼らの頭上を飛び越えてビルに激突する。轟音は振動となって青年たちの身体を震わせた。
 ぱらぱらと落ちてきたコンクリートの破片を髪から振り払い、弘行はタバコをくわえたまま、依然として戦闘状態にある少年たちを眺めやった。
 見たところ力は均衡している。一番戦闘が長引くパターンだ。
 ふと浮かんだ考えに、薄く笑う。
 少年たちは、怒るだろう。
 わかっていながら、弘行はあえて行動にでた。
 たん、とつま先を軽く地面に打ちつける。瞬間、力を解放した。
 弘行を中心に、激しい衝撃が一帯を襲った。

「――ッ!?」
 なんの前触れもなく、いきなり地面が揺れた。全身を襲った衝撃波に揺らいだ身体をなんとか立て直し、千里は周囲に視線を走らせる。
 そして、息を飲んだ。
 足元、踏みしめたアスファルトに無数に走る亀裂。それは地面を伝ってビルの壁面までをも隙間なく埋め尽くす。
 視界一面に広がる亀裂に、万真たちもまた動揺に身を固くした。
 先ほどの衝撃を逃がしきれなかった膝が震え、万真は思わず千里の腕を掴んだ。そうしてようやく地面に崩れ落ちることを免れる。
 戦闘の邪魔になる。そうわかっていても掴んだ腕を離すことができなかった。
 突然のことに動揺したのは千里たちだけではなかったようで、METHからの攻撃がぴたりとやんだ。そのことで、千里は今の衝撃がシャドウたちによるものではないことを悟った。
(誰が)
 頭をめぐらす。
 そして、放射状に走った亀裂の、中心に立つ男に気づいた。
「――弘くん」
 弘行が、そこにいた。
 笑みすら浮かべながら一瞬で場を支配した弘行がなぜか見知らぬ人に思えて、万真は軽く身体を震わせた。
 肌が粟立っている。
 無意識のうちに腕を掻き抱いた。
 一身に視線を集めた彼は、酷薄な笑みを浮かべたまま口を開いた。
「――この勝負、俺に預けてもらえないか」
 なにを。
 そう言おうとしても、声がでない。
 そんな自分に千里は愕然とした。
 表情だけで千里の感情を読み取ったのだろう、弘行は軽く首を傾ける。
「これ以上続けても無意味だ。その意味はお互いよくわかっていると思うけどな」
 その言葉に成一は軽く唇をかんだ。弘行の言うとおりだ。
 手ごたえはあった。自分たちの力は、METH相手に充分通用するのだと、実感した。
 しかし、勝てるのかと問われれば、首を傾げざるをえない。
 負ける気はない。だが、勝てる見込みもない。
 よくて、互角。
 成一はそう判断した。
「もう夜明けも近い。これ以上続けていたずらに被害を増やすよりも、仕切りなおして日を改めた方がいいと思うが、どうだろう。邪魔の入らないときを選んでな」
 暗に自分たちの存在をほのめかす。
 これ以上続けるのならば介入する用意があると、そう言っているのだ。
 これだけの力を誇示した上で、この科白。
「……タヌキ」
 思わず千里はそうひとりごちた。
 とんだタヌキだ。
 これだけの圧倒的な力を見せられ、さらにその上この言葉。こちらの反論を許さない。
 沈黙する少年たちを見据えたまま、弘行は繰り返した。
「この勝負、俺が預かる。異存はあるか?」
 沈黙が支配する中、気配だけで、シャドウたちが退いていくのがわかった。
 気配が遠ざかり、そして完全に感じられなくなる。
 METHが撤退したことを確認してから、弘行は万真たちに眼を向けた。にやりと笑い、問う。
「お前らは?」
 からかいを含んだ声に、千里はつめていた息を吐き出した。
「…俺たちに選択肢なんかないだろ」
 反論の余地すら残さず追い詰めておいてなにを言うかと、そう表情に浮かべて睨みつけるが、弘行は意に介さない。
 ただ笑みを浮かべてタバコをふかしている。
 万真はそんな青年から、いまだ鳥肌の残る腕に視線を移した。神竜の、リーダー。伝説にまでなったその存在を、初めて意識した。
(…なんで、こんな人が、うちでおとなしくバイトなんかしてるの)
 真っ先にわきおこった疑問は、更なる疑問によってますます膨らむ。
 それ以前に、なんでこんな男がおとなしく葉介に顎で使われているのだろうか。
 わからない。さっぱり理解できない。
 首をかしげる万真の傍らでは、ようやく感覚を取り戻した成一たちが大きく息を吐き出していた。
 完全に弘行の気に呑まれていたのだ。
 圧倒された自分に驚きを隠せないまま、成一は弘行を眺めやる。昼間の彼とはまったく別人のように感じた。
 戸惑いながら見つめてくる少年たちに不思議な笑みを向けると、弘行はひらりと手を挙げた。
「じゃ、俺は先に帰るよ。あとはお前らで楽しみな」
 あっさりと、予想外の言葉を告げて、きびすを返す。
 神竜の仲間たちも、ヤスたちも、誰も止めようとはしなかった。
 彼の姿が視界から消え去ったあと、真っ先に声をあげたのはシキだった。
「…あいっかわらずやなぁ、あいつ」
「性格悪いよねぇ」
 あきれた声に苦笑まじりに応じたのはナンだ。
 申し訳なさそうにシュウが声をかけてきた。
「横槍入れてすまん。でも、あいつの言ったとおりだと思うよ、俺も」
 このままいくら戦闘を続けていても、決着はつかなかっただろう、と、そう言う。千里たちもそれには異論はなかった。ほかならぬ自分たちが一番それを強く感じていたのだから。
 髪をかきながら、成一は溜息まじりに告げる。
「…まぁ、べつに、いいけど」
 ちょうど万真の能力のことで動揺していた時だったし。あそこで不意をつかれたら多分総崩れになっただろうから。
 そう心の中でだけ呟く。
 千里も不満はあれど一応は納得しているのだろう、珍しく文句を言おうとはしなかった。それどころか、一瞬でも弘行の気に呑まれてしまった自分を悔いているようだった。
 成一の返答に軽く笑い、しゃがみこんでいたシキが「よっこらしょ」と腰を上げた。ぐ、と腰を伸ばしてから、にっと笑った。
「俺らもそろそろお暇しますわ。大阪戻るのちょい時間かかるしな」
「おー、またな」
 友好的な蓮見の声に、千里は軽く頭痛を覚えた。さっきの、あの、今にも殺し合いをしかねない殺伐とした雰囲気はどこに行ったのだろう。自分たちがMETHと戦っているあいだに一体なにがあったのか。
「首洗って待ってろよ」
「ぬかせ。お前らこそ俺たち以外の奴にやられるんじゃねえぞ」
 軽口の応酬。
 あまりの雰囲気の差に頭がくらくらしてくる。
 日向も眼を限界まで見開いたまま硬直していた。
 そんな少年たちを尻目に、Wicked Goddessはぞろぞろと帰っていく。
 複雑な心境でそれを見送った万真たちは、近づいてきた人影に慌ててそちらに意識を向けた。
「お疲れさん」
 ナンだった。
 先ほどのカマイタチの一件が甦り、万真の表情が固くなる。それを見てナンはわずかに眉を下げたが、なにも言わず眼を伏せた。
「…あたしたちもそろそろ行くよ。あんたたちも、他のチームに襲われないうちに移動しなよ」
 答えない万真に変わって成一が「へーい」と気の抜けた声を返した。
 苦笑して、ナンは万真に背を向ける。
 ぞろぞろと去っていくその背を見送って、万真はようやく息を吐き出した。そのまま地面にへたりこんでしまう。
 それとほとんど同時に残りの三人も大きく息を吐き出した。
 万真の傍らにしゃがみこんで、成一が力なく呟く。
「…なんか、めちゃくちゃ疲れた」
「同感」
 同意して、千里も腰をおろした。そして背後に手をつき空に向かって息を吐き出す。
 力を使いすぎたのか、酷く体がだるかった。遠泳をした後のように身体に力が入らない。
「……眠い」
 無意識のうちにこぼれた呟きに、自分で驚いた。
 成一が眼を丸くして自分を見つめてくる。千里は自分の口を抑えたまま、驚きのあまり身を強張らせた。
 眠いと。
 そう言ったのだ。自分が。
 まだ世界は夜なのに。
 傍らに座る半身を見やる。
 すると、万真は、弱々しく笑みを返した。
「…うん。あたしも眠い。ちょっと疲れちゃった」
 へへ。
 そう笑った彼女に、安堵した。
 安堵すると同時に、自分につき合わせてしまったのではないかと言う疑問が持ち上がる。探るように万真の眼を見た。
「…本当に?」
 万真はなんの躊躇いもなくあっさりと頷く。
「うん。なんかね、思いっきり泳いだあとみたいに身体がだるくって」
 多分今立てないよ。そう言って笑った彼女に、千里も笑みを返した。
「うん。今ならきっと眠れると思う」
 そんな二人の様子に成一は驚いていたが、やがて吹っ切れたのだろう、安心したように笑いかけた。
「じゃあ、さっさと帰ろうぜ。立てねえんなら俺様が特別に負ぶって差し上げましょう」
「なに言ってんだ馬鹿」
 軽く笑って、千里は反動をつけて立ち上がる。少しふらついたが、何事もなくしゃんと背を伸ばした。そして万真に手を貸して立ち上がらせる。
 万真もやはりふらついたが、なんとか一人で立てたようだ。それを見届けて、千里はうんと伸びをする。そして夜空を仰いだ。
「日向はまっすぐ家に帰るのか?」
 唐突な質問に日向は瞬いた。首を傾げ、頷く。
「ああ。そのつもりだけど…?」
「よかったらうちに泊まらないか?」
 日向の眼が見開かれた。成一が勢いよく二人を振り返り――そしてふらふらしていた万真は大きくよろけ、見事にしりもちをついた。
「い…ッ」
 たー。とうめいた万真を見て千里があきれた声を上げる。
「なにやってんだカズ」
「なにやってって、千が」
 言った万真は、千里の表情を見て口をつぐんだ。笑みの中にかいま見える、真摯な光。
 瞬間、じわりと胸に広がった感情をなんと呼べばいいのか。
 大丈夫か? そう問われて、万真はふにゃっといつもの気の抜けた笑みを浮かべた。
「うん」
 答えて、そしてふと瞳を伏せる。浮かんだ翳りに気づくものはいない。
「どうする?」
 重ねて問われて、日向はうろたえて成一を見た。成一は苦笑しながら肩をすくめてよこした。
 再び千里を見る。友好的な笑顔。
 だが、やはり、距離を感じた。先程ほど強くはないが、それでも確かに感じられる、距離。そして、視線。
 観察されている。
 逡巡したまま答えない日向に、千里の笑みが消えた。困ったように眉を下げ、うかがうように見てくる。
「いやなら別にいいけど」
「いや…」
 いやってわけじゃない。
 そう言おうとして、ふいにある考えがひらめいた。
 ――試されているのでは、ないか。
 以前言われた成一の言葉が脳裏に甦る。
 千里と、そして万真にとって、自分がどういう存在になるのか。成りうるのか。
 今まさに、それを試されているのではないだろうか。
 千里を見つめる。黒い瞳の中に、怖れのような色を見たと思ったのは、気のせいだろうか。
 日向は軽く拳を握った。そして、しっかり千里を見据えて言った。
「…迷惑じゃないのなら」
 とたん、千里は破顔した。
「迷惑だったら最初から誘わないよ」
 言って、さりげなく万真の肩を叩いた。ぴくん、とかすかに揺れた肩。見上げてきた不安に揺れる瞳を静かに見下ろし、優しく微笑んだ。
 そして万真は、千里の柔らかい笑みを受けて、おずおずと控えめに微笑んだ。



 眼下で動き出した少年たちを眺めながら、彼女は震える声を絞り出した。
「……信じられない」
 眼下に広がるのはびっしりと亀裂が走った道路。遠眼に黒い模様に見えるそれは、ビルの壁面を伝って彼らの足元にまで及んでいた。
 離れたビルの、それも屋上まで及ぼされた力。それほどまでに強い能力など、知らない。聞いた事すら、ない。
 紗綾が身を震わせた。腕で己の身体を掻き抱き、蒼白な顔で眼下を見下ろす。薄暗い蛍光灯に照らし出されたそこには、人の姿はない。
 最後まで残っていた少年たちも歩み去った。
「…今の、なに? こんな能力、あるの?」
 すさまじい圧力に押しつぶされるかと思った。その瞬間の恐怖が今なお残る身体を強く抱きしめ、紗綾は亮をすがるように見つめた。
「……今のところは、わからないけど」
 言いかけて、かすかに震える声に気づき、亮は下腹に力を入れた。ここで自分が動揺してどうする。こめかみを汗が伝っていた。握り締めた手のひらを開くと、じんわりと汗がにじんでいた。
「調べてみる。それより――」
 傍らを見やった。衛は沈黙している。
「衛」
「…ああ」
 頷き、衛はあごにたまった汗を手の甲で乱暴にぬぐった。全身に汗が噴き出していた。今になってようやく、夏夜の熱気が甦る。むせ返るほど熱いはずなのに――あの瞬間は、むしろ、寒いくらいだった。
「あいつだ」
 短い言葉の意味を捉え損ねてまどかは眉をひそめる。だが、その意味を尋ねるより速く慧が口を開いていた。
「“パルチザン”」
「あるいは管理者か。間違いない、あいつが先代だ」
 メガネの奥の瞳が興奮にきらめいていた。親指で軽く唇に触れる。思考にふけったときの衛の癖だ。
 一瞬で場を支配したあの青年。力が、溢れるほどの力が爆発したような、そう錯覚するほどの圧倒的な力。
 言い渡した言葉は、命令口調であったにもかかわらず、押し付けがましさはなく、それなのにどこか従わざるを得ないような気にさせる。
 場慣れしていた。自分たちよりもはるかに。
 年齢が問題なのではない。彼は、慣れていた。あのような状況にあって、采配を振るう術を心得ていた。
「神竜が、パルチザンだったってこと?」
 言葉の端々からそう察したまどかが疑わしげに問いかける。亮が静かに首を振った。
「いや。多分それはない。可能性としてはゼロじゃないけど――年齢的に無理がある」
 だが、それはあの青年にしても同じこと。
 焦燥に、亮は沈黙している衛を見やった。
「なあ、もう頃合じゃないか。先代のこととか、俺はどうでもいい」
 衛の瞳が亮に向けられた。静かなそれを見返して、彼は言う。
「あいつらの力を見ただろ。正直、俺たちだけじゃあいつらと対抗するのはきつい」
「――ああ。で?」
 それは衛も承知している。だが、決定力に欠くというだけで、彼らにまったく対抗できないというわけではない。
「三人を仲間に引き入れたい」
 慧が軽く眼を見張り、亮を見た。まどかが期待を込めて衛を見つめる。
 衛はそんな亮を見つめてから、静かに首を振った。
「まだ早い」
 亮の眉がつり上がった。
「衛はいつもそれだ。いつまで待てばいい? これ以上は待てない」
「まだ早い。千里たちの心が落ち着くまで――」
「いつ?」
 衛は沈黙した。
「ゲームはとっくに始まってる。もう待てない」
「あいつらの意志は?」
 鋭い問いかけに、しかし亮は動じなかった。
「会って、話をして、それでも“パルチザン”とは別の道をとるのならそれはそれでいい。可能性を試さないうちから諦めるのは絶対にいやだ」
 衛は無言で額に手を当てた。亮は続ける。
「あいつら自身にも関係あることだ。とにかく話がしたい」
「話? なにを話す?」
「必要だと思うなら全てを。――心配しなくても、無理強いはしないよ。判断するのは彼らだから」
 応えの代わりに、衛の口からため息が漏れた。視線を受けて、まどかは口を開いた。
「…あたしは亮に賛成よ。最初から決め付けないで、話だけでもしてみたらいい」
 紗綾が二、三度頷いて同意を示す。慧に視線を移して――その眼を見て、衛は盛大なため息をついた。この男が反対するはずがないのだ。
 込み上げてくる不安は押さえようがない。
「…会って、話して、それがプラスになるとは限らないんだぞ。俺たちにとっても、あいつらにとっても。もしなにかあったら」
「“もし”なんて仮定は聞き飽きた」
 きっぱりと、亮は言った。
 その表情を見て、衛は口を噤む。これはもう、動かせない。亮は決意を固めてしまった。
 三度目のため息をついて、片手で顔を覆う。
 そして、言った。
「――この頑固者。わかったよ、勝手にしろ」
 言ったとたん亮の顔が輝いた。衛は最後にもう一度念を押した。
「これだけは聞きたい。もし、あいつらが拒否したらどうする。あいつらにとって過去を掘り返す俺たちは悪だ。あいつらの家族の努力をすべて壊してしまうかもしれない。その覚悟は出来てるんだろうな」
 あえて使った仮定法に、しかし亮はしっかりした眼差しを返した。
「わかってる。これは俺のエゴだ」
 はっきりとした口調で答え、なおも揺るがない衛の瞳に静かな眼差しで答えた。
「仲間にならないのなら彼らも敵だ」
 その一言にまどかと紗綾の瞳が揺れた。それを横目で捉えて衛は慧を見据える。彼はなにを考えているのかわからない表情で衛を見つめ返した。
 慧を思い切り揺さぶってやりたい衝動をこらえて再び亮に目を戻す。彼は静かに待っていた。
「覚悟は出来てるんだな」
「俺が介入することでなにか起こったら――そのときは一生かけてでも償う方法を探し出す」
 まどかが息を呑み紗綾が目を瞑った。この頑固者。内心で衛は吐き捨てる。
 亮は衛をどこか哀れむような表情で見た。
「俺はもうはっきりさせたいんだ。そのためだったら悪者でもなんでもやるよ」
 そう言って、彼はひっそりと笑った。
 完敗だ。
 衛は額を抑え、息を吐き出す。そして、言った。
「……勝手にしろ」

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