Preface

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「あれ?何、この本」

放課後、人気のない図書室で借りる本を探して本棚を指で辿っていた神宮まゆは1冊の本に手を止めた。

文庫本ばかりが整然と並べられている中でさも当然とばかりに収まっているが

明らかに大きく、手に取るとずしりと重い。

かなりの年代物らしく、皮の表紙はボロボロで既に変色し、

タイトルも読めない状態だ。

何気なくパラパラと捲ってみると、

どうやら洋書らしくアルファベットが連なっている(まゆの知っている単語も所々に出てくる)。

文章の割に多い挿絵がとても美しく、まゆの好みだったので

まゆはその本を借りることにした。

「お願いしまーす」

カウンターで声を掛けると、奥で何か書き物をしていたらしい司書が「はぁい」と顔を上げた。

「あ、いらっしゃい。悪いんだけど今手が離せないの。

自分でやってもらえる?」

「はーい」

普段から図書室に入り浸っているまゆは手続きの取り方もよく知っている。

貸し出しカードに名前を書こうとして裏表紙を開く。

「・・・先生、この本、カードないですよ?」

普通、本の裏表紙を返したところには封筒を半分に切ったくらいの大きさの袋が貼ってあり、

その中に貸し出しカードが入っているのだが。

その本にはカードどころか袋さえなかった。

「あら・・・ああ、昨日卒業生の子が寄付してくれた本ね」

ペンを置き、まゆの差し出す本を見ると司書はあっさり頷いた。

「たくさんくれたから、紛れちゃってたのね。

今日はそれにするの?」

「いいんですか?」

どうぞ、と言って司書はそこにあった紙に何か走り書きをした。

「はい、これで十分」

見ると、『THE STORY OF YOURSELF 5/23 神宮さん』とある。

THE STORY OF YOURSELF ― 本のタイトルなのだろう。

礼を言って本を鞄に仕舞い、司書に軽く会釈してからローファーに足を入れる。

図書室を後にしながらまゆの歩調は知らず速くなっていった。

いつもならば15分かかる道程を8分で帰り、

玄関に靴を脱ぎ散らかしたままで2階の自分の部屋に入り、

カチリと鍵を掛ける。

手早く、しかし皺にならないよう丁寧に制服をハンガーに掛け、

部屋着にしている着心地の良いワンピースに頭から勢いよく突っ込み、

ベッドにぽすんとダイヴする・・・が、肝心の本を持っていないことに気づいて起き上がり、

鞄から取り出した目的のものと共にふと思いついて本棚に行儀よく収ま っている英和辞典も手に取ると、

今度はゆっくりベッドに寝そべった。

いつもするように最初のページから読み始める。

「・・・解る?」

英語で書かれているはずなのに、何故か母国語を読むようにすんなり入ってくる。

それを深く追求することなく、惹き込まれるようにまゆは読み進めていった。




Welcome to the illusion earth.



ようこそ、幻影世界へ。




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