「My Brandnewday」
暑い夏も過ぎ、残暑を感じる9月中旬。
今日は朝から晴天で、昼休みともなれば蒸し暑い教室を脱出する生徒が沢山いた。
同じ暑いでも、どうせなら青い空の下でお昼を楽しむために、校庭や屋上に移動していく。
「ちょっと遅くなっちゃった」
楓子は手足をバタバタと動かし、急いで屋上へと続く階段を駆け上がった。
カチャ
ドアを開けると、大きな雲がモコモコと広がり、その間を横切るように飛行機雲が白線を描いていた。
「今日も良い天気〜」
身体一杯に残り少ない夏を感じていると、急いでいたことを思い出した。
「っと、こんなことしてる場合じゃないわ。八重さん、八重さん、と」
楓子はキョロキョロしながら、再び歩き出した。
すると、その後ろから忍び寄る、もとい近付いてくる女生徒が一人。
「佐倉さん」
「キャ!!」
突然肩を叩かれたので、ちょっと驚いて肩をビクリとさせてしまった。
そっと振り向くと、そこには花桜梨が立っていた。
「あっ、ごめん。驚かせちゃったみたいね」
「ううん。遅くなってごめんなさい。お弁当食べましょう」
「うん」
申し訳なさそうな顔をしている花桜梨の手を取り、ベンチへと引っ張っていく。
すでに食べ終わった生徒もいて、空いているベンチはすぐに見つかった。二人
はそこに座ると、早速、膝の上にお弁当を広げた。
バドミントンやバレーをしている生徒を見たりしながら、たわいもない話をしていると、
花桜梨が意外なことを口にした。
「佐倉さんのお弁当って、いつ見ても美味しそうよね」
「え?どうしたの突然」
マジマジと自分の弁当箱を見る花桜梨に、楓子は目をパチパチさせた。
「どうやったら、そういう風に作れるのかなって、思っただけ」
「う〜ん。私も毎日作ってるわけじゃないからなぁ〜」
楓子は、首を傾げてちょっと考えた。
「でも、自分で作るときは、本で見た美味しそうなのを1つは入れるようにしてるの。
そうすれば、お昼になればあれが待っているって、嫌いな勉強も頑張れるの」
「ふふふふ。そうなんだ」
「うん。食いしん坊だもん、私。ふふふ」
これでは、お弁当を食べるために勉強をしているようなものだ。
「でも、なんでそんなことを・・・・・」
ここまで言って、楓子はある男子の顔を思い浮かべた。
「ああ〜。そっか、そっか。ふ〜ん」
「な、なに?」
興味津々な楓子を見て、ちょっと身を引く。
「分かった。八重さん、お弁当作りたいんでしょ」
「え?う、うん。でも私、料理って苦手だから」
「でも〜、好きな人のために作るんだったら、上達は早いと思うよ」
「え?ち、ちが・・・・・・・う」
花桜梨は、誰かのために作るということを見抜かれて焦った。
楓子の目を見ないように俯くと、箸を動かしながら、ほんのりと赤くなる。
「違うの?作りたいんでしょ?」
花桜梨を下から覗き込むように見る。
「ちがう・・・・・」
消え入りそうな小声で言う。
明らかに面白がっていることは分かっていた。しかし、はぐらかしても無駄だと思い、
花桜梨は観念してコクリと頷いた。
「ふふふ。八重さん、可愛い」
「もう」
ちょっと口を尖らせて拗ねてみせる。
「ふふ、もう許してあげる。で、主人くんとどこかに行くのね?」
「う、うん。そう」
「いいな〜、彼氏がいる人は。で、どこに行くの?」
楓子はタコさんウィンナーをつまんだ。
「紅葉を見に行こうって誘われたんだけど、手作りのお弁当を持っていけば、
喜んでくれるかなって思ったの」
「ふ〜ん。お料理が苦手な八重さんがそこまで言うんだから、主人くんも幸せ者ねぇ」
「え?そ、そうかな?」
「そうよ。でも、お出掛け用のお弁当かぁ。私に教えることが出来るかなぁ?」
ただ作るのと教えるのでは勝手が違うし、楓子もそれ程レパートリーがあるわけではない。
「う〜ん、う〜ん。あっ、そうだ」
「な、なに?」
突然の大声に花桜梨が驚く。
「私の友達で、料理がとっても上手な娘がいるのよ。その娘なら、きっと教えるのも上手なはずよ。
私も教わりたいくらいだし」
「そうなんだ」
「ちょうど、明日の練習試合でうちの高校に来るから、聞いてみるわね」
「え?その人は、ひびきのじゃないの?」
他校の人だと聞いて、更に驚く。
「うん。きらめき高校なの」
部活を終えた花桜梨は、一緒に帰ろうという公二の誘いを泣く泣く断り、
試合の後片づけをしている楓子をグラウンドの隅で待っていた。
今日来ているきらめき高校は、隣の市とあって、ひびきの高校との付き合いは長い。
特に今は、伊集院家の長女である伊集院メイが通っているということもあり学校間の交流が盛んで、
どの運動部もよく練習試合をしていた。
中でも野球部は、どちらも強豪校として良い練習相手といえた。
「あ、あの人かな」
ちょこちょこと動いていた楓子が、一段落して相手校のマネージャーらしき女の子に話しかけているのが見えた。
ここからだと内容までは聞こえないが、楓子が手を合わせて頼み事をしているように見えるので、間違いないようだった。
少しすると、二人並んで花桜梨の所に歩いて来た。
「可愛い人」
楽しそうに話しながら近付いてくるショートカットの女の子は、いかにも活発そうで、男の子にモテそうな印象を持った。
「お待たせ、八重さん。この人が、昨日言った私の友達で、虹野さんていうの」
「こんにちわ。虹野沙希です。よろしくね」
沙希は、サッと手を出して握手を求める。
「よ、よろしく」
花桜梨が差し出された手を握ると、沙希はニコリと微笑んだ。
思わず花桜梨も口元が緩む。
『すごい娘』
以前通っていた高校での事件で人間不信に陥っていた花桜梨だが、公二のお陰で
、だいぶ友達付き合いが出来るようになり、本当の自分に戻っていた。
しかし、さすがに初対面の人には、沙希のような行動をとることは出来ない。
だから、沙希のこの行為は、花桜梨を感心させるのに十分だった。
「好きな人のために、お料理を覚えたいのね」
「え?」
花桜梨は、チラッと横にいる楓子を見た。
なんで言ったのかと、目で非難する。
(八重さん。ごめんなさ〜い)
楓子は心の中で平謝りしつつ、目で謝るしかなかった。
「どうしたの?二人とも」
「ううん。何でもない」
「そう?でね、佐倉さんの言うとおり、好きな人のためなら上達も早いから、
早速明日から一緒に頑張りましょう。」
胸の前で、グッと拳を握る。
やる気満々のようだ。
「ありがとう。お願いします」
花桜梨が頭を下げると、沙希の呟く声が聞こえた。
「根性で覚えるのよ」
『だ、大丈夫かしら』
一抹の不安を覚える花桜梨だった。
![]()
次の日の日曜日。
花桜梨と楓子は、電車に乗ってきらめき市にある沙希の家へとやって来た。
一見普通の家なのだが、中に入り台所に足を踏み入れれば、感嘆の溜息を漏らさずにはいられなかった。
「ここが台所よ」
「はぁ〜」
「凄い」
虹野家の台所は、まるでホテルの厨房のような設備が整っていた。
それもそのはず、父親は某有名ホテルのフランス料理長、母親は和食が得意な料理の先生だった。
この台所は、二人が料理の研究をするために活用されていて、沙希もいろいろな器具を使うことが出来た。
「今日は、お父さんとお母さん二人とも出掛けているから、自由に使って良いって言ってくれたの」
「そ、そうなんだ」
楓子は、キョロキョロと周りを見渡しながら言う。
「虹野さんが、料理が得意なの分かった気がする」
「そう?」
これだけの設備が整った環境と、料理人の両親がいるのだから、興味さえ持てば上達しないわけがない。
「じゃあ、始めましょう。二人ともエプロンは持ってきた?」
「ええ」
「うん」
バックから取り出しだしたエプロンは、花桜梨と楓子の性格を現しているようだ。
花桜梨は無地の赤いエプロン、楓子のは水色で花柄がたくさん付いていた。
「じゃあ、さっそく始めましょう。時間がもったいないわ。八重さんには立派な
お弁当を作れるようになってもらうわよ」
異常に盛り上がっている沙希は、使命感に燃えていた。
「よ、よろしくお願いします」
「お願いします」
ペコリと頭を下げる二人。
「うん。じゃあまず最初は、何がいいかな?八重さんは、お弁当といったら何を思い浮かべる?何でも良いよ」
「お弁当といったら?そうね。鳥の唐揚げかしら?」
楓子に同意を求めるように見ると、ウンウンと頷いていた。
「定番だよね」
「唐揚げか。よしっ、まずはそれからいってみよう」
沙希は腕まくりをして、パットや揚げ物用鍋などの器具と材料を出し始めた。
沙希はコツなどを話しながら、テキパキとこなしていく。
その一つ一つをメモしていく二人。
「じゃあ、次ね」
醤油・お酒・しょうが汁で作ったタレに10分位浸した鶏肉を手に取り、ペーパーナプキンで汁気を取ってから、
片栗粉をまぶしていく。
「こんな感じで、まんべんなくね」
沙希は手本を見せた後、花桜梨と楓子にもやってもらう。
「こ、こうかな?」
花桜梨はつたないながらも無難にこなしていく。
「そうそう」
「いや〜ん。キュッキュッって気持ち悪いよ〜」
片栗粉を擦りあわせると、寒気がする音と感触が身体中を走る。
「ふふふ。佐倉さん、大丈夫?」
10個ほどパッドに並べると、温めておいた油に、水に溶かした小麦粉を少し落としてみる。
ジュッ
「良い感じね。油の温度は、専用の温度計で測っても良いけど、こうやって溶い
た小麦粉を落としてみると分かるから。温度計で測るのなら175℃位ね」
「うんうん」
「なるほど」
二人はノートを取ると、忘れずにメモしておく。
「じゃあ、入れるよ」
鍋の端から、流し込むように1つ1つ入れていく。
ジュゥゥゥゥ
鶏肉から泡が立ち、美味しそうな音を奏でる。
「最初は恐いと思うけど、気を付けていれば火傷しないからね。じゃあ、佐倉さんからやってみて」
「う、うん。私、揚げ物って初めてなの」
楓子は1つ手に取ると、恐る恐る入れていく。
ジュゥゥゥゥ
腰が引けていることからも、明らかに恐がっているのが分かる。
「ふふふ。慣れれば、どうってことないから。はい、八重さんもやってみて」
「うん」
花桜梨も手に取り、そっと入れてみる。
ジュゥゥゥゥ
「ふう。い、いいかしら?」
花桜梨は、心配そうに油の中を見る。
「大丈夫よ」
「これって、どの位したら上げるの?」
「そうねぇ。今は大きい泡が立っているでしょ?」
「うん」
大きな泡が立つ鶏肉をジッと注視する。
「少しすると、その泡が小さくなって消えにくくなってくるのね。で、少し浮いてくるから、
そしたらこっちのトレイに取るのよ。大体5、6分ね」
クッキングペーパーを敷いたトレイを指差す。
「う、うん。わかった」
『八重さん、本当に彼のことが好きなのね』
真剣な花桜梨の眼を見て、出来るだけ覚えていってもらおうと思った。
沙希の料理人魂に火がついたようだ。
「ま、まあまあね」
沙希が花桜梨の作った牛肉の生姜焼きを味見する。
「・・・・・いいのよ。正直にしょっぱいって言って」
自分でも食べてみた花桜梨は、落胆の表情で言う。何だか自分が情けなくなってきた。
「ううん。大丈夫よ。当日に味付けを気を付ければ良いんだから。ね」
「う、うん」
それから、沙希の作ってくれた昼食を食べて休憩した後も何種類か作り、手順は覚えた。
「さ、さあ、気を取り直して。最後に卵焼きよ」
最後は、定番の卵焼きだ。
例え他のおかずがいまいちでも、卵焼きが美味しければ見直してくれるだろう。
卵焼きは簡単のようで難しい。弁当箱に入るように、そして食べやすいように、卵を巻かないといけない。
「すご〜い。私、これ苦手なんだぁ」
「上手」
沙希が器用にフライパンの上で卵を巻いていくのを見て、二人は感動の声を漏らす。
「ふふふ。何回もやれば、出来るようになるよ」
「そうかなぁ〜」
「大変そう」
数分後、見事な卵焼きが完成した。黄金色のそれは、誰が見ても美味しそうな卵焼きだ。
二人は味見してみる。
「おいし〜〜〜。ねっ、八重さん」
楓子は、頬に手を当てて幸せそうな顔をする。
「うん。凄い。中はふっくらしていて、とてもおいしい」
「ありがとう。これが出来るようになれば立派なものよ。さあ、チャレンジよ」
二人に小さなフライパンを差し出す。
「え、ええ」
コンロはたくさんあるので、3人だって一度に出来る。
しかし、これは出来ないだろうと、ちょっと引き気味の二人。
「ダメよ覚えないと。彼が喜んでくれないぞ。これが出来るようになるまで、今日は帰さないんだから」
八重に向かって言う。
「ええっ?」
「さあ、さあ」
フライパンを差し出す。
「う、うん。わかった」
沙希の目に炎を見た花桜梨は、思わず頷いていた。
迫力に負け、強引にフライパンを持たされる。
「よしっ!私も一緒にやるから、真似してね」
「うん」
沙希の意気込みに、冷や汗を流す花桜梨だった。
数時間後。
「も、もう少し」
花桜梨は、慎重にフライパンの上の卵を巻く。
ここまで、一体何個の卵を使っただろうか。シンクの中には、卵の殻が沢山入っている袋があった。
「で、出来た?」
やっと出来た卵焼きを見て、フゥと溜息を吐く。
悪戦苦闘の末、やっとそれなりの物が作れるようになった。
まだまだ沙希の域まではいかないが、料理下手な花桜梨にしては上出来のところまできた。
他のおかずはともかくとして。
「お願いします」
花桜梨は皿に移した卵焼きを、沙希に差し出す。
「どれどれ?」
沙希はパクリと口に入れた。
「・・・・・・・どうかな?」
卵焼きを作り始めて、何回目かの審判を仰ぐ。
花桜梨は、ドキドキしながら沙希の言葉を待った。
「・・・・・・・・・・うん。美味しいよ」
「ホントに?」
「うん!!本当」
太鼓判を押す沙希に、ホッと胸を撫で下ろす。
「私のエビチリはどうかな?」
楓子は元々料理好きであるから、卵焼きはすぐに出来るようになり、他の料理を教わっていた。
沙希は一つ食べてみた。
「うん。いいんじゃないかな」
「ホント?やったね。八重さんも食べてみて」
花桜梨もつまんでみる。
「うん。美味しい」
「ありがとう、八重さん」
二人は嬉しそうに、手を取り合って互いの向上を喜んだ。
「二人とも、良く頑張ったね」
料理の腕が上がったことを喜んでいる二人を見ていると、沙希も嬉しくて自然に笑みが零れた。
「ありがとう、虹野さん。今日は八重さんだけでなく、私にもたくさん教えてくれて。
これで、ますます料理が好きになりそうよ」
「そう言ってくれると、私も嬉しいよ」
「ね?八重さんも好きになったでしょ」
花桜梨の方を見る。
「うん。そうだね。ありがとう虹野さん。あんなに熱心に教えてくれて、とても感謝してる」
深々と礼をする。
「ふふ。八重さんの真剣な眼差しを見ていたら、お弁当を作ってあげる彼のことが
本当に好きなんだなぁって思ったから、私も熱が入っちゃったよ」
「・・・・・・・」
花桜梨は恥ずかしくて、何も言えないまま俯いてしまう。
「当日も頑張ってね」
「う、うん。ありがとう」
こうして、花桜梨の料理修行は終わった。
10月に入り、いよいよ紅葉狩りデートの日がやって来た。
シャッ
部屋のカーテンを開けると、秋晴れを予感させる眩しい光が目に飛び込んできた。
「いい天気」
先週のニュースの週間予報では、曇りのマークが付いていて心配したが、どうやら大丈夫のようだ。
「ふぁ」
花桜梨は眠たい目を擦りつつ、パジャマから部屋着に着替えた。
昨日の夜は、上手に弁当が作れるのかとドキドキして、なかなか眠ることが出来なかった。
カチャ
静かにドアを開けて、まだ眠っている両親が起きないように、そっと部屋を出る。
そしてキッチンに入り、エプロンを着けて腕まくりをすると、拳を作り軽く気合いを入れる。
「よしっ!!」
4月に再びバレー部に入部してから、すっかり体育系に戻っていた。
「ご飯は、大丈夫ね」
昨日の内に、予約炊飯にしておいた炊飯ジャーを確認する。
蓋を開けて、家族の朝御飯とお昼の二人分とは思えないご飯を覗く。
「公二くんは、たくさん食べるから♪」
お弁当といえば、おにぎりに限る。弁当箱に詰まっているご飯を食べるよりも、
青空の下で頬張るおにぎりの方が美味しいと、花桜梨は思っている。
「じゃあ、唐揚げの下ごしらえからしようかな」
早速手を洗うと、冷蔵庫から一通りの材料を出して、鶏肉や卵、サラダにする
野菜の下ごしらえをしていく。
「え〜と、これとこれを混ぜて、と」
沙希から教わったことが書いてある虎の巻を見ながら、慎重に準備を進めていく。
始めてから何分経っただろうか、母親が起きて来てキッチンに顔を出した。
「おはよう、花桜梨」
「あっ、お母さん。おはよう」
母親はキャリアウーマンで、やりたい仕事を一生懸命やっている。
子供の頃は、寂しいと思うことも少なくなかった。今でも家族団欒が少ないが、
仕事と家事を両立している母親を、尊敬こそすれ、恨んだことはなかった。
ちなみに、父親は刑事をしている。
「昨日の夜、異常に多いお米がジャーに入っていると思ったら、今日だったわね。愛しの彼とのデートは」
いつだったか、珍しく一緒に夕食を囲んだときに、紅葉狩りデートに行く話をされたことを思い出す。
「い、愛しの?」
動かしていた手が、ピタリと止まる。
「あれ?違ったかしら」
「・・・・・・・ち、違わない・・・・・けど・・・・・」
逆らっても、この母親に勝てるわけがないと観念するが、耳まで赤くしながら
も、邪魔しないでねという目で母親を見る。
「ふふふ。花桜梨がお弁当を作ろうと思うなんて、こんど連れてきなさいよ」
「わ、分かったから、あっち行ってて」
「はいはい。あ〜、恐い恐い」
パタパタとスリッパを鳴らしてリビングへと引っ込む。
「もうっ」
娘をからかって遊んでいるとしか思えない。
出ていった母親に向かって、頬を染めつつ溜息を吐く。
そして、母親の言った「愛しの彼」という部分が残り、ボーーーッとした頭のまま、砂糖の入った容器を持った。
「あとは、溶いた卵に砂糖を少々・・・・・」
ドサッ
下ごしらえが終わり、後は調理するだけだ。
「いま何時かな」
ふと顔を上げて時計を見る。
「ええっ?」
花桜梨は目を疑った。
予定よりも大分オーバーしている。身支度をする時間も入れれば、あと30分もない。
「大変」
花桜梨は急いで調理を始めた。
和風青じそドレッシングで和えた野菜を、ボウルから弁当箱の中に詰める。
「サラダは、これで良しっと」
調理も、これで半分までこぎ着けた。
しかし、慎重に進めていた手を急に早めたため、少しずつアラが出てくる。
ジュゥゥゥゥ
「もうっ!!待てない」
揚げている途中の唐揚げを見ながら、ソワソワと足を動かす。
「卵焼き作らないと」
フライパンを温めて油を引くと、4個の卵を溶いたボウルを手に取り、少し落とす。
ジュ
「虹野さんから教わった成果を、ここに出し切るわよ」
固まりかけていた卵を菜箸で棒状にまとめて、上の方に押しやる。
この棒状の卵を軸にして、卵を巻いていくのだ。菜箸で少し浮かせて、その下に残った溶き卵を流し込む。
ジュゥゥゥゥ
「問題は、これから・・・・・」
花桜梨は卵に集中した。
半熟の部分を残したまま、そっと奥から巻いていく。
後から流した卵が棒状のにうまくくっつき、菜箸で転がすと一緒に付いてくる。
「そっと、そっと」
途中で破れないように、出来るだけ早く慎重に巻いていく。
「あと少し・・・・・」
最後の一巻き。
コロン
「で、出来たーーー」
見事に巻けた卵を皿に移して、思わず感動する。
調子に乗った花桜梨は、もう1つ作った。
「ふう」
額ににじんでいる汗を拭う。
「あら。上手に出来たわね」
「えっ?」
花桜梨はのけぞって驚いた。
いつの間にか隣にいた母親が、手を合わせて微笑んでいる。
好きな人のために、苦手な料理を克服する。目標に向かって努力をする。
それは、以前の花桜梨には無かったものだ。
ちょうど半年前からだっただろか。それまでろくに口をきかなかった花桜梨が、
徐々に元の性格に戻っていく姿を見て、涙が出たときもあった。母親は、改めて公二に感謝する気持ちになった。
「いつのまに来てたの?」
「さっきからいましたよ。花桜梨ったら、全然気が付かないんだもの」
そう言いながら、出来たての卵焼きを一個つまもうとする。
「ダメっ!!」
パチン
寸でで手の甲をはたく。
「いたっ」
「もうっ。油断も隙もない」
「そんなに怒らなくたって」
甲をフウフウと、大げさに吹いてみせる。
「ところで花桜梨」
「なぁに?」
まだ何か邪魔をするのかという目で睨む。
「その揚げ物は、まだいいの?」
鍋を指さして言う。
「え?あーーーーー」
卵焼きに集中していて、てんで忘れていた。
油の中には、真っ黒な物体が浮いていた。
「そ、そんな」
「ダメね。これじゃあ」
コツコツ
呆然と立ち尽くす花桜梨の代わりに、母親が取りだして箸でつつく。
「どうしよう」
「さてと、私は朝御飯の用意をしようかな」
悲壮な表情の花桜梨を残して、自分の仕事に取りかかる。
「薄情者。・・・・・・・どうしよう」
作り直すにも材料がないし、唐揚げはメインなのだ。このままでは、弁当箱にポッカリと空きが出来る。
「・・・・・、入れちゃおう」
花桜梨は仕方なく、黒い唐揚げも含めて、出来上がっていたおかずを弁当箱に詰めた。
最後におにぎりを握って、初めての手作り弁当が完成した。
「急がないと」
ジージャンとジーパン姿の花桜梨が、お弁当が入ったバスケットを持って駅の構内を駆け抜ける。
「もう3分も過ぎてる」
走りながら、腕時計をチラリと見る。
「はあ、はあ。いた」
人混みの中に、公二の頭が見えた。公二は背が高いので、頭一つ飛び出ていた。
「はあ、はあ。待った?」
「あっ、花桜梨さん。良かった。いま、電話しようかなって思っていた所なんだ」
「ごめんなさい。いろいろ時間がかかっちゃって」
「いいんだよ。女の子は支度に時間がかかるものだし」
決して嫌味を言っているわけでもなく、サラリと言う。
「ありがとう」
肩で息をしながら、バスケットを持ち直して言う。
「あっ、それって。もしかしてお弁当?」
バスケットを指差す。
「え?う、うん。そうなの」
「ホントに?嬉しいなぁ〜。あっ、持つよ」
花桜梨から受け取り、しげしげと見る。
「う、うん。ありがとう」
「スッゲーーー、楽しみ。さあ、行こう」
「うん。ふふ」
花桜梨は、小さい子供のように喜ぶ公二を見て、本当に作って良かったと思った。
行楽シーズンとあって、山は紅葉狩りに来た人々でごった返していた。
一通り散策コースを散歩した二人は、観光客でいっぱいになっているレストランを横目に、
適当な場所を探していた。
「俺達は、これがあるから大丈夫だもんね」
公二はバスケットを少し持ち上げて、自慢げに笑った。
「そうね。あっ、ここが良いんじゃないかしら」
「そうだね」
公二は、これまた花桜梨が持ってきたビニールシートを敷いた。
「ふう。それにしても、キレイね」
腰を下ろした花桜梨は、一息ついてもう一度周りを見渡した。
「そうだね」
「でも、これって枯れ葉なのよね」
寂しそうな顔をする。
「そうだけど。これが最後じゃないでしょ」
「え?」
「確かに、この紅葉はもうすぐ散るけれど、木は死んだ訳じゃない。厳しい冬を
迎えるために葉を落として、春になったら、また青々とした葉を芽吹くんだよ」
「うん。そうね」
(いつもこんな風に、私のネガティブな部分を変えてくれるのよね)
こういう考え方をする公二が、花桜梨はとても好きだった。
「どうしたの?花桜梨さん」
「え?ううん。なんでもないよ」
「そ?じゃあ、早速いただいても良いかな?」
「う、うん」
花桜梨はバスケットを開けて、中から弁当箱と包みを取り出した。
「おかずは何かな?」
「そ、そんなに良いものじゃないからね」
公二が中身を見た途端に怒り出すんじゃないかと、内心ドキドキしながら蓋を開けた。
「こ、これは・・・・・」
一番に目を引いたのは、やはり黒い物体だった。そして卵焼き、牛肉のしょうが焼きに
サラダも入っていて、トマトの赤が映えていた。
更に、包みから出てきた大きなお握りに驚いた。
「で、でかい」
ソフトボール大のそれは、とても食べ応えがありそうだった。
「ごめんんさい。加減が出来なくて」
ご飯は熱いので、二つのお椀を合わせて振ることで作ろうとしたのだが、
母親が手頃な大きさのお椀を朝ご飯の用意で持っていったために、仕方なくドンブリを使った。
結果、このような大きさになってしまったのだ。
「いいよ。俺はたくさん食べるからね。じゃあ、いただきます」
「うん」
いよいよ、審判が下されるときが来た。
公二は、牛肉のショウガ焼きを食べてみた。
「ど、どうかな?」
花桜梨の心臓は、ドキドキと高鳴っている。
「え、え〜と」
正直、少し言葉に詰まった。
「ちょっと、しょっぱいかな」
「ご、ごめんなさい」
口直しに、大きなお握りを大口を開けて頬張る。
「あっ、唐揚げは失敗しちゃったの」
次に黒い唐揚げをつまんだので、申し訳なさそうに頭を下げた。
公二は、ジッと黒い唐揚げを見つめていた。
「・・・・・・あ、あの」
公二が何も言ってくれないので、恐る恐る顔を上げて見ると、唐揚げを口に運んでいる所だった。
「あっ!!」
「ちょっと堅いかな」
その言葉に、花桜梨も口に入れてみる。
「・・・・・まずい」
ちょっと堅いどころか、食べられる物じゃない。
ショウガ焼きも調味料の加減を間違ったのか、しょっぱかった。
「この卵焼きは、美味しそうだね」
「え?う、うん。唐揚げの失敗の原因なんだけど、それは自信あるよ」
「そうなんだ。どれどれ」
パクッ
「どうかな?」
「うん。美味しいよ」
「ホント?」
自信作を誉められて、自分も食べてみる。
「・・・・・甘い」
唯一美味しくできたと思っていた卵焼きがこんな物では、一つも満足させる物が無いということだ。
花桜梨の中で、何かが崩れていく音がした。
「ほ、ほらっ、俺って甘い卵焼き好きだから」
それを見た公二は必死にフォローするが、花桜梨は落胆の色が隠せなかった。
カチャ
花桜梨は箸を置いて、まだ食べている公二を止めた。
「いいよ、公二くん。無理して食べなくて。やっぱり缶詰でも詰めてくれば良かった。」
「缶詰?」
公二も箸を止めた。
「う、うん。出来上がったときにね、黒い唐揚げを見て、こんなのマズイに決まってるんだから、
代わりに缶詰を開けようかなって思ったの」
「なんで、そうしなかったの?」
「それはやっぱり、初めての手作りだし、全部私が作った物を貴方に食べて欲しかったから・・・・。
で、でも、やっぱりマズイ物はマズイよね。だから、無理して食べなくてもいいよ」
「無理なんてしてないよ。俺、感激してるんだ」
「感激?・・・・・嘘」
花桜梨は、険しい表情で否定する。
「ううん、ホントだよ。この間風邪で休んだとき、料理は苦手だってみかんの缶詰を持ってきてくれたよね」
「う、うん」
花桜梨は恥ずかしくて赤くなった。
「そんな花桜梨さんが、ここまでしてくれたんだから感激してるんだ、俺。
料理が苦手な花桜梨さんが一生懸命作ってくれたんだから、俺にとっては全部ご馳走だよ」
「・・・・・ありがとう。優しいね」
真剣な顔でそう言ってくれる公二を見て、花桜梨に笑顔が戻った。
数分後。
「ご馳走様でした」
「ありがとう」
結局、全てのおかずを食べてくれた。
「また作ってくれると嬉しいな」
「・・・・・う、うん」
花桜梨は、気乗りしない返事をする。
「でも。次もこんな味になっちゃうかもしれないよ・・・・・」
「それでも良いよ。でも、ずっとこのままだと困るから、頑張って上手になってくれると、もっと嬉しいかな」
気を遣ってくれるとともに、素直に本音も言ってくれる。そんな公二を、花桜梨はもっと好きになっていくのを感じた。
「うん。公二くんのために頑張るね」
「ありがとう。楽しみにしてる」
「じゃあ、最後にデザートなんだけど」
バスケットの中に手を入れる。
「デザート?」
「うん。さっき、公二くんが言ってた中にヒントがあるんだよ。ふふ」
いたずらっ子のような楽しそうな瞳で、当ててみてという表情をする。
「俺が?」
公二は、ちょっと目線を上げて考えてみた。
「わかった。みかんの缶詰だ」
「ブブーーー。残念でした」
バスケットから出したタッパーを開けると、ミカンではなくてモモが入っていた。
「正解は桃缶でした」
だませた嬉しさから、花桜梨は満面の笑みを浮かべた。
「あっ、嘘つきだな〜」
「べ〜、ヒントって言ったもの。同じ缶詰でしょう」
ペロッと舌を出して戯けてみせる。
「そうだけどさぁ。ははははは」
「ふふふふふ」
花桜梨の満面の笑みは、公二の目を釘付けにする。
夏休みにお互いの気持ちを確認し、恋人関係になったが、こんな風にどんどん明るくなっていく姿を見ることで、
自分の想いも、更にどんどん膨らんでいくのが実感でた。
「花桜梨さん」
「え?」
不意に呼ばれて、公二の目を見る。
「好きだよ」
「な、なに突然」
「何となく言いたくなったんだ。好きだよ、花桜梨さん」
「も、もうっ」
周りの人に聞かれていないか、首を動かさずにキョロキョロする。
そして、耳まで真っ赤にしながらも、公二の目を真っ直ぐに見つめる。
「私も好きだよ。公二くん」
恥ずかしそうに言いながら、更に赤くなる花桜梨。
自分の瞳には、公二しか映っていない。
公二の瞳には、花桜梨しか映っていない。
「キスしても良い?」
公二は小声で聞いた。
「え?ダ、ダメよ」
「誰も俺達なんて見てないと思うけどなぁ。じゃあ、送っていったときにしようかな」
大胆にも予告しておく公二。
「もうっ」
恥ずかしがっている自分を楽しんでいる公二を見て、それならばと花桜梨も反撃する。
「あっ、そう言えば。お母さんが、公二くんのことを紹介してって言ってたわね。今日寄っていく?」
「え?お、お母さん?」
「うん」
「花桜梨さんのお母さんか。ふむ」
男が彼女の母親に会う。
父親に会うことよりも効果は薄いと思うが、いくら公二でも尻込みをして困った顔をするだろう。
反撃に成功したと花桜梨は思った。しかし、それさえも公二には通用しなかった。
「じゃあ、良い機会だから、お母さんに交際宣言しようかな」
「ええ?」
「お母さんを味方に付ければ、後々うまくいきそうだし」
「・・・・・・あ、あの」
一人で盛り上がっている公二に唖然となる。
「よしっ!!決めた。ひびきのに戻ったら、花桜梨さんの家に行くことに決定だ」
「・・・・・」
母親を出したことを後悔する花桜梨だった。
![]()
次の日の昼休み、花桜梨は楓子とお昼を食べていた。
今日は比較的暖かいので、屋上に来てみた。
「そうだ八重さん。昨日はどうだった?」
いつぞやと同じく、最後に残して置いたタコさんウィンナーを食べつつ、興味津々といった顔で聞いてくる。
「え?う、うん・・・・・」
花桜梨はうつむいて、表情を曇らせた。
「あまり、上手くいかなかったの?」
「うん。あまりどころか、だいぶね」
「そ、そう」
気まずい雰囲気が流れたが、楓子はすぐにフォローする。
「で、でも、公二くんのことだから、怒らなかったでしょ」
「うん」
「やっぱり公二くんは優しいね」
「うん」
(良かった〜)
暗い頷きから明るい頷きに変わり一安心したところで、近付いてくる男子が目に入った。
「あっ、噂をすれば影ね」
「え?あっ」
花桜梨が顔を上げると、公二が目の前にいた。
「やあ、花桜梨さん、それに佐倉さん」
「それにって、ひどいなぁ」
楓子は頬を膨らませて、拗ねるフリをする。
「え?あ、そんなに深い意味は・・・」
「ふふふ、冗談冗談。どうやら私はお邪魔虫みたいだから、先に行ってるね」
「え?そんなことないわよ」
「そ、そうだよ佐倉さん」
公二も慌てて同意する。
「いいの。そうなんだもん。じゃあね〜」
楓子はパパッと弁当箱を片づけると、立ち上がってドアへと歩いていった。
それを見送ると、公二は頭をポリポリとかきながら花桜梨の隣に座った。
「昨日は楽しかったね」
「うん」
「それにしても、あんなに気に入ってもらえるなんて思わなかったよ」
あの後、本当に八重家に寄った公二は、花桜梨の母親に交際宣言をした。
すると母親は公二のことをいたく気に入り、快諾した上、夕食にまで誘ってくれたのだ。
しかし、さすがにそれは断って帰った。
「夕食は、今度ご馳走になるからね」
「うん。ふふふ」
花桜梨は、何かを思い出したように笑い出した。
「どうしたの?」
「ふふふ。公二くんが帰った後ね、お母さんてば、いろいろ公二くんのことを聞いてきたのよ」
「ホント?いいところアピールしてくれた?」
「そうね。どうかしら」
はぐらかす花桜梨に苦笑しながら、公二も思い出したことがあった。
「そういえばさぁ。昨日の夜の8時頃かな?急に悪寒が走ったんだよ。
あんなの初めてだったんだけど、何でかな。あれ?花桜梨さん?」
花桜梨は何か思い当たる節があるのか、呆然としていた。
「花桜梨さん?」
「ふ、ふふふふふ」
そして、突然吹き出した。
「どうしたの?」
「ふふふ。それは多分、あれだと思う」
「あれ?」
何かの病気かと勘違いした公二は、不安そうに花桜梨を見た。
「お母さんが、公二くんのことをいろいろ聞いてきたって言ったでしょ」
「うん」
「その時ね。お父さんもいたのよ」
花桜梨は、昨夜の夕食時のことを話した。
花桜梨の母親は、まるで自分に彼氏が出来たかのようにはしゃいでいた。
「花桜梨〜、あんたいい男を見つけたわね。逃がすんじゃないわよ。これで嫁ぎ先も決定ね〜」
そこに、珍しく早く帰ってきた父親が口を挟む。
飲んでいた、ビールが入っているグラスをグッと傾ける。
「ぷは〜。そ、そんな大事なことを勝手に決めるんじゃない。花桜梨、今度はお父さんにも会わせなさい」
「あら、やきもち?いつかはお嫁に行くんだから。覚悟を決めておかないと」
「そ、そういう問題じゃない。可愛い娘をたぶらかす男には、鉄槌を喰らわせなければ」
腕を組んで憤慨する。
「なに?たぶらかすって。ふふふ」
花桜梨は頬杖を突いて、延々と繰り返される不毛な会話を聞きながらも、久しぶりの家族団欒を楽しんだ。
まさかその話題が、公二のことになるとは思いも寄らないことだったが。
「これも公二くんのお陰かな」
「花桜梨、聞いてるのか?」
「え?聞いてるよ」
父親から話を振られて、ハッとする。
「じゃあ、今度はお父さんの番だな」
「え?」
「え?じゃない。今度はお父さんが、その公二とやらに会う番だな。花桜梨を泣
かしそうな、つまらん男だったら、叩き斬ってやるぞ。イヤーーーーーーー」
片膝を突いて、剣を振り下ろすマネをする。
「ふふふ。今頃、身震いしてるかも」
ということがあった。
![]()
「まさか本当に震えていたなんて。ふふふ」
「そんなことがあったんだ。でも、花桜梨さんを泣かす事なんてしないし、望むところだよ」
胸を張って宣言する。
「でも、お父さんは刑事をやっていて、居合い抜きの段持ちよ」
何て答えるのか、楽しそうに言う。
「え!?」
公二は目を丸くして、口をポカンと開けた。
「どう?会ってくれる?」
「・・・・・・も、もちろん。居合い抜きかぁ〜真剣白羽取りの練習でもするかな。は、ははは」
笑いながら冗談を言い平静を装いつつも、背中に嫌な汗を感じていた。
「ふふふ」
それを見抜けない花桜梨ではない。
しかし、それでも会うと言ってくれる公二に、素直に嬉しいと思った。
公二と一緒に過ごす高校生活もあと少し。
花桜梨は、屋上からだとすぐそこに見える伝説の鐘がある塔を見た。
『卒業式の日に、女の子から告白して成就したカップルは永遠に幸せになれる』
初めて楓子から聞いたときには、自分にはまるで関係ないことだと思っていた。
しかし、今はそうではない。
『私にも、その資格があるのかしら?』
最近よく頭をよぎる思いが、本人を目の前にして浮かんだので、花桜梨は公二の顔を見て苦笑した。
「な、なに?ホ、ホントに会うよ」
疑われていると勘違いした公二は、しどろもどろになる。
「うん。ありがとう」
花桜梨が機嫌を損ねていないと分かると、公二は小さく呟いた。
「いつか会うつもりだったしね」
「え?」
「ううん。何でもないよ」
公二は、大きな雲が浮かんでいる空を見上げてはぐらかすと、花桜梨も同じ空を見上げた。
『いつまでも、同じ方を見ていたいな』
それは二人の想いだった。
キーンコーンカーンコーン
昼休み終了5分前のベルが鳴る。
「行こうか花桜梨さん」
公二は立ち上がり、普通にスッと手を差し出した。
「ええ」
花桜梨も普通に手を出して、それを軽く握った。
そして引かれるように立ち上がり、二人は並んで教室へと歩き出した。
おしまい
あとがき
皆さん、お待たせしました。
2周年記念の競作をお送りしました。
これが2回目の競作企画ですが、前回よりも多い10人の作家さんに
参加していただいて、とても感謝しております。m(_ _)m
前回に引き続き、ときメモ2の中では一番好きなキャラである
花桜梨さんで書いてみましたが、いかがだったでしょうか。
本当は、もっと笑える話しにしたかったんですが、
やっぱり僕には無理なようです。
僕の場合、花桜梨さんのSSを書くと必ず、徐々に明るくなってきている
部分を書いてしまう傾向にあるようです。
でも今回は、少し崩したというか、明るめの花桜梨さんを描いてみました。
3年目の花桜梨さんは、本当に可愛いですが、あそこまではいかないですよね。
だから、花桜梨さんのイメージと違うと思った方もいらっしゃると思います。
しかし「こんな花桜梨さんもたまには良いか」と思ってくださいませ。
内容としては、ときメモ1で一番好きな「虹野沙希」に特別出演してもらい、
花桜梨と競演させることが出来て大変満足しています。
料理と言えば沙希ですからね。
調理の内容は、調理師免許を持っている妻のアドバイスを受けつつ書きましたが、
間違っていたらご容赦ください。
「あんな失敗は、普通しないだろう」という非難も勘弁してね(^_^;)
それにしても、この話の公二は人間が出来た奴ですね。
でも、花桜梨さんに作ってもらえるなら、例え失敗作でも嬉しいですよね。
では、これからも当HPをよろしくお願いします。