シャッ
 勢いよくカーテンを開けると、陽の光がレイの身体を包み込んだ。
 もう12月であるから、特別暖かいと言うことはないけれど、まだ少し重たかった瞼が
 はっきりと開くような、そんな気持ちの良い陽光だ。
 まあ、この部屋は一定の温度が保たれるように出来ているので、寒いということはないのだが。
「もうすぐクリスマスね」
 今日は日曜日なので、レイはネグリジェから部屋着に着替えながら呟いた。
 恒例のクリスマスパーティーは、もちろん今年も開催する予定だ。
 しかし高校生活最後の今年は、過去2回のものとは違う。
 レイにとって一生に一度の想い出を作る日と決めていた。
 それは・・・・・


400,000HIT記念SS
  「キスをしてよ」


 レイには好きな人がいる。それは同じクラスの主人公というバスケ部のエースを張る男だ。
 入学したての頃は、どの女生徒が見ても普通の印象しかなかったのだが、
 1年の終わり頃からバスケでメキメキと頭角を現していき、その頃から徐々に人気が出始めていた。
 だが、レイはもっと早くに公の事を気にし始めていた。それは、入学してすぐのゴールデンウィーク前日のことだった。
 車で送迎してもらっているレイは、いつものようにリムジンの後部座席に座って下校の途にあった。
 3ヶ月前に、高校は男装をして通うというしきたりを聞かされて、まだ納得し切れていなかったレイは、
 外を見ながら溜息を吐いた。
「はあ。なんで私、こんな格好してるのかしら」
 他の男子生徒とは違う、特注の真っ白な学生服に身を包み、素性を覆い隠す性格を演じることに慣れずに
 ストレスが溜まってきていた。
「私もみんなと一緒に帰りたいな」
 休み時間の女生徒の話を耳にするたび、そういう思いが膨らんでいた。ファーストフードでお喋りをするのもいいし、
 部活を頑張って青春するのもいい。
 それら普通の学生が経験する事柄は、とても叶わない夢のような事だった。
「はあ・・・・・・・あら?」
 何度目かの溜息を吐いたとき、見覚えのある男の姿が目に入った。同じクラスの男子で、そう確か主人公といったか。
 普段なら何事もなかったように通り過ぎるのに、今日は何故か気になった。
「ちょっと止めて」
 運転手に車を止めさせると、公がいたスポーツショップに足を向けた。
「う〜ん。これがいいかな」
 中に入ると、意を決したかのようにバスケットボールの入った箱を持った公が、レジに向かおうとしているところだった。
「やあ庶民。買い物かね」
「な、なんだ。どこから湧き出てきたんだ」
 意外な奴に見つかってしまい、嫌な顔をする公。
「湧き出たとは失礼な。下校中に君のことを見かけたのでね。からかってやろうと思って
 わざわざ降りてきてやったのに、その言い草はないだろう」
「からかいに来た奴にはお似合いだよ」
 公も負けずに反撃する。
「ははは。口の減らない男だねぇ」
「うるさいよ」
 公はレイのことを無視して、レジに行こうとした。
「そのボールを買うのかい?」
「そうだよ」
「ほ〜」
 レイはチラッと値札を見た。
「三千円ね。庶民にはこの値段も辛かろう。僕が買ってやろうか?」
「はあ?自分で買うからいいよ」
 バイトをしていない公には正直苦しいのだが、レイに買ってもらう筋合いはないし、プライドが許さなかった。
「まあまあ。ちょっとは気晴らしになったから、そのお礼だよ」
「礼?何のことだ」
「いいから。マスター、これでお願いするよ」
 公から箱を取り上げると、財布から出したゴールデンカードと一緒にレジに差し出した。
「お、おい」
「はい。ありがとうございます」
 公に構わず店員がレジ打ちをして、署名してくださいと紙を出す。
 レイはサラサラとサインすると、箱を公に渡した。
「お、おい」
「そうか、確か君はバスケット部だったね。さては、それで自主トレでもする気かね」
「だ、だったらどうした」
「ほ〜。じゃあ、その成果を期待しているよ。せいぜい頑張りたまえ。はーははは」
 ポカンとする公と高笑いを残し、レイは再び車に乗って去っていった。
「だから、なんなんだよいったい」
 公は唖然とするしかなかった。


 何故あの時、あんな行動に出たのだろうか。それは今でも分からないが、それからというもの
 何となく公に興味を抱き初め、ホントに自主トレをしているのか、聞き出した公園へ自ら足を運んだりした。
 たまに男装せず本当の姿で、通行人を装って声を掛けたりもした。冬には体育館を提供したり、
 何かと世話を焼いて、成長するのを半ば楽しんで見ていた。
 そんな好奇心の目だけで見ていた公への感情が、知らず知らずのうちに好意に変わり、
 そしてある日を境に劇的な変化が訪れた。



 2年へ進級すると、エースに成長しつつあった公は、スタメンを獲得してインターハイ予選に挑んだ。
 きらめきは順調に勝ち上がったが、宿命のライバルである末賀高校との決勝戦で惜敗してしまう。
 その試合の最後、公がラストシュートを外して1点差に泣いた。
 観戦していたレイは、その時の公の表情を見逃さなかった。仲間に肩を叩かれたときは、
 悔しそうだがいつもの顔に戻っていたが、ほんの一瞬だけ見せた悲壮感漂う表情が気になった。
「まだかしら」
 なにか胸騒ぎがしたレイは、バスケ部員が会場から出てくるのを待っていた。
「来た」
 きらめきのバックを持った部員が出てきた。2年生の知った顔もいる。
 しかし、公の姿が見えない。
「おい、君たち」
「ん?伊集院じゃないか。どうしたんだ」
「今日の、敗退の元凶に挨拶でもと思ったのだが・・・・・」
「あのなぁ〜。あれは公のせいじゃないっての。落ち込むような事を言うんじゃねえぞ」
 ちょっと怒ったような顔で睨む。
「ははは。冗談だよ」
「ったくよ。お前、その性格直した方がいいぞ」
「大きなお世話だ。で、主人くんはどうしたのかね」
「公か?公なら、藤崎と帰ったぜ」
「藤崎くん?」
 レイの表情が、少しだけ曇った。
「おいっ、木本行くぞ」
「は、はい。いいか、変なこと言うんじゃねえぞ。じゃあな」
 木本と呼ばれた男は念を押すと、先輩の後を追って走り去った。
 その姿が見えなくなるまで突っ立っていたレイは、車に戻り家路についた。
「藤崎さんか」
 車の中で、どんよりしてきた空を見ながら、その名を呟く。
 公の幼馴染みでレイとも同級生の女の子で、きらめきのアイドルと言われている優等生だ。
 公と同じバスケット部であり、次期キャプテンとの噂もある。女子は全国の常連であり、
 その部のキャプテンになるかもしれないとの評判通り、全国に名の知れた名選手である。
 しかし、そんなことは、レイにはどうでもいいことだった。公のことを気になり始めて、
 ずっと見ているうちに気が付いてしまった。公が藤崎詩織のことが好きなんだということに。
 詩織の方はどう思っているのか知らないが、いま一緒にいることが嫌だった。
 胸がモヤモヤした。この憂さは、電話で嫌味でも言って晴らすしかない。
 そんな手段しか思い付かないし、そういう接点しか公との繋がりはなかった。


「さて、もういい頃よね」
 夕食が終わり、時計は8時を回っていた。
 レイは受話器を取り、慣れた手つきで公の家の番号を押した。
トルゥゥゥ、トルゥゥゥ、カチャ
「はい。主人ですが」
 公の母親が出た。
「も、もしもし、伊集院ですが」
「あらぁ、レイさん」
 馴れ馴れしく下の名前で呼ぶほどに、主人家ではレイの名前が浸透していた。
「公くんは帰ってますか?」
「それがね。まだなのよ」
「え?」
「一回帰ってきたとは思うんだけど、居間に顔を出さないで、また出て行ったっきり戻ってこないのよ」
「そ、そうなんですか」
 そう言って窓の外を見ると、先程から降り始めた雨が、段々と雨あしを強くしていた。
「まあ男だから、それほど心配してないけど。帰ってきたら電話させましょうか?」
「あっ、いえ。結構です。失礼します」
「そう?じゃあ」
チン
「どうしたのかしら」
 夏とはいえ、雨に濡れると風邪をひくかもしれない。試合後に感じた胸騒ぎを再び感じたレイは
 いてもたってもいられなくなり、車庫へと急いだ。
「どうしました、レイ様」
 驚いた運転手が、車庫近くの事務室から出てくる。
「急いで、いつもの公園に連れて行って」
「しかし、もう時間も遅うございますし」
「いいから。行きなさい」
「はっ!!」
 初めて見るレイの迫力ある顔と声に、思わず返事をする運転手。
「お願いするわ」
 素早く乗り込んだレイは、公が無事であることを祈った。



 何故、公がここにいると思ったのだろうか。公園に着くと、バスケットのゴールがある場所まで走った。
バシャバシャバシャ
 風もあって横殴りの雨となっていたため、差している傘はあまり役に立たない。
 そんな中を、公を探し求めて走った。
ドンドンドン
「ボールの音だわ」
 あと少しというところで、雨音の中にドリブルの音が混じってきた。
 推測が確信に変わった。
 更に近づくと、公の姿と叫び声が聞こえてきた。
「バッカヤローーーーー」
ガンッ、ドンッ
 ダンクしたボールが、地面に叩きつけられる。
 その音にビクッとなったレイは、思わず立ち止まった。
「どうして入れなかったんだよ!!」
 すぐにバウンドしていたボールを掴んで、すかさずジャンプ。
ガコン
 そして着地と同時に膝が落ちて、後ろへ仰向けになって倒れ込んだ。
「俺のバカヤロウ。俺のせいで負けたんだ。俺のせいで・・・・・・」
 公の顔に雨が叩き付けられる。
「クソッ」
ガンッ
 握った拳を地面に叩き付ける。
「あっ、なんて事を」
 あんなことをしては怪我をしてしまう。
 濡れるのもいとわず傘を放り出して、走りながら絆創膏がないかポケットに手をやったとき、
 ハタと気が付いて立ち止まった。
 ポケットがない。そう、レイはいま男装をしていないのだ。
 家に帰れば、男装を解いて普通の格好をするレイは、髪をほどいてスカートを履いていた。
 気が動転していたため着替えるのを忘れてしまっていた。
 これでは、公に近づくことが出来ない。
ガンッ・・・・・ガンッ・・・・・・
 未だに叩き付けられる拳は、遠目にも怪我を負っているのが見える。
 雨に当たり続けていては身体にも悪い。
 レイは、意を決して再び走った。
「このぅ」
 大きく振り上げられた右腕を、レイはガッシリと掴んで倒れ込んだ。
「やめてください」
ドサッ!!
 公に覆い被さるように横になる。
やめてください!!これ以上やったら、手が使えなくなります」
「なっ!?」
「やめてください」
 半泣き状態で顔を上げるレイ。
「き、君は」
 1ヶ月に1回は見る少女の顔を見て、一瞬動きが止まった。
 レイは、すかさず両手を取って、胸の前で抱き留める。
「ダメですよ。大事な手に、こんなことをしたら」
 皮がむけて血がにじんでいる両手を見て、涙を流しながらそっと包み込む。
「いいんだよ。みんなに迷惑を掛けたこんな手なんて。せっかく全国に初めて出られそうな所まで行ったのに、
 2年の俺が外してしまうなんて。明日、先輩に会わす顔がない」
 顔を背けると、雨とは違うものが、公の目から流れ濡らした。
「仕方ないじゃないですか」
「え?」
 再びレイに顔を向ける。
「私、見てました。どんな選手だって、100%決めることなんか出来ない。
 他の選手だって、それまで何回も外してる。一生懸命練習した仲間と戦った結果があれなら、
 誰もあなたを責めたりなんかしないわ。決勝まで行ったのだって、あなたの活躍なしでは無理だったわ」
「そんなことは」
「ううん。そうですよ」
 公の目をジッと見つめる。その瞳に見つめられると、なにか吸い込まれそうになる感覚がして、
 不思議な気持ちになった。公は、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
「すーーー、はあーーー」
 深く深呼吸した公は、いつもの表情に戻った。
「あ、あのう」 
 もしかして余計なことをしたかなと不安になって、恐る恐る口を開く。
「ありがとう。励ましてくれてるんだね」
「い、いえ、そんなことは」
『!!』
 レイは公の手を胸の前に持ってきていたのを思い出して、急に恥ずかしくなった。
 掴んでいた手を離して俯く。
「今日の試合、見に来てくれたんだ。そう言えば、いつだったか試合がある日を教えたっけ」
 上半身を起こして微笑む。
「ええ。全部見に行ったんですよ。格好良かったです」
「ははは。こんな間近で言われると照れるな」
「そ、そうですよね。ふふふ」
 二人して照れ笑いをして、それが可笑しくてまた笑う。
「今日のこと、みんな許してくれるかな?」
「許すも許さないも、怒っている人なんていませんよ。確かに貴方が活躍したのは皆さんの
 お陰かも知れませんが、他の方々も貴方のお陰で良いプレーが出来てるし。
 それがチームプレーじゃないですか」
「そうかな」
「そうですよ」
 あんなに頑張って勝利に貢献してきて、負ければこんなにも責任を感じる。自分のことだけじゃなく、
 先輩にも気を遣う。こんな義理堅い男を嫌うなんて、恨みがなければあるわけがない。
「ありがとう。何だかスッキリしたよ。こんなこと、詩織にも話せなくて。あっ、詩織って言うのは、俺の幼馴染みなんだけど」
「そうなんですか」
「イタッ!!」
 今頃になって手に痛みを感じた。
「大丈夫ですか?」
「平気平気」
 そうは言っているが、顔は明らかに痛がっている。
 レイは自分の家に連れて行こうか迷った。きらめき市に1つ、というか日本全国探しても、
 あんなに目立つ家などない。伊集院というのがバレバレである。
 しかし、こんなにひどい怪我をしている公を、そのまま帰すわけにはいかない。
『どうしましょう・・・・・・そうだわ』
「主人さん。ちょっと車の方まで来てください」
「え?」
 今まで名前を教えた覚えはないので驚いた。だがレイは、そんなことは構わずに公の腕を取り、
 強引に車の所まで引っ張ってきた。
 そして車中電話を取り、伊集院家が経営している病院にかけた。
 10分後、整形外科の医者を乗せたワゴン車が到着した。中には簡単な治療用具が揃っている伊集院家専用の車だ。
「どうなのですか?」
「心配なさらなくて大丈夫ですよ、お嬢様。どうやら骨には異常ないようです。
 何日かすれば治りますよ」
「そう。良かった」
 ホッと一安心したレイは、ちょっと涙ぐんでしまった。
「ど、どうしたんだ?」
 驚いた公は、しどろもどろになる。
「すみません。安心したら。ごめんなさい」
「ありがとう。そんなに心配してくれたんだ」
 そんな言葉を言われては、また流れてきてしまう。
えっ?え〜と」
 女の涙に慣れていない公は、話を変えた。
「こ、この車、伊集院って書いてたよな。それに、お嬢様って」
「え?え〜と。私、この病院の院長の娘なんです」
 涙をハンカチで拭っていたレイは、ドキリとして苦し紛れの嘘をついてしまう。
「へ〜。俺はてっきり、伊集院レイの関係者かと思ったよ」
「レ、レイさんですか」
 もっとドキドキしてくる。
「知ってるの?」
「それはもちろん。私の父はレイさんのお父さまの弟ですから、会ったときもありますよ。
 そ、そう言えば、貴方のことも話したことがあります」
「ふうん。親戚なんだ。それで俺の名前も知ってたんだ。何か余計なこと言ってなかった?」
 思わず名前を言ってしまったことに気が付いて焦ったが、すぐに話が変わった。
「と、とんでもない。あいつは良く頑張っていると言ってましたよ」
「ホント?電話ではいつも嫌味を言ってるくせに」
「レ、レイさんて、素直じゃないところがありますから。それに、こうも言ってましたよ・・・・・・」
 いろいろ並べて、いつものマイナス面をフォローするために四苦八苦する。
「へ〜。そうなんだ。ん?もう10時過ぎか。帰らないと」
「そうですね。送っていきますよ」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
「はい。ではこちらへ。お二人とも、ありがとう」
 外に出て外科医と運転手にお礼を言うと、レイが乗ってきたリムジンに乗った。
「今日は、たくさん世話になったね」
「い、いえ」
 前に運転手がいるとはいえ、こんな密室で近くにいると緊張してしまう。
「そう言えば、何回も会っているのに、名前を聞いてなかった」
「そう言えばそうですね。私は、伊集院レイ」
「え?」
「れ、麗奈です」
 危うく本名をばらすところだった。
「麗奈さんか。これからもよろしくお願いするよ」
「はい。よろしくお願いします」
 この時、また一歩距離が縮まったと同時に、レイの中の公を想う気持ちに変化が訪れていた。
 公のことが好きかも知れない。そんな生まれて初めての感情が湧いてきていた。



 それからというもの、公と麗奈の公園での会話は以前よりも親しくなっていった。
 練習の手伝いをしたり、差入れをしたり、どんどん距離が縮まっていくのを感じた。
 二年の冬にはクリスマスプレゼントを交換し、バレンタインには義理と言ってチョコをあげたりして、
 友達以上の関係になっていった。
 公のバスケットはというと2年のウィンターカップで全国大会初出場ベスト8、3年のインターハイで準優勝し、
 人気もうなぎ登りだった。
 そして、月日が流れるのは早いもので、もう3年の12月となり、高校生活最後のクリスマスとなった。
「あれから、1年半になるのね」
 今年のクリスマスは、レイにとって特別の日になる。


 12月24日の夜。伊集院家の小ホール。
 雪はいま降っていない。朝の天気予報では、夜には降りそうなことを言っていたので、
 レイはホワイトクリスマスになることをちょっと期待した。
 伊集院邸には、たくさんの学生達が集まっていた。レイが通うきらめき高校と、妹のメイが通う
 ひびきの高校の生徒達がほとんどだ。ここと少し離れたところで行われているお祖父様主催のものに比べると
 小規模であったが、それでもゆうに1,000人は集まっていた。
 これからレイの挨拶が行われ、パーティーがスタートする。
「レイ様、お願いします」
 会場が暗くなり、一歩前に出たレイにスポットライトがあたる。
「やあ、みなさん。今夜は伊集院家主催のクリスマスパーティーにようこそ。こんなにたくさん出席していただき・・・・・・」
 当たり障りのない、いつもの挨拶をしながら、レイは公の姿を探した。
『いたわ。良かった』
 先日の自主トレ時に、今年もプレゼント交換をしようと言ったら、快く承諾してくれた。
 だから来るのは分かっていたが、この目で確かめるまで不安だった。
「・・・・・大いに楽しんでください」
 挨拶が終わると、ほぼ女子だけの拍手が起こる。
「それでは、ミュージックスタート」
 レイの合図とともに、ゆったりとしたオーケストラの演奏が始まった。
 生演奏のBGMでパーティーなど、高校生という身分にしては十分贅沢な雰囲気を味わうことが出来る。
 料理も普段食べられない物が出るし、レイのことが気に入らない男子であっても、身だしなみを整えて出席したがる。
 集まっている女子目当てと言うのも当然あるが。それはそれ、恋愛は自由であるから、フリー同士なら何ら問題はない。
 たまに嫌がる女性に言い寄る迷惑な男がいるが、その時は容赦なく追い出すようにと黒服に言い含めてある。



「きゃ〜レイさ〜ん。こっちこっち」
「お話ししましょう〜」
 すぐにでも本来の姿に戻り公との約束の場所へ行きたいが、まだ時間はあるし、女の子のお誘いを
 無視するわけにはいかない。レイはあっちへ行ったりこっちへ行ったり、たわいもない話をしては移動して回った。
 その間も公のことが気になって、いまどこにいるのか何回も横目で確認した。
   ・
   ・
   ・
   ・
   ・
 1時間後。
「聞いてますか?レイさん」
「あっ、ああ。すみません」
 公に向けていた視線を戻し、5秒後、再び向けると、そこに公の姿はなかった。
『え?ど、どこへ行ったの?』
「レイさんってば〜」
 上の空のレイに不満顔で抗議するが、それどころではない。時計を見ると、いつの間にか約束の時間に
 なっているではないか。
「ちょっと失礼するよ」
「え?そんな〜」
 女の子は手を掴もうとしたが、スルリとかわして裏へと引っ込んだ。
「いま、どちらにいるか分かりますか?」
 控えていた黒服に尋ねる。
「はい。中庭に向かって歩いていらっしゃいます」
「ありがとう」
 約束の場所には、昨年と同じ中庭の噴水を指定していた。レイは走って部屋に戻ると、急いで着替え髪をといだ。
 そしてコートを羽織ると、プレゼントが入った紙袋を手に取り、再び長い廊下を駆け抜ける。
 やっと公に会える。嬉しい気持ちとドキドキする感じが同居する、不思議な感覚を胸に中庭に続くドアを開けた。



 外の冷気が入り込んできてブルッと少し震えたが、すぐに気を取り直して小走りで走った。
 夜の空気はとても冷たく、今にも雪が降ってきそうだった。
「はあ、はあ」
 吐く息は真っ白だ。
 向かっている先には、高さが5mもあるクリスマスツリーが輝いている。
 もちろん本物のモミの木を使った見事なツリーだ。
「いた」
 ツリーの傍にあるベンチに、公の姿を見つけた。
 公も気が付いたようで、立って手を挙げた。
「公さん。待たせてしまってすみません」
「いや、そんなに待ってないから。気にしなくても良いよ」
 公が座ったので、レイも隣に腰を下ろした。
「今日も自主トレはしたんですか?」
「ああ、軽くね。すぐにウィンターカップが始まるから、完全に休むと不安でさ」
「ふふふ。インターハイ準優勝校ですもの。今回は優勝しかないですよ」
「あ〜、そうやってプレッシャーをかける〜」
 頭を抱えて大袈裟に嘆いてみせ、上半身をくの字にして折れる。
「あっ、そ、そんなことは。一生懸命やれば結果なんて」
 慌ててフォローすると、公の肩が上下に揺れていた。
「もうっ。意地悪ですね。ふんっ」
「ははははは。ごめんごめん。そんなに怒るなって」
 公は起きあがると、そっぽを向いてしまったレイの肩に手を置いて謝る。
「でも実際、俺は優勝しか考えてないよ」
「え?」
 公の顔を見ると、真剣な顔で言った。
「決勝で能城に負けた悔しさは、もう2度と嫌だからな」
「そうですね」
 能城が第1シード、きらめきが第2シードとされたので、決勝に進まなければ戦うことは叶わないが、
 両校とも順調にいけば負けることはないとの、もっぱらの評判だ。
「優勝してみせる」
 こんな風に真剣な表情の公を見ていると、レイは凄く羨ましくなる。
 自分は親の敷いたレールを歩くことしか出来ないが、公は好きなバスケに打ち込み、
 最高の結果を出そうとしている。そしてこれからも、様々な目標に向かって走り続けるだろう。
 そんな公のことが好きな自分。いつまでも横に寄り添っていたいが、卒業したら別々の道を歩まなければいけない。
 ならばせめて、初めて好きになった人とファーストキスをしたい。そう思うのが自然の成り行きだった。
 そして卒業式には、潔くサヨナラしようと決めていた。



 公と色々なことを話していると、楽しくて時間を忘れてしまう。
『このままじゃダメ』
 当初の目的であるファーストキスは、タイミングが分からないまま時間だけが過ぎていった。
『どうしよ〜』
 楽しそうな表情とは裏腹に、内心焦りまくっていた。
 ふと、楽しそうだった公の表情が変わったのに気が付いた。
「どうしたんですか?」
「うん」
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
 しばらくの沈黙の後、公が口を開いた。
「麗奈さん」
「は、はい」
「俺には幼馴染みがいるっていうのは、前に話したよね」
「ええ。それが何か」
 詩織の顔を思い浮かべて、少し憂鬱な気持ちになった。
「話したことなかったけど、俺はその娘が好き・・・」
 レイは耳を塞ぎたかったが、我慢して聞いていた。すると思いがけない言葉が続けられた。
「だったんだ」
 また沈黙・・・・・・・。
『え?』
 レイはすごく驚いたが、表情に出さずに次の言葉を待った。
「バスケを始めたのも、その娘がきっかけだった。中学ですでに有名だったから追いつくのに必死だった。
 つり合うような男になるために頑張ったんだ」
 レイは頷きながら、黙って聞いた。
「で、ここまで来たんだけど。その娘への想いは、途中で別の女の子へと変わっていたんだ」
『えっ!?』
 レイの心臓はドキンと高鳴った。
「でも、その娘のことで、気になることが1つあるんだ」
「は、はあ」
 思わず変な相づちを打ってしまう。
「で、ここでプレゼント交換したいんだけど」
「え?」
 話が一転したので、面食らってしまう。
「はいこれ、メリークリスマス」
「あっ、はい。メリークリスマス」
 慌てて紙袋を差し出して、公が持ってきた包みを受け取った。
 公もレイの手から紙袋を受け取る。
「セーターか。好きな色だ。暖かそうだし、ありがとう」
 中には暖かそうな青色のセーターが入っていた。
「どういたしまして。私のは・・・・・」
 包みを開けると、高くはない小さなイヤリングとカードが入っていた。
「俺は高校生だしバイトもやってなくて、いまはこんなのしか買えないんだ」
「そんな。プレゼントは値段じゃないです」
「そう言ってくれると思ったよ。君なら」
「ありがとうございます。嬉しいです。似合いますか?」
 耳たぶに持っていって微笑む。
「うん。よく似合ってる」
「ふふ」
 レイは心底嬉しかった。が、まだ続きがあった。
「そのカード、開いてくれないかな」
「え?ええ」
 真っ白な封筒を手に取り開けると、中からカードを取り出す。
 そこには、こう書かれてあった。

    『いつもそばにいた君のことを、好きになったみたいです。』

「こ、これって・・・・・」
 明らかに自分のことを言っているのに、頭の中が真っ白になって、こんな言葉しか出なかった。
「書いてあるとおりなんだけど。俺は君のことが好きです。付き合ってください」
「で、でも」
 願ってもない告白だったが、迷うのは当然だった。両思いだからと言って付き合ったとしても、
 3ヶ月後には別れることになる。遠距離恋愛になったとしても、それはそれで辛いものだ。
 そうなると分かっているのに付き合うというのは、公にとって見れば残酷なことだ。
「俺とは嫌かな」
「そ、そんなことは・・・・・」
 公の真剣な眼差しは、嘘を言っている目ではない。それは痛いほど分かる。
 それが分かるから、ファーストキスが成就されれば満足と思っていた気持ちに変化が訪れていた。
『たとえ3ヶ月でも、恋人同士になれるのなら・・・・・』
 しかし、別れるときのことを考えると、もう一歩が踏み出せない。
「・・・・・・」
 どうにも答えが出ないのを感じた公が、一歩踏み出してきた。
「付き合ってくれないか。麗奈さん」
「えっと。それは・・・・・」
 同じ問答の繰り返しと思いきや、そうではなかった。
「好きなんだ。麗奈さん、いや、レイさん」
「・・・・・・・・・・・・・え?」
 数秒、間をおいた後、レイは目を見開いた。公の顔を見ながら、口をぱくぱくする。
 耳がおかしくなったのかとも思った。
「い、いま。なんておっしゃいました?レ、レイとおっしゃいましたか?」
「ああ」
「そんな。どうして」
 持っていたカードを膝の上に落とす。
「2年半も学校の中と公園で一緒にいれば、いくらなんでも気が付くさ」
「いつからですか?」
「そうだなぁ。今年の梅雨くらいからかな。髪をこう、かき上げる癖とか見てさ」
 真似して見せながら、クスッと笑う。
「気が付いてたんですか。で、では、私を伊集院レイだと知って尚、す、好きと言ってくださるのですか?」
「もちろん。冗談じゃ、こんなこと言えない」
 そう言い切る公の言葉は、力強いものだった。
「嫌味ばかり・・・・・言っていたのに」
 自分の数々の言動を思い出すと、涙が溢れてきた。
「その裏には、いつも優しさがあったよ」
「そんな」
 そう。素直に言えない嫌味な言葉には、裏を返せば優しさや応援の意味が込められていた。
 それを分かってくれていたなんて、レイは感激していた。
「怒ってないのですか?」
「怒る?まったく」
 レイの頬を伝う涙を拭いながら、笑って答える。
「良かった」
 胸のモヤモヤが、一気に取り払われた気がした。
「私も、貴方のことが好きです」
「それじゃあ。いいってこと?」
「はい」
「ありがとう。嬉しいよ」
「よろしくお願いします」
 ペコリと頭を下げる。
「こちらこそ」
 公と恋人になることが出来た。こんなに嬉しいことはない。また瞳がウルウルしてきた。
「キス、しても良い?」
 公の突然の言葉にも動じることはない。
 黙って頷くレイ。
 本当のレイの想いが、すんなりと出た。
 夢にまで見たファーストキス。遂にその時が来た。


 肩に置かれる大きな手。

 胸の鼓動が高鳴っているのがわかる。

 緊張した面もちの彼が近づいてくる。

 吐息が頬に当たるほどの距離。

 お互い目をつぶる。

 唇から感触が伝わってくる。

 柔らかい。

 頭の中が真っ白になる。

 何かが崩れる音がした。

 ほんの数秒間の甘い瞬間。

 でも長くはない。

 感触が薄れる。


 名残惜しそうに目を開けと、白い綿のような物が舞っていた。
「キレイ。ホワイトクリスマスね」
 手をかざすと、平の上でスッと溶ける。
 クリスマスツリーのイルミネーションが反射して、幻想的な雰囲気が演出される。
 まるで二人を祝福しているようだ。
「ね、もう1回」
 雰囲気に酔ったのか、レイが甘い声で請う。
「うん」
 再び合わさる二人の唇。
 セカンドキス。
「んっ
 離れるのが惜しい。
 またしたくなる。
「キスが、こんなに気持ちの良いことだったなんて・・・・・」
 夢見心地で呟くレイ。
 キスのあいだ聞こえた、何かが崩れる音。
 それは様々な迷い。
 留学しなくてはいけないこと。別れるか、遠距離恋愛になるということ。
 でも、いまはそんなこと、どうでも良かった。
 公はレイの頭と肩の雪を払うと、肩を抱き寄せた。
「何で教えてくれなかったの?意地悪ね」
「ははは。男装をするくらいだから、レイにはレイの事情があるんだと思ったんだ。
 いつか話してくれると思ったし。でも、俺の方が待ちきれなかったよ」
「そうみたいね。ふふ」
 その微笑みは、とても可愛らしかった。


 その後きらめき高校男子バスケ部は、公の活躍でウィンターカップ優勝を果たした。
 そして公とレイの二人は、卒業式までの3ヶ月間デートをしまくった。
 卒業後は日本の大学とアメリカの大学に別れて、何年間かは遠距離恋愛となる。
 それでも二人はやっていけると確信していた。




卒業から半年後
アメリカ某州の空港

 レイは空港内の人混みをかき分けて走っていた。
「どこ?」
 到着ロビーに駆け込み愛しい人を探す。
「レイ」
 久しぶりに聞く生声に反応してそちらを向くと、懐かしい胸へと飛び込んだ。
「公!!」
 首に手を回してギュッと抱き付く。
「公、公、会いたかった」
「俺もだ」
 見つめ合った二人は、自然にキスを交わす。

「離れていてもやっていけると思っていたけど、やっぱり寂しかった。メールでも書いたけど、
 何回も帰ろうと思ったの。そしたらこれでしょ。驚いたわ。急にこっちに来るって言うから。いつ決めたの?」
「卒業式にレイと別れた後くらいから、考え始めてはいたんだ」
「そうだったの?もうっ、何にも言ってくれないんだから〜」
 頬を膨らまして、拗ねてみせる。
「ごめん。まだ決めかねていたし、驚かせようと思って」
 大学に進学したものの、もっと上のレベルのバスケットに挑戦してみたいと思った公は、
 アメリカの大学、レイのいる大学への留学を内緒で決めた。
 そして今日、遂にアメリカへ上陸した。これからは大学のバスケリーグであるNCAAへの出場を目指して、
 勉強にバスケに取り組む日々を送ることになる。

「ふふ。許してあげる。これからは、ずっと一緒なんだから」
「ああ」
「大好き、公」
「俺もだよ、レイ」
 二人は何度もキスをして、お互いの存在を確かめ合った。


    おわり



  あとがき

 まずは今回40万HIT記念に参加してくださった、詩織倫さんと中嶋さん、ありがとうございます。
 以前に比べると小規模になってしまいましたが、参加していただいて、とても感謝しております。
 今後もよろしくお願いします。

 さて「キスをしてよ」はいかがだったでしょうか。
 本編ではフォロー出来なかったレイをヒロインにすることは、初めから決まっていました。
 意外な人選で驚いた方もいるかな。
 3年間を1話にしたため、かなり省略した感がありますが、そこの所はご了承下さい。

 スポーツ用品店での出会いと雨の公園でのシーンを、沙希の代わりにレイを当てはめて書いてみました。
 思わず笑ってしまった方もいらっしゃるでしょうか。レイFANの方に気に入っていただけると幸いです。

 キスシーンは結構いい感じに仕上がったと思うのですが、いかがでしたか。
 キスをテーマにするというのは、ある歌を聞いたときに思いつきました。
 キスシーンの中に歌詞が1フレーズ混じってるんですが、分かった方は「ああ、あれか〜」とほくそ笑んでください。

 連載を始めてもうすぐ4年、40万HITを達成することが出来ました。
 当初のペースなら、もっと早くに達していたでしょう。しかし結婚という大きな節目を境に、
 更新スピードがめっきり遅くなってしまい、楽しみに待っていて下さった読者の方々には大変ご迷惑を掛けました。
 「My wish」もまだ残っているし、その後もSSを書き続けるでしょうから、40万も通過点に過ぎません。
 皆様、これからもよろしくお願いいたします。

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