夢を見ていた気がする。
そう、とても長い『悪夢』を・・・・
最近、悪夢を見る事が多くなってきてる。
それは本当に底知れぬ闇の夢・・・・
だけど、どんなに長い夜でも、終わりの無い夜はない。
けれど、『彼』の悪夢はまた続く・・・・
だがその悪夢も、もうすぐ終わる・・・・



400,00HIT記念SS
『Blow up in cherry blossom』



「・・・・・・」
 屋上から絶え間なく吹く風に、彼はただ風に身を任せながら立っている様子だった。
 そんな彼の名前は『霜月弥生』と言う。
 弥生は、このもえぎの高校に入学してから既に2年以上が経っていた。入学当時、彼に声を掛けてくれる者も多数いたが、
 日が経つにつれて誰も彼に声を掛けて来なくなった。
 別に弥生がクラスメイトに嫌味等を言ったり、嫌がらせをしているのではない。
 クラスメイトの話に対して返事をしないからであった。それは彼が言葉を失っているからである。

 あれは弥生が、もえぎの幼稚園の室内で絵を描いていた時であった。その当時は内気ではなく、
 元気で活発な園児だったがこの日はたまたま室内で絵を描いていた。ある程度作品が出来たので、
 横に置いてあったクレヨンで色を塗ろうとした時の事だった。
『動くなぁ!』
『!!!』
 突然幼稚園内に、丁度ニュースで話題になっていた逃亡犯が逃げ込んできた。
 その時人質になったのが、この組の先生だった。警察の長い交渉の末、その逃亡犯はどうにか捕まったが、
 弥生の心の傷は大きかった。それは、目の前で自分が慕っていた先生を殺されてしまったからであった。

 それ以来、彼はその精神的なショックで言葉を失ってしまった。
 彼はどうにか自分の意思を他の人に伝えようと努力はするが、回りの人は喋れる友達と遊んでいた。
 そして次第に弥生の友達も離れていった。しかし、彼にも取り柄と言う物はある。それが『合気道』だ。



『ドンッ!』
 その日の放課後、道場内は部員の活力に見舞われていた。男子部の方は八月に行われたIH(インターハイ)では
 関東大会止まりだったが、見事全国大会に出場する事が出来て、女子部と共に見事アベック優勝を果たす事が出来た。
「渡辺!脇が甘いぞ!」
「ハイ!」
(えい!)
 この日も弥生は、何も言わずに合気道の練習をしていた。IHの影響もあってか実業団からのお誘いもあった。
 その実業団の中にはプロが集まる所もあったが、まだ弥生は何処の実業団に入るのか考えていた。
『良し!今日の練習はここまで!明日一年は新人戦があるから良く休んでおけ!』
『ありがとうございました!』
 この日の練習も無事に終了したので、弥生は手馴れた手付きで制服に着替えて下校する事にした。
 そして正門に差し掛かった時、ある女子生徒が目に入った。いや、もしかしたら弥生が反射的に
 その方向を見たと言った方が正しいかも知れない。
「あ、弥生さん・・・」
「(コクリ)」
 彼女は『橘恵美』合気道部に入部してから、色々世話になった女性(ひと)だ。
 最初、弥生は恵美の事を『世話好きな人』としか思ってなかった。しかし、次第にそれが
 恵美への『好意』へと変わっていった。それはこんな自分にも自然に、そして普通に接してくれる優しさに、
 次第に惹かれていったからだ。だがそれは『実らぬ恋』だと弥生はいつも思っている。
 どんなに自分が恵美の事を好きと思っていても、それを言葉にする術が彼には無い。
 弥生はそんな自分が本当に嫌でしょうがなかった。
「あの、今お帰りですか?」
「(コクリ)」
「もし、よろしければご一緒しませんか?」
「(コクリ)」
「よかった。では、参りましょう・・・」
 これはもう放課後の一コマとなっている。周りは校内公認カップルと言っているが、
 弥生はそれを聞くと憂鬱な気分になってしまう。恵美は恵美で顔を赤らめてしまうのだが・・・
「それで、芹華ったら───」
「(ニコッ)」
 橘さんの会話に対して、弥生は頷く位の反応しか出来ない。弥生も恵美と一緒に話したいと言う気持ちはある。
 だが、それはもう諦めている。
 以前、精神科の先生に見てもらった時、もう声は戻らないと言われているからだ。
 だけど、弥生の心はそれを認めようとはしない。そもそも感情と言うものはそういうものだ。
 頭では分かっていても、自分で確かめたり、納得する結果が出ない限り諦めない。
 人が何かを認めない理由は、きっとこの当たりにあるのだろう。
「弥生さん?」
 ふと突然恵美が弥生に話し掛けてきた。恐らく弥生が俯いた事を気にしているのだろう?
「どうかしましたか?」
「(別に)」
 弥生は首を横に振って否定した。弥生自身、嘘は嫌いなのだが、今の自分の気持ちを伝える術は
 彼にはないので、つい嘘を付いてしまう。弥生はそんな自分がとても嫌いだ。

『カチャ』
「お帰り、弥生」
 家に帰ると出迎えて来たのは母だった。弥生の母は弥生の目を見るだけで、弥生が何を言いたいのか大体分かる。
 この辺は流石母親だなと弥生はつくづく思っている。
「今日も橘さんって言う人と帰ったのかしら?」
「(そうだけど、何か?)」
 少し後ずさりをしながら弥生は母の質問に答えた。
「またまたぁ〜、これじゃ『出来ちゃった結婚』ね♪」
「(そんな訳無いでしょ・・・・)」
 母の冗談に対して弥生は軽く受け流した。弥生の母は弥生に好きな人が出来たと知った時、
 自分の事の様に喜んでいた。ちなみに父親は現在、海外へ出張中である。


(ふぅ・・・)
 食事を済ませて自室に戻った弥生は、大きく息を吐いた。どちらかと言えば今日一日の疲れからきているため息だ。
(もう少しで卒業かぁ。退屈な高校生活かと思っていたけど、橘さんのお陰で毎日楽に登校出来て本当に楽しかったなぁ・・・・)
 そう思い、弥生は何気に机の上に立てかけられてる写真に目をやった。

『一つは今は亡き、先生の写真』
『もう一つは、恵美と一緒に夜景をバックにして撮った写真』

 幼い頃、慕っていた先生の写真と恵美の写真。どちらも弥生にとっては命に代えられない程大事な宝物だ。
「(橘さん・・・・・)」
 ふと恵美の事を考えている間に、弥生は知らぬ間に泣いていた。

初めて旧道で会った恵美・・・・・
隣町の道場で練習をしてると言った恵美・・・・・
一緒に技の稽古をやった恵美・・・・・
修学旅行で一緒に夜空を見た恵美・・・・・
バレンタインの時、自分の家まで来てくれた恵美・・・・・
IHで弥生が優勝したのを喜んだ恵美・・・・・

 こんなにも沢山の思い出が色鮮やかに蘇って来る。しかしそれが、逆に弥生を悲しくさせた。
(でも、卒業したら・・・・もう二度と橘さんに会えないのか?)
 そんな悪い考えしか、弥生の頭の中には浮かんでこなかった。しかし、恵美と一緒に過ごした時間は、
 本当に幸せな時間だった。それは今でも後悔してない。
(橘さん・・・・)
 知らぬ間に弥生は泣いていた。それは弥生自身も気付かなかった。
 弥生は目から流れ落ちた一筋の涙を拭いて、ベットに潜り眠りに付いた。



 翌朝、弥生はいつもより浮かない顔で起きた。何故ならこの日は、もえぎの高校の卒業式だからだ。
(いよいよ卒業か・・・)
 弥生は、これで最後だと言わんばかりに制服に着替えた。しかしこの日ばかりは、いつもより念入りに
 ネクタイを締め直したり、いつもより念入りに寝癖を直したりとしていた。
 リビングで朝食を取り、弥生はもえぎの高校へ向かった。
(そう言えば、入学式の時も丁度こんな感じだったな。重い足取り、やるせない思い。全部入学式の時と被ってるじゃないか)
 しかし、そんな事は弥生にとってはどうでも良い事だった。そんな小さな事より恵美と会えなくなる事が、
 弥生にとって何よりも辛い事なのだ。
「弥生さん。お・・・お早う御座います・・・・・・」 
 校門前まで来ると、偶然にも恵美と会った。やはり卒業式と言う事だけあって、恵美もいつもとは違った様子が印象的だった。
「あの、体育館までご一緒してもよろしいでしょうか?」
「(コクリ)」
「よかった。では、まいりましょう」
 弥生が頷くのを見て、恵美の顔はとても安心した表情へと変わった。この時の恵美の表情を見た時、
 弥生も何処か心の底でホッとした様な気がした。
「(だけど、橘さんに逢えるのも今日で最後だからな。しっかり橘さんの表情を目に焼き付けて置かないと・・・)」
 相変わらず弥生の心は晴れていなかった。
 そして、そうこうしている内に、このもえぎの高校で卒業式が行われた。

 卒業式は予定より30分早く終わった。男子生徒としては、それはとても嬉しい事だった。
 女子生徒の殆どは、やはり泣いていた。
 ただ、弥生は卒業式が早く終わった事が嬉しいのか、悲しいのか、良く分からなかった。
 この後、街のある居酒屋でもえぎの高校の貸し切りで卒業パーティーが行われるのだが、どうも弥生は参加する気になれなかった。
 その代わり、弥生は『ある場所』へと向かった。



 弥生が今居る場所は、旧道にある伝説の坂の方である。
 ここは始業式の時、初めて恵美と出会った場所であり、弥生にとって何よりも思い出の場所でもある。
 弥生は、この旧道の坂の上から見下ろす、草木や花の光景がとても好きだった。
 それだけでなく、この旧道の坂の上は絶え間なく風が吹いているのだが、ここの風は屋上の風とはまた違って、
 優しく包み込んでくれる様な風だから、弥生はこの旧道が屋上よりお気に入りなのだ。
 そして、この旧道にはこんな『言い伝え』が残されている。


『運命のその日、桜の舞い散る中で、愛を誓い合った二人は、永遠に結ばれる』


 この言い伝えの由来はあまりハッキリしていないのだが、何故かここに咲いている桜に祝福されたカップルは
 永遠に結ばれている。だが弥生にとって、それは関係ないと思っている。
 どんなに自分が恵美に好意を抱いたとしても、それを伝える言葉が彼にはないからだ。
「弥生さん、やっぱりここにいらしたんですね」
「(!!)」
 突然馴染みのある声がした。声の主は振り向かなくても分かるが、いざ本人の顔を見ると弥生は驚いてしまった。
「(どうして、橘さんがここに・・・?)」
 弥生の頭を過ぎる言葉はそんな事ばかりだった。だけど弥生が本当に驚いたのは、この後だった。
「(弥生さん。今日、あなたに大切なお話があるので、ずっとあなたを探してました)」
「(!・・・どうして、橘さんが『手話』を・・・)」
 意外だった。何故恵美が、手話で弥生に話し掛けて来たのか分からなかった。
 だがそれと同時に、弥生は何故恵美が手話を覚えたのか気になって仕方なかった。
「(どうして、手話を覚えたの?)」
 本来なら、こんな事を聞いてはいけないのだろうと弥生は思ったが、いま弥生は自分の気持ちを抑える事が出来なかった。
「(それは・・・・あなたの為だからですっ!)」
「(!!)」
 恵美の言葉に弥生はハッとした。自分の為だと言われた時、弥生は本当に驚いた。
「(どうして、僕の為にそこまでしてくれたの?)」
 弥生には分からなかった。どれだけ自己分析をしても、何故恵美が自分の為に
 そこまでしてくれるのか分からなかった。
「弥生さん。私・・・初めはあなたの事を『負けず嫌いな人』だと思ってました。いつも真剣に合気道に取り組んで、
 先輩達に食い下がる様に組み手をしていましたよね?けれども、私があの秋の日に怪我をして、リハビリ生活をしてる間に、
 後輩達が私の前から姿を消した時、自分は強い人間ではないと痛感されました。
 そんな時、弥生さんは私を優しく抱きしめてくれましたよね?」
「(・・・・)」
「弥生さん。あなたは言葉を失っていますから、自分の気持ちを伝える手段を限られています。
 けれど、その時の弥生さんは、私にはとても大きく見えました。だからあの時、弥生さんに抱かれた時、
 私は弥生さんの胸の中でつい甘えてしまった。そんな私を、弥生さんは慰めてくれましたよね?
 その時私はとても嬉しかったんです。そして、初めて分かったんです。
 弥生さんはただの負けず嫌いな人じゃない。弥生さんが冷たい人だと感じるのは表面的な部分だけで、
 本当はとても心の優しい人で、とても人を思いやれる人だと。
 そして、いつの間にかあなたの事ばかり考えている自分が居ました。その時から、あなたの事を考えるだけで、
 本当に悩みました。あなたと一緒の時間を過ごしている時は幸せな気持ちになれますけど、
 会えない時、最初に浮かんでくるのはいつもあなたでした。けれど、この想いを伝える勇気が、私にはありませんでした。
 そして気が付けば卒業式の日を迎えて、弥生さんと会えるのも今日で最後と言う所まで来ました。
 そうなると、もう二度と弥生さんに会えない気がして、私は心が不安で仕方ありません。ですから、私の気持ちを知って下さい」
 そこまで言い切ると、橘さんは大きく深呼吸して気分を落ち着かせた。この時点で弥生の頭はボーっとしている状態だ。
「私、橘恵美は、霜月弥生さんの事を・・・・愛してます!」

「!!」
 恵美の告白を聞いた時、弥生の頭の中は完全に真空状態になった。
 一瞬、恵美が自分に何を言ったのかさえ、本当に分からない位だった。
 けど弥生は恵美の告白を聞いた時、とても嬉しかった。それと同時に感動も一緒に入り交じって、弥生はうれし泣きをした。
『好き』と『愛してる』とでは大分意味が違ってくるものだ。
 だから、弥生も今の自分の気持ちを手話で伝える事にした。
「(橘さん、ありがとう。僕も橘さんの事、『愛してるよ』)」
 そこで一旦切った弥生は、高ぶる感情を抑えて話を続けた。
「(僕は幼い頃、目の前で慕っていた幼稚園の先生が殺されたのが原因で、言葉を失ってしまったんだ。
 その時は言葉を失った事はこれっぽっちも気にしてなかった。だけど、言葉を失ってから、
 仲良しだった友達は次第に僕の前から消えていった。だから僕は、ひたすら合気道に打ち込んだんだ。
 そしてこのもえぎの高校に入学した時も、退屈な学校生活が待ってると思ってた。そんな時だったよ、
 橘さんと出会ったのは。橘さんはこんな僕でも、普通の人と同じ様に接してくれたよね?
 その心遣いが僕にはとても嬉しかった。そして次第にこの気持ちが橘さんへの『好意』に変わって行った時、
 僕は本当に辛い思いでいっぱいだった。どんなに橘さんの事が好きでも、この気持ちを伝える事は出来ない。
 ましてやこんな僕なんか気にも止めないと思ってた。だけど今の橘さんの告白を聞いた時、嬉しかった。
 だから、改めて言うよ。橘さん、『愛してるよ・・・・世界で一番』)」

 弥生の告白が終わると、今度は恵美がうれし泣きをする番だった。
 この時、お互いの気持ちが通ったのだなと弥生は感じた。
「弥生さん、私・・・・私・・・・・・」
「(ほら・・・)」
 弥生はそっと恵美に近づいて、恵美の目から流れる一雫の涙を手でぬぐってあげた。
「ありがとうございます」
 そう言って恵美は、まっすぐ弥生の目を見て言った。
 今、弥生の目に映っているのは恵美の瞳だけだ。やがて弥生は、その恵美の瞳に吸い込まれる様にそっと恵美に近づいた。
(や、弥生さん・・・・!)
 突然の弥生の行動に恵美は戸惑った。そして次の瞬間、恵美の唇に弥生の唇が触れた。
(私、弥生さんと・・・・)
・・・・・初めてのキスだった。
 それは弥生も恵美も一緒だった。勿論、すぐに状況が飲み込めなかった恵美だが、弥生とキスをしてから数秒後、
 恵美も弥生のキスに答える様にそっと弥生の首の後ろに手を回して抱きしめた。
 桜が舞い散る中、弥生と恵美はやがて糸をゆっくりと切られていく人形の様に倒れていった・・・・・・


 辺りはすっかり夕焼け空となり、この旧道の坂からは夕日が丁度沈む所だった。夕日の光は、僕と橘さんだけを照らしていた。
「弥生さん・・・」
「(ん)」
 突然恵美の方から声を掛けてきたので、弥生はそれに反応した。
「私たち、これからずっと一緒・・・・・ですよね?」
「(勿論だよ・・・)」
 そうと言わんばかりに弥生は笑顔で答えた。その意味を理解したかの様に恵美も笑顔で答えた。
「弥生さん・・・・・今、幸せですか?」
「(あぁ、幸せだよ・・・)」
 頷いて答えた弥生は、右腕を恵美の右肩に回してくっ付いた。
 一度は諦めた恋だった。だけど、それをハッピーエンドに導いてくれたのは・・・きっと、あの坂に住む神様なのかも知れない。
(ふふ、弥生さん。私も幸せですよ・・・・世界で一番・・・・・・)


    〜Fin〜



後書き

 どうも皆様、お初にお目に掛かります。
 今回はときメモ3の恵美SSに挑戦してみようと、この話の内容を恵美にしてみました。
 正直な話、テーマである『キスシーン』と言う文字を見た時、『こんな自分にそんな印象的なシーンを
 描けるのだろうか?』っと言う不安もありましたが、今こうやって納得した形となりました。
 それでは!SSの方が長々となりましたが、最後まで読んで頂き誠に有り難う御座いましたっ!


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