陽射しの穏やかな午後のカフェテラス
かなり機嫌が悪そうなショートカットの女の子が、やや興奮気味に一方的に話していた。
ショートカットが似合うその女の子の名前は、陽ノ下光。
普段は、その名前通り、元気で笑顔が魅力的な女の子である。
光の前には、黙って頷く親友の水無月琴子がいた。
光とは対照的に落ち着いた印象がする大和撫子である。
ただ、その落ち着いた印象の向こう側に、明らかに熱い想いが感じ取れる。
したがって、気が弱い印象など全く無い。
「それで、光はどうするの?」
「別れるわよ」
そう応える光の表情は、暗く沈んでいた。
「・・・そう」
光の痴話げんか話は、よくあることであった。
琴子は、やれやれといった感じで、ため息をついた。
光の相手は、幼なじみの主人公二であった。
琴子を含めたこの3人は、同じ高校の同級生で、よく行動を共にしていたのである。
「今度は、本当に頭にきたんだからね」
「あの優柔不断に、そんな甲斐性があったとは意外だったわ」
「そんなことないよ。公二君は、あれでも結構モテるの」
「・・・そう」
琴子は、公二のことを”優柔不断な男”と思っていたけれど、
今さら反論しても意味が無いので、軽く受け流した。
テーブルの上のコーヒーカップからは、やや渋めのブルーマウンテンの香りが流れていた。
琴子は、和風好みなので、日本茶が飲みたいところだったけれど、お店に置いてないので、
仕方なくウーロン茶を口にしていた。
カフェテラスから見える風景は、少し早い春の息吹が感じられるものであった。
桜が咲き始めた街路樹
つぼみをつけた草花
まだ少し肌寒い春風
「伝説の鐘が、鳴ったのにね・・・」
「そうね」
1年ほど前の高校の卒業式で、初めて自分の気持ちを言葉で公二に伝えた光。
その気持ちに応えた公二。
その直後、若い二人を祝福するかのように伝説の鐘が、学校中に鳴り響いた。
それは、愛の奇跡であった。
少なくとも、光はそう思った。
しかし、それから1年の歳月が流れる頃には、公二の優柔不断さが目に付く様になっていた。
女の子から誘われると断れないタイプの公二の行動は、光から見れば不誠実で
浮気性にしか見えなくなっていたのである。
「私の好みは、変わったの」
「じゃあ、どんなタイプが好みなのよ」
「浮気しない人」
「はあ?」
「できるだけ一緒にいてくれる人」
「・・・」
「約束を守ってくれる人」
「・・・」
琴子には、返す言葉がなかった。
もちろん公二は、タイプ的には光の言葉の対極に位置していた。
浮気を次々としている訳ではないが、自称”女友達”が多く、光より男友達との約束を
優先させる公二は、完全に悪者扱いである。
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ひびきの高校の懲りない面々
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そして、次のデートの日、光は、別れ話をする事を決めた。
それは、ややマンネリ気味になっている、いつものデートコースの終盤だった。
軽い食事を取る代わりに、公二の提案で、ひびきの高校へと続く桜並木を歩いてみることにした。
まだ、花弁がほとんど下に落ちていない桜並木なので、満開には程遠かったけれど、
それなりにキレイに咲いていた。
そして、日曜日なので、緑色の制服を着た生徒の姿もない。
よく晴れ渡った青空の下、静かな空間が広がっていた。
かつて毎日通った通学路を歩き進むと、懐かしい校舎が見えてきた。
「光、久々に学校の中、覗いてみるか?」
校門の前まで来ると、公二は、悪戯っぽい笑顔で、光を誘った。
「いいの?」
「かまうもんか。俺達は卒業生さ」
「そうだね」
「それに、伝説の鐘も見てみたいしね」
「うん」
単なる詭弁に過ぎないけれど、光には、充分な言い訳であった。
光にとって伝説の鐘は、特別の意味を秘めた場所であったからである。
1年ぶりに踏み入れる懐かしい校舎。
全く変わった印象はない。
直ぐそこから、同じ時を過ごした同級生が姿を現しそうであった。
「制服着てくれば良かったね」
「そうだな」
少しだけ苦笑する二人
赤レンガ造りの古びた時計台は、ひびきの高校の象徴的な建物である。
かつて二人で過ごした中庭
そこにあるベンチの前に立つ光と公二
少し見上げると、春の午後の陽射しを浴びて、金色に輝く伝説の鐘が見えた。
視線を落とすと、二人で何度も語り合った芝生が見える。
一緒に、昼のお弁当を食べたこともあった。
陸上の大会に出場する光を、励ましたこともあった。
同級生たちと騒いだ文化祭の打ち上げパーティー。
水泳大会。
テストすら、愛しく感じられる。
思い出の数々が、湯水のように湧き出てしまう。
懐かしさが、止めどもなく、こみ上げてくる。
「来て良かっただろ?」
「そうね」
光の声には、元気はない。
「たった1年前のことなのに、すごく懐かしいよ」
「この中庭で、一緒に過ごすことが多かったからね」
「そうだな」
「でも、二人で、こうしてここに立つのもコレが最後だよね」
光は、突然、別れ話を切り出した。
意外にも、口調は落ち着いた感じであった。
言い出すタイミングを待っていた。
そんな感じである。
公二は光の顔を見たけれど、光は俯いたまま、公二とは視線を合わせようとはしなかった。
そして、公二は、そんな光に反論もせずに、黙っていた。
光が、今の自分に対して不満を持っていることは、さすがに理解していたのである。
それから、しばらく、奇妙な沈黙が続いてしまった。
でも、二人はその場所から、少しも動かない。
光は、ただひたすら公二の言葉を待っていた。
たぶん、誠実な謝罪と愛の言葉を、淡い期待を持って待っていたのであろう。
しかし、公二は黙ったままである。
「・・・」
何の返事もないことに、少し苛立った光は、さらに言葉を続けようとした。
が、次の瞬間、公二は、そっと、手のひらを光の唇に当てた。
驚いて、公二の手を跳ね除けようとする光。
しかし、公二は、手のかわりに、今度は自分の顔を光に近づけた。
「光」
公二は、光の名前を一度だけ呼んでから、光をそっと抱きしめた。
そのまま、光の唇に、自分の唇を重ね合わせる。
多少、強引な感じのキスであった。
それでも、公二は光の唇の柔らかさを充分に感じていた。
キスする気など全く無かった光は、多少嫌がる素振りを見せた。
公二は、光の最後の抵抗を無視して、さらに強く光の唇を吸った。
そして、光の髪をやさしく何度も撫でた。
しばらくすると、光の肩から力が抜けていくのが、公二には分った。
手を握りしめると、光の温かさが伝わってきた。
少し強く握ると、光も握り返してくる。
頬に触れる光の髪。
光の甘い香り。
目を静かに閉じる光
光を温かく抱きしめる公二
しばらく、時が止まったような感覚があった。
頬に感じる少し冷たい風だけが、唯一の現実的な感覚である。
お互いの鼓動と息遣いが聞こえてくる非日常的で、親密な空間の中、光は、安心感を感じていた。
静かに時が進む中、いきなり伝説の鐘が鳴り響いた。
鐘の音に反応して、光の身体がピクリと動いた。
やはり、気になるようである。
壊れていたはずの伝説の鐘
去年の卒業式に、突然、鳴り響いた伝説の鐘
それ以来、澄んだ鐘の音は、正確なタイミングで鳴り響いていた。
したがって、鐘が鳴るのは、今では奇跡でも何でもない。
しかし、鐘が鳴ること自体に意味があった。
卒業式以来、光たちにとっては、伝説の鐘は、幸せの象徴なのである。
金色に輝く鐘
その澄んだ鐘の音が、二人に伝わっていく・・・
やがて、鐘が鳴り止んだ直後、公二は光の唇から、そっと自分の唇を離した。
目を閉じていた光が、目を開けると、目の前にはやさしい公二の笑顔があった。
機嫌を直した光の笑顔が、公二をホッとさせた。
やはり、公二にとっても光が一番の女の子なのである。
光の手を握りしめたまま、公二は、光の耳元で、こう囁いた。
「伝説の鐘に、再び誓うよ」
「何を?」
光の瞳は、期待感に満ちていた。
「光を、幸せにする」
じっと光の目を見て答える公二には、迷いはない。
「本当?」
「光を泣かせることは、もうしないよ」
「本当だよね」
「ああ」
「約束だよ」
公二は、無言で頷いて、光のキレイな髪を撫でた。
甘い髪の香りが、微かに広がる。
光は、再び公二の胸の中に飛び込んでいった。
力強い腕で、光を受け止め、抱きしめる公二。
一 つになったシルエットは、離れる気配はない。
そして、少し強い春風が吹き、桜の花弁が少しだけ舞い上がった。
それから、何日か過ぎた陽射しの穏やかなカフェテラス。
桜の花弁がゆっくりと舞い降りていた。
光の前には、親友の琴子がいた。
「光、どう?新しい恋人ができたの?」
いつも以上に幸せそうな笑顔の光に、琴子はそう声をかけた。
「やだあ、琴子ったら、私の恋人は、ずーっと昔から公二君だけだよ」
「あら、そうなの?」
琴子の眉間に小さなシワができた。
「また、好みが変わったのかしら?」
「そうなの。一番好きなのはね・・・」
「好きなのは?」
「やさしくキスしてくれる人」
その瞬間、琴子の顔は固まってしまったことは、言うまでもない。
「・・・ごちそうさま」
そう言う琴子の眉は、完全にピクピクしていた。
そして、もう二度と光の痴話げんか話を聞くものかと心に誓う琴子であった。
終わり
後書き 2003/01/11
お久しぶりです。そうでない方々は、初めまして。
あきらさん、40万ヒットおめでとうです。
えっと、「月下の一群」というHPと同人誌サークルをやっている詩緒倫です。
「My wish・・・」の40万ヒット記念競作ということで、ひかりんの甘々SSを書かせて頂きました。
たぶん、読んでくれた方々の大半の方が、琴子の気持ちと同じだと思います(苦笑)
でも、ここに登場する3人のキャラ、ずーっとこんな感じで続いていくような気がしますよ。
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