「My wish・・・」
第27話 「北海道へ行こう」
第26話 目次へ戻る 第28話
木々が燃ゆる季節、秋。
秋と言えば、学校行事で忘れてはならないのが修学旅行だ。
きらめき高校も、毎年9月に2年生が行くことになっている。
そして今年は、北海道に決まった。
ハワイや香港という意見もあったのだが、ある人の鶴の一声で決定した。
「ふふふ。楽しみだなぁ」
「ご機嫌ねぇ、詩織」
夕御飯を食べながら、時々ニコニコとにやける詩織に、隣に座っていた母親が突っ込む。
「なんで北海道になったのかしら?私は香港の方が良いと思うんだけど。旅費だって
変わらないでしょ」
「え〜、そんなの面白くないじゃない。絶対北海道の方が良いわよ」
「なんで?免税ショップでショッピング。最高じゃない」
母親は、箸を止めて遠くを見る。
どうなろうが自分は行けないのだが、想像だけならタダというものだ。
「まあ、それも楽しいけど。そんなのは新婚旅行ででも行けばいいのよ」
「新婚旅行?それは誰と行くのかな〜?」
今度は、詩織をからかいながら母がにやける。
「それはやっぱり公くんと・・・・・。やだっ、何を言わせるのよ!!」
バシンッ
思いっ切り背中を叩く。
「ゴホッ!!こらっ。詩織!!・・・・・あら?」
ご飯粒を少し吐き出してしまった母が、反撃しようと詩織を見ると、公との旅行を
妄想しているのか、心ここにあらずの状態だった。
『新婚旅行かぁ』
公と新婚旅行に行けたら、どんなに楽しいだろう。
まあそれは、今のところ夢でしかない。まずは修学旅行だ。
『ふふふ、公くんと何かあったらどうしよう』
「はあ」
母親は、色んな事を妄想しては百面相をしている娘を見て溜息を吐く。
『ふう。公くんとは、どうなってるのかしらねぇ』
娘の今後を心配する母だった。
修学旅行初日の朝。
いつもはジョギングで早起きしても、家を出るのはギリギリの公が、余裕を持って朝食を
食べ終わっていた。
「あら、珍しいわね」
ゴミ捨てから帰ってきた母親が、バックを持って居間から出てきた息子に言う。
「さすがに今日くらいはね。置いてきぼりを喰らうのはイヤだからさ」
「毎日こうだと良いんだけれど。あ、言い忘れてたけど、お土産に変な置物を
買ってくるのはやめなさいよ。あんたが買ってくるのって、飾る気が起きないのよ」
公は大会や練習試合で県外に行くと、毎回何かしら買ってくるのだが、
これが相当センスが悪い。すべて押入の中に眠っている。
「ひでぇよなぁ。せっかく買ってきてるのに」
「あんなの置ける訳ないでしょ」
「そうかなぁ?良いと思うけどなあ」
靴を履きながらブツブツと呟く。
『この子、本気で言ってるのかしら?まあ良いわ』
「それよりも公。修学旅行というチャンスを逃すんじゃないわよ。必ず詩織ちゃんと
二人きりになりなさいよ!!」
「は?あのなぁ。母親が息子に言うセリフか?それが」
「そうよ。二人きりは最低ライン。更に良い雰囲気になって進展させるのよ」
グッと握り拳を作って力説する。
「はいはい、行って来ます」
公は呆れながらドアを閉めた。
「あっ、待ちなさい」
バタン!!
「もうっ。最後まで聞きなさいよ。虹野さんとの二股はダメだからね。分かってるのかしら」
旅先での息子の身を案じる母であった。
「行って来ま〜す」
詩織は家を出ると、無意識に主人家の方を見た。
毎朝一緒に登校したいくらいなのだが、公は早起きのくせにギリギリに家を出るから、
一緒になったためしがない。
だから特に期待していなかったので、そこに誰もいなくても落ち込むことはなかった。
「でも、やっぱり一緒に行きたいなぁ」
正面を向いてそう呟いたとき、ドアの開く音がした。
バタン!!
「はいはい、行って来ます」
慌てて横を向くと、公の姿が目に入った。
「あっ、公くん。おはようーーー」
嬉しくて、声のトーンが一段上がる。
「おはよう、詩織」
「今日は早いのね」
タタタ
詩織は両家を隔てている植木を飛び越えていきたい衝動を抑えて、駆け足で門を出る。
「ははは、今日は特別だよ。よいしょっと」
公は持っていたバックを担ぎ、詩織の前まで歩いていく。
「一緒に行きましょう?」
「もちろん」
門を出た公は、詩織の隣に立った。
「行きましょう」
さい先の良い旅の始まりに、詩織は満面の笑顔で歩き出した。
公と詩織が空港に着くと、すでにけっこうな人数が集まっていた。
一学年で約400人もいるのだから、一機のほとんどがきらめきの生徒で占められる。
「ったく。現地集合ったって、せめて駅からバスを出して欲しいよな」
「ふふふ、そうね」
とは言うものの、そのお陰で公と長く一緒にいられたのだから、詩織にとっては良かった。
「主人はいるか〜」
人数の確認をしていた担任から、公を呼ぶ声がした。
「はい。何ですか?」
「早乙女が来ていないんだが、お前知らないか?」
どうやら担任の中では、公と好雄はセットになっているらしい。
「好雄ですか?いえ、一緒じゃないから知らないです」
そういえば今日はまだ見ていなかったと、周りを見渡しながら答える。
「そうかぁ。もうすぐゲートを通って向こうに行かないといけないんだが。誰かわかるものいるか?」
ロビーには、北海道行きの便のアナウンスが流れている。
「先生、伊集院もいませんが」
「ん?ああ。自家用ジェットで行くと連絡をもらっている。この空港にあるらしい」
レイ自身はみんなと一緒に行く方が良かったのだが、父親が許さなかった。
「そうなんですか。じゃあ、好雄はそれに乗せてもらうということで、置いていきましょう」
公は真顔でスッパリと言う。
「こらっ」
バシッ
後頭部をバックではたかれる。
「ぐぉ」
「おっ、早乙女来たか。よし、みんな並べ」
「ひで〜な。固い部分だったらどうするんだ」
ヒットした部分を両手で抑えながら詰め寄る。
「ひで〜のは、お前だ!!伊集院と俺を二人きりにさせる気かぁ」
「ははは、冗談だって」
「まったく、いつからそんなキャラになったんだよ」
クラスメイトの笑いをとったところで、A組からゲートを通っていく。
「くしゅん、くしゅん。???」
別室では、レイがくしゃみをしていた。
「はあ。公さんの隣に座りたかったわ。お父様のバカぁ」
検問は何事もなくスムーズに進んでいたが、H組の所でざわめきが起こった。
「何だ?」
公が振り返ってみると、前髪が片目を覆っている女の子がいて、職員の人と言い合いをしていた。
「お客様、これは何ですか?」
少々大きくて、奇怪なアタッシュケースを指差す。
「・・・・・」
女生徒が何も答えないので、ケースを開けようとする。
「待ちなさい。開けると爆発するわよ」
「ええ?」
手を掛けた職員は、慌てて離した。
「ふふふ、冗談よ」
引きつった笑いを漏らした職員が、気を取り直して開けようとすると、その女生徒は
ポケットから何かを取りだした。
それは見たこともない機械と耳栓だった。
「こ、これは?君、これは・・・・・」
ケースの中身を見た職員が少女に質問しようとしたとき、少女は耳栓を詰めて
機械のスイッチを押した。
「忘れなさい」
キーーーーーーーーン!!
「うわっ」
突然の超音波に、公をはじめ周囲のみんなが耳を塞ぐ。
数秒間後におさまると、誰も怪しいケースには興味を示さなくなった。
「行って良いかしら?」
「はい。異常ありませんので、どうぞ」
さっきまでの態度とはうって変わって、ケースを閉じた。
まるで何事もなかったかのようだ。
「んん?」
公も頭を振ると、普通に好雄と話を始めた。
「ふっ」
少女は口元を緩めて微かに笑うと、ケースを持って自分のクラスの中に紛れていった。
2時間後、きらめき高校一行は観光バスの中にいた。
これから5日間で、洞爺湖、登別、定山渓、小樽、札幌とまわることとなる。
あいにくの曇り空だったが、地元とは違った観光地ならではの雰囲気と爽やかな空気に、
みんな気分は上々だった。
バスの中では、バスガイドの自己紹介から始まった。
彼女のいない男にとっては、このバスガイドの善し悪しが、この旅行が楽しいものになるのか
ならないのかの瀬戸際になる。
「きらめき高校2年A組の皆さん、こんにちは。今日から5日間お付き合いする
ことになる、道央観光の安倍梨香と申します。そして運転しておりますのが熊谷と申しますので、
よろしくお願いいたします」
ペコリと頭を下げると、男子生徒の間で歓声が上がる。
10台あるバスの中でも、上位にランクされそうな美人がA組に来た。
「入社して1年目ですので、何かと不備な面があるかと思いますが、楽しくやっていきましょう」
「おーーーーー」
男子から特に大きな拍手が起こると、おきまりの質問が飛び交う。
「梨香さ〜ん、彼氏はいますか〜」
「え?」
「ガイドさ〜ん。スリーサイズは〜?」
「え?」
「俺と付き合ってください」
「ええっ?」
「お前ら、いい加減にしろ!!」
担任の声が響く。
『もうっ、男子ったら』
詩織はそれらの声に呆れながら、前の方に座っている公をチラリと見る。
そこには、身を乗り出して声を上げる好雄を抑える公がいた。
どうやらみんなと笑ってはいるが、自分から積極的に質問はしていないみたいだ。
『良かった』
どんな些細なことでも、女性がからめば気になる乙女心だった。
初日は団体行動のため、特に何事もなく予定を消化していった。
問題は明後日から2日ある、小樽と札幌の自由行動だ。
特に班決めがあるわけではないので、各々自由に行動して良いことになっている。
今晩は定山渓ビューホテルに泊まり、明日バス移動をして小樽へと入ることになっている。
晩ご飯を食べ終わった詩織は、クラスメイトと温泉に入っていた。
詩織は長い髪をタオルで頭に巻き付けて、温泉につかっていた。
「あ〜あ、どうしようかなぁ〜」
公から誘われてはいないので、自分からどうやって公を誘うか考えていた。
「詩織、先に上がるからね」
「ん〜?うーーーん」
考え事をしていた詩織は、頭の中が一杯だったので生返事をする。
『う〜ん、う〜ん』
何十分経っただろうか、クラスメイトはいつの間にかみんな上がっていた。
そこに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なによあれ〜、屋上に露天風呂があるって言うから楽しみにしてたのに」
「ねぇ。まさか混浴だったなんて」
さぞ夜景が綺麗だろうと螺旋階段を登ってみたら、ドアの所に混浴という札が下がっていた。
「男だけズルイよね。あら?詩織」
「奈津江ちゃん、恵ちゃん。上に行って来たんでしょ。私も行ったんだけど、戻ってきたのよ」
「そうなんだ」
パシャン
奈津江と恵は詩織の両隣に入った。
「あ〜、いい気持ち〜。しょうがない、これで我慢するか」
奈津江は肩までつかって、思わず唸った。
「やだ奈津江ちゃん。オヤジみたいだよ」
ヘアバンドで髪を留めている恵が突っ込む。
「いいの!!そう言えば、詩織。明日の自由行動は、主人くんと一緒に行くんでしょ?」
「えっ?う、うん。そのつもりなんだけど・・・・・・・」
「なぁに?まだ誘ってないの?」
コクリと頷く。
「もうっ。バスケではあんなに積極的なのに、主人くんの事になるとこれなんだから」
「だって」
「だってじゃないの」
「む〜」
ふくれっ面でジトーーーーーッと奈津江を見る。
「ったく」
「ふふふ。でも、そう言う奈津江ちゃんは、芹沢くんのこと誘ったの?」
恵が助け船を出す。
「え、勝馬?勝馬はそんなんじゃないわよ」
バレバレなのに往生際の悪い奈津江は、白を切ってみせる。
「ほらぁ、奈津江ちゃんだって同じだよ」
前々から噂になっていた男子と約束をしている恵にとって、積極性に欠ける二人は
世話の焼ける親友だった。
「違うもの」
奈津江は、詩織と恵に聞こえない小さな声でブツブツと愚痴る。
「じゃあ、そんなことを言う奈津江ちゃんは放って置いて、詩織ちゃんにはいいこと教えてあげる」
「いいこと?」
これは恵お得意の占いかなと、身体を寄せて期待の目で見る。
「うん。こんな事もあろうかと、さっき詩織ちゃんの恋愛運を占ってきたの」
「恵〜、さっきお風呂に行こうって言っても、トランプなんかしてなかなか準備しないから、
何をやっているのかと思ったら、そんなことしてたの?」
奈津江がブツブツと文句を言うが、恵はそれを無視して続ける。
「あのね」
「うん」
「こら、恵。答えなさいよ。もう〜」
二人に背中を見せてふてくされる。
「明日の詩織ちゃんの恋愛運は最高。片思いの男の子がいる貴方は彼と急接近。
水がある場所で良い雰囲気になるでしょう」
「うんうん」
「ラッキーアイテムは、カメラよ」
「カメラ?」
首を傾げる。
「そう。頑張ってね」
「うん。わかったわ。奈津江ちゃんも、頑張りましょうね」
背中を見せている奈津江の肩を、ポンッと叩く。
「ふんっ、だ」
「ふふふ」
詩織と恵は目を合わせると、呆れながら微笑んだ。
その頃、公は自販機の前にいた。
ジャンケンで負けたため、同じ部屋の者の分を適当に買っていた。
ガコン
「くそっ、あいつら絶対仕組んでたな」
ガコン
最初にチョキを出す癖がある公は、その時も思わず出してしまったのだが、
その癖を好雄が知っていて、公以外がすべてグーを出し1発で負けてしまった。
「重いなぁ」
缶を抱えて戻ろうとしたとき、曲がり角で誰かが突然現れた。
「きゃっ!!」
「うわっ!!」
辛うじて女の子だと分かったが、驚いた弾みに腕の中から缶がこぼれ、
その中の一つが女の子の足下に落ちた。
「危ない」
公は咄嗟に足を出し、サイドで缶を蹴った。
ゴン
ゴトン、ゴトン、ガラガラガラ
間一髪で足の甲に当たることはなかった。
「ふう。ごめん、大丈夫だった?」
一息ついた公は、胸を押さえて落ち着こうとしている少女を見る。
「びっくりした〜」
「沙希ちゃん」
風呂上がりのようで、浴衣を着た沙希が立っていた。
「あっ、公くん。ごめんね。急に出てきたから」
「いや、何ともなくて良かった」
「ありがとう。ちょうど探してたのよ。あっ、拾わないと」
沙希は屈んで缶を拾い始めた。
「いいって、俺がやるから。うっ」
公の身体がピタッと止まり、動かなくなる。
視線もある1点で止まった。
屈んでいる沙希の襟元から、下着と胸元が見えていたのだ。
「どうかした?」
「い、いや、何でもないよ」
公は焦りながらも、屈んで手を動かした。
「ありがとう。助かったよ」
「ううん。私が原因だし」
二人でやったから、缶集めはすぐに片づいた。
「みんなが待ってるから戻るよ。じゃあ」
「あっ、待って」
公がその場を去ろうとしたとき、沙希が呼び止めた。
「なに?」
「あ、あの。そ、その・・・・・・・」
モゴモゴと口を動かすが言葉にならす、やっと口から出たのは、言いたいこととは違った。
「公くん、屋上の露天風呂に入った?」
「うん。入ったよ」
「いいなぁ。混浴だったから、入れなかったんだ」
「そうだね。男だったら、そのまま入っていく奴もいるだろうけど、女の子は無理だよね」
「そ、そうね。で、でも、わたし、公くんとならいいかな」
ボソリと言う。
「え?」
「ううん。何でもない。それよりも明日は・・・・・」
やっと本題に入ろうとした時、好雄がやって来た。
「公!!なにやってるんだ、みんな待ってるぞ」
「おう。いま行く。じゃあ沙希ちゃん、急いでるから」
「え?う、うん」
ホントは行って欲しくないのだが、返事を最後まで聞くことなく行ってしまった。
「あ〜あ、言えなかったよ。明日一緒に自由行動したかったのに」
早足で急ぐ公の背中を見ながら、溜息を吐く沙希だった。
4日目の自由行動は、小樽市内の観光となっている。
昨日の曇り空から、今日は快晴に恵まれた。
みんなよりも早く起きた詩織は、勢いよく部屋のカーテンを開けた。
シャッ
窓から朝の日射しが差し込み、まだ眠っていたクラスメートのまぶたに容赦なく降り注ぐ。
「むぅぅぅ。詩織〜、閉めてよぉぉぉ」
まだ寝ているクラスメートが、布団を被り情けない声で抗議する。
「ほら、いつまでも寝てないの」
「なぁに?その元気は?」
『公くんは、もう起きたかな?』
昨夜はどうやって公を誘うかいろいろ考えたが、結局は普通に誘う方法しか思いつかなかった。
「よしっ」
詩織は小さく気合いを入れた。
小樽と言えば、小樽運河を初め、オルゴール堂、北一硝子、ヴェネツィア美術館、
石原裕次郎記念館など、見る物が結構ある。
朝食を摂り準備を済ませた公と好雄は、集合場所の1階ロビーに降りてきた。
「おっ、あそこに並んでいるのは、昨日の写真だな」
「ん?そうみたいだな」
昨日ここに到着したとき、どういうわけかパシャパシャとシャッターを切っている
カメラマンがいたのだが、ホテル側のサービスだったらしい。
パネルに沢山の写真が飾ってある。
「俺のりりしい姿が写っているのは、どこかな〜?」
好雄はじっくりと見回すが、公はそれ程でもなかった。
こちらに来てからずっと、自由行動のことが気になっていた。
もちろん詩織と一緒に行動したいのだが、どうやって誘うか悩んでいた。
ボーーーッとした目で、何気なく写真を見る。
『詩織のは、ないのかなぁ〜』
詩織が写っているのなら、どんな写真でも欲しいのだ。
「あった」
手を伸ばしかけたとき、後ろから声を掛けられた。
「公くん、おはよう」
『わっ!!』
振り向かなくても分かる聞き慣れた声。
公は半分まで上げた手をサッと引き戻し、何事もなかったように振り返る。
「お、おはよう、詩織」
「ねえ、公くん。公くんは、今日の自由行動どうするの?」
「彼女がいない者同士、好雄と一緒に行こうと思ってたんだけど、まだ決まってないよ」
「そうなんだ」
「うん」
お互い早くに誘っておけば良かったのだが、断られるのが恐かった。
二人とも、少々顔がこわばっている。
「もし良かったら、俺
私と一緒に行かない?」
二人の声が重なる。
「「え?」」
目を丸くする公と詩織。
「はははは」
「ふふふふ」
「よしっ、一緒に行こうか」
「うん」
今までの緊張はどこへやら、すっかり笑顔を取り戻した。
それを陰から見ている人物が二人いた。
沙希とレイだ。
レイには公を誘うことなど出来るはずもなかった。団体行動中は、たまに話すことが出来たが、
それも一言か二言。
自由行動で一緒に行くなんて夢のまた夢で、言い寄ってくる女子を無下にする事も
出来ないので、みんなを連れて行くことになった。
「いいなぁ、藤崎さん。せっかく公さんの希望通り、北海道に来たのに」
教室で公と好雄が話をしているのを耳にしたレイが、理事長であるお祖父様に頼んだのだ。
「伊集院くん、何してるの?早く行きましょう」
レイの元に集まった女子の一人が急かす。
『ふう』
心の中で溜息を吐く。
「いま行くよ、急かさないでくれたまえ」
顔は笑っていても、心の中は曇っていた。
もう一人の沙希は、柱の陰に寄り掛かって片目だけ出して見ていた。
「あ〜あ、昨日ちゃんと言っていれば、隣にいたのは私だったのに」
ガックリと肩を落とす。
「でも、諦めないんだから」
明日こそはと、グッと握り拳を作った。
今日は晴れているとはいえ、ちょっと肌寒い。
小樽へと着いたきらめき高校一行は、いったんホテル前へ向かった。
そこから自由行動が始まり、6時までに帰ってくることとなっている。
「旅先だからといって恥ずかしいマネをしないように」
ロビーで各クラスが集まり担任が注意事項を話す間、生徒の全てが『早くしろ』
という言葉を飲み込んでいた。
「じゃあ、以上のことを守って楽しんでこい」
その言葉と共に、一斉に動き出す生徒達。
「まずはここね」
「吉本吉本」
「ガラス館はどっちだっけ?」
「私は裕次郎さまに会いに行くわ」
みんな綿密に立てた計画に沿って、散り散りになる。
そんな中、公と詩織はゆっくりと歩き出した。
「詩織は、どこか行きたい所ってあるの?」
「うん。私はねぇ。ここと、ここと〜ここ」
先生からもらった観光マップを見て指差す。
「そっか。じゃあ行こう」
公は思い切って、詩織の手を握った。
「あっ」
積極的な行動に驚いたが、とても嬉しく思った詩織は笑顔で返した。
「うん。行きましょう」
詩織が行きたかった場所、それはオルゴール館だった。
メルヘン通りにあるそれは、1号館と2号館があって、まずは1号館へと入ることにした。
1号館の建物は、明治45年に米穀商が本社屋として建てたもので、外は暗赤色の
釉薬レンガの1枚積み、内側は木骨軸組と成っている歴史的に貴重な建物全てが、
オルゴールの世界と成っている世界最大のオルゴール館だ。
総ケヤキ造りで高さ9mの吹き抜けのあるホール(1階)、その吹き抜けをのぞきこむと、
1階の光輝く世界を見ることが出来る。
2階回りの回廊、また、その奥には石造りの巨大な倉庫があり、全てがオルゴールで満たされている。
そして建物の前には、大きな蒸気時計がある。
これは、カナダの時計職人(レイモンド・サンダース氏)によりカナダ・バンクーバ市の
観光名所「ガスタウン」 に1977年に作られたものと同型で、高さ5.5m、幅1m、
重さ1.5トンのブロンズ製で、時計自体は電動式となっている。
コンピュータ制御により、ボイラーで蒸気を発生させ1時間前毎に時刻を告げるほか、
15分毎に蒸気で5音階のメロディを奏でる。
「うわぁ、大きな時計ねぇ」
「そうだな。なんか煙を噴いてるけど。ん?」
看板を読んでいた公は、ふと時計の針を見た。
ボーーーーーーー!!
「きゃあ」
ボーーーーーーー!!
「15分おきに、こうやって鳴るみたいだ。すごいな」
立ち上る煙を見上げ、ガラスで透けて見える仕掛けを覗く。
「びっくりしたぁ」
よっぽど驚いたのか、胸に手を当てている。
「ははは。いまの驚いた顔、写真に撮りたかったよ」
持ってきていたカメラを構えてみせる。
「むぅ、そういうことを言う人は置いて行くんだから」
ツカツカと中に入っていく。
「あっ、詩織〜。ごめんごめん」
それを追って中に入ると、詩織が立ち止まっていた。
「すごいねぇ〜」
吹き抜けの広い空間の中に、夢あふれるオルゴールの世界がスペースいっぱい
に広がっていた。
「これみんなオルゴールなんだな」
「うん」
ガラスのオルゴールや、キャラクターのオルゴール、かわいいお人形のオルゴール、
壁掛のオルゴールなど、様々なオルゴールが置かれている。
「これ可愛いね」
「俺は、こっちが良いかな」
「うん。それも良いね」
詩織が指差したのは、メリーゴーランドの形をした物で、鳴らすと回転するようになっている。
他にも観覧車、飛行塔などのオルゴールがあり、くるくると回っていて
遊園地にいるような気持ちになる。
二人は、様々な形をしているオルゴールを眺めながら歩いた。
2階に来ると、普通とは違う大型のアンティークオルゴールが置いてあった。
家具と見間違えるような年代物のオルゴールは、部屋にあったら、
さぞかし良い感じだろうなと思わせる物ばかりだった。
「これって、シリンダーじゃないんだな」
公は洋館にある柱時計のような形の、時計だと文字盤の所を見ている。
そこには、鋼鉄で出来ている円盤状の物がはめ込まれていた。
「うん。ディスクオルゴールっていうのよ」
詩織も本では見たことがあったが、直に見るのは初めてだった。
1870〜1880年代に最盛期だったシリンダーオルゴールは、シリンダーが
手作業で作られていた為非常に高価で、爆発的に増える需要に十分に
応えるものではなかった。そのため、演奏時間が長く1台の機械を所有することで
沢山の曲が聴けるもの、また大量生産が可能で、価格が安いことなどの改良は容易ではなかった。
そこで、シリンダーオルゴールの欠点を克服する為の新たなオルゴール改良を
模索し始めるなかで、ディスクオルゴールが誕生した。
大型ディスクオルゴールは営業用に作られたものが多く、バックグラウンド
ミュージックにバー・レストラン・ピアホール等で客寄せとして設置され、
ジュークボックスと同じでコインを入れて楽しんだ。発売当時は最も迫力のある音を出す
オルゴールとして絶賛された。
「こんなのが家にあったら凄いな。ゲッ!!」
公がそう言って値札を見ると、2千万と書かれていた。
「桁が違うよ」
「ふふふ。ディスクオルゴールの最大の特徴は、ディスクを交換することが出来ることなの。
だから、これ1台でたくさんの曲が聴けるのよ。確か、こんなに高くなくって、家庭用で
小型の物もあったと思うんだけど。ここにはないみたいね。ディスクが紙で出来てるんだけど・・・・・・」
周りを見渡しながら言う。
「そっか。2号館にあるかもな」
「うん。そうね。じゃあ、あっちの部屋に行ってみましょう」
隣の部屋に行くと、シリンダーオルゴールの高価な物があった。
ポピュラーなオルゴールの仕組みは、突起が付いたシリンダーが回って音を
鳴らす弁を弾いている。普通のはその弁が12〜24弁なのだが、ここにあるのは
72弁という物で、値段も6万から8万円した。
「高いなぁ」
「でも、それだけの価値はあると思うよ。聞いてみたいな」
「店員に頼めば聞かせてくれるみたいだよ。すみません」
公は、身近にいた女性店員に声をかけた。
「はい」
「どれか聞いてみたいんですが」
「はい。どちらにしますか?」
「どうする?詩織」
「じゃ〜あ、これでお願いします」
詩織が数ある箱の中から選んだのは、パッヘルベルのカノンだ。
「分かりました。では、こちらへどうぞ」
「はい」
店内では他の音が混じるため、専用の個室へと案内された。
電話ボックスのような感じの、人が二人入ればいっぱいの部屋だった。
「オルゴールというのは、下に木の板とか木製の台の上に置いて聞くと、木が共鳴して
良い音色がするんですよ」
ゴトッ
長さが30cmはある箱を置く。
「そうなんですか?」
「ええ。お家にあるのも、きっと良くなりますよ。終わったら、お知らせください。
では、ごゆっくりどうぞ」
前面にあるスイッチを横にスライドさせる。
店員が外へ出て扉を閉めると、オルゴールとは思えない見事な旋律を奏でだした。
「すごいな」
「うん」
その音色は明らかに普通とは違う音域を表現してた。
今までの、オルゴールとはこういう音を出す物という記憶の部分が覆された感じだ。
目を閉じて耳を澄ませば、心が安らぎ癒される気がした。
「いいなぁ〜、欲しいな〜」
物欲しそうな目で公を見る。
「え?ダメダメ。7万もするんだぜ、持ってきたお金じゃ足りないよ」
「そうよねぇ〜」
心底残念そうな顔をする。
「まあ、いつか社会人になって、お金があるときに買ってあげるよ」
「ホント?確かに聞いたわよ。嘘だったなんて聞く耳持たないからね」
詩織は両耳を塞ぐフリをした。
「も、もちろん・・・・・」
冗談で言ったつもりが、約束する形になってしまった。
「あっ、終わったみたい。ここはだいたい見たから、2号館に行ってみましょう」
「そ、そうだな」
ボックスを出て店員に返すと、二人は近くにある2号館へと向かった。
2号館は1号館に比べると、こぢんまりしていて、展示品の内容も変わっていた。
1号館は安価な物がほとんどだったが、2号館は大型で年代物のアンティーク
オルゴールがたくさんあるうえ形も色々あり、さながら博物館のようだった。
一番の目玉は、非売品で外観がパイプオルガンのようになっている超大型のオルゴールで、
もし買うとしたら億はしそうだった。
1号館になかった小型のディスクオルゴールもあり、二人はオルゴールの世界を堪能した。
「あ〜、楽しかった」
「そうだな。男の俺が見ても面白かったよ」
「ホント?良かった。今度は、あっちに行きましょう」
詩織は公の手を引っ張っていく。
「ああ」
メルヘン通りを、手を繋いで歩く二人の姿は、どう見ても恋人同士だった。
このあと食事をした二人は、北一硝子、ヴェネツィア美術館、小樽博物館、オルゴール店などを
見て回った。
楽しい時間は過ぎるのが早い。
集合時間に間に合うようにホテルに戻ってきた二人は、同じ部屋の者が待つ所に行くため、
ロビーで別れようとしていた。
「ね、ねえ、公くん」
「ん?」
「あ、明日も一緒に、公くんと札幌を歩きたいな」
「え?」
「ダメ?」
上目遣いで見る。
「ダメなわけないよ。もちろん良いよ」
「ホント?良かった」
思わず抱きしめたくなるような微笑みを浮かべる。
『し、しおり〜』
一歩踏みだし手を出しそうになったところに、声を掛ける者がいた。
「おお、こんなとこにいたのか」
好雄だった。
「藤崎さん。公に襲われなかったかい?」
「え?」
「な、何てこと言うんだ」
たったいま手を出しそうになった公が、顔を赤くして裏拳で突っ込む。
詩織も俯いている。
「にゃははははは。冗談冗談。空港のお返しだ。みんな待ってるから、早く来いよ」
「サッサと行け」
シッシと追い払う。
「そうだ」
詩織は、何かを思いだしたように顔を上げた。
「ご飯を食べた後、何か予定はある?」
「いや、風呂に入るくらいで、特別ないけど」
「そ、そう。じゃ、じゃあ、夕食を食べた後に運河の方に行ってみない?」
「運河?さっき行って来たけど・・・・・」
このホテルは運河のすぐ近くにあって、最後に寄ってきていた。
「そうだけど、夜の運河もライトアップされていて綺麗なんだって」
「へぇ、そうなんだ」
「うん。ご飯を食べて、お風呂に入った後に一緒に散歩しない?」
公の顔色を窺うように見る。
「わかった。またここで」
「うん」
公は、好雄や同じ部屋の男子が集まるところに走っていった。
「やったまた公くんと一緒だ」
詩織も同室の者を見つけて、足取り軽やかに歩き出した。
散々歩いて疲れているはずなのに、その表情はニコニコと緩んでいた。
ロビーにあるイスに座って、公は詩織を待っていた。
持ってきたコンパクトカメラを、手でもてあそんでいる。
「お、遅い・・・・・」
女の子の風呂は長いというのを忘れていた。すでに20分は待っている。
「公くん、待った?」
「詩織、遅・・・・・」
後ろから声を掛けられて振り向くと、お風呂上がりの女性が放つ独特の色気を
感じる詩織が立っていた。
『か、可愛い』
思わず見とれてしまい、『遅いよ』と文句を言うのを忘れてしまった。
「どうしたの?黙っちゃって」
「ん?い、いや、行こうか」
「うん」
二人は夜の小樽運河へと向かった。
「ふふふ」
旅行先で、夜の街を並んで歩く。
まさか公とこんな事が出来るなんて、出来過ぎと思いつつもご機嫌な詩織だった。
「あれ?詩織、髪濡れてないか?」
「え?そうかな?」
公が待っていると思い急いで着替えた詩織は、いつもより大雑把に乾かしてきていた。
着ている物も少し寒そうだ。
まだ9月の中頃とはいえ、北海道では暑さは過ぎ去り、夜になれば秋の肌寒い風が吹いている。
「大丈夫よ。あっ、見て見て」
詩織が指差す方に、幻想的な夜景が見えた。
「綺麗ねぇ」
「うん」
そこには、昼間とはまた違った姿を見せる運河があった。
照明で照らされた古い倉庫群が水面に映り、家族連れやカップル達にロマンティックな
雰囲気を演出している。
「ちょっと前は、小樽市博物館で見たような街並みの中にあったのよね。」
「うん」
昼間に見た博物館の、昔の建物を再現したセットを思い出す。
「今でも、ここだけ切り取ってみれば、タイムマシンに乗って過去に来たみたいだな」
「そうね。そうだ、カメラ持ってきてたよね。撮りましょう」
「うん。ちょっと待って」
昼間にも活躍したカメラを取り出して、設定を変えるとファインダーを覗く。
「ここを・・・・・・・こんな感じか」
パシャ
「え?」
公はシャッターを切っているのに、フラッシュが出ない。
「くっ、ブレたかな?どうした詩織」
「ふふふ、公くん。いまフラッシュ焚いてなかったでしょ」
公が操作を間違ったんだと思い、クスクス笑っている。
「ん?あ、ああ、そうだけど・・・・・・そっか、詩織は勘違いしてるんだよ」
「え?なにを?」
夜の撮影といえばフラッシュなのに、何が間違っているのかと不思議そうに見る。
「夜の撮影だからって、何でもフラッシュを焚けばいいってものじゃないんだよ」
「そうなの?」
「うん。人をメインに撮すときはそれで良いけど、この場合は、あの照明の色があって
はじめて夜景って言えるんだから、フラッシュを焚けば、フラッシュの光で相殺されちゃうんだよ。
だからフラッシュを焚かないんだ。ただし、そうするとシャッタースピードが自動的に遅くなるから、
シャッターが閉まるまでジッとしてないとブレちゃうんだよ」
実は父親からの受け売りなのだが、物知り顔で説明する。
「へ〜、なるほど。そう言えば、今まで夜景の撮影に成功したことないわ」
「だろ?まあ本来、夜景を撮るのならこんなカメラじゃダメだし、三脚もないといけないんだけど」
「そうなんだ。じゃあ、二人で撮してもらうには、フラッシュを焚くのね」
「え?」
「あっ、すみません」
「はい?」
通りすがりのカップルの、男の方に声を掛ける。
「すみませんが、シャッターを押していただけますか?」
「・・・・・」
この男、どうやら詩織に見とれているようだ。
「あのう〜」
「あ、ああ。良いですよ」
慌ててカメラを受け取る。
「お願いします」
詩織は柵の所に立つと、公を手招きした。
「公くんはこっち」
「う、うん」
いきなりの展開に驚きつつも、隣に並んだ。
「はい笑って〜、いきますよ」
パシャ
「ありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
カメラを返してもらっている詩織の後ろで、公は頬に手を当てていた。
『顔、引きつってなかったかな・・・・・』
「公くん、どうかしたの?」
「ん?な、なんでもない」
「ん〜?」
公の顔を覗き込む。
「は、ははは」
まさか緊張したなんて言えず困っていると、向こうに歩いて行った、さっきの
カップルの男の方が声を上げた。
「いてえっ」
「なに女子高生に見とれてるのよ!!」
聞こえたのは男の悲鳴だけで、チラッと見ただけだったが、公にとって話題を
変えるのに丁度良かった。
「な、なぁ、詩織。あそこから撮ったら良いのが撮れそうだよ」
そう言って、少し前に行く。
「もう。でも、恵ちゃんが言ってた、カメラがラッキーアイテムだっていうのは、どういう事かしら」
カメラといっても、一緒に撮すことくらいしか思い浮かばない詩織は、ちょっと考え込んだ。
そのため、公が柵から身を乗り出していたのには気が付かなかった。
「わぁ!!」
「なに?」
突然の声に我に返ると、バランスを崩している公が目に飛び込んできた。
「わ、わわわわ」
腕をグルグルと回して前後に揺れる。
「あぶない!!公くん」
言うと同時にダッシュした詩織は、公に抱きついた。
ボチャン
思わず目をつぶってしまった詩織の耳に、何かが落ちる音がした。
恐る恐る目を開く。
「公くん、大丈夫?」
「サンキュウ、詩織。焦った〜」
背中に冷や汗を感じながら、溜息を吐く。
「今、何か落ちなかった?」
「ああ。カメラがね」
公は左手を見せる。
掴んでいたはずのカメラのストラップが、手の中からスルリと滑り落ちていた。
「え?大変」
柵に手を付いて運河を覗き込む。
「いいって、見つかりっこないから。最悪弁償すればいいから、父さんに謝るよ」
「うん。せっかく一緒に撮ったのにね」
「そうだな」
貴重な詩織とのツーショット写真が、水の中に消えてしまった。
「公くん」
詩織が気落ちしている公を見ていたら、後ろに見えていた橋の所に何かを見つけた。
「もしかして・・・・・。公くん、あそこ」
橋の上を指差す。
「ん?なに?」
公も後ろを振り返るが、何を発見したのか見当が付かなかった。
詩織は説明するのももどかしく、公の手を取って走り出した。
「お、おい」
公は、為されるがままに走り出した。
「あれあれ」
橋の上に来ると、詩織がもう一度指差した。
そこには、三脚に付いたカメラを構えるおじさんがいて、観光客らしきカップルを撮影していた。
どうやら、それを商売にしている人らしい。
「私たちも撮ってもらいましょうよ。二人の想い出に」
「うん。良いねぇ」
前の客が終わったらしく、商売道具のある所に戻ってきた。
「あのぅ、すみません。写真撮っていただけるんですよね」
詩織は、何やら書き物をしているカメラマンに声を掛けた。
「いらっしゃいませ。はい、承ってます」
「じゃあ、お願いします」
「ありがとうございます。4カット撮影しまして、料金は送料込みで三千円になります」
詩織がバックから財布を取り出したのを見て、公は慌ててポケットに手を入れる。
「詩織、俺が出すよ」
「私から言い出したんだから、いいのに。じゃあ、千円もらうね」
「あ、ああ」
詩織は公の手から千円だけ受け取ると、残りを足してカメラマンに渡した。
「ありがとうございます。では、あちらの方に並んでください」
二人は、カメラマンが指差した柵の前に立った。
「こんな感じですか?」
結構余裕の詩織に対して、緊張している公は少し間を開けて立った。
「そうですねぇ。彼の方は、もう少しくっついてください」
「か、彼?」
公は小さい声で呟いた。
『ふふふふ、彼だって。公くんどんな顔してるのかな?』
公は頬に熱いものを感じながら、半歩横に動いた。
「そうそう。ん〜、まだ少し寂しいですね。そうですねぇ〜、彼女さんは腕なんか
組んでみましょうか」
「えじゃ、じゃあ」
詩織にとっては、願ったり叶ったりの展開だ。
右腕を、サッと公の左腕に通す。
ドキッ
公の心臓は驚いて飛び上がった。
「いいですねぇ。彼氏、顔が引きつってますよ。笑って笑って。じゃあ、ここを見てください。
いきますよ〜、はい」
パシャ
「次は、そっちの方へ移動してください」
「は〜い」
楽しくなってきた詩織は、腕を組んだまま公を引っ張る。
『ふふふ、恵ちゃんの言ったとおりになったわ。もっと接近しちゃおうかな』
こうなったら止まらない。公の心情など関係なしにエスカレートする。
グイッ
「し、しおり?」
組んでいた腕を引き寄せて、公の肩に頭を乗せてみる。
ポフッ
腕には微かな胸の感触、肩には詩織の頭の重さがかかり、公は心地良いというか何というか、
変な気持ちになっていた。
『おいおいおいおいおい、なんだなんだ。どうなってるんだ?』
それから3枚撮影したが、気が動転して何が何だか分からない内に終わっていた。
カメラマンと詩織が話している横で、公はボーーーッと空を見上げていた。
「お疲れさまです。出来上がりましたら郵送しますので、この用紙に住所とお名前と
電話番号を記入してください」
「はい」
詩織がその紙に記入しようとしたその時、空から一筋の光が降ってきた。
「なんだ、あれ?」
「え?」
詩織も立ってそちらを見ると、ここからそう離れていないと思われる場所に
垂直に降り立ったように見えた。
ゴゴゴゴゴ
それが原因なのだろう、時間差で地響きが起こった。
「わわわ」
「きゃあ」
バランスを崩した詩織が公に抱き付いた。
周りの騒ぎもあって、公は気が付かない。
「一体なんだ?う、宇宙人の襲撃か?」
「え?そ、そんなのある訳、な、ないよ」
公の胸にしがみついているという、またまた大接近の詩織だったが、
それどころではなかった。グラグラと地震のようなものが続いた。
何分経っただろうか、数分後に揺れが止んだ。
「終わったみたい・・・・・」
「そうだな・・・・・・・・」
『ハッ!!俺
私 抱き付かれてる
抱き付いてる』
二人は同時に今の状態に気が付き、同時に飛び退いた。
「ご、ごめんなさい」
『きゃ〜きゃ〜、わたし今、抱き付いてたよ〜』
恥ずかしくて、公の顔を見ることが出来ない。
顔が赤くなっているのを悟られないように、横を向いて謝る。
「い、いや」
公も反対側を見たまま答える。
ドギマギしている公と詩織とは対照的に、周囲は既に普段通りに戻っていた。
ただの地震だったのだろうと、結論を出したらしい。
しかし、あの光の筋を見ていた二人は、もう1度その方角を見た。
「お客さん。名前と住所・・・・」
いつまで経っても書いてくれないので、カメラマンが詩織に近付いたその時、
今度は眩しい光に包まれた。
宇宙から北海道を見ることが出来れば、光の正体を中心に閃光が発生し、
広がっていった様子を見ることが出来ただろう。
その閃光は、アッという間に北海道全土を包んだ。
「今度は何だ?」
爆発が起こると思い、耳を塞いでいた手を下ろす。
やっと落ち着いたかと思ったら、耳をつんざくような超音波が響いた。
二人は忘れているが、これは出発の日に空港で聞いたものと同じだった。
20秒後に止んだとき、公と詩織の記憶から数分前までのものが抜け落ちていた。
「あれ?」
公は、キョロキョロと周囲を見渡した。
「そっか、散歩に来てたんだ」
「そうよ。どうかしたの?」
詩織も何も覚えてはいない。
「ん?いや、何でもない。帰ろうか」
「うん。クシュン」
「湯冷めか?大丈夫?」
「大丈夫よ」
なぜそんな気分になったのか、詩織は公に腕を絡ませる。
「あったかい」
公は少し驚いたが、なぜか、ちょっと前にも同じ事があったような気がした。
その後ろでは、あのカメラマンが何事もなかったように仕事を再開した。
腕を組んでいる公と詩織が写っているフィルムを、カメラに収めたまま。
4日目の札幌に向かうバスの中、日程も終盤に入ると、さすがに疲れが
溜まってきているのか男子は寝ている者がたくさんいた。
相変わらず好雄は、バスガイドと戯れていたが。
「好きだよなぁ、あいつは」
女子はおしゃべりをしている者が多く、詩織もそうかなと公は後ろを見た。
すると、珍しく眠っていた。
「札幌では、どこにいくかな」
公は、特に気にすることなく、ガイドブックに目を通し始めた。
ホテル前で解散した生徒達は、数人を残してすぐさま目的地に向かって散っていった。
「相変わらず、みんな素早いなぁ」
「そうね」
あまりの人数で周りが見えなかったのが、アッという間に見渡しが良くなり、
公と詩織は取り残された形になった。
「よし、俺達も行くか」
「そうね」
二人は並んで歩き出した。
「詩織はたしか、チョコレートファクトリーに行きたいって言ってたよね」
「そうね」
「さっきバスの中で調べたんだけど、そこって結構遠くて、バスか電車で行かないと
いけないみたいなんだ」
「そう」
「だから、札幌駅に行ってバスターミナルの人に聞いた方がいいと思うんだ」
「そうね」
『なんだ?』
相づちしかしない詩織を横目で見ると、僅かにふらついているように見えた。
「し、詩織。ちょっと待て」
「え?」
腕を取って、詩織のおでこに手を当てた。
「こ、公くん?」
突然のことで声がうわずる。
「熱っぽいぞ、詩織」
「え?そ、そんなことないわよ」
「だから、さっきのバスの中で眠ってたんだな」
「ううん。違うの。あれは、ただ疲れていたから・・・・・」
実は、朝起きたときから具合が悪かったのだが、ちょっと眠れば直るだろうと
タカをくくっていたのだ。
「ダメだ。いくら行きたくても、病人は寝ていないと。先生に頼んで早めにホテルに入れてもらおう」
「い、いやよ」
なおも抵抗を続ける。
「ダメだって」
「い〜や〜」
公は詩織の腕を引っ張って行こうとするが、まるで幼児のように足を踏ん張って嫌がる。
「詩織〜。そんなに行きたいのか?困ったなぁ」
力を緩めて、少々呆れる。
『もうっ、ただ行きたいんじゃなくて、公くんと一緒に行きたいの!!』
察して欲しいと思っても、鈍感な公には無理なことだった。
しかし、そんなことを言えるはずもなく、黙って抵抗する。
「詩織!!」
「!?」
ビクッとした肩を掴んで、目をジッと見る。
「頼むよ。こじらせたら大変だから。な!俺がついていてやるから」
「ホント?で、でも」
一緒にいてくれるのは嬉しいが、自分のせいで公の自由時間を束縛するのは嫌だった。
しかし、公と一緒に行くことは、すでに叶わないだろう。
「わかったわ。今日はおとなしく休んでる」
俯いて、渋々納得する。
「そうか」
「でも、公くんは行って来て」
「え?」
「見てきて、後で私に教えて。そうでないと休まないんだから」
「う〜ん。わかったよ。じっくり見てきて、詩織に話してあげるから」
「うん。お願いね」
公はホテルに残っていた担任に事情を話して、部屋に入れてもらった。
客室はまだ準備が出来ていなかったので、従業員用の別室ではあったが、
ひいてもらった布団に詩織を寝かせる。
「おやすみ、詩織」
「おやすみなさい」
詩織は目を閉じると、アッという間に寝息を立て始めた。
張っていた気が緩んだからだろう。
「ゆっくり休むんだぞ」
髪を撫でながら小さく呟く。
「さて、行って来るか」
公は一人、部屋を出た。
札幌駅に着いた公は、案内板を頼りにバスターミナルを探しながら歩いていた。
すると、進行方向に見覚えのある顔が見えた。
「沙希ちゃん」
「え?あっ、公くん」
沙希は一人で、駅の中をウロウロしていた。
「一人?他の人はどうしたの?」
「うん。友達と3人で行動してたんだけど、はぐれちゃったみたいなの」
不安そうに周りを見る。
「そうなんだ。携帯は持ってないの?」
「それが、バッグの中に忘れて来ちゃって。番号は暗記してないし。
オーロラタウンに行こうとしてたんだけど・・・・・」
札幌大通り公園の地下にある『オーロラタウン』は、女の子の買い物心をくすぐる絶好のポイントだ。
「でも、私は他に行きたいところもあるし」
「そっか。じゃあ、俺と行動しない?」
「え?・・・・・だって、藤崎さんは?」
「詩織?詩織はちょっと風邪気味で、ホテルで寝ているんだ。看病するって言ったのに、
自分の代わりに見てきてくれって」
「そうなんだ」
夢にまで見た公との自由行動。
詩織に先を越されて諦めていたのだが、ひょんなことから巡ってきた。
「沙希ちゃんみたいに、可愛い女の子を置いていくわけにもいかないし」
「ふふふ、ありがとう。友達には後で謝っておくわ。
私のことなんか忘れて、お買い物してるかも知れないけどね。どこに行くつもりだったの?」
「俺は、チョコレートファクトリーに行ければ良いんだ」
「ホント」
嬉しそうに手を合わせる。
「私もそこに行きたかったんだ!!」
「そっか、ちょうど良かったね」
「うん。行きましょう」
公と一緒ということもあり、落ち込んでいた気持ちが一気に盛り上がった。
バスを降りて少し歩いたところに、レンガ造りの洋風な建物が見えてきた。
チョコレートファクトリーとは、石屋製菓というお菓子会社の工場で、
あの有名な『白い恋人』を製造しているところだ。
北海道のお菓子と言えば、この白い恋人と六花亭の『バターサンド』と言うくらい有名な銘菓だ。
北海道に旅行に行ってきたという知人から、誰しも一回はお土産にもらったことがあるだろう。
公も何度か口にしたことがある。
その建物の隣で、サッカーグラウンドらしきものが作られていた。
「なんであんなところに?」
「あれは、コンサドーレ札幌のホームグラウンドになるのよ。ほら、コンサドーレの
ユニフォームの背番号の上に、白い恋人って書いてあるでしょ?」
不思議そうに見ていた公に説明する。
「ん〜?」
スポーツニュースでたまに見る、選手の後ろ姿を思い出す。
「そうそう、そうだ。さすが沙希ちゃん。サッカーのことは詳しいね。
でも、こんな街中に作るなんて、まさに地元に根付いてるって感じだな」
「うん。あっ、あそこが入り口みたいね。行きましょう」
沙希は、公の手を取って駆けだした。
中に入ると、まずは昔の貴族達が使ったであろうカップやチョコレートポットが、
通路にたくさん展示されていた。
チョコレートの原料であるカカオは貴重な物で、昔は高値で取り引きされていた。
一般庶民には手が出る物ではなく、貴族達が食べる他に飲み物として食していたらしい。
「すごいねぇ〜」
沙希は、ガラスケースの中に見惚れている。
「うん。高そうだ」
色とりどりの装飾がされているカップには、鮮やかな花や景色、人の顔などが描かれている。
公でも分かるのはマイセンとガレくらいで、あとは聞いたこともないブランドだった。
「一度、こんなので飲んでみたいよね」
「う〜ん。恐くて使えないよ」
「ふふふふ、そうかもね」
その通路を抜けると、チョコレートの歴史の年表や、日本に伝わった経路、
チョコレートにまつわるエピソードなどが書かれていた。
中には、バレンタインデーの由来なんかもあった。
「へ〜、こんなにあるんだ」
「バレンタインか。今年は沙希ちゃんから貰ったっけ。来年もよろしく頼むよ」
「う、うん」
あの時は、試合のご褒美と言って誤魔化しつつ渡した。
来年は何と言って渡そうか。今から悩む沙希だった。
更に進むと長い廊下があり、ガラス張りの階下に白い恋人の生産工場を見ることが出来た。
今では完全に自動化されていて、包装されるまでの全行程でクッキーはベルトコンベアの上にある。
最近はお菓子作りにも興味を持ち始めた沙希が、興味深そうに見つめる。
「凄いね〜」
「うん。あっ、あそこで止まってるぞ」
整然と並んでいるクッキーの中には、どうしてもずれてしまい、列を乱す物が出てくる。
その一つのせいで後ろから流れてくる物が詰まり、それを人の手で直す作業が入る。
「あれはどうするのかな?」
沙希が指差す。
詰まったクッキーはベルトからドロップアウトしてしまうため、ケースに寄せられて積まれていた。
「う〜ん。職員の人達のおやつになるとか」
「ふふふ。白い恋人は美味しいけど、あんなにあると困っちゃうかも」
「ははは、そりゃそうだ。あっ、あそこで空いたところに補充してるよ」
今度は公が指差す。
その先では、クッキーの列に出来た穴の部分に補充している人がいた。
列の途中に、補充用の機械もあった。
「ホントだ。形が崩れていないのは戻すのね」
「うん」
こんな風に、二人は楽しく見て回った。
見学コースを見終わった二人は、3階にあるレストラン『あんとるぽー』で休むことにした。
窓の外には、建造中のグラウンドを見ることが出来た。
「お待たせしました」
ウエイトレスが注文の品を持ってきた。
二人の前に、グラスとカップが置かれる。
「おいしそう〜」
「うん。白い恋人にドリンク版があったなんて知らなかったなぁ」
見た目はココアのような感じだ。
アイスを頼んだ沙希は、グラスにストローを落として早速飲んでみた。
「う〜ん、あま〜い。でも、おいしい〜」
「うん。うまい」
「ね?ふふふ」
沙希は肘をついて顔を手のひらに乗せると、楽しそうに微笑んだ。
「どうしたの?」
「ん?なんでもないよ」
また微笑む。
『公くんと、修学旅行でこんな風に過ごせるなんて・・・・・』
ほとんど諦めていたから、嬉しさも倍増だ。
そんな沙希とは裏腹に、公は詩織のことを考えていた。
『詩織、どうしてるかな。詩織にも飲ませてあげたいな』
ちゃんと寝ているだろうか。
熱は上がってないだろうか。
咳で苦しんでいないだろうか。
突然心配になってきた公は、いても立ってもいられなくなった。
しかし、このまま沙希を置いていくわけにもいかない。
どうしようか迷っているところに、きらめき高校の制服を着た女子2人組が入ってきた。
「あ〜、沙希だ。こんなとこにいた」
「あれ?忍ちゃん、どうしたの?ショッピングは?」
「ひど〜い。沙希のことを忘れてショッピングしてたって言うの?」
「そ、それは・・・・・」
「あはは、うそうそ。そんなに焦んないでよ。ホントは、沙希を探しているときに、
主人くんと話してるのを見てたのよ」
「え?」
沙希が目を丸くすると、忍が耳打ちする。
「どう?うまくいった?」
「な、なにが?」
「まさかA組の主人くんとねぇ〜」
「そ、そんなんじゃないったら」
思わず声が大きくなる。
「内緒にしといてあげるから」
ウィンクしてほくそ笑む。
「もうっ」
沙希の頬は赤くなっていたが、公はそれどころではなかった。
「あっ、これ下の売店で売ってた『白い恋人』のジュースでしょ。美味しい?沙希」
「うん」
「そっか、私も飲もうっと」
そんな会話も耳には入らなかった。
この2人が来たのなら、沙希と離れても大丈夫と判断した公は、スッと立ち上がった。
「ど、どうしたの?」
「ごめん、沙希ちゃん。やっぱり詩織のことが心配だから。先に帰るよ」
「え?」
「本当にごめん」
両手を合わせて頭を下げる。
「・・・・・・・。ううん。病気の人を心配するのは当然よ。早く行ってあげて」
「うん。ありがとう。ここは俺が払うから」
「え?あっ」
沙希が制止するのを待たずに、二人分のお金を置いて駆けだした。
「行っちゃった」
目の前には、飲みかけのホットチョコレートが湯気を上げていた。
『公くん』
寂しいけれど、病人を放っておくような人よりはいいに決まっている。
ますます、公のことが好きになる沙希だった。
詩織が寝ていると起こしてしまうと思い、公はフロントから合い鍵を借りてドアを開けた。
カチャリ
「詩織〜、入るよ〜」
低い声で言いながら、静かに鍵を開けて部屋の中に入る。
中には、公が出てきた時と同じく詩織だけがいて、布団に寝ていた。
布団の横には、ちょっと前に食べたのだろうか、お粥が入っていたであろう
鍋が置かれていた。
「もう、そんな時間か」
沙希と別れてから全速力で来たのだが、もう12時を回っていた。
枕元に座ると、可愛い寝息を立てる詩織の寝顔を、ジッと見つめた。
「可愛いな・・・・・。おっと、見とれてる場合じゃないな」
そっと額に手を当ててみる。
「熱はないみたいだな。食欲もあるようだし」
悪化はしなかったようなので、ホッと一安心する。
それから1時間あまりの間、今度はホントに見惚れていた。
「んん」
「起きたかい、詩織?」
「ん?」
寝ぼけまなこの詩織は、ここがどこなのか理解するのに数秒かかった。
目をキョロキョロさせて、周りを確認する。
「そっか、ホテルか。あれ?公くん。いま何時?」
「いまは、1時30分になるところ」
「1時半?なんでここにいるの?」
驚きの声を上げる。
「なんでって、詩織のことが心配だったから戻ってきたんだよ」
「え?だって・・・・・」
「チョコレートファクトリーは、確かにこの目に焼き付けてきたから。
詩織に教えることが出来るよ。だから、あとはいいから戻ってきたんだ。
それに、詩織と一緒じゃないと楽しくないし」
最後の方は小さく言ったが、詩織の耳にはしっかりと届いていた。
しかし、敢えて聞こえない振りをした。
「何時頃着いたの?」
「え〜と、12時半頃かな?」
「12時半?いま、1時半て言ったよね?」
「う」
公は言葉に詰まった。
「あ〜、ずっと寝顔見てたの?H」
詩織は反対側を向いて身をよじった。
「Hって。そんなものか?」
「女の子の寝顔を見ているなんて、悪趣味よ」
「そうかな。詩織のだから見てたんだよ」
「え?う、う〜ん」
詩織は複雑な気分だったが、嬉しかったので許すことにした。
「まあ、いいわ。じゃあ、チョコレートファクトリーのこと教えて」
「うん。とその前に。詩織、喉乾いてないか?」
「うん。ちょっとね」
「じゃあ。これ、飲んでみなよ」
公は、チョコレートファクトリーを出るときに売店で買ってきた、
白い恋人ドリンクの缶を出した。
「なに?これ。白い恋人のジュース?」
「うん、そう」
公は立ち上がり、グラスを探して持ってきた。
「へ〜、こんなのがあったんだぁ。おもしろ〜い」
詩織は缶を持って、クルクルと回しながら眺める。
「公くん。はい」
何かを頼むような表情で、首を傾げながら缶を差し出す。
「ったく。甘えん坊だな、詩織は」
「ふふ」
プシュッ
プルトップを開け、グラスに注いで詩織に渡した。
「はい」
「ありがと。苦しゅうないぞ」
「こら。調子に乗らない」
手のひらで軽く小突く。
「きゃあ、ごめんなさい」
今はこんな感じの二人は、いつか恋人になることが出来るのだろうか。
そして、もし恋にキャンパスがあったとしたら、白いキャンパスは何色に染まるのだろう。
つづく
あとがき
長らくお待たせしました。
ずっと書かないでいた27話をお送りしました。
更新まで長かった代わりに、今までで最長の話になりました。
まあ、説明的な部分も多々ありましたが。
この話の中には、私が実際に体験した事も含まれています。
屋上の露天風呂がありましたし、小樽運河のカメラマンにも撮してもらいました。
爆発はなかったですけどね(^_^)
せっかくの修学旅行ですから、どうしても沙希を出したかったのですが、
最終的には詩織の元に行くので、傷つけないようにするのに苦労しました。
むしろ好感度アップに持っていけたのは、上出来だったと思います。
次は、ウィンターカップです。
公は、詩織は、優勝することが出来るのでしょうか。
以前募集した出演希望キャラも、2人くらい出します。
今年のウィンターカップは仙台高校が2連覇を果たしました。
その試合も参考に出来るかな。能代工業は初戦敗退でしたが、
能城はそんなことないです(^_^;)
でわ、これからも末永くよろしくお願いします。