「My wish」

沙希編 
第2話「笑顔の在りか」


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 沙希に告白をし、詩織に別れを告げた日の翌朝。公はいつものように目を覚ました。昨夜の涙で目が腫れぼったいが、
 それ以外は何ら変わりがない。三人の関係の変化に係わらず、明日という日はやって来る。
 そして、これからも一日一日が過ぎていく。

 今日は日曜日。午前中はバスケ部の練習があり、午後には沙希と会い自主トレをすることになっている。
 昨夜の詩織との事も伝えなくてはならない。
 ベットから起きあがり下に降りると、母親は、いつものように接してくれた。
「公、今日は練習でしょ。顔を洗ってスッキリしたら、ご飯を食べて元気出しなさい」
「ああ」
 公は朝御飯を済ませると、部活の準備をして家を出た。
「行って来ます」
「行ってらっしゃい」
 泣いた後が見えたので心配したが、どうやら大丈夫らしい。
 元気に出ていく息子の後ろ姿を、優しく見つめる母親だった。
バタン
「詩織・・・・・」
 公はドアを閉めると、立ち止まり詩織の部屋を見上げた。
 昨日の泣き声を思い出すと、胸が締め付けられるように苦しくなる。
 握り拳を作りギュッと握ったその時、藤崎家のドアが開いた。
「!!」
 一歩後ずさる。もし詩織だったら顔を会わせるのが辛いと思い振り返ろうとしたが、出てきたのは詩織の母親だった。
「あら公くん。おはよう」
「お、おはようございます」
 公は深々と頭を下げた。当然、怒っていると思ったから。
 しかし、次の言葉は怒りの声ではなかった。
「丁度良かったわ。詩織は今日の練習休むから、監督さんに伝えて」
「え?」
「あっ、勘違いしないでよ。今日だけだから」
 公の表情が暗くなったので、慌てて付け加える。
「そうですか」
 しかし尚も暗い公に、さとすように話す。
「あのね、公くん。詩織とのことは、私の本音を言うと残念だったわ。でもね、こればっかりはどうなるか分からないことなの。
 それは詩織もよく分かっているわ。あれをああしていれば良かったとか、いろいろな仮定をして、
 自分が選ばれていたかもしれないって思うと辛いけどね。まあ原因は詩織にもあるわけだし、
 ここはあの娘に乗り切ってもらわないといけないわ。私は信じてる立ち直ってくれるって。
 ただ、昨日の今日で何かをする余裕がないの。だから、今日は休ませてあげて」
「・・・・・・はい。今の俺に詩織を励ますことは出来ないけど、これからも幼馴染みの関係は続けていきたいので、
 これからもよろしくお願いします」
 また頭を下げる。
「ふふ。顔を上げてよ。そう言ってくれると、とても嬉しいわ。詩織は、じきに立ち直るから、また笑顔で話せるときが
 きっと来るわ。そのときは、笑って話してあげてね」
「はい」
「ありがとう。じゃあ、行ってらっしゃい」
「行って来ます」
 空元気だが、大きな声で答えると門を出た。
 公は心の中で謝りつつ、優しい言葉に大分救われていた。



 今日も体育館では、ウィンターカップへ向けて熱の入った練習が行われた。
 練習は主にフォーメーションを確認することに重点を置いていた。
「主人くん」
「なに、鞠川さん」
 汗を拭いて少し休憩していた公に、奈津江が話し掛けてきた。
「詩織どうしたの。風邪でもひいた?」
 奈津江は、詩織が公の答えを待っているのを知っていたが、公は奈津江がどこまで知っているのか
分からなかったから、
「いや、ちょっと具合が悪いからって。詩織のお母さんから聞いたんだ」
 自分が振ったから落ち込んでいるいるとは言えず、はぐらかした。
「そう」
 奈津江はこれ以上追求することなく戻ったが、夜にでも詩織に電話してみようと思った。
 最後には、スタメン組と控え組に別れて紅白戦を行う。
「そこだ」
 木本からのパスが、ディフェンスの空いている所に入る。
 いつもなら、公が移動して受け取るパスだ。しかし、そこに公はいなかった。
 受け取り手がないボールが、ラインを割って外に飛び出す。
ドン、ドン、ドン
 ボールが虚しく弾む。今日は、こういったことが数回あった。
「なんだ。どうしたんだ、公」
「すまん、木本」
 謝ってはいるが、心ここにあらずといった風だ。
 怪我から復帰して、練習に合流して間もないから、勘が戻っていないのだと木本以外の部員は思っていたが、
 木本の目には違うように映っていた。
 そんなミスが続いたため、スタメン組は3点差でやっと勝つことが出来た。
「よしっ、今日の練習は終了だ」
「お疲れさまでした」
 コーチの声に答えると、1年生は後片づけに、2、3年生は着替えに更衣室へと散っていく。
 公もその流れに乗って着替えに行こうと思ったら、木本が呼び止めた。
「公、ちょっといいか」
「ん?」
 木本は体育館の裏の方を指差して歩き出した。その後を公が付いていく。
 木本が扉を開けると、まだ少し暖かい空気が二人を包み込んだ。
「まだ少し暑いな」
「そうだな」
 だが身体は練習でもっと熱くなっているので、いくらか涼むことが出来る。
 木本が階段に腰を下ろしたので、公も隣に座った。
「今日のお前、ちょっとおかしいぞ。何かあったのか」
「ん?んん〜」
 口ごもる公。
 木本には、詩織と沙希、どちらか選んだら教えることになっていたが、木本が沙希に
 気があるというのを聞いていたから、何とも言いにくい。
「今日は珍しく藤崎が休みだし。お前は落ち込んでる風だし、何もないハズがない」
「・・・・・」
「何で黙ってるんだ。俺とお前の仲だろ。もし、あのことだったら、覚悟は出来てる」
 公の事を、本当に心配している。そんな目で見つめられると、黙っているわけにはいかない。
「昨日、二人に話したんだ」
「ああ」
 公はまた黙ってしまい沈黙が続いた。3分後、やっと口を開く。
「お、俺は、沙希ちゃんを・・・・・・・・・・・・選んだんだ」
「そうか」
 それを聞いた木本は、案外冷静だった。
 ただ頷いて、結果をかみしめた。
「虹野か」
「ああ」
「そうか〜。俺的には残念だったけど。虹野にとっては、最高の答えだ。それでいい」
 木本は公から視線を外し、上を向いて言う。
「すまん、木本。お前の気持ちを分かっていながら」
「何を言ってるんだ。合宿の時にも言っただろ。虹野はお前が好き、お前も虹野のことが好きになっていた。
 藤崎を振るくらいだから、よっぽど好きなんだろ」
「ああ。そうみたいだ」
 そう言った公の真剣な表情を見れば、沙希を本当に好きなこと、そして相当な覚悟で
 詩織を振ったんだということが見て取れる。
「で、藤崎はショックを受けて休んだと。大丈夫なのか藤崎は?いろいろ大事な時期だからな」
「詩織のお母さんが言うには、今はショックを受けてるけど、じきに立ち直ってくれるだろうって。
 きっと乗り切ってくれるって言ってた。俺も信じてる。振った本人が言っても説得力がないけど」
「仕方ない。恋愛なんて、そんなもんだ」
 公はハッとなる。それなら、木本はどうなんだろう。
「なんだ、俺の顔に何か付いてるか」
 公がジッと見るので、気色悪そうに言う。
「お前は大丈夫か。失恋したんだぞ」
「ははは。失恋って言っても、告白した訳じゃないからな。藤崎に比べたら軽いもんだ」
「だが」
「心配しなくても大丈夫だ。いまはウィンターカップ制覇に向かってバスケ一筋だからな。絶対優勝するぞ。
 それにはお前の力が必要なんだ。いつまでも落ち込んでるんじゃないぞ」
 肩に手を置いて、バチンと叩く。
「そうだな。ありがとう」
「よしっ!着替えて帰るか」
「ああ」
 二人は立ち上がり、部室へと向かった。
 木本は気丈に振る舞っていたが、当然落ち込んでいた。だが公のことを思えば、顔に出すわけにはいかない。
 気持ちを切り替えて、さっきの言葉通りバスケに打ち込むことにする。そうすれば、バスケをやっているときは
 沙希のことを考えないで済む。そして、それ以外も極力考えないようにするしかない。そうすることで、
 いつのまにか恋愛感情が薄れていくことを期待する木本だった。



 公は一旦帰宅すると、昼ご飯を食べて再び家を出た。午後は沙希と公園で会う約束をしている。
 公園に入ると、既に着いてベンチに座っていた沙希が、公を見つけて立ち上がり手を振った。
「公くん」
「沙希ちゃん」
 二人の距離が近付き公が目の前に来ると、沙希は何だか恥ずかしくなって赤くなった。
 友達という関係を超えて、昨日の夜から二人は恋人同士なのだ。
「こ、こんにちは」
 鈍感な公にも、明らかに緊張しているのが分かった。
 そんな沙希を見たら、自分も恥ずかしくなってしまった。
「え、え〜と。こ、これからもよろしく」
「う、うん。よ、よろしくね」
 お互いに赤くなって、しどろもどろになる。
「じゃあ、久しぶりにサポートお願い」
「うん」
 元気良く頷く。
 まずは自主トレから始めることにして、昨夜の話は後回しにした。木の陰から道具を出してきて準備を整えると、
 軽くストレッチをしてシュート練習から始める。
「これでカウントして」
 5つのコースから100本ずつシュートをして、確率が低いところを割り出すために、入った数を正の字を書いてカウントしていく。
「なるほど。分かったわ、任せて」
 ドンと胸を叩く。
「よしっ、3ポイントの右0度からいくか」
 ゴールの真横、コートがあれば向かって右角に移動する。
「ふっ」
 膝を軽く屈伸させ、全身をしなやかに伸ばしバネを効かせると、ボールは弧を描いてリングに吸い込まれた。
ザシュ
「ナイシューーー」
 正の字の横棒を引きながら、笑顔で声を掛ける。その声に答えるように、確率良く入れていく。
 ボールが無くなると、沙希と一緒に集めた。
「100。ラストだよ」
「ふっ」
ザシュ
 ラストも、見事にネットだけを揺らす。
「右0度終了〜」
「はあ、はあ、はあ」
「じゃあ、3分休憩ね」
「うん」
 公は立ったまま呼吸を整えると、沙希が持ってきてくれたドリンクを飲んだ。
 疲労に効くレモンが入っている、沙希特製のドリンクだ。
「ハイ、タオル」
「サンキュウ」
 軽く汗を拭く。そんな公を見ていたら、自然に笑みがこぼれた。
「ふふ」
「どうした?」
 不思議そうに沙希を見る。
「ん?何でもないよ」
 はぐらかして、また微笑む。
     『戻ってきたんだ。また、こうやって一緒にいられるんだ
 という実感が湧いてきていた。

 2時間後、今日のメニューが終わった。
「お疲れさま」
「はあ、はあ、はあ」
 流石の公もバテてしまった。
「座りましょう」
 沙希はベンチを指差した。
「はあ、はあ・・・・・そうだね」
 並んで腰を下ろした二人は、以前よりも少しだけ近い距離で座った。
 あと少しで身体が触れる距離。
「調子いいみたいだね。最初にやったシュート練習は、かなりの確率で決まってたよ」
「そうかな?昨日で心のもやもやが晴れたからかな。問題は残ったけどね」
「そっか・・・・・・」
 もちろん詩織のことだ。沙希の中でも、昨夜からずっと気になっていた。
 今日の、もう一つの目的。
「昨日、沙希ちゃんと別れた後、詩織と話したんだけど」
「うん」
 公は昨夜のこと、そして詩織の母親の言葉を、ゆっくりと一部始終話すと、沙希は時折頷きつつ真剣に聴き入った。
「という訳なんだ」
「そう」
 今の話を聴いて、沙希は改めて詩織の強さを知った。公に別れ話をされて、その場では涙を見せなかった。
 自分だったら我慢できなかっただろう。こうなったのも自分が原因だから、落ち込みはするが同情をしてはいけない。
 詩織に失礼というものだ。当分ギクシャクした状態が続くだろうが、笑って話せる時が来ることを祈るしかない。
「公くん。辛かったでしょ」
「・・・・・うん」
 今も、詩織の泣き声が耳に残っている。女々しいかもしれないが、想い出すと泣きそうになる。
「そんな顔しないで、公くん」
 沙希が心配そうに見つめる。
「ごめん。詩織の事を忘れるには、もう少し時間が掛かりそうだ」
ガバッ
 苦痛で顔が歪む公を、思わず抱きしめる。
「さ、沙希ちゃん?」
「いいのよ。私も同じ気持ちだから。辛いことも、二人で乗り越えましょう」
「うん」
 沙希の優しさが、暖かい体温とともに伝わってくる。
 自分達は、詩織のためにも幸せにならないといけない。
「今日は帰ろう」
「うん」
 この気持ちを引きずったまま、これから何かする気にはなれなかった。
「送っていくよ」
「え?いいよ。まだ明るいから」
「いいって」
「そう?じゃあ、お願いします。ふふ」
 その申し出に沙希は笑みを零したが、それには送ってくれて嬉しいという意味と、もう一つ違う意味が含まれていた。
 それは、虹野家に公が顔を出したときに判明した。



「ここも久しぶりだな」
「そうね」
 公は虹野家の前に来て、以前は毎日のように送ってきていたことを想い出した。
「沙希ちゃん」
 そう言って、公は思案顔になった。
『沙希ちゃん・・・・・か。付き合うことになったんだから、呼び捨ての方が良いかな』
「どうしたの?」
「ん?いや。じゃあ、俺はここで」
 公が帰ろうとすると、沙希は玄関の方を気にしているのかチラチラ見ていた。
 それが少し気になったが、そのまま帰ろうとしたときドアが開いた。
カチャ
「まあまあまあ、公くんじゃないの」
 サンダルを履いた沙希の母親が、パタパタと出てきた。
「え?あっ、こんにちは」
「こんにちは。偶然ねぇ〜。ちょっ〜とポストを確認しに来たんだけどね」
 と言いつつ、実は公が沙希のことを送ってくると見越して待ちかまえていた。
 昨日、沙希から公と付き合うことになったと聞いたとき、もの凄く喜んでいた母は、
 公に会うのを今か今かと心待ちにしていた。
「お母さん・・・・・はあ」
 恥ずかしくて、赤くなり小さく溜息を吐く。こうなる気がしていたので共犯であるが、
 ここまでわざとらしいと呆れてしまう。
「まだ明るいんだから、上がっていって。ね、ね」
「え?え〜と」
 沙希の顔を見ると「良かったら寄っていって」という感じで苦笑していた。
「は、はい。じゃあ、ちょっとだけ」
「良かったわ。ケーキも用意してたのよ」
「ケーキ?」
 これでは明らかに偶然ではなく必然だ。公の手を取り中に引き込んだ。
 その後から沙希が付いてきてドアを閉める。
「さ、上がって上がって」
「は、はい」
 居間に通されて、ソファに二人並んで座らせられる。
 その向かい側に母が座ると、神妙な表情に変わった。
「公くん。沙希を選んでくれて、本当にありがとう」
 軽く頭を下げる。
「そ、そんな。ありがとうだなんて」
「いえ、決まるまでの間の沙希の事を見ていた親としては、これほど嬉しいことはないのよ」
「お母さん・・・・・」
 沙希は、心配してくれていた母親の優しさに感動していた。
 手を合わせて泣きそうになる。しかし、その感動もすぐに終わった。
「もう〜。上の空のときが多かったし、危ないったらないのよ。料理中が一番恐く手ねぇ、包丁持ってるでしょ〜」
 感極まってきた感情が、アッという間に落とされてしまう。
「ははははは」
 その展開の速さに、公は思わず笑ってしまった。
「もうっ、何よそれ〜。ふふふふふ」
 沙希もつられて、怒るのを忘れて微笑む。
「それよそれ、その笑顔が見たかったの」
「え?」
 公と沙希は顔を見合わせて、不思議そうな顔をする。
「沙希。あなた昨日、公くんに告白されたことを教えてくれたとき、全然笑ってなかったでしょ」
「そうかな」
 ほっぺたに手を当てて、自分の表情を確かめてみる。
「そうよ。なにか深刻な顔をして、すぐに二階に上がっちゃって。それは藤崎さんの事が引っかかってたんでしょ?」
「・・・・・うん。そう」
「若い二人には辛い出来事よね。公くんはお隣同士の幼馴染みだって言うし」
「はい」
 公は、申し訳なさそうな顔をしている。
「公くんは、今日藤崎さんに会ったの?」
「え?いえ、会ってないです。詩織のお母さんには朝に会ったけど」
「そうなの。そのとき怒られた?逆に励まされたでしょう」
 見てもいないのに言い当てられて驚く。
「は、はい。どうにもならないことだって。詩織はきっと立ち直るから、その時は笑って話してくれって言われました」
「そう。優しい方ね」
「そうですね」
「そんな親御さんの元で育った娘なら大丈夫よ。きっと元気になるし、仲直りできるわ」
「はい」
 詩織の母も優しいが、沙希の母だって同じように優しい。それに自分の母も。
 心に染みる親達の言葉に、感謝の念が絶えない公と沙希。
「ところで公くん、沙希とキスはしたの?」
「え?」
 今度は変な方向へと話が一転したので、公は絶句した。
「お母さん!!」
 沙希も驚いて立ち上がり、これ以上暴走しないように止めに入る。
ドタドタドタ
 急いで母親の後ろに回り込む。
「その様子だと、まだなのね。この娘は奥手だから、リードしてあげてね」
「もうっ!!恥ずかしいから〜」
 後ろから口を抑えようとする。
「コラッ、沙希。何をするの。別に禁止してる訳じゃないんだから。貴方のためを思って」
「いいから〜」
 腕でガードしながら抵抗する母に、尚も組み掛かる。
「ははは」
 そんな二人を見て、公はとても楽しかった。
「公くん、公くん」
 更に暴走する母親。
「はい」
「式はいつにする?」
「え?」
「披露宴は、あまり大きくしない方が良いわよ。色々大変だから」
「・・・・・」
 どんどん話が進んでいて、何も言えなくなる。
「お母さん。何を」
 沙希の手が止まり、顔がポーーーーっと熱くなってくる。
 公と結婚。考えただけでドキドキしてくる。
「あっ、子供は2人以上が良いわね。一人っ子だと寂しいから。沙希は一人だから、寂しがりやに育っちゃって」
「私のことはいいの!!それに子供って。結婚する訳じゃないんだから」
 ハッと我に返った沙希が、公に気を遣って否定する。
「あら私は大歓迎よ。お父さんは、どうか分からないけど」
「3人くらいが・・・・・・」
 公がポツリと呟く。
「え?」
 沙希はポカンと、母親は嬉しそうにする。
カタン
 とその時、後ろで物音がした。
 三人がそちらの方を見ると、そこには沙希の父親が立っていた。
「こ、こほん」
 見つかったので、わざとらしく咳払いなんかしている。
「お帰りなさい、あなた。用事は終わったの?」
「あ、ああ」
「そう。丁度良かったわ。いまの話聞いてたんでしょう?」
「ん?あ、ああ」
 立ち聞きしていたのもばれていて、バツが悪そうな顔をする。
「じゃあ、どう?交際するのは賛成でしょ?」
 公と沙希が答えに注目する。
「ああ」
 母親から公のことは良く聞かされていたし、バスケの活躍を見ても非の打ち所がない。
 反対する所か、気に入っていたくらいだ。
 それを聞いて、ホッと一安心の二人。
「じゃあ、結婚は?」
「けっ!?う、う〜む」
 交際と結婚はまったく違うから、流石に腕を組んで考え込む。
「い、行こう。公くん」
「え?どこに」
 沙希は父親の答えが恐くて、公の腕を掴んで立ち上がらせると廊下へと引っ張って行く。
 二階の自分の部屋へ行こうというのだ。
「あっ、沙希」
 母親が呼び止めるが、構わすに父親の横を通り過ぎていく。
 すれ違いざま、公は頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします」
「ああ」
 そして、引っ張られるまま階段を上っていった。


バタン
 大きな音を立てて閉める。
「あ〜、もう。恥ずかしいんだから。ごめんね、気にしなくても良いから」
 沙希はドアを背にしてぼやいた。
「ははは。でも、付き合うことを反対されなくて良かったよ」
「ふふ、そうね。お母さんは公くんのことを、とっても気に入ってるから」
「そうなんだ。それは光栄だな」
 久しぶりに入った沙希の部屋は、全然変わっていなかった。
「座ってもいいかな」
「え?ああ、ごめんなさい。どうぞ」
 クッションに座った二人は、テーブルを挟んで向き合った。
「沙希ちゃん」
「なあに?」
「俺達、付き合うことになっただろ」
「え、ええ」
「これからは、沙希ちゃんじゃなくて、沙希って呼んでもいいかな」
「え?」
 確かに恋人同士でちゃん付けはおかしいかも知れない。
「う、うん。いいよ」
 突然のことに驚いたが、頬を染めて小さく頷く。
「じゃ、じゃあ、公くんのことは、公って呼んでもいい?」
「もちろんだよ」
 ニッコリと笑顔で答える。
 沙希はとても嬉しくて、早速呼んでみた。
「こ、公」
「なに?沙希」
「呼んでみただけ ふふふ」
 沙希は何だか恥ずかしくて、俯いて身体をモジモジとくねらせると、もう一度言ってみる。
「公」
「沙希」
 単に呼び方を変えただけなのに、恋人が相手だとこうも嬉しいものか。
「ね、ねえ、そっちに行っても良いかな」
「うん」
 沙希は嬉しそうに立ち上がって、クッションを持って隣に移動した。
ストン
「ふふふ
 寄り添って腕を組み、肩に頭を預ける。
 ここは自分だけの場所。これからもずっと、ここで笑っていたい。
「好きよ、公」
「俺も好きだよ、沙希」
 沙希は無宗教であるが、公への2年間の想いが通じたことに思わず神に感謝した。
 そして、この幸せが永久に続くことを願った。

       つづく



   あとがき

 皆さん、お待たせしました。
 沙希編第2話をお送りしました。

 すぐにクリスマスの話にする予定でしたが、
 今回のような話を飛ばすことは出来ませんでした。
 公と沙希の苦悩は、お母さん三人衆が癒してくれることでしょう。
 詩織の出番は後で回ってきますが、その時には奈津江を活躍させたいと思います。

 さて次回は、時間を元に戻してクリスマスの話になります。
 レイの出演もありますので、レイちゃんファンはお楽しみに。

 では(^^)/~~~

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