「My wish・・・」

                  第30話 「レイの決意、詩織の決意」

                           サイドA「レイの決意」

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 12月1週目の日曜日。
 家が一件入るであろう広さの部屋の一角に、数え切れないほどのドレスが並べられ、
 その前にレイが座り込み、なにやら考え事をしていた。
 そんなレイの耳に、バタバタと騒がしい足音と怒鳴り声が聞こえてきた。
「三原ーーーーーーーー、そこになおれーーーーー」
「申し訳ありませーーーーーん」
 レイはドアを開けて、外に待機している外井に何事か聞く。
「外井、騒々しいですよ。何かあったのですか?」
「レイ様、申し訳ありません。三原がメイ様から招待状を出すよう仰せつかって
 いたのですが、お一人出すのを忘れていたらしくて、ひどく叱られているのです」
「メイが?そうですか、メイもひびきの高校の方達をご招待するんですものね」
 レイの1つ下の伊集院メイは、きらめき市の隣にあるひびきの市の高校に通っている。
「それにしても、いつもよりも激しいわね」
 遠くからメイの怒鳴り声が響いてくる。
「あの娘にも気になる男性がいるのかしら」
「まさか」
 外井が大袈裟に驚く。
「はっ!失礼いたしました」
「ふふ、いいわよ別に。じゃあ私は戻るから、絶対に誰も部屋に入れないでね」
「はい。かしこまりました」
 レイはドアを閉め部屋に戻る。
 何故こうも厳しく言い渡すかには訳がある。レイはクリスマスパーティーで、
 ある計画を実行しようとしているのだ。
 それは、パーティーで挨拶をした後に、男装をしないで潜り込もうという大胆
 な計画だ。もしバレたりしたら大騒ぎになる。外井だけは信頼している部下で
 あるから、ああして見張りをしてもらっているのだ。
 今は、その時に何を着てあの人の前に立つかを考えている。
「あの人は何色が好みなのかしら」
 試行錯誤を繰り返し、すでに3時間が過ぎようとしていた。

 パーティーの当日。今日はいつもよりも冷え込みが激しく、天気予報では雪の
 マークが付いていた。
「とうとうこの日が来たわ」
 レイは、やっと選んだ紫色のドレスの前で気持ちを整理していた。
 きちんと公に、自分のこの気持ちを伝えることが出来るように。
 しかし、自分の気持ちを伝えても、公の気持ちはどうなのだろうか。
「虹野さんはともかく、藤崎さんが問題だわ」
 いつも自主トレに付き合っている虹野の存在は知っているし、二人は付き合っ
 ていないというのも知っている。虹野の気持ちも検討がついている。
 ただ、公の気持ちが分からない。はたして、お隣同士で幼なじみである藤崎詩織の
 ことをどう思っているのだろか。そして沙希のことは。
「もし彼が、彼女のことを好きだったとして、その時私はどうするのかしら」
 期待と不安を胸に抱きつつ、刻々とパーティーの開始時刻が近づいてきていた。

 伊集院家まで一人で歩いてきた公は、門番をしていた外井に呼び止められた。
「いらっしゃいませ。レイ様のお友達ですか?」
「友達かどうか分かんないけど、招待状は来てたよ」
 外井に招待状を手渡す。
 外井は当然公の顔を知っているのだが、他の客と同じ扱いをして中に通す。
 公が門を通り抜け、庭を歩いていく後ろ姿を確認すると、すぐに報告の無線を入れる。
「レイ様、只今主人様がお入りになりました」
「分かったわ。ありがとう。そのまま門番を続けて」
「はい。かしこまりました」
 そう言って無線を切ると、再び任務に戻る。
「ドキドキしてる」
 胸に手を当てると、心臓の鼓動を感じることが出来た。
 まずは白のタキシードを着て、男の伊集院レイとして参加者の前で挨拶をしなければ
 ならない。その後に会場を抜け出し、女の姿で公と会うのだ。

 パーティーの開演時間となった。
 レイは2階へと続く階段の上に立ち、スポットライトを浴びると、会場に集まった
 人達に挨拶をする。
「みなさん。今日はようこそ我が伊集院家のクリスマスパーティーにおいでくださいました。
 今宵は日頃の現実など忘れて、思う存分楽しんでいって下さい。
 それでは、ミュージックスタート」
パチン!
 レイが指を鳴らすと、待機していたオーケストラの演奏が始まった。
 いつもなら、もう少し長いスピーチもあるのだが、今日はこの後の事を考える
 と、とてもそれどころではなかった。
 レイは早速、着替えるために自分の部屋へと戻った。
 そこで、やっと選んだ紫色のドレスに身を包む。
「さあ、いよいよだわ」
軽くリップを塗って、気を引き締める。

 30分もすると、外井が作戦を実行に移した。
 レイが着替えている間に、手はずどおり、手紙が入った料理を公に持っていく。
 この時公は、友達の所に行って来ると言う詩織と別れて、黙々とご馳走を食べていた。
「これをどうぞ」
「ん?ありがとう」
 ちょうど盛ってあった皿を食べ終わった公は、何も不審がらずにその皿を受け取る。
「悔しいけれど、やっぱりおいしいよなぁ」
 別に家の料理に不満を持っているわけではないが、一流のシェフと自分の母親を
 比べるのは酷というものだ。うまいものはうまいのだから仕方がない、ここぞとばかりに
 お腹に詰め込む。
「これもうまいなぁ。んっ?」
 スズキのパイ包み焼きに箸を付け口に運んでいたら、口の中で食べ物ではない
 異物の感触がした。
「なんだこれ?」
 口から吐き出すと、小さく折りたたまれた紙が出てきた。
「伊集院め、こんなもの入れやがって」
 ブツブツ言いながら捨てようと思ったが、中が気になって、ベタベタの紙を
 開いてみる。
ガサガサガサ
「おっ、なにか書いてあるぞ」
 中を開くと、きれいな文字でメッセージが書かれていた。

    「主人公様
       30分後、中庭にいらしてください。
          大事なお話がありますので、よろしくお願いします。」

「俺宛?」
 周りをキョロキョロと見渡す。
 なぜ自分の名前が書かれたメッセージが、料理の中に入っているのだろうか。
 さっき皿を置いていった男を思い出す。
「あれは確か、門のとこにいた奴だよな」
 とすると、これは伊集院の嫌がらせか何かという考えが浮かぶ。
「でも、伊集院ならこんな遠回りな事なんてしないよな。直接言いに来るだろ、あいつなら」
 それではいったい誰が。
 なんだか興味を持った公は、中庭に行く気になっていた。紙をポケットに入れ
 て、中庭の場所を確かめようとしたとき、後ろから声を掛けられた。
「公くん」
「んっ?この声は沙希ちゃん。メリークリスマス」
「メリークリスマス」
 振り返ると、水色のドレスを着た沙希が立っていた。
「沙希ちゃん、そのドレスは・・・・・」
 その変わり様に驚いて言葉をなくす。
「あ、あのね。去年のパーティーで、公くんがドレスを期待してたみたいだった
 から。似合わないかもしれないけれど・・・・・」
 だんだん声が小さくなり、恥ずかしさからか身体をモジモジさせる。
「いや、そんなことないよ。可愛いって沙希ちゃん。似合ってるよ」
「ホントに?だって、さっき」
「ホントホント。あまりの可愛さに言葉が途切れただけだから」
「そうなの?良かった、勇気を出して着てきて」
 パッと表情が笑顔に変わる。
「それにしても沢山食べたのね〜」
 公の前にある皿の数を見て驚く。
「えっ?ははは、悔しいけどうまくってさ」
「そうよね。私もこのくらいまで作れるようになりたいわ」
「あっ、別に沙希ちゃんのお弁当と比べてるわけじゃないよ」
 勘違いをした公は、慌てて否定する。
「ふふふふ。わかってるわよ」
 沙希はただ、公に出来るだけおいしいものを食べさせてあげたいと思っていた。
 自分の手作り料理を毎日食べてもらいたい。その思いは日ごとに大きくなっていた。
『手料理を毎日ということは、友達から恋人、そして結婚へ』
「ふふふふふ」
「沙希ちゃん?」
「あっ!!いけない」
 トリップしそうになった沙希は、気を取り直して話題を変える。
「い、いよいよ明日から始まるね、ウィンターカップ」
「うん。沙希ちゃんのお陰で調子も良いし、頑張るよ。みんなのために、自分のために。
 そして沙希ちゃんのためにもね」
「うん。応援に行くから、頑張って」
 二人が楽しく話しているとき、ちょっと離れたところで、聞き覚えのある叫び声がした。
「うわーーーーーーー」
 声がした方を見ると、好雄が見たことがない茶髪の女の子に蹴りを入れられていた。
 それをなんとか避けた好雄は、二人の方に駆けてきた。
「ふう〜、まいったまいった。びっくりしたぜ〜」
 服装を直しながら呟く。
「なにやってるんだお前」
「公か。あっ、虹野さん。メリークリスマス」
 隣にいた沙希に挨拶する。
「メリークリスマス、早乙女くん。いったいどうしたの?」
「いや〜、可愛い娘に声を掛けてたら、ひびきの高校の生徒だったんだけど、
 電話番号を聞こうとしたらさ、いきなりあの娘が襲いかかってきたんだよ」
 向こうにいる小柄な女の子を指差す。
 こっちを、というか好雄を睨んでいる。
「なんか、他の子が生徒会長とか言ってたな」
「生徒会長?女の子がやってるんだ。へ〜」
 沙希が感心する。
「そういえば、『会長キック』とか言ってた気がする」
「会長キック?はははは、おもしろい娘だな」
「そうか?どこかの生意気な奴と似てるよ。すぐに実力行使に出るところなんかは、
 まったく同じだ」
「好雄。後ろ後ろ」
「ん?なんだ?」
 いつの間にか、後ろにポニーテールの女の子が立っていた。
「そ・れ・は、誰のことなのかな〜」
「ゲッ、優美」
 それは、眉をピクピクさせている優美だった。
「やあ、優美ちゃん。メリークリスマス」
「先輩。メリークリスマスですっ」
 公にはいつもの可愛い声で答えるが、兄には容赦なく襲いかかろうとする。
「そんなこと言うお兄ちゃんには、必殺!!優美ボンバーーー」
ブウン
「って、あれ?」
 腕をブンと回して回転式の優美ボンバーを放ったが、好雄の身体が誰かに
 引っ張られたために避けられた。
「なんだなんだ?」
 好雄が黒服の男に羽交い締めにされている。
「お前だな。しつこく女性の電話番号を聞きだそうとしていた男は」
「へ?」
「あちらの女性が訴えてきたのだ」
 黒服の男が指差した方を見ると、さっきの生徒会長と言われていた女の子が、
 「ざまあみろ」という表情で笑っていた。
「いや、そ、それは」
「女性に危害を加える輩は、即刻出ていってもらうようにとのレイ様のご命令なのだ」
 そう言って、好雄を出口の方へと担いでいく。
「うわ〜、待て待て。プレゼント交換はまだだし、全然料理も食べてないのに〜
 公〜、助けてくれ〜」
 ジタバタと抵抗するが、黒服はビクともしない。
「好雄、達者でな〜。新学期で会おう」
「薄情者ーーー」
 助けを求められたが、自業自得だということで見捨ててしまう。
「まったくお兄ちゃんたら、恥ずかしいんだから」
 優美がブツブツと文句を言っている。
 これは、帰ったら餌食にされるなと公は思った。
『成仏しろよ、好雄。チーーーン』
 心の中で手を合わせる。
「ははは、まあ好雄らしいということで」
「ぶ〜、妹の優美はいい迷惑ですよ。ところで、この人は〜」
 沙希の方をジロジロ見ている。
「あっ、こちらは2年の虹野沙希さん。サッカー部のマネージャーをやっているんだ」
「あ、あの虹野沙希です。早乙女くんの妹さんなのね。よろしく、優美ちゃん」
「はあ、早乙女優美です。じゃあ、みのりの先輩なんだ」
「みのりちゃんを知ってるの?」
「はい。同じクラスですから」
「そうなんだ」
 優美はそんなことを話しながらも、私の公先輩と仲良くお話ししていたみたい
 だけれど、この人はいったい公先輩の何なのか。そんなことを考えていた。
「あっ、ちょっとゴメン。俺トイレに行って来るから」
 さっきの手紙のことを思い出し時計を見ると、すでに30分が過ぎていた。
「うん」
「はい」
 公は、沙希と優美を残して慌てて席を立つ。
 そして、二人から見えなくなったところで、中庭を目指して歩き出す。
「あれ?公くんだわ。どこに行くんだろう」
 その姿を、詩織が見かけたことも知らずに。


「ここでいいんだよな」
 中庭だと思われる所に出て、手紙の差出人を探す。
「え〜と」
 キョロキョロと辺りを見渡すと、ベンチに人影が見えた。誰かが座っているようだ。
「あれかな?」
 近づいていくと、向こうも気が付いたらしく、立ち上がって小さく手を振る。
 建物の中の灯りが照らしているとはいえ、薄暗い中を待っていたその女性は、
 あの金髪の美少女だった。
「あの手紙は君だったのか」
「はい。来て下さってありがとうございます」
 深々と礼をする。
 鮮やかな紫のドレスを着たその美少女は、とても美しく、薄暗い中でも輝いて見えた。
「料理の中に手紙が入っていたから、ビックリしたよ。でも、ああいう風に出来
 るって事は、君は伊集院家の人なのかい?」
「いえ、私は伊集院家の者ではありません」
 当然この質問がくると予想していたレイは、正体をバラそうか悩んだ。
 しかし、それは出来なかった。
「伊集院家と仲良くしてもらっている家の娘です」
「ふ〜ん、そうなんだ」

「で、俺に話というのは?」
「そんなに急がなくてもいいじゃないですか。ここにどうぞ」
 ベンチに手を差し出して、座るように促す。
「ああ、そうだね。じゃあ、お邪魔するよ」
「ええ」
 ベンチに座ると、レイもその隣に座る。
「まずは、全国大会出場おめでとうございます」
「えっ?ありがとう。見ててくれたの」
「もちろんですよ。私はあなたのファンですから」
「そうなの?ありがとう。君みたいな美人にそう言ってもらえるなんて、嬉しいな」
 頭を掻きながら照れる。
「美人だなんて。ふふふ、ありがとうございます」
 レイは感激していた。女として見てもらえていることに、そして公とこんな風に
 話すことが出来ることに。
「毎日の自主トレの成果ですわね」
「そういえば、あの時のお礼をしていなかったね」
 6月の、あの雨の日のことを思い出す。
 公は姿勢を正して、金髪の女の子の方を向いて軽く頭を下げる。
「ありがとう、沙希ちゃんもたいしたことなかったし、君のお陰だよ」
「気になさらないで下さい。当然のことをしたまでですから」
「ありがとう。ん?君はなんで自主トレのことを知っていたんだ?」
「そ、それは・・・・・」
 公が疑問の目を向ける。
「ごめんなさい。レイさんに聞いたの。私があなたのファンだっていうことを
 話したら、私にだけ教えてくれたの」
 男の伊集院レイが、今までよりも嫌われるのを覚悟で答える。
「伊集院の奴〜。まあ、君がいたからあの時は助かったんだし、いいか。
 これでおあいこだ」
「ふふふ、そうですね。ありがとうございます」
 ホッと胸を撫で下ろす。
「それと、レイさんはあなたのことを嫌っているわけではありませんよ」
「えっ?伊集院がそう言ったの?」
「ええ。あいつは大した男だって言っていました」
「ふ〜ん。伊集院がねぇ」

 20分くらい話しただろうか、レイがやっと本題に入る。
「私、あなたに聞きたいことがあるんです・・・・。ちょっと待って下さい」
スーーー、ハーーー、と1つ深呼吸をして覚悟を決める。
『なんだ?雰囲気が変わったぞ』
 いったい何を聞かれるのかと不安になる。
「主人さんは・・・。いえ、公さんは、私のことをどう思いますか?」
 真剣な表情で公の目を見る。
「どうって、美人だなあと」
「そういうことではなくて」
ゴクンと唾を飲み込み、言葉を変えて言い直す。
「私のこと、好きですか?嫌いですか?」
「好きか嫌いかって・・・・・・」
 いきなりの質問というか告白に、何と言っていいのか言葉に詰まる。
「どうなんですか?」
 身体を公の方に傾けて、顔を近づけてくる。
バキッ!
 その時、ちょっと離れたところで、木の枝が折れる音がしたが、二人は気付か
 なかった。
「え〜と、いまちょっと話しただけだからよく分からないけれど、君は美人だ
 し、性格も良さそうだし、別に嫌いじゃないよ。どちらかと言えば好きかな」
「ホントですか?」
 レイの表情が一変する。その笑顔を見た公は、あまりの美しさに一瞬クラッときた。
「あ、ああ。嘘を言ってもしょうがないし」
「じゃ、じゃあ、私と付き合っていただけますか?」
 公の言葉に興奮したレイは、一気にまくし立てる。
「ちょ、ちょっと待って。落ち着いてくれ」
 顔を紅潮させて、さらに近づいてきたレイの肩を両手で支えてて、感情の高ぶりを
 抑える。同時に、自分も気持ちを落ち着かせる。
「た、確かに。好きか嫌いかといったら好きだけれど、その好きは付き合うとか
 の次元の好きとは違うんだ。なんて言ったらいいか、そう、友達としての好きなんだ」
「ともだち・・・・・、ですか」
「ごめん」
 数秒間の沈黙、その沈黙が公には何分にも感じられた。
「それじゃあ」
 瞳に浮かぶ涙が流れるのをこらえながら、レイが口を開く。
「公さんは今、好きな女性がいますか?付き合いたい、愛したいという女性が」
「うん。いる」
 今自分に告白してくれた女の子のために、素直に答える。
「それは誰なんですか?」
「・・・・・・」
 何も答えない公に、遂に確信をつく。
「やはり答えて下さらないのね。じゃあ、お怒りになるのを覚悟で言います。
 それは、藤崎詩織さんではありませんか?」
「えっ?」
 当然答えてくれるとは思っていなかったレイは、どうなるか分からないが、
 思い切って詩織の名前を出した。


「どうして詩織の名前を知っているんだ君が」
 公も驚いて、逆に聞き返す。
「そんなことはいいじゃないですか。どうか教えて下さい」
「そ、それは」
 涙を浮かべて真剣な表情で見つめられると、ふざけた気持ちで誤魔化すのは
 許されないことだと感じた。
「どうなんですか?」
「うん。俺が好きなのは藤崎詩織なんだ」
 公も真剣に、真顔でハッキリと答える。
「そうですか。じゃあ、虹野沙希さんのことはどう思っていますか?」
 沙希の気持ちは検討がつくが、公の沙希への気持ちも確かめてみる。
 加えて、今後自分が入り込む余地があるのか確かめるために。
「沙希ちゃん?」
 思いも寄らなかった名前が出てきて戸惑う。
 ここで初めて、真剣に沙希のことを考えてみた。いつも自分のことを一生懸命
 応援してくれる女の子。
 可愛くて、料理がうまくて、性格も良い。今まではこの女の子と同じで、友達として
 好きだと思っていた。
「沙希ちゃん・・・・・」
 いままでの沙希との出来事が思い出される。
 自主トレに来てくれるようになって1年が過ぎた。一人だった自主トレも沙希と
 一緒だったから続いていたのかもしれない。
「分からない。もしかしたら、友達以上の感情があるのかもしれない」
 自分の口からこんな答えが出たことに、公自信も驚く。

「ただ、それは確かな思いじゃない。これからどうなるか分からないけれど、
 今、好きだとハッキリ言えるのは、藤崎詩織だけだ。これだけは確かなんだ。
 情けないことに、まだ告白する勇気はないけれど」

「そうですか。ありがとうございます。これで諦めることが出来ます」
「ごめん」
 ガバッと、深く頭を下げる。
「顔を上げて下さい。あなたが謝ることではありませんよ。むしろ、きちんとお話を
 したのは今日が初めてなのに、ぶしつけな質問にも答えてくれて、感謝しています」
 ここで、ついに我慢も限界を超えてしまい、涙が頬を伝う。
「・・・・・」
 公は何も言えなかった。
 振ったばかりの女の子に優しくすることは出来なかった。
「ごめんなさい、泣いたりして」
「いや」
「でも良かった。あなたの正直な気持ちを聞くことが出来て。ただ、1つお願いを
 聞いて下さいますか?」
「なに?」
 レイは、流れる涙を拭くことなく続ける。
「彼氏と彼女の関係になることは出来なかったけれど、あなたは、友達として好き
 と言ってくださいました。だから、私と友達になっていただけますか?」
「もちろん。大歓迎だよ」
「嬉しい」
 悲しい涙から、感激の涙に変わる。
「それと、たったいまお願いを聞いてもらったのに、もう1つだけ良いかしら」
「いいよ。なに?」
「私を抱きしめて欲しいの」
「えっ?」
 公はそのお願いに驚き、身体が固くなる。
「お願い。強く抱きしめて」
「いや、それは、しかし」
「好きだった人の温もりを、1度だけでいいから感じたいの。お願い」
 両手を組んで哀願する姿を見ていたら、なんだか頭の中の葛藤が吹き飛んでしまった。
「わかった。じゃあ」
「はい」
 公はレイの身体を抱き寄せて、力いっぱい抱きしめる。
ギュウ!!
 レイは公の胸の中で目をつぶる
「温かい」
 思っていたとおりの温もりに、またもや涙が溢れてくる。

 何分抱きしめていただろうか。
「ありがとうございます。もういいですよ」
「うん」
 公が腕から力を抜いて離れる。
「これで今から、あなたと私は友達です」
 そう言って、今度は手を差し出す。
 公も手を出して握る。
「そういえば、君の名前をまだ聞いていなかった」
「わ、私は、レイ・・・」
 とっさに仮の名前を考える。
「レイ?」
「麗奈といいます」
「麗奈さんか、いい名前だね」
「ありがとうございます。これからもよろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
 レイは、思いのほかスッパリと思いを断ち切ることが出来た。詩織のことを
 好きだと言ったときの公の目を見ていたら、自分の入り込む隙などないように
 思えたのだ。
 公が分からないと答えた沙希でさえも。
 そしてレイは、公と詩織の恋を見守ろうと決意した。


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    あとがき

第30話サイドAでした。

今回30話を書くにあたって、思ったよりも長いものが
出来てしまいました。
そこで、このような形にしてみました。

このサイドAでは、レイがいきなり告白して失恋し、
公と詩織の恋の行方を見守ることを決意しました。
これを、男らしい?潔さと見るか、諦めるのが早いだろ!!
と思うかは、人それぞれだと思います。

サイドBでは、この裏?の出来事が描かれています。
どうぞお楽しみに。

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