「My wish・・・」
第33話 「沙希夢心地」
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「いってきま〜す」
詩織が元気よく家を出る。
寒さもいっそう厳しくなり、外に出るのがおっくうになる季節だが、今日から
学校が始まる。肌にピンとくる風を浴びながら門をくぐると、隣の家のドアが開いた。
「公くん、おはよう。今日は早いね」
「おはよう、詩織。まあ、今日くらいはね。ふわ〜」
口に手をやり、あくびをしながら答える。
「ふふふ。あっ、そのマフラー」
公の首に巻かれているマフラーに目がいく。
「あっ、使わせてもらってるよ」
「うんっ。ねぇ、一緒に行きましょう?」
「ああ、もちろん」
朝から良いことが二つあった詩織は、足取りも軽く公の隣に並んで歩き出した。
初日の今日は始業式が行われ、それが終わると、引き続きバスケット部の報告会
が行われた。男子が全国大会初出場でベスト8入りを果たしたことは、ほとんどの
生徒の知るところであり、その日はバスケ部員というだけで注目を浴びた。
そして、その中でも公と木本が人気を集めた。
次の日からというもの、休み時間になると公のところに女生徒が集まり、廊下に出れば
握手を求められたりサイン責めにあったりした。
3学期が始まって6日目、そろそろそんな騒ぎも収まってきていた。
「ふう、やっと静まってきたな」
昼休み、公は自分の席に座ってため息を吐いていた。
ガシッ!
「なに言ってやがる。羨ましい奴め〜」
好雄がスリーパーホールドをかけてくる。
「やめろって、好雄」
「い〜や、やめんぞ!!」
さらに力を込める。
「ぐぐぐぐ、ぐるじい゛」
「おっと、やばいやばい」
危険を感じた好雄が技を解く。
「ゴホッ、ゴホッ。お前、いま、殺意がこもってたぞ」
「はははは、我が親友にそんなことするか」
「ったく」
首の周りをさすりながら悪態をつく。
「それにしてもホント凄い事したよな、お前ら。ま、当人にとってはそうでもな
いかもしれないが」
「う〜ん。そうかもな」
いまさっきも、ちょっとトイレに行ったら、1年の女の子に握手をしてくれと
頼まれた。
「そういえばお前、藤崎さんとはうまくいってるのか?」
「ん?そうだなぁ。これといった進展はないけど」
元旦のことが思い出されるが、あれは進展とはいえないだろう。
「そうか。チェック、チェックと」
胸ポケットから手帳を出して、なにやら記入する。
「なに書いてんだよ」
手帳を取り上げようとするが、するりとかわされる。
「好雄〜、いい反応するじゃないか」
「ふふふ、この手帳は渡さないぜ。そういえば藤崎さんと言えば」
「私がどうかしたの?早乙女くん」
「わっ!おっと」
突然後ろから話しかけられ、手帳を落としそうになる。
「詩織か」
そこには、体操着を着た詩織が立っていた。ちょっと忘れ物を取りに、教室に
戻ってきたのだ。
「公くん、すごい人気ね。今日も朝から大変でしょ」
「ん?ああ」
公はちょっとだけ期待していた。詩織が少しでも自分の事を想っていてくれる
なら、いまの状況を嫉妬の目で見ているはずだ。
しかし、いつもと変わらない詩織の表情を見るとガッカリしてしまう。
「なに?私の顔になにか付いてる?」
「いや別に・・・」
公が口ごもっていると、好雄が割ってはいる。
「さっきの続きだけど、女子のキャプテンになるってホントなの?藤崎さん」
「ええっ?」
思いも寄らなかった言葉に驚く。
「そうなのか、詩織」
「え〜、まだ分からないわよ。誰から聞いたの早乙女くん」
「それは秘密です」
実は出所も確かではないたんなる噂話なのだが、十分あり得る話だ。
「それよりも次は体育よ。二人とも着替えた方が良いわよ」
「ん?そうだな。行くぞ好雄」
「ああ」
時計を見ると、もうすぐ予鈴が鳴りそうな時間だった。
「じゃあな詩織」
「うん」
小さく手を振る詩織を残して、好雄と更衣室に向かって走る。
「そういえば、今日はE組との合同体育だったな」
走りながら好雄が思い出す。
「そうだっけ?じゃあ、木本と一緒か」
「あと虹野さんもな」
にやにやしながら言う。
「なんだ、気持ち悪いな。沙希ちゃんが一緒だと何かあるのかよ」
「いーや、なんにも」
『変なやつだな』
公はそう思いながらも、更衣室へと急いだ。
冷たい風が吹く中、男子は体育館から外へと出された。
「ったく、寒いなぁ」
ぶつぶつと文句を言いながらゴールポストを運ぶ。
この寒い中、男子はグラウンドでサッカーをやることになった。
チームは両組の出席番号により偶数奇数で分けられ、2チームが作られた。
交代は自由に出来、前後半20分ハーフのゲームが行われる。
負けたチームは後かたづけが待っているので、手抜きなしの真剣勝負となる。
その頃女子は、体育館でバレーボールをやっていた。
グラウンドが見える窓のそばには、そんな男子のプレーを見ようと、出番待ち
の女子が外を見ていた。
その中には、もちろん沙希の姿もあった。
「あっ、いたいた」
チーム分けをしている男子の中から公を見つける。
年が明けて、夜の自主トレが再開されため、また二人きりの時間を過ごせるよ
うになった。しかし、今日はいつもと違う。1月13日そう沙希の誕生日だ。
昨年の誕生日は、公が知らなかったため何もなかったが、今年はちょっと期待
している。それに、もう1つ沙希は思い切った行動に出た。
それは昨日のこと。
いつもどおり体育館で自主トレをしている最中のことだ。
その日の沙希は、明日のことをいつ公に話そうかとそわそわしていた。
「ねぇ沙希ちゃん」
公が練習の手を止める。
「な、なぁに公くん」
考え事をしていた沙希は、急に話しかけられてビックリする。
「沙希ちゃん、明日誕生日だよね」
「う、うん、そうだよ。覚えててくれたんだ」
「当然」
「嬉しいな」
「でさ、明日はここで誕生日パ」
「ね、ねぇ公くん」
公の言葉を遮って口を開く。
「その事なんだけど。こ、公くん・・・明日は・・・私の家に・・・来ない?」
胸をドキドキさせながら、言葉も途切れ途切れに切り出す。
「沙希ちゃんの家に?」
意外な申し出に、今度は公が驚く。
「う、うん。お母さんがご馳走作ってくれるって言ってるの。も、もちろん私も
手伝うけど。べ、別に二人きりになるとか、そういうんじゃなくて」
身振り手振りをしながら、沙希自身でも何を言っているのか分からなくなる。
「あっ、お母さんもいるし。お父さんはいないけど・・・・・。お母さんも公く
んに会いたいって言ってるし。わ、わたしなに言ってるんだろ」
「行くよ」
「えっ?」
ピタッと動作が止まる。
「喜んでお邪魔するよ」
「ホントに?」
変なポーズのまま確認する。
「うん。ご馳走、期待してるよ」
「うん!わかった」
やっと手を下ろして、満面の笑みを浮かべる。
ということがあった。
「早く学校終わらないかなぁ」
幸い今日はサッカー部の練習が休みなので、授業が終わったらすぐに帰ろう
と思っていた。
「よう木本」
「よろしくな公。勝とうぜ、後かたづけなんて嫌だからな」
「ああ」
公と木本が一緒のチームになった。二人ともバスケ以外のスポーツも人並み以上
に出来る。
ビーーー
木本から公にボールが渡る。
たかが体育の授業だから、フォーメーションがどうとか細かい戦術はない。
それでも、攻撃と守りの分担ぐらいはされていて、公と木本は前の方でフォワードと
ミッドフィルダーの役割をすることになった。
始まって15分が経過。
「走れ〜」
木本はバスケと同じ司令塔として、パスを出すタイミングを図る。
「やっぱり運動神経いいよな、公の奴」
点数には結びついていないが、公がボールを持つとサッカー部以外の奴では
歯が立たなかった。ドリブルで抜くこともたやすくできた。
ただ、最後の砦のキーパーとディフェンダーの二人が、補欠とはいえサッカー部
だったため、点は取れないでいた。
体育館では、出番待ちの沙希が手に汗握って応援していた。
「あ〜ん、またダメだわ。もうっ!手加減してよ〜」
サッカー部のマネージャーである沙希だから、公の行く手を阻んでいる三人の
ことはもちろん知っていた。それでも、いけないとは思いつつ公の方を応援していた。
ピピーーー
そんな沙希の後ろで、前の試合が終わった。
「・・・・」
「そこよ〜」
「・・・き」
「あんっ、取っちゃダメ〜」
応援に熱中していたため何も聞こえていなかった沙希に、ボールを持ったクラスメート
が耳元に叫ぶ。
「沙希ったら!」
「きゃあ!!」
飛び上がって驚く沙希に、ボールが渡される。
「出番よ、沙希」
「えっ?う、うん」
名残惜しそうに公から目を離してコートへと身体を向けると、相手のコートには
詩織の姿があった。
『あっ、藤崎さんだわ。よおし』
運動神経はそんなに良くない沙希だが、ここは負けられない。
とはいっても、足手まといにならない程度にしか貢献できないが・・・。
そんな沙希を、詩織も意識していた。
『虹野さん、外を見ていたわね。公くんのこと見てたんだろうな、やっぱり』
沙希の思いは今も変わらないのだろうか。そんなことを考えていた。
数分後。
「あ〜あ、負けちゃった」
沙希のがんばりもむなしく、負けて負けてしまった。
出番が終わったので再びグラウンドへと目を向けると、両チームとも無得点で
後半も終わろうとしていた。
これはもう、先に1点を取った方が勝ちという状況になってきていた。
「くそっ」
何回ゴール前に行ってもサッカー部の二人に封じ込められていた公は、なんとか
しようと必死だった。たかが授業だが、ここまで抑えられると悔しい。
「何とかならないか」
木本も必死だった。バスケ部の司令塔としての意地もある。なんとしてもアシストを
決めて勝ちたかった。
「ん?そこだ!!」
その時、一瞬ディフェンダー二人の間に空間が出来た。すかさずそこにパスを出すと、
それに反応した公が走り込む。絶妙なスルーパスが通った。
しかし足でのドリブルはそんなに早くない公は、すぐに追いつかれてしまった。
『しょうがない。ちょっと遠いけど』
公は思い切ってミドルシュートを放つ。
「いったか?」
木本が走りながらボールの行方を見守る。
バシッ!!
良いところにいったのだが、キーパーにパンチングで弾かれる。
「惜しい!もうっ」
それを見ていた沙希が、握り拳を作って悔しがる。
またもやダメかと思ったその時、弾かれたボールを取った木本が目に入った。
「公、直接だ!」
センタリングをあげる。
まるでサッカー部が蹴ったような鋭いボールが飛んでくると、公がそれに合わせて
足を振り上げ、ボレーシュートを放つ。
ザシューーーー
さすがのキーパーもそれには反応出来なかった。ゴールネットにボールが突き刺さる。
ピーーー
「やったーーー」
「よっしゃーーー」
公と木本が、他のメンバーに叩かれながら自陣に戻る。
「痛、痛。あーもう、いい加減にしろ」
あまりの祝福に大声を上げる。
特に好雄は、公の背中をグーで叩いていた。
「よしお〜」
「にゃははは」
こんなに足が速かったかというスピードで逃げる。
「キャーーー、格好いい〜」
「主人く〜ん」
体育館ではそんな公を見て、沙希だけでなく他の女の子も歓声をあげていた。
「やっぱりまた人気が上昇したわね、公くん」
詩織も隅の方でその光景を見ていた。
『でも、公くんは私の、と・り・こ。なんだからん』
なんだか陶酔している詩織だった。
そのグラウンドの光景を見ている者が他にもいた。
自習中のみのりと優美が、3階の教室からグラウンドを見下ろしていた。
「やった〜。さすが公先輩」
「ふうん。やるわね、あの先輩」
補欠といえども、サッカー部の人間から点を取るなんて大したものだ。
「あっ、あれは」
感心しながら、ふと体育館の方に目を向けると、そこに沙希の姿があった。
誰かにむけて、しきりに拍手をしている。
「どうしたの?みのり」
「えっ?ううん、なんでもない」
ここからだとよく見えないが、誰かを見つめているようだ。
『やっぱりあの先輩のことが』
先程の昼休み。
「先輩のお誕生日会をやりませんか」
みのりは沙希の教室まで誘いに行った。4月に自分の誕生日を祝ってくれた
お礼も込めて、一緒にお祝いしようとしたのだ。それなのに。
「ごめんなさい、みのりちゃん。とても嬉しいんだけれど、今日はどうしても
早く帰らないといけないから」
と断られていた。
承諾してくれると信じて疑わなかったみのりは愕然としたが、仕方なくプレゼント
だけ渡した。
「怪しい」
これは、再び迷探偵の血が騒ぎ出すのに十分な要素だった。
放課後。
その日の練習が終わる前、新人戦に向けてのスタメンが発表された。
「それでは、今から新チームの発表をする」
緊張した面もちで部員が整列する。
「まずは4番リードガード、2年木本明」
「はい」
「8番セカンドガード、2年菊川巧」
「はい」
「7番スモールフォワード、2年主人公」
「はい」
「6番パワーフォワード、2年竹原浩二」
「はい」
「最後、5番センター、1年石崎司」
「はい」
3ポイントが得意な菊川、リバウンドにリング下のパワープレーが得意な竹原、
そしてリバウンドに力強さが出てきた石崎が、新たに選ばれた。
特に上級生の活躍に刺激された石崎は、持ち前のバスケセンスも相まって、
見事な急成長を遂げた。まるで末賀の橋本のような強さを身につけていた。
木本も全幅の信頼を置きつつあった。
「そして、キャプテンは木本」
「俺ですか?・・・・・はい!!」
大方の予想どおり、木本がキャプテンに選ばれた。
「やっぱり木本か」
「コーチ、木本と公のどっちにするか悩みましたか?」
男子部員から声が上がる。
「うむ。確かに木本と主人が候補だったんだが・・・・・」
一瞬沈黙が流れる。
「全然悩まなかったよ」
ハハハハハハハ。
コーチの答えに、部員全員、ギャラリーからも笑いが起こる。
「ひで〜、コーチ。全然かよ〜」
「まったくだ」
ハハハハハハハ。
公とコーチの掛け合いに、またも笑いが起こる。
公はキャプテンなりたかったわけではないが、そう言われるとちょっと悔しい。
『失礼しちゃうわ〜。ぷんぷん』
詩織は悔しくて、自分のことのように怒っていた。
「次は女子」
場が和やかになったところで、続いて女子が発表される。
「4番リードガード、2年藤崎詩織」
「はい」
「8番セカンドガード、2年安原結衣」
「はい」
「7番スモールフォワード、1年早乙女優美」
「は〜い」
「6番パワーフォワード、2年鞠川奈津江」
「はい」
「5番センター、2年吉川沙絵」
「はい」
「やったぁ〜」
スタメンに選ばれた優美が、ピョンピョン跳ねて喜ぶ。
「そして、キャプテンは藤崎、お前だ」
「えっ!?コーチ、私がキャプテンなんですか?」
嬉しそうな優美とは正反対に、不安そうな顔をした詩織がコーチに問う。
「そうだ」
「でも、私なんか・・・」
顔色をうかがうように、他の部員を見渡す。
「なにをそんなに不安がってるんだ。みんなも異存はないよな」
「はい」
「大丈夫よ、詩織」
「そうよ。詩織以外に誰がやるのよ」
「でも・・・・・」
詩織は公の方を見る。すると、それに気が付いた公が無言で頷いた。
「大丈夫だって、詩織」
奈津江が詩織の肩をぽんと叩く。
「そうよ詩織ちゃん」
恵が拍手をすると、部員全体から拍手が起こる。
「みんな、ありがとう。分かったわ。一生懸命がんばりますので、よろしくお願
いします」
「こちらこそよろしく。藤崎キャプテン」
奈津江がそう言うと、初めてキャプテンと呼ばれてた恥ずかしさを隠すように、
奈津江の背中に張り手を飛ばす。
「もうっ、奈津江ちゃんたらっ」
バンッ!
「ケホッ。痛いよ詩織」
「あっ、ごめ〜ん」
ハハハハハハハ。
三度笑いが起こる。
ウインターカップに出場したきらめき高校は、男女とも県予選からの出場となるが、
明日からはこのメンバーを中心として練習が行われる。
部活が終わり学校を出た公は、いったん家に帰り、母親に夕食がいらないことを告げる。
理由を聞かれて、沙希の家にお呼ばれしたことを言ったらさんざんからかわれた。
「うるさいなぁ」
そんな母親は放っておいて、プレゼントを持って家を出る。
そしていま虹野家の前にいる。
「お、重い」
段ボールに入ったプレゼントは、結構な重さだった。
ピンポーン
「は〜い」
インターホンから沙希の声がする。
「ぬし」
そう言った途端に向こう側が切れて、数秒とたたないうちにドアが開く。
「いらっしゃい、公くん」
「お邪魔します」
段ボールを玄関に置き、それとは別になった包みを持って中に入る。
「なぁに?それ」
宅配便みたいな箱を指さす。
「これは後のお楽しみ」
「ふふふ、分かった。じゃあ、こっちよ」
沙希に案内されて廊下を歩いていく。
「いらっしゃい、公くん」
「おじゃまします」
台所に入ると、沙希の母親が食事の準備をしていた。
「公くんの活躍は、沙希から耳にタコが出来るほど聞いてるわよ」
「ははは、沙希ちゃんにはいつもお世話になってます」
照れながら頭を下げる。
「い〜え、こちらこそ。ふつつかな娘だけど、これからもよろしくね」
こちらも頭を下げる。
「お母さん!」
沙希は二人のやりとりに恥ずかしくなって、母親に手を挙げる。
「ふふふふふ。こら、やめなさい」
「もうっ!!公くん、こっちにどうぞ」
「うん。ありがとう」
沙希は公が座ると、早速パーティーを始めようとする。
「あっ!!忘れてたわ」
沙希の母親が、突然何かを思いだしたように手を合わせる。
「お母さん、どうしたの?」
「ちょっと用事を思い出したから、ちょっと出てくるわね」
そそくさと席を立つ。
「えっ?だって、それじゃあ」
「沙希」
母親が沙希の耳元に顔を近づけてささやく。
「頑張ってね」
「・・・・・」
沙希は言葉もなく顔が赤くなっていく。
「それじゃあ公くん、ゆっくりしていってね」
「は、はい」
バタン
「行っちゃったね」
公が扉の方から沙希を見ると、まだ無言の沙希がボーーーっとしていた。
「沙希ちゃん?」
「えっ?えっ?え〜と、さあ始めましょう」
やっと正気に戻る。
「そうだね」
公はポケットからクラッカーを出して構える。
「沙希ちゃん、誕生日おめでとう」
パパパン。
クラッカーを3連射する。
「ありがとう、公くん」
テーブルの上に紙吹雪が舞い上がり、沙希がろうそくの火を吹き消す。
パチパチパチパチ
「今日で17歳だね」
「うん。3月までは公くんよりお姉さんだぞ」
「ははは、そうだね」
「ふふふ」
「早速だけどこれ、俺からのプレゼント」
傍らから、包装されたプレゼントを差し出す。
「ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん」
包み紙をきれいに剥がすと、本が一冊入っていた。
それは、サッカー漫画の名作『ゴールキック』のワイド版第1巻だった。
「あっ、これ欲しかったの。よく分かったね」
「前沙希ちゃんの部屋に入った時さ、スポーツ漫画がけっこうあったんだけど、
それだけなかったんだよね。で、もしかしたらと思って。15巻まで出てるか
らまだ14冊あるんだけど、玄関に置いてきた段ボールに入ってるから」
「そうなんだ。ありがとう」
沙希は嬉しそうに、パラパラッと頁をめくる。
ふと公を見ると、目の前の料理をジッと見ていた。
「ふふふ、食べましょうか」
「えっ?ははは、おなか空いてて」
物欲しそうにしていたのを見られて恥ずかしそうに答えるが、早速箸を付ける。
そして、微塵の遠慮も感じさせない勢いで、どんどん口に運ぶ。
「さすが沙希ちゃんのお師匠さんだね。みんな美味しい」
「そう?お母さんも喜ぶよ」
もぐもぐもぐもぐ
「ん?これは沙希ちゃんが作ったんじゃない?」
口に入れた肉じゃがを食べながら言う。
「えっ?うん、そう。よく分かったね」
「うん?何で分かったんだろ。やっぱ1年以上沙希ちゃんの手作り料理を食べて
たからかな?」
我ながら、自分の舌が沙希の料理に反応したことに感心する
「ふふふ、そうかもね」
『嬉しいな』
食事も一段落して皿を片づけると、沙希が思い切って自分の部屋に誘う。
「ね、ねえ。私の部屋に行かない?」
ドキドキドキドキ!!
「いいよ」
公は深く考えずに答える。
『ふう』
心の中でホッと一息つく。鈍感な公には、沙希の胸の高鳴りは分からない。
「どうぞ」
公は、本が入った箱を持って中へと入った。
「沙希ちゃんの部屋に入るのは、去年の6月以来だね」
「そ、そうね」
公とはすでに自然に話せるようになっていた沙希だが、自分の部屋で二人きり
になるというのは、体育館のそれとは違う。ちょっと緊張してしまう。
「適当に座って」
「うん」
小さなガラスのテーブルに、ケーキとコーヒーを乗せる。
「ね、これ覚えてる?」
マグカップを持って公に見せる。
「もちろん。俺が1年のクリスマスにプレゼントしたやつだね」
「そう。愛用してるの」
「そっか、ありがとう。俺も使ってるよ」
「ホント?嬉しいな」
カップを大事そうに両手で包み込んで微笑む。
今日新チームのスタメンに選ばれたこと、サッカー部のこととかを話していると、
沙希が今日の体育のことを思い出した。
「そうそう、今日の体育見てたよ」
「あれ見てたの?照れるなぁ」
頭を掻いて照れる。
「サッカー部から点を取るなんて凄いね」
「まあ、1点くらいはね。まぐれで何とかなるよ」
「まぐれだとしても凄いよ」
今からでもサッカー部に入って欲しい沙希だが、そうもいかない。
「でも、どんどん公くんのファンが増えてるよね。何だか公くんが遠くに行った
みたいで嫌だなぁ」
「ははは、そんなことないって。確かに握手したりサイン書いたりしたけど、
そんなのは一時だって、すぐに忘れるよみんな」
「そうかなぁ」
「そうだって」
公の気持ちは今、誰に向いているのだろう。
さっきの話の中にあった、詩織がキャプテンになった事を話しているときの公は、
とても嬉しそうだった。詩織ならやっていけると信じているのだろう。
『やっぱり藤崎さんなのかなぁ』
沙希は、バレンタイン・デーに告白してしまおうかとも考えた。
しかし詩織の行動を見ると、今すぐに告白する様子はない。伝説を成就させようと
しているのだろう。
今日も、昼休みに握手を迫られている公を、遠くで見ている詩織を見掛けた。
しかしその表情はとても穏やかで、なにかを焦っている様子ではなかった。
ならば自分も急ぐ必要はない。
『もうちょっと、このままでいよう』
そう思った。
この選択がこのあとどう影響するのかは、沙希が知る由もない。
公が帰って30分後、母親が帰ってきた。
「あっ、帰ってきたみたい」
沙希がプレゼントの漫画を読んでいると、すぐにドアがノックされた。
トントン
「なあに?」
すぐに自分の所に来たので、何事かという顔をする。
「沙希、どうだったの?」
「どうだったって?」
「キスはしたの?」
「キ、キス?」
沙希は目を丸くする。
「ふう、その様子じゃしてないようね」
「ま、まだ告白もしていないんだから当然でしょ」
「なあに?告白もしなかったの。大丈夫なの沙希?そんなんじゃ逃げられちゃうわよ、
公くんに」
顔を振って呆れる。
「もうっ!お母さんには関係ないでしょ」
そう言ってクッションを投げる。
「あら、結婚までいったら関係あるでしょ」
「け、け、け、結婚?」
声がうわずってしまう。
「そうよぅ。そうなったらお母さん嬉しいなぁ。ねぇ、そこまで考えてるの沙希」
娘からの返事はない。
「沙希?」
顔をのぞき込むと、心ここにあらずといった感じになっていた。
「結婚かぁ〜」
「さ・き・ちゃ〜ん」
目の前で手を振っても反応がない。
「これはダメだわ」
諦めて部屋を出る。
「これからは、ずっと一緒だね」
いったい何を妄想しているのでしょう。
「あんっ、やさしくしてね」
その後1時間はこんな状態が続き、好きな人と過ごす事が出来た特別な日が
終わろうとしていた。
つづく
あとがき
久しぶりにこういうのを書いてみました。
たまには学園生活もいいかなと思いまして。
体育の授業でも公くんは活躍していました。
あとは勉強だけですか。
それは3月の期末で明らかになります。
思い切って家に誘った沙希ちゃん。
もっと凄い事が起こると思っていた読者の方もいることでしょう。
今回はこのくらいにしときます。
それでは、第34話をお楽しみに。