「My wish・・・」
第37話 「近くて遠い記憶」
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4月。
今日は始業式と入学式が行われる。
「いよいよ3年だ」
きらめき高校までの通学路にある桜は、すでに満開となっていた。
ここを初めて通ったのが2年前の今頃、公はとうとう3年生になった。
花びらが舞う通学路を歩きながら、今までの事を振り返ってみた。
バスケを始めて2年。
初めの動機はともかく、いまはのめり込んでいる
本格的に始めるのが他の部員よりも遅かった公は、毎日の自主トレを自分に課し、
必死に追いつき、そして追い越した。
いまや立派なエースに成長し、木本とのコンビできらめきを初の全国へと導いた。
そして、そこでも初出場でベスト8に入る快挙を成し遂げた。
ただ、この2年間部活に勉強にと頑張ってきたが、詩織との仲はあまり進展していない。
「おはよう、公くん」
珍しく、公の後ろから沙希が駆けてきた。
「おはよう、沙希ちゃん。初めてだね、朝会ったの」
「はあ、はあ。そうね。いつもは、もうちょっと早いから」
息を整えながら答えると、沙希は自然に公と並んで歩く。
詩織との仲が進展していないことも気がかりだが、この沙希の存在も、
いつの頃からか公の中にあった。
『俺は、沙希ちゃんのことをどう思ってるんだろうか』
横目で沙希の顔を見ながら、そんなことを考えた。
「どうかしたの?」
公に見られている感じがした沙希が問う。
「ん?いや、なんでもない」
「そう」
何事もなったように歩き続ける。
「う〜む。今は、目指せ全国優勝!!だな」
「え?」
公は早くも逃避行動に入る。そこが公たるゆえんでもあるのだが。
「どうしたの?いきなり」
「今年は俺も3年だから、絶対日本一になるぞ!!ってこと」
「うん!そうね。頑張って、応援してる」
そんな事を話しながら校門をくぐった。
校舎の中では、詩織がその光景を廊下の窓から見ていた。
「虹野さん・・・。公くん、虹野さんはただのお友達なんだよね」
楽しそうに登校してくる二人を見ていると不安になる。
その不安をかき消すために、クリスマスの公の言葉を思い出す。
胸に手をやり目をつぶる。
『今、好きだとハッキリ言えるのは、藤崎詩織だけだ。』
あの時の情景が思い出される。
「私のこと、好きでいてくれるよね」
卒業式の日まで待たないといけない苦しみが、詩織の胸をチクリと突き刺す。
今日は始業式と入学式だけで授業はない。
つつがなく式が終わり部活に行くと、バスケ部希望の新入生が集まっていた。
全国に出場したことから、去年よりも増えるかと思いきや逆に減っていた。
去年の15人に対して、7人という半分にも満たない人数だった。
生半可な気持ちでは続かないと思ったのだろう。
実際、去年入部した者の中にも、退部した者が数人いた。
公と木本がその入部希望者を眺めていると、詩織が話しかけてきた。
「どう、男子は?キャプテンさん」
「藤崎か。見ての通りさ。まっ、実力と自信がある奴が入ったってことだ」
「まあそうだな」
木本が答えると、公も頷く。
「そうね。女子も同じようなものよ」
恵が受付している机を指差す。
「少数精鋭、大いに結構!!」
そこにコーチが加わる。
「コーチ、来てたんですか」
「たった今な。さ、練習始めるぞ。集合ーーー!!」
「はい!!」
部員がコーチの元に集まる。
「あーーー、今日は練習を始める前に話しておくことがある」
一度全体を見渡し、1つ咳払いをして続ける。
「コホン。なんと、男子バスケ部が、5月の3、4、5日に行われる能城カップ
に招待された」
「ええっ?本当ですか、コーチ」
木本が声を上げ公の方を見ると、公もキョトンとした顔をしていた。
他の部員も呆気にとられている。
「ああ、本当だ。さっき能城のコーチから電話があったんだ」
オオーーーーー!!
我に返った部員全員から歓声があがる。
『公くん、すごいすごい』
パチパチ
詩織が拍手をすると、女子全員から拍手とおめでとうの声が湧き起こる。
パチパチパチ
「すごーい」
「おめでとう、男子」
能城カップといえば、男子高校バスケ界の常勝校である能城工業が主催する
バスケットの大会で、その年に活躍しそうな高校5校が招待され、総当たり戦
で争われる。
その年を占う大会とも言われ、招待された学校の内、必ずどこかが全国大会で
優勝をするというすごい大会なのだ。
「とうとう俺達もここまできたか」
「ああ」
「というわけで、今日もビシビシいくからな。覚悟しろ。それと、新入部員に
全国レベルの力を見せてやれ」
「はいっ」
コートに散らばって、準備運動から開始する。
そして、それから2時間みっちり絞られた。
慌ただしく時は流れ、4月も半ばをすぎた。
すっかり暖かくなったため、自主トレは再び公園に戻ってきていた。
その帰り道、沙希はいつものように公に送ってもらい、街灯の下を
並んで歩いていた。
「公くん」
「なに?おっと」
道路側を歩く公が、前方から来る車に合わせて沙希をガードする。
『ふふ。優しいなあ、公くん』
守られているという心地よさを感じながら、話を続ける。
「もうすぐだね、能城カップ」
「ああ。どこまでいけるか分からないけど、頑張ってくるよ」
「うん。ホントは応援に行きたいんだけど・・・・・」
能城といえば、新幹線で4時間かかる北国にある。
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ。能城市は遠いからね」
「そうなのよ。残念」
「でも、帰ってきたらすぐにインターハイの予選が始まるし、その時は頼むよ」
「うん。分かったわ」
しかし、沙希は1つ残念なことがあった。
せっかく今年のG.Wは公とお出かけしようと思ったのに、これではどこにも
行けない。
「じゃあ公くん、今年のG.Wはお休みないんだね」
「ははは、そうなんだ。そこが辛い所なんだよ〜。でも、その前の4月最後の
日曜日は休みをもらえたんだ」
「ホント?」
「うん」
この時、虹野家の前に着いた。
『そっかぁ、別にG.W中じゃなくても良いんだよね』
「じゃあ、私と水族館に行かない?ひびきの市の水族館で、ペンギンショーが
新しく出来たんだって」
門の前に立ち、上目づかいに公の顔をのぞき込む。
「水族館?うん、いいよ」
「ホント?やった〜。じゃあ、わたしお弁当作っていくから」
「楽しみにしてるよ」
「うん」
声を弾ませて答える。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
別れの挨拶を終えて公の後ろ姿を見送ると、身を翻してスキップをしながら
家へと入った。
居間で出迎えた母親にそのことを話すと、「ファーストキスのチャンスね」
などとからかわれたが、沙希の耳には入らなかった。
その夜は、久しぶりに沙希の妄想が爆発した。
水族館の近くにある公園。
二人はシートを敷いてお弁当を食べている。
「ほんと沙希ちゃんのお弁当は美味しいなぁ」
「そう?良かった」
公の顔がふいに真剣になる。
「お嫁さんに欲しいくらいだよ」
「え?それって・・・・・」
「うん。受けてくれくれるかな」
「はい」
両手を組んで即答する。
『とうとう、この時がきたわ』
そして、公の顔が近づいてきて・・・・・・。
チュッ
ゴロン、ゴロン
「むふふふふ。なんちゃって、なんちゃって」
早起きをするために10時には布団に入ったのに、いやんいやんと身をよじら
せること3時間、眠りにつくころには日にちが変わっていた。
ピピピピピピピ
「う、う〜ん」
バンバンバン、カチッ
沙希は手探りで目覚ましを探し、スイッチを切る。
「ふあ〜〜〜」
時刻は朝の6時、口を大きく開けて1つ欠伸をすると、のそのそと起きあがり
東向きの窓の前に立つ。
シャッ!
勢いよくカーテンを開けると、日の光が沙希の身体を包み込む。
「いいお天気〜」
その光に目を細めながら空を見上げると、鮮明な青空が広がっていた。
沙希は着替えると、眠い目をこすりながら台所へと降りていった。
「あら、おはよう沙希」
「おはよう、お母さん」
すでに起きて何やら作っている母親に、朝の挨拶をする。
「なにやってるの、お母さん。今日はお休みよ?」
「ふふふ。母さんも、公くんに何か作ってあげたくてね」
「はっ?」
まだ眠い沙希は、一瞬なにを言っているのか分からずに、素っ頓狂な声を出す。
「母さん、公くんのファンなのよ〜。ホントはチョコもあげたかったんだから」
「な、な、なに言ってるのよ」
やっと理解した沙希は、一気に目が覚める。
「あ〜ら、女として当然のことを・・・・・あっ、ちょっ、ちょっと沙希」
「もうっ!!邪魔しないでよーーー」
母親の背中を押して、台所から押し出す。
「沙希のいけず〜。でも、それはちゃんと仕上げて、お弁当に入れてよ」
「はいはい、分かったわよ」
居間へと引っ込むのを見届けてから、母親が指差したキッチンを見ると、
エビフライを作っていたらしく、あとは揚げるだけの状態になっていた。
「もう〜。これは私の楽しみなんだからね。ここまで出来てるから入れるけど」
ぶつぶつ言いながらも、まずは目の前のエビを揚げていくことから始める。
「いや〜ん。遅れちゃったよ〜」
沙希はバス停に向かって全力疾走していた。
お弁当作りは、たっぷり余裕がある時間に出来上がっていたのだが、その後が
いけなかった。
昨日の内に着ていく服を決めていなかったため、直前になってから悩みだして
しまったのだ。
まだ朝風呂に入らないだけマシというものだが、待ち合わせの9時半には
ぎりぎりの時間まで悩んでいた。
「はあ、はあ。公くん、怒って帰ったりしてないよね」
遅れたといっても5分や10分なのに、そんな心配をしてしまう。
「はあ、はあ」
前方の角を曲がれば、あとは一直線だ。
「モンキーターン。いた!!」
最近お気に入りの競艇マンガに習って?鋭いターンを決めると、
20メートル先に公の姿を発見した。
公も沙希のことを見つけたらしく、手を振っている。
「ゴーーーーール。はあ、はあ、はあ。ごめんなさい遅れちゃって」
汗を流し、肩で息をしながら公に謝る。
「大丈夫、沙希ちゃん?全然遅れたうちに入らないよ、7分なんて」
腕時計を確認しながら、沙希のことを気遣う。
「それに、俺の為に走ってきてくれたんでしょう?謝る事なんてないよ」
「はあ、はあ。ありがとう、公くん」
「いい〜って」
もし、遅れているのが分かっているのに悠然と歩いてきたり、そこの曲がり角
から走ってきました、というのがバレバレの表情だったりしたら怒りもするが、
自分のために、汗をかきながら走ってきた女の子にそんな気なんて起こらない。
「あっ、ちょうどバスも来たみたいだね」
ひびきの市行きのバスが走ってくるのが見える。
「ホントだ。良かった」
やっと落ち着いた沙希が、ホッと一安心する。
「あっ、それ持つよ」
「えっ?ありがとう」
お弁当が入ったバックを受け取ると、止まったバスへと沙希を促す。
中はそんなに混んではいなく、二人用の席に座ることが出来た。
「よいしょ」
「ははは、よいしょはないでしょ。沙希ちゃん」
なんだか年寄り臭い台詞に思わず笑ってしまう。
「やだっ!」
口に手をやり俯いてしまう。
そして沈黙。
「ご、ごめんごめん。笑ったりして」
「いいも〜ん。どうせ私はお婆ちゃんだもん」
「そんなこと言わないで、ホントごめん」
手を合わせて頭を下げる。出発からこれじゃあ、この先思いやられる。
「・・・ふふ」
「ん?」
笑いをこらえている沙希の顔を見て、怒ってはいないことに気が付く。
「あっ!ったく」
そう言って頭を軽くはたくと、二人して笑い合う。
「ふふふ」
「ははは」
こんな二人を乗せて、バスはひびきの市へと向かって走り続けた。
ひびきの駅前の広場でバスを降りた二人は、そこから歩いて10分の水族館へ
と到着し、早速中へと入場した。
ペンギンショーまでにはまだ時間があるため、順路通りに見ていくことにする。
「大きいねぇ」
「うん」
中に入ってまず二人を待っていたものは、この建物を縦に貫く、4階ほどの
高さがある大きな水槽で、その中を優雅に泳ぐナポレオンフィッシュが出迎え
てくれた。
館内の照明は抑えられていて、展示されているグラフィックアートやクジラの
レリーフが、二人を海中世界へといざなう。
この水族館は、大きく分けて3つのゾーンに分かれている。
まずは、エイ、マグロ、ハタ等おなじみの魚たちが回遊する、円形の大水槽が
目玉の海洋ゾーン。
熱帯魚、イソギンチャク、珊瑚礁等がいる熱帯ゾーン、
そして、ペンギン、ラッコ、白クマ、アザラシ等がいる海獣ゾーンだ。
二人は、海洋ゾーンから熱帯ゾーンへと来た。
「きれ〜い」
小さな水槽が並ぶコーナーの次は、海獣ゾーンへと繋がるトンネル状の大水槽と
なっていて、熱帯の魚達が珊瑚礁の周りを華麗に泳いでいる。
そこを通っていると、まるで海中散歩をしているように感じられた。
「あっ、餌付けの時間みたいだね」
「ホントだ」
ウェットスーツを着た女性が水槽の中に入ってくる。
その女性が、腰のバックから餌をとり手を広げると、無数の熱帯魚が集まって
きた。
「いいなぁ〜。わたし、いつか南の島でダイビングやってみたいな」
「ダイビングかぁ。いいねぇ、俺もやってみたいな」
「でしょ?」
「うん。新婚旅行でオーストラリアとか行ってさ」
「新婚旅行・・・・・」
一緒に行こうという意味で言った言葉でもないのに、沙希は顔が上気してきた。
「あれっ?なんか顔赤いよ」
「ううん。なんでもないよ」
そう言って駆け出す。
「危ないよ、沙希ちゃん」
「きゃっ!」
「おっと」
言ってるそばからつまずく沙希の身体を、後を追いかけた公が抱きかかえる。
「大丈夫?」
「う、うん。ありがとう」
「どうしたの?駆け出すなんて危ないなぁ。よしっ!」
沙希の身体を起こした公は、沙希の右手を繋いで歩き出す。
「あっ!」
「沙希ちゃんて、危なっかしいからね。あっ、そろそろ時間だ。行こう沙希ちゃん」
「うん」
手から伝わってくる公の優しさを感じながら、ペンギンショーが行われる海獣
ゾーンへと向かった。
別館の中には、けっこう観客が集まっていた。
ショー担当のお姉さんに連れられたペンギンが出てくると、拍手と歓声で迎え
られる。
「ペンギンさん、かわいいね」
「うん」
「どうしてあんなに上手に出来るのかな?」
次々に芸を披露していくペンギンを見ながら、沙希はしきりに関心していた。
「そうだなあ。正直言って、成功したときにもらえる餌が目的っていうのもある
と思うんだ」
「うん。そうね」
沙希は悲しそうな目をする。
「でもね」
「でも?」
「たくさんのお客さんに楽しんでもらうために、飼育員の人達は頑張ってる。
ペンギン達は、そんな人達に大事にされているはずだよ」
「うん」
「それに、ペンギンだって頑張って芸を覚えてるんだから、ちゃんと見てあげなくちゃね」
「そうね」
それから30分はアッという間だった。
ショーを堪能した二人は、中庭へと出てきた。
「ここでお昼にしましょうよ」
「うん、そうだね」
時計は12時半を回っていて、周りには、子供連れの家族やカップルがお弁当
を広げていた。
公と沙希も、芝生の上にマットを敷いて腰を下ろす。
「きょ・う・は、な・に・か・な〜」
「ふふ」
小学生のように浮かれる公を見て小さく笑いながら、バッグからお重を出して
広げる。
「おっ、うまそ〜。いただきま〜す」
ウェットティッシュで手を拭くと、早速箸を付ける。
「ふふふ、どうぞ」
自主トレに差し入れを持っていくようになってから1年半が経った。
公はいつもおいしいと言って食べてくれる。
嫌いなものを入れていかないのは、まあ当然なのだが、味付けが気にくわない
ことがあるかもしれない。
だが、一度として顔をしかめたこともなければ、注文を付けられたこともないのだ。
「ねぇ、公くん」
「ん?」
豚肉のカレー焼きを頬張り、三色そぼろ弁当をかっこみながら返事をする。
「私の作るお料理って、ホントにいつもおいしい?」
「ああ。おいしいよ」
レンコンが付いた、レンコンバーグを口に運びながら答える。
「ホント?」
「もひろん」
エビフライを口にくわえながら、モゴモゴと答える。
ゴクン
それを飲み込み、ちょっと真顔になる。
「お嫁さんに欲しいくらいだよ」
「えっ?それって・・・」
沙希は昨日のことを思い出した。
『ま、まさか』
ドキドキドキドキドキ
胸の高鳴りを感じながら、次の言葉を待つ。
「沙希ちゃんと結婚する男が羨ましいよ」
『あれっ?』
沙希は一気に脱力してしまった。
まあ公に期待する方が間違ってはいるのだが。
それでも、ちょっとは期待したいのが乙女心というものだ。
「で、でも。それって、公くんでもなれるんだよ?」
「えっ?・・・・・。あっ、そうだね。はははははは」
少しは気持ちを打ち明けたつもりだったのに、何も理解していないようだ。
『あ〜ん。笑うことないでしょ?も〜う』
「ぷんっ!いいもんっ!」
沙希は、拗ねて横を向いてしまう。
「あれっ、どうしたの?」
ホント、超鈍感男です。
何か分からないが怒っているようなので、公は別の話題を切り出す。
「そ、そういえば。沙希ちゃんてホント料理が上手だけど、いつから自分で作る
ようになったの?」
「えっ?」
「小さい頃からなんでしょ?」
「う、うん。そうねぇ、あれは確か・・・・・」
沙希は、近くて遠い幼稚園の頃の記憶を思い出す。
あれは、まだ料理に興味がなかった頃。
沙希には仲良しの女の子がいて、よく近くの公園で遊んでいた。
その日も、いつもと同じようにその子と遊ぼうと、幼稚園の帰りに誘おうとした。
すると、沙希が声を掛ける前に、保母の先生がみんなに声を掛けた。
「みなさ〜ん。今日は帰る前にお知らせがあります」
その横に、仲良しの女の子が立った。
何かを我慢している。そんな感じの表情だった。
「今日で○○ちゃんとは、お別れです」
「えーーーーー」
みんなから声が上がる。
「お父さんのお仕事の関係で、お引っ越しすることになったんです」
「えーーーーー」
「これからお別れ会をしますので、みなさん席に座ってください」
ガヤガヤと騒ぐ園児をなだめ、お別れ会は開かれた。
それが終わると、沙希はその子へ、一言さよならを言った。
「さよなら、○○ちゃん」
「うん。さよなら、さきちゃん」
それまで我慢していたものが一気にはじけた。涙が止めどもなく流れてきて、
顔がグシャグシャになってしまう。
それに釣られるように、沙希も一緒に泣いた。
そして、車で迎えに来ていた両親とともに行ってしまった。
家に帰った沙希は、いつもの公園で砂山を作っていた。
一人ではあまり楽しくなく、暗い表情で黙々と手を動かす。
そこに、手を繋いだ男の子と女の子が、楽しそうに公園へと入ってきた。
「あっ!!ほらほら、こうえんがあるよ。○○ちゃん」
「ほんとだ。遊んでいこっか、○○○ちゃん」
「うん」
公園のど真ん中に鎮座している、名物のペンギン型のすべり台を滑ったり、
ブランコで漕ぎ合いをしたり。それは、昨日までの自分と同じだった。
そして、今の沙希の目には眩しいものだった。
自然と涙が流れてくる。
「んっ?」
しばらくすると、一方の男の子が泣いている沙希の存在に気が付き、こっちに
近付いて来た。
「どうしたの?ないちゃって」
「えっ?」
いつの間にか流れていた涙に気づき、服の袖で拭う。
「なにか、かなしいことがあったの?」
「う、うん。おともだちが、おひっこし、しちゃったの」
「ふうん。そっか〜」
なにやら考え事をしてから、その男の子が手を差し出す。
「えっ?」
「じゃあ、いっしょにあそぼ」
ちょっと横を向きながら言うところを見ると、けっこう照れているようだ。
「・・・・・、いいの?」
戸惑う沙希に、元気良く答える。
「もちろん」
「うん」
沙希も手を出し、その手をギュッと握る。
そして、もう一人の女の子の所に連れて行かれた。
「だれ?その子」
肩よりもちょっと長い髪をした、可愛い女の子だ。
「おともだちが、ひっこししちゃったんだって、いっしょにあそんでもいいでしょ?」
「うん、いいよ。いいけど〜」
「いいけど?」
「その手をはなしなさい!!」
繋がれた二人の手を強引に離す。
「なにおこってんの?」
「なんでもないよ!!」
訳が分からない男の子は溜息を吐く。
「じゃあ、なにしてあそぶ?」
「てつぼう〜」
男の子が手を挙げて叫ぶ。
「ええ〜。わたしうまくできないよぉ〜。あなたは?」
「わたしも、あまり」
「そうよねぇ〜。だからって、あれ?」
男の子の姿はすでに鉄棒の所にあり、逆上がりを披露していた。
グルン、グルン!
「すご〜い」
それを見た沙希は、パチパチと手を叩いた。
沙希が通う幼稚園でも、逆上がりが出来る子は極わずかしかいなかったから。
「わかったわよ〜、すごいすごい」
それに対して、女の子は妙に冷めている。
実は、もう何回も見せられているからだった。
「わかったから、べつのことしましょう」
「たくっ、わがままだなぁ」
「どっちがよぉ。ねぇ」
沙希に同意を求める。
「ふふふ、そうね」
「でしょ。どう?わかった?」
「ちぇ〜、わかったよ。じゃあ、なにやるの?」
男の子は、渋々了承する。
「おままごと〜」
今度は沙希が手を挙げる。
「え〜?」
「そうしましょう。いいでしょ、2対1よ」
「む〜」
男の子は、不満げな声を漏らす。
なにやら気が進まないことがあるのだろうか。
早速砂場に行った三人は、それぞれの役に成りきる。
「おかえりなさい、あなた」
母親役の沙希が言う。
「おかえり、パパ」
「おふろにする?それともおしょくじ?」
「じゃあ、めし」
「はいはい」
そう言って、砂の団子を差し出す。
「どうそ、めしあがれ」
それを見た男の子は溜息を吐く。
「ふう〜、やっぱり」
「えっ?」
「きみ、おりょうりできる?」
「ううん。やったことないよ」
当然だ。まだ幼稚園児なのだから。
「ぼく、おりょうりがじょうずなこがすきだな〜」
「え?」
きょう会ったばかりの男の子なのに、そんなことを言われて顔を赤くする。
「ああ〜、そんなこといわないの」
子供役をしていた女の子が、男の子のことをバシバシと叩く。
「いて、いて。やめろって」
「それは、わたしだけに言ってくれればいいの〜」
「わかったから、やめろって。あっ!」
公園内の時計を見て声を上げる。すでに5時半を回っていた。
「もうこんなじかんだ。かえろう」
「えっ?あっ、ホントだ。かえりましょう」
叩いている手を止めて、時計を見た女の子も同意する。
「じゃあ、またね」
「じゃあね」
サッと立ち上がり、二人は沙希にお別れを言った。
そして、背を向けて去ろうとする。
「ね、ねぇ、また来てくれる?今度は、ホントのりょうりをつくるから」
「うん」
沙希がそう言うと、男の子は振り返り、そう答える。
すると、女の子が手を引っ張って、先に行こうとする。
「はやく行こうよ〜、○○ちゃん」
風でなびく緋色の長い髪を手でおさえながら、少女は少年をせかす。
「うん、○○○ちゃん」
そんな女の子を、優しい眼差しで見ながら、男の子はそれに従う。
沙希は、二人の背中が見えなくなるまで見送った。また会うことを期待して。
しかし、その二人は二度と沙希が待つ公園には現れなかった。
「小さい頃に、家の近くの小さい公園で、ちょっとね」
むかし出会った、二人の男の子と女の子。
その大切な出来事を久しぶりに思い出し、微笑みを浮かべる。
「沙希ちゃんを送るときに通る、あの小さい公園?」
「うん、そう」
「へ〜、何があったか興味あるけど・・・・・」
沙希が、いま思い出したことを、かいつまんで話そうとしたとき、公がそれを
さえぎった。
「そう言えば、あの公園って、俺も小さい頃に行ったことがあるよ」
「えっ?」
「幼稚園が終わった後にね、よく詩織と探検ごっことか言って、近所を歩き回ったんだ。
その時に、あの公園にも行ったことがあるよ、あのペンギンのすべり台に見覚えがあるんだ」
その言葉に、沙希の体が硬直する。
さっきは出てこなかった二人の名前を思い出そうと、記憶をたぐり寄せる。
「はやく行こうよ〜、こうちゃん」
「うん、しおりちゃん」
![]()
「あーーーーー!!」
「ど、どうしたの沙希ちゃん?」
突然大声を上げる沙希に驚く。
「それって、いつ頃の話?」
「う〜ん、よく覚えてないけど。薄着だった気がするから、夏じゃないかな」
『やっぱり』
あの時、5時半を回っても陽はまだ高く、暗くはなっていなかった。
『わたし、わたし。幼稚園の時、公くんと藤崎さんに会ってたんだ』
沙希は愕然とした。
まさかあの少年が、料理を習うきっかけを作った少年が、
いま目の前で自分の作った料理を食べている、主人公その人だったなんて。
「そうだったの」
「えっ?なにが?」
「なんでもないよ。ふふふ」
沙希は嬉しかった。
お友達が引っ越して落ち込んでいた自分を、慰めようと一緒に遊んでくれた男の子。
お母さんに料理を習い始めたのは、その子に食べてもらいたかったからだ。
それが恋というならば、これが沙希の初恋だ。
高校生になり、知らないうちに再会し、そしてまた恋をした。
この先、この恋がどうなるかは分からない。
ただ、この巡り合わせには、公とは何か不思議なもので繋がっているのだと
感じたかった。
つづく
あとがき
第37話でした。
週1のアップは難しくなるとか書いておきながら、
出来てしまいました。
調子に乗ると書けるんだこれが。
公、沙希の気持ちに気が付けよ、って感じですが、
あれくらいじゃ気が付かないのが、主人公なんですね。
そして、幼稚園児の時に出会っていた公と沙希。
ちょっと強引でしたが、いかがでしたか?
次回は能城カップです。
能代カップのビデオを見直してから
書きたいと思います。
それでは。