「My wish」

沙希編 
第3話「幸せが止まらない」


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ピピピピピピピ
「う、う〜ん」
 沙希は、目覚まし時計の電子音で目を覚ました。しかし、昨晩は編み物で遅かったためすぐには
 起きることが出来ない。
「うるさいよぅ」
 そう呟くと、頭の上に手を伸ばして止めようとする。
 もう何年も同じ位置にあるのだから、見ずとも寸分違わず時計の頭にヒットした。
カチッ
「みゅぅ・・・・・スーーーーー
 数秒後、沙希は再び寝息を立て始めた。
   ・
   ・
   ・   「沙希遅いぞ」
   ・   「ごめんなさい」
   ・
   ・
 ほんの10分という短い間に、公との待ち合わせに遅れた夢を見た。
 怒る公に頭を下げている自分がいた。公が立ち去ろうとする。
「待って!!」
 ハッと目を覚まして、上半身を起こして手を伸ばす。
「あ、あれ?」
 寝ぼけまなこの沙希は、状況が把握できずに周りをキョロキョロした。
 間抜けに伸ばした腕は宙をさまよう。
「夢?」
 昨晩、床に入ったとき、明日の約束に遅れないようにと考えながら寝たことが原因で夢に出てきたようだ。
「いま何時?」
 時計は9時を指していた。もう冬休みに入っているのだから寝坊ではない。1時の待ち合わせに間に合えばいいのだ。
「ふあ〜」
 一度欠伸をして目を擦ると、沙希は起きあがってカーテンを開けた。
シャッ
「わっ!しろ〜い」
 外は昨晩の雪で銀世界になっていた。
 昼になればほとんど溶けるだろうが、午前中だけでもクリスマスらしい雰囲気が味わえる。
「ふふ。クリスマスっぽい」
 今年は高校生活最後のクリスマス。伊集院家のパーティーに出席した1、2年時は、ただの仲がよい友達だった公だが、
 今年はとうとう恋人同士として過ごすことが出来る。
 今年は伊集院家のパーティーには顔を出さずに、公とデートをすることになっていた。
「顔でも洗おうかな」
 まずは完全に目を覚ますために、洗面所へと向かった。



 同じ頃、公は自分の部屋でくつろいでいた。既に朝御飯を食べ、今日の予定を確認している。
「ここに行ってから、ここ。それから、ここと」
 明日から始まるウィンターカップのことは今日は一切忘れて、大会前の休日を沙希と楽しもうとしていた。
トゥルルル、トゥルルル
 電話が鳴る。親は二人とも出掛けているので、すぐに子機に繋がるようになっていた。
 公は、ときめきウォッチャーを閉じて子機を手に取った。
ピッ
「はい。もしもし、主人です」
「あ〜、僕だが」
 すぐに分かる聞き慣れた声が、子機から流れてきた。
「伊集院か。何か用か?」
「まあ用というか・・・・・コホン。君は先日、パーティーに出席しないと言っていたが、本当に
 こないのかね?」
「ああ。悪いけど、そのつもりだ」
 沙希とのデートがあったので、招待状が送られてきたすぐ次の日に、レイ本人に欠席の旨を伝えてあった。
「虹野さんとデートだからかね」
「ああ、そうだけど」
 別に理由を言ったわけではないが、公と沙希が付き合っているのは有名なことなので当然分かられていた。
「そうか・・・・・・・・・それは何時からだね」
 少し考えた後、思い詰めたような真剣な声で言う。
「な、なんだよ。邪魔でもしようってのか?」
「そんな無粋なマネはしないさ。ただ、もし時間があったら、君と話したいことがあったのだよ」
「俺と?電話じゃダメか。1時に待ち合わせしてるんだけど」
「そんなに時間は取らせないよ。まだ9時を過ぎたばかりじゃないか。良かったら、ランチも食べていくといい」
 伊集院家のランチ。公の頭に豪勢な料理が思い浮かぶ。
「へ〜。どういうことか知らないが分かった。お前の家に行けば良いんだな」
「そうだが。君の家の前に迎えを出しているから、それに乗ってきてくれたまえ」
「迎え?」
 窓から外を見ると、確かに黒塗りの車が止まっていた。
「あのな〜。ありがたいけど、あんな車を家の前に止めさせないでくれ。噂になっちまう」
「ははは。すまないね。ああいう車しかないのだよ」
「そうかいそうかい。じゃあ、いま行くから。決して食い物に釣られたわけじゃないぞ」
「ははは。分かっている。じゃあ、待ってるよ」
「ああ」
ピッ ツゥゥゥゥゥゥゥ
 公の方から切ったので、レイの受話器から待ち受け音が虚しく聞こえてきた。
カチャ
「ふう」
 レイは受話器を置いて一息吐いた。
 公が家に来る。高校の同級生が自分の部屋に入るのは、初めてのことになる。
 ましてや好きだった人だ。少し緊張しながら、これから話すことを考えた。
 今日は、なぜ沙希の方を選んだのか問いただそうとしていた。昨年のクリスマスでは、詩織の事は好きだが
 沙希も気になる存在だと言っていた。だが、レイは必ず詩織の方を選ぶと思っていた。
「なぜなの?」
 それなのに結果は沙希だった。詩織なら許せると思っていたのに、いや沙希が劣ると思っている
 わけではない。しかし未だに納得していないレイは、二人だけになって本人に聞こうとしていた。
 いざとなれば、自分の正体を明かすこともいとわないつもりでいた。



 公が詩織ではなく沙希を選んだという事実を知る者は、それほど多くはない。ただ、沙希と付き合っている
 という事実は皆の知るところである。
 詩織はまだ完全には立ち直っておらず、時折見せる暗い表情に気付いたレイは理由を聞いてみたが、
 何でもないと言われて引き下がるしかなかった。
 詩織が元のようになるには、まだ時間がかかりそうだ。ただ、それはそんなに遠いことではなかった。
 それは、少しだが公と話すことが出来るようになったことから推測できる。
 色々考えている内に、ドアをノックする者がいた。
トントントン
「レイ様。主人様がおいでです」
「通せ」
「はい」
カチャ
 ドアが開くと使用人の外井が立っていて、その後ろから公が現れた。
 中に入ると、外井は一礼してドアを閉めた。
「よお」
「やあ。元気にしていたかね」
「ああ。残念ながら元気だ」
「ははは。ところで」
 公の嫌味も軽く流して本題に入る。
「電話でも話したとおり、話したいことがあったのだが。君はなぜ虹野くんと付き合っているんだね。
 藤崎くんのことはどう思ってるのかね」
「はあ?何の話かと思えば。なんでそんなことをお前に話さないといけないんだよ」
「うっ。そ、それは」
 分かっていたことだが、いきなり話の腰を折られて狼狽える。
「ほら。お前に話す理由はないだろ」
「う、う〜ん」
 腕を組んで、どうするか悩む。
「話はそれだけか?」
「そうなんだが・・・・・」
「じゃあ用はないな。ランチはもったいないけど、時間も早いから俺は帰るぞ」
「い、いや、ちょっと待ちたまえ」
「何だよ」
 レイは悩んだ末、正体をばらすことにした。
「それは、僕にも関係があるからだよ」
「何?なんでだよ」
「そ、それは・・・・・・」
 話そうとしたが、正体をバラしたとき、公との関係が壊れる可能性を考えると言葉が出ない。
 せっかく普通に話が出来ようになったのに、残りの高校生活を寂しい物にしたくなかった。
「なんだ。黙ってるなら帰るぞ」
 振り返って歩き出しドアに手を掛けたとき、レイは決心を固めた。
「待てと言っている」
「しつこいなあ。何だよ」
 少し怒りをあらわにしながら、再びレイの方を向いて悪態を付く公を見て、レイは恐くて少しビクリとした。
 固唾を呑む。
「き、君は、昨年のクリスマスに、麗奈に告白されたのを、お、覚えているかい」
「れいな?ああ、麗奈さんか。もちろん覚えてるぞ。お前の友達だったよな」
「ああ」
「で、それがどうかしたのか」
 麗奈がレイに、どこまで話したのかは分からないが、少しは関係がありそうだなと怒りが静まり表情が元に戻る。
「そのとき君は、藤崎さんのことが好きだと言ったんだろ。虹野さんも気になる存在になりつつあるとも言ったそうだが」
「ああ」
「麗奈はその時、君は藤崎さんの方を選ぶと思ったらしいが、君は虹野さんを選んだ。それはどうしてだい。
 麗奈が知りたがっていたんだよ」
 公の表情の変化を見極めつつ、慎重に言葉を選ぶ。
「麗奈さんが。そうか」
 麗奈の顔を思い浮かべる。
 特に秘密にしているわけではないから話してもいいのだが、レイに話すのは気が進まなかった。
「う〜ん。そんなに知りたがっていたのか?」
「そうだ」
「じゃあ本人に話すから、電話番号を教えてくれ」
「・・・・・それには及ばないよ」
「なに?どうしてだ。ここに来てるのか?」
 周りをキョロキョロと見回す。
「そうじゃない」
「じゃあなんだよ」
「き、君の目の前に、いるからだ」
「はあ?どこにいるんだよ」
 もう一度、部屋中を見まわす。
「いないじゃないか」
 怒ってレイを睨む。
「このままだと分からないでしょう」
 突然、女言葉に変わる。
「なんだ伊集院。声が変だぞ」
「いえ、これが私の地声です」
「・・・・・どういうことだ?お前・・・・・まさか・・・・・・・こっちか?」
 右手の甲を左頬に持ってきて、いわゆるオカマポーズをする。
「なっ!!違います!!!!」
 大声で否定する声も、女の声そのものだった。
「私が麗奈なんです」
「はあ?伊集院が麗奈さん?何を言ってるんだ」
「何を言ってるんだではなくて、私は伊集院レイであると同時に、麗奈でもあるんです」
 金髪を束ねていた髪留めを外すと、サラサラの長い髪が背中に落ちた。そして乱れた後ろ髪を両手でかきあげると、
 広がった金髪に窓から差し込む光が反射して、豪奢に光り輝いた。
「い、伊集院?」
 それは、今まで見てきたレイの顔とは、まったくの別人に見えた。
 髪を下ろしただけで、こんなに違うものかと言うくらいに。
 記憶の中にある麗奈とそっくりの顔が目の前にあるので、公はしきりに瞬きをしたり目を擦ったりして、
 レイの顔を食い入るように見つめた。
「そんなにジロジロ見ないでください。恥ずかしいですよ」
「なんだなんだ。どういうことだ」
 まさしく麗奈の喋り方で、レイが話している。
「伊集院が・・・・・実は女?まさか」
 否定するかのように顔を横に振る。
「どうすれば信じてもらえますか?」
「そんなこと言われてもなぁ〜。う〜ん。例えば女なら胸が・・・・・」
 レイはツカツカと公の前まで歩いてきて、スッと公の手を取った。
 そして何も言わずに、その手の平を胸へと押しつけた。
「なっ!?」
プニュ
 手の平から脳へと、柔らかいものを触った感触が神経を伝達した。
「・・・・・・・・・・・・おおおおおおおお」
 始め何が起こったのか理解できずに、恐竜並みの反応で間を置いてから大声を上げた。
「きゃあ」
「おおお。ふがふが」
 レイは慌てて口を塞いだ。
「シッ!!静かにしてください」
「ふがふがふが。ふがっが(わかった)」
 コクコクと頷いたので、手を離した。
「ふう」
「レイ様。どうかなさいましたか」
 外井がドアの向こうから尋ねる。
「何でもない。下がってよい」
「はい」
 外井は、レイが公に好意を寄せていたのを知っているので、すぐに引き下がった。
「ふう。分かりましたか?」
「お、おんなだというのは分かったけど・・・・・」
 ポカンと口を半開きにしながら自分の手の平を見つめて、先程の感触を想い出す。
 それを察したのかレイが真っ赤になる。自分でやったこととはいえ、急に恥ずかしくなって
 公の思考を遮るために話を再開した。
「そ、それでですね」
「伊集院」
「は、はい」
 ビクリと肩を上下させて言う。
「お前の本当の名前は、麗奈なのか?」
「い、いえ。伊集院レイが、本当に私の名前です」
「じゃあ麗奈は」
「麗奈は、貴方に告白したときに使った仮名です」
「仮名。そうか。俺に正体をばらすわけにはいかなかったんだな」
 頭が回り始めた公は、徐々に理解し始めた。だんだん冷静になってくる。
「はい。あの時は本当の姿をしてましたし、まだ伊集院レイが女だとは、知られたくなかったんです」
「なんで、女だというのを隠していたんだ?」
「それは伊集院家のしきたりなんです。伊集院家を継ぐのは、長男長女関係なく第一子となっているのですが、
 女だった場合は高校時代は男装をして過ごさないといけないんです。だから、皆さんを騙すことになりますが、
 男の伊集院レイとして通っていたんです」
「へ〜。金持ちってのも大変なんだな」
 常識では考えられないことだが、伊集院家となればあり得る話だと、アッという間に納得してしまった。
「ん?まてよ。ということは、俺に告白してくれた麗奈さんは伊集院レイと同一人物ということか」
 一番重要なことに、やっと気が付いて愕然とする。
「はい。そうです」
「そうですって、お前・・・・・」
 途端に居心地が悪くなる。自分のことを好きだと言ってくれた麗奈が実はレイであったという事実。
 例えレイが女だったとしても、まだ男だという固定観念が拭い去れないいまは、男に告白されたような
 感覚に陥って変な気分になる。
「私のこと、嫌いになりましたか?」
「い、いや、そんなことはないけど」
 今にも泣き出しそうに、悲しそうな目で言われれば、嫌いになったなんて言うことは出来ない。
 まあ実際に嫌いになったわけではないから、それは良いのだが。
「ホントですか?良かった〜」
 心底安心したようで、ニッコリと微笑む。
『うっ。可愛い』
 と、そんなことを思っている場合ではない。
「伊集院が、麗奈さんだったのか。だからバスケ部に良くしてくれたんだな。俺は振ったっていうのに。ありがとう」
 公は真剣な顔で頭を下げた。
「いえ。私が勝手にやったことですから。その言葉だけで十分です」
「そう言ってくれると、助かる」
 顔を上げて表情を緩ませる。
「それで、話は戻りますけど。藤崎さんのことは」
「あっ、そうか。伊集院は麗奈さんなんだから、聞く権利があるか」
「出来れば」
「わかった。話すよ。確かに去年のクリスマスでは、詩織の事が好きだった。沙希のことも気になっていたけど・・・・・・・。
 で、あの後も色々あって、二人の内どちらかを選ぶ事に
 なったとき、沙希の方が詩織よりも好きになっていたんだ。もちろん詩織のことを嫌いになった訳じゃない。
 だけど、一度に二人と付き合うわけにはいかないし、いずれは一人に決めなくちゃいけないだろ。
 だから一人を選ぶとなったら、それは沙希だったんだ」
 黙って聞いていたレイは、しばらく考えた後、口を開いた。
「藤崎さんは嫌いじゃないけど、虹野さんの方がより好きになっていた」
 声に出して繰り返す。
「ああ」
「そうですか。よく考えた末の答えなんですね」
「ああ。詩織には本当に悪いと思っているけど、こればっかりはどうにもならないだろ。幼馴染みという関係は
 崩したくないなんて自分勝手だけど、詩織も同じように思っていてくれるみたいなんだ。少しずつだけど話すようになったし」
 そう言う公の表情は、沙希のことを想う真剣な面と、詩織のことを想うと辛いという二つの面を持っていた。
「分かりました。本当に虹野さんが好きなんですね。いい加減にズルズルと引きずるよりも、男らしいと思います」
「すまない。あんなにハッキリと詩織が好きだって宣言していたのに、こんな結果になってしまって」
「ふふ。謝ることはないですよ。公さんの口から真実を聴いて、納得しましたから。」
「ありがとう」
 問題が解決したところで、改めてレイを見る。
「はぁ〜。それにしても、お前が女だったとは」
 入学初日から男どもの反感を買い続けてきたレイだが、それは隠し事をしていることへの反動だったのだろうか。
「ワザと憎まれ口を叩いていたのか?」
「そうですね。男性と仲良くなると、いつか正体がばれるような隙を作ってしまうかも知れないですから。
 でも、貴方にだけはそれが出来ませんでしたね」
「ははは。そうか。憎まれ口は変わらなかったけどな」
「ふふふ。そうですね」
 二人の間に和んだ空気が流れるが、すぐに、レイは目を伏せて沈みがちになる。
「公さん。さっきは私のことを嫌いにはなっていないとおっしゃいましたよね」
「ああ」
「そ、それでは。これからもお友達としてお付き合いしてもらえますか?」
 公の目を見て恐る恐る問う。
「・・・・・・・・なんだ。そんなこと気にしてたのか。お前が男だろうが女だろうが、友達には変わりないよ。
 秘密を教えてくれて嬉しかったし、これからもよろしくお願いするよ」
 手を出して握手を求める。
「は、はい!!」
 レイはその手を握り、感激で目をウルウルさせながら公との新しい関係を喜んだ。
「でも、このことは、誰にも言わないでくださいね」
 人差し指を顔の前で立てる。
「分かってるって」
 それからは、今までにない親密な感じで楽しく話すことが出来た。
 時間が経つのを忘れていると、いつのまにか11時半を回っていた。
グ〜
「やだっ」
 朝御飯はあまり喉を通らなかったし、ホッとしたせいで気が緩んだのだろう。
 レイは思わずお腹を見て抑えると、ゆっくりと顔を上げた。
「ははは」
「もうっ。笑わないでください。もうお昼なんですね。食べていってください」
「半分そのつもりで来たんだけど、本当にいいのか?」
「はい。ぜひ」
「サンキュウ。じゃあ、食べていくか」
「はい」
 これで、もう少しだけ公とお話しすることが出来る。
 本来の姿で初めて出来た友達に、レイは心底嬉しかった。



「おかしいなぁ〜。あんなに時間あったのに」
 沙希は待ち合わせ場所に向かうバスの中にいた。
 起きてから約束の時間まで、まだまだ余裕があったはずなのに、あと3分しかない。
 朝積もっていた雪はすでに溶けているから普通に走ってはいるが、急いでいる沙希には遅いように感じられた。
「早く早く」
 何故こんなことになったのかというと、遡ること3時間前。
「あ〜ん、どれにしようかな〜」
 朝御飯を食べた後、部屋に戻ってきた沙希はクローゼットから服を取りだして、どれを着ていくか迷っていた。
 昨夜の内に決めておくべきだったと後悔するが、手袋を完成させることで精一杯だった。
「ん〜、これでいいや」
 部屋着を脱ぎ捨てて着替えると、下に降りて急いでお昼を食べた。それでこの時間になってしまった。
 お弁当を作る予定がなかったからいいようなものの、作っていたらもっと遅れていたところだ。
「次はきら」
ピンポン
 アナウンスが鳴ると、誰よりも早くボタンを押した。
「めき駅前です。お降りの方はお忘れ物のないようお願いします」
 バスが待ち合わせ場所の近くを通り過ぎる。
「あれ?まだいないのかな」
 クリスマスだけあって、たくさんの人がいるため、公を見つけることが出来ない。
シュウ〜
 少し遠のいて10m位先にある停留所に止まると、開いたドアから飛び出していく。
タタタタタ
 人にぶつからないように、駆け足で目印のモニュメントを目指す。
 モニュメントの上にある柱時計は1時15分を指している。
「公も遅れたのかな。ま、まさか、帰っちゃったってことないよね」
 あれは正夢だったのか。怒って帰る公を想像して身震いした。
「着いたけど、いないなぁ〜」
 大きな目を、更に大きく開けてキョロキョロと辺りを見渡す。
「公」



 5分後。
「あっ!!」
 心配になって深刻な表情を見せ始めたとき、人混みの中を縫うように走ってくる公の姿がチラッと見えた。
 華麗なフットワークで、通行人にはかすりもしない。カップルも多くいたので、横にいる相手に気が向いてる人の中には、
 風が通りすぎたように感じたかも知れない。というのは大袈裟か。とにかく、それくらい素速い動きだった。
「はあ、はあ。ごめん。待っただろ」
「ううん」
 フルフルと顔を横に振る。
「だって、いま25分だぞ」
 腕時計をしない公は、柱時計を見上げた。
「待ってないよ。だって、私も15分遅れたんだもの」
「え?そうなのか。でも遅れたのは確かだからな。ごめん」
「いいよ。今日はお互い様」
 自分より10分遅れてきたことよりも、来てくれたことの嬉しさの方が何倍もまさった。
「わかった。ありがとう」
「ううん。それよりも、公が帰ったんじゃないかって、それが恐かった」
「俺が帰る?それはないよ。沙希のことだったら、いくらだって待つさ。何時間も待てば、電話だってするし」
「ありがとう。でも、こんな時のために、携帯かピッチを持った方が良いかもね」
「そうだなぁ」
 クラスメートの8割方が持っている携帯だが、公と沙希はまだ持っていなかった。
 そこまでしてかける相手もいなかったからだが、これからは必要になりそうだ。
「よしっ。母さんに相談してみるか」
「うん。私もしてみるね」
「じゃあ、行こうか」
 公は自然に沙希の手を握った。
「うん」
 今でも手を繋ぐとドキドキするが、それが当たり前になっていた。


 再びバスに乗って二人が向かった所は、季節外れのプールだった。先月オープンしたばかりの温水プールで、
 ウォータースライダーや流れるプール、ボディーボードが出来るプールも揃っていた。
 オープンしたばかりだから混んでいると思ったが、クリスマスの今日ばかりは空いていた。
「じゃあ、中でね」
「ああ」
 更衣室前で別れた二人は、それぞれ男女の入口に入っていった。



「まだかな」
 男である公は、アッという間に着替えて中に入ってきた。どこに何があるのか確認しながら、
 沙希が来るのを心待ちにしていた。
「どんな水着かな」
 恥ずかしくて最後まで教えてくれなかったから、何を着てくるのか楽しみにしていた。
「沙希のことだから、ビキニはないかな。派手な色もあり得ないと思うし・・・・・・白のワンピースとみた」
 などと妄想を繰り広げているとき、沙希は更衣室で悩んでいた。
「はあ。いきなりなんだもん」
 沙希は、自分のお腹を見て溜息を吐いた。ちょっとつまんでみる。
「はあ〜」
 秋は食欲の季節。夏前と違って、それほど体重には気を遣っていない。
「ビキニじゃないから大丈夫だと思うけど。幻滅されたら嫌だなぁ〜。でも、公のためだもんね」
 クリスマスは二人でどこかに行こうという話になったとき、公は真っ先にこのプールのことを出した。
 夏は付き合う前だったので泳ぎに行くことが出来なかったから、ぜひとも沙希の水着姿が見たいというのが
 本音であるが、もちろんそれは隠してある。クリスマスはウィンターカップの前日で一日休みがもらえる。
 過剰な運動は出来ないが、軽い運動でリフレッシュ出来ればと言ってある。
「これでよし!!」
 まんまと乗ってしまった沙希は、キャップとバスタオルを持って、いざ出陣した。



 ぺたぺたとコンクリート造りの廊下を歩いていくと、中に繋がる出入り口から歓声が聞こえてきた。
 人が少ないから、子供達がはしゃぎ放題遊んでいた。
「わあ、広いのね」
 中に入り思わず感嘆の声を上げている沙希を、5m先で食い入るように見ている公。
「よっしゃ。当たり」
 予想どおり白のワンピースだった沙希を見て、小さくガッツポーズをする。
「ちょっと柄付きだけど、当たりだ」
 一人ブツブツとほくそ笑んでいると、いつの間にか目の前にいた沙希が、顔を覗き込んできた。
「どうしたの?」
「わあっ」
「きゃあ」
 驚いた公の声に、逆に驚いて肩をビクンとさせる。
「ごめん。いつの間に」
「ふう。ビックリした」
 手を当てて胸を撫で下ろす。
「何か考え事?」
「え?は、ははは。何でもないよ」
 どんな水着を着てくるか予想して当たったなんて本人に言えるはずもない。
「ふうん」
 しかしそこは乙女心、体型を気にしつつも彼氏には褒めて欲しいという矛盾が生じる。
「ね、ねえ。この水着どうかな」
「え?うん。いいよ。可愛い」
「ホント?良かった。で、でも、そんなに見つめないで」
 自分で言い出したにも係わらず、目の前でジッと見られて急に恥ずかしくなる。振り返って、後ろ手でお尻を隠す。
「ご、ごめん」
「ふふ。行きましょう。明日に備えてリフレッシュするんでしょ」
「ああ」
 二人は流れるプールへと向かった。


 プールの目の前までくると、水面が緩やかに流れているのが分かった。
「沙希は、泳ぐのそんなに得意じゃなかったよな」
「う、うん。25mが精一杯なの。しかも平泳ぎで。クロールは息継ぎが出来なくって」
「何でも、それだけ泳げれば十分だ。別に競争しようって訳じゃないんだから」
 ここの深さはそれ程でもないから大丈夫だろう。
「危ないときは、ちゃんと助けるから」
「頼りにしてるわ」
「任せろ。じゃあ軽くストレッチして入ろう」
「うん」
 公は、明日の試合に備えて十分に筋肉と関節をほぐした。沙希も公に倣って一通り済ませる。
「よしっ!レッツゴー」
「オーーーーー」
 意気込みは高らかにしながらマナーを守って静かに水に入ると、身体を水に慣らすために少し歩く。
「じゃあ、平泳ぎでゆっくり一周しよう」
「うん」
 沙希は上手く泳げるか不安がりながらも、公の横に並んで泳ぎ始めた。
 今年の夏は後輩のみのりと一回プールに行ったが、ボールで遊んだりするのが主で、ろくに泳がなかったため、
 まったく上達していない。
「なんだ。大丈夫じゃないか」
「そ、そうかな」
 余裕で泳いでいる公に比べると、表情に焦りが感じられるが、無難にこなしていた。
 流石に20m位すると足を着いたが、それで十分だと公は思っていた。
「ふう」
 休みながら30分位泳いだだろうか。一息吐いた沙希は、軽く流している公を見た。
「綺麗なフォーム」
 無駄な動きがない見事な泳ぎを見ていたら、本気の泳ぎを見たくなった。幸い前方は誰もいない。
「公」
「なに?」
 一端足を着いて振り返る。
「泳ぎには自信あるんだよね」
「ん?そうだなぁ〜。まあ、ある方かな」
「私、公の本気の泳ぎが見たいなぁ〜」
 ウィンクしつつ、期待の目で見る。
 そんな可愛い仕草で言われた日には、期待に応えないわけにはいかない。
「じゃあ、向こうのカーブまで行って待ってるから、沙希はゆっくり来て」
「うん。わかった」
「行くぞ」
 公は深く息を吸って、勢いよく前方に飛び出した。
「速ーーーい」
 先程と同じ無駄のないフォームの中に、腕の回転の速さが増して、アッという間に離れていく。
 沙希は尊敬の眼差しで見つめる。
「スゴイ、スゴイ」
 自分が不得意な息継ぎも、スムーズに動きの中に入っている。
 カーブ手前に着いた公が、縁に座って手を挙げたので沙希もゆっくり泳ぎだした。
『上手だなぁ〜。教えてもらおうかな〜』
「ゴール」
 沙希が目の前まで来ると、そう言いながら公はプールに入った。
「じゃあ、また並んでいこうか」
「ねえ」
「ん?」
 泳ぎ始めようとする公を呼び止める。
「あのね。私にクロールを教えてくれないかな?」
「クロールを?う〜ん。人に教えたことないからな〜」
 水を含んだ前髪をかきあげる。
「お願い」
 両手を合わせて懇願する。
「わかった。じゃあ、やってみよう。あっちのプールに行った方が良いな」
「うん」
 これで上手になって、公に褒めてもらおうと意気込む沙希だった。



 1時間後。
 公の教え方が良いのか、沙希の飲み込みが早いのか、だいぶ様になってきた。
「そうそう」
 苦手だった息継ぎも、まだまだぎこちないが出来るようになっていた。
「ぷはっ」
 大きく息をついて立った沙希に、公が近づく。
「だいぶ上手くなったな」
「ホント?」
「ああ」
 頭を撫でながら笑顔で言う公に、沙希も自然に笑みがこぼれる。
「少し休もう。ご褒美にジュースをおごるよ。何が良い?」
「やったね。じゃあ、グーのオレンジかな」
「了解。座って待ってて」
「うん」
 沙希を残して、公は売店に向かった。ここでは会計が後払いになっていて、ロッカーの鍵に付いている
 番号を見せれば、買い物が出来るようになっていた。
「ふふ。公に褒められちゃった」
 よほど嬉しかったのか、座って足をバタバタさせる。
「でも、息継ぎがもう一つなのよねぇ」
 早く上手になりたいと思った沙希は、公が帰ってくる前にもう一度だけ泳いでみようと水に入った。
「それっ」
 他の客もちょうど休憩する時間なのか、プールの中には沙希しかいなかった。
 初めは順調に進んでいたが、10m位泳いだところで、急に足が動かなくなった。
『え?何?足が』
 何が起こったのか判断できなくて、沙希はパニック状態に陥った。
バシャバシャバシャ
 足は着くくらいの深さなのに、攣った足に意識がいってしまう。すぐに水を飲んでしまったことも更に慌てさせた。
『く、くるしい。公、助けて』
 そう思いながらも、どんどん水が入ってきた。
ガボガボガボ
 その時、公はカップを二つ持ってプールサイドに戻ってきた。
「ん?何だか騒がしいな。誰か溺れたのか?」
 さっきまで二人でいた辺りに、人だかりが出来ている。
 右の方からは、監視員が走ってくるのが見えた。
 案の定、野次馬の隙間から溺れている人らしき人影が見え、水をバシャバシャとはねる音が聞こえてきた。
「まさか!?」
 人だかりの中に沙希の姿がないことに気が付いた公は、溺れている人を注視した。
「沙希!!」
 浮かび上がったときに見えたのは、まさしく沙希の顔だった。
「待ってろ」
 すでに監視員が飛び込んでいたにも係わらず、ジュースを近くにあったテーブルに置いて走り出した。そして勢いよく飛び込む。
 公は息継ぎもあまりしないで、もの凄い速さで泳いだ。先に飛び込んだ監視員さえも抜いて沙希に迫る。
 あともう少しで手が届くというところで、耐えきれなくなった沙希は、とうとう気を失って沈んでいった。
「沙希」
 すぐに底に向かって潜ると、微動だにしない沙希の身体が見えた。
 腕を回してがっしり抱きかかえると、急いで顔を出した。そして、そのまま泳いでプールから上がった。
「大丈夫か。君の連れかい?」
 先に上がっていた監視員が走ってきた。
「はい。沙希、沙希」
 耳元で叫ぶが返事がない。
「水を飲んだらしいな。どいて」
 抱いていた公から沙希を取り上げ、下に寝かせる。
 これは、人工呼吸をしようとしているに違いない。
 このままだと、監視員に口づけされてしまう。キスと人工呼吸は違うし人命救助なのだが、当然納得がいかない。
「ええと〜」
 公は頭をフル回転させて、保健体育で習った人工呼吸の仕方を思い出した。
「待ってください。俺がやります」
「え?き、きみ」
 監視員の肩を掴んで後ろに退かすと、すぐに気道を確保する。
「大丈夫。授業で習いましたから」
 唖然として見ている監視員をよそに、沙希の鼻を摘んで大きく息を吸って止めると、開いている口へ近づいた。
 が、あと1cmで小さな口が塞がろうとした時、ビクッと沙希の身体が動いた。
 そして、口の中から水が吐き出されてきた。
ゴボッ
「大丈夫か、沙希」
 口元から離れた公は、名前を呼んで意識を取り戻させる。
「ケホッ、ケホッ」
 沙希はしきりにせき込んで、水を吐き出した。
「はあ〜」
 大きく息をつき、やっと目を開けると目の前に公の顔があった。
「こ、こう?」
「沙希、大丈夫か」
「わたし・・・・・・・・溺れたの?」
 やっと自分が置かれている状況を把握した沙希は、か細い声で言った。
「ああ。ジュースを買って戻ってきたら、沙希が溺れていたからビックリしたぞ」
「ごめんなさい」
 うなだれる沙希。
「どうやら大丈夫みたいだね」
 無事なのを確認した監視員が立ち上がった。
「はい。すみませんでした」
 沙希の代わりに公が答える。
「何か着て体を温めながら休んだ方が良い。それじゃあ、俺は戻るから」
「はい。ありがとうございました」
 礼を言いながら、沙希の上半身を起こした。
 監視員は、手を挙げて持ち場に戻っていった。野次馬連中もちりぢりに散らばっていく。
「具合はどうだ?」
「大丈夫よ。ちょっと休めば」
 公に抱えられて、近くのイスに座る。
「そうか・・・・・でも、ちょっと休んだら今日の所は出よう。溺れた後に泳いでも楽しくないだろ」
 隣のイスに座り、沙希を気遣う。
「・・・・・・うん。ごめんなさい」
「いいって。また来ればいいし。そろそろ出ようかと思ってたんだから」
「ありがとう」
 公の優しさに触れて恐い思いも吹き飛んだが、ふと重大なことに気が付いた。
「こ、こう?」
 沙希は飲んでいたカップを置いて、軽く握った。
「ん?」
「さ、さっき。誰か人工呼吸なんて・・・・・した?」
 溺れる=人工呼吸。何でもっと早く気が付かなかったんだろう。
「ああ。監視員がね」
「ええ?」
 口元を抑えて、監視員が座っている椅子を探す。もちろん顔を確認するためだ。
「ははは。う・そ・だよ」
「え?」
「大事なファーストキスを、他人に奪わせたりしないよ」
 その言葉に、沙希の動きが止まった。
「あれ?違ったか?もうキスは・・・・・」
「う、ううん」
 手を大きく振って、急いで否定する。
「じゃ、じゃあ、公が・・・・・して、くれたの?」
 言いながら、顔を真っ赤にして俯く。
「ああ。実は・・・・・」
 公は少し乗り出した。
「監視員から沙希を奪って、唇を重ね・・・・・」
ゴクリ
 沙希が息を呑む。
「ようとしたら、沙希が気が付いたんだよ。惜しかった〜」
ガクッ
 肩を落として、ずっこける沙希。
「そ、そうなんだ」
はぁ〜
 更に、小さく溜息を吐く。
「それとも、して欲しかったか?」
「え?も、もうっ!!恥ずかしいなぁ〜」
 力一杯、公を叩く。
バチン
「いてっ」
「あっ、ごめんなさい。公が変なこと言うからだよ〜」
「ははは」
「ぶ〜」
 ふくれっ面をして抗議するが、それはそれで可愛いのだから公に効き目はない。
『よかった。公なら、されても良かったけれど、大事なファーストキスは、ちゃんとしたいから』
 小さく呟いたつもりだったが、公にも微かに聞こえたらしい。
「え?何をちゃんとしたいって?」
「な、何でもないよ。ふふふふ」
 激しく手を振って、わざとらしく笑うと。何事もなかったように残ったジュースを飲んだ。
 それから数分後、二人は着替えて会計を済ませると、薄暗くなってきた街に出た。



 バスで駅前に戻ってきた頃には、すっかり暗くなっていた。駅前では、会社帰りにケーキを買い、
 子供の喜ぶ顔を想像するお父さんや、楽しそうに微笑むカップルが幸せそうに歩いていた。
 そして、その中に溶け込むように、公と沙希も腕を組んで歩いた。
「綺麗ね〜」
「ああ」
 ショッピング街の広場には、大きなもみの木にイルミネーションが美しく輝くクリスマスツリーがそびえ立っていた。
 今日はクリスマスだから結構たくさんの人で賑わっていたが、先日のニュースで見た点灯式では
 ドッと人が押し寄せたため、二人が立っている場所も人で埋め尽くされていた。
「ふふ」
「どうかしたか?」
「ううん。何でもないよ」
 沙希は、好きな人の隣でクリスマスを過ごすことが出来る幸せを実感していた。
 世界中で自分が一番幸せではないか、という錯覚にさえ陥りそうになる。
「ベンチが空いてる。座ろう」
「うん」
 二人は、ピッタリとくっついて座った。
「沙希、寒くないか?」
「え?そうね。ちょっと冷えてきたかも。でも大丈夫よ。じゃあプレゼント交換しましょう」
「そうだな」
 沙希は鞄から、ラッピングした袋を取りだした。
「はい。メリークリスマス」
「ありがとう。じゃあ、これは俺から。メリークリスマス」
「ありがとう」
 まずは沙希から、包み紙を丁寧にはがした。
「あっ、これは。料理の鉄人のビデオね」
「うん。沙希がもっと料理上手になるようにね」
「ふふふ。ありがとう。美味しい物たくさん作ってあげる」
 どうやら喜んでくれたようだ。
「沙希のは何かな〜」
 期待を込めて袋を開けると、中から青色の手袋が出てきた。
「手袋か。へ〜、手作りだな?」
「え?どうして分かるの」
 早速はめた公が、わざと意地悪そうに言う。
「ここの編み目が粗いからな。それに、ちょっと大きいなあ」
「ごめんなさい。初めてだったし、サイズが分からなくて。聞けばばれちゃうから。うぅ」
 カクンと俯いて落ち込む沙希を、慌ててフォローする。
「おいおい。別に攻めてる訳じゃなくって、ちょっとからかおうと・・・・・、ん?」
「くく」
 泣いているから上下に揺れていると思った肩が、実は笑いを堪えているのに気が付いた。
「こら沙希」
 コツンと頭を小突く。
「ふふふ。ごめんなさ〜い」
 その時、ひらひらと白いものが落ちてきた。
「あっ!!ねぇ、見て。雪よ」
「ホントだ。どうりで寒いはずだ」
「ホワイトクリスマスね」
 沙希が雪に触れようと手の平を上にすると、舞い降りると同時にスッと消えた。
「冷たい。ふふふ」
 そんな無邪気な横顔を見ていたら、公は思わず沙希の肩に手を掛けてグッと引き寄せた。
「公」
「ん?」
「こんなに幸せな気持ちになるのって、わたし初めてよ。幸せすぎて、恐いくらい」
 公の肩に頭を預ける。
「う〜ん。でも俺達は、これからもっと幸せになるんだから、これくらいで恐いって言われると困るなぁ」
「公、大好き!!」
 感極まって抱きつく。
 公が自分のことを考えてくれている。大切にしてくれている。その想いに、満面の笑顔で喜びを表現する。
 その笑顔を見て、公は改めて沙希への想いを確認した。
「今日は、もう遅いし。帰ろう」
「うん。明日は大事な最後の大会だもんね」



 住宅地の暗い夜道を手を繋いで歩き、虹野家の近くまで来た。
 途中で会話も途切れ、黙って歩くこともあったが、それでもギクシャクすることはない。
 手から伝わってくるお互いの温もりを感じれば、気持ちも通じ合っているように温かかった。
「ねえ、公」
「ん?」
 沈黙が破られ、沙希の方を見る。
「人工呼吸、してないんだよね」
 してないと言ったんだから信じてはいるが、目的は別の所にあった。
「どうしたんだ、突然」
「ん〜と・・・・・男の子って、キス・・・・・したいのかな〜って」
 頬を赤くして、消え入るような声で言う。
「え!?」
「あはは。な、何でもないよ。いまのなしね。聞かなかったことにして」
 言った後で恥ずかしくなり、慌てて付け加える。
 そういう風に聞くということは、少なからず自分にその願望があるということである。
 確かにあったが、それがばれないように笑って誤魔化した。
 しかし話は終わらない。ばれたかどうかは別として、公も本音を言った。
「それは、もちろんしたいさ」
 家の前に着いたので、立ち止まった。
「好きな女の子とキスをしたいのは、当然だろ?」
 公も赤くなりながら、沙希の目をジッと見る。
「そ、そうだよね。わ、わたしも・・・・・そう」
「いいの?」
「うん」
 そう言って頷いたのはいいが、恥ずかしくて顔を上げることが出来ない。
 公は沙希の身体を包み込むように抱きしめた。そして、少し震えている耳元で優しく囁く。
「ありがとう」
 顔を少し離し、沙希の顎に手を添えて上を向かせた。
 二人の目が合う。
「沙希、好きだよ」
「私も好きよ。ずっと一緒にいてね、公」
「ああ」
 沙希は目をつぶった。
 公は小さめで可愛い唇へ、吸い込まれるように近付く。
 そして遂に・・・・・

『ん公・・・・・好き 好き! 大好き!!
 沙希はクリスマスの夜、ファーストキスを経験した。
 それは、一生忘れられない想い出となった。


    つづく



   あとがき

 どうもお待たせしました。
 沙希編になって1ヶ月毎の更新になってますね。

 皆さん、お気づきでしょうか、沙希編の話数が増えていることに。
 このままだと、終わる頃には梅雨の時期になってしまいますね(^_^;)
 出来るだけペースを上げますので、見捨てないでお付き合い下さい。

 というわけで、沙希編第3話をお送りしましたが、
 けっこう甘く仕上がったのではないでしょうか。
 沙希属性の私が、書きたかったのはこれですよコレ(^_^)

 ときメモ3の隠れキャラに、印象的なクリスマスシーンがあって、
 あれを使いたいなぁと思ったんですが、
 後々その娘のSSを書くときに困るだろうし、まるっきり同じだと
 隠れキャラのイベントということもあって非難轟々だろうと思い、
 オーソドックスな形にしました。

 次は、お正月と沙希の誕生日の話です。
 公は何をプレゼントするのでしょうか。
 お楽しみに(^^)/~~~ 

 では、1ヶ月後に。って、それじゃあダメだろ(^_^;)

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