「My wish・・・」

                   第40話 「守るべき女性(ひと)」


                                      第39話     目次へ戻る     第41話


 辺りは暗くなり、いつもの公園は静寂に包まれていた。
 大会中は自主トレを休みにしたので、ボールの音はない。
 夕方から降り始めた雨が、ゴールを濡らしている。

 試合会場から帰宅した公は、風呂から上がり、自分の部屋でテレビを見ていた。
 画面には昼間に行われた、女子バスケ決勝の様子が流れている。
 そこには、喜ぶ末賀の選手達、そしてその後ろに小さく詩織達が映っていた。
 敗退が決まった女子の泣き崩れる姿を見た公は、詩織をすぐに探した。
 しかし、その顔に涙はなく、みんなを励ましてさえいた。
 そんな詩織を見ていると、去年の自分を思い出す。
「詩織、無理してるんじゃないか?」
 何かを隠しているのではないか?と感じた。
「よしっ、電話してみるか」
 カーテンを少しめくり、隣の部屋の窓を見る。
 灯りが点いているのを確認した公は、子機を取りボタンを押した。


トゥルルル、トゥルルル
カチャ
「もしもし、藤崎ですが」
「詩織か?」
「公くん?どうしたの」
 その声を聞いた限りでは、普段通りの気もする。
「詩織、あのな」
「なぁに?」
「ん〜、大丈夫か?」
「なにが?」
 なんともアッケラカンとした返事が返ってくる。
「い、いや、今日の試合さ」
「負けたショックで、落ち込んでると思った?」
「う、うん。まあ」
「大丈夫よ、私はそんなに弱くないから」
 この時、公には見えないが、子機を握る詩織の手にギュッと力が入った。
 何かを我慢するように、微かに震えてもいた。
「そ、そうか」
「うん。私は負けちゃったけど、公くんは勝ってね」
「ああ。相手は末賀じゃないんだから、必ず勝つよ」
「うん。絶対だよ」
 詩織の口元が、少し緩む。
 そして、恐る恐る公に問う。
「ねぇ、公くん。明日の試合が終われば一段落するし、明後日の日曜日にどこか
 遊びに行かない?」
「ん?ああ、いいよ」
「ホント?どこがいいかなぁ」
「う〜ん、そうだな」
 公は、いつだったか好雄から教えてもらった、日本一の観覧車のことを思い出した。
 そこにはショッピングモールもあると言っていた。
「ショッピングはどうだ?ひびきの市に新しくできた所があるんだ」
「そうなの。ショッピングかぁ、いいわよ」
「じゃあ、10時に迎えに行くから」
「わかったわ。楽しみにしてる
 久しぶりのお出かけに、声を弾ませる。
「うん。じゃあ、もう切るよ」
「うん。おやすみなさい」
「おやすみ」
ピッ!
「俺の気のせいだったかな」
 公が子機を置くと、すかさず呼び出し音が鳴る。

トゥルルル
ピッ!
「もしもし、主人ですが」
「公くん。虹野です」
「沙希ちゃんか」
 沙希とは、あの日以来会っていない。
 サッカー部も県大会に進出したため、一昨日から県の端にある市へと行き、
 泊まり込みで試合をしている。
 沙希は夕食後のミーティングが終わると、急いで公衆電話に走ってきた。
「明日は決勝リーグの最終日だね。私は応援に行けないけど、頑張ってね」
「うん。そっちも頑張ってるようだね。明日は3回戦?」
「そう。インターハイ初出場に向けて奮闘中よ」
 こんなことを話しながらも、公の頭の中では、あの疑問が浮かんできていた。
 沙希は自分のことをどう思っているのか?という疑問が。
「なぁ、沙希ちゃん」
「ん?なぁに?」
「沙希ちゃんは、お、おれ・・・」
 思い切って聞こうとした時、受話器の向こうから沙希を呼ぶ声が聞こえた。

『おーーーい、マネージャーーーーー』

「あっ!はーーーーーい」
 受話器から顔を離して、呼びかけに答える。
「ごめんなさい、コーチが呼んでるから」
「う、うん、わかった。早く行った方がいいよ」
「ごめんね。じゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
プツ、ツー、ツー、ツー
「ふう〜、聞けなかったなぁ」
 一気に緊張が解けた公は、大きく溜息を吐く。
ピッ
 再び子機を置き、もう一度詩織の部屋の窓を見る。
「もう寝ちゃったか」
 すでに灯りは消えていた。
「まずは明日の試合に勝たないとな。それからだ」
 どちらの事も気になるが、明日の試合に集中することにした。
 公も電気を消して布団をかぶると、アッという間に眠りについた。



シーーーーーーーン
 公は眠ったと思っていたが、詩織はまだ起きていた。
 灯りを消した暗い部屋で一人。
 何もない空中の一点を見つめる。
「・・・・・・・・・、私の・・・・・・・せいだ」
 さっき公と話していた時とは正反対で、表情も虚ろにそう呟いた。



 県大会も最終日。
 昨日から降り続ける雨のせいで、ちょっと肌寒い。
 しかし、会場の中は熱気に包まれていて、決勝リーグ最後の試合に盛り上がっていた。
 相変わらず公と木本の人気は凄まじく、相手チームはサッカーでいうアウェイに
 来た感じかもしれない。
 そんな中、昨日の2試合も当然のように2勝していたきらめきは、最後の試合も
 終始有利な展開で進めた。
 後半も残り20秒。
ガンッ!
「リバンド」
 リングに弾かれたボールへと、竹原と石崎が跳ぶ。
「よっしゃーーー!!」
 それを竹原が奪い取る。
「木本」
 ボールを受けた木本は、すでに走っている公を追いかける。
 ゴール前でディフェンスが立ちはだかるが、そのままジャンプしシュートの
 体勢にはいる。
「いかせるか。あっ!」
「残念」
 シュートブロックにくる相手をあざ笑うかのように、空中で公へとパスを出す。
キュキュ
 着地と同時に、軽快なステップで目の前の選手を抜き去る。
 パスを受けた公は、シュートフェイントをかけて相手を引きつけ、再び木本へと
 リターンパス。
「木本」
「よしっ!」
 これで完璧にフリーになった。
ザシュ!
 木本のシュートが、リングに当たることなくネットを揺らす。

バンッ!
 88対61の圧勝だ。
「勝ったーーー!」
「よし!よし!」
 これで、きらめき高校男子バスケ部のインターハイ初出場が決まった。
 ユニフォームを着ている選手、応援席にいる部員、それぞれが喜びを爆発させる。
 観客席では、応援に来ていた女子が自分たちのことのように喜んでいた。
 公は、その中の詩織に向かって手を振る。
 それを見た詩織も、小さく手を振り返す。


 初出場の喜びで盛り上がっていると、決勝戦を観戦しに来ていた橋本が控え室に
 顔を出した。
「優勝おめでとう、明、公」
「おーーー、ヒデか」
 開いているドアから橋本の姿を見つけた公と木本が、廊下へと出てくる。
「サンキュ!」
 木本と橋本が握手を交わす。
「たくっ!お前ら、なにブロック決勝で負けてんだよ」
「すまん、明。きらめきと決着をつけたかったんだが。コンビネーションが
 間に合わなかった」
「そうか。ウインターカップでは、必ず勝ち上がってこいよ」
「ああ、必ず」
 手を離し、公とも握手をする。
「インターハイでは、おれ達の分まで頑張ってくれよ」
「もちろん」
「じゃあ、俺はこれから練習があるから」
 身を翻し、出口へと足を向ける。
「おっ、気合い入ってるな」
「当然さ。じゃあな」
「ああ」
 橋本の後ろ姿を見送る。
「今度はやることになるだろうな」
「ああ。きっと」


 二人が控え室に戻ると、橋本とすれ違いで女子が祝福に駆けつけた。
「おめでとう、公くん」
「ありがとう、詩織」
 入り口で出迎えた公と、先頭で入ってきた詩織が握手をする。
 見つめ合う二人。
 なんだか、そこだけ空気が違う気がする。
「はいはい。どいてどいて、二人の世界を作ってるんじゃないわよ」
 後ろでつかえていた奈津江が、二人をからかう。
「な、なにを・・・・・」
「な、なに言ってるのよ。もうっ!おめでとーーー、みんなーーー」
 詩織が恥ずかしそうに手を離し、控え室の中に入っていくと、他の女子もその後に続く。
「おめでとーーー」
「おおーーーーー」
「私たちの分も頑張ってよ」
 公は、そんな詩織を目で追う。
 みんなと盛り上がっている詩織の姿は、いつもと同じように見えなくもない。
 しかし、やはりなにか無理をしているような感じだった。
「ちょっと、ちょっと」
 誰かが袖を引っ張る。
「ん?」
 振り返ると、そこにはまだ奈津江がいた。
「こっちに来て」
「なに、鞠川さん」
 思わず、いぶかしげな顔をしてしまう。
「なぁに、その顔は。とって食べやしないわよ」
「う、うん」
 手を引っ張られて、廊下へと出る。
「主人くん、詩織のことどう思う?」
「は?ど、どうって、俺と詩織は只の幼馴染みで・・・・・・」
 突然の言葉にしどろもどろになる。
「ああ、ごめん。そういう意味じゃなくて、昨日からおかしいと思わない?」
「なんだそっちか、・・・・・うん。いつもの詩織じゃない気がする」
「そうでしょ?・・・・・ん?いま、かなり焦ってなかった?」
「ははは、そんなことないって。で?」
 強引に話を戻す。
「う、うん。私たちの前では、強がってると思うのよ」
「そうなのか?」
「うん。本当は苦しんでると思う・・・・・」
 詩織に対して、いつもと違う雰囲気を感じた奈津江と恵は、何かを隠している気がしていた。
「だから、あなたに何とかして欲しいの」
「何とか?」
「そう。私や恵じゃダメなのよ。二人でどこかに遊びに行くとかさぁ」
「それなら、明日一緒に買い物に行くよ。詩織から誘ってきたんだけどな、どっか行こうって」
「あっ、そうなんだ。そっかそっか、さすが幼馴染みね」
 奈津江は、『うんうん』と頷きながら納得した。
 やっぱりこの幼馴染みには、自分の胸の内を聞いて欲しいのではないか。
 少なくても、その気があるのではないかと。
「さすが幼馴染みって、どういうことだよ」
「それは、あなた次第かな。詩織の事、よろしく頼むわね」
「なに一人で納得してるんだよ」
「いいからいいから。じゃあ、戻りましょ」
「あ、ああ」
 控え室に戻ると、恵と詩織が何かを話していた。
 チラッと恵がこっちを見ると、奈津江がウィンクする。
 どうやら、いなくなった公を探したりしないか引き留めていたらしい。
「じゃあ、お願いね」
 奈津江は右手をひらひらさせながら、公を残し二人の元へと行った。



 デート当日、梅雨の時期だけに雨が心配されたが、運良く空は晴れていた。
 一昨日からの雨はやみ、庭にあるアジサイには雨粒がたくさん残っていた。
 道路に出来た水溜まりには、青空が映っている。
 そんな穏やかな風景の中、主人家では、大声を上げながら走り回る公がいた。
「どわーーーーーーー、遅刻だーーーーーーー」
 時計は9時41分を指している。
 慌てて着替え、ドタドタと階段を降りていく。
「母さん、なんで起こしてくれなかったんだよ・・・・・って、いない」
 居間のドアを開けて、誰もいない部屋に怒鳴る。
 端から見ると間抜けな姿だ。
「あれ?」
 そう言えば、昨日の夜のことだ。

『明日はお父さんと出かるから。自分でちゃんと起きるのよ』

 と、言われたことを思い出す。
「そうか。おっと、こんなことをしている場合じゃないな」
 悠長に納得している場合ではない。
 テーブルの上に用意されていた、朝食のトーストを1枚口に放り込むと、
 洗面所に行き、素早く身支度をする。
「今日は詩織に楽しんでもらわないとな」
 髪を整えながら、詩織の本当の笑顔を取り戻すよう頑張ろうと思った。


 10時20秒前に家を出た公は、ダッシュで藤崎家の玄関前に行き、
 インターホンを鳴らした。
「間に合った」
ピンポーン
「は〜い」
 詩織の返事が、すぐドアの向こうから聞こえてきた。
 どうやら、身支度を整えて待っていたらしい。
カチャ
「おはよう、公くん」
「おはよう、詩織」
「時間ピッタリね」
 腕時計を見て、ニッコリと微笑む。
「ああ、もちろん。詩織を待たせる訳ないじゃないか」
「ふふふ、ありがと」
「じゃあ、行こう」
「うん
 藤崎家を出た二人は、駅行きのバスに乗るため、バス停へと歩き出した。



「うわ〜、たくさん人がいるね」
「そうだな」
 ショッピングモールは、日曜だけあって結構なにぎわいを見せていた。
観覧車が目当ての人がほとんどだろう。
「ねえねえ。あれって、もしかして観覧車?」
 詩織は立ち止まって、遠くにある建造物を指差す。
「そうだよ。帰りに乗っていこう」
「うん、楽しみね。それでかぁ」
 詩織の目に、子供を肩車した親子連れや、仲良く手を繋ぐカップルが映る。
「ねぇ、私たちって、・・・・・他人からどう見えるのかなぁ」
「えっ?そ、それは・・・やっぱり・・・カップル・・・じゃないか?」
 照れながらも、そう答える。
「ホントにそう思う?」
「ああ。もちろん」
「そっか、それじゃあ」
 そう言って、公の左手を握る。
「し、しおり」
「いいでしょ?」
 慌てる公を、上目遣いに見る。
「あ、ああ」
 積極的な詩織に戸惑いながらも、右手をギュッと握り返す。
 そうすると、自然に顔がほころんだ。
 詩織もこの時ばかりは、嫌な思いを頭の中から追い出すことが出来た。
 二人は、お互いの温もりを感じながら歩き出した。



「ねぇ、私に似合う服ってどういうのかなぁ」
 ブティックで服を物色しながら、公に質問する。
「そうだな。これなんかどうだ?」
 フリルがたくさん付いた服を取り出し、詩織にあてがってみる。
「えっ、これ?本気で言ってるの?」
 疑いのまなざしで公を見ると、笑いをこらえる顔があった。
「もうっ、真面目に答えてよ〜」
 ちょっと口を尖らせる。
「ごめんごめん。怒った顔も可愛いよ」
「えっ?なに言ってるのよ」
 頬を染めながら、公の手から奪い取った服を元の位置に戻す。
「真剣に答えてよ〜」
「わかったわかった。う〜ん、俺の詩織のイメージだと、こういう清潔感があるやつかな」
 今度は真面目に選び、白のブラウスを指差す。
「うん。私もそういうの好きかな」
 手に取ってみる。
「欲しいけど、高いのよね洋服って」
「それは言えるな。バイトとかやってる奴はいいけど、俺達ってそんな暇ないからな〜」
「うん。今度お母さんにおねだりしようっと」
「えっ?」
 名残惜しそうに元に戻す詩織を見ながら、公が不気味な笑いを漏らす。
「ふふ」
「なにか、おかしなこと言った?わたし」
 『?』を頭に乗せるように、首を傾げる。
「詩織のおねだりするところ、想像しちゃったよ」
「えっ?そ、そんなとこ想像しないでよ。もうっ!」
 公を置いて、スタスタと出入り口へと歩いていく。
「あっ、待てよ」
 公は慌てて後ろを追いかけていった。

「待てって」
 詩織の腕を取って引き留める。
「怒ってるのか?」
「ちょっとね」
「わかった。お昼のハンバーガーで許して」
パンッ!
 両手を合わせて頭を下げる。
「ハンバーガーかぁ。いいわよ、特別に許してあげる」
「そうか」
 落ち込んでいるであろう詩織を励まそうとしているのに、怒らしたら元も子もない。
「ねぇ、公くんの私のイメージって?」
 さっきの公の言葉だ。
「えっ?う〜ん。何というか、どこかの家元のお嬢さんて感じかな」
「家元って、華道とか?」
 顎に人差し指を添えて、またもや首を傾げる。
「そうそう」
「変なの」
「そうかな」
「そうよ」
 今度は、自然に手を繋いで歩き出す。
「行きましょう
「ああ」



 公のおごりのハンバーガーで昼食を済ませた二人は、その後もいろいろと
 見て回った。
 CDの新譜を探したり、アミューズメントパークでゲームをしたり、ファンシーショップ
 にも寄った。
 そして今は、アクセサリーショップにいる。
「なあ詩織。さっきのファンシーショップで騒いでいた人、いただろ?」
「ええ。大きな犬のぬいぐるみに抱きついていた女性ね」
 先程立ち寄った店の中のことだ。
 かえるの『ケロちゃん』とかいうキャラクターグッズを見ていたら、急に大声を上げる
 女性がいて、みんなの注目を集めていた。
「そうそう。なんかあの人って、将来の詩織みたいじゃなかったか?」
「えっ?そうかな〜」
 毛がフサフサした大きなぬいぐるみに抱きつき、『かわいいかわいい』と
 連呼していたのを思い出す。
「見たところ20代前半だったよな。大人なんだけど、いくつになっても可愛い
 雰囲気を残している。そんな感じがね。詩織もああいう風になりそうだなって」
「それって、子供っぽいって事じゃないの?」
「そうとも言えるかもしれないけど、俺はそういうとこが好きだな」
「ふ〜ん。そうなんだ」
 詩織はそう言いながら、シルバーリングを手にとって照明にかざしていた。
「これ欲しいなぁ〜」
 指にはめてみる。
「でも高いのよねぇ。ふう〜」
 値札を見て溜息を吐く。
 それを見た公が、何気なく思った。
『俺がいつか買ってやるよ、詩織』
 とその時、3ヶ月前に詩織の部屋でやったお誕生日会の事が脳裏をよぎった。
「ああっ!!」
 そして、あの時話題になった小さな指輪のことも。
「なぁに、どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
 小さな指輪。
 それを詩織に買って上げたときのことも、鮮明に思い出した。
 自分が言ったという言葉も。



    夜店の一角で詩織と二人きり。
    指輪を買って上げたときに出た、幼いながらも素直な気持ち。
   「おっきくなったら、ぼくのおよめさんになってね」
   「こうちゃん・・・・・。それって・・・、プロポーズ?」
    キョトンとした目で自分を見ている。
   「うん。でも、まえにおかあさんにきいたら、ほんとのプロポーズは18
    さいにならないとできないっていってたから、それまでまっててね」
   「うん、わかった。しおり、まってるからね。やくそくだよ」
   「うん。やくそく」
    そこには、ちっちゃい詩織と小指を絡ませた自分がいた。

『はは。俺って、あんな小さい頃にプロポーズまがいのこと言ってたのか』
 いま頃思い出すなんて、改めて、自分が好きなのは藤崎詩織なんだと知った。



 ファンシーショップを出たとき、陽は西の空へと傾いていた。
「最後に、観覧車に乗って帰ろう」
「うん
 観覧者の前には、同じ事を考えていた人達がたくさんいたが、何とか沈みきる前に
 乗ることが出来た。
 従業員に促されて、ゆっくりと動いている観覧車の中へと入る。
 詩織と向かい合わせに座り外を見ると、少しずつ景色が変化していく。
「うわーーーーー、すっごい夕焼けーーー」
「うん」
 遠くに見える山々の間に、陽は沈もうとしていた。
 空と雲、全ての物を真っ赤に染める光景は、幻想的な表情を作り出していた。
「綺麗ねぇ〜」
「ああ、そうだな」
 子供のようにはしゃいではいるが、赤色に輝く詩織の姿は、いつもと違う雰囲気を
 漂わせていた。
『綺麗なのは詩織だよ。なんて言えないか』
「はは」
「どうかしたの?」
 自嘲気味な笑いを漏らす公に、不思議そうに尋ねる。
「ん?いや、何でもない。詩織、今日は楽しめたかな」
「うん。とっても楽しかったよ
 満面の笑みで答える。
「そうか、良かった」
 公には、本心から言っている言葉だと分かる。
 そして、今日の本当の目的へと踏み出す。
「詩織」
「なぁに?」
「昨日から、何か我慢してるだろう」
「えっ?」
 突然の言葉に、顔から笑みが消え、真正面から公の顔を見る。
「鞠川さんにも言われたんだ。何か苦しんでいるみたいだけど、私や恵じゃダメみたい
 だからって」
「そ、そうなんだ」
 答えながら下を向いてしまう。
「うん。詩織はキャプテンだから、みんなの前で悲しい顔が出来なかったんだろう?」
「うん」
 公はゆっくりと立ち上がって、詩織の隣へと移動する。
「みんなには見せられなくても、俺には見せても良いんだぞ」
「えっ?」
「悲しいとき、悔しいときは、泣いた方が良い」
「で、でも」
 それを聞いた詩織は、戸惑いの表情を見せ、公とは反対の窓を見る。
「わ、わたしは、大丈夫だから・・・・・」
 と言いつつ、肩を震わせて、涙が出そうなのを賢明にこらえている。
「ほらっ、こうすれば誰にも見えないから」
シャッ、シャッ、シャッ
 公は、カップルのために付けられていたカーテンを全て閉める。
 そして、後ろからそっと詩織を抱きしめる。
「あっ!」
「詩織。幼馴染みの俺には、強がらなくてもいいんだ」
 耳元に囁きかける。
「・・・・・・公くん」
 公はそっと離れると、詩織の身体を自分の方に向かせ、潤んだ瞳を見つめる。
 その時、公の優しさに触れた詩織の目から涙が溢れてきた。
「公くーーーーーーん」
ガバッ
 公の胸へと飛び込んでいく。
「公くん、公くん、公くん」
 何度も公の名前を叫ぶ。
 そして、流れ出る涙をこらえることなく、温かい場所で泣き続ける。
 いまは自分だけの場所で。
「詩織」
 公は緋色の髪を撫でながら、詩織の心ごと包み込む。



「ひっく、ひっく」
 何分経っただろうか、観覧車は頂上を越し、下へと降りていた。
 少しずつ落ち着いてきた詩織は、公の胸に顔を埋めながら、しゃくり声混じり
 に本音を打ち明け始める。
「わたし、恐かったの。確かにキャプテンだから、泣くことは許されないという
 のもあったわ。でももっと恐かったのは、私が入部してから、初めて全国に
 出られなくなったことで、みんなからどう思われてるのかってこと」
「うん」
「1、2年の頃は、頼りになる先輩もたくさんいて、戦術はあったけれど、
 私は自由にプレーしていたの」
「うん」
「でも、キャプテンになった日から一変したわ。先頭になってみんなを引っ張って
 いかないといけない責任で、心が押しつぶされそうだった」
「うん」
「もし、『負けたのは自分のせい』と言ったとしても、
 みんなは『詩織のせいじゃないから』って言うに決まってるわ」
「うん」
「みんなを信じているつもりだったけど、その人の本心はわからないもの。
 こんなに自分が弱いなんて、知らなかった」
「うん」
 一気に吐き出した詩織は、一息ついて、公の言葉を待つ。

「詩織は考え過ぎなんだよ」
「そうかな」
「ああ。確かに、キャプテンでありリードガードの詩織には、それなりの責任が
 あったかもしれない。ここ数年は、県では無敗だったんだしな」
「うん」
「でも、負けた原因がキャプテンにあるなんて、誰一人思っちゃいないよ」
「・・・・・・・」
「誰かが、『詩織のせいだ』って言うのを聞いたのか?」
「ううん。恐くて聞けないわ」
「そうだろう。詩織がキャプテンに選ばれたときのこと、覚えてるか?
 みんな、詩織しかいないって、言ってくれただろ?」
「うん」
「それは、みんなが詩織のことを信頼していたからだ。その信頼する詩織を中心に
 動き始めて、一生懸命練習した。その結果があれなら、みんなそれに納得
 しているはずだよ」
「・・・・・・・そうかな」
「ああ。絶対そうだ。怖がらないで、もっとみんなを信じないと。分かってるだろ、詩織も」
「・・・・・うん」
「あの時は詩織も一緒に泣いて良かったんだよ。キャプテンだからって、
 我慢することなかったんだ」
「・・・・・・うん」
「それに、詩織のせいだって言う奴がいたら連れてこい。俺が守ってやる。
 女だからって容赦しないぞ」
「えっ?ふふふ」
「俺は、いつまでも詩織の側にいるから。いつでも頼っていいんだからな」
「うん」
「だから、俺には何でも話してくれ」
「公くん・・・・・、ありがとう」


 外はすでに薄暗くなっていたため、観覧車の中は暗くなっていた。
 それでも恐くないのは、お互いが心をかよわせているからだろう。
 ずっとこうしていたいが、この時間も、そろそろ終わろうとしていた。
 涙は止まり、心からの笑みを浮かべた詩織は、公に寄り添い、肩に頭を乗せ目を
 つぶっている。
『この男性(ひと)と幼馴染みで良かった。好きになって良かった』
 これからも、ずっと側にいようと思った。
 公は、詩織の肩を抱き、その笑みを見守っている。
『詩織って、こんなに小さかったんだ』
 どんなに勉強が出来ても、どんなに運動が出来ても、女は男とは違う。
『自分を頼ってくれるこの女性(ひと)を、ずっと守っていこう。守っていきたい』
 そう心から誓った。



 次の日の夜、この日は朝からずっと曇っていて、雨が降りそうな気配があった。
 沙希の気持ちが気がかりではあったが、雨具を用意していつも通り公園へと
 足を運んだ公は、リングへとボールを放っていた。
「公くん
「あっ、沙希ちゃん」
 しばらくすると、いつものように沙希が顔を出した。
「優勝おめでとう」
「ありがとう」
 ニコニコ顔の沙希は、自分の事のように喜んでくれている。
「サッカー部は惜しかったね」
「うん」
 一転、一気に落ち込み、暗い表情を見せる。
 本当に心から、頑張っている人を応援しているのだろう。
 そんな一生懸命な沙希を、運動部のアイドルと称するとはよく言ったものだ。
 そして、久しぶりにそんな沙希の顔を見た公は、なんだか喜んでいる
 自分がいることを感じた。
『やっぱり、俺は沙希ちゃんの事を好きになりかけているのか』
 視線を地面に落とし、今までの事を思い返す。
 しかし、自分には詩織がいる。
 昨日のことが思い出される。
『このままじゃいけない』
 沙希の気持ちを確かめぬまま、まずは自分の気持ちを打ち明けようとした、その時。


ガサッ!
 草木が揺れる音がした。
 そちらの方に目を向けると、街灯に照らされた影が木の後ろから出てきた。
「なに・・・・・やって、いるの?」
「し、しおり!?」
「藤崎さん!!」
 静かな公園に、三つの声と影が重なった。

     つづく

   あとがき

 こんばんは、やっとここまできました。
 今回のお話が、書きたかった場面の1つでした。
 
 詩織が苦しむシーンは、僕自身が苦しかったです。
 思いを打ち明けるシーンは、何に苦しんでいたのか、
 公が何て言って解決するか、苦労しましたから。(T_T)
 皆さん泣けましたか?泣けたと言って。(^_^)

 あの観覧車のシーンは、詩織のイベントをひねったんですが、
 気に入っていただけましたか。
 カップルがいちゃいちゃするときに閉めるカーテンを、
 ああいう風に使ってみました。
 それと、ショッピング街と観覧車を合体させたのは良いとして、
 いったいあの観覧車は、一周何分かかるのでしょう。
 お台場にあるのは、確か13分だったと思いますが。

 華澄さんは、名前なし、台詞なしの出演でした。
 いつか、ちゃんと書いてみたいですね。

 遂に鉢合わせになった3人。
 どんな会話が繰り広げられるのでしょう。
 41話は、あの場面に行く前に、昼間の描写があります。
 ドキドキしながら待っていて下さい。
 お楽しみに〜。

 ではでは。

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