「My wish・・・」
第41話 「疑惑、そしてすれ違い」
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公とのショッピングの翌朝。
その日の朝は薄暗く、どんよりした雲が空一面に広がっていた。
今にも雨が降ってきそうな、ぐずついた空だ。
ピピピピピピピピ
カチッ
身体を少し起こし、目覚ましを止める。
「むにゅ、ふぁ〜〜〜」
大きく伸びをしながらひとつ欠伸をすると、すっきりと目を覚ます。
昨夜はグッスリと眠ることが出来た。
一昨日まで悩んでいたのが嘘のようだ。
「おはよう、公くん」
カーテンを開け、ジョギングに行き今はいない公へと、朝の挨拶をする。
「頑張ってるのね」
走っている姿を思い描きながら、昨日のことを思い出す。
男性をあんなに頼もしいと思ったことはない。
それが自分だけに向けられるものだと知ったとき、もう離れられなくなった。
「ふふ、頼っちゃうよ、公くん」
ウィンクを一つして、顔を洗うために下へと降りていった。
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いまは2時限目の古典の時間。
公が当てられて、教科書を読んでいる。
今ではクラスでトップ5に入る公は、つかえることもなくスラスラと読み進む。
前の方の席では、それを聞きながらボーーーーッとしている詩織がいた。
『公くん』
昨日の事を思い出すと、何回でも夢心地になれる。
公の席は後ろだから顔を見ることは出来ないが、その声だけで十分幸せだった。
「そこまでで良いぞ、主人。ん?」
教室を一周して前に戻ってきた先生が、何だか上の空の詩織を見つけた。
「藤崎」
しかし、ピクリとも反応しない。
「藤崎!」
さらに大きい声で呼ぶが、それでも気が付かない。
周りの生徒も、何事かと注目する。
業を煮やした先生は最終手段にでる。
教科書を閉じて丸め、詩織の頭に軽く落とす。
これが男だったら角が落ちているところだ。
ポンッ!
「えっ?」
我に返った詩織は、目の前に先生がいることに驚く。
ガタガタッ
「えっ?あっ、え〜と」
当てられたと思い、教科書を広げて騒々しく立つ。
「藤崎〜」
「あれっ?」
キョロキョロと周りを見渡す。
すると、教室中から笑い声が聞こえてきた。
「どうした藤崎、お前らしくもない」
「えっ?あの〜、すみません」
下を向いて、シュンと小さくなる。
「勉強のしすぎか?ちゃんと寝ないとダメだぞ」
「はい、すみません」
そう言って、先生は戻っていく。
チラリと公の方を見ると、微かに笑みを浮かべながら好雄と何かを話していた。
『は、恥ずかしいよ〜』
サクランボのように顔を真っ赤にすると、その後はずっと、公になんて思われたのか
気になって仕方なかった。
チリンチリン、チリンチリン
午前の授業が終わった。
今日のお昼は天気が悪いため、部室で食べることにした。
詩織、奈津江、恵の三人が、真ん中に置いてある机を囲んでいる。
「ラララ〜」
曇空とは正反対なほど機嫌がいい詩織は、鼻歌交じりにお弁当を広げる。
「詩織、朝からご機嫌ね〜」
昨日のデートがどうなったか気になった奈津江は、朝早くにA組に顔を出した。
しかし、詩織と話すことはなかった。
朝起きてからずっとニコニコ顔の詩織を見たら、その必要もないと思ったからだ。
「え〜、わかる?奈津江ちゃん」
「わかるわよ!だらしない顔しちゃってさ」
こんなに頬を緩ませていれば、誰にでもわかるというものだ。
「そ、そんなに変な顔してる?」
頬に手を当ててみる。
「うん。詩織ちゃん、この世の春って顔してるわよ〜」
「え〜、そうかな〜?」
「ホント、もう春は終わったっていうのに、詩織の頭の中ではまだ続いているようね」
「うふふふふ」
詩織とは思えない含み笑いをする。
「なぁに、気持ち悪いわね〜。いったい何があったのよ」
「え〜、なにって〜。どうしようかな〜」
もじもじしながらも、言いたそうにしている。
「教えてよ、詩織ちゃん」
「恵ちゃんもそういうなら。あのね、公くんがね、俺を頼って良いからって。
守ってやるからって」
「ゴボッ!!」
奈津江が、すすっていた紙パックのジュースを吹き出す。
「大丈夫?奈津江ちゃん」
恵が慌てて背中をさする。
「ゴホゴホ、そ、そんなこと言われたの?公くんに?」
「うん」
「そ、そう」
『あの公くんが、そんなことを?信じられない』
詩織が元気になることは期待していたが、まさかそんなことまで言うなんて。
『ほとんどプロポーズね、それじゃ』
二人とも箸を止め、半ば放心状態のままそんなことを思った。
呆然とした表情で詩織を見る。
「奈津江ちゃん?恵ちゃん?」
二人の前で手を振る。
「えっ?あ、ああ、何でもないわよ」
「そうそう」
二人とも、いきなりの展開にビックリすると共に、心から祝福する。
「良かったわね、詩織」
「良かったね、詩織ちゃん」
「うん」
詩織が幸せの絶頂にいる時、公も好雄に相談していた。
「お前〜、よくそんな恥ずかしいことのたまったな〜」
「ははは、思い返すと自分でもそう思うよ」
ここは屋上の片隅。
誰もいないことを確認した後、好雄に昨日の話をしているところだ。
好雄にヘッドロックをされたまま、激しく揺らされる。
「でもやったな。これで恋人同士みたいなもんだ」
「そ、そうなのか?」
「お前、『頼って良いんだ』とか言っておいて。もうただの幼馴染みじゃないだろ〜」
更に速くなる。
「わわわわ。やっぱりりり、そそそうなのかぁ〜〜〜」
好雄にそう言われると、ただの幼馴染みから進展したことに実感を覚える。
「それにしても。いい加減解けよ」
「ああ。すまんすまん」
「ふう」
公は首をさすりながら、据え付けられたベンチへと腰を下ろす。
「しかし、絶好調だなお前」
「なにがだよ」
「だってそうだろ。インターハイ初出場決定、テストは50位以内に入って、
しかも彼女が出来たも同然。羨ましいぜ」
腕を組み、1年の頃からは考えられない公の変化に感心する。
「そ、そうか?そうだな。バスケで結果を出せたのは、もしかしたら・・・・・」
「ん?どうした」
言葉が止まった公を見る。
「そうだ、忘れてた」
「なにを?次の授業の教科書か?俺は貸せないぞ、クラスが同じなんだから」
「そんなんじゃないよ。好雄に聞きたかったことがあるんだ」
真剣な顔で、好雄の方に向き直る。
「なんだ?あらたまって」
「あのな。沙希ちゃんの好きな人、知ってるか?」
「なに?」
思いも寄らなかった言葉に、目を見開く。
「虹野さんの好きな奴ねぇ〜」
のんびりとした言葉ではあったが、頭の中はフル回転していた。
沙希はたぶん伝説を気にしている。
しかし、公の気持ちは完全に詩織へと向いていることを考えると、
このままでは、沙希にとって悪い方向にいく可能性が高い。
それでも・・・・・・。
「すまん。わかんねぇ」
「そ、そうか」
やはり沙希の承諾なしに、本当の事を話すことは出来なかった。
すると、公が小さな声で呟く。
「もしかしたら沙希ちゃんは、俺のことが・・・・・」
言いかけたとき、予鈴が鳴った。
チリンチリン、チリンチリン
「おっと、時間だな。行こうぜ好雄」
「あ、ああ」
公が立ち上がり階段へと歩き始めると、好雄もそれに続く。
「さっきお前、なんて言おうとしたんだ?」
階段を降りながら、前を行く公に問う。
「ん?いや、なんでもない。気にするな」
「そうか」
口ではそう答えたが、何となく分かっていた。
『こいつ、虹野さんの気持ちに気が付いたか』
なにやら嫌な予感がする好雄だった。
予鈴が鳴り、奈津江、恵と別れた詩織が教室へと急いでいると、
向こう側から 沙希が歩いて来た。
目があった二人が、思わず声を上げる。
「「あっ!」」
歩きながら二人の声が重なる。
「こ、こんにちは。藤崎さん」
「こんにちは、虹野さん」
二人とも急いでいたため、止まることなく軽く会釈をしてすれ違う。
『ビックリしたよ〜』
沙希がドキドキしながら歩き続けていると、詩織に呼び止められた。
「ねぇ、虹野さん」
「ふぁい?」
まさか声を掛けられるとは思わなかったので、緊張で声がうわずってしまう。
「虹野さんとは、良いお友達になれそうね」
「えっ?」
振り返り詩織の顔を見る。
「それだけよ。じゃあ」
沙希には理解不能の言葉を残して行ってしまう。
「ど、どういうことなの?」
いままで詩織は、自分のことを恋敵と認識していたはず。
親しく話すこともなかったし、ましてや友達になんてなれる関係ではない。
それがどうすれば、いまのような言葉が出るのだろうか。
さっきの表情からは、何か余裕みたいなものが感じ取れたが・・・・・。
唖然とした沙希は、2分ほどその場に立ち尽くしてしまった。
チリンチリン、チリンチリン
「はっ!!いっけな〜い、本鈴が鳴っちゃった〜」
謎を解決できぬまま、急いで駆け出した。
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時刻は7時半を周り、外はもう暗くなっている。
夕食を済ませた詩織は、すぐにお風呂に入って部活の汗と疲れをとった。
「ルルル〜」
そして、お風呂から上がり部屋で髪をといていると、窓の外から声が聞こえてきた。
「母さん、母さん」
「ふふふ、公くんのお父さんだわ。大きなこえ〜」
詩織の部屋の下は主人家の台所に面していて、公の父親の大声が聞こえてきた。
窓が開いていたため、筒抜けになっている。
「何ですか、お父さん。騒々しい」
「公はどこに行ったんだ〜」
二人とも大声でやり取りをしているため、自然と詩織の耳に入ってくる。
『公くん、どっか行ってるんだ。ジョギングかな?でも、朝もしてるよね』
そう思いながら耳を傾ける。
「公なら、いつもの所ですよ」
「いつものとこ?どこだ?」
居間の方でビールを注ぎながら聞き返す。
「あなた、酔ってるわね。公園よ、公園」
「公園?ああ〜、バスケの自主トレか〜。我が息子ながら、頑張ってるなぁ〜。関心関心」
グイッとコップを傾ける。
「自主トレ?」
「ホント、良く続いてると思いますよ。これもあの子のお陰ね」
「ははははは、そうかもな」
ガララ
窓が閉められる。
ここまで聞いた詩織の頭に一番残った言葉は、もちろん『自主トレ』ではない。
「あのこ?」
自分は今ここにいるし、自主トレのことも初めて知った。
「誰なの?」
『あのこ』とは、男なのか女なのか。
詩織の頭に、嫌な思いが浮かぶ。
自主トレをしているのは良いとして、『あのこ』は確かめる必要がある。
急いでパジャマを着替え、部屋を出る。
「あらっ?詩織、どうしたの?」
階段を降りると、母親がお風呂に入ろうとしていた。
「お母さん。ちょっと出掛けてきます」
「えっ?出掛けるって、どこに?」
「すぐに戻るから」
「ちょっと、詩織?」
バタン
母親の言葉も終わらぬ内に飛び出す。
外はちょっと肌寒く、今にも雨が降ってきそうな空気だ。
「え〜と、公園で自主トレとなると、バスケのゴールがないと出来ないわよね」
早足で歩きながら、ゴールのある公園を思い出そうとする。
「ここら辺であるのは、・・・・・・1つだけのはず」
きらめき高校と公の家を結ぶ通学路の、ちょっと外れにある公園を目指す。
「あれ?藤崎さん」
駆け足で急ぐ詩織を見かけた人物がいた。
それは、コンビニへと来ていた好雄だった。
何を買いに来ていたかは秘密だが。
「あんなに急いで、どこに行くんだ?」
走るのが嫌で、追いかけようという気持ちは思い浮かばなかった。
それにいまは、良いのはどれか物色中だった。
しかし、この時好雄は追いかけるべきだったかも知れない。
後に公から聞かされ、驚くことになる事件が起きようとしていた。
「はあ、はあ」
目的の公園の入り口へと着いた詩織は、ゴールがある方へ息を整えながらゆっくりと
歩いていく。
この公園は比較的明るくて、自主トレもしやすそうだ。
「あの子って誰なの?胸がドキドキしてきた」
ゴールに近付くにつれて、どんどん早くなる胸の鼓動を感じながら歩いていくと、
話し声が聞こえてきた。
「優勝おめでとう」
「ありがとう」
『この声は、まさか!!』
静かに茂みに入って行き、聞き覚えのある声のする方へと進む。
『やっぱり、虹野さんだわ』
木の陰からそっと見たもの、それは公と沙希の姿だった。
公の手にはバスケットボールが握られていて、自主トレをしていたのがわかる。
「サッカー部は惜しかったね」
「うん」
『これはどういうこと?』
自主トレ自体はどうでも良い。
いま問題なのは、公と沙希が一緒にいることだ。
目の前の光景に頭が真っ白になった詩織は、気が付いたら一歩前に出ていた。
ガサッ
草木が揺れる音がする。
「なに・・・・・やって、いるの?」
「し、しおり?」
「藤崎さん」
突然の詩織の出現に驚いた公と沙希が、同時に声を上げる。
静かな公園に、三つの声と影が重なった。
何秒黙って見つめ合っていただろうか。
「し、しおり。な、なんでここに・・・・・」
やっと公が口を開くが、パニック状態になってこれ以上言葉が続かない。
「ふ、藤崎さん。こ、こ、これはね、あ、あ、あのね、そ、そ、そのね」
沙希はしどろもどろになって、手をバタバタさせ言い訳のようなものをしている。
詩織はそれを黙って見つめていた。
慌てる二人を見ていると、逆に冷静になってくる。
そして二人が言葉をなくすと、ゆっくりと口を開いた。
「公くん。いつからやってるの?自主トレ」
表情をまったく変えずに、低い声で問う。
「えっ?え〜と、1年の6月かな」
「そう、もう2年になるのね」
「う、うん」
公はただ素直に答えるしかない。
「虹野さんも、ずっといっしょなの?」
「ううん、藤崎さん。私は・・・・・」
沙希が口を挟むと、詩織がそれを遮る。
「虹野さんには聞いてないわ!!」
「きゃっ!」
その凄味の入った声に驚く。
「公くんに聞いてるの」
冷静な低い声に戻り、公の目をジッと見る。
「・・・・・沙希ちゃんは、1年の10月頃からだよ」
「そう、長いのね」
沙希は無言で、頭を縦にコクコクと振っている。
『あ〜ん、びっくりしたよ〜。藤崎さん、こわいよ〜』
沙希はビクビクしながら小さくなる。
三人は再び沈黙し、時間が止まる。
・
・
・
・
・
そして、また公の言葉で時間が動き出す。
「詩織。自主トレのこと、詩織に黙ってたのは謝るよ」
「そんなことはどうでもいいのよ!!」
「じゃあなんだ?」
詩織の大声に、公も語気が荒くなる。
「そんなことも分からないの?」
詩織がツカツカと公の前に進み出る。
「この鈍感!!」
バチンッ
「くっ!」
渾身のビンタを左頬に受け、首が真横を向く。
『いたっ』
沙希も、まるで自分がぶたれたような気持ちになって、片目をつぶる。
「あのな詩織」
バッ!
公が何かを言う前に、詩織が反転して走り去る。
「公くんのバカーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「あっ、詩織。待てよ!」
思わず右手を伸ばし、後を追いかけるために走り出そうとする。
「待って!!公くん」
それを沙希が引き留める。
このまま行かせては、もう自分の所に戻ってこない気がした沙希は、
いま言わないと後悔すると瞬時に判断した。
女の本能だろか。
「わたし、公くんのことが好きなの」
「なっ?」
いきなりの告白に足が止まる。
もしかしてと思い自分から確かめようとしていた事なのに、いまの状態で言われた公は、
ただ混乱するばかりだった。
沙希は、公の目を真剣な眼差しで見つめる。
その瞳に本気を感じた公だったが、走り去る詩織の後ろ姿と、沙希の顔を交互に何度も見る。
「さ、沙希ちゃん。明日ここに来てくれ。その時話すから」
見えなくなる後ろ姿を気にしながら、まずは詩織を追いかけることを優先した公は、
そう言い残し荷物を抱えて走り出した。
「あんっ、公くーーーん」
沙希がその言葉を口に出したとき、全速力で走る公の後ろ姿が、アッという間に
小さくなっていた。
「行っちゃった。・・・・・さすが速いわね」
妙な事に感心しながら、段々と落ち着いてくると、告白した事実に顔が赤くなってくる。
「・・・・・・・言っちゃった」
まさか今日、こんな形で告白することになるとは夢にも思わなかった。
「は、恥ずかしい!!」
頭から蒸気が立ち上る気がした。
頬に手を当て、イヤンイヤンと身をよじる。
「今日は、帰ろう」
熱くなった身体を冷ましながら、沙希は家路についた。
「はあ、はあ」
走り疲れた詩織は、公園のベンチに座り昨日のことを思い出していた。
「わたし、・・・・・なにやってるんだろ」
公の言ったことは何だったんだろうか。
「わたしの、独りよがりだったの?」
自分のことを好きだから守ってやる、ということではなかったのか?
そんなことを考えていたら、いつの間にか目から流れるものがあった。
「虹野さんには、あんなこと言って。バカみたい」
そのまま身を二つに折って泣き崩れる。
空からは、ポツポツと冷たいものが降り始めていた。
「はあ、はあ。詩織、どこに行ったんだ」
もう見えなくなった詩織を追いかけて走り続ける。
「はあ、はあ。どこだ」
何回も立ち止まっては、周りをキョロキョロと見渡す。
『詩織の奴、さっきの様子からすると、自主トレを隠していたことを怒ってるわけじゃ
なさそうだな。むしろ、沙希ちゃんと一緒にいたことを怒ってるみたいだった』
となると、答えは一つしかない。
『詩織も、俺とおなじ想いってことだ』
やっと気が付いた公は、誤解を解くために必死に探す。
「もう家に帰ったか?やばい、降ってきた」
そう思ったとき、小さい頃によく遊んだ近所の公園の前を通った。
「ここか?」
そんな感じがした公は、街灯が1つしかない暗い公園へと足を踏み入れた。
「しおり〜」
近所迷惑にならないように、小さい声で名前を呼ぶ。
奥の方まで行くと、ベンチに座って小さくなっている人影を発見した。
「詩織・・・・・か?」
返事がないので、さらに近づく。
「こないでよ」
詩織は顔も上げずに呟く。
そう言われても帰るわけにいかない公は、沙希のことを説明しようとする。
「詩織、何か勘違いしてるぞ」
しかし、それを無視して詩織が口を開く。
「昨日言った言葉は、嘘なの?」
「えっ?」
「私を守ってくれるって言ったのは、頼りにしていいって言ったのは、嘘なの?」
「い、いや嘘じゃない。本当だよ」
詩織は顔を上げて叫ぶ。
「じゃあ、なんで虹野さんと一緒にいたの!?」
段々と興奮してきた詩織は、頭に血が上り止まらなくなっていた。
その顔は涙で濡れて、くしゃくしゃになっている。
「だ、だから、それは誤解・・・・・」
その声も、すでに詩織の耳には届いていない。
更にエスカレートする。
「私のことを好きって言ったのは嘘なの!?」
顔を激しく振り、今までに見たことがない激情的なリアクションをする。
「俺の話を聞けって・・・・・・・、何?」
誤解を解こうと必死になっていたため聞き流しそうになったが、1つの単語に動きが止まった。
「いま何て言った?詩織」
「あっ!!」
自分の言った言葉に我に返った詩織は、悲鳴にも似た声を出して黙ってしまう。
「詩織。俺が詩織のこと好きだっていうこと、知ってたのか!?」
「う、ううん。そんなことないよ」
詩織は顔を横に向けて、素知らぬ振りをする。
「こっちを見ろ!!詩織」
「きゃっ!」
詩織の頬を両手で挟み、自分の方を向かせる。
その顔は明らかに動揺していて、涙さえも止まっていた。
「何で知ってるんだよ?」
今度は公が感情的になってきた。
鋭い眼孔で詩織の目を直視する。
「こ、こわい。公くん」
「知ってるんだな?」
それでも構わずに問いただす。
「う、うん」
その迫力に怯え、我慢できなくなった詩織は、再び涙を流しながら答えた。
涙を見てハッとした公は、頬から手を離して反対を向く。
少し冷静になろうと、深呼吸をしてからもう一度問う。
「ふう〜、何で知ってるんだい?」
「あ、あの、・・・・・去年の・・・・・クリスマスの日に・・・・・」
二人は、あの日の麗奈との出来事を思い出す。
「あの時か。盗み聞きしてたって事だな」
「う、うん」
ションボリした声で頷く。
「なんで言ってくれなかったんだ!!」
詩織が盗み聞きをして、更に黙っていたことに、静めた気持ちが甦る。
「そ、それは・・・・・」
「俺の気持ちを弄んだのか?」
「そんなことないよ。なんでそう言うこというの?」
再び詩織の方を向いて、手を広げる。
「だってそうだろ?さっき詩織は、自主トレを隠していたのを怒ってたんじゃなくて、
沙希ちゃんと一緒だったのを怒ってたんだろう?」
「う、うん。そう」
「じゃあ、詩織も俺のことを・・・・・」
そこで止まった言葉を、詩織が引き継ぐ。
「うん、好きよ。小さい頃から・・・・・」
「じゃあ、相思相愛ってことじゃないか。それなのに黙ってたって事は、弄ばれたとしか
思えないよ。違うか?」
「違うよ!!」
髪を振り乱して顔を左右に振る。
「どうしてだよ、何が違うんだ!?」
「そ、それは、わたしが伝説にこだわったから」
「伝説?卒業式の日にってやつか」
入学初日に、好雄から聞いた話を思い出す。
「あれを実行するために、黙ってたのか?」
「うん」
「そんなバカな!!」
ひときわ高いその声に、詩織がビクリと身体を震わす。
「公くん」
公は詩織の隣に座る。
そして、両手を組み肘を立て、何かを考えるように目をつぶる。
・
・
・
・
・
何分そうしていただろうか、今も小雨は降り続いている。
それでも、濡れていく身体をそのままにして、公の言葉を待った。
「ははは。結局俺は、詩織に信用されていなかったってことか・・・・・」
自嘲気味な笑いと共に、不意にそう呟く。
「えっ?な、なにを言っているの?」
詩織にすれば、ただ伝説を成就したかっただけなのだが、公にはそういう風に
考えることが出来なかった。
「俺は詩織の気持ちを知らずに、自分に自信がなくて告白できなかった。
でも、詩織は俺の気持ちを分かっていた」
「だ、だって、それは」
詰め寄る詩織を無視して続ける。
「確かに詩織の頭には伝説があった。でも、俺にはその気持ちが分からないんだ。
卒業式の日に女の子の告白で出来たカップルだって?
詩織が俺の気持ちを知った上で、尚、成就させないといけないものなのか?」
また語気が荒くなる。
「そ、それは・・・・・」
「本当に好きなら、そんなものは関係ないと思わないか?」
詩織は何も言えなくなる。
「相思相愛なのを知っていても。それを我慢してまでも実行しないといけないものなのか?」
「で、でも、公くんだって、虹野さんと」
相思相愛と聞いては、黙ってられない。
それを聞いた公は、顔を上げて詩織を睨む。
「何回言えば分かるんだ!!沙希ちゃんとは何でもないって言っただろ?」
「だって・・・・・、1年半も・・・・・」
男女がそんなに長い期間一緒にいて、なにもないという方がおかしい。
「確かに俺は、沙希ちゃんに惹かれていたかもしれない」
「えっ?それじゃあ、何でもなくないじゃない!!」
詩織も少し興奮する。
「でも、昨日言った言葉は嘘じゃない。詩織のことが好きなんだって確信した俺は、
今日沙希ちゃんに、はっきり言うつもりだったんだ。俺は詩織のことが好きなんだって」
自分の気持ちを再確認しながら言う。
「そ、そうだったの。なら、何も問題は・・・・・」
「ああ。そういう点では何も問題はない」
「じゃあ、私たち」
口論の原因は解決したものと思った詩織だったが、公は違った。
やっと冷静になった公は、もっと根本的なことを考えていた。
「でも、それでも。もう一度考え直そうと思う」
「えっ?どういうこと?」
思いも寄らない言葉に驚く。
「伝説なんかに縛られていた詩織のことが、信じられなくなったんだ」
「な、なんで?だってそれは・・・・・」
いまは、公に詩織の言葉は届かない。
「本当に好きなら、伝説なんかに頼る必要はないんだよ。詩織」
「・・・・・・・」
「だから、本当に俺には詩織が、詩織には俺が必要なのかを、もう一度考え直した方が
良いと思うんだ。沙希ちゃんのことも、もう一度考えてみるつもりだ」
「そ、そんな」
暗い街灯に照らされた公の顔は、真剣に二人のことを考えている顔だった。
いまは何を言っても無駄だと感じた詩織は、それに従うしかなかった。
完全にすれ違った男と女がそこにいた。
「詩織のこと、嫌いになったわけじゃないから」
「・・・・・・・うん、わかった」
瞳のすぐそこに溜まっている涙が流れないよう、賢明に耐えながら答える。
代わりに、段々と強くなってきた雨が、涙のように二人の頬を濡らす。
「さあ、もう帰ろう。遅くなったし」
「うん」
公園を出ると、公が二歩前を歩き、詩織が公の傘を差してその後ろを付いて行った。
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ずっと一言も喋らなかった二人だが、家の前に着くと、詩織が公に傘を返しながら
小さく呟いた。
「公くん。私たち、どうなるのかな?」
「わからないよ、詩織」
傘を受け取りそれだけ言うと、公は家の中へと入っていった。
バタン
それを見送った後、詩織もドアを開ける。
「詩織、帰ったの?いったいどこに・・・・・」
そこには、我が子を心配する母親が待っていた。
肩を落とした娘の姿を見て、何事かと近付く。
「いったいどうしたの?」
「おかあさーーーーーーーーーん」
「詩織?」
靴も脱がずに母親に抱きつくと、必死に我慢してきた涙が、堰を切ったように流れ出した。
ザーーーーーーー
それと同時に、外では小雨から大雨に変わっていた。
まるで詩織の心の涙のように、激しく降り落ちる。
「昨日はあんなに心が通じ合ったのに。なんで、なんでこうなるの!?」
「詩織」
子供のように泣き崩れる娘を、母親は優しく抱きしめ、髪を撫でてやることしか
出来なかった。
つづく
あとがき
第41話でした。
さすが書きたかった話だけあって、結構スラスラと筆が進みました。
またもや賛否両論があるかもしれませんが、
こんな小説で良かったら、この後もお付き合い下さい。
公と詩織の最後のシーン
アップした公くんは、高校生らしく?感情を表に出した感じですが、
始めに書いたときは、妙に大人っぽい公くんでした。
興奮する詩織をなだめて、冷静に物事を判断しちゃったりして。
それを友人に読んでもらったとき、
『恋愛も素人じゃないじゃん!』と言われてしまいました。(^_^;)
それではと、書き直したのが今回のものです。
只、前のバージョンも結構気に入っているので、
消さないでそのままにしてあります。
もし、大人っぽい公くんも読みたいという方がいらしたらメールを下さい。
お送りしますよ。
(近所の公園のシーンから後の部分です。前はまったく同じですから)
いったい公と詩織はどうなるのでしょうか?
そして、公は沙希との関係をどうするのでしょう。
それでは、次回もお楽しみに。