「My wish・・・」

                       第44話 「大人への階段」


                                      第43話     目次へ戻る     第45話


 梅雨が終わり、季節は本格的な夏に移り変わろうとしていた。
 朝から太陽が照り付け、昼間ともなれば暑くてだるい程だったが、3年生である公達は
 期末テストへ向けて勉強に励んでいた。
 運動部の生徒でスポーツ推薦が取れそうな者でも、テストは疎かに出来ない。
 そこそこの成績は維持しないと、卒業できないのだから。
 それとは関係ない1、2年生は、受験生である3年生より比較的楽な気持ちで日々を
 過ごしていた。
 その中でも際だってお気楽・・・いや、あまり勉強のことは考えていないというのが
 正しいのか、早乙女優美はある計画に燃えていた。


 時計は11時を回り、もうすぐ日付も変わろうとしていた。
 そんな時間に、優美は居間のソファに横たわり、プロレス中継を見ながら遊園地の
 チケットを眺めていた。
 公をデートに誘おうというのだ。
 ちょっと前から、公と詩織の間に流れている変な雰囲気を感じ取った優美は、
 二人に何らかの亀裂が入ったのだと決めつけていた。
 今までも何回か公を誘ってはいたのだが、一回もOKが出たことはなかった。
 唯一デートらしいのをしたのは、去年の5月に映画に行ったくらいだ。
 しかし、今なら公を自分に振り向かせられる、という根拠のない自信を持っていた。
「公先輩と、ラブラブになるんだ〜
 足をバタバタさせながら、当日のことを想像してみる。
 ジェットコースター、ビビール、オチールなど、乗りたいのはたくさんある。
 そこに、いまの言葉を聞いた好雄が入ってくる。
「おい優美!!」
「なによ〜、お兄ちゃん」
 いい気持ちでいたところに声を掛けられて、一気に不機嫌になる。
「おま〜な〜、公はダメだって」
「なんでよ〜」
「なんでって。あいつは藤崎さん一筋なんだよ」
 当然、沙希のことは触れないでおく。
「えーーーーー、あの二人上手くいってないんでしょーーー?」
「いや、そんなことないぞ。例えそうだとしても、お前じゃダメなの!!」
 手のひらを上にして広げ、大げさに首を振る
「どうしてよ〜」
「お前は、恋に恋しているだけだ」
「そんなことないもん」
「それに、子供のお前じゃ分からない、大人の事情があるんだ」
「ぶ〜、優美は子供じゃないもん。それに優美が誰と付き合おうが、お兄ちゃん
 には関係ないでしょ」
 そう言って立ち上がると、優美ボンバーを仕掛けてくる。
「くらえーーーーー」
ガッ!
「おっと」
 両腕を顔の前に出してブロックする。
 さすがの好雄も、毎回喰らってはいられない。
「そうやすやすとは」
 ざまあ見ろという顔をしていると、いきなり首の後ろから衝撃が伝わってきて、
 目玉が飛び出したような錯覚を覚える。
バキッ!
「グハッァ!!」
ドタン!!
「決まった、延髄ーーー。うおーーーうおーーー!!」
 雄叫びをあげて2階へと駆け上がっていく。
ドタドタドタドタ
「ゆ、ゆみ、・・・・・ダメだっ・・・・・て・・・・・」
バタン!
 好雄は前倒しになった身体を何とか起こすが、そのまま気を失ってしまった。
 それから7時間後。
 すっかり陽が昇り、朝御飯の支度をしようと起きてきた母親が、倒れている
 好雄を発見した。
 しかし、慌てる素振りはまったく見せずに、そのまま台所へと行ってしまう。
「あら、まあ。あらあらあら」
 それほど日常的な風景なのだった。



 その日の昼休み。
「ふう〜」
 2年A組の教室では、みのりが深い溜息を吐いていた。
 下に広がるグラウンドを見ながら、何度も繰り返す。
 最近の沙希は、明らかに元気がないのがわかる。それが気になって仕方なかった。
「一体どうしたんだろう。ふう〜」
「みのりっ!!」
ドンッ
 いきなり大声と共に肩を叩かれる。
「きゃっ?なぁに?」
 椅子から数センチ飛び上がり、ビックリした顔で横を向くと、そこにはニコニコ顔の
 優美が立っていた。
「なんだ優美か。なにそんなに嬉しそうな顔してるのよ」
「えへへ〜。優美ね〜、公先輩をゲットするんだ〜
「はぁ?」
 素っ頓狂な声を出す。
「なんかね、最近藤崎先輩とギクシャクしてるんだ。だから優美がもらうの」
「もらうのって・・・・・。優美、いまの話本当?」
「うん」
「あの二人って、やっぱり只の幼馴染みじゃなかったのね」
 腕を組んで、今までのことを思い出す。
「あれっ?教えなかったっけ?」
「聞いてないわよ!薄々は感じてたけどね・・・・・」
 それにしても、公と詩織の関係が悪くなったなんて、みのりは初めて知った。
『ということはなに?虹野先輩と付き合うことになったわけ?』
 しかしそれだと、元気がないというのはおかしい。
『じゃあ、二人とも振ったわけーーーーー?許すまじ、主人公ーーーーー!!』
ガタガタッ
 勢いよく立ち上がり、一目散に3年A組を目指す。
 その瞳はメラメラと燃えていた。
「あっ、みのりーーー?」
 アッという間に教室を出て行くみのりを、ただ呆然と見送る優美だった。


ダダダダ
ダダダダ
 みのりは階段を駆け下り、公の教室へ向かって廊下を走る。
ガラガラ
 そして乱暴にドアを開けると、中をキョロキョロと見渡して目標を探す。
「あれ?いない。どこに逃げたの〜?」
 そこに、みのりを見つけた好雄が寄ってきた。
「みのりちゃん、どうしたの?」
「あっ、優美のお兄さん」
 好雄はドアと壁に手を付き、廊下へと顔を出す。
「優美のお兄さんだなんて〜。好雄って呼んでくれよ」
「はあ?それよりも、主人先輩知りませんか?」
「公?えっと、いないな。あっ、そうだ。部室に行くって、あれ?」
 一端引っ込み、公の机を見て向き直ると、そこにはすでにみのりの姿はなかった。
「何あんなに急いでるんだ?いたたた、まだちょっと痛いな」
 首をさすりながら、消えたみのりを探して廊下を見る。
「それにしても、すごい剣幕だったな。またトラブルか?」
 好雄は、公の無事を願わずにはいられなかった。



「バスケ部の部室は確か・・・・・。あっ、あそこね」
 サッカー部とは反対側の端にある部室へと、ズンズンと怪獣のような足音を立てて
 近づいていく。
 そして、荒っぽくドアをノックする。
ドンドンドン、ドンドンドン
「誰?」
「失礼しますっ!」
「あっ、ちょっと待ったーーー」
 その返事はみのりの耳に届かず、勢いよくドアが開かれる。
ガチャ!
 その瞬間みのりの目に入ったもの、それはトランクス1枚の公だった。
 軽く走ってきた後、ジャージから制服へと着替えている最中だった。
「きゃーーーーー。な、何やってるんですかぁ、へんたーーーい」
 ドアノブを持ったまま大声を上げる。
「ひどいなぁ、それ。着替えだよ着替え。それより、入るか出るかしてくれよ」
 ドアが開けっ放しだと、流石に恥ずかしい。
「あっ!す、すみません」
バタン
『あっ、入っちゃった』
 思わず中に入ってドアを閉めたみのりは、その場でクルッと回転して後ろを向く。
「で、なにか用?確か・・・秋穂さん、だよね」
「は、はい!え〜と、なんだっけ?あっ、そうそう」
 一瞬目的を忘れたみのりは、すぐに思い出して前を向くが、公はまだ上半身が
 裸のままだった。
「もうっ、早く着てくださいよ!!」
「わかったわかった」
 上半身だけならサッカー部で見慣れているみのりは、そのままワイシャツを
 着るのを待つ。
「これでいいだろ?」
「ええ。って、それよりもですね〜、先輩っ!!」
「な、なに?」
ジリッ
 みのりの迫力に圧されて、一歩後ずさる。
「よくも虹野先輩を振ってくれましたね〜〜〜。しかも、二股かけてたなんて〜」
 ずんずんと公に迫ってくる。
「は?」
「白を切っても、ダ・メ・で・すっ。優美から聞いたんですよ!!」
 公の目の前までくると、やっとこの春身長が伸びて179cmになった公を、
 ちょっと見上げて指を突き立てる。
「優美ちゃんから?沙希ちゃんを振ったって?それに二股だって?」
「い、いえ、そうは聞いてないですけど。あ〜もう、めんどくさいなぁ。とにかくっ!
 虹野先輩に元気がないのは、先輩のせいなんでしょ?」
 横にあったテーブルを、バシンと叩く。
『いった〜い』
 赤くなったであろう手をそのままにして、公を睨む。
「う、う〜ん。それは否定できないな」
「ほらーーー、だったらやっぱり許せな〜い」
 部室棟全体に響くんじゃないかという大声を出して喰ってかかる。


 その頃沙希は、昨日干して置いたユニフォームを確認するため、部室へと廊下を歩いていた。
『インターハイが終わるまでって、結構長いなぁ〜』
 あの日から2週間あまり、沙希の頭は公のことで一杯で、勉強どころではなかった。
「あっ、沙希ちゃん」
 声を掛けたのは、沙希の親友である如月未緒だった。
「未緒ちゃん」
「どこに行くの?沙希ちゃん」
 未緒は図書室の帰りだろうか、2冊ほど本を抱えている。
「昨日お洗濯したユニフォームを見に行こうと思って」
「そうですか。いつも一生懸命ですね、沙希ちゃんは」
「そんなことないよ〜」
 手を振り照れていると、窓の外に何かを見つけた。
「あっ!みのりちゃんだ」
 視界の端に、部室棟へと歩いて行くみのりが映った。
「なんだか、怒ったような顔をしてましたねぇ」
「う、うん。どうしたんだろう?」
「ごめん未緒ちゃん。ちょっと急ぐから」
 不安を感じた沙希は、外靴がある所へと駆けだした。
「ええ。また」
「うん」


 沙希は出入り口に着くと、急いで履き替えて部室へと走った。
「何かあったのかな?」
 サッカー部の部室のドアノブに手を掛けたとき、目の前の部屋ではない別の方角から、
 何かを叩く音が聞こえてきた。
バシン!!
「なに?いまの音は」
 思わず手を離して声がした方を見ると、続けてみのりの声がした。
「ここじゃないの?あっちには・・・・・まさか!!」
 予感が的中したと感じた沙希は、急いでバスケ部の部室へと走った。



「虹野先輩を、虹野先輩を悲しませるなんて〜」
 みのりが手を振り上げたとき、ドアが開いた。
バンッ!
「待って、みのりちゃん!!」
「えっ?」
 二人がドアの方を見ると、そこには息を切らした沙希が立っていた。
「はあ、はあ」
「虹野先輩」
「沙希ちゃん」
 呼ばれるように中へと入ってくる。
「みのりちゃん。一体どうしたの?」
「どうしたのって。最近虹野先輩に元気がないのは、この人のせいなんでしょ?
 だから仕返しに来たんですっ!!」
 公を指差して再び手をあげると、その腕を沙希が掴む。
「なんで止めるんですか?」
「待ってみのりちゃん。私の話を聞いて」
「い〜え、聞けません!」
 沙希の言葉を無視して、手を振りほどこうと力を入れたとき。
「止めなさい!!」
 いつもの優しい先輩からは想像も出来ない、命令口調の声と真剣な顔を見せる。
 みのりはそんな沙希に圧倒され、少しずつ冷静になっていく。
「虹野先輩・・・・・わかりました」
「ありがとう」
 公はそのやりとりを、ただ呆然と見ていた。
「公くん、ごめんなさい。またね」
「あ、うん」
「行きましょう、みのりちゃん」
「はい」
 沙希は意気消沈したみのりの手を取って、外へと出ていった。
「いまのは、いったい・・・・・」
 公は、まさに『疾風のように現れて、嵐のように去っていった』二人を見送ると、
 その場に予鈴が鳴るまで立ち尽くしてしまった。



 部室棟とは離れた体育館の裏で、沙希は簡単に理由を話して聞かせた。
 それを聞いたみのりは、しばらくの間黙っていた。
 そして案の定、公を非難する言葉が返ってくる。
「虹野先輩はそれで良いんですか?私は納得いきません。インターハイが終わってから、
 どちらかを選ぶなんて」
「どうして?」
「だってそうじゃないですか。虹野先輩と藤崎先輩の2人とも好きで、いまは選べないから、
 大会が終わるまで待ってくれなんて、虫が良すぎますよ!!」
「うん、そうね」
「だったら・・・・・」
 あっさりと肯定する沙希に興奮して詰め寄ると、それを手で抑えてゆっくりと
 諭すように話し始める。
「私の話を聞いて、みのりちゃん。公くんが藤崎さんのことを好きになったのは
 たぶん小さい頃、小学生、いえもっと前かも知れない。そんな歴史のある二人に比べて、
 公くんにとって私との出会いは、高校に入ってからのたったの2年間」
 みのりは何か言いたそうな顔をするが、沙希が言葉でそれを止める。
「恋に時間なんて関係ないって、言いたいんでしょ?」
「はい」
「確かにそうなんだけど。公くんが藤崎さんを想う気持ちは、すごく大きいと思うの。
 たぶん私が思っているよりもずっと。そんな二人の間に何があったのか分からないけど、
 私はその間に割ってはいることが出来たのよ。これは凄いことだと思わない?」
「・・・・・・」
「あの人は、藤崎さんのことをもう一度考えてみるって言ってた。そして、私にも
 待っていてくれって言った。それは、私のこともちゃんと考えてくれるって事でしょ?」
「・・・・・・」
「それと、いまはバスケ部が大変な時期でしょ?それに私のことで負担をかけたくないの」
「で、でも。待った末に、藤崎さんを選ぶかも知れないんですよ?」
「・・・・・・、そうね。そうなったら、それはあの人との縁がなかったってこと」
 みのりはジッと沙希の目を見ながら考えをまとめると、再び問う。
「それで良いんですか?」
「そりゃあ、私を選んで欲しいわ。でも、それも仕方のないこと」
 そう言い切った沙希の口元には、笑みさえも浮かんでいた。
 そんな表情をされては、みのりは納得するしかなかった。
「そこまで虹野先輩に思われるなんて、よっぽど素敵な人なんですね、主人先輩って」
「うん
 満面の笑みで答える。
 好きな人のことを想っているときの女性の顔は、なんていい顔をするのだろう。
 いまの沙希は、そんな表情を見せていた。
「そっか、私も見方を変えてみよっかな」
「え?あ〜、ダメだよ〜。これ以上ライバルが増えるのはイヤよ」
 軽くみのりの肩を押す。
「ふふふ、どうしよっかな〜
「もうっ!!みのりちゃんたらっ」
「あはははは」
 こんな風にふざけ合う頃には、いつもの二人に戻っていた。



 その日の放課後から、優美の攻勢が始まった。
 公を遊園地デートに誘うため、執拗に追い回す。
 それが詩織の目の届くところであろうともだ。
 部活が終わった後や昼休みはもちろんのこと、暇さえあれば10分の休み時間の間にも、
 公の教室へと出向いていた。
「公せんぱ〜い。行きましょうよ〜、遊園地」
 今日も昼休みになると、優美が誘いにやってきた。
 公の席までくると、肩を掴んで身体を激しく揺らす。
 ここ3日はA組の恒例になっていた。
『・・・・・どうするかな』
 思わず額に手をやり、うんざりとしてしまう。
 隣には、手を合わせる好雄がいた。
「ねえねえ〜
 もちろん、デートをする気なんて全くない公はその都度断っているのだが、
 優美は全然めげないで誘いに来る。
 そんな優美を見ていると、何だかいたたまれなくなってくる。
『今日はハッキリ言おう』
 そう思った公は、立ち上がって優美の手を取る。
「ちょっと、優美ちゃん」
「何ですか?OKですか?」
「いや、そうじゃなくて」
 教室では、クラスメートの好奇の目が二人に集中していた。
「こ、こっちにきて、優美ちゃん」
「わっ、二人きりですね〜
「それでもない!!」
 優美の手を引いて出ていく公を見ながら、詩織は溜息を吐いた。
「あの根性は、見習わないとね」
 優美と行くはずはないと分かっているが、詩織はただ見ていることしか出来ない。
 そして、そんな詩織とは別の所から、もう一つの視線が公と詩織に向けられていた。



「先輩、行きましょうよ〜」
 廊下の端に優美を連れてきた公は、溜息混じりに答える。
「だから何回も言うけど、今は誰ともデートをする気はないんだって。わかってくれよ」
「だって先輩。いまフリーなんでしょ?」
 口を尖らせて、今まで何回も言ったセリフを繰り返す。
「確かに彼女はいないけど、好きな人はいるから」
「藤崎先輩ですか?」
「え?」
 なんで知ってるんだと、驚きの表情をする。
「お兄ちゃんから聞いたんじゃないですよ」
「そ、そう」 
『優美ちゃんでも気が付いているのか。もしかして、知ってる奴いっぱいいるのかな?
 それよりも、そこまで知っていて、なんで誘いに来るんだ?』
 そんなことを思いつつ、優美の誘いを懸命に断ろうとする。
「行きましょうよ〜
「だからね、優美ちゃん」
チリンチリン、チリンチリン
 昼休み終了の予鈴が鳴る。
「ん?もうこんな時間か。ごめん優美ちゃん、次は移動教室だから」
「あっ、先輩!」
 公は優美を残して教室へと戻っていった。
「先輩、優美は諦めませんよ」
 何回断られようが、OKが出るまで粘る覚悟の優美だった。



 優美が教室に戻ると待っていたのは、呆れ顔のみのりだった。
「あんた、また行って来たの?」
 席に座ると、隣のみのりが優美の方を向いて話しかけてくる。
「うん。絶対一緒に行くんだから〜」
 ギュッと拳を握って意気込む。
「あのねぇ、優美。虹野先輩、知ってるでしょ?」
「え?うん。みのりと同じマネージャーの先輩でしょ?あの人がどうしたの?」
 優美は、去年のクリスマスのことを思い出した。
 あの時はいろんな質問をしたが、良いようにはぐらかされていた。
「ちょっと、聞いてるの?」
「う、うん」
「虹野先輩も実は主人先輩が好きで、告白もしたのよ」
 耳元に寄って小声で話す。
 本当は黙っているべきなのだが、優美が諦めるよう説得するためだ。
「え?そうなの?」
 これには興味津々のようで、優美も身体を寄せてくる。
「うん、でね。あの虹野先輩でさえ、先輩の気持を掴むのに2年もかかったのよ。
 しかもよ、それでもまだ選んでもらえるかどうかもわからないんだよ!」
「それどういうこと?藤崎先輩とダメになったのに、付き合ってないの?」
 もっともな疑問をつきつける。
「ああ、え〜と、そこら辺は複雑なんだけど。ともかく、それだけあの先輩に
 とって藤崎先輩の存在は大きいんだよ!そんな先輩の気持ちの中に、
 優美が簡単に入って行けると思う?」
 みのりは、これを知ったことによって公を諦めることを期待した。
 沙希のためにも、ライバルは少ない方が良い。
「そんなの。優美だったら大丈夫だもん」
「え?いや、あのね」
 しかし、それは優美の闘志に火を付けるものでしかなかった。
「優美だったら、すぐに入り込んじゃうもん」
「だ・か・ら」
チリンチリン、チリンチリン
 本鈴が鳴り、それと同時に先生が入ってくる。
「ほら、先生が来たよ」
「あっ!!もうっ」
 優美がキチンと前を向くと、みのりも渋々前を向き姿勢を正す。
 けっきょく優美を説得することは出来なかった。



 その日の放課後、詩織が部活に行くため教室を出ようとすると、それを呼び止める者がいた。
「藤崎くん、ちょっと待ってくれないか?」
「伊集院くん、どうしたの?」
 それはレイであった。
「最近、あの庶民と何だかぎこちないが、何かあったのかね?」
「え?ううん。何にもないよ」
「本当かい?」
 レイは詩織の目をジッと見る。
「う、うん。」
 明らかに動揺している瞳を見て、詩織が嘘をついていることはわかったが、
 あえて追求しないことにした。したところで言わないだろう。
「そうか、わかった。引き留めて悪かったね。じゃあ、また明日」
「うん」
 手を挙げるレイに微笑んで、廊下に一歩足を踏み出したそのとき、
 詩織の耳に微かに聞こえてきた。
『私の出番かしら?』
「えっ?」
 それは、今まで聞いたことがない女性の声だった。
 もう一度教室の中を見るが、そこに女生徒は一人もいなかった。
「ん?どうかしたのかね」
「ううん。なんでもないよ。それじゃあ」
 そう言って、改めて廊下に出ていった。
 そんな詩織の後ろ姿を見ながらレイは思った。
『まったく、何をやっているのかしらあの二人。これは調べてみる必要があるわね』
 レイは帰りの車の中で、早速、伊集院家諜報部に最重要指令を出した。



 放課後の体育館では、今日も緊迫した練習が行われていた。
 男子はもちろんのこと、打倒末賀に向かって女子も猛練習を積んでいる。
 詩織も公のことばかり考えてもいられないのだ。チームのため、なにより自分のために。
 そんな詩織が、いまはちょっと上の空だった。
『さっきの声は、一体誰だったのかしら?』
 教室を出るときに聞いた綺麗な声。
『空耳だったの?』
 ボーっとしていた詩織に、パスが飛んでくる。
「詩織、いったよ」
「えっ?」
 奈津江の声に反応して我に返ったとき、ボールはすでに目の前に迫っていた。
「キャッ」
バシッ
 慌てて手を出してパスを受け取り、右方向にドリブルをする。
 その時、一瞬冷静さを失っていた詩織は、その一歩を焦って踏み出し足首を捻ってしまう。
「いたっ!!」
ドン、ドン
 足首に激痛が走り、ボールを落としてその場にしゃがみ込む。
「大丈夫、詩織?」
 みんなが詩織の周りに集まってくる。
「どうした、詩織!!」
 そこに、すぐさまその輪をかいくぐって、公が詩織の側に来る。
「う、うん。ちょっと足首が」
 詩織は右足首をかばいながら、顔をしかめる。
「捻挫か?」
「たぶん」
「早く保健室に行った方が良い。ほら」
 公はしゃがんで背中を見せる。
「いいよ、一人で大丈夫だから」
「いいから、早くしろ!!」
 周りの目など気にしないで急かすと、奈津江が詩織を起こして耳元で小さく呟く。
『ほらっ、詩織』
「う、うん。わかったわよ」
 そう言って、公の首に手を回す。
「よしっ」
 公は立ち上がると、全速力で駆けだした。
「ひゅ〜、ひゅ〜」
 背中には、それをはやし立てる声がわき上がる。
『恥ずかしいよ〜』
 詩織はそれを聞いて、耳まで赤くしていた。
「やるな、公」
 そんな二人を見送りながら呟く。
 木本は見ていた。詩織の悲鳴が上がったその瞬間に、公が駆けだしていたのを。
 そして、もう一人それを見ていた者がいた。



「重くない?」
「全然」
 公は軽快に廊下を早足で歩く。
『良かった。あっ!』
 詩織が自分の胸と公の背中がくっついているのを見て、小さく漏らす。
「なんか言ったか?」
「ううん、何でもない」
『恥ずかしい〜』
 この時の公はそれにまったく気が付いていなかったが、詩織は胸が当たるのを
 気遣いながら、別の心配までしていた。
『保健の先生、いなかったらどうしよう』
 そうこうしている内に、保健室へと着いてしまう。
「すみません」
 公がドアを開けて声を掛けるが、返事はなかった。
「いないなぁ。どこいったんだ?」
 中に入って、とりあえず詩織をベットに下ろす。
『どうしよう〜』
 冷静な公とは正反対に、詩織の鼓動はどんどん早くなる。
ドキドキドキドキドキ
「きゃっ!」
 公が詩織の前にしゃがむと、思わず声を出してしまった。
「どうした?」
「ううん。何でもない」
「ちょっと触るぞ」
 公はそっと足首を曲げてみる。
「いたっ」
「ごめん、大丈夫か?」
「うん」
「ただの捻挫だとは思うけど・・・・・」
 公は真剣な目で患部を見つめる。
「ったく、いつ来てもいないよな、あの人は」
「誰かな?人聞きが悪いことを言う人は?」
「おっと」
 そこに保険医の先生が帰って来た。
 保健室に入ってきたその女性は、本来の保険医ではなく、産休で休みを取っている
 先生の代わりに2月から臨時で来ていた。
 名前を『九段下舞佳』という。
「ん?主人くんじゃない、どうしたの?さぼり・・・」
 そう言いつつ、詩織の姿を発見する。
「じゃないみたいね。保健室で逢い引きしちゃ〜いけないのよん
「えっ?」
 驚く詩織に対して、公は気にしていない様子だ。
 いまはそれどころじゃないのだろう。
「なに言ってんだか。詩織が捻挫したみたいなんです」
「ふふふ、冗談冗談。お姉さんに任せなさ〜い」
 椅子に座り、詩織の方を向く。
「お願いします」
「あら、綺麗な脚ねぇ。その美貌も、あと5年経てば私の対抗馬になるかな〜」
 詩織のアゴに手をやり、ニッコリと微笑む。
「ええ?」
「いい加減にしてください!!ホントに大丈夫かよ」
「冗談よ〜、ふふふ」
 公が激しく突っ込むと、おばさんのように手を振って笑い飛ばす。


 診断はすぐに終わり、湿布をして包帯を巻く程度ですんだ。
「大したことないわ、4、5日すれば元通りになるでしょ」
「ありがとうございます」
 心配でずっと見ていた公も、深い溜息を吐く。
 そして、ホントに小さい声で呟く。
『良かった』
 しかし、それはしっかり詩織の耳に届いていた。
 気が付いて公の顔を見ると、心底安心した表情をしていた。
 いまの二人の状況は関係ない。それだけ詩織のことを想っているからだろう。
『公くん。ありがとう』
 それを見た詩織は、とても嬉しかった。
「練習は・・・・・、もう終わりだな」
 公が時計を確認する。
「主人くん、しばらくの間は送り迎えしてあげてよ」
「はい」
「え?いいよぉ」
 詩織は大袈裟に手を振って断る。
 二人で登下校するなんて、気まずい雰囲気になるだけだ。
「遠慮なんかするな。いま荷物を持ってくるから、待ってるんだぞ」
「う、うん」
 保健室を出る公を見ながら、複雑な表情を浮かべる。
『公くんは、何ともないのかなぁ?』
「このぉ、あんないい男逃すんじゃないわよ〜」
「え?」
 舞佳がツンツンと突っつくと、詩織は苦笑するしかなかった。
『そりゃあ、そうしたいのは山々なんだけど』
 詩織は公の心を計りかねていた。
「藤崎さん、わたしちょっと用があるから、主人くんによろしくねん
「え?は、はい」
 舞佳は詩織を残して屋上へと上がる。
 この時、きらめき高校からある場所へと電波が発信されるが、その内容を
 知る者はいなかった。



 その頃優美は、廊下で公のことを待っていた。
 体育館ではすでに練習が終わり、後片づけの1年を除く2、3年は更衣室へと行っていた。
「先輩は・・・・・」
 優美はさっきの場面を、ちょっと遠くから見ていた。
 注目していたのはもちろん詩織ではなく、公の方である。
 自分も同じような出来事に出くわしたとしたら、あんな風になるだろうか。
『さっきの先輩の目、すごく真剣だった。藤崎先輩のこと、ホントに好きなんだなぁ〜』
 肩を落として、ガックリとうなだれる。
 それは、公を想っているからこそ感じることが出来るものだった。
 もしこの場に沙希がいたならば、きっと同じ事を感じたに違いない。
『優美が入り込む隙間なんて、ないみたい』
 優美にしては珍しく落ち込んでいるところに、公が帰って来るのが見えた。
「でも、もう一度だけ」
 このままでは引けないと思い、最後の賭に出る。
「先輩!!」
「優美ちゃん。練習は終わった?」
「はい。みんな着替えに行ってます」
「そうか。俺も着替えてくるか。優美ちゃん、詩織の荷物を取ってきてくれないか?」
 そう言って、そこを離れようと向きを変えたとき。
ガバッ
 優美が背中に抱きついてきた。
「先輩。優美は、優美は、先輩のことが大好きです」
 顔を埋めて告白する。
「優美ちゃん。俺は・・・・・」
「やっぱり、優美じゃダメですか?」
 ギュッと腕に力を入れる。
「ごめん。優美ちゃんは好きだけど、可愛い妹としか・・・・・・」
     ・
     ・
     ・
     ・
     ・
「優美は、お兄ちゃんの代わりに生まれてきたかった」
「え?」
 しばらく黙って抱きついていた優美が、ボソリと呟く。
「そうすれば、こんな思いをしなくても良かったのに・・・・・」
 公から離れて前に出る。
「わかりました。ホントは妹なんて嫌ですけど・・・・・」
 大きな目に涙が浮かぶ。
「優美ちゃん・・・・・」
「さっきの公先輩を見ていて、どんなに藤崎先輩が大事なのかもわかりました」
「えっ?」
「これからも可愛い妹でいることにします。その代わり、藤崎先輩と別れたら、
 優美が彼女になってあげます」
「うん。わかった」
 それを聞くと優美は涙を拭い、いつもの笑顔を見せる。
「藤崎先輩の荷物ですよね。優美が取ってきますよ」
「ありがとう」
 優美は手を振って更衣室へと走っていく。
 それを見送りながら、公は優美の言葉を思い返した。
『どんなに詩織のことが大事か分かった?』
公自身、体育館での自分の行動には驚いていた。
 詩織の悲鳴が聞こえたとき、勝手に身体が反応していたことに。
「やっぱり俺は、詩織のことを・・・・・」
 この日から、優美が公を誘うことはなくなった。



トントン
「お兄ちゃん、居る?」
 家に帰ってきた優美は、すぐに好雄の部屋のドアをノックした。
「優美か?入っていいぞ」
「うん」
 中に入ってきた優美の顔は、今にも泣きそうな表情だった。
 好雄はそれを見てピンときた。
「公に、告白したんだな?」
「うん」
「ダメだったんだな?」
 無言でコクリと頷く。
「お兄ちゃん。優美、やっぱり恋に恋してたのかなぁ?」
「さあ、どうだろうな。ホントの所は俺にはわからない。でも今回のことで、
 確実にお前は成長したはずだ。この先、お前に相応しい男とも必ず出会うから。なっ!」
 好雄は立ち上がり、肩をポンと叩いた。
「お兄ちゃん・・・・・。うん、そうだね」
「ああ。公のこともきっと、いい思い出になる」
「お兄ちゃん・・・・・」
 普通ならここで優美が抱きついて終わるところだが、そうでないのが早乙女兄妹。
「お兄ちゃんもいい人が見つかるといいね」
「なに?余計なお世話だ」
 パシリと頭をはたく。
「あっ!!やったな〜」
 優美は素早く後ろに回り込み、腕を回してがっしりと掴むと、ベットめがけて身体を反る。
「バックドロップーーーー」
バスン!
「グハッ」
 それから20分あまり、早乙女家からドタバタと騒音が響いた。
 それに付き合うことが、優美を元気付ける好雄なりの優しさだったのだろう。

     つづく

   あとがき

 第44話でした。

 いや〜、苦労しました。
 優美にはこの一話だけで、だいぶ成長してもらいました。(^_^;)
 まあ、書いていないだけで、
 これまでもデートに誘ったりはしていたということで・・・・・。

 あの副題は、僕が好きな曲「思い出がいっぱい」から付けました。
 「みゆき」は、いままで見てきた漫画の中で、ベスト10に入るほど好きな作品です。
 ずっと前に録画したビデオが、まだ残っているくらいです。(^_^)

 そして、またしても沙希ちゃんの描写に力が入ってしまいました。
 しょうがないんです。沙希属性なんだから、作者は。

 ま、それはおいといて。
 少しずつ詩織のことを見つめ直している公。
 詩織もいろいろと悩んでいることでしょう。
 話の中でどれだけ表現できるかわかりませんが、
 頑張りますので、応援してくださいね。

 最後に、簡単に出るキャラだからネタバレって程でもないですが、
 舞佳さんはときメモ2の隠れキャラの一人です。
 ゲームの中でも、伊集院家と関わりを持っているようなので、
 応用させてもらいました。

 では、次回はいよいよインターハイです。
 きらめき高校はどこまで勝ち進むのでしょうか?
 乞うご期待。

 では。

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