「My wish・・・」

                    第45話 「公を待ち受けるもの」


                                      第44話     目次へ戻る     第46話


 夏も真っ盛り、いよいよ3年生にとって最後のインターハイを迎えた。
 毎日のように真夏日が続いているが、これからは体育館で熱い戦いが繰り広げられる。
 きらめき高校では、バスケ部応援希望の生徒のために伊集院が特別列車を出した。
 夏休み前に希望者を募ったところ、80人もの生徒が集まった。
 もちろん女子のバスケ部員は全員参加しているが、沙希は残念ながら部活があ
 るため、この応援団には来られなかった。
 ちなみに、公のファンクラブ会員が多数参加しているのは言うまでもない。



 男子バスケ部は、開催日初日の一日前に移動の列車の中にあった。
 きらめきはシードされているので、応援団は2日後に到着する。
「いよいよだな」
「ああ」
 席を回転させて、3年のスタメンである公、木本、竹原、菊川の4人が座っている。
 3年で残ったのは、この4人とベンチ入りしている2人だけであった。
 他の3年は、進学のための勉強に専念するために退部していた。
「俺と竹原は就職だけど、公と木本は進学なんだろ?」
 菊川が木本に向かって言う。
「ああ。まあ進学といってもスポーツ推薦だからな。スポーツテストで入るにし
 ても俺なら楽勝だけど、大会でいい成績を取って、大学からどうしても来てくれって
 言われた方が楽だからな」
「ははは、確かに。公はどうなんだ?」
「俺か?俺も進学かな」
「公は良いよな、受験でも受かるだろ。俺は成績悪いからな」
 木本がぼやく。
「ははは、でも正直まだ分からないな。まあとにかく、優勝目指して頑張ろうぜ」
「ああ、そうだな」
 4人は頷き合った。



 翌日の大会初日。
 今日は開会式の後、対戦相手の偵察のために会場に残った。
「ウィンターカップでベスト8に入ったのは忘れろよ。お前らは挑戦者なんだからな」
「はい」
 コーチとともに観客席に座り、2回戦の対戦相手を分析する。
 まだ1回しか全国大会に出場していないきらめきは、対戦したことがない高校
 ばかりなのだ。
「どうやら決まりそうだな」
「ああ」
 目の前で行われている試合の勝った方が初戦の対戦相手になるのだが、
 時間も後半残り3分となった。
「愛知明電高校か。ゾーンで守って、あの長身センターのポストプレーが
 主な攻撃みたいだな」
 木本が石崎を間に挟んで、その隣に座っている公に話しかける。
「そうだな。これは、お前に掛かってるな。なあ、石崎」
「は、はい」
 公が石崎を見て、肩にポンと手を置く。
「ははは、プレッシャーかけるなよ、公」
「まさか。石崎なら大丈夫さ。どう見たって、橋本より劣ってたぜ」
「ま、そうかもな。気楽に行こうぜ」
 そう言って、木本も石崎の肩に手を置く。
 キャプテンとエースにそう言われると、気楽に何て出来るもんじゃない。
「が、が、頑張ります」
「勘弁してやれよ〜」
 石崎が緊張した声で答えると、竹原の突っ込みが入りみんなから笑いが起こる。



 試合が終わったので、練習のため戻ろうと席を立ち移動していると、前方に
 顔見知りを見つけた。
「ん?あれは」
「能城だ」
 優勝候補ナンバー1である能城工業の面々が、こちらに向かって歩いて来た。
「よお、きらめきじゃないか」
「田辺、久しぶり」
 木本が答える。
 公は能城カップの屈辱を思い出して目つきが変わる。
「ああ。そっちも偵察か」
「そうだけど、まさか能城もか?」
 ここ2年間無敵を誇る能城工業だが、おごりはない。
「もちろんだ。いくらディフェンシブチャンピオンといったって、油断は禁物だ。
 特にインターハイは勢いがものをいうからな」
「そうか、研究熱心だな」
「お前らだって、要注意だと思ってるんだぜ」
「うちをか。冗談だろ」
 能城カップで圧勝したのに何で?という感じで、公が答える。
「真面目に言ってるんだぜ。俺達が対戦するには、準決勝まで行かなくちゃならない。
 お互い頑張ろうぜ」
 田辺を始めメンバーが握手を求める。
「そこまで言うなら絶対勝ち上がってやるから、待ってろよ」
 公が宣言する。
「おう、待ってるからな。じゃあな」
 田辺達と別れた後は、練習のために借りた地元中学校の体育館で最終チェックを行った。
『準決勝か。絶対行ってやるぞ』
 能城はきらめきをライバルとみなしていた。
 あの時の雪辱を果たすために、部員全員に一層気合いが入った。



 翌日から、きらめきの快進撃が始まった。
 初戦は石崎の活躍もあり81−53で快勝し、続く3回戦も順調に勝ち上がった。
 今日は準々決勝が行われている。
 相手は全国常連の福岡大付属大堀高校だ。
 福岡は高さを利用したバスケを展開する高校で、きらめきの持ち味である早さで対抗する。
 公の独壇場となりそうなものだが、そこは強豪校、エースへの対応が早い。
 そこで、公を囮にして効果的に外へも展開していく。
「菊川先輩」
「よしっ」
 中から外へとボールが出ると、菊川がクイックモーションで3ポイントを放つ。
 天井高く曲線的な軌道を描き、ゴールへと吸い込まれる。
「ナイシューーー」
 後半も15分が過ぎ、ここまで60対61の接戦が続いていた。
「戻れーーー、止めるぞ」
「おう!!」
 木本の掛け声と共に気合いを入れる。
 応援席では、連日の大歓声が発せられていた。
「公く〜ん、頑張れ〜」
「公せんぱ〜い」
「公さま〜」
 きらめきの応援に混じって、公だけに向けられる声援も聞こえる。
「もうっ、公くん、公くんって」
 詩織は大っぴらに公の応援が出来ないので、ファンクラブの女の子達に嫉妬を
 覚えながら見ていた。
「ファンクラブの人達が羨ましいな。あっ!!」
 コートでは公が相手のパスをカットし、ドリブルで走り込むところだった。
「ターンオーバーだ。走れーーー」
 福岡もディフェンスのために懸命に自陣へと走るが、公のスピードには追いつけない。
「そのままいけーーーーー」
 詩織が叫ぶ。
 公を遮る者は誰もいない。力強く踏み切って、ゴールへと一直線。
「きたきたーーーーー」
 きらめきファンからも声が上がる
ガコーーーン
「決まったーーーーー」
「きゃーーー、格好いいーーー」
 控えの選手が立ち上がり、きらめき側がいっそう盛り上がる。
 これで逆転だ。
「ナイス、公」
「おう。またボール奪うぞ」
「よっしゃ」
 竹原とハイタッチをしながらディフェンスに走る。
 これで波に乗ったきらめきは、ゾーンからマンツーマンに変えることで失点を抑え、
 得点を重ねていった。
ビーーー!
 終了のブザーが鳴る。
 終わってみれば78対67できらめきの勝利。これで初のベスト4進出だ。
 応援席へ礼をしてコートを離れようとしたとき、きらめきの試合を観戦していた能城と会った。
 両校の選手が、無言で腕をクロスさせてすれ違う。
 明日の試合へ思いを馳せながら。



 その日の夜。
 今日まで部活があった沙希が、新幹線で駆けつけた。
 部活が終わると、準々決勝の勝利を友達から電話で聞き、あらかじめ買っておいた
 切符を握りしめて新幹線に飛び乗った。
「公くん、どこにいるのかな」
 いよいよ明日は、念願だった能城との再戦だ。
 この日のために頑張ってきた公に、一言『がんばって』と直接言いたくて探し回っていた。
 何回か同じ所を行ったり来たりしていると、前方の曲がり角から公が現れた。
「いた!!」
 沙希は駆けだした。
 すると、公も沙希を見つけたらしく軽く手を挙げるが、同時に別の方も見ていた。
「公くん?」
 どこを見ているのだろうという疑問も、公の元に着いたときに解決した。
 別の方からは、詩織が走ってきたのだ。
 大会中、今まで話しかけることが出来なかった詩織だが、沙希と同じで能城戦前の
 今夜くらいは話がしたかった。
「や、やあ、沙希ちゃん。来てくれたんだ」
「うん。明日は頑張ってね」
「あ、ありがとう」
 詩織の顔を見ると、この会話をジーーーっと見つめていた。
『うっ!!』
 鈍感男の公も流石にこれには参ったようで、背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。
「公くん、今までの自主トレの成果を出せば勝てるよ」
「う、うん」
 沙希の言葉に頷きながら、詩織の表情が気になる。



『ジーーー。虹野さん・・・・・、あの日まで一緒だったのよね』
 詩織は、二人がずっと一緒に自主トレをしていたという事を思い出していた。



『幼馴染みの絆にだって、負けたくない』
 顔には出さないが、沙希は心の中で火花を散らしていた。



『うわ〜、ここから早く離れたい』
 公は、まだ決めていないという後ろめたさと、この二人が一緒にいる雰囲気に
 耐えられなくなる。



「じゃ、じゃあ。木本が呼んでたから、俺はこれで・・・・・」
「そう、頑張ってね」
 三者三様の思いが交錯する中、ありもしない理由を付けて、そそくさとその場を去る公に、
 詩織はそれだけ言って手を振る。
「ねえ、虹野さん」
「な、なに?」
「あのね・・・・・」
 二人きりになり詩織が何か言おうとしたとき、奈津江が呼ぶ声がした。
「詩織〜、誰と・・・・・」
「あっ、奈津江ちゃん」
「お邪魔・・・・・だった?」
 一緒にいたのが沙希だとわかって、さすがの奈津江も少し焦る。
「ううん。そんなことないよ。じゃあ」
「う、うん」
 結局なにも言わずに二人は別れた。
「藤崎さん、何を言いたかったのかな?」
 沙希は疑問に思いつつ、自分の部屋へと戻った。



 木本に呼ばれたわけじゃない公は、屋上に来て涼んでいた。
 すでに思いは明日のことに移っていたとき、誰かがやってきた。
「やあ、庶民。頑張っているね」
「伊集院か」
 レイの方には振り返らずに、そのままの姿勢で答える。
「こんなところで、何をやっているのだね」
「別に・・・・・」
 そうは言うが、能城カップを間近に見ていたレイは分かっていた。
 公の能城に対する思い入れの深さを。
「能城のことを、考えていたのだろう」
「ん?わかるか?」
「ははは、わかるさ。しかし、勝てないにせよ、能城カップの時のような無様な
 負け方はしないでくれたまえよ。きらめきの名に傷が付くからね」
「はいはい。わかってるよ」
 戯言に貸す耳はないかのように、眼下の夜景を見ながら言う。
「それならいいが」
「そういえばお前。試合中応援席にいるか?今日まで見たことないぞ」
「ははは。僕は別室の来賓席にいるからな」
 当たり前だという顔で言い放つ。
「そんなのあるのか」
「もちろんだとも。あのような群衆の中で観戦など出来るか」
「ま、お前ならそうか」
 レイは嘘をついていた。実は公の試合を見るときは、麗奈として男装を解いて
 いた。そして、みんなと同じ空間で観戦しようと、一般の観客席で応援していた。
 つばの大きい帽子を被り、公に見つからないようにして。
「なあ、伊集院よ」
 やっとレイの方を向いて、真剣な顔をする。
「な、なんだね?」
「よく考えると、お前ってバスケ部に何だかんだと色々してくれるよな。どうしてだ?」
「ん?ああ、そうかな」
 突然の言葉に焦ってしまう。
「今回も応援団の費用は、全額伊集院持ちなんだろ?」
「そ、そうだが。それがどうかしたかね」
「いや、何でかなと思って」
 公はレイの目をジッと見る。
「は、ははは。べ、別に、只の暇つぶしだ。それ以外に理由などない」
 レイはその目を見ることが出来ずに、思わず逸らしてしまった。
「そうか。ま、いいか。ありがとうな、伊集院」
「えっ?僕は暇つぶしだと」
 再び公を見て驚く。
「とにかく。ありがとう」
 その目は、いつものレイに向けられている目ではなかった。
『その優しい目。藤崎さんとのことを応援するって決めたのに、決心が
 揺らぐじゃないのよ。バカ』
 口には出来ない思いが、胸を熱くする。
「い、いやなに。こ、これで僕は失礼するよ」
 レイは自分の顔色が変わったのを見られないように、足早にそこを離れる。
「なんだあいつ」
 そんなことなど気が付かない公は、レイがいなくなった後も、しばらくの間
 いままでのことを思い返していた。
『やっとここまで来た。この日のために、自主トレに励んだんだ』
 能城カップで敗れてからというもの、この高いハードルに向かってがむしゃらにやってきた。
 そして、そこにはいつも沙希の姿があった。
「これが終わったら、ハッキリさせないとな。絶対に勝つ!!」
 詩織と沙希、どちらを選ぶにしても、まずは明日に全力を尽くす。
 握り拳を作り、鋭い眼孔で会場の方を睨む公だった。



 翌日、思いの外よく眠れた公は、清々しい顔で目前に迫ってきた能城戦に
 静かな闘志を燃やしていた。
 試合前の控え室には、いつにも増して厳しい表情の部員達が集まり、
 コーチを囲んで今日の戦法を話し合っていた。
「コーチ、やはり公を先鋒にスピード勝負ですか?」
「う〜む、能城はゾーンとマンツーマンを併用して守って、ボールを奪って速攻する
 というチームだ。選択としては、遅い展開にして能城のスピードを抑えるか、
 あえてスピード勝負にいくかだ。もちらんキチンと守ることが大前提だが」
 みんなの考えはどうだという目で見渡す。
「俺はスピード勝負が良いと思います」
 竹原が口を開く。
「俺もです。遅い展開なんて、きらめきには似合いませんよ」
「そうです」
 菊川と石崎が同意すると、他の部員からも賛成の声が上がる。
「どうだ主人。お前に掛かっていると言っても過言じゃないぞ」
「望むところです。なあ、木本」
「もちろんだ。俺達のコンビプレーを見せつけてやろうぜ」
「ああ」
 この二人の言葉で決まりだ。
「よしっ!!決定だ。スタミナ勝負でもあるぞ、走り負けるなよ」
「はいっ!!」
「能城カップの雪辱だ」
 コーチを引き継いで、木本が気合いを入れる。
「よしっ、行くぞ!!」
「おうっ!!」
 全員の気持ちを一つにして、王者能城が待つコートへと向かう。



 観客席では、詩織、沙希、レイが公のことを想い座っていた。
 入場してくる公の姿を目で追いかける。
「頑張って、公くん」
 みんな想いは同じだ。
ビッ!
 トスされたボールめがけて石崎が跳ぶ。
 しかし、ボールは能城の若槻に叩かれ田辺へと渡る。
「序盤で突き放すぞ」
 能城がファーストブレイクを仕掛ける。
「やらせるか」
 きらめきは、素早い戻りでそれを迎え撃つ。



「やるな、主人」
「まだまだ」
 前半も17分が過ぎ39対41、早い展開の点の取り合いになっていた。
 能城が速攻を決めれば、公と木本のホットラインで負けじと入れ返す。
 こうなると、ディフェンスで頑張って追加点を防がなければならない。
「石崎、踏ん張れよ」
 木本から檄が飛ぶ。
「はい」
「止められてたまるかよ」
 能城の若槻のシュートへとブロックに跳ぶ。
バシン!
「なに?」
「ナイスブロックだ」
 弾かれたボールが木本へと渡る。
「よし、走れーーー」
 木本が能城陣内を見ると、前には当然の如く公が走っている。
「いけーーー、まずは同点だ」
「おうっ」
 木本からのパスを受け取ると、立ちふさがる能城2人に猛然と突っ込む。
 マンツーマンのディフェンスは、どんどん動き早いパス回しで隙を作るか、
 個人技で抜いていくのが有効だ。
 公はマークについた相手を素早い突っ込みで抜くと見せかけて、一瞬でスピードを落とし
 タイミングを外すと、体勢を崩した選手の横をすり抜けていく。
「はやい!フォロー頼む」
「させるかよ」
 フォローが入る前に、素早くジャンプシュートの体勢に入る。
 手から離れたボールは、正確な弧を描きリングを通り抜ける。
ザシュ
「ナイス、公」
 守りに戻りながら、木本が手を挙げて迎える。
バシン
「すぐに来るぞ。これを防いで逆転だ」
「おう」
 田辺のマークについた公は、ドリブルをしながら周りを確認している様子を見ながら
 隙を探る。
『そこだ』
 一瞬出来た隙をついて手を出すと、田辺の手へ戻るはずだったボールを弾き出す。
「しまった!!」
「これで逆転だ」
 公がそのボールへと飛び付きそのままドリブルで突っ込むと、能城の選手も
 必死に追いついてくる。
 それでも構わずに、左手でシュートへと持っていく。
「いかせるかーーー」
 公のすぐ後ろから、若槻の手が伸びてくる。
「ドンピシャ」
 見事に公が放つであろうボールの軌道上にブロックに跳んだかと思われたが、
 その手からボールが離れることはなく、若槻の視界からボールが消えてしまう。
「なに?」
 空中でボールを右手に持ち替えた公は、流れる若槻の身体をかわしてシュート体勢に入る。
「これならどうだーーー」
 しかし、タイミングをずらしてジャンプしてきた菊川が立ちふさがる。
『まだだ』
 今度は身体を捻り、菊川の身体を押し出しながらゴールの位置を確認する。
「うおああっ、はあ」
ザシュ!
 木本との自主トレで、更に磨きをかけたダブルクラッチが炸裂する。
 それを見た観客席から、拍手と歓声と感嘆の溜息が起こる。



「凄いよ・・・・・、公くん」
 詩織は公の表情をジッと見る。
 バスケをしているときの公は、コートの中で一番輝いて見える。
 全国の舞台で、しかも王者能城と試合をしているのも関わらずだ。
 こんなに大きく才能を開花させたのには、本人の努力があり、そして沙希の存在が
 あったに違いない。
「なんで、私じゃなかったんだろう」
 一緒に自主トレをしたかった。沙希が過ごした公との時間を奪い取りたい。
 それがなかったら、沙希が公を好きになっていなかったかもしれない。
「でも、こうなったのは私のせいだものね」
 今の姿と、あの日の公園での表情を重ねてみる。
 公のことはもちろん好きだが、大事な人を苦しませている自分の身勝手さが嫌になる。



「すごいすごい」
 そんな詩織とは正反対に、沙希は興奮しながら大きく手を叩いていた。
 こんな大舞台で、思う存分実力を発揮している公を見ていると、改めて好きに
 なった人の凄さを実感し、そして絶対に彼女になりたいという想いが膨らむ。
 沙希が目をつぶりそう思っているとき、急に周りが騒がしくなった。
 目を開けると、公が腕を抑えてうずくまっている姿が映った。
「なに?どうしたの?」



「リバンドーーー」
 菊川が外した3ポイントが、たまたまリング下から離れた公の所に飛んできたので、
 ジャンプして捕ろうとしたときだ。
「うわっ」
 同時に手を出した能城選手に、左腕を絡められてしまった。
 そして、そのまま着地した瞬間、左肩に激痛が走った。
グキッ!
「!!」
 あまりの痛さに声が出なかった公は、思わず膝から崩れ落ちてしまう。
「公、大丈夫か?」
 今ので能城がファールを取られたため、試合が一端ストップする。
「大丈夫だ。うっ」
 口ではそう言いながらも、苦痛に顔が歪む。
「主人、ベンチに戻れ。早く来い」
 きらめきのフリースローが行われる前に、選手交代をして公を下がらせる。
 そして公がベンチに座ると、試合が再開された。



「マネージャー、救急箱持ってこい」
「はい」
 すぐに取り出して、コーチの元へと走って来る。
「どうだ、主人」
 そっと左腕を上げてみる。
「ううっ」
「痛むか?」
「は、はい」
「う〜む、軽い脱臼か」
「脱臼?そんな」
 赤くなっている肩を見ながら、コーチは悩んだ。
 このまま公を変えてしまうのが常識であるが、公なしで能城に勝てるわけがない。
 かといって、テーピングしたとしても怪我をしている選手にこのままいけとは
 言えるわけがない。
 頭を抱えているコーチに、公が声を掛ける。
「コーチ、やらせてください」
「なに?いや、しかし」
「このままじゃ、悔いが残ります。ここまで頑張ってきた意味もなくなってしまいます」
 思い詰めた顔でコーチの目を見る。
「そうかもしれないが・・・・・」
 その真剣な目を見ていると、やらせたいという思いが勝ってくる。
「じゃあ、もうすぐ前半も終わるから、みんなが戻ってきたら木本達の意見も
 聞いてください。足手まといだと言われたら、諦めます」
「わかった」
 まずはテーピングの処置を受けながら、前半終了のブザーを待った。


 コートの中では再び逆転され、少しずつ離されていた。
 それを見ながら、公は去年の予選決勝である対末賀戦を思い出していた。
『また俺は、チームに迷惑を掛けるのか・・・・・くそっ!』
 自分の不甲斐なさを思うと、涙が込み上げてくる。
「くっ」
 誰にも見られないように、すぐに汗を拭く振りをして目をこする。
 その様子を観客席から見守っていた詩織と沙希は、気が気ではなかった。
 いまの公の仕草にも気が付いていた。
『いますぐ側に行きたい』
『私が治療してあげたい』
 と、それぞれ思っていたが、自分の立場ではそれは叶わなかった。
 それが分かっているからこそ、歯がゆい思いが募る。



ビビーーー
 ブザーが鳴り、選手達がベンチに戻ってくる。
 公が交代してからはなかなか点が入らず、45対52と7点差がついていた。
「コーチ、公の具合は?」
「軽い脱臼だ」
「脱臼?プレーは出来ないんですか?」
「いや、テーピングをしたから、無理に肩を上げなければ痛みは少ないだろう。
 負傷したのは左肩だし、出来ないことはない」
 みんなが公の方を見る。
「俺はこのままやりたい。・・・・・でも、みんながダメだというなら出ない」
 公は木本、竹原、菊川、石崎、そしてベンチメンバーを順に見る。
「お前が大丈夫だというのなら、俺に異論はない。なあ、みんな」
「そうだな。公が出ないなんて、きらめきじゃないからな」
「そうですとも」
「ああ」
 スタメンに反対意見はないが、問題はベンチの方だ。
「お前らはどうだ?」
 木本が3年の控えの選手を見る。
「正直言うと自分が出たい気持ちはある。でも、ここまでこれたのも公のお陰だ。
 公が出来るというのなら異論はないよ」
「公先輩、頼みます」
 他の補欠からも、口々に賛成の声が上がる。
「そうか」
「ありがとう。ありがとう、みんな」
 今にも泣き出しそうなのをこらえて、それを勇気に変える。
「ただ、もうダメだと思ったら言うんだぞ。お前には冬もあるんだ」
「はい。わかりました」
 コーチの言葉に頷く。
ビーーー
 後半開始のブザーが鳴る。
「よしっ、残り20分だ。力を出し切るぞ」
「おうっ」
 木本を先頭にコートへと入る。



「公さん」
 水色のワンピースに身を包んだレイが、一番後ろの席で公を見つめる。
「やっぱり後半も出るのね。試合が終わったら、無理にでも連れて行くんだから」
 先程、伊集院医療班に連絡をしたレイは、会場の外で待っているように伝えた。
「自主トレの成果を、ここで出し切ってください。悔いが残らないように」
 怪我が悪化しないことを祈りながら、公を見守る。



「怪我をしようが、出てきたからには手加減しないぜ、主人」
 センターサークルに集まり、テーピング姿の公を見た田辺が呟く。
「望むところだ」
ピッ!
 トスされ弾かれたボールを木本が掴む。
「走れよーーー、まずは追いつくぞ」
 きらめきの攻撃から後半が始まった。



 後半が始まって8分が過ぎた。
 公が怪我をしたのなら、今まで頼ってきた分を返すためにも、他のメンバーが奮起する。
 石崎のフックシュート、菊川の3ポイント、竹原のリバウンド、そして木本のドライブイン。
 みんながこれまでで最高のプレーを見せる。
「きらめきは、公だけじゃないんだぜ」
ザシュ
 木本がジャンプシュートを決める。
「木本さ〜ん、頑張れ〜」
 後半の序盤にいったん14点差がついたが、何とか食らい付いて67対77と
 再び10点差まで盛り返した。
「いけーーーーー」
 公が左腕をギリギリまで上げて、ジャンプシュートにいく。
「させるかよ」
バシン
 しかし、若槻がブロックに跳びそれを防ぐ。
「くそっ」
 着地した公はすぐさま体勢を整えると、ボールと周りの状況を確認して位置取りを
 判断する。



『あっ、肩が!!公くん、無理しないで』
 詩織も沙希も、後半が始まってからうるうる状態が続いていた。
 怪我をおしてプレーする公を見ていると、頑張って欲しい気持ちと、
 もう止めて欲しい気持ちが入り交じり、頭が混乱してくる。
 二人は両手を組んで祈ることしかできない。



ガンッ
「リバンドーーー」
 菊川が放った3ポイントが外れ、そのボールへ竹原と若槻が構える。
 その若槻に、石崎がボックスアウトでエリア内から追い出そうとするが、
 うまく身体を入れられて逆に押し出される。
「竹原さん!」
「任せろ」
バシッ!
「くそっ」
 跳ね返り落ちてきたボールへ二人同時にタッチし、再び空中へ放たれたれる。
「くそっ、もう一度」
 竹原と若槻が、着地と同時にジャンプする。
 ほとんどの選手がボールの行方に注目する中、公だけは違っていた。
「竹原、外だーーー」
 公の声がする。
 それに反応した竹原が瞬時に声の方へ視線をやると、フリーの公が3ポイント
 ラインに立っているのが視界に入った。
『よしっ』
 竹原はボールを取ることから、ボールを弾くことに切り替えた。
 手のひらで捕ろうとしている若槻よりも早く、指先でボールを弾く。
 数センチの差だ。
「なに?チップアウトだと」
 弾かれたボールは、公の手元に吸い込まれるように収まり、すぐさま放たれる。
「スリーだ!!いつのまに」
 菊川とまではいかなくても、能城カップの頃に比べれば公の3ポイントの確率も
 格段に上がっていた。
 そして、怪我をしていようが、ここ一番というシュートは外さない。
 勝ちたいという必死な思いがアドレナリンを大量に分泌し、集中力が痛みを越えていた。
ザシュ
「ナイシューーー」
「くそっ、しぶとい」
 残り時間7分で70対77、10点差から再び7点差となった。
 一桁代と二桁代とでは、気持ち的に格段の違いがある。


 それでも能城は、きらめきを引き離そうと田辺を中心に攻撃の手を緩めない。
 ガードである田辺は、木本とはちょっとタイプが違う。
 相手の裏をかいてパスを出す木本とは違い、田辺のパスは味方を激しく動かすものだ。
 オフェンスになると、どんどん前方へとボールを出し、敵がディフェンスの陣形を
 整える前に速攻を決める。
 もちろんセットオフェンスも一流だが、この速攻が群を抜いていた。
「若槻ーーーーー」
 ロングパスでハイポストまで送るが、きらめきも負けずに走りゾーンを形成する。
 それならばと、敵陣に走り込みながら声を上げる。
「こっちだ」
 再びボールを持った田辺が、きらめきのゾーンへと突っ込んでくる。
 ガードの田辺だが、もちろんパスだけの選手ではなく、抜群のシュート能力も
 兼ね備えていた。
 パスだけの選手なら、それほど恐くはない。シュートも意識しなければならないから
 手が付けられないのだ。
「行かせるか」
 その前に公が立ちはだかる。
 田辺が右前方に身体を振ると、公もそれに反応して動く。
 すると、ドリブルをしていた右腕がボールごと後ろへと回り込み、それと同時に
 田辺の身体も左へとステップする。
 しかし、公も負けずにバックしながらついていく。
「やるな、でも」
 構わずシュート体勢に入ると公がブロックに来るが、ボールは放たれることなく
 田辺の手から消え去る。
「なに?」
 田辺の後ろに走り込んできた菊池に、肩越しのバックドアパスだ。
「ナイス」
 そして3ポイントシュート。
 きらめきの3ポイントシューターである菊川に負けじと高確率で決めてくる。
 田辺が公を指差し、『止めてみろ』という顔で走っていく。
「くそっ、さすがだ。でも負けないぜ」
 それでこそ能城、倒し甲斐があるというものだ。



ガンッ
 公のシュートが外れ、石崎が跳ぶ。
「ナイスリバンドーーーーー」
 それを受け取った木本は、竹原にパスをするように見せかけて、左0度の位置にいる
 菊川にノールックパスをする。
「しまった」
「また来たーーーーーー」
 観客の大歓声と共に、チェックに来た能城をかわしながらのフェイドアウェイにいく。
 軽く後ろにジャンプしながら、最高到達点でボールが放たれる。
ザシュ
 大きな弧を描き、ゴールに吸い込まれる。これでこの試合8本目だ。
 のっているときの菊川は止めることが出来ない。
 観客席には、大喜びのいずみの姿があった。


 連続の3ポイントで差を詰めたきらめきは、残り時間3分で81対82と1点差まできた。
「主人が来るぞ、二人つけーーー」
 痛みはあるはずなのに怪我をものともしない公に対して、能城はたまらずダブルチームにくる。
「負けるか〜」
 後半も終盤とは思えない身体の切れを見せて、バックロール、フロントチェンジと
 二人のマークを抜いていく。
「ダメだ、頼む」
 フォローが来る前に木本へパスをすると、公は右斜め45度で好機を待つ。

ドンドンドン

『さて、どうするかな。さすが能城のマークはきついな』
 木本は全体を視界に入れて、今後を左右する攻めを考える。
『公、あれいくぞ』
 木本が、公とゴールの上の方を瞬時に交互に見る
 それに反応した公が、フェイントの2ステップでマークを外して走り込む。
「パス来るぞ。なに?」
 パスからのシュートを警戒した能城は、公がジャンプするとは夢にも思っていなかった。
 ボールを持っていないのに、両腕を伸ばして跳び上がった公を、慌てて追撃する。
「そこだ、いけーーー」
「アリウープか!?」
 木本から電光石火のパスが通る。
 能城のブロックも時すでに遅く、空中でパスを受けた公が、そのままゴールへと叩き込む。
「これで逆転だーーー」
ガコーーーン!!
「きゃ〜、格好いい〜・・・・・あっ!!きゃーーーーー」
 再び逆転したことで会場から大歓声が上がったが、歓喜の声がすぐに悲鳴に変わる。
 追撃してきた能城選手とぶつかったことで、空中で大きく体勢を崩した公は、
 左肩からコートへと真っ逆様になった。
『くそっ』
バシン!!
 公は目の前に迫る板張りの床を見ながら、咄嗟に左腕を出してしまう。
グキッ!
「ぐああああああ」
 付いた左腕が何かに弾き返されるように、勢いよく後ろにのけぞった公は、
 左肩を抑えて黙り込んでしまう。
「公くーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」
 会場に二つの悲鳴が響いた。


    つづく


   あとがき

 難産だった第45話でしたが、やっちまった〜。
 公に怪我をしてもらうなんて、おきまりのパターンですね。
 あっ、物を投げないでください。
 くず、空き缶はゴミ箱に捨てましょう。(^_^;)
 使い古されたパターンも、良いものはいい。
 ねっ、そう思うでしょう?

 さて今回の怪我のシーンは、5年前のウィンターカップ決勝の、
 能代工業対仙台高校の試合を参考にしました。
 仙台のエースでキャプテンの二戸選手が、怪我をおしてプレーしたものです。
 あれは凄かったです。テープを見直して感嘆しました。
 シュート率が落ちないんだもの。

 次回は合宿の話になります。
 もちろん、バスケ部、サッカー部の合同合宿です。
 そこで一体何が起こるのか。乞うご期待です。

 では。



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