「My wish・・・」

                          第49話 「恋人として」


                                      第48話     目次へ戻る     第50話


 公と詩織が彼氏彼女の関係になってから1ヶ月が経った。
 学校内で有名なこの二人の噂はたちまち広がり、いまや知らない者はいないほどだった。
 好雄などは、二人のファンが暴動を起こすのではないかと要らぬ心配をしたのだが、
 公のファンクラブの女子、詩織に気があった男子、どちらも納得したのか
 特に嫌がらせ等は起こらなかった。
 それだけ皆が、お似合いのカップルと認めたということだろう。
 とは言っても、流石に学校で大っぴらにいちゃいちゃすることは出来ない。
 だから二人きりになったときには、ここぞとばかりにくっつくのだ。



 今は公の部屋で二人きり。
 木本との自主トレが終わり夕飯を食べた後、隣同士なのをいいことに、毎日のように
 詩織が訪ねて来るのが習慣になっていた。
 たとえ短い時間であっても、二人の時間を作りたいと願う詩織の行動だ。
 宿題があるときは、一緒に教科書を広げるときもある。
「ねぇ、こ〜お〜」
「ん?なに、詩織」
 雑誌を読んでいる公の腕に絡みつき、甘い声色で何かをねだる時の顔をする。
「今度の日曜日、練習が終わった後どこかに行きましょう〜」
「え〜、また?」
「なぁに?私と一緒だと嫌なの?」
「そ、そう言う訳じゃないけど」
「それとも、私のこと嫌いになったの〜?」
 腕に顔を押しつけて、泣き真似をしてみる。
「な、なにを言ってるんだよ。そんなんじゃないよ。ただ、ここんところ毎週出掛けてるだろ?だから」
 かなり焦った公が冷や汗をかきながら弁明していると、微かに笑い声が聞こえた。
「ふふふふふ」
「え?・・・・・・・あっ、詩織〜」
 嘘に気が付いた公は、詩織の髪をくしゃくしゃにする。
「あ〜、ひど〜い」
 乱れた髪を直しながら抗議する。
「詩織からやったんだろ」
「もうっ」
 プイッと横を向く詩織に、公は正直な気持ちを話す。
「でもな、詩織。遊びに行くのは俺も楽しいから好きだけど。こうも頻繁に出掛けてると、
 今に息切れしそうで恐いんだよ。どこにも行かなくても、二人なら良いじゃないか」
「ん〜、確かに公の言うことも正しいわね。お互い疲れちゃったら嫌だもんね」
「そうそう。それに今度の日曜日は雨みたいだし。ビデオでも借りてきて一緒に見よう」
「あっ、それは良いわね」
 パチンと手を合わせて同意する。
「だろ?」
「うん。あっ、もうこんな時間。帰ってお風呂に入らないと」
 時計を見ると、9時半を回っていた。
「じゃあ、今日は帰るね」
「ああ」
 公は玄関で見送るため、一緒に下に降りた。
「また明日な」
「うん。ちゃんと準備しておくのよ」
 この二人、最近はほとんど毎日一緒に登校しているのだ。
「はいはい」
「ハイは一回!!」
「は〜い」
「よろしい。おばさま、お邪魔しました〜」
 居間にいる公の母に向かって声を掛けると、ひょいと顔を出した。
「帰るの?もう、ほとんど毎日来るんだから、家に住んじゃえば?詩織ちゃん」
「え?そ、そんな」
「か、母さん」
「それと、おばさまじゃなくてお義母さんて呼んでも良いのよ。ふふふふふ」
 詩織は何も言えずに、うつむいて真っ赤になる。
「いい加減にしてくれよ」
「はいはい。じゃあね、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 詩織が下を向いたまま小さく答えると、ニッコリ笑って戻っていった。
「ごめんな、いつまで子供をからかって楽しんでるんだか」
「ううん、私のお母さんも同じだし。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
 詩織は小さく手を振り帰っていった。
「ふう」
 いつまでも変わらぬ母親達の言動に、これからもずっとこうなのかと
 先行き不安な公だった。



 翌日、公と詩織がいつものように一緒に登校していると、後ろから声が掛かった。
「おはよう、お二人さん」
「おはよう、好雄」
「おはよう、早乙女くん」
 この二人に関しては愛の伝道師としての役割を果たせなかった好雄は、この1ヶ月の間、
 悔しい気持ちをからかうことに向けていた。
「いや〜、もう10月だというのに、二人の側に行くと汗が出てくるね〜」
「な!!」
 公は顔を赤くして戸惑うが、詩織はまったく動じない。
「もう〜、早乙女くんたらっ!!」 
バシン
 そればかりか楽しんでいるようだ。
 好雄の腕を叩いて嬉しそうに微笑む。
「羨ましいよ、ホント。おい、公」
「なんだよ」
 公の腕を引っ張って引き寄せると、顔を近づけて耳打ちする。
「どこまでいったんだ?」
「は?」
「キスだけか?」
「な?う、うるさい」
「にゃははははは。じゃあ、お先に〜」
 頭に向かって飛んできた公の手をかわして、好雄は走っていった。
「早乙女くん、何て言ったの?」
「な、何でもないって、ははははは」
「そう?」
 興味深そうに聞いてくる詩織に、公は乾いた笑いをするしかなかった。
ブブーーーーーーーー
「おわっ、あぶね!!」
 公のすぐ横を、クラクションを鳴らしながらロールスロイスが通り過ぎた。
 こんな車で登校してくる者は一人しかいない。
 案の定、目の前に止まった車から出てきたのはレイだった。
「やあ、おはよう」
 運転手によって敷かれた赤い絨毯の上へ華麗に降りると、公と詩織に声を掛ける。
「おはよう、伊集院くん」
「おはよう、藤崎くん。庶民もおはよう」
「ああ。おはよう」
 男装のレイと公は1、2年の頃に比べたらずいぶんと親しくなったが、別に仲良しに
 なったわけではない。公はぶっきらぼうに挨拶をすると、何もなかったように横を通り過ぎた。
「まったく、もっと礼儀正しくできないものかね」
「ふふふふふふ」
 詩織は口を塞いで笑いを堪える。
 レイの正体を知ってからというもの、この二人のやりとりを見ていると、
 いつも笑いが込み上げてくるのを止められない。
「詩織さん」
 レイは口の前で人差し指を立て、小さい声で呟く。
「は〜い」
 二人は先に行った公の後ろを、何やら楽しそうに話しながら教室へと向かった。



チリンチリン、チリンチリン
「あ〜、終わった終わった」
 古文の先生の子守歌から解放された公は、グッと身体を伸ばして首を左右に倒す。
「今日はいつにも増して眠くなったな。なあ好雄、って寝てるよ」
 隣を見ると、好雄が気持ちよさそうにうつ伏せになっている。
「おい!!パンが売り切れるぞ!!」
「なに?」
 売り切れの言葉に反応した好雄が、眠っていたのが嘘のようにガバッと跳ね起きる。
「ん?もう昼か」
 目をこすりながら公を見る。
「ああ。急いだ方が良いぞ」
 昼の購買が混むのはきらめき高校も同じで、焼きそばパンやカツサンドを巡って
 壮絶な戦いが繰り広げられる。
「今日は金曜日だから、お前は藤崎さんの愛妻弁当か」
「愛妻じゃないっての」
 しつこくからかう好雄に呆れながら詩織の方を見ると、弁当箱を二つ持ってこちらに
 来るところだった。
「じゃあな、俺は急がないと」
「ああ」
 好雄は詩織に手を上げて教室を出ていった。
「早乙女くんはいつもパンね。はい、公の分よ」
「いつもありがとう」
「ううん。一日置きだもの、大したことないわ」
 詩織は、沙希が自主トレに弁当を作っていっていたのを知っていた。
 だからそれに対抗して毎日作ってくれると言ったのだが、今まで詩織の弁当を
 作っていたのが母親であることからも、毎日は大変だろうと思い、毎週月水金と
 一日おきにしようと公が提案したのだ。
「今日はお天気が良いから、中庭に行きましょう」
「うん。そうだね」
 二人は教室を出ると、仲良く並んで中庭を目指した。



 柔らかい10月の日射しを受けながら芝生の上で食べる弁当は、
 とても学校にいるとは思えない雰囲気だ。これで制服でなければ、もうピクニックと同じだ。
「うまい。どんどん美味しくなってくるね」
「ホント?嬉しい」
 2年の初めに行った花見での弁当が美味しかったことからも、詩織の料理の腕は
 なかなかのものがある。
 だから公も始めから期待していたのだが、日が経つに連れて上達しているのがわかった。
「うん。このエビチリなんか、絶品だね」
「そうでしょ?最後に溶き卵を入れると味がマイルドになるのよ。あとね、豆板醤に
 砂糖を混ぜて発酵させておくの」
「へ〜、手が込んでるんだ」
「ふふふ、好きな人のために作ってると、上達も早いのよ」
「そ、そう?は、ははは」
 嬉しいが恥ずかしいことを言われしきりに照れる公を見ていると、詩織も自然に頬が緩む。
「ふふふふ。実はね、沙希ちゃんに教えてもらってるのよ」
「え?そうなの?」
「ええ。沙希ちゃんは今では親友よ。それと料理のお師匠さんかな。彼女って凄いのよ」
「へ〜。さ、沙希ちゃんといえば、木本のこと・・・・・」
 木本からは2回デートをしたと聞いたが、沙希の気持ちはまだ分からないと言っていた。
 強引に迫るのではなく、自分のことを見定めて欲しいと言ってあるそうだ。
 だから沙希の気持ちは、公も気になるところである。
 しかし自分からは聞きにくいので、目をキョロキョロさせ口ごもっていると、それを察知した詩織が答える。
「沙希ちゃんね。最近、木本くんのことよく話すようになったよ」
「ホントか?」
「うん。あなたのことばかり見てたけど、木本くんもいい人っぽいね、とか。
 お弁当のおかずは何が好きなんだろう、とかね。今度お弁当作っていこうかなって言ってたし」
「そ、そうか。良かった〜」
 木本に託して良かったと、ホッと一安心する。
「木本くんも人気あるもんね。公ほどじゃないけど」
 またもや恥ずかしいことを連発する詩織だが、あえて無視をして続ける。
「あいつは良い奴だよ。二人が上手くいってくれると、俺も嬉しいよ」
「そうね。あっ!!」
「なに?」
「あれ見て」
 詩織が指差した方を見ると、沙希が誰かを捜すようにきょろきょろしながら歩いていた。
 そしてその手には、大事そうに抱える弁当箱が二つあった。
「噂をすれば、ね」
「ああ。後で木本の奴をからかってやろう」
「そうね。ふふふ」
 自分は詩織から作ってもらってるくせに、棚に上げている公だった。



 その日の夜。
 公と木本は、いつも通り公園での自主トレをしていた。
 まずはフリースローの練習から始めるのだが、最近はジュースを賭けてやっている。
 交互にフリースローラインから投げて、先に外した方が休憩時間のドリンクをおごるのだ。
 二人とも得意のフリースローであるから15分以内という制限がつくのだが、
 今日の公には切り札があった。
「なあ、木本」
「なんだ?」
 シュート体勢に入った木本に話しかけるが、そのまま振り向かずにボールを放つ。
「今日、虹弁を食べただろ」
「!!」
ガンッ!
 見事に動揺した木本は、シュートを外した。
「よっしゃーーー。今日はお前のおごりな」
 公はガッツポーズをして喜ぶ。
「くっ、ずりぃぞ」
「ははは、動揺するお前が悪いんだ」
「くっそーーー。知ってたのか?」
 次にやるレイアップシュート練習の準備をしながら、舌打ちをする。
「今日の昼休みに、沙希ちゃんが弁当を持って誰かを捜してるのを見たんだ。
 俺に黙ってることもないだろ」
 公はスタート位置に着く。
「いや、今までずっと食べてきたお前に、自慢することでもないと思って、な!!」
 ゴールへ走り込む公に、思いっきり早いパスを出す。
「おっと。なに言ってるんだよ。今日のはお前のためだけに作ってくれたんだから」
ザシュ
「ま、そうだけど、なっ!!」
バシッ
「いって〜な」
 更に早くて強いパスが出され、ボールを受け取った手に衝撃が走る。
 しかし、それも難なく決める。
ザシュ
「良かったよ。弁当を作ってくれる位だから、いい方向に進んでるみたいだな」
「ん?だといいんだが。お前が相手だから手強いよ」
「はっ!なに心にもないこと言ってるんだ」
「わかるか?おらーーーーー」
 今度は不意を付いて、アリウープのパスを出す。
「当たり前だ、よっと」
ガコン
「くそっ、ダメか」
 諦めた木本は、投げやりに緩やかなパスをする。
「ははは。お前の考えることなんかお見通しだ」
「いつも藤崎とラブラブのお前に言われたくないよ」
ガンッ
「あっ!!」
 簡単なレイアップを外してしまう。
「そ、そうくるか」
 いつまで経っても、詩織のことだと照れが出る公であった。


 一通りの練習を終え休憩時間に入った。
「そういえばな」
「なんだ?」
 木本はベンチに座り、思いだしたように話し出した。
「今日虹野と弁当を食べたときな、驚くことを言われたんだよ」
「なんだよ」
 公は答えながら、木本の奢りのジュースを飲む。
「虹野がさ。またここに来たいって言うんだ」
「ゴボッ!!ゴホゴホッ!!」
 別のところに入ったジュースが逆流してくる。
「なに?」
 涙を流しながら木本を見る。
「もうお前のことは吹っ切ったみたいだ」
「ゴホッ!・・・・・そうか。うん、大歓迎だって沙希ちゃんに言っておいてくれ」
「わかった。それにしても、俺が虹野でお前が沙希ちゃんって呼ぶのは気にくわねぇな」
「う〜ん、これも習慣だからな。今更名字で呼ぶのもなぁ〜」
「それもそうなんだが」
 不機嫌そうに顔をしかめる。
「よしっ!今度から『沙希』って呼んでいいか聞いてみよう」
「それを良いって言ってくれたら、可能性大だな」
「ああ、・・・・・そうだ!!」
 突然何かを思いつく。
「ど、どうした?」
「話が戻るけど、公は藤崎を連れて来いよ」
「詩織を?自主トレにか?」
「ああ。俺が彼女になる予定の女連れで、お前が一人ってのも変だろ」
 我ながらナイスアイディアだと、木本がうんうんと頷く。
「詩織はいいかも知れないけど、沙希ちゃんの方は大丈夫か?」
「平気だって、あいつはそんなに弱くないよ」
「だといいけど」
 思わぬ展開になって戸惑う公だが、詩織と沙希は親友になったようだから大丈夫かなと思った。
 自分としても、友達として、沙希とは仲良くやっていきたいと思っていたのだから。



 日曜日は天気予報通りの雨となった。
 朝から比較的大きな雨粒が、地面を濡らしていた。
 公は何処かでお昼を食べてからビデオ屋に寄り、すぐに帰ってくるつもりだったのだが、
 雨が降っているにも関わらず詩織に連れられていろんな店で寄り道をしたため、
 家に着いたときには4時を回っていた。
「詩織〜」
 いろいろ付き合わされて疲れた公は、門に手を付いて溜息混じりに言う。
 木本との自主トレを4時半からにしていたため、これではビデオを見ている時間がない。
「だって、せっかくショッピング街に行ったんだから・・・・・・・・、ごめんなさい」
 ちょっと抵抗してみるが、素直にペコリと頭を下げる。
「仕方ない。ビデオは自主トレから帰ってきたら見よう」
「うん。私も明日から参加するね」
「ああ」
 詩織を自主トレに連れて行くという木本の提案は、聞いた日にすぐに話した。
 すると詩織は、喜んで賛同してくれた。
 一緒にやりたいという気持ちを持ちながら、なかなか言い出せなかった矢先の事だったらしい。
「じゃあ、帰ったら電話するから。待っててくれ」
「わかった。じゃあね」
 公は準備を整えると、体育館へと向かった。



 それから2時間後。
 自主トレを終えた公は、家に帰るとコンビニの弁当で夕食を済ませ、すぐに部屋の片づけを始めた。
 普段から母親が掃除をしてくれているので大がかりなものではないが、散乱している
 雑誌類を片づける。
「これだけは別にしないとな。ん?」
 H本を父親の書斎に隠すと、そこにあったソファが目に入った。
「これを持っていこう」
 折り畳み式の簡易ソファは、詩織と並んで座るには調度いい。
 公はそれを持って、自分の部屋へと戻った。


 一方詩織は、夕食を食べた後に軽くシャワーを浴びてから、部屋でくつろいでいた。
 そして公からの電話が来ると、すぐに部屋を飛び出した。
ピンポーン
「はいはいはい」
 飲み物の用意をしていた公は、グラスの乗ったお盆を持って詩織を出迎えた。
「お待たせ〜」
 傘を閉じて玄関に入ってくる。
 先程よりも雨が激しくなってきたようで、隣から来ただけなのに閉じた傘から雨粒が沢山滴る。
「いらっしゃい。早かったね」
 玄関で出迎えた公は、すぐに階段を上がろうとする。
「うん、早く逢いたかったから」
「え?ははは」
「あれ、おばさまは?」
 いつもなら二人をからかいに出てくるはずなのだが、今日はその気配がない。
 むしろ、家の中には二人以外はいないという雰囲気が感じられる。
「あれ?言ってなかったけ?おやじ達は、土日かけて旅行に行ってるんだよ」
 とぼけた顔でしれっと言う。
「そ、そうなの?聞いてないわよ」
「そうだっけ?まあいいじゃないか。行こう」
 そう言って、詩織の手を取る。
ドキンッ!!
「ん?どうしたの?」
 ちょっと身を固くして抵抗してしまった詩織の顔を見る。
「ううん、何でもないわ。行きましょう」
 公のことだからまさか襲ってはこないだろうし、恋人同士なんだからいずれは
 そういう関係になることも覚悟している。
 それが今日であるのかそれとも違うのか、それだけのことだ。
 少し赤くなった頬を悟られないように、公を追い越して先に上がっていく詩織だった。



 公の狙い通り、二人はくっついてソファに座った。
 テレビ画面には、1年位前に上映されたラブコメディーが流れている。
 ちょうど大会で忙しくて、見ることが出来なかった映画だ。
 仕事上ではライバルである男女二人が、初めて入ったチャットで知り合い、
 正体を知らぬままメール交換をする内に互いに意識し合う仲になり、結ばれる
 というストーリーだ。


 この時の公は、半分くらいしか映画を見ていなかった。
 あとの半分は詩織に意識がいっていて、あまり頭に入っていなかった。
『どうしようかなぁ』
 詩織とくっついてはいるが、どうやって肩に腕を回そうか考えていた。
 画面を調節するフリをして一端離れ戻ったときにするか、さり気なく身体を伸ばす動作をするか。
 頭の中では、そんなことがグルグルと回っていた。
 詩織が気にしていたことと比べればかわいいものであるが、公にとっては重要な問題だった。
「ふふふ、あの犬おもしろいね」
「うん」
「私も自分の子供に絵本を読んであげたいな」
「うん」
 詩織の言葉にも曖昧な返事しか出来なかった。
 反応が薄いので違和感を感じた詩織が公の方を見ると、なんだか上の空のような感じがした。
「どうかしたの?」
「・・・・・・・」
 聞こえていないのか返事がない。
「公ったら!!」
「は!!な、なに?」
 やっと気が付き振り向く。
「どうかしたの?」
「え?ううん、何でもないよ」
「そう?」
 もしかして押し倒そうとしているのかな。などという考えが横切ったが、詩織は再び映画に集中した。



 時計は8時を回り、映画も終わりに近付いてきていた。
 最初はいがみ合っていた者同士なのに、男は女の素性を知り好きなのだと気が
 付いたときから挑戦を始めた。自分を理解してもらうよう努力した。
 そして男が正体をバラしたとき、女はすでに男のことを好きになっていた。
 想いを寄せていたメールフレンドが、その男なら良いのにと思っていた。
 そして、二人は恋に落ちていく。
「素敵ねぇ」
 ラストのキスシーンを見ながら、詩織が呟く。
 公もそれを見ていたら、肩を抱くこと位では我慢できなくなっていた。
 映画が終わりエンディングクレジットが流れる中、詩織の横顔をチラリと見る。
 セッケンそれともシャンプーだろうか、長い髪からいい香りが漂い鼻をくすぐる。
『抱きしめたい。そして・・・・・、でも・・・・・』
 詩織が嫌がったらどうしよう。
 せっかく恋人同士になれたのに、先走ったせいで関係が壊れたらどうしよう。
 でも、いずれはこうなるはずだし、年齢的にだって早くはないはず。
 でも詩織はどう思っているのだろう。結婚初夜まではダメ、とか思っているの
 だろうか。
 様々な思いが駆けめぐり葛藤していると、突然黄色い光が目に飛び込んできて、
 大きな音が鳴り響いた。
ピカッ、ゴロゴロゴロゴロ
 それと同時に暗くなり、激しい雨音だけが二人を包んだ。
「きゃーーーーー」
 詩織は大きな音と暗くなったことにビックリし、叫び声を上げ公の腕に抱きついた。
「!!」
 胸の柔らかい感触が、腕から脳に電撃のように走る。
 その時、公の中で何かが切れた。
「し、しおりーーーーー」
「きゃっ!!」
 葛藤していたのが嘘のように、詩織の肩を掴んで押し倒すと、勢いに任せて
 ギュッと抱きしめる。
「こ、公?」
「好きだ、詩織!!」
 一瞬何が起こったのか分からなかった詩織だが、遂にこの時が来たかと覚悟を決める。
「私も好きだよ、公。だけど、そんなに力を入れないで」
「う、うん。ごめん」
 スッと力を抜いて詩織の顔を見ると、何もかも公に委ねるという穏やかな表情をしていた。
 こうなったら止まらない。
「詩織?」
コクリ
 詩織の気持ちを確認すると、無言で頷いた。
 公は気持ちを落ち着かせ、今度は優しく詩織の髪を撫で、ゆっくりと顔を近づけていく。
チュッ
 甘い甘いとろけるようなキス。
 唇と共に、二人の胸の高鳴りも重なる。
ドキドキドキドキドキ
 詩織は目を開けて、公の気持ちを再度確認する。
「ずっと私のこと、好きでいてくれる?」
「もちろんだよ」
「嬉しい」
 そして再び短いキスを繰り返し、公の手が詩織の胸に近付いたとき。

「ただいま〜、あらあら真っ暗ねぇ」
 下から母親の声が聞こえてきた。
「わっ」
「きゃっ」
 驚いた公と詩織は、同時に声を上げて離れた。
 母親が公を心配して、玄関から声を上げる。
「公〜、大丈夫?」
「おかえり〜、俺は大丈夫だよーーーーー」
 それに答えてから詩織と顔を合わせると、二人の間に気まずい雰囲気が流れた。
「ビ、ビデオも終わったし。私、帰るね」
 詩織はスッと立ち上がり、ドアへと歩いていく。
「え?あ、うん」
 すっかり興奮が冷めた公は、今日はこれ以上迫る気にもなれず、詩織に続いて下へと降りた。
「あら?詩織ちゃんいたの?」
 暗くて、詩織の靴があるのさえ分からなかった母親が驚く。
「はい、お邪魔してます。でも、もう帰りますから」
「あら、そうなの?あっ、もしかしてお邪魔だった?」
 口に手を当てニタッとする。
「え?」
「母さん!!」
「ふふふふ。おやすみなさい、詩織ちゃん」
「おやすみなさい」
 公に文句を言われる前に、母親は荷物を持って引っ込んだ。
「行くね」
「ああ」
 詩織が傘立てから赤い傘を取り出しドアを開けると、幾分弱まったが今だに
 降り続いている雨と冷たい風が入ってきた。
「あっ、詩織」
「なあに?」
 公が何か言いたそうにしているのを見ると、詩織は微笑み小声で言った。
「続きはまた今度ね」
「え?」
パタン
 自分の言動に恥ずかしくなった詩織は、すぐにドアを閉めて帰っていった。
 玄関には無言の公が残され、暗闇の中、数秒間硬直してしまう。
 そして電気が回復したと同時に我に返ると。
「いー ー ー、やっほ〜〜〜〜〜」
 クルッと半回転して大声を上げる。
「公、うるさいわよ!!」
 そんな母親の怒鳴り声も、公の耳には届いていなかった。


     つづく



   あとがき

 第49話お送りしました。

 いや〜、公も成長したね。
 雷と停電は決まっていたのですが
 まさか押し倒すなんて、作者も驚きです。

 詩織も普通の女の子、Hに対する覚悟は出来ていました。
 ただ、僕は性描写はしない主義なので、
 そこら辺を期待した方は残念でした。
 最後の詩織のセリフ、「続きはまた今度ね」の
 今度っていつだ?というツッコミはなしですよ。

 次回は地区予選決勝の話を書く予定だったのですが、
 振られた後の沙希ちゃんの1ヶ月を書きたいと思います。
 そして、公園には4つの影が。

 最近は公私ともに忙しくて、アップが遅れてますが、
 気長に待っていてください。

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