「そこよ!!いけーーーーー」
ウィンターカップの決勝戦。
沙希は大声で応援するとともに、高校生最後の公のプレーを目に焼き付けていた。
第3シードのきらめき高校は、準々決勝で沖縄代表との乱打戦に苦しんだが、それ以外は順調に勝ち上がってきた。
決勝はもちらん第1シードの能城工業だ。王者の貫禄で危なげなく決勝まで来た能城は、まさしく最強の相手だった。
しかし、その最強の相手にも、きらめきは接戦に持ち込んでいた。
終了間際、85対88で能城の3点リード。
沙希とは別の所で、きらめき女子バスケ部の面々も応援していた。
「公くん。頑張って」
詩織達女子は、昨日の決勝で惜しくも桜花学園に敗退していた。詩織に関して言えば、
決して公とのことを引きずっていた訳ではない。元通り元気になって、練習も体調も万全で挑んだのだが、
あと一歩及ばなかった。
「先輩。そっこだーーーー」
興奮した優美が立ち上がって、腕をブンブンと振り回す。
ザシュ
これで何回目か、木本からのパスを受けた公が1点差となるゴールを決める。
「またきたーーーーー!!」
コート上にいる選手の中でも、際だつ動きを見せる公と木本の一挙手一投足に、観客のボルテージが上がりまくる。
いくら能城が点を入れても、離されまいと追い付いてくるきらめきは、観客を味方に付けていた。
インターハイで唯一能城を苦しめたきらめきは、バスケファンの間でも人気の高校だった。
「まったく。しつこいぞ」
田辺が、ディフェンスについている公に悪態をつく。
「V3なんて、させてたまるかよ」
姿勢を低くして、田辺の動きを注視する。
キュキュキュキュ
「そこだ!!」
田辺だって負けてはいない。公のマンツーマンにあっても、隙を見つけては抜いていく。
それは、田辺ほどのプレーヤーでないと見抜けない隙である。
「しまった。フォロー頼む」
体勢を崩されつつ、後ろに控えている仲間へ叫ぶ。
「任せろ!!あっ」
「遅い」
距離を詰めてきた竹原に対して、抜くと見せかけて鋭いパスを出す。
「ナイス、田辺」
能城の若槻が、ジャンプシュートに持ち込む。
「させない」
若槻の前に最後の砦である石崎が立ちはだかる。
「止めてみろ」
石崎をフェイクでかわし、ワンドリブルを入れて後方に出ると、素速くモーションに入る。
「いけーーー」
この距離で外すことはまずない。そして、確かにシュート体勢に入ったときは、前方には誰もいなかった。
だが、これは入ると確信したにも係わらず、ボールの軌道上に手が伸びてきた。
「届けーーーーー」
「なにぃ!?」
それは石崎の手だった。フェイクにやられてジャンプし、着地したと同時に後方へ素速くジャンプして目一杯手を伸ばしていた。
チッ
辛うじて指先に当たり、リングへと入るはずだったボールが弾かれた。
ガンッ
「よくやった、石崎」
竹原がリバウンドを奪うと、木本へと出した。
「走ってるぞ。ラストチャンスだ」
菊川が、反対側のゴール目指して走っている公を指差す。
「よしっ。逆転だ、公」
急いで戻る能城選手の頭上を通り越して、公の前でボールがバウンドする。
「ナイス!!」
それを受け取ると、もうゴールは目の前だった。
足を止めずにステップを踏むと、きらめきバスケ部員全員の思いをボールに乗せて、全身のバネを駆使して舞い上がった。
「これで最後だ!!」
「公」
沙希は、組んでいた両手に力を込めてギュッと握った。
「決めてーーーーー」
沙希は思わず大声で叫んだ。
その想いを背にして、公の身体はリングへと一直線。
ワンハンドダンクを叩き込んだ。
ガコン!!
ビビーーーーー
それと同時に試合終了のブザーが鳴る。
最後はブザービターの逆転シュートとなった。
「よっしゃーーーーー」
両手を挙げて公が振り返ると、木本が目の前にいて抱き付いてきた。
「このやろ、このやろ。やったな、公!!優勝だぞ。俺達が勝ったんだ」
頭を押さえつけて、手荒い歓迎をする。
そこに、竹原がジャンプして体当たりした。
「やったなーーー、公」
「俺達の優勝だぁ〜」
「先輩、勝ちましたよ」
二人の周りを竹原、菊川、石崎が囲んで喜びを分かち合う。
ベンチではコーチと男子部員、それにマネージャーが、観客席では女子部員が歓喜の声を上げていた。
「やったーーーーー。優勝ですよ、優勝ーーーーー」
優美は何回もバンザイをして喜んだ。その横では、詩織を挟んでいた奈津江と恵が、詩織の手を取って喜んでいた。
「優勝よ、詩織。私たちの分まで頑張ってくれたわ」
「やったね、詩織ちゃん」
「うん、うん」
詩織は、素直に幼馴染みの快挙を祝福した。
「みんなのおかげだよ」
輪の中心で喜びを爆発させる公は、最高の笑顔を振りまく。
「やったね、公。きっと優勝するって信じてたよ」
沙希は、手を叩きながら涙した。
目をつぶると、ずっと一緒にやってきた自主練習の風景が思い浮かぶ。
それと同時に、本当に自分が高校バスケの頂点に立った公の彼女でいいのか。
こんな何の取り柄もない自分でいいのかとも思った。しかしそんな馬鹿な思いも、公の言葉ですぐに吹き飛んだ。
「沙希!!」
礼を終えた公が、真っ先に沙希のいる席の真下に来た。
「優勝おめでとう」
沙希は涙を拭い、立ち上がって手を振った。
「ありがとう。この優勝は、沙希のおかげだ」
「わ、わたしなんて」
自分の協力なんて微々たるものだ。そんなことを言われると、また涙が溢れてくる。
「沙希」
ハンカチでしきりに目元を拭いている沙希を見て、公は一層愛おしくなった。
今すぐ側に行って、抱きしめてやりたい。しかし、そうはいかなかった。
「何やってるんだ、公」
木本が側に来た。
「木本。お前にも世話になったな。お前がいなかったら、いまの俺はなかったよ。感謝してる」
「なんだ突然。お前というエースがいてくれたおかげだ。こっちこそ感謝してる」
ガッチリ握手をかわして、お互いの熱い友情を確かめ合った。
「おっと、こうしちゃいられない。今日の主役のお前を連れに来たんだった」
「なんだ。どうした」
「監督を胴上げするんだよ」
「ああ、そうか。忘れてた」
「さ、行くぞ」
「あ、ああ」
公は沙希の方を見て、小さく手を振った。
「ふふふ。おめでとう、公」
腕を引っ張られ連行される公を、沙希は泣き笑い顔で見つめ続けた。
全国大会という大舞台で、バスケ部始まって以来の優勝という快挙を達成した後は、すぐに正月がやって来る。
公と沙希は大晦日の内に家を出て、新年を神社で迎えた。
「おめでとう、沙希」
「おめでとう、公」
「今年もよろしくお願いします」
可愛い着物姿の沙希が、軽くお辞儀をしてニッコリと微笑む。
「こ、こちらこそ、よろしく」
公も慌てて頭を下げた。
「ふふ。もうすぐ私たちの番ね」
御参りをする列に並んでいたのだが、早めに並んだのが功を奏して賽銭箱がすぐそこに見えていた。
「沙希は、何をお祈りするんだ?」
「え?な、内緒よ」
自分でも赤くなったのが分かったから、沙希は顔を見られないようにそっぽを向いた。
「なんだ怒ったのか?ごめんごめん」
「ううん。怒ってるわけじゃないよ」
「そうか?ならいいけど」
不審に思ったが、追求するつもりはなかった。
「あっ。ほらほら番が来たよ」
「あ、ああ」
ガランガラン
二人一緒に持って鳴らし、お賽銭を投げ入れると、2礼してパンパンと2回手を合わせる。
『沙希と上手くいきますように。大学に合格してバスケットを続けられますように。
詩織と元通りになりますように。ちょっと欲張りかな』
『これからも、ずっと公の隣にいられますように。詩織ちゃんとお友達でいられますように。
それと〜、公のお嫁さんになれますように』
願い事が終わると、二人同時に顔を上げて1礼した。
「じゃあ、おみくじを引きに行こう」
「うん」
御神籤は、お守りやお札を売っている所にある。
そこでは、多分バイトであろう巫女さん姿の女の子が売り子をしていた。
巫女が着る白い着物は、沙希が着ているような着物とはまた違った雰囲気があって良いものだ。
公はその中でも、御神籤の係をしている一人の女の子に目がいった。
緑色の髪で、頭の上で動物の耳のように結ってある女の子だ。
「あっ!もうっ、見とれちゃダメよ」
「な、何を言ってるんだ」
突っ込む沙希に、しどろもどろになる。
「ただ、珍しい髪型だなって思っただけだよ」
「そう?ふふ。おみくじ引きます」
公の狼狽えぶりを見て笑うと、公とは別の売り子の前に立った。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ。あっ!!」
公が立ったのは目がいった女の子の方で、その娘は営業スマイルを見せた後、公の顔を見て驚いた様子だった。
「ん?何か?」
「い、いえ。何でもないです。御神籤ですね」
「はい」
公は訝しげにしながら200円を出し、差し出された振り出しくじの筒を持って振った。
沙希も隣で同じように振っている。
ガラガラガラ
筒を逆さにして出てきたのは。
「18番ですね」
番号を見た女の子は、18番の棚からくじを1枚取って公に渡した。
「どうも。???」
女の子がジッと自分の顔を見ているので首を傾げたが、後ろに並んでいた人がいたので、そこを後にした。
「どうだった?」
自分のを読んでいた沙希が、隣に来て覗き込んだ。
「うん。大吉だ」
「ホント?良かったね。私は中吉なの」
もう一度くじを見て確認すると、残念そうに言う。
「ははは。別に何が出たっていいんだよ。書いてあることをよく読んで教訓にすれば」
「うん。公はくじを持って帰るんだよね」
さっき順番待ちをしていたときに、公からいろいろと教えてもらっていた。
「ああ。代わりに、去年引いたのを結んでいくんだ」
「じゃあ、私も持って帰ろうっと。来年も二人でここに来て、これを結びにこようね」
「そうだな」
公はポケットから去年引いたくじを取りだして、いま引いたのと入れ替えると、近くにあった枝に結んだ。
「よしっ、行こうか。ずっと着物だと苦しいんだろ?」
「ううっ。お見通しなのね。実は、ちょっと苦しかったの」
帯の上からお腹を抑えて顔をしかめる。
「やっぱりか。ははは」
「ふふふ」
楽しそうに笑い合う二人に、話し掛ける和服美人がいた。黒の振り袖を優雅に着こなしている。
「明けましておめでとうございます。お二人さん。御参りは終わりましたか?」
「レイか。明けましてあめでとう」
「だ、誰?」
沙希は、女の目から見ても美少女だと思う和服美人を、ポカンと口を開けて見入った。
美しさに驚いたのか、公がレイと言ったのには気が付いていない。
「ははは。沙希は知らないんだもんな。ばらしても大丈夫かな?」
「そうですねぇ。虹野さんならいいでしょう。ただ、ここだと人目に付きますから、私の別荘に行きませんか?
海岸沿いにありますから初日の出が見られますし、露天風呂もありますよ」
「露天風呂と初日の出か。いいね〜」
何が起こっているのか分からない沙希は、まだ口を開けていた。
「よしっ。行くか」
「はい。では、こちらへどうぞ」
後ろにひかえていた外井とともに、駐車場の方へと歩いていく。
「ほら沙希。行くぞ」
「う、うん」
公に引っ張られて、カツカツと下駄を鳴らしてついていった。
外井が、駐車場から神社前まで車をまわしてきた。
映画のアカデミー賞の授賞式などで、俳優が乗ってくるような長い黒塗りのリムジンだ。
「どうぞ」
外井は運転席から出てきて、両開きのドアを開けて中に招き入れた。
「どうも」
「す、すみません」
公は余裕があったが、沙希は至極緊張していた。
バタン
「別荘までお願いね」
「はい。かしこまりました」
レイと対面で公と沙希が隣り合わせに座っている。
車の中は、いつ見ても凄い内装だ。ゆったりと座れるシートなどは、特注で作られた物に違いない。
落ち着かない沙希は、公の耳元に囁いた。
「ね、ねえ。誰なの?」
明らかにお金持ちだと分かる風貌と言動。そして、乗っている車。
公に、こんな女の友人がいたなんて驚きだった。
「沙希も知ってる人だよ」
「え?し、しらないよ」
ブンブンと大袈裟に、首を横に振る。
「なんて言えばいいのかな・・・・・そう言えば、沙希もこの車には乗ったことがあるんだぞ」
レイにも聞こえるように言うと、沙希は更に驚いた。
「ええ?知らないよぉ〜」
「ふふふ。そう言えばそうですね。あれは、一昨年の6月頃でしたか」
「そうそう。沙希が公園で倒れたときだ」
「公園で?私が倒れた?・・・・・・もしかして、あの雨の日のこと?」
インターハイ予選で負けた公を気遣い、土砂降りの雨の中を外に探しに出て、風邪をこじらせ倒れた日のことだ。
「そう。それだ」
「そうなんだ。でも、それじゃあ全然覚えてないよぉ」
沙希は頬を膨らませてふくれっ面になる。
「そりゃそうだ。ははは」
「そうですね。ふふふ」
沙希が困っているのを楽しんでいる風の二人に、沙希は少々拗ねた。
「ふんっだ」
「ははは。ごめんごめん」
公が頭を撫でてなだめる。
「この娘は俺の友達で、伊集院レイっていうんだ」
「え?伊集院レイ?へ〜、伊集院くんと同じ名前なんだね。どっちも綺麗だし。まるで同一人物みたいね。うんうん」
自分が知っている男のレイを思い浮かべて、頷きながら真面目に関心している。
「くくく」
「ふふふ」
それを見て、公とレイは必死に笑いをこらえた。
「なぁに?どうしたの?」
まだ分からない沙希は、二人の顔を交互に何度も見る。
「あははははは。沙希、当たりだ」
「当たり?何が???????」
「私が、伊集院レイだということです」
「はあ」
目をパチクリさせる。
「まだ分からないようだ。なあ、レイ」
レイに目配せして、教えてあげるように促す。
「そうですね。虹野くん、僕だよ。きらめき高校に通っている、君と同級生の伊集院レイだ」
「・・・・・・?ううん。伊集院くんは男だよ」
声色が変わったのだが関係ない。別人だという先入観で首を横に振り、公を見て同意を求める。
「ね、公」
「そうだけど、そうじゃないんだ」
「そうだけど、そうじゃない?どういうこと?」
「虹野くんが言っている伊集院レイと、わたくし伊集院レイは、同じなんだよ」
「・・・・・・え?」
公の方を見ていた沙希が、レイの方に向き直り目を丸くする。
「伊集院くんが、あなた?」
「はい。私があなたの知っている伊集院レイです」
「え?」
もう一度公を見る。
「レイは、学校では男装していたんだ」
「男装?」
まだ理解しきっていない沙希は、何か考えているのかボソッと呟いた。
頭の中では、いろいろなことが考えては消えていた。
「伊集院くんは男で、あなたは女。あなたは女で伊集院くんは男なのに、あなたも伊集院くん。
伊集院くんは男なのに、あなたが伊集院くんと同一人物。ということは、伊集院くんはお○ま?」
「おしい!!この場合は、お○べだな」
「公さん。それはないでしょう〜」
レイが抗議するような目で見る。
「ははは。ごめんごめん」
「もうっ!!いいです。別荘に着くまでに、理解できるように説明しましょう」
「は、はあ」
沙希に目を移して、諭すように話し始めた。
それから2時間余りは、沙希の百面相に公とレイは飽きることがなかった。
「ここです」
三人の前に、いかにも別荘という感じの洋風の建物が建っている。
中に入ると、古い洋画に出てくるような吹き抜けのホールに、カーブがかかった階段、
壁に掛かっている絵画等が目に入ってきた。
「へ〜、いいなぁ〜」
庶民から見れば憧れの別荘。沙希は羨望の眼差しで魅入った。
「レイ様。お待ちしておりました」
管理人である初老の老人が出迎えた。
「お久しぶりです。こちらは管理人の吉岡さんよ。このお二人は、私の大切な友人です。失礼のないようにね」
「はい。畏まりました」
「それと」
チラッと沙希の方を見てから言う。
「この二人がここに来たときは、いつでもお通しして。自由に使わせてあげてください」
「「え?」」
公と沙希が、驚いてレイを見る。
「い、いいの?伊集院くん。じゃなくて、伊集院さん」
「レイでいいですよ。ええ。私たちも滅多に来ないですから、もったいないでしょう。自由に使ってください」
「ありがとう。レ、レイさん。私も沙希でいいよ」
レイの手を取りブンブンと振った。
「じゃあ沙希さん。お気になさらないでください。吉岡さん、お願いしますね」
「はい。畏まりました。外はお寒かったでしょう。紅茶でも入れますので、お身体を暖めてください」
そう言って微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、リビングに行って少し休んだら、お風呂に入りましょうか。露天風呂から初日の出を見ましょう」
二人を引き連れて廊下を歩き出す。
「初日の出かぁ?初めて見るわ。公は?」
後ろに付いてきている公に、振り返って問う。
「俺も初めてだよ」
「そうなんですか。じゃあ、ぜひ一緒に見ましょう。あっ、それと露天風呂の方は混浴になってますから、
水着着用ということで。お二人にはお貸ししますね」
「水着か・・・了解。今日は仕方ないか」
最後の方はポツリと呟いた。
「いつか二人で入るときは、水着なしで入ろうぜ」
沙希にだけ聞こえるように、小さい声で言った。
「こ、公ったら。もうっ、恥ずかしいなぁ〜」
顔を赤くしながらも、満更でもないようだ。困ってはいるが嫌ではないようで、顔はにやついていた。
「コホン。そういったことは、お二人の時に話してください」
前を歩いていたレイにも聞こえたようだ。
「ははは。ごめんごめん」
「でも。私なら、今日でも水着なしでOKですよ」
振り返って、ドキリとすることを言う。
「「え?」」
予想していなかった言葉に、公と沙希は止まったように口をつぐむ。
「は、ははは。本当?」
思考が再開した公が、興味津々で言う。
「嘘です」
「あのなぁ〜」
公は肩を落として、心底残念そうな顔をする。
「そんなにガッカリしないでよ〜。いつか私と入るまで我慢してね」
沙希はホッとしつつ、頬を染めて言う。
「お、おう。そうするよ」
自分から言ったくせに、そう言われると照れてしまう。
「ふふふ。ご馳走様。お部屋はこちらです」
カチャ
見事な彫刻がされたドアを開けると、大きな部屋の中に、アンティーク調の家具やふかふかのソファが置かれていた。
壁にある暖炉と調和していて、いい雰囲気を演出している。
「ソファにどうぞ」
「ありがとう」
公と沙希は並んで座った。
「う〜ん。落ち着くね。いい感じ」
沙希は伸びをしながら一息ついた。
「そうだな。でも、あのプラズマテレビとスピーカーシステムは、部屋の雰囲気に合ってないな」
「お父様が映画好きなんですよ。家の方にはシアター室があるんですが、たまにここに来ると、それで見ているんです」
42インチのプラズマテレビにDVDレコーダー(録画可能)、スピーカーがフロント・センター・リアに合計5本、
それとウーファーアンプが揃っていた。
「沙希さん。私たちは着替えてきましょうか。私の服をお貸ししますよ」
「ホント?ありがとう。もう苦しくて苦しくて」
帯をパンパンと叩いてみせる。
「ふふふ。私もですよ。行きましょう」
「うん。公、覗いちゃダメよ」
立ち上がり、指を立ててウィンクする。
「あのなぁ〜、新年早々そんなことしないよ」
「ホントかなぁ。じゃあ、ちょっと待っててね」
「ああ」
二人が部屋を出た後、公は早速テレビとオーディオシステムをつけてみた。
「何か入ってるかな〜。ん?何だこれ」
DVDの再生ボタンを押すと、画面には映画ではなくて、何かの記録映像が流れてきた。
5才くらいの女の子が、妹らしき女の子の手を引き、どこかにお出掛けしている感じだ。
その無邪気な笑顔は、どんなに気むずかしい大人でも微笑ましくさせる魅力を持っていた。
カメラを回している人だろうか。多分この娘のお父さんだろう声が聞こえてきた。
「レイ、転ぶなよ」
「うん。メイも大丈夫でしょ?」
メイと呼ばれた娘は、コクリと頷いた。
しかし、その途端につまづいてうつ伏せに倒れた。
ドテ!!
「メイ、大丈夫?」
すぐには何が起こったのか理解できなかったメイは、数秒ポカンとした後に大声で泣き出した。
「ウワーーーーーーーーン」
腕から落ちたようで、肘の辺りが少し擦りむけていた。
レイは倒れた身体を抱えて起きあがらせると、肩から下げていたポシェットから消毒液を出した。
メイがよく怪我をするので、こうやっていつも持ち歩いているのだ。だからもう慣れたもので、
手際よく傷口に塗って絆創膏を貼ってあげた。
「ほらメイ。痛いの痛いの飛んでけーーーーー」
「うう〜。ひっく、ひっく」
メイも我慢強くなったのか、2分もすると泣き止んだ。
「えらい、えらい」
頭を撫でてあげると、ニコッと笑って再び歩き出した。
「これ、レイか」
フリフリのフリルが付いたブラウスに、ミニスカートをはいた可愛い娘に釘付けになる。
「でも、可愛い中にも品があるな。やっぱり育ちが違うと、子供の頃から違うものなんだな」
と感心していると、着替え終わった沙希とレイが帰ってきた。
「あれ?何を見てるの?」
「あーーーーー。そ、それは」
レイがテレビの前まで走ってきて、沙希にまで見られまいと電源を切ろうとした。
「まあまあ」
公が正面から、レイの両肩を抑えて止める。
「離して〜。あぁっ」
「これ、レイさんでしょ」
が、時すでに遅し、沙希もテレビの前に行き子供の頃のレイに気が付いた。
レイは伸ばした腕をそのままにガクリと俯き、
「公さ〜ん」
すぐに怨めしそうな表情で顔を上げた。
「ははは。可愛いよ、なあ沙希」
「うん。すごい可愛い。私ね、女の子だって話を聞いたけど、まだどこかで疑っているところがあったの。
でも、いま一緒に着替えて、このビデオを見たら完全に納得したわ」
「お恥ずかしいです」
「それに、この借りた服も・・・・・ここがねぇ〜」
胸の部分をつまんで、サイズが大きいことを表す。
「沙希さん!!やめて〜」
公から離れて、沙希に抱き付く。
「ははは。こういう映像を残してあるなんて、両親に愛されてる証拠だよ。これってビデオカメラで撮った物だろうけど、
永久保存版にするために、こうやってDVDに落としてるんだから」
「そうそう」
沙希も同意して大きく頷く。
「そうでしょうか。あまり家には帰ってきませんから」
「そっか。忙しいんだね」
「そうですね。世界中を飛び回っていますから」
三人はソファに座り直して、いろんな話しをした。
レイの身の上話から始まって、進路のこと、高校生活の想い出等、時間を忘れて話しているうちに、
いつの間にか日の出の時間が近付いてきていた。
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公が水着を着て男の内風呂から出てくると、ほぼ同時に沙希とレイが出てきた。
バスタオルを羽織っていたが、二人ともその下にビキニを着ていた。
沙希は始め、貸してくれるという水着の中からいつものようにワンピースを手に取ったのだが、
レイがビキニを手に取ってから気が変わった。
さっき着替えの時に見たレイのナイスバディを思いだし、公の目が一方的にレイに向けられるのが嫌だったのだ。
沙希にすれば、勇気のいる選択だった。
クリスマスのプールデートの日から、少しダイエットをしていたのが功を奏していた。
「う〜、さむ。海がすぐそこにあるんだな」
竹で出来た高い塀があるため外側は見えないが、波の音そして潮の香りで海を感じた。
「そうですね。湯舟に入ったら、一部を開けますよ。まだ暗いから気をつけてください」
まだ外は暗くて、ライトで照らされている飛び石を渡り、露天風呂の所まで歩く。
「立派な露天風呂だな」
ゆうに20人は入れる湯舟に、木で出来た屋根がかかっている。
「入りましょう」
レイは躊躇なくバスタオルを取って岩に掛けた。
「おおっ」
公がそれを見て、思わず感嘆の声を上げた。
「ふふ。どうですか?」
レイは、驚いた様子の公を見て微笑んだ。
「どうって、セクシーだよ」
プールの授業はいつも休んでいたレイの水着姿は、男にとっては強烈なものだった。
よくも3年間、男だと騙し通せた物だというほどのナイスバディが、ビキニによってより魅力的に見えた。
「ありがとうございます。セクシーというのは恥ずかしいですけれど嬉しいです。でも、私の方はいいから
沙希さんの方を誉めてあげてください」
「え?」
恥ずかしくてずっと黙っていた沙希が、話を振られてドキッとする。
「沙希さん。ほら」
「う、うん」
沙希は恥ずかしくて公の顔を見ることが出来ない。
頬を染めて横を向きながら、ゆっくりと前をはだける姿が妙に色っぽかった。
『おおーーーーー、沙希がビキニを着るなんて・・・・・・・』
内心驚いている公に、レイが耳打ちする。
「私がこれを着たから、沙希さんも着たんですよ」
「え?」
そこまで言われれば公にも分かる。
恥ずかしいのを我慢してまでレイに対抗した沙希の乙女心に、公は感激した。
「すごく似合ってるよ」
「ほ、ほんと?ありがとう」
耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうにモジモジしていた沙希だったが、
この言葉で着てきて良かったと想い微笑んだ。
しかし、それでも恥ずかしいのに変わりはない。
「寒いよぉ。早く入ろうよ」
沙希が肩を抱えて震える。早く身体を隠したいという本音もあった。
「そうですね。水着のお披露目はこのくらいにしましょう。風邪をひいてしまいますね」
「そうだな」
「う、うん」
三人は、そっと湯舟に入った。
「あ〜、極楽極楽」
公は肩まで浸かって、唸り声を上げた。
「やだ、公。かなりおじさん臭いよぉ〜」
「いいんだよ。気持ちいいんだからさ」
「ふふふ。じゃあ、柵を開けますよ」
レイが近くにあった紐を引くと、柵が左右に開いて水平線が見えた。
「これでバッチリ見えるな」
10分もしないうちに、水平線が薄明るくなってきた。
「もうすぐですよ」
「なんかドキドキするね」
明るい部分が徐々に広がってきて、遂に太陽が顔を出した。
「初日の出だ。改めて、明けましておめでとう」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
陽は少しでも出ると、アッという間に明るさが増してくる。暗かった周りが一転、一面明るくなって朝を迎えた。
「公さん、沙希さん」
厳かな雰囲気の中、黙って初日の出を見ていた三人だったが、レイが沈黙を破って口を開いた。
「先程、進路の話をしているとき、私は決まってないと言いましたが、実は決まってるんです」
「そうなのか。言いにくいことなんじゃないのか?」
「実は、言わないでおこうかと思ってたんですが、やっぱり言います。私は今、伊集院家を継ぐために
家庭教師から帝王学を習っているのですが、更なる知識と見聞を広めるために、卒業したら留学することにしました」
伊集院家の事だから二人とも少しは予想していたが、本人の口から留学すると聞くと、やはり寂しい気分になる。
「どこに行くの?」
やっと本当の友達になれたと思っていたのに、沙希は本当に残念だった。
「イギリスです」
「イギリスか。遠いな。何年くらい行って来るんだ?」
「それは分かりません。継ぐに相応しい人間になるまでは、帰ってこないつもりです。
伊集院グループのトップに立つためには、それくらいはしないと。責任は大きいんですから」
「そうだな。レイの場合は大変だ。金持ちだからといって、それだけで幸せというわけじゃないもんな」
グループ何十万人の生活を担うのだから、並大抵の努力では足りないだろう。
お金持ちに生まれたからといって、何もしないで生きていけるものではない。それ相応の責任と努力が課せられる。
「伊集院家に生まれたからには避けては通れないのですから、一生懸命頑張ります。
お二人もこの先どうなるか分かりませんが、どうか幸せになって下さい」
公と沙希には、別の幸せが待っているだろう。それが二人一緒かどうかは分からないが、
大切な友達には、みな幸せになって欲しいものだ。
「ありがとう。帰ってきたら連絡して。私たちは、ずっとお友達よ。ね、公」
「そうだな」
「ありがとうございます」
ずっと友達という沙希の言葉に、レイは心の底から嬉しかった。
卒業式までの短い間だが、本来の自分で接することが出来る友達がいる幸せに、レイの胸は喜びに溢れていた。
「公さん。バスケットはずっと続けていてくださいね。戻ってきたら、伊集院グループで必ずバスケットチームを作りますから」
「実業団か?」
「そうです。真っ先にスカウトしに行きますから、腕を磨いておいてください」
「わかった。期待に応えられるように頑張るよ」
自分をスカウトするという重大発表にも、自信満々に答える不敵な公。
「沙希さん。結婚披露宴には呼んでくださいね」
「ええ?披露宴ってそんな。恥ずかしい!!」
頬に手を当てて、いやんいやんと激しく身をよじるので大きく波立った。
「きゃっ!」
レイは公の困った表情を見ようと、チラッと横目で見た。
『???』
すると、何を考えているのか苦笑いしていた。
つづく
あとがき
第4話をお送りしました。
また約1ヶ月の更新ですね。
久しぶりに試合シーンを書きましたが、思いっ切り手抜きでした。
詩織編であれだけ書いたので、もうネタが尽きてました(T_T)
沙希のお陰で優勝できた。ということが表現出来れば良かったので、あれでいいのです(^_^)
話の流れは詩織編と完全にダブりましたが、沙希だとどうなったかを書いてみました。
3話に続けて水着が出てきましたが、沙希のけなげな性格が描けて、
自分的に大変満足しています。
沙希のビキニ姿のCGって見たことないんですが、ありましたっけ。
どこかのHPにないかなぁ〜。
では、次は誕生日のお話ですので、お楽しみに。
公は何をプレゼントするのでしょう(^_^)