「My wish・・・」

                          第50話 「揺れる想い」


                                      第49話     目次へ戻る     第51話


ピピピピピピピピ
カチッ
 目覚ましの電子音に促されて、沙希は目を覚ました。
 起きたばかりの耳にはうるさい音を手を伸ばして止めると、上半身を起こして窓の方を見る。
 カーテンの隙間からは、朝の光が漏れていた。
「ふわ」
 グッと伸びをしてあくびをすると、眠たい目をこする。
「夢じゃ、ないよね」
 昨夜は木本のことを考えてなかなか寝付けずにいたのだが、いつのまにか寝ていたようだ。
 公に振られ、公のことを忘れる努力をしようと思った矢先に木本に告白された。
 公の心友にして男子バスケット部のキャプテン、クラスの中でも目立つ木本は、
 もちろん女子の間で人気がある。
 しかし、沙希は木本とは特に仲が良いわけではない。
 昨日の公園での話しぶりからも、悪い人間ではないというのは分かる。
 むしろ好感度抜群の性格だ。
 だが、いきなり好きだと言われても困る。
 木本は自分の事を見てくれ、そして判断してくれと言っていた。
「木本くんかぁ」
 公への想いが本気だったからこそ、その気持ちを切り替えて友人になることは難しいが、
 時間がそれを解決してくれるだろう。
 しかし、新たな恋の相手が木本であるのかそうでないのか。
 それは誰にもわからない。



 その日の昼休み、みのりは廊下を全速力で走っていた。
 2年であるみのりが、3年の教室付近に来るのは余程のことだ。
「あっ!!」
キキッ
 歩いている沙希を見つけて目前で急停止すると、沙希の肩を両手でガシリと掴み
 グラグラと揺らす。
「み、みのりちゃん?ど、ど、どうしたの、そ、そんなに慌て、て」
「どうしたのじゃないですよ。主人先輩と藤崎先輩が、一緒にお弁当を食べてましたよ」
「そう」
「そうって、これって抜け駆けじゃないですか!!」
 沙希の気持ちを踏みにじったと勘違いしているみのりは、地団駄を踏んで憤る。
「ううん、違うのよ」
「違う?」
 ピタリと止まり、沙希の顔を見る。
「うん。昨日、決着が付いたの」
「え?じゃ、じゃあ、藤崎さんを選んだって・・・・・ことですか?」
「うん」
「そ、そんな」
 みのりは額に手を当ててよろける。
「あっ」
 沙希は慌ててみのりの腕を取る。
「だ、大丈夫です」
 沙希の幸せを願って身を引いたのに、選ばれなかったなんて。
 一瞬目の前が真っ暗になった。
「先輩は、それでいいんですか!?」
「いいも悪いも、公くんが選んだのが詩織ちゃんだったんだから」
「で、でも。それじゃあ先輩が」
 納得いかない顔で詰め寄る。
「そりゃあ、私だって哀しかったけれど。仕方ないわ」
「そうですけど!!」
「それにね、私のことを好きだと言ってくれた。詩織ちゃんがいなかったら、
 私のことを選んでいた。そう言ってくれたの、今はそれで満足よ」
 振られた後とは思えない、晴れやかな表情で言う。
「そんな!!」
「それとね。私、木本くんに告白されちゃった」
「・・・・・、は?」
 頭に血が上っていたみのりは、沙希が何を言っているのか理解できなかった。
「好きだったって、言われたの」
「好きだったって、言われたの?って、ええーーーーーーーー!!」
 思考が止まったみのりは、オウム返しをした後に大声で叫んだ。
「み、みのりちゃん」
 思わず耳を塞いでしまう。
 周りを見ると、何事かと二人に視線が集中していた。
 教室の中から窓越しに見ている者もいる。
「む、向こうに行きましょう」
 沙希は放心状態のみのりの手を取って、中庭へと出た。


 沙希は、ボーーーッとしているみのりを中庭のベンチに座らせ、木本のことを説明する。
「あ、あのね、みのりちゃん。木本くんのことは、知ってるよね」
コクリ
「その木本くんが、1年の時から私のことを好きだったって、昨日言われたの」
コクリ
「公くんのことは忘れなくてもいいから、俺のことを見ていてくれって。公くん
 を好きになったのは女としての成長の課程だからって」
コクリ
 みのりは頷くだけで、ただ呆然と沙希の話を聞いていた。
「だからね、公くんは友達として付き合うことにしたの。次に好きになる人が、
 木本くんかは分からないけれどね・・・・・・・・・みのりちゃん?」
 反応が全くないので、みのりの顔の前でブンブンと手を振ってみる。
「虹野先輩」
「な、なぁに?」
 やっと気が付いたみのりは、沙希の気持ちを再度確認する。
「先輩は、それで良いんですね?」
「うん」
「わかりました。先輩が良いのなら、私の出る幕はありません」
スー、ハー
 みのりは下を向き、静かに一度深呼吸をすると、顔を上げ何もなかったようにニコリと笑う。
 そして、満面の笑顔と明るい声で言う。
「残念でしたね。次に好きな人が見つかるまでは、私の虹野先輩ですよ
「ふふふ、そうね。あれっ?」
 沙希は何か引っかかる気がして首を傾げる。
 どうやらみのりちゃん、木本の存在を完全に忘れているようです。



 告白されたからといって、いつもの生活が変わるわけではない。
 沙希は、いつも通りの日々を過ごしていた。
 木本のことは気になったが、特に自分の方から行動はしなかった。
 そんなこんなで5日が経った日の昼休み、お手洗いから帰ってくると、後ろから
 声を掛けられた。
「なあ、虹野」
「え?」
 呼ばれて振り返ると、そこには木本が立っていた。
「き、木本くん」
 肩を一度ビクンとさせて、直立不動になる。
「虹野、今度の日曜日に紅葉を見に行かないか?」
「紅葉?」
「ああ。電車で行くんだけど、丁度見頃らしいぞ」
「え、え〜と。と、特に用事はないけれど」
 突然のデートの誘いに狼狽えてしまう。
「そうか。じゃあ、決まりな」
「あっ、ちょっと〜」
 木本は沙希が返事をする前に、その場を走り去った。
 その後ろ姿をポカンと口を開けて見送ると、その後は苦笑するしかなかった。
「もうっ!!強引なのね」
 しかし、不思議と嫌な気分にはならなかった。



 日曜日は快晴となり、紅葉狩りには絶好の日和となった。
「ホント、綺麗ねぇ」
 紅葉は見事な赤色をしていて、まるで燃えているようだ。
 冬を迎える前に最後の生命力を燃やしているかのように。
 しきりに声を上げている沙希の横顔を見ながら、木本の心臓はドキドキしていた。
『試合よりも緊張するよ』
 観光客で賑わっている山道を、好きな娘と並んで歩く。
 木本が夢にまで見ていたシチュエーションだ。
 しかし、彼氏彼女の関係になるためには、これからが勝負だ。
 沙希に認めてもらうためなら、何でもやる覚悟でいる。
「ねえ・・・・・・、ねえってば」
「えっ、なに?ごめん、聞いてなかった」
「なにか考え事?」
 木本の顔をのぞき込んで問う。
「ん?ああ。どうやったら、俺のことを好きになってくれるか考えてたんだ」
「え?そ、そう」
 恥ずかしくなった沙希は、少し歩を早めて先に行ってしまう。
『おかしいな。こんなこと言うつもりないんだけど』
 木本自身も、自分の言動に戸惑う。
 本心ではあるのだが、照れ隠しなのか冗談交じりに言ってしまうのが嫌だった。
「あっ、虹野。待ってくれ」
 木本は駆け足で追いかけると、沙希の手を取って謝る。
「ごめん、変なこと言って」
「ふふふ。木本くんて、結構口べたでしょ」
「え?」
 沙希は木本の胸の内を、何となく見抜いていた。
「本当は言うつもりがないことを、思わず言ってしまったり」
「そ、そうそう。わかってくれる?」
「ふふふ」
 今までの付き合いでは見ることがなかった木本の姿を見て、楽しそうに微笑む。
『いいなあ〜』
 その可愛い仕草を見ていると、木本はますます沙希を彼女にしたいと思った。
「ねぇ、木本くん」
「ん?」
 沙希は少しうつむく。
「補欠だった公くんの才能を、最初に見抜いたのは貴方だったのよね」
 公の話題なので、ちょっと申し訳なさそうに言う。
「そうだなぁ。そうなるのかな」
「木本くんから、フォワードをやってみろって、ダンクも出来るからって言われたって」
「ああ。そんなこと言ったっけ」



 いつのことだったか、たまたま力一杯垂直飛びをした公を見て驚いた。
 子供が持っていた風船を飛ばしてしまい、街路樹の枝に引っかけてしまったのを
 公が取ってあげようとしたときだ。
『ん?主人じゃないか。・・・・・届く訳ないだろうに。なにっ?』
 とても届かないだろうと思っていたら、全身のバネを使って、90cmを越えただろう
 跳躍をしたのだ。
『なんだあいつ、あんなに高く跳べるのか』
 子供の親に礼を言われて、しきりに照れている公を見ながら思った。
 あれならばフープに届くだろうと。
 そして、練習で見せる素早いフットワーク。
 公は、ガードよりもスモールフォワードの方が合っていると判断したのだ。



「凄いね。コーチも見逃してたんでしょ?人を見る目が良いのね」
「ははは、サンキュー。あいつは凄い奴だよ、自主トレでも成長していくのが
 目に見えて分かるくらいだからな」
「自主トレ?もしかして、公園の自主トレのこと?」
 顔を上げて木本を見る。
「そうそう、虹野は知らなかったのか。いまは俺と一緒にやってるんだ」
「そうなんだ。ふ〜ん」
「俺も中一から1人で自主トレしてたんだけど、二人でやってると色んな事が出来て楽しいよ」
「えっ?木本くんも、そんなに前からやっていたの?」
 沙希は、目を見開いて驚く。
「なんだ、可笑しいか?」
「ううん。可笑しくないよ」
 木本が怒ったと思い、慌てて手をブンブンと振って否定する。
「バスケ関係者には、木本は天才だって言われてるって、聞いていたから」
「ははは。公にも言ったけど、俺は天才でも何でもないよ。だから努力はしないとな」
「そうよね。どんなに才能があっても、それを伸ばすのは自分自身ですものね」
「ああ。でも、公の才能はやきもちを焼くほどだよ。バスケット選手にしては背が低いけれど、
 それを補うのに充分な運動能力とセンスを持ってる」
 心友のことを話す木本の顔は、とても嬉しそうだ。
『友達想いなのね』
 沙希は、木本の良いところを1つ見つけた。
「まっ、俺のパスがあってこそ、だけどな」
「ふふふ。でも木本くんて、選手として一流だけど、指導者としても一流かもね」
「指導者?」
「うん。人の能力を見抜く目を持っているもの」
「指導者ねぇ。考えたことなかったな」
 思いも寄らぬ事を言われ、考え込んでしまう木本だった。



 次の週の土曜日、今日はバスケ部の練習試合が行われる。
 11月にはウィンターカップの県予選が始まるので、どの高校も最終調整に入っている。
 きらめき高校も、スタメンを中心に上々の仕上がりを見せていた。

 沙希が練習の準備のため部室へ行こうと廊下を歩いていると、後ろから追いついてくる者がいた。
「沙希ちゃん」
「あっ、詩織ちゃん」
 すっかり打ち解けている二人の間に、いまやわだかまりはない。
 詩織は歩を合わせると、並んで歩き始めた。
「沙希ちゃん、今日の男子の練習試合は見に来ないの?」
「う〜ん、行きたいんだけれど、サッカー部も練習があるから」
 木本から、ぜひ来るようにと前々から誘われていたのだが、沙希も暇という訳ではない。
 サッカー部も冬の選手権予選で忙しいのだ。
「そう、残念ね。試合中の木本くん、格好いいわよ。前はあまり見てなかったでしょ?
 公ほどじゃないけど、あっ!!」
 詩織は、しまったという顔で口を塞ぐ。
「そうね。あ〜あ、詩織ちゃんが羨ましい」
 詩織の身体を肘でつつく。
「ごめんね」
「なに謝ってるのよ。もう気にしてないわよ」
 それは、本心から出た言葉だった。
「ふ〜ん」
「???なぁに?」
 詩織が顔をマジマジと見るので、足を止めて問う。
「ううん、何でもない。じゃあ、私こっちだから」
「え?う、うん」
 ちょうど部室と体育館との別れ道だったので、詩織は手を振って走っていった。
「何か変なこと言ったかしら?」
 先程の詩織の興味深そうな表情を思い出しながら、首を傾げる沙希だった。


「ふう、終わった〜」
 練習が終わって後片づけを済ませた沙希は、歩きながらグッと背を伸ばした。
 サッカー部も沢登を中心に良い感じになってきている。
 まあ、インターハイに行けるかというとまだまだ難しいところがあるのだが、
 目標は高く都大会優勝を目指している。
「さて、後は荷物を取りに行って、帰るだけね」
 心地よい疲れを感じながら部室へ向かっていると、どこからか話し声が聞こえてきた。
 それは、沙希が知っている声だった。
「あっ、あれは、木本くん?」
 曲がり角でふと横を見ると、男子バスケ部の部室前に、木本と2年生らしきバスケ部員がいた。
ササッ
 沙希は思わず後ずさり、角の壁に見えないようにもたれ掛かった。


「なんだ、話って」
「先輩、すみません。俺、チームの足を引っ張ることしかできなくて」
 腰を90度以上曲げて、深々と頭を下げる。
「おい、頭を上げろって」
 この2年生、現在はベンチ入りしている部員で、来年はガードとしてスタメン入りが
 有力視されていた。木本の後任というわけだ。
 しかし、今日の練習試合ではあまり良いところがなかった。
 後半の5分に、大量リードで3人が交代した時に入ったのだが、僅差まで追い付かれる
 という失態をしてしまった。
 そして、それを招いたのはガードの自分であり、そんな自分が嫌になった。
 その胸の内を告白するために、みんなが帰った後も、先生の元へ行っていた
 木本を待っていたのだ。
「俺、もう自分が嫌になりました。バスケ辞めたいです」
「それは、退部をするということか?」
「はい」
「本気で言ってるのか?」
「は、はい」
 半ばヤケで言っているのだが、そう答えてしまう。
 木本は半分は本気じゃないと見抜いていたが、ここは真剣に答えてやることにした。
「お前が自分のことを、どう評価しているのかは知らないが、お前には才能があると
 俺は思っている。お前の高校生活なんだから、俺がとやかく言う資格はないが、
 これだけは言わせてくれ」
 コクリと頷いた後輩の目を、ジッと見つめる。
「お前は自分の才能を、ちゃんと磨いたのか?中学までは才能だけでやっていても
 良かったかもしれないが、高校バスケの全国で勝ち抜くためには、それだけじゃダメだ。
 ここで辞めることに反対はしないけど、バスケが好きなんだろ?ここで辞めたら
 一生後悔すると、俺は思う」
 後輩は黙って聞いていた。
「冷静になって、もう一度考えてみろ」
「・・・・・・・はい」
「よし!じゃあな、お疲れ」
 肩をポンと叩くと、180度回転させて背中を押し出す。
「お疲れさまでした」
 後輩は礼をしながらそう言って、重い足取りで帰っていった。
 残された木本は一つ溜息を吐くと、部室へと消えていった。
バタン
「木本くん」
 閉められたドアを見つめる。
 一部始終を聞いた沙希は、またもや木本の新たな一面を垣間見るのだった。



 今日は沙希の家で、2回目の料理講習会が開かれていた。
 沙希の料理の腕に惚れ込んだ詩織が、頭を下げて頼み込んだのだ。
 別に断る理由もない沙希は、快く引き受けてくれた。
 最初虹野家に来る前は、沙希の母親になんと言われるか心配もしたのだが、
 そんな心配は無用だった。
 沙希の母親だけあって、とても気さくな性格であり、娘の恋敵だった詩織のことを歓迎してくれた。
 詩織は、沙希の性格はこの母親からきているのかしら、と思った。


「・・・・・希ちゃん。沙希ちゃん、火はそのままで良いの?」
「はっ?」
 詩織が、グツグツと沸騰している鍋を見ながら上の空の沙希の肩を叩く。
「わわわわわ」
 沙希は慌てて火を消して、ふ〜っと一息つく。
「どうしたの?ボーーーッとして」
「え?う、うん」
「木本くんの事、考えてたんでしょ〜」
 詩織はカマを掛けてみた。
「え?え?え?」
「沙希ちゃん、最近木本くんのこと気になり始めてるでしょ」
「え、え〜と・・・・・・・・そうみたい」
「でしょでしょ〜
「あんっ
 詩織は楽しそうに、沙希の頬をプニプニとつつく。
「で、でも、好きなのかどうかは、まだ分からないの」
 沙希は、次に作るエビチリの用意をしながら言う。
「そうなの?」
「うん。いい人なのは分かったんだけど。公くんの時とは、なんか違うのよね」
 沙希自身なにかは分かっていなかったが、確実に木本へと気持ちが傾いていた。
「じゃあ、お弁当を作ってあげたいなぁ、とか思う?」
「え?そ、そうねぇ」
 沙希は長ネギを切っていた手を止めて、目をつぶり木本の顔を思い浮かべる。
「うん。思うかな」
「それは、好きになる前兆よね」
「そうかな」
「そうよ」
 詩織は断言する。
「う〜ん。じゃあ、今度作っていってみようかな」
「うん。そうしなよ。だけど、木本くんにご執心になっても、お料理は教えてね
 笑いを堪えながら言うと、目の前に包丁の刃先が迫ってきた。
「え〜、なに言ってるのよ」
 沙希は手に包丁を持っているのを忘れて、詩織の方へ手を動かしてしまった。
「きゃあ、危ないよ〜」
 詩織は咄嗟に後ろへステップして避ける。
「あっ、ごめ〜ん」
「もう、危ないな〜」
 胸に手を当てると、まだ心臓がドキドキしているのが分かる。
『ビックリした〜』
「えへへ
 笑って誤魔化しているのか、それとも照れているのか、沙希はいい顔をしていた。
 その日から、いや、もう少し前からだろうか、沙希の頭の中に、だんだんと木本を想う
 領域が大きくなってきていた。
 この気持ちは、好きという気持ちだろうか。
『ついこの間までは、公くんのことが好きでたまらなかったのに、もう別の男の子に
 惹かれているの?恋って、こういうものなの?』
 公への恋心を吹っ切っているのは確かだが、沙希の心は揺れていた。



 詩織に木本への弁当を作ってはどうかと言われてから数日後、弁当箱を2つ持って
 廊下を歩いている沙希がいた。
「そ、そんな特別な事じゃないよね。遊びに誘ってくれてるお礼ってことにすれば」
 なにかと理由を付けているが、自分の中で芽生え始めた木本への気持ちには気が付き
 始めていた。
「どこ行ったのかなぁ。もうっ、あの先生いつも時間がオーバーするんだもん」
 4時限目は選択教科だったため、遅れた沙希が教室に戻ってきたときには、
 木本の姿はなかった。
 すぐに駆けだしたのだが、捜しながら中庭にまで来てしまった。
「あっ、いた!!」
 向こうから木本が歩いてくるのが見えた。
「木本く〜ん」
 沙希は、持っていた弁当箱を後ろに隠しながら声を掛けた。
「ん?虹野。何か用?」
「う、うん」
 モジモジと身をよじる。
「あ、あのね。木本くん、もうお昼、食べた?」
「いや、まだだけど。これから学食にでも行こうと思って」
「ホント?良かった。じ、実は、お弁当作って・・・・・きたの」
 隠していた弁当箱を差し出す。
「なに?俺にか?」
 木本の顔がパッと明るくなる。
「う、うん。いつも楽しませてもらってるお礼なんだけど」
「お礼?まっ、いいや。ありがとう。喜んでもらうよ」
 お礼という言葉がちょっと引っかかったが、快く受け取った。
「うん。良かった」
 ホッと胸を撫で下ろす。
「じゃ、じゃあ、あっちのベンチに行きましょう」
 誰が手入れをしているのか、シクラメンが咲いている花壇がある方を指差す。
「そうだな」
 二人は並んで歩き出した。


「うまい」
 それが木本の第一声だった。
「ホント?」
「ああ。この、モゴなんか、美味すぎ。モゴ」
 流石は食べ盛りの高校生、木本はもの凄い勢いで平らげていく。
「ふふふ、そんなに慌てないで」
 自分の手料理を美味しそうに食べてくれる姿を見るのは、いつも嬉しいものだ。
 公の時もそうであったが、木本に対しても同じくらいの想いがあった。
 更にこうして木本を見ていると、沙希の中に、何か安心感みたいな感情も湧いてきていた。
『やっぱり私、この人のことを好きになったのね』
 そして、『この人を信じてみよう』そう思えた。
 後は、公への気持ちをちゃんと断ち切っているかが問題だ。
 いくら忘れたと言葉にしても、いざ目の前に公と木本が並んだときに悩むようではダメだ。
 キチンとけじめを付けて、木本だけを見ていくためにも確かめる必要がある。
「ねぇ、木本くん」
「なに?」
 木本はすでに食べ終わり、一息ついていた。
「公園の自主トレ、いまは公くんと二人でやってるって、言ってたよね」
「ああ、そうだよ。ふあ〜」
 お腹がいっぱいになって眠たくなったのか、あくびを一つ吐く。
「そこにね」
「うん?」
「あのね」
 沙希が言いにくそうにしていると、それに気が付いた木本は眠気が吹き飛んだ。
 そして、優しい感じを帯びた目で見つめる。
「なに?」
 何でもしてあげるという目だ。
『あっ』
 その目を見たら、スッと口に出た。
「私も行って、良いかな?」
「え?なに?」
 木本は自分の耳を疑った。
 なにか言いにくそうだったから、よっぽどのことかと覚悟したのだが、いまの言葉には正直驚いた。
 自分と公が揃っている公園に来たいというのだから当然だ。
「マジか?」
「うん」
 しっかりと頷く沙希は真剣だ。
「そうか。俺は大歓迎だけど、部活の時に聞いてみるよ」
「うん。ありがとう」
 そう言って微笑む沙希の目は、何かを決意したような目だった。



 次の週の月曜日。
 学校から帰った沙希は、心臓を高鳴らせながら自転車を走らせていた。
 昨日木本から、公も歓迎していたからという電話をもらったからだ。
「いよいよだわ」
 公から恋人にはなれないと言われてから、1ヶ月が経った。
 あの頃と違うのは、いま沙希の心の中にいるのは公ではないということだ。
 それを確かめるため、そして公とのこれからの関係を築くために、再び公園に行く決心をした。
「公くん、どんな顔するかしら。そういえば、木本くん何か隠してるみたいだったけど。なにかしら」
 木本は、詩織も来るということを黙っていた。
 最近は沙希と詩織が仲良くやっているということを公から聞いていたし、沙希の心を
 試したいとも思ったからだ。
「ちょっと遅くなったかな」
 沙希は自転車の籠に入っている包みを見ると、加速するため足に力を入れた。



 いつもの公園、街灯に照らされたバスケットゴールの下に、自主トレの準備をする
 人影があった。
「よお、木本」
 少し遅れてきた公が声を掛ける。
「遅いぞ、公。おっ、藤崎も来たな」
 ジャージを着た詩織が、公の陰から姿を現す。
「こんばんは、木本くん。今日からよろしくね」
 ニコッと微笑む。
「三人いればバリエーションが増えるからな、大歓迎だ」
「沙希ちゃんは・・・・・、まだか」
 公が回りを見渡す。
「ああ」
「本当に来るのか?」
「昨日電話で話したし、今日も教室で来るって言ってたからな。来るだろ」
「そうか」
 公は心配だった。あの日から沙希とは話をしていない。
 本当に今日からは、友人として付き合っていくことが出来るのだろうか。
 そんなことを考えていると、近くで足音が聞こえた。
「こんばんは」
 声のした方を見ると、そこには大きな包みを抱えた沙希が立っていた。
「沙希ちゃん」(公)
「虹野」(木本)
「沙希ちゃん」(詩織)
 三人同時に声を上げる。
「詩織ちゃんがいる。木本くんが隠してたのって、詩織ちゃんの事だったの」
「え?あ、ああ。怒ったか?」
 木本は、沙希が帰ってしまうのではないかと焦った。
「怒る?ううん、そんなことないわよ」
「そ、そうか。良かったよ」
 沙希の目に、公と詩織が並んだ様が映る。
 しかし、嫉妬などのマイナスの念は浮かばなかった。
『なんともないみたい』
 せっかく仲良くなったのに、詩織を憎む気持ちが出てこないかと思ったが、大丈夫のようだ。
 公を見ても以前のような感情は感じなく、むしろ木本の方に気持ちは向いているから、
 自然と木本に視線がいく。


 その光景を見ていた詩織は確信した。
 沙希は、木本が好きになったのだと。
 先日の練習試合の日と、料理講座の日に見た沙希の雰囲気から察しは付いていたが、
 これで決定的になった。
 公と自分が一緒にいるところを見ても、機嫌が悪くならないのがその証拠だ。
 公よりも木本を見ている点もそうだ。
 ホッと一安心して公の方を見ると、なにやら不思議そうな顔をしていた。
『痛っ!!なんだよ、詩織』
 公の腕をギュッとつねる。
『ちょっと、なにそんな顔してるのよ』
 顔を近づけて、小声で言う。
『い、いや、恋って不思議だなぁ〜て思ってさ』
 公は、沙希の心境の変化に気が付いたと同時に、変な気持ちだった。
 1ヶ月前までは自分のことを好きだと言っていた沙希が、今では木本の事を好きになっている。
 嬉しい変化ではあるのだが、ちょっと複雑だったのだ。
『公、惜しいことしたなぁ〜、って思ってるでしょ。この浮気者!!』
 もう一度強くつねる。
ギュウーーーーーーーーーーーーー
『痛いって!!な、なに言ってるんだよ。俺には詩織だけだって』
 あまりの痛さに、思わず片足が浮く。
『どうだか』
 腕組みをして怒った振りをする詩織に対して、公はオロオロするだけだった。
「ははははは。お前ら、何やってるんだ」
「ふふふふふ」
 木本と沙希が、それを見て笑い出す。
「え?な、何でもないわ」
「は、ははは」
 自分たちの世界に入っていた二人は、一瞬木本と沙希のことを忘れていた。
「みなさん、今日からよろしくね」
 沙希はパチリとウィンクをしてから、頭を下げる。
「こちらこそよろしく」
「よろしくね」
「よろしくな、虹野。さあ、早速練習を始めようぜ」
 ボールを持った木本が、ゴール前に歩いていく。
「彼女に良いところ見せようって、力むなよ、公」
「なにっ?その言葉、そっくりお前に返してやる。今日もフリースロー勝負でおごらせてやるぞ」
「やれるもんならな」
 男同士のそんなやり取りを見て、詩織と沙希は顔を見合わせて楽しそうに笑っていた。



 公と木本がいつもやっていたメニューに、今日からは詩織も加わる。
 パスからのシュート練習では、木本からポイントを説明された詩織がパス出しをして、
 公と木本が交代でオフェンスとディフェンスをする形を取った。ディフェンスがいるといないのでは、
 雲泥の差があるのだ。
 そして詩織は女であるが、さすが女子のキャプテンだけあって、すぐに鋭いパス出しが
 出来るようになった。
 そしてこれは、詩織自身のためにもなった。


「お疲れさま〜」
 一通りのメニューをこなした三人に、沙希がタオルを配る。
「ありがとう」
「疲れた〜、二人とも部活が終わった後にこんなハードなことやってたんだね」
 詩織はベンチに座りグッタリとなる。
「大丈夫か?まあ、俺も最初の頃はそうだったけれど。ほら」
「ありがとう。大丈夫よ、徐々に慣れていくと思うから」
 ドリンクを受け取りながら、気を遣ってくれる公を嬉しく思う。
「みんな、お腹空いたでしょ?お弁当作ってきたのよ」
 沙希が持ってきた包みを広げて、重箱を開ける。
「さっきから気になってたんだけど、やっぱりそうだったか。サンキュー、虹野」
「ううん。みんな頑張ってるんですもの、このくらいは当然よ。その代わり三人分だから、
 ちょっと集金しても良いかな?」
「そうだな、はははははは」
「ふふふふふ」
「はははは」


 三人は、早速虹弁を戴いた。
 公と詩織、木本と沙希が、それぞれ一つのベンチに並んで座った。
 木本は、沙希と話をしながら食べていると、何かを思いだした。
「そうだ、虹野」
「なぁに?」
「さっきもそうだけど、公はお前の事を『沙希ちゃん』って呼んでるよな」
「え?ええ、そうね」
 それがどうかしたの?という感じで木本を見る。
「で、俺が虹野って言うのはおかしいだろ?」
「え?そ、そうねぇ」
 顎に手を置いて考え込む。
「だから、俺も今から虹野じゃなくて、『沙希』って呼んで良いかな?」
「え?」
 沙希は正直驚いた。
 だが、不思議とそう呼ばれることに抵抗はなかった。
 それも、木本のことを好きになった証だろうか。
「ええ。良いわよ」
「そうか」
 木本の顔が、明らかに嬉しそうな表情になる。
「じゃあ、俺のことは名字じゃなくて、名前で呼んでくれよ」
「ええ?名前?」
「ああ」
 木本が頷く。
「ダメか?」
 隣では公と詩織も、ドキドキしながら沙希の言葉を待っていた。
「ううん、いいわよ。あ、明くん」
 沙希は俯きながら、最後の名前のところは小声で呟く。
「よっしゃーーーーーーーーー」
 待ち時間が長いものに感じられた木本は、その分喜びを爆発させた。
 ガッツポーズをした木本の大声が、公園の暗闇に響き渡る。
「きゃあ」
 沙希はビックリして、身体が少し浮いてしまった。
「うるさいぞ、木本!!」
「びっくりした〜」
 見守っていた公と詩織も、耳を塞いで隣のベンチから抗議する。
「うるさい。沙希の弁当を食えるんだから、文句を言うな」
 名前で呼んでくれるということは、自分に好意を持ってくれているということだ。
 あまりの嬉しさにいきなり増長した木本は、負けずに言い返す。
「え?え?」
 二人がケンカをするんじゃないかと心配した沙希は、詩織の方を見た。
 すると詩織は、『大丈夫、そんなことないから』という、悟ったかのような顔で頷く。
「なに?ったく。名前で呼んでもらうぐらいで」
 公がブツブツと文句を言うと、更にまくし立てる。
「公!!お前は、こ〜んなに美味い弁当を、毎日食べてたんだよな。
 そりゃ、沙希のことを好きになったのも分かる」
 うんうんと、一人納得する木本。
「はあ?別に弁当につられた訳じゃないぞ」
「冗談だって。でも、今日からは俺のついでなんだから、絶対残すんじゃないぞ。なあ、沙希」
「明くん、なに言ってるのよ。きゃあ」
 木本は沙希の肩を抱き、身体を引き寄せた。
「あっ木本、なんてことを。詩織、俺達も負けてられないぞ」
「え?きゃあ」
 それまでのやり取りを微笑ましく見ていた詩織だったが、公にいきなり肩を抱かれて驚く。
「コラーーーーー、二人ともーーーーーーー」
「もうっ、変なこと言わないの。ふふふふ」
 公と詩織の弁当はついでという木本の冗談は、以前の沙希だったら怒っていたに違いない。
 しかし、いまは違う。
 三人を応援するために作ってきている弁当だったが、木本への想いが一番大きいというのは
 事実なのだから。



 その日の帰り道、当然木本が沙希を送ることになった。
 そして虹野家に着いたとき、自転車を降りた沙希に続き木本も降りた。
「なあ、沙希」
「なぁに?あ、明くん」
 まだ言い慣れていないようだ。
「さっきは公と藤崎がいたから言えなかったけど、俺のことを見ていてくれて、ありがとう」
「ありがとうなんて。私も感謝してるよ。公くんに振られて、普通なら落ち込む日が
 続いていたのに、あ、明くんに告白されて、そんな暇もなかったわ」
 木本の言葉に驚いた沙希は、素直な気持ちを話す。
「ははは、そうか。じゃあ、もう一度言っても良いか?」
「え?」
 不意に木本の目が真剣になる。
「木本明は虹野沙希が好きです。俺と、付き合ってください」
「あ、明くん」
 突然の告白に目をパチパチさせた沙希は、少し間をおいてから目をつぶった。
 更に両手を胸の前で組んで俯き、数秒間考えた。
 そして、今日までの木本を想い出しながら心の中で呟く。
『この人に、出会えて良かった』
 その一部始終を見ていた木本は、ゴクリと唾を飲み込んで答えを待つ。
「はい。私も木本明が好きです」
「ホントか?」
 目を見開いた木本が、沙希の肩を掴んで確認する。
「うん」
 目を開けた沙希が、頬をピンクに染めて再度答える。
「そうか!!」
「きゃあ」
 大きく両手を広げてガバッと抱き付くと、髪を撫でながら言う。
「良かった」
「これから、よろしくお願いします」
 心地よい木本の胸の中でささやく。
「こちらこそ、おっと」
 緊張の糸が切れたのか、木本は沙希から離れると、よろよろと門にもたれ掛かる。
「は、ははは。心臓が飛び出すかと思ったぜ」
「ええ?ふふふふふ」
 強引かと思えば弱い一面も見せる木本を見ながら、これからの二人の未来を想像してみる。
「明くん。今度はどこに行こうか」
「ん?そうだな。予選が一段落してからになるけど、ボーリングなんかどうだ」
「ボーリングかぁ。うん、いいわね。楽しみにしてるよ」
 沙希は木本の手を取る。
「ああ。手取り足取り教えてやるよ」
「え?ふふふふ、よろしくお願いします」
 触れ合う手から、お互いの温もりを感じながら微笑み合った二人に、幸せが訪れますように。


     つづく



   あとがき

 第50話をお送りしました。

 10万HIT後の記念すべき話でしたが、
 なんとも難産でした。
 沙希がどうやって木本のことを好きになるのか、
 なかなかアイデアが浮かばなくって。
 しかし思いついた後も、沙希の心の変化を描くのが大変で、
 時間が掛かりました。

 あれくらいで好きになるのか?
 などという意見は却下します。
 あれで納得しましょうね、皆さん(^_^;)

 次回は、いよいよ末賀戦です。
 久しぶりに試合を描くので、
 これまた時間が掛かりそうで恐いです(T_T)
 橋本くんはどうしているのでしょうねぇ。

 気長に待っていて下さいね。
 それでは(^^)/~~~ 


 そういえば、シクラメンて花壇で栽培できるのかな?

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