「My wish」              


                         第54話 「負けたくない」


                                      第53話     目次へ戻る     第55話



 ウィンターカップ2日前、きらめき高校体育館では、バスケット部が最終調整をしていた。
 この間発表されたトーナメント表で、男子は第4シードとなっていた。
 王者能城は当然第1シードであり、優勝するためには決勝で対戦することになる。
「よしっ、練習終わりだ!!みんな集まれ」
ピピーーーーーーー
 コーチの声に合わせてマネージャーが笛を吹くと、コーチを前にして部員全員が集まった。
「いよいよ明日から、3年生にとっては最後の大会が始まる。特に男子は、インターハイで
 唯一能城を苦しめたことから、マークが厳しくなるだろう」
「はい」
「各学校がレベルアップしてくるだろうが、お前達も夏の頃とは格段に違うはずだ。なあ、木本」
「はい」
 木本は一歩前に出て、部員の方を見る。
「みんな。目標はもちろん優勝だけど、どんな相手が来ても気を緩めるなよ」
「おう」
 気勢をあげ、表情がキリリと引き締まる。
「その通りだ。女子はインターハイに行けなかったが、再びきらめきを思い出させてやるんだ」
「はい」
「よしっ!!藤崎は何かあるか?」
「はい」
 コーチに促され、詩織も前に出て木本の隣に立つ。
「みんな、今日まで頑張ってきた成果を十二分に発揮して、優勝しましょう」
「はい」
 予選から1ヶ月余り、更に結束を固めた女子からも気合いが入った声が上がる。
「今年からは、ホテルに泊まることになるから、明日集合するのは学校だぞ。
 間違えないようにな」
 今までは、きらめきは会場から近いため、部員は毎日家から通っていた。
 しかし、選手が一緒にいる時間を増やした方がいいだろうということから、
 今回からは近くのホテルに泊まることにした。もちろん伊集院家の経営するホテルであり、
 宿泊費もタダ同然だった。
「明日は1日休んで、万全の体調で望むように。クリスマスだからって、羽目を
 外しすぎないようにな」
「特にコーチがね」
 竹原からツッコミが入ると、みんなから笑いが起こった。
「ははは、そうだな。では解散」
「ありがとうございました」
 もうやり残したことはない。
 あとは全力でぶつかっていくだけだ。
 男子は能城工業、女子は桃花学園との対戦を目指して。



 それぞれが楽しい時間を過ごしたクリスマスが終わり、気分をリフレッシュさせた部員達が集合した。
 そしてバスで会場入りした一行は、開会式に臨んだ。
 3年生にとって最後の大会が、いよいよ始まる。
 音楽に合わせて入場し、出場校の全てが揃った。
 全国47都道府県から、男女96チームが参加するため、会場内は選手で
 いっぱいになった。
 ステージでは、昨年の覇者である能城工業と桃花学園の主将から主催者へ、優勝旗の
 返還が行われていた。
「田辺。必ず決勝までいってやるから、待っていろ」
 公は、内なる闘志を燃やしていた。
 同時に詩織も、桃花のキャプテン三木を見ていた。
 その視線を感じたのか、三木が元の位置に戻るときに、詩織の前を通過しながら呟いた。
「決勝で会いましょう」
「え?」
 どうやら向こうも意識しているようだ。
「うん」
 三木が自分のことを覚えていてくれて嬉しく思いつつも、意気が上がる詩織だった。


 開会式後のダンクシュートコンテストでは、前年優勝の公が前評判通りに優勝した。
「いったーーーーーーー」
 アナウンスの絶叫が響く。
 フリースローラインからジャンプした公の身体が、空中を歩くように横移動しながらゴールへと向かう。
「せいっ」
ガコン!!
 叩き込まれたボールは、公よりも早く地面へと落ちる。
ドン!!
「決まったーーーー」
 去年満点を取ったダンクの、完成バージョンを豪快に決めた。
 これには、観客から拍手、他の高校の選手達からは感嘆の溜息が漏れた。
 そして女の子からは、黄色い声と熱い視線がそそがれた。
 ちなみに女子は3ポイントコンテストが行われ、きらめきのシューター結衣が3位に入った。
 その後きらめきは、男女とも危なげなく初戦を突破する。



 4日目の今日は男女とも午後からの試合なので、それぞれ明日の対戦相手になるかもしれない
 チームを偵察しようと、廊下を歩いていた。
 すると、先頭を行く公と詩織の前に女の子がいて、公に声を掛けてきた。
「主人さん。初日のダンクコンテスト凄かったです。今日も頑張ってください。
 握手してください」
 一方的にまくし立てると、公の手を取りブンブンと上下に振る。
「あ、ああ。ありがと」
「それで〜。一緒に写真撮ってください」
「え?い、いいけど」
「やったぁ〜。じゃあ、お願いします」
 満面の笑顔で喜ぶと、女の子は詩織にカメラを渡した。
「え?」
 詩織は戸惑うが、怒っても仕方ないと思い渋々と構える。
 それを気にすることなく、女の子は公と並んで笑顔を作る。
「いくわよ〜。ハイ」
パシャ
「ありがとうございました〜」
 女の子はカメラを返してもらい一礼すると、観客席の方へと走っていった。
「もうっ、なんで私が」
 女の子が去った後、詩織はやはり機嫌が悪くなり、公を残してツカツカと先に行ってしまう。
「あっ、詩織〜」
 それを見ていた木本ら他の部員は、毎度のことと笑いをこらえていた。
「公、大変だな」
 木本が肩を叩く。
「俺のせいなのか?まったく。怒るなよ〜」
 公は慌てて詩織を追った。


「すみません。すみません」
 人垣を縫って急いでいると、視線の先に大きな壁があった。
 どこかの選手だろうか、2mはあろうかという男が仁王立ちしている。
 しかし、公は気にすることなく横をすり抜けようとする。
「すみません」
「ちょっと待った」
 男は手を差し上げて、止まれと意思表示する。
「ん?」
 どうやら用があるらしい。
 公は立ち止まって視線を上げた。
「きらめき高校の主人公さんですね」
「そうだけど。何か用ですか?」
 公が尋ねると、その男はフンと鼻息を漏らしてふんぞり返った。
「はじめまして。俺は、掛川高校の鷹那城静輝と言います」
 言葉使いは丁寧だが、身体と態度はえらくデカイ。
「掛川高校といえば、次の試合で勝てば俺達の対戦相手になる?」
「そうです。必ず勝ってきらめきの前に、いえ貴方の前に立ちはだかります」
「はあ。それはいいんだけど、ちょっと急いでるから」
 かまってられないと、その場を去ろうとする。
「それは、こちらの方を探しているからでしょう?」
 鷹那城は、大きな体を横にずらした。
 すると、後ろから詩織が現れた。
「詩織」
「やはり、きらめき高校の藤崎さんでしたか」
「え、ええ」
 あの後、詩織が早足で歩いていると、公を探していた鷹那城に捕まってしまったのだ。
 最初は、公を探しているという目的を忘れて、ただ可愛いからという理由で声
 を掛けたのだが、目の前の女の子が「藤崎詩織」だということに気が付いた後は、
 公の話を一方的にしだした。
 詩織はなんとか逃れようとしたが、男の後ろから公がやって来たので、そのまま男の影に
 隠れていたのだ。
「二人は付き合っているんですか?」
「そうだけど」
 公はハッキリと答えた。
「いいですねぇ。こんなに可愛い人と付き合ってるなんて。俺も頑張らないと」
 目の前で可愛いと言われて、詩織は俯いてしまう。
「あ、ありがとう。それよりも、もうすぐ試合が始まるんじゃないか」
「え?しまった」
 腕時計を見ると、すでに3分前となっていた。
「俺の試合、よく見ていてくださいよ」
 男はそう言いながら、全力で走っていった。
「なんだ?いまのは」
「ふふふ。いまの人、公のことを尊敬してるみたいよ」
 俯いていた詩織が顔を上げて、嬉しそうに言う。
「そうなのか?」
「うん」
 宣戦布告をするために公のことを探していた鷹那城だが、詩織には公のことを誉めまくっていた。
 しかし、公はあまりそういうことに感心がなかった。
 自分はまだ1回も優勝していないのだから、そんな資格はないと思っている。
「なんだ公、いまの奴は?知り合いか?」
 後ろから、遅れて来た木本が言う。
「いや」
 いまや全国の高校男子バスケ部の間では、きらめきは能城の次に目標にされる
 学校であり、そのエースである公は特に意識されていた。
 それは、尊敬、ライバル、羨望、嫉妬と様々であったが。



 コートでは3回戦が行われていて、後半に入っていた。
「おーーーりゃあ!!」
 一際大きな声を上げて、リバウンドをもぎ取る。
「おっ、あいつなかなかやるんじゃないか?大きいこと言うだけあるぜ」
 菊川が、リバウンドを奪った選手を指差す。
 先程の、鷹那城という男だ。
 前半はベンチに座っていたから、てっきりベンチウォーマーだと思っていたら、
 後半から出てきた。
「そうだなぁ。でも、若槻ほどじゃないだろ」
 横に座っていた公が冷静に言う。
 背丈なら鷹那城の方が上だが、センターはそれだけでつとまるものじゃない。
「あのなぁ。それを言ったら、全部がそうなんだよって・・・・・」
 呆れて言い返すが、公は反応しなかった。
「ダメダメ。能城のことを考え出したら、意識が飛ぶんだよこいつは」
 木本が手を振る。
「ふう、そうだったな。それにしても、対戦したことがないチームだとやりにくいよな」
 前半は31対45と点差をつけられていたのだが、なんで前半から出さなかったんだろう
 という勢いで縮めていく。
 きらめきの誰もが、明日は掛川高校が相手だなと思ったとき、鷹那城の動きが突然失速した。
「どうしたんだ?」
 皆が不思議に思う中、試合は結局、掛川高校が負けてしまった。
 後半5分から鷹那城が孤軍奮闘したのだが、逆転することは叶わなかった。
「惜しかったな」
 大きく伸びをしながら竹原が言う。
「そうだな。鷹那城って奴、見たところ足か腰を痛めてるんじゃないか?」
「ホントか、木本」
 木本の推測は当たっていた。
 実は、この夏までスタメンだったのだが、腰を痛めてしまい出場時間が制限されていた。
「ああ。後半はちょっと無理な体勢になる度に、表情が歪んでたからな」
 よく見ると、いまも腰を押さえながら歩いていた。
「そうか、それで。痛み止めでも打ってたのかな。あれだけ背が高いと大変だな。石崎も気を付けろよ」
「はい」
「怪我、か」
 公は、インターハイでの怪我を思いだしていた。
 チームに迷惑を掛けてしまった夏。
 今回はそういうことがないように気を引き締めた。

 午後の試合では男女共に勝利し、女子は初のベスト4、男子はベスト8に進んだ。



 大会も終盤を迎えた。
 今日の試合でも勢いが止まらなかった女子は、準決勝を突破し、初めて全国大会の
 決勝に勝ち進んだ。
 もちろん男子も、夏に続きベスト4に進出した。
 夕飯後、先程まで合同ミーティングを行っていたのだが、それが終わると、公と詩織は
 二人きりになるために抜け出して来ていた。
 もちろん他の部員は、見て見ぬ振りなのだが。


 詩織は公の隣に座り、手を組んで明日の試合のことを考えていた。
 大方の予想どおり、女子決勝の相手は桃花学園となった。
 男子の能城工業と同じで、ここ2年は負けなしの常勝校だ。
「いよいよ明日だな」
「うん」
 やや緊張した面もちで答える。
「いまから緊張してどうするんだよ」
「あっ」
 公は詩織の肩に手を回し、グイッと引き寄せた。
「公」
 こうしてもらうと、詩織は落ち着くことが出来る。
「ねぇ、公。桃花の三木さんって、知ってる?」
「キャプテンの三木だろ?」
「うん、そう。去年のウィンターカップで、夏に会いましょうって約束したのに、
 予選で末賀に負けちゃって。やっとここまで来たって感じなの」
「そっか。俺にとっての田辺と同じ存在なんだな」
「そうね」
 高校日本一のガードである三木は、詩織にとっての目標であった。
「勝てそうか?」
「分からないわ。でも、いままで練習してきたことを出し切れれば、悔いは残らないと思うの」
 天井を見上げて、自分に言い聞かせるように言う。
「そうだな」
 夏の大会は勢いがものをいうが、冬の大会はたっぷり時間を掛けて、どの学校も
 完成された形で出場してくる。
 ウィンターカップを征した学校が、その年で一番強いと言える。
「それにしても、見たか桃花の控えセンター」
「うん」
 桃花は今年、中国からの留学生を受け入れていて、その選手というのが2mあるというのだ。
 父親が中国ナショナルチームの選手だったという噂も聞いた。
 後半に数分だけ出たりするのだが、その存在感は凄いものがある。
「女子で、あれは反則だろ」
「ふふふ。でも控えって事は、まだまだレギュラーの力がないってことよ。
 来年はどうなっているのか分からないけど」
「まあそうだな。優美ちゃん達は大変だ」
「そうね。公は準決勝だけど、どうなの?」
 男子の相手は、能城カップでも戦った千台高校だ。
 あの時は能城戦での疲れもあってか、3ポイントシュートの連発で負けてしまった。
 インターハイでは雪辱をしたが、明日の試合で勝ち越ししたい相手だ。
「あそこは、やりにくいんだよなぁ」
 今大会に出場している男子選手で、身長が一番低い160cmのガード師村が引っ張ってきたチームだ。
 以前も上手い奴だとは思っていたが、今大会は更にレベルアップしてきた。
 小柄な体格を生かして、コート中をもの凄いスピードで動き回る。
 そして、木本バリのパスも出す。
 出場校のガードでは、田辺と木本、そしてこの師村がベスト3といわれている。
「でも、能城と戦える最後の大会だから、必ず勝ってみせるよ。俺達の後に試合をする詩織達に、
 弾みを付けるためにもさ」
「うん」
 公の優しさに包まれながら、詩織はまぶたを閉じた。



 いよいよ女子決勝の日を迎えた。
 午前中に行われた男子準決勝は、きらめきが千台に競り勝って決勝進出を決めた。
 女子はその勢いを自分達のものにして、決勝に挑もうとしていた。
 初優勝がかかる試合を前にみんなが緊張している中、特に詩織はキャプテンとしての責任を感じていた。
 全国大会での初の決勝戦。
 その独特の雰囲気に飲まれないようにするため、いつもと同じようにウォームアップの
 シューティングをしているつもりなのだが、どうしても神妙な面もちになってしまう。
 そんな詩織に、奈津江が近付いてきた。
「詩織〜、昨日はどうだったの?」
 重要な試合前とは思えない声だ。
「なにが?」
「また〜、みんな分かってるのよ。昨日のミーティングの後に主人くんと二人きりになったのは」
「え?」
 詩織は頬を染めながらシュートを放つ。
ガンッ!
「あっ」
 ボールがリングに弾かれる。
「ほ〜ら、動揺してる。やっぱり何かあったんだ」
「な、なにもなかったわよ」
「そんなはずないわ。白状しなさい。ほらほら」
 肘でつつき、なおも追及する奈津江に、恵から聞いていた情報で反撃する。
「奈津江ちゃんは昨日、芹沢くんに電話してたでしょ」
「え?な、なんでそれを」
 思わぬ迎撃に遭った奈津江は、逆に墓穴を掘ってしまった。
「ふふふふふ」
 してやったり顔の詩織は、試合前とは思えぬ表情で笑った。
「楽しそうね、藤崎さん」
「え?あっ、三木さん」
 そこに、桃花のキャプテン三木が声を掛けてきた。
「1年ぶりの対戦ね」
 詩織と握手を交わす。
「うん。夏は約束を守れなくてゴメンね」
「そんなこと良いのよ。きらめきは必ずここまで登ってくるって信じてたから」
 夏の予選で末賀に負けたと知ったときは、正直残念でならなかった。
 しかし、その敗戦を糧に、更にレベルアップしてくると思っていた。
「私の目に狂いはなかったわ。高校生活最後の大会で、楽しみにしていた貴方達とやれるんだから。
 こんなに気持ちが高ぶるのは久しぶりよ」
「それが本音なら嬉しいわ。全力でぶつかるから、覚悟してね」
「のぞむところよ。じゃあね」
 手を挙げてベンチに戻っていく。
「よしっ」
 詩織は三木を見送り振り返った。
 すると、スタメン全員が同じ方を見ていた。
 三木の後ろ姿、そしてその向こうにある桃花ベンチを。
 去年のウィンターカップの雪辱を果たすために、ここまできたら勝って優勝しかない。
 そんな心の声が聞こえてきた。
「みんな!!桃花を倒して優勝よ」
「うん!」(沙絵)
「はい!」(優美)
「よしっ!」(奈津江)
「そうね!」(結衣)
 詩織の掛け声とともに、チームの気持ちが一つになった。



 主審がボールを構えると、選手、観客、全ての人達の視線がセンターサークル内の二人に集まった。
『見ていてね、公』
 詩織はそのすぐ側で、ボールの行方に集中した。
ピッ!
 笛と同時にトスされたボールに向かって、両センターが跳び上がる。
バシッ!
 きらめきのセンター吉川沙絵がそれをはじき、詩織へとボールが渡る。
「ナイス沙絵」
 まずは先取点を入れて落ち着こうと、ゴール前を見る。
「先輩」
 尊敬する公のようにダッシュした優美は、すでに抜け出しゴールに一番近いところにいた。
 走りながら手を挙げて、詩織からのパスを待っている。
「よし」
 優美の少し手前に落ちるように、正確なパスを出す。
ビュン
 それにタイミングを合わせて走り込み、ボールを手にするとそのままレイアップシュートに持ち込む。
「ナイシュウーーー、優美。さあ、守るわよ」
 初優勝を賭けた試合が幕を上げた。


 前半も16分を過ぎ、点数は18対25と桃花にリードされていた。
 お互いにディフェンスを頑張って相手の攻撃を抑えているので、観客の予想よりも遅い展開になっていた。
 しかし、経験の差がで始めたのか、桃花がジリジリと引き離そうとしていた。
「このままズルズルと離されるのはマズイな」
 ベンチで行方を見守っていたコーチは、立ち上がりタイムアウトの申請をした。
ビビーーーーー
 桃花のゴールとともにブザーが鳴り、選手がベンチへと戻ってくる。
「はあ、はあ」
 ガードである詩織は、今までの試合とは比べ物にならないほどのプレッシャーを受けていた。
 加えて強固なディフェンスに手こずり、思い通りにいかないも
 どかしさも感じていた。
「どうだ、藤崎」
「はい。さすが桃花です。ディフェンスは固いし、うちの攻撃パターンを読んでいる気がします」
 恵からタオルを受け取り、パイプイスへ座る。
「そうなの。中はガチガチよ。このまま結衣のスリーに頼っているわけにもいかないんだけど」
 奈津江は、ドリンクのストローを加えたまま言う。
 15点中、中からのシュートは3本だけで、安原結衣のスリーポイントで9点を入れているのが現状だった。
「優美は、今度こそ抜いてやるんだから」
 優美はいまだ桃花のディフェンスに阻まれて、4点しか入れていなかった。
「そうだな。うちは早乙女のドライブとセンターの吉川が中心だから、ちょっと苦しいな。
 このままだと離される一方かもしれん。よしっ、3ポイントをもう1枚入れて、
 ディフェンスを外に散らすか。日立!!」
「はい」
 優美の隣にいた、いずみが立ち上がると同時に、優美がピクリと反応した。
 メキメキと腕を上げてきたいずみは、展開を変えるのに欠かせない存在となっていた。
 もちろんディフェンスだって劣るものではない。
「お前が入って、点差を縮めるんだ」
「はい。安原先輩、お願いします」
「足を引っ張るんじゃないわよ」
 結衣はニコリと微笑んで答える。
「はい」
「じゃあ、優美が交代ですか?」
「そうだ」
「ええーーーー!!優美ですかぁ?」
 コーチと詩織の会話に、優美が声を上げる。
 予想どおり交代を告げられた優美は、作戦とはいえ明らかに不満げな顔をする。
「当然だ。長身の鞠川と吉川を下げるわけにはいかないからな」
「ぶ〜、分かりましたぁ。いずみ、頑張ってね」
「うん」
 悔しいが仕方がない。
 優美は緊張していた気持ちをいったん切り、大きく深呼吸した。
 自分の出番が来るまでに、出来る限り体力を戻すために。



 タイムアウトが終わり、選手がコートに戻ってくる。
「やっぱり、そうきたわね」
 三木はいずみの姿を見て、予想どおりの展開にほくそ笑んだ。
「みんな、ゾーンを変えるわよ」
「はい」
 それで理解した桃花メンバーは、きらめきの攻撃でスタートすると、先程までとは違う
 ディフェンスの位置についた。
「え?1−3−1なの?」
 それを見た詩織が驚く。
 2ー3ゾーンで中を固めていたのだから、変えても3ー2だと思っていたのに、
 中と外、どちらにも対応できる1ー3ー1でくるとは夢にも思わなかった。
「桃花が1ー3ー1をやっているの、初めて見るわ」
 詩織はドリブルをしながら、三木の前で呟いた。
「それはそうよ。きらめき対策でやってきたんだからね」
 きらめきと対戦する事を見越して、桃花は夏の予選からきらめきを偵察していた。
 他の学校なら、1枚くらい3ポイントシューターを入れようが、3ー2だけで防ぎきる自信があった。
 しかし、きらめきの攻撃力はあなどれないと見て、新たに練習してきていた。
 桃花にそこまでさせるのだから、きらめきも大した物だ。
「でも、追い付いてみせる」
 気を取り直した詩織は、ゾーンを崩すために早いパスで桃花を翻弄しようとする。
「みんな、どんどん回して」
 30秒いっぱい使うつもりで、詩織→いずみ→沙絵→結衣→詩織と、次々とボールを回す。
「さすが桃花だわ」
 まだスタミナがあることからも、なかなか隙が出来ない。
「ダメ、時間がない。いずみ」
「はい」
 28秒。
 ボールを持ったいずみがシュート体勢に入ったときには、すでにディフェンスが目の前に迫っていた。
 それでも、菊川から教わったクイックモーションの3ポイントを放つ。
「それっ、あっ!」
バシッ
 ディフェンスの手に当たって軌道がずれたボールは、辛うじてリングに当たったものの、
 案の定入ることはなかった。
「すみません」
 リバウンドを取られたため、戻りながら詩織に謝る。
「いいのよ。私も悪いんだから。これ以上離されないように、ディフェンスを頑張りましょう」
「はい」
 急いで自陣に戻る。
「みんな、ここを持ちこたえるわよ」
キュキュキュキュキュ
 桃花のスピードに負けないように、ファールに注意しつつ食らい付いていく。
「そこ!!」
 三木から鋭いパスが入る。
「いかせない」
 それに反応した詩織が手を出して阻むが、はじいたボールは桃花に渡ってしまい得点されてしまった。
「ドンマイ、詩織。これからよ」
 奈津江が背中を軽く叩いて走っていく。
「うん」
「詩織、離されるなーーー」
 大きな声で応援している公を見て、もう一度気を取り直した。


ビビーーーーー
 前半が終わり、結局追い付くことは出来ず25対35と10点差がついてしまった。
「はあ、はあ、はあ」
 詩織はイスに座り、下を向いてしまった。
『あんなに頑張ってきたのに。桃花にはかなわないの?』
 例え負けていようとも、ガードが落ち込んでいては士気に関わると笑顔を絶やさなかった詩織だったが、
 頭の中は負けてしまうのではないかという思いでいっぱいだった。
 だから、目の前で話しているコーチの声も耳に入っていなかった。
「・・・織、詩織」
「え!?」
 奈津江の呼び掛けに反応した詩織は、バッと顔を上げた。
「お前達の力は、そんなものじゃないはずだぞ」
 コーチの檄が飛んでいる。



 それを後ろで見ていた公と木本は、まだまだ余裕があった。
「10点差か。どう思う?公」
「そうだな。確かに苦しいけれど、まだまだ逆転は出来るだろ」
 この二人が何故こんなに余裕があるのかというと、詩織には、まだ使っていない物が
 あるのを知っているからだった。
 10月から3人で自主トレを始めたとき、桃花に勝つには何が必要か詩織に質問されたことがあった。
 それに対し公と木本は、同時に同じ答えを出した。
「あれを出してないからな」
「ああ。まだ始めて2ヶ月だから、自信を持って打てって言うのは酷だけどな」
 しかし二人には分かる。
 側で見ていて感じた詩織の上達ぶりは、試合でも通用すると。
「でも、ここまで来たらダメもとだな。おっ、藤崎がこっちを見てる。お前を待ってるぞ」
 とても不安げな表情で公を見ている。
「ちょっと行って来る」
「おう」
 公は急いで階段状の応援席を駆け下り、ベンチのすぐ後ろまで行った。
「詩織」
「公。焦らないようにって分かってるんだけど。私、どうしたらいいのか」
 顔を近づけて、小声で話す。
「何を言ってるんだ。キャプテンがそんな弱気でどうするんだ」
「でも」
「詩織、あれをやってみろ」
「あれ・・・って?」
 公は詩織の耳に顔を寄せた。
「・・・・・」
「え?無理よ」
 ブンブンと顔を左右に振る。
「そんなことない。やってみる価値はある」
「で、でも」
「このままだと負けるかもしれないぞ」
「う、う〜ん」
 困った顔をして数秒考えた。
 まだまだ試合で使えるか分からないが、こうなってはやるしかない。
「わかったわ。このまま何もしないで負けるのは嫌だし。やってみる」
「それでこそ俺の詩織だ」
「な、なに言ってるのよ」
 突然の言葉に驚き、頬を染める。
「ははは。じゃあ俺は戻って応援してるからな。肩の力を抜くんだぞ」
「もうっ。恥ずかしいなぁ」
 公は、詩織の肩をポンポンと叩いて席に戻った。
 詩織はそれを見届け、作戦を考えていたコーチの所へ行った。
「コーチ」
「なんだ、藤崎」
「実は・・・・・」
 詩織は、自主トレでやってきたことを話した。
「ホントか?」
 驚いたコーチは、思わず立ち上がった。
「はい。まだ自信はないんですけど」
「いや。あいつらが言うのなら、大丈夫だろう」
 公と木元の方を見る。
「それがあるのなら、必ず逆転できる。失敗してもいいからやってみろ」
「はい」
 コーチは早速メンバーの前に行き、そのことを踏まえた作戦を伝えた。
 それを聞いたみんなも、当然驚いた。
「ホント詩織?」
「うん」
「さすがキャプテン」
「よしっ、みんな聴け」
 落ち込み気味だった気分が吹っ飛び笑顔が浮かんだが、すぐに引き締まる。
「藤崎の奥の手で、桃花は必ず崩れる。そこを突いて一気に追いつくんだ。
 そしたら早乙女を入れるから、逆転して突き放すんだ」
「はい」
「はいっ!!」
 自分の名前を聞いた優美は、大きな声で答える。
ビビーーー
 後半開始のブザーが鳴った。
「優美。ちゃんと心の準備をして待ってなさいよ」
「はい。吉川先輩お願います」
 一人一人が優美とハイタッチをして出ていく。



 桃花相手に10点のビハインド。
 観客の大部分は桃花の勝利を予想していたが、きらめきの反撃がここから始まった。
「10点差か。どうくるかしら」
 三木は、きらめきがこれで終わるわけがないと、詩織の動きに集中した。
「みんな回して」
 詩織の指示で、ボールは主に外側を動いている。
 いまのところは、前半と同じく外から狙っている感じだ。
 結衣といずみがボールを持つと、桃花は3ポイントを防ぐため手を挙げて激しくマークした。
「そんなんじゃ勝てないわよ!!」
 三木の目の前にいる詩織にボールが渡るが、詩織は3ポイントシューターではないので、
 結衣といずみのように無理をして詰めない。
 ましてや、まだスリーポイントラインの外だから、ドライブインで中に入ってくることとだけに注意する。
『やっぱり、私にはこないわよね。じゃあ、遠慮なく』
 詩織はラインの外側にいるにも係わらず、パスを出さずにシュート体勢に入った。
 膝を少し屈めてタメを作り、両手にボールを乗せて伸び上がると同時に肘を伸ばす。
「入って。お願い」
「え?」
 驚いた三木は、一瞬身動きが取れなかった。
ガンッ!
 ボールは一度リングに弾かれたが、ネットを揺らして3ポイントが決まった。
「入った」
 反転してディフェンスに戻りながら、小さくガッツポーズをする。
「やったわね、詩織」
「綺麗なシュートでしたよ」
 結衣といずみが声を掛けていく。
 公をチラリと見ると、腕を振り上げて喜んでいた。
「うん。どんどん行くよ」
「彼女がスリーですって?」
 今までの試合では見たことがない。
「マグレに決まっているわ」
 そう思いたいのも無理はない。
 これで、きらめきの3ポイントシューターは3枚になったのだ。
 それもガードである詩織だから、たちが悪い。ドライブイン、ジャンプシュートに加えて
 3ポイントにまで気を配るのは、守るときに受けるプレッシャーが格段に違う。


 動揺した桃花のオフェンスを防ぎ、またしてもボールを持った詩織が、桃花ディフェンスの
 中に割って入りドライブインしようと身体を傾ける。
 そのフェイントに釣られて三木が足を動かしたとき、素早く体勢を戻しシュート体勢に入った。
「しまった」
 手を出して邪魔をされる前に放つ。
「もう1本入れ」
ザシュ
 今度は綺麗にリングをとおった。
「またきたーーーーー」
 会場の応援が、どんどんきらめき寄りになってくる。
 ガードの選手が、3ポイントを2本連続して入れたのだから尚更だ。
 逆転するという選手の意気込みが観客にも伝わり、負けなしの桃花を倒すのではないかと、
 会場のボルテージが一気に上がる。



「いい調子だな。あそこまでとは思わなかったけど」
「ああ」
 公と木本は、予想以上の出来に感心していた。
「勝手が違う詩織の動きに、桃花が対応してくる前に同点にしないと」
「だな。藤崎なら大丈夫だろ」
「だといいけど、桃花も甘くないはず」
 その後は3ポイントを多用して追い付こうとしたが、公の懸念どおり、なかなか同点まではいかなかった。



 後半13分が経過して51対56と、5点差まで詰めた。
 しかし、ここからなかなか縮めることが出来ずにいた。
 詩織に反応し始めたのだ。
「ここまでだな」
 ベンチにいるコーチが動いた。
「早乙女、準備はいいか?」
「はい。待ってましたーーーーー」
 勢いよく立ち上がる。
「次に試合が止まったら、いずみと変えるぞ」
「はい」
 優美は軽くストレッチをしながら、はやる気持ちを抑える。
ビーーー
「いずみ、お疲れ」
「優美、逆転してよ」
「まかせてよ」
 ハイタッチをして優美がコートに入る。
 これでインサイドを強化しつつ、3ポイントシューターが2人いる編成になった。
「きらめきの救世主、早乙女優美。戻りましたーーー」
 詩織ら4人とも手を合わせる。
「待ちきれなかったでしょ、ドンドン回すからね」
「はい!!」
 優美は大きな声で答える。
 身体の中から湧き出てくる力が爆発寸前だった。


 優美の存在は、詩織のプレーの幅を大幅に増やすことになる。
 前半とは違い、ほぼ思い通りに試合を動かすことが出来た。
 ガードの詩織の調子がいいと、チーム全体も良くなる。
 今はもう、前半までの無理に出していた笑顔はない。
 試合が楽しいと思っている、心からの笑顔でプレ−していた。
 結衣のターンオーバーでボールを奪うと、詩織から優美へスルーパスが通る。
「はい」
 きらめきで最速の優美だが、桃花も負けずに追い付いてくる。
『エネルギー満タンの優美に追いつくなんて、しつこいなぁ』
キュキュゥ!!
 仕方なく激しくバッシュを鳴らして止まると、後ろから来た詩織に戻す。
「立て直すわよ」
 ここからの攻めは、1本1本が大事になってくる。
 詩織は冷静に周りを見て、組み立てようとする。
「いくわよ」
 詩織は数歩でトップスピードに入り、デフェンスを1人、2人と抜いていく。
「これ以上はいかせない」
 最後の砦センターが立ちふさがる。
 そこで詩織は、センターを見ながら木元バリのノールックパスを出す。
「ナイス」
 走り込んできた奈津江が受け取り、ジャンプシュート。
 ゴール下から、堅実だが確実に決める。
「ナイシューーー、奈津江ちゃん」
「鞠川先輩」
パチン
 詩織と優美と、ハイタッチをして走り出す。
「まだまだいくわよーーー」
 しかし桃花も負けずに入れ替えし、再び3点差になった。
「スリーは打たせないわよ」
 攻守が交代し詩織がボールを持つと、手を交差させて執拗にマークする。
 しかし、勢いに乗ったときの詩織を止めることは出来ない。
 スリーとドライブインを防がれているので、右に一歩踏み出してジャンプシュートの構えをする。
キュキュ
「いかせない。えっ?」
 手が挙がりボールが放たれると思った瞬間、詩織の姿が突然消えた。
 右に踏みだしてシュートフェイントをした後、左足を軸にして、ディフェンス
 とは逆方向に素早く時計回りに一回転し、鮮やかにマークを外した。
「どこ?」
 完璧に止めたと思ったのに、何が起こったのか分からなかった。
 フッと微かな風を感じて横を見たときには、ノーマークの詩織がシュートした後だった。
ザシュ
「ナイシューーーーー」
 高校生とは思えないプレーで、3点差に詰め寄る。
「くっ、まだまだーーー」
 V3を狙う桃花のキャプテンもまた、詩織以上のプレッシャーをはねのけて最後の気力を振り絞る。
 ここからは一進一退の攻防を続け、1点差のまま残り1分12秒を迎えた。



 会場の声援が最高に盛り上がり、ベンチで応援するものの中には、涙を流す者さえいた。
 そんな中、コート内の選手は時間を忘れてプレーしていた。
「それっ」
 優美はレイアップを決めると、今度は桃花のパスをカットした。
「絶好調ーーーーー」
53秒
 詩織に戻して、ゴールまで全力疾走する。
 そこに詩織がリターンパスを出しシュート。
「くっ!!」
 側にいた三木は、仕方なくファール覚悟で手を出した。

「ハッキング、白4番」
 案の定ファールを取られ、優美にフリースロー2本が与えられる。
 これを2本とも決めれば逆転だ。
46秒
ビビーーー
 ここで桃花ベンチは、流れを切るためにタイムアウトを取った。
 フリースローは、試合の流れで打つのと、試合再開後に打つのとでは気分が全く違い、
 気持ちを保つための集中力が求められる。
 そこを突かれた優美は、なんと2つも落としてしまった。
「ごめんなさ〜い」
 リバウンドも取られたきらめきは、すぐにディフェンスに戻る。
「ドンマイ優美。また奪うわよ」
「はい」
 桃花は、なんとしても3点差に引き離そうとする。
 30秒ギリギリまで使ってシュートするが、きらめきの気力が桃花を上回ったのか、
 沙絵のブロックショットが決まった。
バシッ
「ナイス沙絵。みんな上がってーーーーー」
15秒
 詩織は急いで攻め上がり、逆転して2点差にするため結衣にボールを出す。
「いけーーーーー」
 3本指を立て、主審の腕が上がる。
ガンッ
 しかしリングに嫌われたボールは、桃花に奪われてしまう。
8秒
「ダメーーーーー」
 失敗は自分で取り返すため、速攻を出されないように結衣が三木に食らいつく。
バシッ!!
 運良く三木の右手に当たった。
 ボールが手に付かなくこぼれたので、取ろうと三木と結衣が抱え込んだ。
ピッ!
 主審の笛が鳴り、ジャンプボールを指示される。
4.4秒
「みんな。まだ諦めないで。集中して!!」
 詩織が、手を叩いて仲間を鼓舞する。
「はい」
「もちろんよ」
「こい」
「取ってよ」
 まったく衰えない気迫は、勝っている桃花を完全に上回っていた。
 結衣と三木のジャンプボールは、結衣が制した。
 ボールを受けた沙絵は、すぐさま反対側でノーマークになっていた詩織へと出す。
3秒
 ここで桃花は無理をすることなく、詩織の行く手を阻むだけで良かった。
 3ポイントラインから2m近く離れていたし、パスを出してシュートするには時間が足りないのだから。
 それなのに・・・・・・
 
1秒
「負けたくない!!」
 届く訳がないのに、詩織は渾身の力で3ポイントシュートを打とうとした。
 よく試合終了間際に、コートの反対側にあるゴールに向かって投げる感覚に近かったのかもしれない。
 それなのに・・・・・
 焦っていたのか、詩織の執念がそうさせたのか、桃花の選手は思わず身体を出してしまった。
 詩織はその手がぶつかりつつも破れかぶれのシュートを放ち、それと同時にブザーが鳴った。
ビビーーーーー



「負けたの?」
 試合終了かと思ったそのとき、主審の笛が鳴った。
 詩織に当たった桃花の選手を指さしている。
「え?」
 会場が騒然となる。
 シュート体勢に入ったときのディフェンスファールは、その点数が入るかもしれなかった分の数、
 フリースローが与えられる。
 ということは、詩織に3本のフリースローが巡ってきたのだ。
「そ、そんな」
 三木が呆然となる。
「先輩」
「詩織」
 詩織の周りに奈津江、沙絵、結衣、優美が集まってくる。
「みんな」
「詩織、大丈夫?緊張してる?」
「う、うん。でも、大丈夫」
 残り時間はない。
 自分の手に全てがかかっている。
「ここまで来られたのは詩織のお陰なんだからね」
 沙絵が手を取る。
「そんな、みんなのお陰よ」
「外したって誰も恨んだりしないよ」
「う、うん」
 結衣が、それに手を重ねる。
「頑張ってください、先輩。羨ましいですよ、こんな大舞台でこの役は」
「優美〜、あなたが羨ましいわ」
 優美と奈津江が手を置く。
「主人くんに、いいところ見せないとね」
「奈津江ちゃんたら。もうっ!!」
「ふふふ」
 こんな状況でからかう奈津江に呆れながらも、緊張をほぐしてくれるチームメイトに感謝する。
「ありがとう。みんなの力も貸してね」
 みんなの気をもらって、フリースローラインまで歩いていく。
 観客席を見ると、公が詩織を見守っていた。
 『自信を持て』と、言っているように見えた。
 詩織はニコリと微笑むと、主審の顔を見て頷きボールを受け取った。
 会場は静まりかえり、全ての人の視線が詩織に集中する。
『いけっ』
 観客の視線が詩織からボールへと移り、ネットまでの間を移動する。
ザシュ
「入った」
 静かだった会場が、歓声に包まれる。
 これで68対68の同点になった。
 詩織は、小さくガッツポーズをして後ろを向いた。
「詩織、頑張って」
「外しても延長戦で勝つから」
「うん」
 沙絵と結衣の声に頷く。
 ベンチの下級生達は、抱き合って見つめていた。
 中には泣いている者もいる。
ピッ
 笛が鳴り、2本目を放つ。
『入れ』
ガンッ
「あっ!!」
 リング前方の縁に当たって弾かれた。
「あ〜」
 観客からは、ため息混じりの歓声が漏れる。
「詩織。落ち着けよ」
 公は自分のことのように、手に汗を握る。
スーーー、ハーーー
 詩織は深呼吸をしてから胸に手を当てて、焦る気持ちを落ち着かせた。
 後ろでは奈津江が、ベンチでは恵が、手を組んで祈っている。
 最後の一投を打とうとゆっくり構えたとき、詩織の頭に中には、いままでの練習や試合のこと、
 チームメイトとの思い出が走馬燈のようによぎっていた。
『入って、お願い』
 きらめきを応援する、全ての人達の思いを乗せたボールが弧を描いた。
ザシュ
「入ったーーーーー!!」
 リングを通った瞬間、会場は大歓声と拍手に包まれた。
「みんな!!」
 詩織は両手を広げて、チームメイトの所へと駆けていった。
「詩織〜。優勝よ優勝」
 奈津江が抱き付く。
「うん、うん」
 二人を中心に喜びの輪が出来る。
「やったね。詩織」
「私たち、桃花を破ったのよ」
「やったーーーーー」
 優美はピョンピョン跳ね回った。
 69対68。
 残り時間0秒からの逆転。
 誰がこんな劇的な結末を予想していただろう。
 桃花学園の2年連続3冠の夢を阻んでの、きらめき高校女子の初優勝だった。



 主審に促されて礼を済ませると、コーチと部員全員がコートの中になだれ込んできた。
「おめでとうございます、先輩」
「ありがとう。みんなのお陰よ」
 部員一人一人と握手をし、抱き合い、喜びを分かち合った。
「奈津江ちゃん、詩織ちゃん、みんな、おめでとう」
 マネージャーの恵が、ちょっと離れたところから手を叩いて祝福する。
「恵!!なにやってるのよ。この勝利は、あなたのお陰でもあるのよ」
「そ、そんな」
 奈津江は恵の手を引いて、輪の中心に入れた。
 プレーをするのは選手であるが、それを支える役目を果たした恵は、陰の功労者だ。
「恵。いままでお疲れさま。みんな感謝してるよ」
 3年の部員に囲まれる。
「ありがとう。ありがとう、みんな。みんなもお疲れさま」
 大粒の涙が溢れてくる。
「藤崎・・・・・ひっく・・・先輩・・・ひっく・・・やりましたね」
 優美は泣きじゃくり、声にならない。
 詩織はそんな優美を抱きしめて、次代にバスケ部を託す。
「来年は、あなたが引っ張るのよ」
「は、はい。優美、頑張ります!!」
「いずみもね」
 結衣が3ポイントの後継者である、いずみの肩を抱く。
「はい」
 周りでは、カメラマンがフラッシュをきらめかせていた。
 そんな騒ぎの中、詩織の元に三木が来た。
「藤崎さん、おめでとう。最後の最後に、やられちゃったわね」
「ううん。今日は運が良かっただけよ」
「謙遜しないの。運も実力の内なんだから」
 三木の顔に涙はない。握手を交わして、笑顔で話す。
「あなた、進路は?」
「進学よ」
「そう。私は就職して社会人バスケに行くの」
「ホント?おめでとう。どこ?」
「え〜と。シャンソンよ」
 ちょっと照れくさそうに言う。
「すごい。日本一のチームじゃない」
「うん。レギュラーになるのは難しいかも知れないけれど、頑張るつもり」
「そうなんだぁ」
 就職の話を聞くと、自分ももうすぐ卒業なんだと実感する。
「大学でもバスケを続けるんでしょ?」
「うん。たぶんね」
「そう。じゃあ、待ってるわ」
「え?」
 詩織は一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「私が、社会人チームに?」
「来ないの?」
「・・・・・、わからないわ」
 首を横に振る。
「そう。じゃあ、少しだけ期待して待ってるわ。あっ、みんなが呼んでるみたい。いくわね」
「う、うん」
 もう一度握手をして、三木は行ってしまった。



 インタビューや写真撮影が終わり、控え室に戻ろうと会場を後にすると、出口で男子部員が迎えてくれた。
「やったな、藤崎」
「ありがとう」
 キャプテン同士、木本と詩織が握手をする。
「次は男子の番よ」
「任せておけ。さて、俺とはこれくらいにして、公の相手をしてやってくれ」


「え?」
「なに?」
 公と詩織は、同時に声を上げる。


「そうそう。私たちは控え室で盛り上がってるから、詩織は主人くんとね」
 奈津江、結衣、沙絵が、公の胸を目がけて詩織の背中を押した。
ドン!!
「きゃあ」
ドサッ
「お、おいっ。お前らなぁ」
「奈・・・もごもご」
 詩織は公の胸に顔を埋めて、何か言っている。
「分かんないわよ。はいはい、みんな行くよ」
「じゃあね」
「待ってるからね」
 同学年はからかい、後輩は羨ましそうにしながら控え室へ向かった。



「もうっ」
「ったく。まあいいか」
 せっかくの好意は受けておくことにした。
「じゃあ改めて。優勝おめでとう、詩織」
「うん。あ、あれ?」
 突然、詩織の身体が震え、膝がガクガクした。
 両腕で自分の身体を抱えて、トントンと足踏みする。
「どうしたんだ、詩織?」
「い、今頃、フリースローの緊張が出たみたい」
「え?」
 試合中は集中していたため何ともなかったのだが、公の腕の中にいたら
 緊張の糸が切れたのか、急に震えだした。
「ははは」
「ふふふ」
 何だか可笑しくて吹き出してしまった。
「ふふふ。可笑しいけど、止まらないよ。あっ!!」
 公は、詩織を優しく抱きしめた。
「公」
「お疲れさま」
「うん」
 公に抱かれて目を閉じると、身体中から疲労感が溶けだしていくような気がした。
「俺の彼女は凄いな」
「ありがとう。明日は公の番よ。大会初のアベック優勝をするんだからね」
 これまでの全国大会では、アベック出場はあっても、アベック優勝はない。
「そうだな。木本も、沙希ちゃんにいいとこ見せるために頑張るだろ」
「ふふふ。そうね」
 いまごろ木本は、くしゃみをしていることだろう。
 詩織は公の腕から離れて後ろを向くと、数歩前に出て振り返った。
「でも、公も私に格好いいところ見せてね」
 可愛くウィンクする。
「ああ。必ず優勝してみせる」
 明日はいよいよ、男子決勝、能城工業対きらめき高校が行われる。


     つづく




  あとがき

 皆様、お待たせしました。
 第54話をお送りしました。

 出来上がるまで時間が掛かるとは思いましたが、
 文章がこんなに長くなるとは思いませんでした。
 もっと、サラッと終わらせようかなとも考えたんですが、
 高校最後の全国大会でそれじゃあ、自分が後で後悔しそうだったので、
 内容濃く書き上げてみました。

 最後の劇的な勝利は、このSSを書こうとしたときから使おうと思っていた展開で、
 94年のウィンターカップ女子決勝「桜花学園(当時は名古屋短大付属)対
 純心学園」の試合で、実際にあったものを参考にしました。
 そのときに最後のフリースローを打った三木聖美選手は、現在シャンソン化粧品の
 ガードとして活躍しています。

 話の中に登場した「鷹那城静輝」は、以前募集した出演希望の当選者である静輝さんの
 設定に基づいて書いてみました。
 気に入っていただけたのなら幸いです。
 55話にも、もう一人登場しますので、応募された方は楽しみにお待ちください。

 次回は男子の決勝ですが、公と木本は優勝することが出来るのでしょうか。
 この話が終わればラストスパートです。
 もう少しの間、お付き合いください。

 でわ、また約1ヶ月後に(^_^;)

                                      第53話     目次へ戻る     第55話