「My wish」
第55話 「頂点へ向かって」
第54話 目次へ戻る 第56話
ウィンターカップ最終日。
今日はいよいよ男子決勝が行われる。
男子は控え室で、木本と公を中心に座り時間まで待っていた。
男子部員全員が、劇的な優勝を果たした女子には負けられないと、打倒能城に燃えていた。
選手の自主性を重んじるコーチは、ドアの近くに立ってマネージャーと見守っている。
「とうとう、この時が来たな」
皆が静かに精神集中していると、木本が口を開いた。
スタメンとベンチメンバー、ベンチに入れなかった者を見まわし、最後に公を見る。
「そうだな」
公が真剣な表情で頷くと、木本は続けた。
「今更ぐだぐだと言うことはないよな。全員、自分が何をするか分かってると思う」
ユニフォームを着ている選手達が頷く。
「ただ相手は、あの能城工業だ。それだけじゃあダメかも知れない。だが決して諦めるな」
「そうだ。どうにもならなかったら、俺にパスしてくれ。必ず決めてやる」
「頼りにしてるぜ、公」
菊川が背中をバンバンと叩く。
「おう。ドンドン来い」
結果を出してきたエースの言葉に、皆が信頼を寄せる。
カチャ
「きらめき高校の皆さん。そろそろ時間です」
大会関係者が顔を出して告げる。
「いま行きます」
コーチが答え関係者が出ていくと、部員全員に向かって最後の言葉を掛ける。
「みんな、ここまでよく頑張った。全国大会の決勝まで来るとは、就任した頃は
考えられなかった」
ましてや、高校でバスケを始めた公が、木本というパートナーを得たことで、
こんなスタープレーヤーに成長しようとは夢にも思わなかった。
「あとは今日の試合に勝って、俺を胴上げしてくれ」
「コーチは涙もろいからなぁ。泣くんじゃないの?」
コーチのツッコミ担当?の竹原がからかう。
「ははは。そうかも知れないな。じゃあ、俺に嬉し泣きをさせてくれ」
それに答えるように、公は立ち上がって気勢を上げた。
「わかりました。コーチもこう言っているし、絶対優勝するぞ!!」
「おう!!」
一致団結した男子バスケ部は、いざ決戦のコートへと向かった。
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それより少し前、詩織は会場の入口で沙希を待っていた。
周りには、今日の決戦を見ようと、大勢の人達で溢れかえっていた。
中には、昨日女子で優勝したきらめき高校の選手である詩織に気が付いた者もいて、
数人に握手を求められたりしたが、特に混乱は起こらなかった。
「あっ、来た来た。沙希ちゃん、こっちこっち」
沙希に姿が見えるように、ジャンプしながら手を振る。
「おはよう、沙希ちゃん」
「おはよう、詩織ちゃん。昨日は凄かったね」
「うん。昨日は応援ありがとう」
沙希は男子の準々決勝から応援に来ていたから、詩織の優勝も見ていた。
「今日はいよいよ、明くんと公くんの出番ね」
「うん。今から緊張しちゃって」
詩織は手をギュッと握る。
昨日の自分の試合よりも緊張しているかも知れない。
「ふふふ。私も昨日からドキドキしてるよ」
「でしょう?じゃあ、行きましょう」
「うん」
二人はコートへと続く廊下を歩いていく。
「ところで沙希ちゃん」
「なぁに?」
「今日は、もう一人いっしょに応援したい女の子がいるんだけど」
「そうなんだ。私は別に良いわよ」
「そう?良かった。じゃあ、中に入る前に、ちょっと寄りたいところがあるから、一緒に来て。ふふふ」
「う、うん」
詩織の微笑みの意味が分からず、沙希は訝しげに頷いた。
「ここよ」
詩織が案内した先は、一般の人は立入禁止の場所にある部屋だった。
「いいの?ここって、関係者以外立ち入り禁止だよ」
沙希は周りをキョロキョロしながら、注意をされないか警戒する。
「いいのよ。ふふふ」
コンコン
詩織がノックすると、中から声がした。
「はい。詩織さんね。どうぞ」
「お邪魔します」
「お、お邪魔しま〜す」
詩織に続いて沙希も中に入ると、そこは何もないただの控え室であった。
中心にあるテーブルの所に、金髪のロングヘアが美しい美少女が椅子に座っていた。
「こんにちは、虹野さん。この姿で会うのは初めてですね」
「こ、こんにちは???」
自分の名前を知っているのは、詩織から聞いていれば分かるから理解できる。
しかし、その後の言葉が引っかかった。
まるで沙希を以前から知っているような言葉だが、自分は会ったことが無いはずだからだ。
「え、え〜と・・・・・、どちら様でしたっけ?」
「・・・・・・・ふふふふふ」
戸惑う沙希に、詩織とレイは笑いを堪えることが出来なかった。
「あのね沙希ちゃん。この人は私たちの同級生なのよ」
「え?こんなに綺麗な人いたかしら?」
レイの顔をマジマジと見る。
「ふふふ、ありがとう虹野さん。同級生の私は、仮の姿だけれど」
「仮の姿???」
沙希は、更に混乱する。
本来の姿でいると分かるはずもなく、不思議そうに詩織とレイの顔を交互に見る。
「やっぱり分からないよね。ヒントその一、お金持ち」
詩織は、楽しそうに人差し指を立てた。
「お金持ち・・・・」
沙希は、腕を組んで首を傾げる。
「ヒントその二、3年A組」
「A組・・・・」
「まだわからない?じゃあ、とっておきよ。ヒントその三、男の子」
「男の子ぉ?う〜ん、う〜ん」
目の前にいるのは女の子なのに、男の子というヒントは解せない。
悩み続ける沙希を見かねたレイが、助け船を出す。
「ふふふ。もう教えてあげましょうよ、詩織さん」
「もう教えるの?つまんないなぁ」
沙希のことを、完全におもちゃにしている詩織だった。
「結構いじわるなのね〜」
「だって、沙希ちゃんの顔が面白いんだもの」
レイの顔を見ては悩み、考え込んでは上の空になり、上を向いたり下を向いたりを
何回も繰り返している様は、端から見ていると確かに面白い。
「ふふふ、それはそうなんだけど。可哀想でしょ」
「は〜い」
「というわけで、コホン」
レイは一つ咳払いをして、声の調子を整えた。
「虹野くん」
「は、はい」
急に男の声色になったので、沙希は驚いて思わず直立不動になった。
「今日は、あの庶民をはじめとするバスケット部を一緒に応援させてもらうよ。ハハハハハ」
「・・・・・はい?」
「レ、レイちゃん。それ、ちょっと違うと思うよ」
沙希の隣で、詩織も呆気に取られた。
「え?そ、そうかしら」
沙希を見ると、もう考えるのをやめたのか、ボーーーッと無表情で立っていた。
どうやら思考回路がショートしたらしい。
「変だった?」
「その格好で、その声じゃあねぇ」
「そ、そう?」
レイは何だか恥ずかしくなって、頬に手を当てて赤くなる。
「じゃあ、ここをこうやって」
レイは壁にあった鏡の前に行くと、クシで髪をとかし始めた。
前髪を整えて、後ろ髪を束ねて髪留めを付ける。
沙希は未だに突っ立っている。
「お待たせしました」
レイは振り向くと、腕を組んでいつものポーズをとった。
「!!」
その姿を見て、沙希はハッとした。
目を丸くしながら呟く。
「い、い、いいいい、伊集院・・・く・・・ん?」
「そうです。虹野くん」
男の声でそう言うと、髪留めを外して、すぐに女の声に変わる。
「これが私の、本当の姿です」
正体をバラしたレイは、ニコリと微笑んだ。
「ほ、本当の姿って・・・・・、ねぇ」
確かにさっきの格好は伊集院レイであったが、目の前の女性と同一人物とは、どうしても思えなかった。
困惑して詩織の顔を見ると、詩織はコクリと頷いた。
「私も最初は驚いたんだけど、本当なの。伊集院くんは、女の子だったのよ」
「で、でも」
「そう簡単に納得できないのは当然です。でも、これには深いわけがあるのです。
詩織さんはご存じですが、虹野さんにも説明しますので、お二人とも座ってください」
レイは元の椅子に座り、詩織と沙希を促す。
「う、うん」
「そうね」
二人は、近くの椅子に腰を下ろした。
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数分後。
「は〜。ふ〜ん。それは違うと思うよ。う〜ん。大変ねぇ」
レイの説明を聞きながら何度も頷き、関心したり、納得が出来なくて怒ってみたり。
今までの苦労や葛藤を少しは理解した沙希は、レイの手を取ってギュッと握った。
「すごい根性だわ、伊集院くん。ううん、伊集院さん」
「あ、ありがとう」
「そんなことがあったなんて、こうして話してくれなかったら知らなかったけれど、
話してくれて嬉しかった。私たちは本当の友達になれたのよね」
「本当の友達・・・・・・うん、そうね」
本当の友達。
レイにとっては、その言葉がとても嬉しかった。
「これで、レイちゃんの秘密を知る人は三人になったのね」
「三人?」
「そうです。もう一人、公さんが知っています」
「公くんが?」
詩織の顔を見る。
「うん。なんでって思っているでしょう。それは、レイちゃんの口から聞いた方が良いかな」
「そうですね。なぜ公さんが知っているのかというと・・・・・」
レイは一呼吸置くと、ふと詩織と目を合わせた。
そして二人とも、突然真剣な表情になった。
ゴクリ
それを感じた沙希は、思わず唾を飲み込んだ。
「私が、主人公さんのことを好き・・・・・」
ガガーーーーン
沙希に、雷に打たれたような衝撃が走る。
「だったからです。ふぅ」
衝撃の告白をしたレイは、一息ついて沙希を見た。
「あら?」
沙希の顔からは、生気が抜けていた。
「虹野さ〜ん」
「沙希ちゃ〜ん」
二人は沙希の目の前でブンブンと手を振ったが、まったく反応がなかった。
「完全に惚けているわね。『だったから』っていう過去形になっているのが聞こえなかったのかしら。
言うまでに間があったし」
「もう!!詩織さんが悪いんですよ。あんなに真剣な顔をして」
「なに言ってるのよ。レイちゃんが私の目を見たから、それに合わせただけよ。
それに、『好き』の部分がだいぶ強調されてたよ」
何だかんだ言って、いいコンビの二人であった。
「ハッ!!」
「あっ、気が付いたみたい」
「こ、ここは?私は何を・・・・・」
キョロキョロと周りを確認すると、詩織とレイに気が付いた。
そして、もう一度驚く。
「そ、そうだ!!伊集院くんが、公くんのことを好きーーーーーーー?」
その大声に驚いた二人は耳を塞いだ。
「えーーーーーーーーー!?」
わたわたと騒がしい沙希の肩を詩織が抑え、レイが口を塞いだ。
「モゴモゴモゴ」
「もう。最後まで聞きなさいな。公さんのことが、好きだったって、言ったの!!」
「モゴ?モゴゴッゴ?」(えっ?好きだった?)
「そう」
動きがピタリと止まり、目をパチパチさせると、身体から力が抜けてやっと静かになった。
もう大丈夫だと思ったレイは、そっと手を離した。
「納得しましたか?」
「え、ええ」
コクコクと頷く。
「そうなんだぁ。公くんの事が好きだったんだぁ」
「ええ。ちょうど1年前に振られたの」
「1年前?じゃあじゃあ。それまでは、ここにいる3人で争っていたってこと?」
沙希は詩織を見る。
「ふふふ、そうなのよ。私も本当のことを知ったのは今年の9月だったし、
レイちゃんは男装していたから、わからなかったの」
「そうなんだ〜」
沙希は、自分の知らないところで色んな事があったんだなぁと、しみじみ思った。
「公さんの気持ちの大部分は詩織さんが占めていたから、私には入る余地がなかったわ。
でも、虹野さんへの気持ちは何なのか、迷っていたみたいね」
「ふふふ。そっかぁ」
今となれば良い想い出だ。
「あっ、二人とも、そろそろ時間よ。会場へ行きましょう」
詩織が時計を見て立ち上がると、レイも続いた。
「ホント。じゃあ、近い内に私の家にでも集まって色々話しましょう。泊まっていっても良いわよ」
「うん。パジャマを持ってお邪魔するわ」
「いいわね。楽しみ」
詩織も賛成する。
アッという間に打ち解けた沙希は、ずっと前からの友達のようになった。
部屋を出た三人は、最終決戦が行われる会場へと向かった。
会場に着くと、コートではウォームアップが行われていた。
満員の観客が、練習から能城ときらめきの動きに注目している。
三人は奈津江に確保してもらっていた二階席の最前列に座り、きらめき側に目をやった。
「いたいた。あそこにいるよ」
詩織が二人を見つけて指差した。
「うん。明くんと、何か話してるね」
公と木本が、隣り合って立っているのが見えた。
「何を話してると思う?」
詩織が沙希に問う。
「え?なんだろう?う〜ん。わかんないよ」
「ふふふ。私は公のことならわかるわよ。たぶんねぇ、クリスマスは沙希ちゃんと
何かあったのか、聞いてると思うな」
「ええ?」
「絶対そうよ。で、何があったのかしら?」
顔を近づけて、沙希の目を覗き込む。
「何がって、何もないよ〜」
ブンブンと首を振って否定するが、明らかに動揺しているのがわかる。
「ふふふ。虹野さん。ほっぺが赤くなって可愛いわよ」
レイが笑いながら沙希の頬をつつく。
「も、もう、レイさんまで〜。大事な試合の前にそんなこと話してないよぅ」
口を尖らせて拗ねる様が、これまた可愛い沙希だった。
で、真相はというと、話していたりする。
「なぁ、木本」
「ん?どうした」
公は、シューティングをしている木本に話しかけた。
「ぜひ聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
木本は手を止めて、もの凄く真剣な顔の公を見る。
「あのな・・・・・」
「ああ」
木本の耳に顔を近づけて来た公に、木本も真剣な表情になる。
「クリスマスは沙希ちゃんと、何かあったか?」
「な!?」
「どうなんだ?」
動揺している木本に、更に突っ込む。
「な、なんでお前に、そんなこと報告しないといけないんだよ」
「まあそうだけど。結果的に振ったとはいえ、沙希ちゃんのことが心配でさ」
「嘘つけ!!興味本位なだけだろうが」
公の身体を、ドンと押しのけて言う。
「ははは、わかるか?」
「当たり前だ」
自主トレを4人でやるようになってからの沙希を見ていると、どんどん良い顔になっていっているのが分かる。
それは、木本に大切にされているからだろう。
だから公は、その点については何も心配していないというのが本音だった。
「バレたか。じゃあ興味本位で聞くよ。何かあったか?」
もう1度、耳元に近付く。
「デートはしたけど、何もなかったよ。だいたい、付き合っているようになって
まだ1ヶ月経ってないのに、手なんか出せるか!!」
「そっか。そうだよなぁ」
ウンウンと頷く。
「お前はどうだったんだよ。藤崎と一緒だったんだろ?」
「ん?あ、ああ」
公は、木本には何もなかったと分かったので、バツが悪そうな顔をして目を逸らした。
「ん!!その顔は何かあったな」
「い、いや、何もないぞ」
男だから全く可愛くないが、少し赤くなっている気がした。
白々しくフリースローを打つ。
「お、お前、まさか!!」
「な、なんだよ」
ガンッ
リングに弾かれたボールを、下級生が回収していく。
「そうかぁ、男になったか。先を越されたな」
「う、うるさいよ」
公はボールを拾って振りかざした。
「ん?ちょっと待て。それについては後でゆっくり聞くからな」
沙希が言うとおり、大事な試合の前の会話とは思えない内容だったが、すぐに気持ちを切り替えた。
能城の田辺が、二人のことを見ていたからだ。
「さっきも控え室で言ったけど。いよいよだな」
「ああ」
「そういえば覚えているか?」
「なんだ?」
「5月の能城カップで能城と試合をする前に、公は全国優勝を目指しているって言っただろう」
「そんなこと言ったかな」
思い返してみるが、思い出せない。
自分では何気なく言った事なので忘れていた。
「言ったんだよ。その時、俺はすごく嬉しかったんだぜ。お前がそんな風に考えていたんだって分かってさ。
俺も能城を倒して全国優勝だって思っていたし、お前となら出来るって思ってたからな」
「そうか、それは光栄だな。ま、これに勝たないといけないけどな」
「勝つさ。お前と俺のコンビもこれが最後だからな。最高のプレーを見せてやろうぜ」
「よしっ、最初から全力でいくぜ!!」
「おうっ!!」
木本は、公が差し上げた手に力強く合わせた。
パシンッ!!
間もなく選手紹介が行われる。
会場は観客のどよめきに包まれていた。
伝統ある王者能城工業と、成長著しい新鋭のきらめき高校。
田辺が入学してからというもの負け知らずの能城工業は、今大会も圧倒的な強さで勝ち上がってきた。
この連勝を止めることが出来るのはどのチームか、バスケファンなら知っている。
インターハイで能城を苦しめた唯一のチームであるきらめきだけが、田辺が率いる能城を破る
可能性があるということを。
中でも、きらめきのエースである公が、いったいどんなプレーで魅せてくれるのか心待ちにしていた。
「お待たせしました。これより全国高校選抜バスケットボール大会男子決勝戦、
能城工業高等学校対きらめき高等学校の試合を行います」
進行役である、地元高校の女生徒のアナウンスが流れると、大観衆から盛大な拍手が起こった。
続いて主審、副審、コーチの紹介がされ、能城ときらめきのスタメンが番号順に呼ばれる。
「能城工業、4番田辺くん」
現在、高校ナンバーワンのガードである田辺に、大きな拍手が送られる。
キャプテンである田辺は応援席に一礼し、主審と副審と握手をしてからコート内に入っていった。
「きらめき高校、4番木本くん」
木本も田辺同様、一礼し審判と握手をしてから中に入っていく。
「木本さ〜ん、ガンバってーーーーー」
田辺ほどではないが、固定ファンがいる木本にも女性の歓声が上がる。
木本はその中で、一際目立つ声を聞き分けた。
「明く〜ん、ガンバって〜」
手を振ってエールを送る沙希の声に気が付いた木本は、それに向かってガッツポーズをした。
5番6番と次々にアナウンスされ、公の番がきた。
「7番、主人くん」
今までで一番大きい拍手と歓声、そして黄色い声が響いた。
その人気は、田辺を凌ぐほどだ。
公は応援席の方へ振り向くと、詩織を探した。
『公、ガンバって』
『ああ。詩織、見ていてくれよ』
二人は一瞬だけ目を合わせ心を通わせると、公は一礼してコート内に入っていった。
「公、頼むぜ」
「おう」
先に並んでいた、木本、石崎、竹原と手を合わせる。
「8番、菊川くん」
「せんぱーーーい、ガンバってくださーーーい」
一際大きい、いずみの声援が送られる。
最後に菊川が入ると、主審がボールを持ってセンターサークルまで進み出た。
選手達は所定の位置に散らばり、両センターがキックオフを待つ。
どちらがボールを取って先取点を入れるのか、緊張の一瞬だ。
ピッ!!
笛と共に、真上へとボールが放たれる。
遂に、決戦の幕が切って落とされた。
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「ナイス石崎」
キックオフを制した石崎の弾いたボールが、木本の手に収まる。
「先取点だ。決めろよ」
公へ十八番の速攻を出すが、察知していた能城のセンター若槻が追い付いてくる。
「止める」
「そうはいくか」
一旦止まると速攻の意味がなくなるので、抜きにかかる。
スピードを緩めることなく右に行くフリをし、フロントチェンジで左を抜いていく。
キュキュ
「速い」
背中に若槻を置き去りにしてレイアップ。
「ナイシューーーーー」
きらめきの応援席から歓声が上がる。
公はそれに手を挙げて答えながら、自陣へと走る。
「調子良さそう」
詩織は、手が痛くなるほど拍手している。
「そうだね。明くんも負けるなーーーーー」
初めから興奮気味の沙希が、手を振り回す。
パシッバシッ
詩織が前屈みになっていたので、詩織を飛び越して指先がレイに当たっていたが、まったく気が付かない。
「虹野さん、痛い」
レイは沙希の手を避けるために、身体を少しずらした。
コートでは、急いで戻った木本が大声で指示を出していた。
「よしっ、作戦どおり1ー3ー1ゾーンで固めるぞ!!菊地の3ポイントに気を付けろ」
「おうっ!!」
それを聞いた田辺は、てっきり1ー1ー3でくるかと思っていたので、公の前で意外そうに呟いた。
「あれはやらないのか?」
「お前ら知ってるだろうが」
インターハイ同様、きらめきは点の取り合いを望んでいたが、予選決勝で1ー1ー3ゾーンは
見られていたため、1ー3ー1で挑むことにしていた。
「やっぱそうか。見つからないように、こっそりと見るべきだったな」
と愚痴りながら、ローポストにいる若槻にボールを出した。
「来たぞ!!シュートさせるな」
竹原と石崎がシュートコースを塞ぎ、追いつめようとする。
その圧力は、例え能城のセンターであっても耐えられるものではない。
「くっ、やるな。それなら」
いったん外にいる選手に出してデフェンスを広げると、激しく動いてノーマークを作り出した。
「そこだ」
田辺から放たれたボールが、一直線に逆サイドに走り込んだ菊池に届く。
「ダメだ、速い」
公がチェックに行ったときには、すでに角度0度の位置から3ポイントが打たれていた。
「リバウンド、頼む」
振り向き様に、中にいる竹原と石崎に叫ぶ。
「落ちないよ」
はっきりとした手応えを感じた菊池が、確信を持って言いきると、その言葉通り鮮やかにリングを通った。
「ナイシューーー」
能城側の応援席が、幸先の良いスタートに盛り上がる。
「どうだ。ん?」
菊池がそう言った時には、すでに公の姿はなかった。
球筋を見た途端に、これは決まると判断した公は、入るのを見届けずに走り出していた。
すでにハーフラインは越えていて、木本からのパスを手を挙げて待っている。
「こい!!」
「取られたら取り返す!!いけーーー」
敵味方の間をすり抜けて、木本から電光石火のパスが出る。
「よし!!」
ディフェンスがいない敵陣を突っ切り、リング近くで大きくジャンプすると、
ゴールへ向かって一直線。
ガコン!!
豪快にダンクを叩き込んだ。
「きたきたきたーーーーー、7番のダンクだーーーーー」
いつ見ても、バスケ選手としては身長が低い公のダンクは、見る者を魅了する力がある。
得点では2点と3点の違いがあるが、観客の心を多く掴んだのは公の方だった。
これを切っ掛けにきらめきの攻撃が爆発し、能城をジリジリと離していった。
「くそっ!!」
公が田辺をマークして動きを封じ、思い通りにさせないようにしている。
前半も13分を過ぎ、31対17ときらめきのリードで進んでいた。
「そこだ」
公が手を出して、田辺の手元からボールを弾きだした。
「しまった」
「ナイス、公」
それを木本が取り、能城陣内へ攻め込む。
選手全員が全力疾走するなかで、木本が探したのは菊川だった。
能城の3ポイントシューターである菊池と名前が似ているので、よく比較されるのだが、
今日は既に3本決めていて、この大一番の決勝で菊池を超える確率で3ポイントを沈めていた。
「こい」
その菊川が、手を挙げて木本のパスを待っている。
「よしっ」
菊川にボールが渡り、能城ディフェンスが整わないうちに、クイックモーションのスリーが放たれる。
「いけーーーーー」
3ポイントシューターの菊川が機能するには、やはりリバウンドを取ってくれるだろう
竹原と石崎との信頼関係が重要だ。
今日は一段と安定している二人がいるからこそ、菊川の3ポイントも確率が上がるのだが、
このシュートは惜しくも外れた。
ゴンッ
「リバウンド頼む」
「おうっ」
今日3回目の、3ポイントが落ちてのリバウンドの取り合いが始まる。
「何回も取らせるか」
能城の若槻は良い位置を取るため、腰を落として身体を張り竹原を押し出そうとする。
しかし、そこに石崎も加わって、思い通りのジャンプが出来ないように抑え込む。
「くぅぅぅ」
無理な体勢の若槻が弾いたボールを、石崎が長い腕を伸ばしてかっさらう。
前半で何回目だろうか、竹原と石崎のコンビネーションが冴える。
「ナイス、リバン。そのままいけーーーーー」
木本の声が飛ぶ。
「はい」
着地後すぐにジャンプした石崎は、またしても長い腕を生かしたフックシュートを打つ。
2m近くあ長身で、このフックを打たれたらどうしようもない。
外すのを祈るのみだ。
ザシュ
「ナイシューーーー」
しかし、それは望めなかった。
今日の石崎はシュートも絶好調で、きらめき側の応援席は、すごい盛り上がりを見せていた。
「みんな凄いね」
「うん」
「そうですね」
沙希の言葉に、詩織とレイが頷く。
ビーーーーー
滅多に取らない能城が、早くもタイムアウトを取った。
公達も、ベンチに戻ってきて水分補給をする。
「みんな良い感じだな」
「はい!!」
コーチの声に、全員が気力が充実しているという感じで答える。
「菊川が当たってますからね」
「ホント。今までで一番じゃないのか?」
木本の言葉に、汗を拭いながら公も同意する。
「ああ。俺もそんな気がするよ。まあ、竹原と石崎のバックアップがあればこそだけどな」
「ははは。そうだろそうだろ、ゴール下は任せろ。な!!石崎」
「はい。どんどん打ってください、菊川先輩」
今日はスタメン全員が絶好調で、なにもかもが上手くいっていた。
公のオフェンス、木本のパス、菊川の3ポイント、竹原と石崎の長身コンビの
リバウンドとゴール下でのシュート。
恐いくらいに機能していた。
「みんな。今は上手くいっているが、相手は能城なんだから、気を緩めるなよ」
「はい」
コーチは全員に、今が良いからといって傲慢にならないように戒める。
その言葉通り、王者能城がこのまま逃げ切ることを許すはずがなかった。
タイムアウトあけから、能城の追撃が始まった。
ザシュ!!
「ナイスだ龍田(たつた)」
アシストを決めた田辺が、声を掛けながら走る。
「はい!!」
試合再開とともに入った能城の3ポイントシューターが、2本目のスリーを決めた。
今大会初めてベンチ入りした2年生で、全くのノーマークだった選手だ。
能城の監督が、今朝の練習で異常に調子が良い龍田を見ていたので、ここで投入してきた。
「くそっ。落ちてこないと、俺達の出番がないぜ」
竹原が相手コートへ走りながら叫ぶ。
ゴール下では速攻に走っていた公がレイアップを決めていたが、菊川が止められている今、
こちらが2点入れても能城に3点入れられては、差は縮まるばかりだ。
14点あったリードが、アッという間に7点まで縮められてしまった。
竹原がハーフコートラインまで行ったときには、木本らが戻ってきた。
「みんな。まずはディフェンスからだ。ターンオーバー取るぞ」
追い付かれてきて気持ちが切迫しているところに、木本から喝が入る。
「おう!!」
竹原は気持ちを入れ替えて、1ー3ー1の中心に陣取った。
「ここで一気に追いつくぞ」
田辺がボールをキープしながら指示を出す。
「させるか」
公が田辺のマークにつき、手を大きく広げて視界を狭める。
ディフェンスの形態上、こうやって公がつくことが多かった。それが田辺の調子を崩していた。
しかし、徐々に調子を取り戻してきた田辺のパスが牙をむいた。
若槻がローポスト内でフリーになりそうなのを見ると、空を引き裂くように
ディフェンスの目の前をボールが通過した。
「しまった」
公が振り返ったときには、ボールは若槻の手にあった。
「これで5点差!!」
若槻が余裕で決める。
能城に追いつかれてくる。そのプレッシャーは相当な物で、いつもは冷静な選手であっても、
浮き足立たせる力は十二分にあった。木本や公だって例外ではない。
ガンッ
公は、いつもは入るシュートを外してしまう。
「すまない」
リバウンドを取り、木本に戻した竹原に言う。
「大丈夫だ。なに?」
「しまった」
竹原のプレーも虚しく、木本が珍しくパスミスを犯してしまい、田辺にボールをカットされ奪われてしまった。
田辺がゴールを目指して独走する。
「いかせるか」
それに追いついたのは、公だけだった。田辺の前に躍り出てくる。
「主人か!!いくぞ」
他の選手が戻ってくる前に、公を抜きにかかる。
キュキュ
素早い動きでかわそうとするが、公も負けじとバックステップで食らい付く。
しかし、更に早いステップで右に抜けると、前方にジャンプしてシュート態勢に入った。
「くそっ、頼む竹原」
「なに?」
田辺の前に、戻ってきた竹原の手が伸びてくる。
「やらせるかーーーーー」
「これでどうだ」
二人の声が交錯し、田辺は空中でボールを持ち替えた。そして軽く放り投げる。
「これで3点差だぁ」
ザシュ
前半残り2分で、すぐそこまで迫ってきた。
田辺の調子が上がってくると同時に、能城は完全に目覚めた。
普通なら、残りのこの2分で逆転されるチームがほとんどだろう。しかし、きらめき高校は踏ん張った。
45対43と、なんとか2点リードで前半を終了した。
「「「はぁ〜」」」
応援席では、詩織、沙希、レイの三人が、握っていた手を開いて一息吐くと、
ハンカチで手の平を拭った。
能城相手の決勝なのだから、接戦になるとは思っていたが、これほど緊迫した
試合になるとは思っていなかった。
「出だしは良かったのに、追いつかれちゃったね」
沙希が残念そうに呟く。
「公さんが、頑張ってたからですよね」
これまでの展開を見て、レイなりに解釈した。それを詩織が補足する。
「そうね。公が能城のガードを抑え込んでいたから、最初のリードがあったんだけど、
やっぱり能城はそのまま行かせてくれなかったみたい」
「みんな大丈夫かな?」
沙希が心配そうに言う。
「そうね。最後に逆転させなかったから、まだ気力は十分だと思う」
「そうですよね。最後まで諦める人ではないですし」
「ふふふ。そうよね。最後まで詩織ちゃんを諦めなかったし」
沙希は、にやにやしながら詩織の脇をつついた。
「な、なに言ってるの?そういう木本くんだって、沙希ちゃんを諦めなかったじゃない」
「え?」
思わぬ逆襲にあった沙希は、赤くなって俯いた。
そんな二人を、レイが羨ましそうに見ていた。
「いいなぁ。二人とも素敵な彼がいて」
「レ、レイちゃん?」
どこを見ているのか、呆けてしまう。
「レイちゃん〜。帰ってきて〜」
詩織が呼びかけても、うんともすんとも言わない。
三人がこんな事をしているとき、きらめきの控え室では、緊迫した空気が流れていた。
「やるな、あの2年。細目のくせに」
同じ3ポイントシューターの菊川が、途中から入ってきた龍田のことを上げる。
能城側のベンチを見ると、田辺や若槻らにタオルとドリンクを配っている龍田が見えた。
「ははは、細目は関係ないだろう。菊川と同じくらい調子がいいみたいだな。
それにサウスポーだから、なかなかタイミングが掴めないぜ」
「みんな。すまない」
竹原の言葉が終わらない内に、いきなり公が頭を下げた。
全員が、何事かと注目する。
「俺が田辺を抑えきれなかったから、能城に追いつかれてしまったんだ」
一瞬沈黙が流れるが、すぐにガラッと変わる。
「なに言ってるんだ?そんなこと誰も思っちゃいないぞ」
「え?」
木本の言葉に頭を上げる。
「確かに最初は、お前のお陰で田辺が調子を崩してくれたけど、最後までそのまま行くなんて、
誰も思ってやしないって。感謝こそすれ、怒ってなんかいないよ。なあ。」
木本が全員を見回すと、みんな当然のように頷いた。
「そ、そうか」
「だけど公。ディフェンスが破られてきたら、やっぱりお前に頼るかもしれないから、頼むぜ」
「そうそう。公は、うちのエースなんだからな」
「わかった」
公は力強く頷いた。
![]()
後半が始まり8分が経過した。
気力は萎えていないきらめきであったが、能城の勢いを止めるのは困難を極めた。
公は調子が悪いわけではない。しかし、能城のオフェンスが爆発すると、攻めよりも守りに精一杯で、
なかなか得点出来なかった。
「また来たーーーーー」
龍田にボールが渡ると、観客から大歓声が起こった。
一時はリードを許した王者能城が、貫禄を見せつけ始めたことに興奮しだした。
「入れ!!」
竹原の手が伸びて視界を塞がれたが、練習通りの感覚で3ポイントを放つ。
ザシュ
再び引き離すどころか、15点差をつけられてしまった。
「よしっ!!」
龍田はガッツポーズをしながらディフェンスに戻る。
ビビーーー
前半とは逆に、きらめき側が堪らずタイムアウトを取った。
龍田はベンチに戻りながら、近くにいた田辺に話しかけた。
「キャプテン。今日のきらめきは大したことないですね」
「いまのところはな」
「え?」
ベンチに座りながら聞き返す。
「甘く見るなよ、きらめきを。お前は初対戦だから知らないんだよ。見ているだけでは
分からないものがあるんだ。特に主人と木本にはな」
流れは今こちらにあって、公をディフェンスに専念させているが、
攻めに転じたときの凄さは身に染みて知っている。
「そうですか?」
「そうだ。この後も気を引き締めて行け」
「は、はい」
今まででも田辺の真剣な表情は見てきたが、今日は一番気合いが入っているように見えた。
試合が再開すると、誰も予想しないことが起こった。
なんと、エースの公が龍田のマークについたのだ。
田辺のマークが手薄になるのを覚悟で、調子がいい2年を抑えにきた。
「そうきたか」
ディフェンスに定評がある公がマークするとなれば、田辺も易々と龍田にパスする訳にはいかない。
それならばと、他のメンバーを使おうとするが、それに対応出来ないような、きらめきではなかった。
「もらった!!」
若槻がジャンプシュートに行ったところに、竹原がブロックをあわせてくる。
バシッ
ドンッ
ボールを叩き落として着地する。
「くっ」
しかし、そのボールをキャッチしたのは田辺だった。
「さすがに、そう簡単にはいかないか」
チラリと龍田の方を見ると、なんとか公のマークを外そうと考える。
「これでどうだ」
激しくやり合っている龍田と公の、近くにいた選手にパスを出した。
その選手が菊川を抜いていく。
「くっ」
公は龍田にマンマークをしているわけではないから、そのケアに行くために龍田の元を離れた。
それを待っていたとばかりに、龍田にボールを戻す。
「待ってました」
龍田は、ここぞとばかりにスリーのモーションに入った。
と、その時。
『なに?いつ来たんだ?』
向こうをケアに行った公の手が、目の前にあった。
ビッ
公の手にあたったボールはリングに弾かれ、それを石崎が奪取する。
「ナイス石崎。よしっ、反撃だ」
きらめきは、龍田を抑えることで流れを取り戻そうとしたのだ。
しかし、そうはいかないと能城もデフェンスを固める。
「やってくれましたね。ここは行かせませんよ」
龍田が公の前に立ちはだかった。
しかし、木本から公へのパスを止めることは出来ない。
「それはどうかな?」
言ったか言わないうちに、一瞬で最高速度になるダッシュで龍田のマークを外す。
「え?」
龍田には何が起こったのか、瞬時には把握できなかった。
木本の視界に公の姿はないのに、そこにくると確信してノールックパスを出す。
ドンッ
そして、そこにボールが来ることが分かっていたのか、走り込みながら当然のように公がボールを受け取る。
木本と公が、見事な連係プレーで観客を魅了する。
「ナイスよ、明くん」
「いけーーーーー、公」
沙希と詩織が叫ぶ。
「よしっ」
それに答えるように、足を止めずにそのままシュートに行く。
「そうはいくか」
龍田のスリーを止められて、更にシュートを決められては公を勢いづかせることになる。
そうはいかないと、田辺が立ちはだかる。
「止まってたまるか」
遠目だと分かるが、近くで見ていると目にも止まらぬ早さでフロントチェンジをする。
そして田辺の左側を抜いていこうとするが、これくらいでは田辺もついてくる。
キュキュキュ
それならばと、公は一瞬止まってテンポを変える。するとホンの一瞬、ホントに一瞬、
田辺のディフェンスリズムが崩れた。そこを見逃さずに、一気に抜き去っていく。
「ダメだ。頼む」
抜きざまにジャンプシュートに行く公に合わせて、若槻がブロックに飛ぶ。
「止める!!」
「入れる!!」
公は空中で若槻をかわすと、身体をひねってリングの位置を再確認してボールを放った。
「いけーーーーー」
「なに〜?」
公のボディバランスを目の当たりにした龍田が、驚きの声を上げた。
ザシュ
「「「入ったーーーーー」」」
見事なダブルクラッチに、詩織達が立ち上がって手を振った。
「よしっ!!」
公は倒れ込んだ身体をすぐに起こし、木本と目を合わせた。
「よしっ!!みんな、ここでたたみかけるぞ。オールコートマンツーだ」
「おうっ」
木本と公は、能城陣内から積極的にボールを持つ選手に張り付く。
勢いに乗ったきらめきは、公を中心に差を詰めていった。
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相手コート内から木本と公で囲み、ボールを運ぶ能城選手を追いつめていく。
「くぅ〜。しつこい」
この二人のプレッシャーは凄まじく、余裕というものを奪っていく。
焦った選手は、一瞬頭の中が真っ白になった。
苦し紛れのパスをするが、公に読まれてしまう。
バシッ
「ナイスカッ」
こぼれたボールを木本が掴むと、公は最大加速でゴール下へと走る。
「戻れーーーーー」
能城は公に気を取られているが、きらめきは、いまや公のワンマンチームではない。
「竹原!!」
「よっしゃぁ!!」
木本からローポストにいた竹原にダイレクトで渡ると、ゴール下を固める
ディフェンスの間に割ってはいるように、肘を張ってローリングターンをする。
「くぅぅぅ」
ファールギリギリのプレーだが、上手く能城ディフェンスをかきわけると、
シュートをする空間を作りだして、素早くジャンプシュートに移行する。
ザシュ
「ナイシュー、竹原」
「おうっ。よしっ、よしっ!!」
ディフェンスに走りながら、自分を鼓舞するように吠える。
「65対71か。まだまだ取るぞ」
公はすぐに、インプレーになったボールへと突進した。
キュキュキュキュ
大きく手を振って、田辺の行く手を遮る。
そのプレッシャーは大きく田辺に襲いかかる。百戦錬磨の能城のガードさえも、
公の気迫に押されてミスをしてしまう。
「しまった」
苦し紛れのパスが、木本に奪われてしまう。
「ナイスディフェンス」
それを見届けると、公は1秒でも早く差を詰めるために、3ポイントのラインまで走りボールを待った。
「公先輩」
ゴール下で争っていた石崎が、外にいる公へと出した。
「よしっ」
しかし、能城ディフェンスは見逃しはしなかった。素早くチェックに来てシュートコースをふさぐ。
バチッ
大きく指先に当たったシュートは入るはずもなく、案の定リングに当たって落ちてくる。
会場にいる全ての人達が、リバウンド勝負になると思ったその時、落下中のボールに触れる者がいた。
シュートが入らないと判断した公は、ボールがリングのどこに当たるのか見守り、
自分の方に弾かれてくると確信すると、数歩の助走でボール目がけて跳び上がっていた。
「おおおおお、りゃあ」
ガコン!!
空中でキャッチし、そのまま叩き込む。
NBAのようなプレーで、全ての人を魅了する。
後半残り32秒。
徐々に差を縮めて78対81の3点差。
会場内のボルテージは上がりっぱなしだ。このまま能城が逃げ切るのか、きらめきが逆転するのか、
一人一人が色々なことを思いながら応援している。
「公、公、公」
詩織は、何度も公の名前を呟きながら応援していた。組んでいる手は微かに震えている。
その手を、両脇に座っている沙希とレイが握る。
「大丈夫だよ。ね?レイさん」
「はい。公さんはやってくれますよ」
「うん、うん」
詩織は、そう答えるのがやっとだった。
あれから何回か公に防がれていた龍田が、再びボールを持った。
「これならどうだ」
今度は公に触られないように、後ろにジャンプしながら3ポイントのフェイドアウェイを試みる。
が、それも公には通用しなかった。
「甘い!!」
驚異的なジャンプ力でボールに触る。
軌道がずれたボールが決まるわけもなく、リングに当たってリバウンド合戦になる。
「何なんだ、この人は!?」
龍田はゴール下の争いをよそに、公のことを見ながら驚愕していた。
インターハイで能城を苦しめたとき、自分はベンチから公のことを見ていた。
その時も凄いとは思ったが、こうして1対1をやって、改めてその運動能力に驚いていた。
今の瞬発力といい、ダブルクラッチのボディバランスといい、1つ上とはいえ
同じ高校生とは思えなかった。
石崎がリバウンドを取ると、木本から公に渡り、ドリブルで中央突破を試みる。
「三人つけ」
公の中央突破の威力を知っている田辺が、大声で指示を出す。
「さすがに三人はきついな」
それでもボールをキープし、木本がケアに来たので任せる。
「よしっ」
公の活躍に、木本も負けていられない。
木本はガードだが、パスをするだけではなく、シュート力も公に迫るものを持っている。
公が止められたのなら俺の番だとばかりに、ドリブル突破をしようとするが、
能城の素早いゾーンの形成に防がれ目的変更する。
「なに?」
木本の突っ込みに、てっきりシュートまでいくと勘違いしてデフェンスが気を取られた。
後ろに菊川が来たことに気が付かなかった。
カットインで中に割って入ろうと見せかけて、後ろ手に菊川へパスをする。
またしても木本のノールックパスが炸裂する。
「よしっ」
アシストと同時にスクリーンの役割も果たしている木本は、菊川をブロックしようとする若槻を寄せ付けない。
「くそっ。邪魔だ」
ゴール下では、石崎が落ちたときに備えて好位置をキープしている。
「大丈夫だ、石崎。これで同点だ」
前半途中からなりを潜めていた菊川が、ここ一番で決めてくる。
打った本人には解る。完璧なフォームから理想的な弧を描いて、リングに吸い込まれた。
ザシュ
能城はすぐにボールを入れて突き放そうとしたが、もう時間がなかった。
ハーフラインまで行ったところで、試合終了のブザーが鳴った。
ビビーーーーー
会場から様々な声が漏れる。同点の場合どうなるのか知らない者は、このまま両校優勝かと勘違いしたが、
試合はまだ続くことを知って、世紀の一戦がまだ見られることに喜びを感じた。
決勝戦は、今大会初めての延長戦となった。
「やったね」
「うん、うん」
「ええ」
詩織達は、手を取り合って追いついたのを喜んだ。
三人とも、瞳がうるうるしている。男子の頑張りを見ていたら、自然にこみ上げてきた。
会場内には、すでに感極まって泣いている女の子もいる。
「いい感じよ。離されても気落ちせずに我慢したのが良かったわ。追いついての延長だから、
気持ちも切れてないと思う」
「うん。みんな楽しそうだよ」
遠目だが、時々見える選手の表情は、とてもいい顔をしていた。
今までで一番苦しい試合ではあるが、心から楽しんでいるようだ。
「そうね。延長は10分。みんな頑張って」
詩織の言葉と同じ思いの者は、みな祈るように手を組んだ。
「やったな、菊川」
「当然」
同点弾を決めた菊川を囲んで、ベンチに戻ってきた。
「よくやったぞ、菊川」
「はい」
手を叩きながらコーチが出迎える。
5人をベンチに座らせて、最後の言葉をかける。
「よく追い付いたぞ、みんな。能城をここまで苦しめるなんて、お前らは最高だ」
興奮したコーチが、5人の顔を一人一人見ていく。
「俺から言うことは何もない。延長もこの調子でいけ」
その隣では、ハンカチを顔に当て、女子マネージャーが感極まって泣いていた。
「みんな凄いよ。あと10分だから、最後まで頑張って」
「マネージャー。任せておけ」
竹原が胸をドンと叩いて張り切る。
その耳元に、小さい声で木本が言った。
「お前、マネージャーのこと好きだろ」
「なっ!!なにを」
急に大きな声を出したので、みんなが注目する。
慌てて大きく手を振り、何でもないことをアピールすると、木本の肩に手を回して引き寄せた。
「なんで知ってるんだよ!!」
「ははは。キャプテンが部員のことを知らないと思っているのか。けっこう前から、
そうじゃないかって思ってたんだ」
竹原は、少し嫌そうな表情をした。
「そうなのか?それは知らなかった」
木本の隣に座っていた公が、話しに加わってきた。
「そうなんだよ」
「お前ら〜。誰にも言うなよな」
これ以上広まるのはゴメンだと、顔を引き寄せて口止めする。
「どうかしたんですか?先輩」
公の隣で菊川と話していた石崎が、何事かと口を挟んだ。
「石崎。お前には関係ない」
竹原は柔らかい口調でそう言うが、内心はかなり焦っていた。
「そうですか?」
石崎は、何事もなかったように菊川との話に戻った。
「ふう」
「ははは。誰にも言わないよ。延長はお前に絶好のパスを出してやるから、
格好いいところ見せてやれよ」
それを聞いた竹原は、一転、頬が緩んだ。
「お前って良い奴だな〜。ぜひ頼むよ」
「任せとけ」
「公、お前にも良いボール出すからな」
「おう。期待してる」
延長に突入して緊張しているかと思えば、こんな感じのベンチは余裕があった。
「そろそろだな」
コーチが最後の言葉をかける。
「いままでの練習の成果を、この10分に凝縮して出し切ってくるんだ。
勢いはこちらにある。必ず逆転出来る」
「はいっ!!」
「よしっ、行って来い」
「おっしゃーーーーーー」
5人は力強い気勢を上げて、戦場へと戻っていった。
延長が始まると、能城は龍田を下げて元の5人に戻した。
ベンチでは、龍田が公のプレーを見ながら唇をかみしめていた。
「バスケを続けていれば、必ず会うことあるはずだ。次は負けない」
公はこの大会で卒業してしまうから、高校ではもう対戦することはない。
その悔しさは、来年のチームにぶつけられることになる。
延長戦は一進一退の攻防が続いていた。
残り時間3分36秒で、能城が再びリードして84対89。
「あっ、そこよーーー」
沙希の興奮した声が、木本には聞こえているだろうか。
「俺はパスだけじゃないんだぜ」
今度はカットインで中に切り込んでいく。
「くそぅ」
田辺が、スクリーンに入った公に阻まれる。
ガンッガンッ
木本がそのままシュートしたが、2回バウンドして落ちそうになる。
「やばっ」
「ったく、世話が焼けるぜ、っと」
ザシュ
竹原が跳び空中でボールをタップして沈める。
これで再び3点差だ。
「すまん」
「貸しだぞ、木本」
木本の肩を叩いて、自陣へ戻って行く。
「すぐに返してやるさ」
ボールをキープしている田辺に向かいながら呟いた。
「また離してやる」
能城のガードとして、木本に負けまいと田辺も奮起する。
しかしここから、両校ともディフェンスの活躍で、2分程得点は動かなかった。
残り1分3秒。
田辺が、ゴール下のリバウンド争いからこぼれたボールを取る。
「これでどうだ」
またしてもジャンプをしながらのシュートに行くが、素早く反応した石崎が、
田辺に合わせるように跳んだ。
横から見ると、田辺と空中で重なって見えた。長い腕を生かしてシュートをはたき落とす。
バシン
「ナイス、石崎」
それを木本が拾って攻め入る。
『さて、どうするかな』
周りを見渡すと、ハイポストにいた竹原と公に目で合図した。
それに気が付き、竹原は一瞬リングの方を見た。
「出させるかよ」
能城ディフェンスが、手を大きく振ってパスを出させないようにする。
だが木本には、竹原の位置が分かれば十分だった。公が能城を引きつけてゴール下が空いた。
『いまだ!!』
声には出さずとも、その空間に向かって竹原がジャンプする。
誰もいないリング付近へとボールを放ると、待っていた竹原の手が受け取って、そのままリングへ叩き込んだ。
ガコンッ
「よしっ!!」
見事なアリウープが決まり、再び1点となった。
「確かに返したぞ」
木本の声に答えるように、竹原がハイタッチをして戻っていく。
「くっ、1点差か。残り時間は45秒。となれば当然」
田辺は冷静に状況を判断する。
常套手段である30秒いっぱい使っての、ディレイドオフェンスにいく。
それは、頭では分かっていても、守る選手にとっては大きな負担になる。
特にいまは試合終了まで数秒であるから、何倍もの焦りを感じる。
「みんな我慢しろ。まだ時間はある」
「公の言うとおりだ」
公と木本は、みんなの気持ちが切れないように声を張り上げた。
「おうっ」
しかし全国大会の決勝となれば、そうはいかない。
『あ〜もう。早くしろ!!』
竹原が苛立ち始めた。そうなれば田辺の思うつぼだ。隙を見つけて突いてくる。
目の前の竹原の動きが一瞬鈍った所で、すかさずジャンプシュート。
「くそっ」
気が付いたときには遅く、ボールが頭を越していく。せっかくアリウープを決めたのに、
自分のせいで駄目押しされたと思い血の気が引いた。
しかし、決まったと思ったボールが目の前に戻ってくる。
「なにぃ?」
「やらせるかーーーーー」
後ろで石崎が力一杯腕を伸ばして、ブロックを決める。ここで守って公に渡せば、必ずや逆転してくれると願って。
バシンッ
『公先輩、お願いします』
弾かれたボールが、菊川の手に収まる。
「うおぉぉぉぉ」
会場から、地鳴りのような声と大きな声援が上がる。
残り14秒で奇跡が起こせるのか、一瞬も目を離すことは出来ない。
負けるなんてことは、微塵も感じていない者が三人。
「公ーーーーーー。負けるなーーーーー」
「明くんーーーー。根性よーーーーーー」
「公さーーーーん」
三人ともいつのまにか涙を流していたが、かまわず大声を張り上げる。
この声援を受けた本人達も、もちろん諦めてはいない。
能城ディフェンスが急いで戻る中、一歩前を行く選手を菊川は見逃さなかった。
それは当然、公だ。
「頼むぞ、公ーーーーー」
コートを走る全選手の上を飛び越して、願いとともに公へと届く。
「ナイスパス」
それを受け取った公がレイアップにいこうとすると、最後の最後に田辺が追いついてきた。
「やらせるか」
だが、この土壇場でも公は焦らずにワンフェイクを入れてマークを外す。
「しまった」
「入れ」
しかし、その時にはすでに戻っていた若槻がそれを阻む。長い腕を伸ばして、辛うじてボールに触ると、
僅かにずれた軌道はリングを通ることはなかった。
「しまった」
ガンッ
「バカヤローーーー。このまま終われるかーーーーー」
このままタイムアップかと思われたその時、先程シュートを決められそうになった竹原が、
自分への怒りを込めてリバウンドに飛びつき力ずくでもぎ取った。
「木本!!」
すぐに能城に囲まれた竹原は、近くに来ていた木本に出した。
「これで最後だ。決めろ、公!!」
公式戦最後の、公へのラストパスだ。
バシッ
「よしっ」
会場にいる者すべての視線が公に注がれる。
「公」
「公くん」
「公さん」
詩織、沙希、レイが祈る。
「公」
「先輩」
木本、竹原、菊川、石崎、そしてきらめき高校バスケ部員全員の想いを受け、
3年間の成果を最後のシュートに凝縮する。
身体に染みついた狂いのないモーションで、バスケット部に入って一番最初に覚えたジャンプシュートを打つ。
シュッ
「いけーーーーーーーー」
「お願い。入ってーーー」
公と詩織の声がシンクロする。
ザシュ
リングを通った瞬間、時間が止まったような感覚があり、ほぼ同時に試合終了のブザーが鳴った。
ピーーーーーー
90対89。
この瞬間、きらめき高校の、男女アベック優勝が決まった。
「よっしゃーーーーーー!!」
公が両腕を上げてガッツポーズをすると、そこに木本達が集まって抱きついた。
「やったーーーーーー」
沙希は、木本に手を振りながら大声を上げて立ち上がった。
「詩織ちゃん、やったね。公くん。やったね」
「うん、うん」
「やりましたね」
レイは詩織の手を取って喜んだ。
「うん」
詩織は満面の笑みを浮かべて、止めどもなく流れてくる涙を拭った。
きらめき側からは、割れんばかりの歓喜の声が巻き起こった。
部員、父兄、応援していたみんなが、立ち上がりバンザイをし、身体を揺らし
抱き合って喜んだ。
「公、やったな」
「お前のお陰だよ」
木本が公の頭を抱えて、髪をかきむしる。
「公!!このーーーー!!」
「おいしいとこ、持っていきやがってーーー」
竹原と菊川も、公をバシバシと叩いて喜びを表現する。
「お前ら。やめろって」
ハーフラインまで行き最後の礼を済ませると、ベンチに戻ってきて、
部員のみんなと再び優勝の喜びを分かち合った。
3年生は、最後の最後に全国優勝が出来た喜びを、1、2年生はこの栄光を自信に変えて、
またここに戻ってくることを誓いながら。
「先輩。やりましたね」
石崎が、3年生の手を一人一人握っていく。
「ああ。お前の頑張りのお陰だ」
石崎の活躍で、どれだけ救われただろうか。公はその手をギュッと握った。
「いえ、僕なんてまだまだです」
「来月からは、お前がみんなを引っ張って行くんだぞ」
誰がキャプテンになるのか木本には分からないが、1年間スタメンを張ってきた石崎の力は、
計り知れないもののはずだ。
「はい。頑張ります」
「よしっ、みんな!!約束通り、コーチを胴上げするぞ!!」
竹原が先頭になって、コーチを取り囲んだ。
「お、おい!!ホントにやるのか?いいって」
喜びで涙目のコーチが、手を振って抵抗する。
「問答無用。みんな!!」
「おうっ」
「わ、わ、落とすんじゃないぞ」
強引に持ち上げられたコーチは、おっかなびっくり胴上げされた。
「ははははは」
きらめきが異常に盛り上がっているところに、田辺が近づいてきた。
「やってくれたな」
木本と公に話しかける。
「なに言ってやがる。これで1勝2敗だろうが」
木本は田辺を小突きながら言い放つ。
「そうだったか。でも、最後に勝ったんだから、贅沢言うなよ」
「ははは。それもそうか」
「でも、この借りは大学で返すからな」
手を差し出して握手を求めると、木本も手を出した。
「お前は、もう決まったのか?」
「ああ。青学だ」
今度は公と握手をかわしながら言う。
「青学?」
公は手を握りながら、驚いた声を出す。
「どうした?」
「い、いや。俺の第1志望はそこなんだ」
「おっ、そうなのか?それはいい。お前と組むのも良いな」
田辺は思わぬ展開に驚いた。
「おいおい。俺との関係を切って、田辺とくっつくのか?この浮気者!!」
木本も驚いたが、すぐに冗談交じりで言う。
「そんなこと言ってもなぁ。まだ受かるか分かんないし」
「はははは。まあバスケをやってる限りは、どこかで会うだろ。じゃあな元気で」
「おう。またな」
「また」
田辺は振り返らずに、手だけを挙げて帰っていった。
「強敵だったな」
「ああ。しかし、あいつも青学だったなんて」
公は、大学でのバスケも有意義なものになるかなと、期待が膨らんだ。
![]()
喜びの余韻を残したまま控え室に戻った木本達は、30分後に控えている表彰式まで身体を休めていた。
ここにいるのはスタメンだけで、他の部員は後片づけや父兄の相手をしていた。
「ふう。俺達、優勝したんだな」
長椅子に横になって、竹原がまるで夢のように言う。
「そうだなぁ。ホント、公のお陰だよ」
「そうだな」
菊川と石崎も、しみじみしながら頷く。
「ん?みんなの努力の成果だよ」
床に座り込んでいる公が小さく答える。
かなり疲れているのか、ちょっと眠そうだ。
「ま、確かにそうだけど。やっぱり公の役割は大きかったよ。前半は田辺を抑え込んで、
離されても追いつくときは公のプレーがきっかけになったしな。感謝してるよ、お前には・・・・・・・。ん?」
木本は、反応がないので公の方を見た。すると、俯いている公から寝息が聞こえてきた。
どうやら眠ってしまったようだ。
「ははは。よっぽど疲れたんだな。相手はあの田辺だったものな」
「そうだな〜」
改めて公の活躍を思い出して、きらめき高校に入って良かった。この男に出会えて良かったと実感する4人だった。
コンコン
そこに、部屋をノックする音がした。
一番近くにいた木本がドアを開けると、そこには詩織が立っていた。
レイは、みんなの前に出るわけにはいかなので、先に帰っていた。
「おっ。シーーーーー」
「な、なに?」
いきなり人差し指を立てて言われたので、不思議そうに木本を見た。
「どうしたの?明くん」
詩織の後ろから、沙希が少し大きな声を出しながら、ヒョイと顔を出した。
「沙希も一緒か。ちょっと静かにしてくれ」
顔をよけて中が見えるようにして、公のことを指さした。
「今日のMVPが寝入ってるんだ」
「そ、そうなんだ」
沙希は、両手で口を塞いで小さくなった。
「大丈夫?」
詩織は心配そうに公を見た。
「ただ寝ているだけさ。ふむ」
木本は何かを思い付いたようだ。
「みんな。ちょっと来い」
竹原らを手招きして、部屋から廊下に出た。
「なんだ?」
「表彰式までまだ少しあるから、公は寝かせておこうぜ」
「そうだな。俺達は他に行ってるか」
みんなが控え室を離れようとすると、詩織と沙希もそれに従った。
「あっ、藤崎」
菊川らが先に行った後をついていこうとしたら、木本に呼び止められた。
「なぁに?木本くん」
「お前は残ってくれ。遅れないように、公を連れてきてくれないか?」
木本は気を利かせて、二人きりにしてやろうと言っているのだ。
「え?」
「そうよ。行って来て」
沙希はニコニコしながら、詩織の背中を軽く押した。
「そ、そう?」
モジモジして赤くなりながらも、その言葉に甘えることにする。
「じゃ、じゃあ。先に行ってて。連れて行くから」
胸の前で小さく手を振って、控え室の中に入っていった。
パタン
「じゃあ、俺達も行くか」
「うん」
木本は、沙希を促して歩き始めた。
「優勝おめでとう、明くん。とっても格好良かったよ」
「そうだろう?」
「うん」
二人は、どちらかともなく手を繋いで、控え室を後にした。
「公」
ドアを閉めて中にはいると、暖房がきいていて、程良い温度になっていた。
詩織は、座り込んで寝てしまっている公の側に行って、そっとしゃがんだ。
ストン
そして、公の顔を覗き込む。
「可愛い寝顔だな」
こうして公の顔を見ていると、今日の活躍がたくさん浮かんできた。
「ホント、凄かったなぁ。高校からバスケを始めたのに。優勝しちゃうんだから」
おまけに公は、今大会の1試合個人得点と、個人総得点で1位に輝いている。
「ふふ」
詩織は、隣に座って寄り添った。
すると、公は寝ているのに妙に照れてしまって、段々と紅潮してきた。
部屋には二人だけ。
詩織はちょっといい気分になってきた。
「好きだよ」
すると突然、寝返りを打った。
「う〜ん」
「きゃ」
詩織は、驚きながらも口を塞いだ。
「びっくりしたなぁ」
首を傾けて、頭を公の肩に乗せた。
これからも、こうやって一緒にいたい気持ちで胸が一杯になる。
「お疲れさま、公」
耳元にささやき、頬に暖かい唇が触れた。
つづく
あとがき
毎度毎度お待たせしてます。
やっと、第55話のアップです。
まさか4ヶ月も間があくなんて思いませんでした。
みなさん待っていてくれてありがとうございました。
さて今回は、「My wish」最後の試合とあって、だいぶ苦労しました。
公の活躍だけを描くのは簡単なんですが、
それだと他の4人が可哀想なので、全員の活躍を描いてみました。
少しはいるかもしれない、竹原・菊川・石崎のファンの方、
満足していただけたでしょうか。
それにしても、毎回バスケシーンには苦しみましたね。
私はもう燃え尽きました。
昨年のインターハイ男子決勝を参考にしたんですが、
この試合でも延長戦が行われて、能代工業が優勝しました。
しかし、ここでは能城ではなくきらめきが優勝を果たしました。
男女アベック優勝は現実には不可能に近いですが、
小説だから良いですよね。
今年の高校バスケシーンは、どうなるんでしょう。
応募された方も忘れていたかも知れませんが、
今回はペテン師さんの応募キャラを出しました。
いかがだったでしょうか、ペテン師さん。
次回からラストスパートです。
ラストシーンは頭にあるんですが、
その間の2話はこれから考えます。
また長い期間待たせるかも知れませんが、
最後までお付き合い下さいませ。(^^)/~~~