「My wish」

第56話「私の願いは・・・」

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 熱い戦いを演じてきたバスケット部が、劇的なアベック優勝を果たしてから一夜が明けた。
 大晦日の今日は、朝からぱらぱらと雪が舞っていた。
「う、う〜ん」
 目が覚めた詩織は、大きく伸びをしてから隣で寝ている公を見た。
 昨夜は、主人家と藤崎家が合同で祝勝会を開いた。つい先程まで盛り上がって
 いた親達は居間で寝っ転がっているだろう。
 二人とも、日にちが変わる頃までは親に付き合っていたのだが、大会の疲れもあって、
 そっと抜けだし公の部屋に逃げてきていた。
 そして疲れ切っていた二人は、公のベットにバタンと倒れ込み、どちらともなく寝入ってしまっていた。
「服のまま寝ちゃったんだ」
 ここに泊まる予定ではなかったのだから当然である。幸いセーターとズボンであったから、
 しわになるということはなかった。
「本当に、優勝しちゃたんだね」
 机の上に並んでいる、公と自分のメダルを見た。
 幼馴染みで恋人同士の二人が達成した偉業に、我ながら感心してしまう。
「ん」
 公のまぶたが動いた。
「起きた?公」
「んん?・・・・・・・わあ!!」
ガバッ
 まぶたをゆっくりと開けて詩織を見た公は、上半身を跳ね起こした。
「し、詩織?」
 眠気が一気に吹き飛んでいった。
「おはよう、公。その様子だと、昨日のこと覚えてないでしょ」
「お、覚えてないって・・・・・」
「あっ、その顔は何か勘違いしてるでしょ。別に何もなかったわよ」
 公の表情を読みとった詩織は、微笑みながらサラリと言った。
「そっか。昨日は疲れてたから、すぐに寝ちゃったんだな。残念」
 頭をかきながら、最後はポツリと呟いた。
「え?何か言った?」
「な、何でもないよ。さむ」
 寒気を感じた公は、暖を取るため詩織に抱き付いた。
「きゃあ」
「あ〜、あったかい」
「もう」
 朝からこんな風にじゃれ合うなんて、子供の頃お互いの家に泊まりっこをしていた時以来だ。
「ははは。ん?雪が降ってたんだ。寒いはずだよ」
 ベットのすぐ横にある窓の、閉まっているカーテンの隙間から白いものが見えた。
「ホントだ。そうだ。今日は夜から初詣に行きましょうよ」
「夜から?そうだな。いいかも」
 公は、少し考えてから快諾した。
「やったぁ。じゃあ、それまではお家のお手伝いをしないと。大会の応援で忙しくて、
 何にも大掃除してないって言ってたから」
「それは家も同じだよ」
「ふふふ。やっぱり?まずはみんなを起こしに行きましょう」
「ああ」
 二人は、二日酔いをしているだろう家族を起こすために下へ降りた。



 居間に行き4人を起こすと、父親二人は二日酔いの状態であったが、母親二人は何ともなかった。
 意外にも女性陣の方がアルコールに強いことを知って、公と詩織は驚いた。
 それはさておき、無事だった者4人で祝勝会の片付けを済ませると、公の母親の誘いもあり、
 6人で朝御飯の食卓を囲んだ。
「どうぞ」
 詩織が、全員の茶碗にご飯をよそって渡す。
「ありがとう、詩織ちゃん」
 公の母親が、嬉しそうに受け取った。
 将来は、これが日常になるのかなと期待している。
「ほら、あなた。詩織ちゃんがよそってくれたご飯なのよ。ちゃんと食べなさいな」
「う、うむ」
 二日酔いで食欲のない公の父親が、ご飯をジッと見つめている。
「おばさま。良いんですよ」
 手を付けない夫を急かしている公の母親を、詩織は手を振って止めた。
「いいえ。初めが肝心なのよ。ねぇ?」
 詩織の母を、同意を求めるように見る。
「ふふふ。そうですね」
 詩織を見ると、俯いて顔を赤くしていた。
 その隣では、父親がちょっと複雑な表情をしている。
 公のことは認めているし気に入っているのだが、女の男親は色々と思うところがあるらしい。
「初めが肝心?」
 みんながその意味に気が付いているのに、公だけが分かっていなかった。
「ったく。鈍感な息子でこめんなさいね」
「い、いえ。慣れてますから」
 下を向いたまま肯定する。
「ふふふふ」
「はははははは」
 それには、公以外の全員から笑いが漏れた。
 公は不機嫌になりつつも、夜のことを話した。
「なんだよ。いいけどさ。それより母さん。今日の夜、詩織と初詣に行ってもいいかな」
 詩織の両親の顔も窺う。
「神社で年越し?いいわよ。大晦日とお正月くらいは受験勉強をお休みしても良いでしょ。ねえ、藤崎さん」
 話題が変わって、やっと顔を上げた詩織が心配そうに両親を見た。
 母親が父親二人を見ると、二人とも無言で頷いた。
 おばあちゃんの家に行くのは、次の日曜日でも良いだろう。
「ええ。その代わり、ご飯を食べたらみんなで大掃除よ。あなた達のお陰で、
 全然やってないんだから。たくさん手伝ってもらうわよ」
「はい」
「は〜い」
 二人仲良く同時に返事をすると、また笑いが起こった。
「もうっ」
 からかわれた感じがした詩織は、頬を膨らませた。



 数時間後。
 公は、風呂とトイレの掃除、それに窓拭きを終えると、最後に自分の部屋を片づけていた。
 山積みになっている情報誌を、いるものと捨てる物に分けながら、少し感傷に浸った。
「今年も、もうすぐ終わりだな」
 高校生活もあと少し、受験が終われば卒業式を待つばかりだ。
「これは、いる。これは、いらない。ん?」
 何かとお世話になった「ときめきウォッチャー」を整理していると、山が崩れてページが開き、
 それに目が止まった。
 そこには、花嫁衣装を着た女性が載っていた。よくあるブライダル関係の広告ページだ。
「結婚かあ」
 小さい頃から詩織のことが好きで、遂に付き合うようになって3ヶ月。
 幼い頃はプロポーズに似たような事を言ったときもあったが、今でもその気持ちに変わりはない。
「でもまあ、まだ先の話だよな」
 これから受験をして学生生活を続けようと思っているのだから、まだまだ現実的ではない。
 しかし、広告の中の女性の手を見た途端に、少し考えが変わった。
「う〜む。金がいるな〜。受験が終わったら、バイトでもするかな」
 アゴに手をやり思案顔になる。
「よしっ、決めた。バイトする」
 しかし、そういう情報に乏しい公は、バイトといっても何があるのか検討がつかなかった。
 気が急いていた公は、早く情報だけでも得たいと思い、急いで残りを片づて
 バイト情報誌を求めてコンビニへと向かった。


 朝から降っていた雪は止み、白くなっていた家々の屋根や道路も元に戻っていた。
「う〜、さむ」
 それでも風は冷たく、外を歩く人々に吹き付けていた。ジャンパーを羽織った
 公は、家の近くのコンビニに入ると、真っ先に雑誌コーナーの前に立った。
「これこれ」
 よくあるバイト情報誌を手に取ると、パラパラとめくって斜め読みしていく。
「時給って、それほど高くないなぁ。高校生なんだから当たり前か。
 でも、受験が終われば学校に行く日も少なくなるから、短期集中でたっぷりやれば大丈夫かな」
 捕らぬ狸の皮算用だが、頭の中で目標金額を設定する。
 そんなことをブツブツと言いながら立ち読みしていたら、急に声をかけられた。
「ふ〜ん。主人くん、バイトするの?」
「そうなんだ」
 周りが見えていなかった公は、何気なく答えた後、ちょっと間を置いてから声の主の方を見た。
「誰だ?」
 そこには、ここのコンビニの制服を着た、赤い髪の少女が立っていた。
「きゃはは、遅いよ。こんちは。バイトしたいの?主人くん」
 底抜けに明るい声で笑った後、公が見ていた雑誌を覗き込んだ。
「そ、そうだけど。君は誰だ?何で俺の名前を」
「あ〜、ひっど〜。同窓生の顔を忘れるなんて」
「え?」
 公は改めて、女の子の顔を見つめた。
「ん?どこかで見たような・・・・・・・・・・・。あっ、君は好雄と一緒にいるのを見たときあるな」
「そうそう」
「確か〜、あ、あ、朝日さん」
「がくっ」
 漫画のように転けた女の子は、気を取り直し裏拳を入れて突っ込んだ。
「朝日奈よ。朝日奈夕子!!」
「あ〜、朝日奈さんか。ごめんごめん」
「まあ、いいけどさ」
 そう言って笑っているところを見ると、どうやらホントに気にしていないようだ。
「そうそう。優勝おめでとう。凄いじゃん」
「ありがとう」
「夕方に、見に行ってた友達からメールが来たから結果は知ってたんだけど、
 夜中にやったTV見たよ。結果は分かっているのにドキドキしちゃった。ホント格好良かったよ。
 彼女に立候補しようかな〜?あっ、主人くんには藤崎さんがいるからダメか。藤崎さんから奪っちゃおうかなぁ〜」
 背の高い公にすり寄って、上目づかいに見る。
「は、ははは」
 公が苦笑すると、夕子はパッと離れて笑った。
「冗談冗談。藤崎さんに振られたら連絡ちょうだい。きゃはは」
 焦った公は、すぐに話題を変えた。
「あ、朝日奈さんは、ここでバイトしてるんだ」
「そっ。いろいろ遊ぶためには、これがいるのよねぇ〜」
 指で輪を作って笑う。
「そっか」
 公は、よく笑う娘だと思いながら話を続けた。
「主人くんて、大学受験しないの?」
「ん?するよ。バイトは受験が終わってからしたいんだ」
「ふ〜ん。じゃあ、2月も終わり頃でしょ」
 公が頷くと、夕子はちょっと真面目な顔になった。
「ただ、どの位出来るか分からないから迷うんだけど」
「短期間なのね。じゃあ、ここでやらない?」
「え?募集してるの?ここって」
 雑誌には載っていないし、周りを見ても張り紙はない。
「うん。まあ、募集しているというかぁ〜。実は、私の代わりに入って欲しいのよ」
「朝日奈さんの変わり?」
「そう。ちょうど主人くんの受験が終わる頃にさ、卒業旅行に行くことになってるのよ」
「卒業旅行?もしかして好雄と?」
「ええ?なんでヨッシーが出てくるの?別に私たち付き合ってる訳じゃないよ。腐れ縁だよ〜」
 大袈裟に手を振って否定するが、嘘のようにも見える。
 だが、旅行は女友達と行くのは本当のようだった。
「卒業式には出ないの?」
「もちろん出るわよ。一回戻ってきて、また別の友達と別の所に行くの」
 どうやら出席日数は足りているらしい。別の友達というのは好雄のことだろうか。
「ふ〜ん。コンビニかぁ。夜中の時間なら、時給も高いかな」
「うん。結構高いよ。シフトは店長と話し合ってね」
 時給が高いのは願ったり叶ったりだし、家からも近くて好都合と判断した公は、夕子の提案を了承した。
「わかった。店長さんに紹介してくれるかい」
「やってくれるんだね。ラッキーーーーー」
 公の手を取って、上下にブンブン振った。
「よ、よろしく」
「OK」
 夕子は早速、事務所にいる店長の所へ走っていった。
「よしっ、バイト先も決まりそうだし、後は受験に失敗しないようにしないと」
 公は、満足げな顔で呟いた。



 その頃、詩織は台所にいた。
 力仕事は父親に任せて、自分の部屋を掃除した後、母親のおせち作りを手伝っていた。
「詩織、くりきんとんはどう?」
 裏ごししたサツマイモを、弱火で煮ながら木べらで練っていた詩織に聞いた。
「う〜ん。こんなもんかな」
 砂糖を加えて練り、つやが出てポッテリしたところで栗を入れた。
 更に、塩を入れて味を整えると、木べらに取って舐めてみた。
「うん。おいしい」
「詩織。美味しいからって、誰かみたいに夜中に食べ尽くしたりしないでね」
「誰のこと?そんなことしないわよ」
 意味不明の言葉に首を傾げる。
「ふふふ。じゃあ、お皿にとって、お重に詰めて」
「は〜い」
 おせちといっても、出来合の物を並べたりもするので、全部作るわけではない。
 ほとんどは重箱に移すだけで、手作りをするのは数点しかない。
 詩織はヘラを使って、出来たての栗きんとんを重箱に詰めた。
「お母さん、これでいい?」
「そうね。ありがとう。これもいいから、一休みしましょう」
 鍋に向かっていた母親が、ガスを止めて振り返る。
「うん」
 詩織はマグカップを2つ出して、お湯を注ぎココアを作った。
「はい」
「ありがとう」
 二人は、椅子に座ってホッと一息ついた。
「あったかい」
 カップを包むように持ち、少しずつ流し込んだ。
 母親は、そんな娘を暖かい目で見ていた。
「ねえ、詩織」
「なぁに?」
「あなた、クリスマスの夜に、公くんと何かあったでしょ」
「え?」
 詩織の顔色が変わった。
 突然のことに、母親の目を見ることが出来ず俯いてしまう。
「別に怒ってる訳じゃないから」
「う、うん」
「それは、詩織も望んだ事なんでしょ?」
「うん」
「なら良いわ。親に止める権利なんてないんだから」
 一口飲むと、再び娘を見た。
「顔を上げなさい詩織。これから言うことは、お母さんの本心だから、よく聞いて」
「うん」
 詩織は、顔を上げて母親の目を見た。
「詩織なりに、公くんとこれからどうなりたいのか希望があると思うけど、
 私は貴方の自由にしていいと思っているの。詩織がよく考えた末の結論だろうし、
 貴方なら、まず常識外れな事はしないでしょう」
 我ながら、よくこんなに良い娘に育ったと思う。
「たまたま、お隣の公くんが同じ日に生まれて、幼馴染みとして今日まで来たけれど、
 ただの幼馴染みで終わらず恋人同士になったのは、すごい事だと思う。
 公くんが、あんなにいい男になるなんて思わなかったけどねぇ」
「あっ、ひどいなぁ〜」
 頷きながら真剣に聞いていた詩織が、口を尖らせて抗議する。
「ふふふ。でも、これからもっといい男が出現するかも知れないわよ〜」
「う〜ん。それは否定できないけれど、どんなにいい人でも、私にとっての一番は、これからもずっと公よ」
 詩織の目は、確信の色を秘めていた。
「そう」
 母は、詩織が幼い頃から公のことを想っていたのを知っている。一過性の恋ではなく、
 こんなに長い間その想いが続いていたのは、本物としか言いようがない。
「私も公くんは好きだし。あと10歳若ければ、誘惑するんだけどねぇ」
「え?」
 一瞬、表情が固まったが、いつまでもおもちゃにされる詩織ではない。
「お、お母さんが若くても、私の魅力があれば大丈夫だもん」
「あら、言うわね。詩織には負けないわよ。でも、その前にこの小じわをなんとかしないとねぇ」
 どこまで本気なのか、まだ言っている。
「ねぇ、お母さん。公とのこと、何で分かったの?」
 詩織は、さっきの言葉が気になって話を戻した。
「ふふふ。分かるわよ。次の日の雰囲気が違ったもの」
「雰囲気?」
 何を指して言っているのか分からない詩織は、首を傾げた。
「大人の女の色気っていうか。そんな感じが漂ってきたのよ」
 曖昧だが、母親には、というか女には分かるのだろう。
「ふ〜ん。そうなんだ」
 詩織は、顔を赤くしながら納得した。
 そこに、お風呂掃除を終えた父親が入ってきた。
 台所と廊下を隔てる、のれんをかきわけて顔を出した。
「なんの話をしてるんだ?」
「きゃあ」
「な、なんだ。大声を出して」
 娘の驚きように、逆に驚く。
「ほほほ。何でもないわよ。ねぇ、詩織」
 口元に手を当てて、不自然な笑い方をする。
「う、うん」
 詩織は、ドキドキしている胸の鼓動が聞こえてはないかと緊張した。
「そうか」
「お父さんも、お茶でもいかが?」
「ああ。そうだな」
 母親の隣に腰を下ろした。
「ふう。そうだ詩織」
「な、なぁに?」
 今度は父親に同じ事を言われるのじゃないかと、身体をこわばらせる。
「はい」
 母親が湯呑みを前に置く。
「ありがとう。コホン。お父さんは、詩織のことを信じているからな」
 それだけ言って、お茶をすすった。
「は?」
 あまりに簡潔な言葉に、詩織は唖然とした。
 公とのことを気が付いているのかは分からないが、娘のことを想う気持ちは母親と同じだ。
「信じてるって」
 母親がウィンクをしながらフォローする。
「うん。ありがとう」
 詩織は、満面の笑みで頷いた。



 夜になり、公と詩織の家がある住宅街の辺りは静寂に満ちていた。家族と一緒に過ごす人もいれば、
 きらめき駅前やショッピング街で、恋人同士や仲間同士でカウントダウンを待っている人もいるだろう。
 そんな中、公と詩織は、きらめき神社に向かって歩いていた。
 詩織は、淡い桜色の地で裾に青のぼかしが入った、藤の花が咲いている振り袖を着ていた。
ゴーーーーン
 先程から始まっている、除夜の鐘の音が聞こえてくる。
「寒くないか?」
「うん。大丈夫よ。こうしてると、暖かいから」
 詩織は、繋いでいた手を離して腕を組み、ぬくもりを楽しんだ。
「歩きにくいよ、詩織」
「いいの。急いでるわけじゃないし」
「そうだけどさ」
ゴーーーーン
 神社に近付くと、同じ方向に歩いていく人達が増えてきた。
「こうやって、夜中に来るなんて初めてだよ」
「私もよ。少しは寝てきた?」
「うん。コ・・・本屋から帰った後に少しね」
 公は、コンビニと言いかけて慌てて訂正した。コンビニに行ったと言うくらいでは
 バイトの事に繋がるとは思えなかったが、一応避けた。詩織のカンは侮れないから。
「?」
 公が何か慌てたような気がしたが、詩織は追求せず歩き続けた。
ゴーーーーン
「そうだ、公。前に公から、おみくじの事を教えてもらったでしょ。お返しに、今度は私が教えてあげる」
 組んでいた腕をほどいて急に立ち止まった詩織を見ると、今日の為に調べてきた知識を、
 今にも喋りたそうな顔をしていた。
「え?ははは」
 詩織は負けず嫌いだなあと、思わず笑ってしまった。
「なによぉ」
「いいから、いいから。なんだい?」
「ぶ〜、いいけど。あのね。いま鳴っている除夜の鐘って108回撞くのは知ってるよね。
 それが人間の煩悩だってことも知ってるでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、108の煩悩って、何か知ってる?」
「え?う〜ん。そんなの考えたことないな」
「そうでしょ。じゃあ、教えてあげる」
 詩織は得意気な表情で、嬉しそうに微笑んだ。
「あのね。人間の体全体の働きを表す「六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)」って言うのがあって、
 それぞれ「好・悪・平(良い・悪い・どちらでもない)」の3パターンに分かれて18
 それと、本来は清らかな心をけがす「六塵(色・声・香・味・触・法)」というのがあって、
 これも「苦・楽・平」の3パターンに分かれて18あるのね。
 この2つを合わせると36でしょ。
 この36の煩悩が、「三世(過去・現在・未来)」に渡ってあるとして、36×3で108になるのよ」
「へ〜、そうなのか。俺はてっきり、何かの欲求そのものだと思ってたから、108もあるのかなって思ってた」
「ふふふ。食欲とかでしょ」
「そうそう。あとは○○とか」
 詩織の耳元で囁いた。
「もうっ!!エッチなんだから」
 詩織は、あいていた手で公を叩いた。
「ははははは」
 今では、こういうことも言い合える二人だった。



 神社に着くと、結構な人だかりが出来ていた。
「毎年のことだけど、たくさんいるね〜」
「ああ。絵馬とかお守りは後にして、まずはお参りだな。並ぼう」
「うん」
 二人は列の最後尾に並び、少しずつ進んでいった。
「詩織は、何をお願いするの?」
 公が何気なく聞いた言葉に、詩織は過剰に反応した。
「じゅ、受験生だもの、決まってるじゃない。それ以外に何があるのよ」
「それはそうだけど、それだけ?」
 公は、自分のことはないのかと、残念そうに言った。
 表情が暗くなったのを察知した詩織は、慌てて付け加えた。
「ま、まだあるけど、内緒よ」
「そっか。そうだよな」
 詩織が何をお願いするのかは気になるが、だからといって自分の願い事を教えるのは
 恥ずかしいのだから、攻めることは出来ない。
ゴーーーーン
 周りがザワザワし始めたので、公が腕時計を確認すると、年が明けるまでもう少しだった。
「詩織、もうすぐだ」
「うん」
ゴーーーーン
 最後の鐘が鳴った。
 そして、どこからともなくカウントダウンの声が上がる。
「10・・・・・5・4・3」
 境内にいる、ほとんどの人が声を上げている。
「2・1」
 公と詩織は見つめ合う。
「0」
「明けましておめでとうーーーーーーーーー」
「おめでとうーーーーーーーーーー」
 そこかしこでお祝いの声が上がり、拍手が巻き起こった。
「おめでとう、詩織」
「おめでとう、公」
 詩織は、また公と一緒に新年を迎えることが出来た喜びをかみしめて、腕に抱きついた。


 やっと二人の番が来たときには、年が明けて20分くらい経っていた。
「さて、と」
 用意していた100円玉を持つと、詩織の掛け声と共に賽銭箱に投げ入れた。
「はい」
チャリンチャリン
 そして、一緒に鈴を鳴らした。
ガランガラン、ガランガラン
 深く2礼してから2回拍手をして、手を合わせ願い事をする。



「大学に合格させてください。詩織と、ずっと一緒にいられますように。誕生日に成功しますように」

「大学に合格しますように。公と、ずっと一緒にいられますように。それと・・・・・・、公と結婚出来ますように」

 二人とも、ほぼ同じ内容であった。



 手を下ろして一礼し、二人はおみくじの方へ足を向けた。
「そうだ、公。去年引いたおみくじは持ってきた?」
「ん?ああ、もちろん」
 おみくじの扱いは色々あるが、去年引いたときは二人とも持って帰っていた。
 それを今日、木に結ぶのだ。
「家を出る前に読み返したけど、去年を振り返るとズバリ当たってたんだよ」
「そうそう。私もなの。すごいよね、ここのおみくじ」
 売り場に着くと、まずは手頃な木に去年のくじを結んだ。
 悪いこともあったが、最終的に願いが叶ったことに対して感謝しながら。
 そして改めて、公から番号を引き、バイトの巫女さんから新しいくじを受け取った。
「今年の運勢は・・・・・」
「今年は、良いのが出てね・・・・・」
 二人とも緊張の面もちで開いた。



『よしっ、大吉』
  【霞より 出でて匂へる 朝の陽に 
              春立つ海は 波風もなし】
  【願望:必ず達成される 心引緊めよ】
  【縁談:良縁は近くにある】
  【試験:合格 然し実力を増すこと肝要】

「必ず達成される・・・・・か」
 詩織に気づかれないように、小さくガッツポーズをした。


『大吉だ。やったぁ』
  【草も木も 同じ恵みの 時を得て
              野山の春は 風ものどけし】
  【願望:人に頼る必要なく成就する】
  【縁談:あせらず時を待つが良い】
  【試験:必ず合格する】

「あせらず時を待つが良い?公からの言葉を待った方が良いって事かしら」
 もう付き合っているのだから、伝説の木の下で言うことはないと言えばない。
 それに、ここのおみくじは良く当たるのを身に染みて知っているので、
 よく覚えておくことにした。



「どうだった?公」
「ほら」
 公は、まるで印籠を見せるかのように、くじをかざした。
「あっ、良かったね。私もよ」
「二人揃って大吉とは、幸先良いな」
「うん」
 結果も嬉しかったが、公と一緒なのが、もっと嬉しかった。
 この後、合格祈願のお守りを買い、絵馬を書いて奉納した。
「一通り終わったな。これからどうする?」
「そうねぇ。このまま帰るのは、もったいないんだけど」
 実は、詩織は初日の出が見たいと思っていた。しかし、どこに行けば見ること
 が出来るのか知らなかったし、今から日の出に間に合うのかも不確定だった。
 悩んでいた詩織の目に、知った顔が目に入った。
「公、公」
 服の袖を引っ張る。
「ん?どうした」
「あれあれ」
 詩織が指差した方に、木本と沙希の姿があった。
「おっ、あいつらも来てたのか」
 これからお参りするようで、長い列の中にいた。
 少し離れていたから、向こうはこちらにまったく気が付いていないようだった。
「お、もご」
「待って」
 公が叫ぼうとした時、詩織が口を塞いで止めた。
「どうした」
「せっかく二人で来てるんだから、そっとしておきましょうよ」
 と言いながら、邪魔されたくないのは詩織の方だった。
「うん。そうだな。・・・・・あとで、これをネタに木本をからかってやろう」
「ふふふ。意地悪ねえ。じゃあ、私も沙希ちゃんをからかおうかな」
 自分達のことは棚に上げて、揃って迷惑な公と詩織だった。
 そんな二人に話しかける声があった。
「明けましておめでとうございます。公さん、詩織さん」
「え?」
 振り返ると、そこには従者を率いたレイが立っていた。
 男装ではなく、本来の姿のレイが晴れ着を着ていた。
「レイちゃん。明けましておめでとう」
「・・・・・・・レイか。おめでとう」
 公が間を置いたので、レイは不思議そうに尋ねた。
「どうかしましたか?」
「い、いや」
 ドレスなどの洋服もいいが、和服もよく似合った。思わず見とれてしまう美しさだ。
 レイは、黒地に鶴が描かれた振り袖を着こなしていた。
「レイちゃんが、あまりに綺麗だから見とれてるのよ。ねぇ、公」
「あ、ああ」
 少し嫉妬が混じった口調だったにもかかわらず、肯定してしまった。
「ホントですか?ありがとうございます。もしかしたらお二人に会えるかなと思って来たのですが、
 着てきて良かったです」
 頬を染め照れながら話すレイは、公にとって新鮮だった。
「うん。似合ってる」
 更に赤くなるレイ。
 恋愛の対象ではなくなったとはいえ、友達として大切な人に褒められるのは嬉しいことだ。
「そうだ。詩織と一緒に応援してくれてたんだって?ありがとうな」
「い、いえ。格好良かったですよ」
「は、ははは。ありがとう」
 なんだか、詩織がいなければ、恋人同士に見えるような雰囲気が流れた。
「もうっ。彼女の前なのにぃ」
 分かっていても我慢できなくなった詩織は、公の手をつねった。
「レイちゃんは綺麗だけど、私は〜?」
「イタッ!!い、いや。詩織も綺麗だって」
「も〜?」
「勘弁してくれよ」
「ふふふ」
 こんな風にしている二人を見ていると、以前なら胸に痛みがあったが、今ではそれもない。
 親しい友人として、見守ることが出来た。
「それにしても、金ぴかとかダイヤが散りばめられてる着物じゃなくて良かったよ」
 そんなのを着ていたら、一気に引いたかも知れない。
「ふふふ。そんなおバカな着物は作りませんよ」
「そうだよな」
「それはそうと。お見受けしたところ、お二人は帰るところのようですが。この後、何かご予定はありますか?」
「ううん。これといってないけど」
 詩織は、同意を求めて公を見た。
「ああ。何もないよ」
「そうですか。じゃあ、これから私とご一緒しませんか?」
「どこに行くの?」
「別荘がある海岸へ、初日の出を見に行こうと思って」
「初日の出?私、ちょうど見たいと思ってたの」
 初日の出という単語に反応した詩織は、願ってもない申し出に、レイの手を取って喜んだ。
「ねぇ、公。行きましょうよ」
「初日の出か。いいな。よろしく頼むよ、レイ」
「はい」
「やったぁ」



 公と詩織を乗せたレイのリムジンが、海岸に到着した。
 車の中から海岸の方を見ると、そこには日の出を待つ人々が結構いた。
「日の出までは、もう少しありますから、別荘の方に行きましょう」
「寒いしな。そうしようか」
「うん」
 車は、近くにある別荘へと向かった。
 そこは海岸に沿った崖の上にあり、窓からは海が一望できた。
 少し長い階段を降りると、数十人で楽しむには丁度良い広さのプライベートビーチもあった。
「いいなぁ、ここ。夏に来たいな」
 詩織は玄関の前で、海の方を見ながら羨ましそうに言った。
「いいですよ。好きなときに使ってください。管理人には、私から言っておきます」
「ホント?ありがとう、レイちゃん」
 詩織はレイに抱き付いて喜んだ。
「い、いえ、友達なんですから」
「サンキュウ、レイ」
 一緒に来ることになるであろう公も礼を言う。
「はい」
 この二人が喜ぶことなら、何でもしてあげたいと思うレイだった。
「レイ様、お待ちしておりました」
 呼び鈴を押すと、管理人の老人が出迎えた。
「お久しぶりです。お友達も連れてきたんだけど、大丈夫かしら?」
「はい。もちろんでございます。ここの管理人吉岡でございます」
 中に招き入れながら、公と詩織にも恭しく頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします」
 二人も慌てて挨拶した。
「レイ様、お寒かったでございましょう。お風呂のご用意もしてありますが」
 お風呂好きの詩織は、ピクリと反応した。
「そうねぇ。それも良いかも」
 レイはちょっと思案した後、公と詩織の顔を見てニコリとした。
「風呂かぁ。入るのは良いけど、俺は一人だから楽しくないな」
「いえ、公さんも一緒に入りましょう」
「え?」
 公は唖然とした。
「レイちゃん?」
 公よりも驚いたのは詩織だ。公と一緒に入ろうというのだから当然だ。
 何を言い出すのよと、顔を真っ赤にしてレイを見ている。
「ふふ」
 レイは詩織を引き寄せると、耳元に囁いた。
コショコショコショ
『な、なにを話してるんだ?』
 成り行きを見守っている公は、ちょっと期待していた。詩織だけでなく、
 美人のレイと一緒に入るなんて、男としては願ってもないことだ。
 詩織が彼女だという事実は、この瞬間だけ、どこかに飛んでいた。
 レイの話を聞いた詩織は、公を向いて微笑んだ。
「いいわ。一緒に入りましょう。露天風呂から日の出を見ることも出来るんですって」
「お、おう」
 欲望が勝った公は、なんの疑問も持たなかった。
「吉岡さん。詩織さんは私が案内しますから、公さんの事はお願いね」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
 吉岡は、公を促して奥へと向かった。
「じゃ、じゃあ、風呂で」
 舞い上がっている公は、声をうわずらせた。
 吉岡について風呂へと向かう公を見送った詩織は、小さく溜息を吐いた。
「もう。だらしない顔しちゃって。鼻の下が伸びてたし〜」
「ふふふ。健全な男性ってことですよ。さっ、私たちも行きましょう。こちらです」
「うん」
 レイと詩織も、同じ方向へと廊下を歩いていった。


「混浴かぁ」
 足取り軽く脱衣所に入った公は、早速服を脱ぎ始めた。
 詩織とお風呂に入るなんて、小学校低学年以来である。
 彼女になった後も、一緒に風呂に入る機会はなかった。
「レイも一緒っていうのは、意外な展開だよなぁ」
 男と思っていた伊集院が実は女だと知ったのは、ついこの間のことである。
 学校にいる間は、当然、男装しているから、未だに男と間違えることもある。
 そんなレイと風呂にはいるのだから、変な感じだった。
「よしっ」
 全裸になった公は、借りたタオルを腰に巻いて、内風呂へと続くドアを開けた。
ガララ
「お〜、さすが広いなぁ」
 ゆうに30畳はある内風呂の中を見渡して、詩織とレイの姿を探した。
「まだ・・・・・・か」
 残念そうに呟くと、洗い場に座って身を清め始めた。



「お、遅い」
 洗い終えて、お湯につかっていた公は、三十分経っても二人が来ないので、
 広い浴槽の窓際の縁に座っていた。
 公の身体は、女の子と入るという興奮状態で、お湯の熱さ以上に火照っていた。
「騙されたか?」
 タオルをお湯につけないように頭に乗せ、もう一度湯につかってからそう思い始めたとき、
 公が入ってきた入口とは違うドアの曇ガラスに人影が映った。
「公〜、いる〜?」
「詩織か?遅いよ」
 公は横を向いて、美女二人が入ってくるのを待ちかまえた。
ガララ
 詩織から中に入り、浴槽の方へ近付いてくる。
「ごめんなさい。向こうで身体を洗っていたのよ」
「公さんの目の前で、洗うわけにはいかないでしょ?」
 レイも続いて来る。
「そ、そうか。そりゃそうだ」
 公は、グググと視線を動かして二人を見た。
『はあ』
 公は、心の中で大きな溜息を吐いた。二人は大きなバスタオルを巻いていたからだ。
『一緒ってだけで、満足しないとな』
 そう思ったとき、すぐそこまで来ていた二人が、巻いていたタオルに手を掛けて
 取ろうとしているのが目に入った。
「わわわ。と、取るのか?」
「うん。見たいでしょう?」
 詩織は、色っぽい仕草で太股の所を少し上げてみる。
「そ、それは・・・・・」
 一端は止んだ胸の鼓動が、再び始動する。
 そして、アッという間に顔が赤くなった。いざとなったら、男の方が慌てるものなのか。
「お、俺、後ろ向いてようか」
 スケベ心を抑えつつ、レイもいることだし一応気を遣う。
「ふふ。ありがとう。でも、いいわよ。ねぇ、レイちゃん」
 詩織の口元は笑いを堪えて動いていたが、公には見えなかった。
「そうですね。気を遣わなくて大丈夫ですよ」
「そ、そう。大胆だな二人とも」
 とは言っても、凝視することなど出来ない。
 目を逸らしつつバスケで培った視界の広さを最大限に発揮しようとする。
「いっせぇの、せ!!」
「はい」
バッ!!
「え?」
「どう?似合ってる?」
「ど、どうですか?」
「・・・・・・だ、騙したな」
 バスタオルを取ると、水着姿の二人がいた。
 二人ともビキニを着ていて、とても似合っていたが、
 裸体を期待していた公の心境からすれば、それもかすんでしまう。
「え?一緒に入るって言ったでしょ?ふふふふ」
チャプン
 勝ち誇った表情の詩織が、お湯の中を公の隣へと歩いてくる。
ジャブジャブジャブ
「そうだけど。混浴って言ったら、やっぱりさぁ〜」
 駄々っ子のような声色で拗ねる。
「ふふふ。すみません。今度、二人で入るときにそうしてくださいね。私がいるから、
 詩織さんは提案を呑んでくれたんです。詩織さんは、裸で入りたがっていましたよ」
「レ、レイちゃん!!そんなこと言ってないでしょ?」
 詩織は立ち止まり、後ろにいたレイに向かって反論した。
「ふふふ。言わなくても分かるんですよ」
「ほ、ホントか?詩織」
ザバッ
 興奮した公は、立ち上がって詩織に詰め寄った。
「あっ、ちょっと、公。きゃあ〜」
 頭の上にあるタオルに気づいていた詩織は、急いで後ろを向いた。
「わわっ」
ザブン!!
 自分の今の状況を知った公は、勢いよくしゃがんだ。
 目の前では、レイの視線が一点で止まっていた。
「み、見た?」
 その質問に、レイはゆっくりと首を縦に動かした。
「ちょ、ちょとだけ・・・・・・・」
 突然の出来事で初めて見る事になったモノが脳裏に焼き付いたまま、
 レイはその場にしゃがみ込んだ。
ザバン
「もうっ!!大丈夫?レイちゃん」
「え、ええ。大丈夫です」
 お湯のせいだけではなく、顔を真っ赤にしたレイが、かろうじて答えた。
「は、ははは。ごめんな、レイ。わ、忘れてくれ」
 笑って誤魔化すしかない公は、あそこをかばいつつ謝った。
「そ、そうします・・・・・」
「もうっ、恥ずかしいなあ。そんなことより、外にある露天風呂に行きましょう」
 話を変えた詩織は、窓の外を指差した。
「そうですね。日の出まで、あと少しですからね」
「そ、そうだな」
 気を取り直した三人は、浴槽を出ると露天風呂へと続くドアを開けた。
びゅう〜
 外の冷たい空気が大量に吹き込んでくる。
「さむ。早く入ろうぜ」
「ええ。暗いですから、気を付けてください」
 あまり明るくすると風情がないので、薄暗い灯りだけが点いていた。
 露天風呂は下にあり、石で出来た階段を降りていく。
 下に着くと周りは竹の柵で囲まれていて、敷いてあった飛び石を歩いていき、
 石で囲まれた露天風呂に急いで飛び込んだ。
「ふう〜。気持ちいいね〜」
「ええ」
 身体は暖かく、顔には冷たい空気が当たる。これが気持ちいい。
「なあ、これだと初日の出が見えないぜ」
 公は海側に立つ柵を指差した。
「ふふ。これをこうすれば大丈夫ですよ」
 レイは、近くにあったボタンを押した。すると、公が指差していた側の柵が横にスライドした。
「いつも開けておくわけにはいかないでしょ」
「なるほど。これならよく見える」
「楽しみね」


 それから数十分間たわいもない話をしていると、水平線が明るくなってきた。
「見て、もうすぐよ」
「ええ」
 いち早くそれに気が付いた詩織が、二人を促した。
 徐々に、水平線に沿って光が広がっていく。
「出たぞ」
「うん」
 太陽の上の部分が顔を出した。
 夜の闇から一転、アッという間に全体が明るくなり、新年の朝が来たことを告げる。
 ものの数分で三分の一まで出た陽の光が、空全体を赤くした。
「凄いなぁ〜。綺麗ね〜」
「そうだな」
 公は、陽に照らされている詩織を見た。
 初めて初日の出を見て感動しているのか、瞳が潤んでいるように見える。
「詩織、今年もよろしく」
「うん。こちらこそよろしく」
「レイも、よろしく」
「よろしくお願いします」
 微笑みを浮かべる詩織とは正反対に、レイの表情には陰りがあった。
 公は、それに気が付いたわけではないが、ふと思いついたことを質問した。
「レイは、卒業したら男装はしなくていいんだよな。クラスのみんなに公表するのか?」
「い、いえ。他の皆さんには悪いですが、このまま伏せて卒業します」
「ふ〜ん。やっぱそうだよなぁ〜。言ったところで、パニックになるだけだしな。 
 だったらそのままの方が良いか。そういえば、卒業したらどうするんだ。やっぱり進学か?」
「え?」
 ちょうど考えていたことを問われたので、レイは俯いてしまった。
「レイちゃん?」
 詩織は、いつもと違う雰囲気を察し、心配そうにレイを見た。
「お二人には、言っておきたいことがあります」
 神妙な表情で、公と詩織の顔を交互に見る。
「私は、卒業したら・・・・・・イギリスに留学するんです」
「え?」
 詩織は口元に手を当て、目を見開いた。
「伊集院家を継ぐことになる私は、帝王学を学ぶために日本を離れます」
「そうか。何年行ってるんだ?」
「分かりません。たぶん3、4年かと」
「ちょっと・・・・・・長いな」
 公は案外冷静に受け止めたが、やはり友達が離れるのは寂しい。
「そうですね。でも、必ず帰ってきますので、それまで忘れないでくださいね」
「そっちこそ、偉くなって忘れないでくれよ」
「ふふ。そんなことはありませんよ」
「忘れる訳ないじゃない」
 寂しいのを隠したいのか、冗談めかす公と反対に、詩織は真剣に眼をうるうる
 させて言った。
「ありがとうございます。男装をしないといけない家訓のため、入学当時は高校生活に
 絶望に近いものを感じていましたが、お二人のお陰で充実したものになりました。本当に感謝しています」
 高校生活が走馬燈のようによぎっていく。
 恋愛と友情を、この二人からは教わった。
「こちらこそ感謝してるよ。レイの嫌味のお陰で、トレーニングに一層集中した部分もあったし、
 なにより体育館をタダで使えたのは、すごい助かった」
 まさに今の公があるのは、レイの力が多大に働いている。
「そうよ。いまの私たちがあるのは、レイちゃんのお陰でもあるし」
 公から逃げていると言われ説得されなかったら、本当にどうなっていたか。
 二人とも、レイには余りある恩がある。
「いいえ、私はちょっと手助けしただけ。でも、一言言わせてもらうとしたら・・・・・・幸せになってください」
「うん」
「ああ。必ず」
「レイちゃん!!」
 詩織はレイに抱き付き、堪えていたものが溢れだした。
 レイも我慢していたのに、つられて流れてきた。
「見送りに行くから、黙っていくなよ」
「はい」
 公の言葉に、更に溢れてくる。
「帰ってきたら、また嫌味の一つも言ってくれよ」
「ふふふ。良いですよ。ただ、卒業後は男装をする必要がなくなるので、女のままで良いですか?」
「それはきついなぁ〜。ははははは」
「ふふふ」
「ふ、ふふふ。もうっ。感動の場面なのに〜」
 詩織も堪えきれずに、レイから離れて泣きながら笑ってしまう。


 いつのまにか、赤く染まっていた空が、どこまでも続く青に変わっていた。
 しかし、一時離ればなれになったとしても、一生続く友情は変わることはない。
 友情とは、愛とは違った形で永遠であった。


     つづく



   あとがき

 56話をお送りしました。
 久しぶりに、比較的早い更新が出来ましたね(^_^;)

 今回の話は、詩織の願いは何なのか、
 それに重点をおいて書いたつもりだったんですが、
 何故か最後は、レイとの友情に話がいってしまいました。
 初めは出す予定じゃなかったんですけどねぇ。
 題名である「私の願いは」は、詩織とレイ、二人の願いということで。(^_^;)

 公は何の為にバイトを始めるのでしょうか。
 察している方もいるでしょうが、これは最終話に関係していることなので、お楽しみに。

 初日の出のシーンは、見た経験がないのに書くということで、
 実際には違うだろうという不安があるんですが、見逃してください。

 それと、今回は初めて朝日奈夕子が出てきました。
 これから話しに絡んでくるというわけじゃないんですが、
 好きな方のキャラの1人なので、1回でも出しておきたくて今回の出演になりました。
 全員を出すのは無理ですが、沙希編を合わせて、あと3人は出したいです。


 次はバレンタインです。
 さて、どうしようかなぁ。

 でわ(^^)/~~~

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