「My wish」

第58話「伝説の樹の下で・・・」

第57話     目次へ戻る     エピローグ         



 3月に入り暖かい日が多くなった。春は、もうすぐそこまで来ている。
 3月は別れの季節。きらめき高校の卒業式も近付いてきていた。
 皆それぞれの道へと巣立っていく。
 公と詩織はといえば、二人とも第1志望の大学に合格し、4月からは同じキャンパスを歩くことになった。


 そんな大事な日が間近に迫ってきた、ある日の晩。
「ふう」
 自分の部屋で頬杖をつき、溜息を吐いた詩織の表情は冴えなかった。
 卒業式が近付いてきて確かに友との別れは寂しいが、公との楽しい時間が待っているのだから、
もう少し明るくても良いはずだった。
「何か隠してるのよね」
 この表情の原因は公だった。
 進学が決まったのだから入学式までは思う存分遊べるし、実際付き合ってはくれるのだが、
 何故かここ最近疲れた顔をする事が多かった。
「私と遊んでるとき以外に、何かやってるのかな。ま、まさか浮気?・・・・・公に限って、そんなことないか」
 詩織はカーテンを少しめくって、窓の外を見た。
「もう寝たのかな」
 公の部屋の明かりは点いていなかった。
「ふう」
 くだらない考えに自己嫌悪しながらも、また溜息を吐く詩織だった。


 そんな心配を詩織がしているのも知らずに、公はコンビニのバイトに精を出していた。
「ありがとうございました。またお越しください」
 朝日奈夕子が卒業旅行に行っている期間を含めた約1ヶ月の間、深夜のみコンビニで
 バイトをすることになった公は、持ち前の一生懸命さで店長の受けも良く、
 まだ始めて10日くらいなのだが、そんな公を可愛がっている店員もいた。
 その女性は以前、きらめき高校の臨時保険医として働いていたことがある九段下舞佳であり、
 公もよく知っていた。 
「今日も頑張るねぇ〜。感心感心。お姉さんは一生懸命な少年が好きよん」
「はあ」
 思わず目を逸らす公。制服の上からでも分かるナイスバディが目の前に来る
 と、恥ずかしくて正面から見ることが出来ない。
「ふふふ。少年。私のナイスバディに照れてるんだね。可愛いわ〜」
 スキンシップを図るべき、後ろからガバッと抱き付く。
「わあ。仕事しましょうよ、舞佳さん」
 背中に胸の感触を感じながら、抱き付いてきた舞佳を引き剥がそうともがく。
「あん」
「ふう」
 やっと離れた公は、減っている商品がないかチェックするために陳列棚へと向かう。
「もう。つれないわねん」
「ったく。それにしても舞佳さん。なんで、ひびきの市からわざわざ、このコンビニにバイトに
 来てるんですか?前は、うちの高校で保険医をしてたし」
「ん?そんなの、時給が良いからに決まってるじゃない。きらめきも高かったし」
 レジの前にある、フランクフルト等を温める機械の中身を確かめながら答える。
「そうなんですか」
「公くんは短期間のバイトだけど、何か欲しい物でもあるのかな?」
「俺ですか?別に」
 本人は誤魔化しているつもりだが、人を見る目が鋭い舞佳には効かない。
「そんなことないでしょ。吐かないと、また抱き付くよん」
「言っても、また抱き付くくせに」
「ほほほ。そうなんだけどねん。教えてよん」
 ねだるように、甘える感じで言う。
「ま、まあ、舞佳さんにならいいかな」
 魅力に負けたのかはいいとして、何か話しやすい雰囲気を舞佳は持っていた。
「俺には恋人がいるんですが、18日が誕生日なんです。そのプレゼントを買おうかなと」
「ふうん。なに買うの?」
 興味津々といった顔で近付いてくる。
「え?あ〜と。何でも良いでしょ」
 そればかりは教えるわけにはいかない。話は終わりと、そっぽを向く。
「お姉さんに教えてよん」
 舞佳得意の悩殺ポーズで迫るが、公は折れなかった。
「ダメです」
「いけずねん。誕生日プレゼントかぁ。私も欲しいなぁ〜」
「舞佳さんは美人だから、貰えそうな人たくさんいるでしょ?」
「ほほほ、ありがと。でも私は仕事第一だから、いまは恋愛をする気はないのよん」
「そうなんですか」
 そんなことを話しながら、今日も時間が過ぎていった。



 いよいよ卒業式の日。
 空は青く澄み渡り、今日も暖かい日となった。
 きらめき高校への最後の登校は公と一緒にと決めていた詩織は、公を迎えに主人家へと出向いていた。
「ちょっと早かったかな」
ピンポーーーン
 インターホンを鳴らすと、スピーカーから公の母親の声が聞こえてきた。
「はい」
「おはようございます。公は準備できてますか?」
「詩織ちゃんね。いま朝御飯を食べ終わったところなの。ちょっと待っていてね」
「はい」
 早く学校に着きたい為、いつもよりも20分程早く出てきたので、公の準備は出来ていなかった。
『公、早く準備しなさい』
『わかったよ』
 中で、インターホン用の受話器を戻さない内に叫んだので、詩織にも聞こえてきた。
 階段を駆け上がる音が、ドアの向こうから聞こえてくる。
「あっ、玄関開いてるから、中に入ってきて」
「あっ、はい」
プツッ
「ふふ。早く行こうって昨日言っておいたけど、やっぱりまだだった」
 言われたとおり玄関に入ると、公がドタドタと階段を駆け下りてきた。
「おはよう、公」
「おはよ、詩織」
 公は立ち止まることなく、洗面所の方へと方向転換して言う。
「もうちょっと待ってくれよ〜」
「うん」
 洗面所に入り、歯磨きをする音が聞こえてきた。
 一人玄関に立っていると、母親が顔を出した。
「あっ、おはようございます」
「おはよう。卒業おめでとう。詩織ちゃん」
「ありがとうございます」
 頭を下げる。
「お母さんも、喜んでたでしょう」
「はい」
「高校生活はどうだった?」
「この3年間、公と一緒だったから楽しかったです」
晴れ晴れとした満面の笑顔で答えた。
「そう。幼稚園から数えると14年、大学も同じになったから、学生生活は全て一緒って事なのよね。
 これからもよろしくね」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ふふふ」
 詩織の言葉を聞いて、何か意味深な笑みをこぼす。
「どうかしたんですか?」
「ふふふ。あのね」
 あまりに嬉しくて口に出してしまいそうになったところへ、準備が出来た公が割り込んできた。
「母さん!!行って来ます」
 ジロリと睨んでから靴を履く。
「はいはい」
 ちょっと残念そうに言うと、手を振ってみせる。
「???」
「行くぞ、詩織」
「う、うん」
 公に手を取られて引っ張られる。
「卒業式、楽しみにしてるわよ。10時頃に出るから」
「は、はい。行って来ます」
バタン
 外に出ると、公は足早に歩いた。一刻も早く母親と詩織を離したかった。
「何か話があったんじゃないかしら」
「いいんだって。大事なことなら、後で言うだろ」
「う〜ん。そうね」
 納得した詩織は、公の横に追い付いて並んだ。
『危ねぇ危ねぇ』
 バイトを始めるに当たって、両親には本当の目的を伝えてある。
 それを話したときの母親の喜びようは、凄いものだった。固く口止めしておいたのに、
 あれでは思いやられる。
『帰ったら、もう一回口止めしておこう』
「う、こう、公!!」
「ん?なに?」
 5回呼び掛けられて、やっと気が付く。
「もうっ。この時間に、この通学路を歩くのも最後だねって、言ったの!!」
「そうだな。何回全速力で走ったことか」
「ふふ。人によっては、この道だけでも色んな想い出があるのよね」
 そう想って歩いていると、もう制服で歩くことはないただの道も、いとおしいものに
 見えてくるから不思議だ。
 そうこうしているうちに、校舎が見てきた。
「公は、入学式の時のこと覚えてる?」
「入学式?う〜ん。あんまり覚えてないな」
「そう。私は良く覚えているのよ。きらめきに入学できたのがあまりに嬉しくって、
 早く校門をくぐりたくて、この桜並木の花吹雪の中を走って登校したの」
 校門近くの桜並木は、毎年新入生を歓迎してくれる。
 いまはまだ蕾だが、もうじき綺麗な花を咲かせるだろう。
「これから一体どんな楽しいことが待っているんだろうかって、わくわくしてたのを覚えてるわ」
「へ〜」
「公と一緒のクラスになったのも、とても嬉しかったのを覚えてるわ。それがもう今日は卒業式。
 長いようで短かったよね」
「うん。色んな事があったからかな」
「そうね」
 詩織は校門をくぐると、立ち止まってグラウンドの隅にある伝説の樹に目をやった。
「伝説を初めて聞いたときは、絶対卒業式に告白しようって思ってたのにね」
「伝説・・・・・か。後悔してるのかい?」
 公も、大きな樹を見つめる。
「ううん。これで良かったって思ってるよ」
「そうか」
「どうかしたの?」
 公が真剣な目で伝説の樹を見ているので、首を傾げた。
「いや、何でもない。まだ、みんな来てないだろうな」
 公が再び歩き出したので、詩織も続いた。
「そうね。最後の日は、誰もいない教室に入りたかったの。公と一緒にね」
 二人だけで、最後の1年間を過ごした教室の自分の席に座って、想い出に浸ってみたかった。
 その為に、今日は早く出てきたのだ。


 教室に入ると、案の定、誰もいなかった。
 誰もいなかったのだが、詩織は驚いて黒板を指差した。
「見て、公」
「ん?なんだこりゃ。凄いな」
 いつの間に書いたのか、黒板には大きく『卒業おめでとうございます』と書かれていた。
 どうやら、下級生達が各教室を書いて回ったらしい。
 赤や青のチョークで飾られ、空いてるスペースには、そのクラスの先輩へ向けての
 メッセージが所狭しと書かれてあった。
「見て、公。主人先輩、バスケ頑張ってください、だって。あっ、好きでしたって書いてあるよ。
 残念、公は私のなのよ」
「ははは。こっちのは詩織に告白してるぞ。藤崎先輩LOVEだって。詩織は俺のだからダメだな」
「ふふ。それにしても、こうやって誰もいないと教室も結構広いね」
「そうだなぁ〜」
 いつもは狭く感じるのに、いまは広く感じられる。
 二人とも自分の席に座って、ぐるりと教室内を見渡した。
「公は、高校生活楽しかった?」
「もちろん楽しかったさ。バスケを始めて、頼もしい仲間に出会って、全国優勝まで出来た。
 何より詩織と一緒だった」
 二人の頭の中で3年間の出来事が、走馬燈のように浮かんでは消えていく。
「ふふ。ありがとう。私も公と一緒だったから、すごく楽しかった。公の彼女に
 なるまでには、色んな事があったけど」
「ははは」
「でも、沙希ちゃん、レイちゃんっていう、一生付き合うことになる親友も出来たし、
 結果的には良かったよね」
「ああ」
「この3年間のことは、大切な想い出として心に刻み込むわ」
 高校に入ってバスケを始めると言った、大好きな幼馴染み。
 目を見張る勢いで上達し、エースに成長した公。
 そんな公に惹かれる女の子が出現したのに、伝説に縛られて気持ちを打ち明けられなかった。
 それが原因で一時気まずい関係になったが、そんな自分の背中を押してくれる友がいた。
 そんな友のお陰で、公と恋人同士になることが出来た。
 恋人になる前から、デートみたいに一緒に過ごした公との想い出も忘れられない。
 花火大会、クリスマス、お花見、プール、修学旅行、初詣、全国大会。
 その中で一つ疑問なのは、2年の冬のお正月だ。初詣から帰った後の夜、
 二人きりになったときに何かあったらしいが、いまも公は教えてくれない。
「ホント、色んな事があったな」
 詩織に近付きたくて始めたバスケだったが、いつのまにかのめり込んで、全国優勝まで成し遂げた。
 そこで出会った仲間やライバル達との想い出。
 自分のことを好きになってくれた女の子達との出来事。
 恋人同士になれたのは遅かったが、詩織と過ごした全ての時間は、とても充実したものだった。
「卒業するのは寂しいけれど、今度は大学生活を楽しみましょう」
「そうだな」
 二人で浸っていると、登校してきた者達で徐々に騒がしくなってきた。
 A組の教室にも、クラスメートが集まりつつあった。
 二人は目で合図をして、それぞれ友達との別れを惜しむことにした。
「おっ、早いな」
 好雄が入ってきた。
 詩織は、隣の女の子が来たので話を始めている。
「久しぶりだな、好雄」
「ん?ああ、そうだな」
 後ろめたいことでもあるのか、すぐに席に座って、わざとらしく咳払いなんかする。
「コ、コホン」
「旅行は楽しかったか?」
「ああ。・・・・・って、行ってないぞ。夕子と旅行になんて」
 言ってから、口を両手で抑える。
「良かったな、好雄」
「なにがだよ」
 自分の迂闊さにふてくされているのか、吐き捨てるように言う。
「チョコも貰ったんだろ?本命をさ」
「・・・・・・。腐れ縁なんだって、あいつとは」
 告白されたときは至極驚いたが、自分の中で断るという思考は微塵もなかった。
 今でも不思議なのだが、こんなものなのかなと受け入れた。
「好きなんだろ?」
「う〜ん。たぶん」
 もう一度、気持ちを再確認するが、否定的なものはなかった。
「じゃあ、いいだろ」
「そうか。そうだな」
「おめでとう」
「サンキュウ。ははは。照れるな」
 締まりのない笑顔で返す。
 そこにレイが入ってきた。
「やあ、おはよう。君たちの間抜けな顔を見るのも今日で最後だね〜」
 それに好雄が条件反射で反応する。
「なにおぅ・・・・・いやいや、今は機嫌がいいから許してやろう」
「?」
 何かあったのかと、不思議そうに公を見る。
「ははは」
「みんな、おはよう」
 担任が入ってきた。
「そろそろ式が始まるから体育館に移動するぞ」
「は〜い」
 全ての教室から、3年生がゾロゾロと廊下に出てくる。
 そして番号順に並ぶと、在校生や父兄が待つ体育館へと静かに歩を進めた。



 理事長の祝辞から始まった卒業式は、卒業証書の授与まで順調に進んだ。
 すでに感極まって泣き出している女子生徒のすすり声が聞こえてくる中、
 次は学業と部活動で好成績を上げた者の表彰が行われる。
 文武両道を掲げているきらめき高校では、特に優秀な成績を修めた者に、
 こういった特別賞を毎年贈っている。
「まずは学業から」
 これは3年間上位の成績を維持した者に贈られるもので、3年担当の主任の先生から
 名前が読み上げられた。
 男女各10人の20人が受賞するのだが、その中には詩織も入っていた。
 全員が壇上に上がって、伊集院理事長から一人一人賞状と盾が贈られ、
 拍手を受けながら一緒に元の位置に戻った。
「次に文化部から」
 これは全国大会で優勝した演劇部と、上位入賞した吹奏楽部、そして個人では
 美術部の片桐彩子が受賞した。夏に行われた二科展で優秀賞を受賞した生徒だ。
 演劇部の中には、沙希の親友である如月未緒の姿もあった。
「サンキュー、サンキュー。オー、ごめんなさい」
 壇上から降りるとき、やらなくても良いのに拍手に答えて手を振ったので、
 担任に睨まれてしまった。片桐彩子はみんなの笑いを誘い、苦笑いを浮かべながら席に戻った。
「次に運動部から。女子テニス部、男子バスケット部、女子バスケット部、水泳部から清川望」
 次々と呼ばれて、3年生部員と清川望が壇上に上がった。
 女子には公と木本、男子には詩織の人気もあって、会場全体が盛り上がる。
 それに水泳で日本記録を出した清川の人気も相当高い。特に女子であったが。
 父兄の席では、公と詩織の母親が、我が子の人気ぶりに涙目を見合わせて微笑んでいた。
「女子テニス部は、インターハイで団体優勝をしました」
「おめでとう」
 理事長から、女子テニス部の一人である古式ゆかりに賞状が差し出される。
「まあまあまあ、私がもらっても良いのでしょうか〜」
 相変わらずテンポが遅い。それに対して、理事長が小声で言った。
 理事長である伊集院家と古式ゆかりの古式家は、昔ながらの付き合いで、この二人は面識があった。
「何を言っておるのじゃ、ゆかりちゃんは立派なことを成し遂げたのじゃから、受賞して当然なんじゃよ」
「そうですか〜。ありがとうございます」
 ゆかりは深々と礼をして受け取った。
 次は男子バスケット部の番だ。
「男子バスケット部と女子バスケット部は、全国大会で初優勝を成し遂げました」
 拍手とともに、1人ずつ受け取っていく。
 男子では最後の公の番の時、理事長が小声で言った。
「君じゃね、主人公というのは」
「え?」
 レイのお祖父さんなのだから知っていて当然なのだが、公は目を丸くして驚いた。
「レイが世話になったようじゃな。ありがとう」
「・・・・・いえ、こちらこそお世話になりました」
「ふむ」
 思っていた以上に好印象を受けた理事長は、満足そうに笑って手渡した。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
 一際大きい拍手が巻き起こった。
 公が受け取って下がった後、女子の最後、詩織の時にも話し掛けているのが目に入った。
「清川望さんは、水泳の自由形で日本新記録を樹立しました」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
 清川望が受け取り全員が席の方を向いて礼をすると、再び大きな拍手と歓声が起こった。
 最後は「蛍の光」の斉唱だ。
 伴奏は全て吹奏楽部が担当しているので、音楽の先生が指揮を取りタクトを振り上げると、
 ピアノの前奏から始まった。
            
「ほ〜た〜るのひ〜か〜り、ま〜ど〜のゆ〜き〜」
 全員が声を出して歌う。
 卒業式もとうとう最後の時が来たと、涙を流していた者は更に流れ出し、
 我慢していたが堪えきれなくなって泣いている者もいた。
「ふ〜み〜よ〜むつ〜き〜ぃ〜ひ、か〜さ〜ねつ〜ぅ〜つ〜」
 詩織や沙希、朝日奈や館林はもちろん泣いていた。
 これで本当に高校生活は終わりを告げた事への寂しさから、ハンカチで抑えている瞳から
 どんどん流れてくるが、嗚咽に耐えつつ懸命に歌う。
「いつ〜しか〜と〜し〜の、す〜ぎ〜のと〜を〜」
 泣いてる者はほぼ女子であったが、男子の中にも目に涙を浮かべている者がたくさんいた。
「あ〜け〜てぞ〜け〜さ〜は、わ〜か〜れゆ〜ぅ〜く〜」
 レイはいま男の姿をしているため、グッとこらえていた。
 逆に好雄は、人目をはばからずに泣いていた。
「と〜ま〜るも、ゆ〜く〜もか〜ぎ〜り〜と〜ぉ〜て〜」
 公と木本は、うるっときていたが流すことはなかった。
 3年生それぞれが、嬉しかったこと、楽しかったこと、苦しかったこと、悩んだこと、
 3年間の想い出を胸に歌っていることだろう。
「さ〜き〜くと、ば〜か〜りう〜と〜うな〜り〜」
「卒業生退場」
 3年生は着席せずに、そのまま退場する。
 在校生が作ったトンネルをくぐり、出た先には一輪の花を持った在校生が待っていて
 卒業生一人一人に渡していく。
 こうして卒業式は終わり、皆それぞれの道へと巣立っていった。



 部活に所属していた3年生は、それぞれ部室や練習場所で別れを惜しんでいた。
 公達バスケット部は、体育館に部員全員が集まっていた。
 コーチの提案で、最後に3年生も混じって練習しようということになっていた。
 軽く身体を動かしていると、久しぶりに集まった木本、公、竹原、菊川の4人は
 恋愛話に花を咲かせた。卒業式と言えば伝説だからだろうか。
「よう、竹原。マネージャーとは上手くいってるのか?」
 木本が竹原に切り出した。
「お、おう」
 竹原は、チラリと女同士で話しているマネージャーを見た。
 実はあの試合の後、竹原から告白してOKをもらっていた。
「そうか。良かったな」
「サンキュウ。お前は虹野と付き合ってるんだよなぁ。同じクラスとはいえ、よく接点があったな」
「ははは。それは公との秘密だ。なあ」
「そうだな」
「ん〜?」
 苦笑する公を、不思議そうに見る竹原。
「公は藤崎だし、菊川は日立となんだよなぁ」
 いずみが菊川に好意を抱いているのは、部員の中では有名な話だったし、
 もう付き合っているものだとばかり思っていた。
 だが、実はまだ告白というものをしていなかった。
 卒業式の後ここに来る前に、伝説の樹の下で告白されたというのを、いまさっき聞いたばかりだった。
「結局、伝説経験者は菊川だけってことだな」
 竹原が羨ましそうに言う。
「ははは。じゃあ俺だけが、永遠に幸せになれるんだな」
「それはどうかな。俺は沙希と結婚するぞ」
「はあ?」
 突然の結婚宣言に、3人は驚いた。
「何だそりゃ。大胆発言だなぁ。でも、離婚するかも知れないぜ」
 菊川はニヤリと笑った。
「い〜や、それはあり得ないな。公はその気ないのか。どうした?」
 公を見ると、木本も同じ事を考えていたのかと驚いていた。
「ん?そうだな。実は・・・」
「おおーーーーー」
「馬鹿、声がデカイ」
 公は3人の頭をはたいた。
 周りを見ると、みんながこちらに注目していたので笑って誤魔化した。
 その後は、根ほり葉ほり問いただされる公であった。


 女子は女子で、同じく恋愛話で盛り上がっていた。
「奈津江ちゃん、芹沢くんには告白したの?」
「ええ?あ、あのね詩織〜。そ、そんなの・・・・・・・・・」
 詩織、結衣、沙絵が注目する。
「ほれほれ」
「したんでしょ?」
「う、うん」
 三人に詰め寄られ渋々頷いた。
「きゃーーーーー、OKだった?」
「う、うん」
 赤くなりながら頷く。
「羨ましいーーーーーーー」
 沙絵がドンと肘で小突いた。
「きゃ。もう恥ずかしいなあ。私のことは放って置いてよ。結衣と沙絵はどうなのよ」
「わたし?わたしは大学で見つけるもん。ねぇ、結衣」
 沙絵が結衣に同意を求めるが、帰ってきた答えは期待を裏切るものだった。
「え?・・・・・・ごめん。私は告白した」
 一瞬間を置いて、沙絵が叫ぶ
「・・・・・えーーーーー。なぁにそれ?聞いてないわよ。いたの?好きな人が」
「だって、内緒にしてたもの」
「がーーーーん。私たちの仲は、そんなものだったのね」
 大袈裟に驚いて、崩れてみせる沙絵。
「なになに?誰にコクったの?」
 奈津江と詩織も、詰め寄った。
「サッカー部の尾野君」
「へ〜、あの」
 尾野慎司はサッカー部のキャプテンを務めた男で、かなり人気があった。
「ふ〜ん。尾野君かあ」
 詩織は、みんなも頑張ってるなあと感心していた。
「ま、まあ、私のこともいいから。詩織はどうなの?」
 結衣は、これ以上突っ込まれるのが嫌で、突然詩織に振った。
「え?私?」
「詩織は主人くんと、結婚するんだもんねぇ〜」
 早々と立ち直った沙絵が、冗談半分でからかう。
「・・・・・・うん。出来ればね」
 が、詩織は真に受けていた。
「なに?マジ?」
「え?あ、あの。その」
 真剣に答えてしまったことに、詩織は真っ赤になって俯いた。
「そうかあ。詩織にはその気があるんだ〜」
 奈津江ら三人は、何やら話している男子達の中にいる公を見た。
「そ、その・・・・・」
「そっかぁ。じゃあ、こんど何かで会ったときには、結婚して子供を連れてるかもね」
「うんうん。詩織の子供なら、男でも女でも可愛いだろうな〜」
「子供・・・・・」
 更に赤くなる詩織。
 公と詩織、二人とも同じような目に合っているのであった。


「先輩方、おめでとうございます」
「ありがとう」
 1時間少しの練習が終わると、3年生は横一列に並び、男子は女子の後輩から、
 女子は男子の後輩から一斉に花束を受け取った。
「じゃあ、代表して前キャプテンの木本から挨拶してもらおうか」
 コーチが木本を促す。
「はい。じゃあ短く。バスケ部で過ごしたこの3年間は、俺の中でとても大切な想い出となった。
 1年生は短い間しか一緒にいられなかったけれど、お前達のことは一生忘れないと思う」
 公達男子、詩織達女子も、それに合わせて頷いたり後輩に笑いかけたりした。
 すると、早くも涙ぐんでいる女子も見受けられた。
「そして俺達は全国優勝することが出来たけど、それは、このメンバーが揃ったからだ」
 公、竹原、菊川、そして女子の顔を見ると、その通りという表情で笑っていた。
 木本は冗談で言ったつもりだったが、後輩は真剣に聞いていた。
 誰もが、特に一緒にプレーしていた石崎や優美が、そう思っていた。
「コホン。まあ、それは冗談としてだ。優勝することは凄いことだし、ぜひして欲しいけど、
 出来なかったからといって、それは恥ではないし。まあ、一生懸命練習して、
 練習した成果を出し切った後の結果であれば、誰もが納得すると思うから、みんな頑張ってくれ。
 今日までどうもありがとう。でも、ちょっとは期待してるからな」
「はい。ありがとうございました」
 1、2年は深々と礼をした。
 普通ならここで解散となるところだったが、優美が大声で提案した。
「先輩!!1、2年と紅白戦やりましょうよ。男女混じってーーーー」
「いいねぇ。よしっ、やるか」
 真っ先に賛同したのは公だった。木本らを見ると、やる気満々で頷いた。
「うん。いいわよ」
 詩織達も笑顔で承諾する。
「わたしは藤崎先輩とーーー」
「俺は主人先輩とやりたいです」
 後輩達はお目当ての先輩と一緒にやりたいと、一斉に手を挙げた。
「俺達が引退してから2ヶ月も経ったんだから、何かしら成長した部分を見せろよ」
 竹原が後輩に檄を飛ばす。
「はい」
 男女とも木本組と主人組に分かれて、時間が許すままにバスケを楽しんだ。
 3年が1、2年に自分の最高のプレーを見せると、後輩達は偉大な先輩達のプレーを
 脳裏に刻んでいく。木本はああ言っていたが、自分達も優勝するんだという決意を胸にして。



 次の日。
「はやくはやく」
「お、おう」
「待って〜」
 詩織と公、そして沙希が空港内を走っていた。
 卒業式で、詩織が理事長から賞状を受け取るときに聞いたこと。
 レイが今日、イギリスへ旅立つということだった。
「公が起きるの遅いからよ」
「ごめんて、何回も言ってるだろ」
 公はバイトで遅くまで起きていたので、あまり眠っていなかった。
「それにしてもレイの奴、教えろって言っておいたのに」
「やっぱり、見送られると辛いからかな」
 昨日電話で、レイが留学をすると言うことを詩織から聞いた沙希が言う。
「そうなのかな。でも、やっぱりちゃんと見送りたいよ」
 詩織は、昨日の理事長の言葉を想い出した。

 『藤崎詩織さんじゃね』
 『は、はい』
 『さっき主人君に言い忘れたが、レイはどうやら、みんなに内緒で旅立つらしいのじゃ』
 『え?』
 『どうか、孫を見送ってやってくれんかね』
 『はい。もちろんです』
 『ありがとう』

 その時の孫を思いやるお祖父ちゃんの目は、とても温かいものだった。
「いたわ」
 大きな帽子を被って、小さな鞄を持ったレイが、使用人と立っているのが見えた。
 本来の女性の姿で、白い清楚なワンピースを着ている。
 そして、いままさにゲートへ向かって歩き出そうという所だった。
「外井。しばらくお別れね」
「はい。レイ様なら必ずや立派な当主になることが出来ると信じております。
 帝王学のお勉強の方、頑張ってくださいませ」
「ありがとう。じゃあ、行くわね」
「いってらっしゃいませ」
 外井に見送られて、ゲートの方へと歩いていく。
『やっぱり、黙っていくのは寂しいかな』
「レイちゃーーーん」
 詩織が叫んだ。
「え?」
 レイは、この世にはいない者を見るような目で三人を見た。
「な、なんで」
「はあ、はあ。理事長さんに教えてもらったのよ」
「見送るって言っただろ。黙っていくなよ」
「秘密を共有する者として、私にも見送らせて」
 最初レイは、公の言うとおり出発日を教える気があった。
 しかし、間近になるにつれて思い直した。
 公と詩織に見送られると絶対泣いてしまう。泣き顔を見られるのが辛かったし、
 心配されるのも嫌で黙って行こうとした。
 だが、今にいたって言っておけば良かったと、更に思い直したときに三人が現れたので、
 瞬く間に目頭が熱くなった。
「公さん、詩織さん、沙希さん」
 四人で固い握手を交わす。
「頑張ってこいよ」
「たまにはお手紙ちょうだいね。必ず返事を出すから」
「また一緒に遊びましょう。待ってるから」
 それぞれと視線を交わして結ばれた手を見る。
 一粒二粒と、涙が零れる。
 空港内に、イギリス行きの案内がアナウンスされた。
「ありがとうございます。じゃあ、行って来ます」
 三人から離れると、レイは手を振って再びゲートへ向かって歩き出した。
 何度も振り返っては、二三度手を振る。
 あと少しでゲートに着くという所で、公が何かを思いだしたように走り出した。
「レイ!!ちょっと待て」
 公に呼ばれて立ち止まる。
「どうしました?」
「はあ、はあ。レイにだけは言っておくことがあるんだ」
「何ですか?」
 公は、一度詩織と沙希の方を見てから向き直った。
 自分と詩織のことを友人の中で一番心配してくれているレイには、ぜひ知らせておくべきことがあった。
「実は・・・・・」
 公は、これから自分が実行することを伝えた。
「ああ。それでコンビニのバイトをしていたんですね」
 それを聞いたレイが、言ってもいないことを当てる。
「え?何で知ってるんだ、そんなこと」
「ふふふ。それは秘密です」
 レイは、以前伊集院家でバイトをしていた舞佳から、公がバイトをしているという情報だけは聞いていた。
「何を話してるのかな?」
「さあ?」
 ちょっと遠くから見守る詩織と沙希。
「あっ、こっち見てるよ」
 レイは詩織と沙希の方、いや、詩織を見て微笑んだ。
「何かしら」
 首を傾げる詩織をよそに、レイは公の背中を後押しする。
「きっと大丈夫ですよ。頑張ってください」
「ああ。ありがとう。じゃあな。また会う日まで、さよならだ」
「はい」
 もう一度固い握手をして、レイはゲートをくぐっていった。
 公が戻ると、当然二人に何を話したのか聞かれたが、公は適当に誤魔化しておいた。



 3月18日。遂に、この日が来た。
 公と詩織の18回目の誕生日だ。
 天気はあいにくの雨だが、午後には晴れるという予報だった。
 そんな大事な日なのに、公はまだベットの中にいた。
 約束だったバイト期間である1ヶ月が昨夜の午前3時で終了し、舞佳に惜しまれつつ帰ってきた公は、
 すぐにベットに横たわり、先程まで深い眠りに落ちていた。
「む〜」
 午前8時半、目覚ましに起こされてからも2度寝をしていた公は、何とか眠たい目をこすりながら
 目を覚まそうとする。
「く〜」
 更に大きく伸びをして眠気を払おうとするが、完全に覚めることはなかった。
 眠気を払ってくれる朝の清々しい日射しがないのも、覚めない原因だろうか。
「ん〜、マジで眠い」
 いつもは昼まで寝ているのだが、今日は起きなくてはならない理由があった。
 今日振り込まれる給料を下ろして、詩織の誕生日プレゼントを買いに行かなくてはならない。
 詩織との約束は午後からになっていたので、その前に買って帰ってこなくてはならなかった。
「・・・・・・やばっ」
ガバッ
 性懲りもなくボーーーーーっとしてしまった公は、時計が9時を指していることに慌てて起き上がった。
「母さん、めしめし」
 階段を降りて台所に駆け込む。
「あら。自分で起きてきたのね。いま起こしに行こうかと思ってたんだけど」
 ご飯をよそい、公に渡す。
「ああ。なんとかね」
 受け取るや否や、せかせかと箸を動かしながら答える。
「いよいよ今日なのね。良いのを選んでくるのよ。公のセンスは、ちょっと変だから」
「失礼な。大丈夫だよ」
「そう〜?」
 頬に手を当てて、心底心配しているようだ。
「そうだ。二人でお祝いするのは午後でしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ、今夜は両家でお祝いしましょう」
 手を合わせて提案する。
「え?そんなことしなくていいって。ダメかも知れないし」
「それは絶対にないわね」
 女の感だろうか、母親は確信していた。
「ならいいけど」
「藤崎さんには、晩ご飯の準備をする前に言っておくわ」
「わかった。上手くいったらね」
「ああ〜、楽しみだわ。腕によりをかけてご馳走を作るわよ〜。藤崎さんの手も借りないとね」
 ガッツポーズをして、何やら準備を始めた。
 張り切る母親の後ろ姿を呆れ顔で見ると、
「ご馳走様っと」
 食べ終えた公は、急いで身支度を始めた。
 15分後、身支度を終えた公は神妙な面もちで靴を履いた。
「さて、行くか」
「公」
 玄関に、母親が見送りに出て来る。
「買い物したら、そのまま直行するんでしょ?」
「ああ」
「しくじるんじゃないわよ」
 二人とも、これから壮絶な戦いに挑もうかという表情をしていた。
「おう。行ってきます」
「いってらっしゃい」
 まだ雨が降っていたので、傘を差して家を出た。



 プレゼントを買い戻ってきた公は、走って来たために息切れした呼吸を整えた。
「はあ、はあ、間に合った」
 だいぶ小降りになったが、空は暗く雨はまだ降っていた。
 藤崎家の門の前で、公は用意しておいた手紙を取りだした。
 中には、詩織へのメッセージが書いてある。
 だが、公は重大なミスに、今頃気が付いた。
「しまった。ポストに入れたとしても、これを詩織がいつ読むんだ」
 手紙には、午後3時に、ある場所に来て欲しいというメッセージが書いてあるのだが、
 ポストをいつ開けるのかは分からない。
「直接渡すんじゃ意味ないしなぁ。母さんに頼むか」
 いったん家に戻ろうとしたとき、突然ドアが開いたので、慌てて門に隠れて息を殺した。
「郵便、郵便」
 公の耳に入ってきた声は、詩織のものではなかった。
「こんにちは」
「きゃ、何だ公くん?」
 小さく驚いたのは、詩織の母親だった。
「どうも」
「どうしたの?約束の時間までは、まだ30分くらいあるけど」
「ええ。実は、これを詩織に渡して欲しいんですが」
 持っていた手紙を差し出す。
「手紙?」
「はい。お願いします」
「それはいいけど」
 詩織の母は、さっき公の母親に言われたことを思いだした。
「ねえ、公くん」
「はい?」
「さっき公くんのお母さんに、今日の夜、家と一緒にご飯を食べませんかって、
 お誘いを受けて、お受けしたんだけど。お母さん、スッゴクご機嫌だったのよ。
 何か良いことでもあったの?」
「え?そ、それは」
 何もないと言えば良かったのに、余裕のなかった公は言葉に詰まってしまった。
 その姿を見ただけで確信した母親は、嬉しそうに笑った。
「分かったわ。詩織に渡せばいいのね」
「は、はい」
 深く追求されずにすんだので、ホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、お願いします」
 公は頭を下げて、来た道を走って戻っていった。
「ふふ。そっか」
 中に入り玄関で一人納得している所へ、詩織が二階から降りてきた。
「お母さん。いま、公の声が聞こえたような気がしたんだけど」
「あら詩織、ちょうど良かったわ。はい、これ」
「なあに?」
「公くんからよ」
「公から?」
 受け取った封筒をかざして見る。
「お誕生日会の準備は出来るところなのに、何かしら?」
 言いながら、詩織は封を開けた。
「え〜と」
 簡潔に書かれているメッセージを読むと、急いで自分の部屋へと戻っていく。
 ものの5分で着替えた詩織は、再び降りてきて靴を履いた。
「どこにいくの?」
「ちょっと学校に行って来る」
「学校?」
「分からないけど、公が待ってるから」
 説明する時間ももったいないと、ドアノブを握りながら身体を揺らす。
「そう。いってらっしゃい」
「行って来ます」
 ドアを開けると雨が降っていたので傘を持とうとしたが、小降りだったのでそのまま駆けだした。



 公は伝説の樹の下にいた。
 もう春休みに入っているので、生徒の姿はほとんどなかった。
 運動部も、今日はお休みらしい。
「そろそろ来るかな」
 買ってきたプレゼントの包みを握る手に力が入る。
「まだ止まないか」
 伝説の樹は大きいので雨にあたることはないが、手の平を出して確かめる。
 そして、緊張と不安でドキドキしている心臓を抑えようと、深呼吸をしてみる。
「スーハー、スーハー」
 しかし、いっこうに止むことはなかった。
 こんなに緊張することは、全国大会決勝でもなかった。
「バスケと一緒にしちゃダメか」
 苦笑いをしつつ、もう一度プレゼントを見つめると、誰かが走ってくるのが見えた。
「詩織」
 最愛の人が目の前に立つ。
「はあ、はあ。公、どうしたの。伝説の樹の下に来てなんて。準備は出来てるわよ」
「そうか。その前にちょっと話があってさ」
「話?なぁに?」
 小首を傾げる。
「卒業式の日、詩織はこの樹を見たよな」
 太くて立派な幹に手を当てて言う。
「ええ。でも、卒業式の日に告白することが出来なかったことは、本当に後悔してないわよ」
「そうか」
「それがどうかしたの?」
「まあ、関係ないと言えばないんだけど。あると言えばあるかな」
「どういうこと?」
 訳が分からない詩織は、不思議そうに公を見る。
 公は、そんな詩織の顔を見て、もう一度自分の気持ちを確認した。
『よしっ』
 詩織への想いを再認識して口を開く。
「詩織」
「なぁに?」
 走って来たので、乱れていた髪を直しながら答える。
 気合いを入れ直したのに、そんな何気ない詩織の可愛い仕草に、公の思考が一瞬止まった。
「・・・・・。え〜、誕生日おめでとう」
「え?ええ、ありがとう。公も、おめでとう」
「ありがとう」
 沈黙が二人を包み込み、決めていた言葉がなかなか出てこない。
 このままでは進まないので、別の方から話し始めた。
「あのな詩織」
「うん」
「俺達が子供の頃、夏祭りの夜店で、おもちゃの指輪を買ってあげたのを覚えてるか?」
「ええ。もちろんよ。確か去年の誕生日に聞いたときは忘れていたのに、想い出したのね」
 詩織は嬉しそうに微笑んだ。
「ああ。その時、俺が言ったことも想い出したよ」
「公が言ったこと」



 『おっきくなったら、ぼくのおよめさんになってね』
 『でも、まえにおかあさんにきいたら、ほんとのプロポーズは18さいにならないと
  できないっていってたから、それまでまっててね』



 詩織が忘れるわけがない。
 幼いながらに言ってくれた公の言葉を。
「その時の約束を果たすよ」
「え?」
 公が何を言いたいのか察知した詩織は、頷いただけで黙って次の言葉を待った。
 二人の心臓が高鳴る。
「俺は子供の頃から詩織の事が大好きで、でも詩織は中学に入って、
 どんどん遠い存在になっていった。詩織に追い付きたくて高校からバスケを始めたんだ。
 やる気がない人間だった俺が、バスケを通じて色んなものを得て、それなりに成長して、
 少しは追い付いたかと思うんだ。中学の頃は高嶺の花だった詩織と、こうして付き合うことが出来たし」
「そんな。高嶺の花だなんて」
 一生懸命、気持ちを伝えてくる公の言葉に、詩織の目にだんだんと込み上げてくるものがあった。
「そうだったんだよ。でもいまは違うんだ。詩織と、これからもずっと一緒にいたいと思っている。
 それで、大学を卒業した後でもいいんだけど、詩織は美人だから、男どもが放っておかないと思うんだ。
 だから心配で。って言っても、詩織に愛想を尽かされたらそれまでだし・・・・・。何を言ってるんだ俺は」
 公は、前髪をかき上げて言葉を探す。
「え〜と、俺は詩織と離れたくないんだ。いつまでも」
「うん。私もよ」
 詩織は目を潤ませながら、精一杯に微笑む。
「ありがとう、詩織。誕生日プレゼントと一緒にするのは、どうかなとは思ったんだけど、これを受け取って欲しい」
「これって・・・・・・もしかして、指・・・輪・・・?」
 公が包みから取りだした箱を見つめる。
「うん」
「じゃ、じゃあ」
 詩織の目から涙が溢れてくる。
 伝説は諦めていたのに、公が別の形で叶えてくれる。
「詩織、俺と結婚を前提にして付き合って欲しい。これは婚約指輪だよ」
 詩織は、流れる涙を拭うのを忘れて公の顔を見る。
「本当に、私で良いの?」
「詩織以外には考えられないよ」
「本当に?」
「ああ」
 キッパリと力強く頷く。
「嬉しい」
 詩織は涙を指で拭い、婚約指輪が入った箱を受け取った。
「喜んで、お受けします」
「ありがとう」
 公は、一生に一度のプロポーズを成功させて満足げに笑った。
 詩織はリボンを解いて蓋を開けた。
「綺麗〜」
 小さいダイヤだが、光り輝く石にみとれる。
「安物だけどね」
「値段なんて関係ないわよ。ありがとう。あっ、最近疲れてたのは、これを買うためだったんでしょ」
 ここ最近感じていた疑問を、突然思いだしたように言う。
「ん?ああ。ゴメン内緒にしてて。コンビニで夜にバイトしてたから」
「そうだったの。そこまでして、本当にありがとう。買うとき恥ずかしかったでしょう。ふふふ」
 公がソワソワしながら指輪を選んでいる様を想像したら笑みが零れた。
「ちょっと恥ずかしかったかな」
 母親が心配していたデザインについては、店員の女性がアドバイスしてくれたので、
 詩織好みの物を買うことが出来た。
「でも詩織の笑顔のためなら、これくらい何でもないよ。詩織、左手出して」
 詩織の手の中にある箱から、指輪を取り出した。
「はい」
 スッと左手を差し出す。
 公はその手を取り、ゆっくりと薬指にはめていく。
「ピッタリ」
 左手を光にかざして表裏と眺めながら、はめた感じを確かめる。
 指輪のサイズは舞佳のアドバイスは受けたが、ほとんどカンだった。
「似合う?」
「ああ」
「良かった。ありがとう、公」
 詩織が抱きつくと、公も背中に腕を回して抱きしめた。
「詩織。詩織のことは、俺が守っていくから」
「はい。よろしくお願いします」
 公の胸の中で顔を上げて見つめ合う二人。
 その表情は、とても穏やかなものだった。
 そして、どちらかともなく目を閉じて、誓いのキスをかわした。
 いつの間にか雨が止み、雲の切れ間から差し込んだ光が伝説の樹に降り注ぎ、
 二人を祝福するかのように包み込んだ。
 伝説の樹が、葉に残った雨粒に光が反射して、キラキラと輝いて見えた。


 二人の人生という道が、いま限りなく近付き、そして6年後には一つになる。
 これから先も、様々なことが二人を待ち受けていることだろう。
 だが、二人で力を合わせて立ち向かえば、乗り越えられないものなどない。
 二人が永遠に幸せでありますように。


      おわり



    あとがき

 遂に、遂に完成しました。
 最終話「伝説の樹の下で・・・」如何だったでしょうか。
 少しでも感動してくれたのなら、そして涙してくれたなら、
 書いた甲斐があったというものです。


 最後のシーンは頭にあったのですが、そこまで行く経緯をどう表現するか、
 結構悩みました。あまりいらないものを書いても蛇足になるだけですし。
 それでも、最後のバスケ部練習とレイの見送りは、どうしても入れたくてこうなりました。
 伝説の樹の下でのシーンは、我ながら良くできたと思っています。


 さて、次回はエピローグです。
 公と詩織、そして周りの、その後を書こうと思います。
 今から考えるので、自分でも楽しみです。
 それでは、もう少し詩織編にお付き合い下さい。
 次回をお楽しみに。(^^)/~~~

                       第57話     目次へ戻る     エピローグ