「My wish」
第59話「エピローグ」
公と詩織がきらめき高校を卒業してから、6年の歳月が経った。
公は今もバスケットを続けている。
大学卒業後に実業団に誘われて、日本人としては稀なプロ選手として活躍していた。
普通実業団といえば、選手であるとともに会社員であるが、プロ契約をしている公は
バスケだけに打ち込んでいた。
公が所属しているチームは、伊集院財閥が経営不振のチームを買収して、3年前から
運営を始めたバスケットチーム「伊集院スピアーズ」だった。最高責任者は伊集院レイとなっているが、
いまだ留学先であるイギリスにいるため代行者が運営している。
そして詩織も、就職して2年間は実業団選手としてプレーしたが、絶頂期に突然、退職引退を表明した。
それは、公と結婚するためだった。
プロになって2年。公のプロとしての活動が軌道に乗り、いい時期だろうと二人で判断した結果だった。
「詩織、辞めるって本当なの?」
「聖美・・・・・。ええ本当よ」
三木聖美。高校最後のウィンターカップで決勝を争った、桃花学園のキャプテンだった選手だ。
詩織も同じ所に就職し、チームメートとして活躍してきた。
この二人のツインガードは、他のチームから恐れられた。
「そう。主人さんと結婚するから?」
「うん」
「そっか」
プロとして活躍している公の健康管理をするため、仕事とバスケットを両立することは難しかった。
引退試合の後の飲み会では、チームメートにこっぴどく愚痴られた。特に同じガードとして
切磋琢磨した聖美には、ひどく絡まれた。
「これからなのに。オリンピック候補にだって、なれるかもしれないのよ」
「うん。でも私には、それよりも公の方が大切だから」
詩織自信はバスケに未練はないし、むしろ公に尽くすことを嬉しく思っていた。
「言っても無駄か。詩織は、そういうところがクールというか頑固だからね」
「ごめんなさい」
「いいのよ。幸せになってね。いいなぁ〜、主人さんて格好いいものね」
「ふふ。ありがとう聖美」
「おめでとう、詩織ーーーーー」
全員で一斉に叫び、グラスを掲げる。
「ありがとう。みんな」
お開きの時には、チームメイト全員と握手をして抱き合った。
それから3ヶ月後、公と詩織は神社で式を挙げ、親戚縁者と本当に親しい友人だけを招待して、
小さいながら披露宴も行った。
結婚してから2年が流れた。
「公、公。起きてぇ」
マンションの寝室で、詩織が寝ている公の身体を揺すった。
ダブルベットの壁側に横になっていたので、詩織はベットの上にあがって膝を付いている。
「ん?うう〜ん」
公はすでに起きていたが、もう少し惰眠をむさぼるつもりだった。
「公ったら!!起きなさい。今日よ、きらめきの試合」
ガバッ
「きゃ」
突然起きあがった公に、詩織は悲鳴を上げた。
「そうだった」
詩織の言葉に反応した公は、上半身を起こしたまま伸びをした。
「ふわ〜。そうか、今日だったか。ん?」
ふと詩織を見ると、胸に手を当てて動悸を抑えていた。
「どうした」
「こ、公のせいでしょ」
「ははは。ごめん。驚かせたか」
公は笑って誤魔化した。
「もうっ。ん」
少し拗ねた詩織だったが、すぐに立ち直って目を閉じた。
公も顔を近づけて閉じる。
新婚から習慣になっている、おはようのキス。
「おはよう、詩織」
「おはよう、公」
そして詩織の笑顔を見れば、眠気なんか吹き飛んでしまう。
「ふふ。朝御飯を食べたら、すぐに出掛けるでしょ」
「ああ。試合前に顔を出しときたいからな」
ベットから降りて、ダイニングへと移動する。
テーブルの上には、朝食の準備が出来ていた。
ご飯に味噌汁、納豆、目玉焼き、二人とも朝は和食と決まっていた。
「いただきます」
「はい。いただきます」
両手をあわせて、味噌汁をすする。
「う〜ん、詩織の作る味噌汁は美味いな」
「ふふふ。ありがと」
味噌汁の味というものは各家庭で様々である。結婚したときに、公の母親から色んな事を学び、
公が慣れ親しんだ味噌汁の味も教わっていた。
「試合、勝てるかな?」
「う〜ん。どうかな。相手は能城だろ?簡単には勝てないからな」
「そうよね」
今日の試合は地元開催のインターハイ決勝であり、母校きらめきと能城工業というカードだ。
女子は残念ながら予選で敗退していた。
公と木本達が卒業してからのきらめきは、末賀と切磋琢磨しながら8年間で9回
全国規模の大会に代表として出場した。が、流石に優勝は難しく、最高でベスト4に留まっていた。
「今年はいけそうだって、あいつは言ってたけどな」
「そうなんだ」
「去年入った1年が、かなり伸びたって喜んでたから」
公は納豆をかき混ぜ、カラシを少し入れる。
「そっか。楽しみね」
「ああ」
朝食を食べ終えた二人は、決勝が行われる体育館へと出掛けた。
体育館の周辺は、バスケットを観戦する人で賑わっていた。
高校バスケは、数ある種目の中でも人気がある。
「懐かしいな」
公が周りを見渡しながら、感慨深げに言う。
「え?プロになってからも、何回もここで試合してるじゃない」
「この場所じゃなくて、高校時代の試合がね」
「そっか。そうね」
8年前の能城との決勝が想い出される。
当時のことを笑いながら話していると、遠くからこちらを見ている視線に気が付いた。
どうやら公の顔を知っているらしい。バスケファンには、もちろん人気者の公だった。
「あ、あのう。主人選手ですよね」
大学生らしき女の子が三人近付いてきた。
「そうだけど」
「きゃあ。感激です。握手してください」
「ああ」
公が右手を差し出すと、その手を取ってギュッと握った。
「あっ、ズルイよ。私も私も」
隣の2人とも握手をしていると、最初の娘が詩織のことにも気が付いた。
「藤崎さん・・・あっ、すみません。いまは主人さんですよね。ファンだったんですよ、私」
「ありがとう」
自分を覚えていてくれたのが嬉しくて微笑む。
「私も大学でバスケをやってるんですけど。詩織さんは私の憧れなんです」
「私が?」
「はい。あの華麗なボールさばき。どうやったら出来るんですか?」
「そうねぇ。やっぱり練習しかないわ。頑張ってね」
「は、はひ」
憧れの女性の言葉に舞い上がって、声がうわずった。
「あっ、これから席を取らないといけないので、失礼します。行くわよ」
公と話している二人に、声を掛けて手招きする。
「う、うん。頑張ってください」
「ありがとうございました〜」
三人同時に頭を下げると、走って行ってしまった。
「ははは。詩織も、まだまだいけるな」
公と話していた、にわかファンには分からないが、ずっと見ている人にはファンが多い。
「なによそれ〜。ふふ」
公の腕に絡まる詩織。
「さあ、俺達も急ごう」
「ええ」
会場に入り、緊張した後輩達と友がいる控え室へと向かった。
二人とも、関係者以外立入禁止の区域も顔パスで通過する事が出来る。
何やら準備をしているスタッフに話し掛けた。
「おはようございます」
「あっ、主人さん。おはようございます。母校の応援ですか?」
「ええ、そうです」
「相変わらず仲がいいですねぇ」
詩織を見て、笑顔で言う。
この二人の仲の良さは、関係者の間でも有名だった。
「ははは」
笑って照れる公の隣では、詩織が頬を赤くしていた。
「通って良いかな?」
「ええ。どうぞどうぞ」
「ありがとう」
難なく通過し、きらめき側の控え室の前に着いた。
トントン
「はい」
ドアの向こうから、聞き慣れた声が聞こえてきた。
カチャ
「よお、元気か木本」
「おう。来てくれたのか」
ドアが開いて顔を出したのは、木本明だった。
「たまたま休みだったからな」
「そうか。中に入って、後輩を激励してくれよ」
「ああ」
公と違う大学に入った木本は、同じ大学に入った橋本とともに、田辺と公が率いるチームとリーグ戦を争った。
卒業後は再び公と同じチームで出会い、2年間一緒にプレーした。
1年目は惜しくも優勝を逃したが、2年目は、見事にぶっちぎりで優勝を果たした。
そして、詩織が引退し公と結婚した年に、同時に優勝をはなむけにする形で絶頂期に引退した。
その翌年から母校きらめきに教師として転職し、バスケ部監督に就任した。
これはバスケ関係者の間では、結構話題になった。
前コーチが一身上の都合で辞めることとなり、きらめき高校理事会で次は誰にしようかとなったとき、
選手として全盛期であり、唯一優勝した時のキャプテンだった木本に白羽の矢が立った。
木本は教えるということに興味があったし、悩んだ末に承諾した。
「みんな、主人が来てくれたぞ」
「え?あっ、先輩、来てくれたんですか」
キャプテンである選手が立ち上がり頭を下げると、全員が一斉に挨拶をする。
「お疲れさまです。主人先輩」
「奥さんも〜」
「はは。どうだ調子は」
「はい。今日はみんな絶好調です。必ず優勝しますから、見ていてください。なっ、みんな」
「おう」
公が来たことで、緊張よりも気合いの方が上回ったのか、顔つきが変わってきた。
「良さそうだな」
公は木本の方を向く。
「ああ。去年お前達が来たときよりも、数段レベルアップしてるぞ」
「そうか。それは楽しみだな」
公達卒業生は、毎年2回大きな大会が近付くと後輩の指導に行っている。
公や木本以外にも、卒業後に実業団に入った者はいるし、大学で活躍する者も数が多くなってきた。
そういう一線でプレーしている先輩と練習することは、見ているだけでもためになるものだ。
そして最終日には、試合の相手をして成果を試す。
3回試合をすると、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目と、メキメキと成長するのが分かる。
「特に新井はすごいぞ」
「ほほう」
公と同じポジションの新井は、得点能力が非常に高い選手だ。
初めて会ったとき、一目散に公の所に走ってきて、こう言われた。
「はじめまして主人先輩。新井邦靖といいます。自分の目標は主人先輩なので、いろいろ教えてください」
実際、才能はある奴で、1年で既にレギュラー入りした逸材だ。
公の1年時に比べれば、段違いの技術を持っていた。
「まあ、お前の場合は上達の速さが異常だったし。それに努力も人一倍したからな。
新井も公に比べたら、まだまだだ」
公の耳元で呟く。
「そうか。能城はどうなんだ?」
「能城か。むこうは相変わらず、毎年素質を持った奴が集まるからな。今年も良い選手が揃ってるよ。
田辺がいた頃よりは落ちるがな。田辺と言えば、さっき会ったぞ」
「ん。そうか。あいつは能城側に座るだろうから、顔だけでも見ておくか。竹原とかも来てるんだろ?」
「ああ。さっき激励に来てた」
「じゃあ席で会うな。そろそろ行くか。詩織」
時間を確認して、女子マネージャーと話していた詩織に声を掛ける。
「うん。じゃあ、みんな頑張ってね」
「はい」
詩織は廊下に出ると、振り返って手を振った。
「悔いのないように頑張れよ」
「はい」
続いて出た公は、気合いの入った返事を受けてドアを閉めたが、もう一度開けて顔を出した。
「木本、お前が緊張してミスするなよ」
「ば〜か。俺がミスるかよ」
「ははは。じゃあな」
健闘を祈ると、親指をビッと立てて出ていった。
「よしっ、みんな。そろそろ時間だ。先輩達に恥ずかしくないプレーをするんだぞ」
「はい」
「よしっ!!インターハイ初優勝だ」
「おう!!」
木本の掛け声とともに、控え室に気勢が響いた。
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体育館に入ると、これから始まる決戦を楽しみに待つ観客と、関係者の緊張した熱気が感じられた。
地元開催のきらめきの応援の方が多いが、能城のファンもたくさんいた。
公と詩織が、きらめき側の応援席に行き空いている席を探していると、聞き慣れた声で呼び止められた。
「公くん、詩織ちゃん。こっちこっち」
「あっ、沙希ちゃん。お久しぶり」
「よっ!!元気だった?」
「うん。もちろん」
高校時代と変わらぬ笑顔で答える。
沙希は卒業後、栄養士の資格がとれる専門学校に通い、卒業と同時に資格を得た。
今は、その上の管理栄養士になるべく勉強中だ。そして、今も木本とは恋人関係にある。
「詩織ちゃんは元気だった?」
「うん」
詩織と沙希が手を合わせる。
近くには竹原や菊川、石崎など知った顔がいたので、公は手を挙げて挨拶した。
話は試合が終わった後で、いくらでも出来る。というか、飲みに行こうと誘われるはずだ。
「いま控え室に顔を出してきたんだけど、木本とは上手くいってる?」
「ええ」
「じゃあ、そろそろかな?」
公に続いて詩織が問いかける。
「そろそろ?」
「もうっ、わかってるくせに〜」
「やんっ」
隣に座った詩織が、肘で小突きながら言う。
「で、どうなの?」
「それ、ね。前は冗談ぽく言ってくれてたんだけど、きらめきに赴任してから忙しくて、それどころじゃないみたい」
「え?忙しいって言っても、それとこれとは別でしょ?ねえ」
詩織は公の方を見て同意を求める。
「まあそうだけど。あいつは責任感が強いから、いまはバスケ部のことで頭がいっぱいいっぱいなんだろ」
「う〜ん。そうかも知れないけど〜」
沙希よりも、むしろ詩織の方が納得していなかった。
「いいのよ。明にも考えがあると思うし」
「沙希ちゃん・・・・・・」
沙希は少し暗い表情になったが、すぐに気を取り直した。
「さあ、落ち込んでばかりもいられないよ。試合が始まっちゃう」
「・・・・・うん。思いっ切り応援しましょ」
「うん」
公は、相変わらず強い沙希を見て感心した。
『木本の奴。もしかして・・・・・』
公は、木本が何を考えているのか、少し検討が付いていた。
「入れ」
ディフェンスを一人かわして、フェイドアウェイで放つ。
ザシュ
「よしっ」
「追い付いたーーーーー」
きらめき側の応援団が一斉に盛り上がる。
新井が第3クォーターの終わり間際に、同点となるゴールを決めた。
ビビーーーーー
「みんな良くやったぞ」
木本が手を叩いて、第3クォーターが終わって戻ってきた選手をねぎらう。
今やバスケットの試合は、本場アメリカのNBAに習って、1クォーター10分の4クォーター制になっていた。
「はあ、はあ」
選手達はベンチに座って汗を拭き、水分補給をする。
「どうだみんな。あと10分だが、オールコートでいけそうか」
第3クォーターが始まった時点で3点差で勝っていたのに、5分後には逆転され7点差をつけられた。
そのままズルズルと離されないためにも、オールコートマンツーマンであたっていた。
「もちろん大丈夫です」
「あと20分だっていけます」
他の3人も頷いて笑う。余裕がある証拠だ。
呼吸は荒いが、体力が消耗しきっているわけではない。まだまだいけそうだ。
「そうか。じゃあ最後までオールコートでいくぞ」
「監督の為にも頑張りますよ」
緊迫している最中なのに、部員全員がニヤリとする。
「ばかやろ。自分達のために戦え。それが俺の答えにもなるんだから」
「はいっ!!」
ビビーーーー
試合再開のブザーとともに、コートへ送り出した。
「負けんじゃねぇぞーーーーー」
竹原が大声で叫ぶと、他の応援者も思いの丈を口にする。
「ここまで来たら優勝だぞーーー」
「ターンオーバー取れよーーー」
選手達はその声を受けて、残り十分に全てを出し切る。
「いけーーー、そこよーーー」
沙希は、学生時代と変わらず声を張り上げて応援する。
木本が監督になってからは、日曜日も部活があったりして会うことが少なくなった。
夜に会えることもあったが、そんなに多いわけではない。だから、沙希はちょくちょく日曜日の
練習に顔を出していた。
近くにいられるわけではないが、何かしら手助けが出来ないかと、木本のために
弁当を作っていったり、昔取った杵柄でマネージャーにアドバイスしたりした。
大会があれば応援に行ったりしたので、部員達と話す機会が多かった。
だから、応援する声にも力が入る。
ザシュ
「よしっ」
新井のドライブインが決まる。第4クォーターが始まって一進一退の攻防を繰り広げていたが、
6分過ぎに一瞬の隙を突いたきらめきの3連続シュートが決まり7点差がついた。
「最後になって、新井の調子が更に上がった」
公も感心する新井のプレーは、見ている者を釘付けにするのに十分だった。
「凄いね、あの子。6年前の公を見ているみたい」
詩織も感心する。
「そうか?こういう風に見えていたのか」
「うん。相手チームの応援をしている人達も興奮させるプレーだったもの。
バスケが好きな人なら尚更ね。木本くんも、そうだったでしょ」
同意を求めるように沙希を見る。
「そうね。二人とも、もっと輝いていたけど」
「そうそう。そうなのよ」
詩織は、再び公を見る。
「ふうん」
公は照れたのかチラリと詩織を見ると、あの頃を想い出し新井と自分を重ねてみた。
「そこだ。上手い」
波に乗ったきらめきが、ボールを奪い取った。
「ターンオーバーだ!!」
こぼれたボールを掴んだ新井が、一直線にゴールへと走る。
戻り切れていない能城は慌てて後を追うが、追い付いたのは一人に対してきらめきは二人。
新井は、もう一人と2度3度とパスを回しては戻しディフェンスを攪乱する。
そして、どちらをマークしたらいいか分からなくて足が止まった隙を付いて、横を抜きレイアップを決めた。
「ナイシューーー」
結局、このシュートで完全に流れを掴んだきらめきが、能城の追撃をかわしてインターハイでの初優勝を決めた。
「よっしゃーーーーーーーー」
両手を挙げて喜ぶ新井を中心に、歓喜の輪が出来た。
そして礼を済ませ、木本の元へと戻ってくる。
「やりましたよ、監督」
「みんな。よくやった。おめでとう」
「これも監督の指導のお陰です。みんな、胴上げだ」
新井の掛け声とともに、部員全員が木本を囲む。
「お、おい。落とすなよ」
2度3度と舞う木本。
宙に浮きながらも応援席にいる沙希を見ると、こちらに向かって手を振り「おめでとう」と
叫んでいるのが聞こえてきた。
胴上げが終わった後、沙希に手を振り返すと、新井が耳元に囁いた。
「今度は監督の番ですよ」
「そうだな」
木本は新井の後頭部を鷲掴みにして、髪をくしゃくしゃにしながら笑った。
その日の夜は竹原が先頭になり、応援に来ていたバスケ部のOB連中を集めて祝勝会を開いた。
竹原がよく来る居酒屋で、前々から貸し切りの予約を入れていたらしい。
「俺は嬉しいぞ。なあ公。俺達の頑張りが後輩にも受け継がれて、優勝出来てよ」
「そうだな」(やれやれ何回目だ)
公は、何回も同じ事を言っている竹原に背中を叩かれながら辟易した。
卒業後にも数回一緒に飲んだことがあったが、いつもこうだ。
しかし、こうも繰り返されると溜息も吐きたくなる。
「大丈夫かしら」
詩織は、そんな公の災難を苦笑いしながら見ていた。
「ん?何が?」
「ううん。何でもない」
詩織は公の向かい側で、同じく応援に来ていた沙絵や菊川と話していた。
奈津江と恵は応援には来ていたが、用事があって既に帰っていた。
「で、で、どうなのよぅ。結婚生活は〜」
「きゃ」
沙絵が酔っぱらって、詩織に詰め寄る。
「お、おい。沙絵」
「なぁによ〜、巧〜(菊川)」
この二人は高校時代けっこう仲が良かったので、名前で呼び合っている。
「藤崎が困ってるだろ」
詩織は特に嫌がっているわけではないが、気を遣って話を逸らしてくれて助かっていた。
「藤崎じゃなくて、主人でしょ。ん〜。じゃあ、巧はどうなのよ」
菊川の頭を、ペシンとはたく。
「俺?俺のなんだよ」
頭を抑えながら言う。
「いずみとの事に決まってるでしょ〜」
「ああ。・・・・・・・別れたよ」
ビールが入っているグラスを一気に飲み干す。
「え〜?何でよ〜」
「いろいろとな」
「ふう〜ん」
沙絵もオレンジブロッサムを一口飲む。
そして、何か考える素振りを見せると意外なことを言う。
「ねえ、巧。じゃあ〜さ〜」
「何だよ」
「私なんて、どう?」
「はあ?」
菊川は酔っていたので、沙絵が何を言っているのか理解するのに時間が掛かった。
「私って、結構あんたのこと気に入ってたのよ」
「・・・・・・・お前、酔ってるだろ」
「酔ってるわよぅ」
一種独特の雰囲気が二人の間に流れる。詩織はそんな二人を黙って見守っていた。
『沙絵、そうだったんだ。上手くいくと良いな。あら?』
視界の端に、木本と沙希が何か話しているのが見えた。
公に、目で合図を送る。
「ん?」
それに気が付いた公は、竹原との話を隣にいた石崎に振る。
「石崎、すまん」
小声で言うと席を立った。
「いいですよ」
察した石崎が、公の席に移る。
公は石崎に感謝しつつ、木本の元へ近付いた。
「どうした」
「公。良いところに来た。俺達ちょっと抜けるわ」
「そうか。気を付けてな。また飲もうぜ」
「おう」
「うん。またね」
二人が出口に行こうとすると、公は木本に耳打ちした。
「頑張れよ」
公の言葉に、木本は目を丸くして立ち止まった。
「先に行っててくれ」
「うん」
木本は、沙希を促して公と話す。
「何だよ、頑張れって」
「プロポーズするんだろ?」
「な!?」
「お前のことだ。優勝したらするとか考えてたんだろ」
「・・・・・・・・よく分かったな」
「当然。しかし、負けたらどうするつもりだったんだ?ウィンターカップまでお預けか?
優勝なんて、簡単な事じゃないだろう」
少し怒った風に言う。
「そう怒るなよ。ちょっと踏ん切りが欲しかっただけだよ。負けたら負けたで別の理由を考えたさ」
「そうか」
それなら良いと、納得顔で頷く。
「サンキュウ。お前なりに心配してくれてたんだな」
「まあな。幸せにしてやれよ」
「上手くいったらな」
「ははは。断る訳ないよ」
肩をポンポンと叩く。
「だといいがな」
「じゃあな」
「おう」
公が手を挙げたので軽く合わせる。
木本は、後ろで見守っていた詩織にも視線を送り手を挙げると、沙希とともに店を出ていった。
時間は10時を回っていたが、まだまだ明るいネオンの下を木本と沙希が腕を組んで歩いていく。
「ふう。よっぱらっちゃったね」
「そうだな」
「いけないんだ、明。明が今日の主役なのに」
「いいんだよ。優勝はただのおまけで、飲みたいだけなんだから、あいつらは」
「ふふふ。そっか」
沙希は、さっきの言葉通り少し酔っていたが、木本は全くと言っていいほどシラフだった。
「きゃ」
木本が突然止まったので、思わず声が出てしまった。
「沙希。ちょっと寄っていかないか」
「え?うん、いいわよ」
木本が指差したのは、二人で来たこともあるバーがあるビルだった。
そのバーはビルの最上階にあり、ビル群の夜景を見ることが出来る人気のデートスポットだった。
そこは某有名ホテルにいたという初老の男がマスターをしており、落ち着いた、
とても良い雰囲気を醸し出していた。
「いらっしゃい。久しぶりだね」
「こんばんは。あいてる?」
夜景が見える窓側の席を指して言う。
どうやら、まだ客はいないようだ。これから賑わう時間となる。
「空いているよ。そちらのお嬢さんも久しぶりだね」
「ええ。お久しぶりです。覚えていてくれたんですね」
「お客様の顔は、全て覚えているよ。貴方は名前もね。虹野沙希さん」
沙希は笑顔で一礼してから、木本の後に続いて中へと入っていく。
そして、窓に沿ったテーブルに並んで座り、メニューを取る。
「何にしようかな。いつも迷うのよね」
指でなぞりながら悩んでいる沙希を、木本はジッと見ていた。
「う〜ん」
「お嬢さん。まだメニューに載っていない新作はいかがかな?甘いから女性でも大丈夫だよ」
「え?」
マスターの方を向いて、目をパチパチさせる。
「じゃあ、それにしようかな」
「OK。マスター。俺はいつもので、沙希にはその新作を」
マスターは頷いて、拭いていたグラスを置いて作り始めた。
「どうぞ」
マスターが、まだ名前がないカクテルとジントニックを二人の前に置く。
「わあ、綺麗ね」
沙希の前には、透き通った青が美しいカクテルが置かれた。窓の外に広がる夜景にかざすと、
とても綺麗だった。
「優勝おめでとう」
「ありがとう」
チンッ
今は二人しか客がいないので、グラスを合わせると心地よい音が店内に響いた。
「おいしい」
一口飲んだ沙希が、頬に手を当てて微笑む。
マスターを見ると、同じ様に微笑んでいた。客が喜ぶ顔を見るのは、何物にも代えがたい。
「なあ沙希。公は幸せ者だよな」
「え?どうしたの突然」
「いや。あの二人を見ていると、いつも思うんだよ」
お互いを思いやり、とても良い関係を築いている。
「そうね。理想の夫婦かな」
「だろ」
「で、それがどうか・・・・・したの?」
不意に木本の表情が変わったので、言葉が途切れた。
「これから話すのは本気の言葉だから、よく聞いてくれ」
「う、うん」
沙希は背筋をピンと伸ばした。
「バスケの選手を辞めて、母校の監督になって2年。今日、遂に全国大会で優勝することが出来た。
指導者としての道を選択したことに、間違いはなかったと思ってる」
「うん。選手を辞めるって言ったときは驚いたわ」
「そうだよな。でも、沙希の言葉が切っ掛けでもあるんだぜ」
首を傾げる沙希に続ける。
「忘れたのか?お前が俺に、指導者に向いてるんじゃないかって言ったんだぞ」
「そんなこと言ったかな」
「あのなぁ。・・・・・まあいいや。今では自分でも合っていると思ってるから」
「ごめんなさい。大事な選択を、私の無責任な言葉で・・・・・」
シュンとなって俯いてしまう。
「い、いや、そんな顔するなよ。決めたのは自分自身なんだから」
「でも・・・・・」
「じゃあ、責任取ってもらうかな」
「な、なあに?出来ることなら」
顔を上げて木本の目を見る。
「俺と結婚してくれ」
「・・・・・・え?」
予想していた言葉のどれにも当てはまらないので、思考回路が繋がらず数秒間止まってしまった。
答えがないと勘違いした木本は、沈黙を嫌って更に続けた。
「はは。責任取ってもらうためにというのは冗談だから。まあ何だ。学校の先生をしながら
監督をしているほうが、バスケを続けているよりも安定してると思うし、
沙希を幸せにする自信が少しはあるつもりだ。沙希は、今の仕事を続けても良いし。
俺とお前なら、公と藤崎に負けない良い家庭を築けると思うんだ。 だ、だから、俺と結婚して欲しい。
ま、まあすぐにというわけにはいかないけれど、出来れば来年の春には・・・・・。さ、沙希?」
黙って聞いていると思ったら、沙希の頬に一筋の流れがあった。
店内のライトに照らされ、キラリと輝く涙が頬をつたう。
「ホント?」
指で目元を拭い、真っ直ぐに木本の目を見る。
「本当だ。今までも冗談みたいに言ってたけど。いや、冗談なんかじゃなかったんだけど。
ホントだ。俺と結婚して欲しい」
「嬉しい」
穏やかな笑顔を浮かべて、素直な気持ちを口にする。
「で、答えは・・・・・」
木本は、恐る恐る聞いた。
「こんな私だけど、よろしくお願いします」
「ホントか?」
無言で頷く沙希。
「や、やったーーーーー。こ、こちらこそ。よろしく頼みます」
店内に響き渡る大声を上げると、両手で沙希の手を包んだ。
「ふふふ」
「ははは」
二人とも改まった言葉遣いをしていたから、何だか笑いが込み上げてきた。
「もう一度、乾杯しよう」
「うん」
チンッ
沙希のグラスの中で青い液体が揺れる。
カウンターでは、マスターが心の中で祝福していた。そして、この新作のカクテルに、
たったいま名前が付いた。このめでたい出来事を記念して、虹野沙希からも一字引用し、
「Fortune Rainbow(幸運の虹)」と名付けられた。
それから2ヶ月後。
残暑もなくなり、時折冷たい風が感じられるようになった。
木本とバスケ部員達がウィンターカップに向けて練習している頃、公はリーグ戦で
上位の成績を上げたチームで行われるトーナメントの終盤を迎えていた。
公のチームは、木本が抜けた翌年は惜しくもベスト4に終わったが、
今年はここまで順調に勝ち続け、今日勝てば優勝が決定するというところまで来た。
「よお。調子はどうだ」
「木本か」
木本が、観客席からコートの端に立っていた公に話し掛けた。
「こんにちは」
「沙希ちゃんも一緒か」
「うん。ねえ、詩織ちゃんは?人が多くて見つけられないの」
周りを見渡しながら問う。
昔は、それこそ身内しか見に来なかった実業団バスケも、高校バスケの盛り上がりに
引っ張られるように観客が増えてきた。公や田辺ら若手の人気も影響していると思われる。
「詩織なら、早乙女兄妹と一緒にあっちにいるよ」
左の方を指差す。
「そうなんだ。明、先に行ってるね。じゃあね公くん、試合頑張ってね」
「ああ」
手を挙げて見送る二人。
「木本。電話で言ったけど、改めておめでとう」
「サンキュウ」
8月の始めに沙希にプロポーズをして、成功したことを電話で公に報告したのだが、
あれからお互い忙しくて会っていなかった。詩織にも、沙希から報告があったらしい。
「式は1月だって言ってたよな。沙希ちゃんの誕生日だろ」
「やっぱり分かるか。近々招待状を送るから、待っていてくれ」
「OK」
「そうだ。今日は出るかな」
「ん?石崎か?どうかな」
決勝相手のチームには、後輩である石崎がいた。
2番手のセンターで控えではあるが、もしかしたら出てくるかも知れない。
「おっ、噂をすれば何とやらだな」
公の後ろから、石崎が歩いてきた。
「公先輩。木本先輩も」
「よう。石崎。今日は出られそうか?」
木本が尋ねる。
「どうでしょう。もし出番があったら、お手柔らかにお願いしますよ。先輩」
「ははは。そうはいかないな」
手を差し出し握手をする二人。
「じゃあ二人とも頑張れよ。俺は向こうで応援してるから」
「おう」
「はい」
木本は二人と別れると、知った顔が集まっている席へと行った。
「木本先輩。こっちこっち」
優美が手招きする。
「早乙女、久しぶりだな」
「はい。インターハイの決勝、応援に行けなくてすみませんでした」
ペコリと頭を下げる。
「おっ、そういうことをちゃんと出来るようになったか」
昔の優美なら「先輩、ごめんなさい。えへへへへ」とか言いそうなのに、
礼儀正しくなったものだと感心する。
「当然ですよ。優美だって、もう25ですよ」
「まだまだ子供だって」
横にいた好雄が、ボソリと呟く。
「何ですって〜」
「ぐえ〜」
見事なスリーパーホールドが決まる。
「おいおい」
木本が呆れていると、更にその隣にいた夕子が庇う。
「ほら優美〜、止めなさいっての」
どうやらこの二人、まだ続いているようだ。
「優美ちゃん。そのくらいで・・・・・」
後ろにいた詩織と沙希も、なだめに入った。
「ははは。それくらいで許してやれよ」
「木本先輩がそう言うなら、分かりました」
「げほげほ」
好雄は、喉元に手を当てて咳き込む。
こちらの兄妹仲も、相変わらず良いようだ。
「ほら、もうすぐ始まるよ。座って、明」
沙希が荷物を寄せて隣の席を指差す。
「そうだな」
コートでは、選手の紹介がされていた。
「伊集院スピアーズ。7番主人公ーーーーー」
公の名前が呼ばれると、一際大きい声援が巻き起こった。
「主人さーーーーーん。頑張ってーーーーー」
「キャーーー」
黄色い声が交錯する。
「相変わらず人気があるね」
「ふふふ。そうね」
沙希の言葉に、昔の詩織だったら嫌な気持ちになったかも知れないが、
夫婦になったいまでは嬉しく思えるようになった。
「頑張って、公」
公がこちらを見たので、小さく手を振る。公も、それに手を挙げて答える。
キックオフを前に軽く円陣を作り、今年からキャプテンを務めている公がチームメイトを鼓舞する。
「木本が抜けて去年は逃したけど、今年は頂くぞ。木本も見ていることだし、
あいつを安心させてやらないとな」
公の言葉に、緊張している皆の顔にも笑みが浮かぶ。
「よしっ、いくぞみんな!!」
「おうっ!!」
力強い声に反発するように散り、自分のポジションに着いた。
ピッ!!
笛とともにボールがトスされ、両センターが跳ぶ。
バシッ!!
伊集院スピアーズのガード藤原が捕球し公の姿を確認すると、ゴール前に走っているエースに
矢のようなパスを出す。藤原は木本が徹底的に教え込んだ若手で、公達も大学時代に参加した
バスケット世界選手権ヤングメン日本代表にも選ばれた逸材だ。
「キャプテン」
「速い」
高校時代よりも一段とアップした公のスピードに、相手ディフェンスは追い付くことが出来ない。
ゴールへと一直線に突っ込み、得意のダンクをお見舞いする。
「先制点いただき」
ガコン
豪快な音を立ててリングに叩き込むと、会場のボルテージはアッという間に最高潮に達する。
見る者を魅了するプレーに、更に磨きが掛かっている公だった。
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第4クォーターになっても公は止まらなかった。
87対71でリードしていても尚、攻撃の手を緩めることはない。
「こっちだ」
しつこいディフェンスを振り切って、藤原に向かって手を挙げる。
相手も食い下がるが、僅かな隙を狙って藤原からのパスが通る。
「ナイス」
そのボールを、今度はレイアップに行く。
「させるか」
相手センターも負けずに回り込んで阻止しようとする。
がしかし、空中で持ち替えて得意のダブルクラッチに移行する。
身体全体のバネを駆使して伸び上がると、まるで空中で2回目のジャンプをしたように見える。
「なんだ公の奴、今日は絶好調だな」
「ああ。バケモノだな」
木本の後ろから、知った声が聞こえてきた。
「田辺か。久しぶりだな」
「よう木本」
軽く手を合わせる。
「お前の所は残念だったな」
「ふん。来年は必ず優勝してやるさ」
田辺が所属するチームは、決勝の相手である石崎が所属するチームに、準決勝で惜しくも敗れていた。
コートでは、ダブルクラッチを成功させた公が、今度は相手ガードに執拗な
ディフェンスをしていた。それを見ながら、田辺は来年へと意欲を燃やしていた。
「あと10秒よ」
時計を見た沙希が、詩織の手を取る。
「うん。最後に決めて」
あと2点入れれば100点ゲームになる。ボールを持った公が、1人2人とディフェンスを抜いてゴールへと迫る。
「ここは決めさせませんよ」
ラスト5分から交代出場した石崎が立ちはだかる。一回フェイクを入れるが引っかからない。
それでも構わずフェイドアウェイのジャンプシュートにいくと、それに合わせて石崎も跳ぶ。
「やるな石崎。でも甘い」
手から離れたと思ったボールは、石崎の視界から消えた。石崎のブロックには関係ない所で、
公のフォローにきた藤原に絶妙なパスが出る。
「決めろよ」
「はい」
走り込んできてボールを受け取ると、そのままレイアップシュート。
ザシュ
「ナイシューーーーー、藤原」
これで100対79となった。
そして、試合終了のブザーが鳴った。
ビビーーーーーーー
「優勝だ!!」
一年間の成果が実り、唯一1チームだけに与えられる日本一という名誉に輝いた。
ベンチでは選手全員が立ち上がって、バンザイをしたり抱き合ったりして喜んだ。
「やったね、詩織ちゃん」
「うん」
詩織と沙希も抱き合って喜ぶ。
優勝はこれで2回目であるが、木本が抜けた後の優勝なだけに、選手の胸に喜びと
安堵の気持ちが混在していた。
「木本。やったぞ」
公は、下に降りてきていた木本に向かって腕を挙げた。
それに答えるように、ガッチリと組み合わせる。
「今日のお前には脱帽だよ」
「ははは」
「木本さん。やりましたよ」
藤原ら他の選手も木本の所に集まった。
「すみません。主人選手、インタビューお願いします」
「はい」
身体が空いた公に、TV局のレポーターが来た。
「優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
汗を拭きながら、満面の笑顔で答える。
「今日は絶好調でしたね」
「ええ」
インタビューに受け答えしている公を、詩織が見つめる。
「おめでとう、公」
自分はバスケを引退したが、公はこれからも輝き続ける。詩織はそれを支え、
その喜びを分かち合えることに生き甲斐を感じるだろう。
「ふう」
公のインタビューも終わり、水分補給をしつつ一息ついたところに肩を叩く手があった。
「ん?」
公が振り返ると、そこには懐かしい顔があった。
「お久しぶりですね」
「おお!!いつ帰ってきたんだ、レイ。いや、伊集院社長」
慌てて言い直す。
「昨夜戻ってきました。ふふふ。社長なんて、レイのままで良いですよ」
「そ、そうか」
いくら同級生といっても、雇われている側の公にすれば呼び捨てにする訳にもいかなくて、
そう言ったのだが、どうやら何も変わっていないレイには杞憂だったようだ。
「優勝おめでとうございます」
「ありがとう。見ていてくれたんだ」
「勿論です。私が言い出して経営不振のチームを買い取って始めたのだけれど、
まさかお祖父様が、留学中の私を社長にするなんて思わなくって。
今まで見に来られなくて、ごめんなさい」
深々と頭を下げる。
「いいんだって。もう帝王学の勉強は終わったんだろ?ずっとこっちにいるのか?」
「そうですね。海外への出張はあると思いますが、本拠地は日本に置きますから」
ますます魅力的になったレイを見ると、どうやら順風満帆な生活をしてきたようだ。
それともう一つ、気になることがあった。
「そうか。じゃあ、たまには会えるな」
「はい」
「それにしても、もともと美人だったけれど、更に磨きが掛かって綺麗になったな」
「そ、そうですか?ありがとうございます」
頬に手を当てて、ほんのり赤くなる。
「向こうで、いい恋が出来たかな?」
イギリス人が、こんなに魅力的な女性を放っておくはずがないと、冗談ぽく言ってみる。
「ええ?・・・・・・そうですねぇ。ご想像にお任せします。ふふ」
クスクスと笑って、はぐらかす所を見ると、満更ではなさそうだ。
「そうか。向こうに詩織達もいるから、会っていくだろ」
応援席を指差すと、詩織も気が付いたようで大きく手を振っている。
レイもそれに手を挙げるが、返ってきた答えは残念なものだった。
「すみません。もう時間がありませんので、これで失礼します」
心底申し訳なさそうな顔をして謝る。
「そうか。残念だな」
「日本にいるんですから、また会えますよ。じゃあ、詩織夫人や他の人によろしく」
「わかった。またな」
「はい。また」
軽く会釈をし、待っていた秘書らしき女性の元へと戻っていった。
後でみんなにレイに会ったことを話したら、正体を知っている詩織や沙希は、
会えなかったことをとても残念がっていた。他の男達は嫌な奴が帰ってきたと悪態を付いていたが、
伊集院家の跡取りとしての本当の姿のレイを、時期にTV等で目の当たりにする日が来るだろう。
その時の驚いた顔を、全員見てみたいものだと笑い合う公達だった。
オフシーズンに入った公は、詩織と夫婦水入らずで温泉旅行に出掛けた。
秋といえば紅葉が美しい所に行こうというわけで、露天風呂から紅葉が見える
温泉旅館を調べてから行き先を選んだ。
午前中に飛行機で現地に到着した二人は、旅行雑誌に載っている有名どころを観光して回った。
旅行といえば、観光スポットを全て回らないと気が済まない人もいるだろうが、
それでは逆に疲れてしまう。公と詩織は余裕がある計画を立てて、ゆっくり見て回った。
そうすることで、普段の生活にはないゆったりとした時間を楽しむ事が出来た。
選んだ宿は、たまたま伊集院系列のホテルであった。夕方に到着し公がフロントに行くと、
受付の責任者がその見覚えのある顔に気が付いた。そして、いいからと言ったのに一番良い部屋を用意した。
折角用意してくれたものを断るのも悪いと、お言葉に甘えた二人は、有り難く案内してもらった。
そして早速温泉に入って汗を流し、夜には美味しい地元料理に舌鼓を打った。
「美味しかったね」
目の前には、浴衣姿の詩織と、すっかり空になったお膳がある。
「ああ。詩織の料理も美味いけど、こういう所で食べるのは違うからなぁ〜」
「ふふふ。それはそうよ」
山菜の天ぷらやキノコを使った鍋料理など、地元の特色を生かしたお膳だった。
「マツタケもあったけど、公はそんなに好きじゃないでしょ」
「そうだな。みんな美味しいって言うし、一般的に美味い物の部類なんだろうけど、
俺はそれ程じゃないな。どちらかって言うと、鍋に入ってたマイタケの方が美味いと思うなぁ〜」
「うん。私もそうだな。ふふふ。お金がかからない旦那様で良かったわ」
「ははは」
公は笑いながら、何となくホテルの案内を開いた。
「ん?これはいいかも」
「どうかしたの」
必ず部屋にあるホテル案内を見て、公はいいものを見つけた。
「ここには、貸し切りの露天風呂があるんだって」
「ふ〜ん。そうなんだ」
「空いてたら一緒に入ろう」
「え?」
突然のことに、詩織は少し赤くなった。
高校3年の正月には、レイの別荘で水着を着て入り公をからかったりしたが、
今では、たまに一緒に入浴することもある。大分慣れもしたが、露天風呂という
シチュエーションが何だか恥ずかしくて躊躇してしまう。
「なに恥ずかしがってるんだよ、今さら」
「だって」
「紅葉も見えるって書いてるし、これは入るしかないって。旅の恥はかきすてって、言うだろ」
「それ、ちょっと違うと思うな」
「ははは。いいからいいから」
詩織の抵抗虚しく、お風呂道具を持ってフロントに向かった。
いまは団体客の宴会の真っ最中とあって、他のお客さんと廊下ですれ違うことはなかった。
「すみません。家族風呂って空いてますか?」
公がフロントの男性に問う。
「はい。ちょうど先程空いたところです」
「そうですか。じゃあ、お願いします」
「畏まりました」
普通に受け答えしているが、公は心の中で大喜びしながら鍵を受け取った。
詩織はそれを見透かしていたが、観念して気持ちを切り替えた。
「おおーーー、綺麗だな」
暗くて良くは見えないが、ホテルから漏れる明かりと数台のライトでライトアップされているため、
十分に紅葉を楽しむことが出来た。
「詩織ーーー、早く来いよ」
「待ってぇ」
詩織は一緒に浴衣を脱ぐのが恥ずかしくて、公に先に入ってもらっていた。
「うわ寒」
公の身体を冷たい風が通り抜ける。このままでは寒いので、身震いしながら湯舟に浸かった。
「ふう。気持ちいいなぁ。しかし、この湯の色は」
「お待たせ」
磨りガラスの戸が開き、詩織の麗しい裸体が・・・・・。
「おおーーーって、おいぃぃぃ!!」
思わずツッコミを入れる。
「な、なぁに?」
「何だよ、そのバスタオルは」
「だって、恥ずかしいじゃない。誰かに見られたら嫌だし」
露天風呂は当然、外からの視界を遮る構造になっているものだが、
たまに、これは見えるだろというのがあったりする。
「ちゃんと仕切ってるから大丈夫だって」
「でも〜」
「湯舟に入るときはタオルを入れちゃダメなんだから、同じだろ」
「それは取るけど、公はあっち向いていて」
「・・・・・・わかったよ」
どうやら公は諦めたらしく、渋々背を向けた。
詩織はそれを見て、バスタオルを備え付けのイスに掛け、静かに湯舟に入っていった。
ちゃぽん
「ふう。気持ちいいね。紅葉も綺麗だし。もう、こっち向いても良いわよ」
「そ、そうか」
少し期待しつつ正対するが・・・・・。
「はあ、やっぱり見えないし」
お湯の色が白濁色のため、入ってしまえば浸かっている部分は見ることが出来ない。
わざとらしく落胆した表情を見せる。
「もうっ!!そんなに落ち込まないでよ〜。一緒に入ったんだから良いでしょ?」
公の顔を見ていると、まるで自分が悪いような気になっていた。
「う〜ん。温泉と美女。このシチュエーションは最高なんだけど。詩織、もうちょっとだけ胸を上に」
「ダ〜メ!!」
舌を出して断る。ちょっと憎たらしいが、その表情がまた可愛い。
「ちぇっ!!わかったよ。いいよ。上がった後の火照った詩織の身体は俺の物なんだから」
「え?もうっ、エッチなんだから」
お湯で赤くなっていた詩織の顔が、更に赤くなる。
その顔を見られるのが恥ずかしくて、口まで浸かってブクブクと泡を吹く。
「ははは」
「む〜」
反論できなくて悔しい気持ちと、そう言ってくれて嬉しい気持ちが入り交じって、変な気分だった。
露天風呂は低めの温度に設定されているので、夜風に吹かれたり、一旦上がって
イスに座り身体を冷ませば、何時間でも入っていられそうだった。
「ねえ」
「ん〜?」
詩織が、頭にタオルを乗せて、まったりとしている公の隣に来て話し掛ける。
「公は、子供好きだよね」
「好きだけど。どうしたんだいきなり」
ボーーーッとしていた意識が、少し現実に戻される。
「あのね。今日、街を観光しているとき、結構親子連れがいたよね」
「そうだな〜」
乳母車を押している母親や、肩車をしている父親の姿が思い浮かぶ。
「それを見て、どう思った?」
「どうって。親子連れだなって、思ったさ」
「そうじゃなくって。いずれは自分もそうなるんだって、思わなかった?」
「ああ。そういうことか。それは思うよ」
「そうよね」
そう言った詩織の表情は冴えなかった。
「何だ?詩織は子供嫌いだっけ?」
「ううん。そうじゃないのよ。子供は好きだけど、育てる自信がないの」
「ははは。なんだそんなことか」
「笑い事じゃないわよぉ」
公に笑われたので、口を尖らせて憤慨する。
「ははは、ごめんごめん。育てる自信がないなんて、当然じゃないか。あるなんて言われたら、逆に疑うよ」
「そうかも知れないけれど」
「あのな詩織。詩織は一人じゃないだろ、俺だっている。二人で力を合わせる。
そうすれば大丈夫だ。俺達の親だって、喜んで手伝ってくれるさ。孫なら、手伝わなくても良いって
言ったって可愛がるだろ」
「・・・・・・そうね。ありがとう」
詩織は、公の肩に頭を乗せて寄り添った。
公は、詩織の肩に手を添えて抱き寄せた。
「詩織の子供なら、きっと可愛いぞ。頭と運動神経だって抜群だ」
「ふふ。それだったら、公に似てスポーツ万能よ。でも、何よりも元気に育って欲しい。
そして、どんな形でもいいから幸せになってくれれば」
「そうだな」
夜空に広がる満天の星空の下、将来を語る二人の前途は揚々であった。
一年半後、我が家の前で車を降りた詩織の腕には、赤ん坊が抱かれていた。
新築した家の庭にある一本の桜が、祝福するように花弁を舞わせる。
この子が大きくなったとき、もし、きらめき高校に入学することがあれば、
きっと伝説を知ることになる。そこには新たな伝説が加えられているかもしれない。
「卒業後、伝説の樹の下で男の子のプロポーズで成立した夫婦は、永遠に幸せになれる」
という伝説が。
おわり
あとがき
やっと書き終えました。
エピローグとして、公達のその後を描きましたが、
まさかこんなに長くなるとは思いませんでした(^_^;)
当初は、公と詩織の結婚式と甘い新婚生活を書いて
終わろうと思っていましたが、他のキャラの特に沙希と木本のことが
気になったら最後、こんなになってしまいました(^_^)
皆さんが予想した「その後」はありましたか?。
何にしても、楽しんで読んでもらえたなら嬉しいです。
では、次は詩織編の最後、第60話で・・・・・と思いましたが、
沙希編に移行して、それが終わったら60話を書こうと思います。
というわけで、沙希編第1話をお楽しみに。
では(^^)/~~~