「My wish」

沙希編 
第5話「本当の幸せ」


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 冬休みが明けて3学期が始まった。
 始業式では、バスケ部がウィンターカップでの男子優勝、女子準優勝の栄光を称えて祝勝会が引き続き開かれたりして、
 バスケ部員の評価はうなぎ登りとなった。
 中でも、もともと人気があった、公、木本、詩織の三人は、下級生の憧れの的だった。
 公と好雄が休み時間に談笑しているときも、ひっきりなしに公目当ての女子が教室の中を覗いては歓声を上げていた。
「いや〜、お前の人気は凄いな。思わず首を絞めたくなるよ」
「ぎぎぎ。もう絞めてるって〜の!!」
 好雄の手首を掴んで、強引にはぎ取る。
「ははは。俺はマジで殺意を抱くかもしれん」
「真顔でそんなこと言うなよな。親友だろ」
「ほう。そう言ってくれるなんて、泣けるね〜。じゃあ、ファンの女の子を紹介してくれ」
 手の平を差し出して、お小遣い頂戴みたいに言う。
「するか!!」
バチン
 思いっ切りはたく。
「痛っ。冗談だよ冗談」
「ったく。自分で見つけろ」
「ははは。まあ、それはともかく。今さらながら、お前が虹野さんを選ぶとは思わなかったよな。
 女子も準優勝したし、もし藤崎さんを選んでいたら黄金カップルの誕生だったよな」
 去年の9月に聞いたときは、驚いて大声で叫びそうになり、公に頭をはたかれたものだ。
「何だよ黄金カップルって。沙希を選んだことに後悔はないよ」
「それはそうだろうけどよ」
 いまは教室にいない詩織のことを思うと、好雄でさえ今でも気持ちが重くなる。
「最近は、普通に話せるんだろ?」
「ん?そうだな。だいぶ戻ったと思うんだけどな」
「じゃあ、大丈夫だ。藤崎さんは元気になるさ。お前は、虹野さんのことを大事にしないといけないんだから。頑張れよ!!」
バン!!
 力強く肩を叩く。
「ありがとう。好雄」
 それは気休めの言葉だとしても、いまはそれで十分だった。



 数日後の新学期が始まって最初の日曜日、公は一人駅前にいた。
 沙希の誕生日のために、プレゼントを買いに来たのだが、
「う〜ん。男が一人でこういう所に入るのには、抵抗があるなぁ」
 そうブツブツと呟きながら、店の入口前で行ったり来たりしている怪しい男と化していた。
 そんな怪しい公に、話し掛ける者がいた。
「あ〜、公くんだ。なになに?何してるの〜」
「え?」
 後から大声で呼ばれて振り返ると、そこには見たことがある女の子が二人立っていた。
「あっ、君は・・・・・朝日奈さん」
「ピンポーーーン」
 嬉しそうに笑う。
「私は〜?」
 隣の少女が自分を指差して訴える。
「ん〜。確か君は、バレンタインにチョコをくれた」
「そうそう」
「し、し、新条さん」
「全然違〜う。誰よそれ、『し』しかあってないじゃない。白雪よ!!白雪!!
 豪快にツッコミを入れる。
「そうだ。ごめんごめん」
「もう〜、虹野さんのことしか頭にないんだから〜」
「なっ、なにを」
「あはは」
 ファンクラブの間では、二人が付き合う前から何となく情報が流れてきていた。
 詩織と沙希が争ったというのは、真帆とほんの一部だけが知る極秘事項だが、公が選んだ人なのだから異論はないし
 幸せになってくれるならそれで良い。ファンとはそういうものだ。
「ん?ここは確か」
 真帆は、目の前の店がなんなのか確かめた。そこは高校生の男が、一人で入るのには似つかわしくない場所だった。
 真帆も時々アクセサリーを買いに来るアクセサリーショップだ。
「あれ〜。ここって」
 夕子も気が付いて公を見る。
「ん?え〜と」
 目を逸らして明後日の方を見ると、バツが悪そうな感じで頭をかいた。
「あっ、そうかそうか」
「なになに。なによ〜」
 夕子がパンと手を叩いて一人納得しているのが悔しくて、真帆は肩を掴んで揺すった。
 それに答えるように、夕子は耳元にごにょごにょと話した。
「あ〜、そっかそっか〜。ふう〜ん」
 興味津々といった目で公を見る。
「あ、あのさ。一人で入るの恥ずかしいから、一緒に入ってくれないかな」
 公とは思えない言葉に、二人は吹き出してしまった。
「きゃははは。やっぱり男一人だと恥ずかしいんだ」
「夕子ったら、そんなに笑ったら悪いでしょ。ふふ」
 と言いつつ、真帆は笑いを噛みしめるのに精一杯だった。
 公は顔を赤くして見ているしかない。
「きゃははは。はぁ〜」
 夕子は、ひとしきり笑い一息吐いた後、公の問いに答えた。
「あ〜、苦しい。一緒にって言われてもねぇ。私はこれから用事があるから。真帆、あんたが一緒に行ってあげてよ」
「ええ?私が?一人で・・・・・?」
「ぜひ、お願いするよ」
 夕子と別れた後は家に帰るだけだったし、手を合わせて拝むように頼む公を見ては、断れるはずもなかった。
「ん〜。いいけど」
『わ〜、どうしよう。デートみたいじゃない』
 降って湧いたようなシチュエーションに、他のファンクラブの娘に悪いなと心の片隅で思いつつも、真帆の胸はドキドキしていた。
「ありがとう。恩にきるよ」
「ううん」
「じゃあ私は行くからさ。じゃあね〜」
 手を振って走っていく夕子を見送り、公と真帆は二人きりになった。
「え、え〜と。虹野さんの誕生日プレゼントを買うんでしょ?」
「え?そ、そうなんだ」
 やっぱりばれていたかと思いつつ頷く。
「予算は?」
「7千円位かな」
「7千円ねぇ〜」
 真帆は恥ずかしくて、あまり公の顔を見ずにスタスタと店の中に入っていった。
 その後をついて公も入る。
「いらっしゃいませ」
 二人は店員の声に迎えられた。
「彼女にプレゼントですか?」
 恋人同士に見えたのだろう、さっそく話し掛けられた。
「そ、そうですね」
 何だか落ち着かない公が答えると、
「まあ。良かったですね」
 店員は真帆を見て笑顔で言った。
「え?い、いや。そうじゃなくて」
「はい?」
「ぐふっ」
 真帆は彼女ではないということを説明しようとしたら、横っ腹に肘鉄が入った。
『良いじゃないの。ここではそれで』
「あ、ああ。わかった」
 脇腹を抑えながら言う。
「私たち高校生なんで、高いのは買えないんですけど。ちょっと見て回ります」
「そうですか。ごゆっくりどうぞ」
 社会人なら高い物も勧められるが、そう言われては仕方ない。店員は、とりあえず本人達の目に任せた。
「た、高い」
ブラッと見ていた公の口から漏れる。本当に宝石とは男の公にはよく分からないものだ。
 本物であっても、石の大きさやデザイン、カットの違いで天と地の価格差があった。大きさで値段が違うのは分かるが、
 デザインなどは素人目には違いが分からないものが殆どだった。
「あっ、これなんて良いんじゃない?」
「どれどれ。ゲッ!!」
 真帆が指差した指輪の値札には、28万円と書かれていた。
「あのねぇ。白雪さんが欲しいのじゃなくって」
「きゃはは。冗談よ冗談」
「笑えないっての。それにしても高いなぁ〜。白雪さんは、こういうの持ってるの?」
 公の思考は、最近のテレビに影響されていた。テレビでは、高価なブランド物をたくさん持っている女子高生を取り上げる。
 公の目には真帆もその部類に見え、こういった高いアクセサリーを持っているのではと思ったのだ。
「あっ、なぁに?公くん何か勘違いしてるでしょ」
 普通にしていたつもりだったが、どうやら目に出てしまったらしい。真帆が不満げに訴える。
「こんなのは、普通の女子高生が身に付ける物じゃないよ。援交とかやってる娘は別だけどさぁ」
「ふう〜ん」
「私は、このままでも十分可愛いでしょ?」
 可愛く首を傾げて見せる。
「う、うん」
「それとも、私がそんなことをする女に見えるっていうの?ぅぅぅ」
 俯いて泣き真似をする。
「い、いや。そういう訳じゃなくて」
「ふふふふふ」
 しどろもどろになる公に、笑いを堪えきれない。
「あのな〜」
「ホント人が良いよね。そういったところが好きよ。ファンとしてね」
「そ、そう。ありがとう」
 泣き真似の演技に騙された公だったが、真帆の笑顔を見て悔しい思いも消えていた。



「どう?だいたい一通り見たけど、どれにする?指輪とか?」
 沙希にプロポーズするんじゃないのと、からかうような表情をする。
「まさか!?指輪なんてまだ早いよ」
「まだ早い・・・・・か」
「い、いや、ネックレスなんてどうかなって思ってるんだけど」
 耳ざといチェックに冷や汗をかきつつ否定する。
「ふう〜ん。予算は7千円って言ってたよね」
「ああ」
「じゃあ、これなんてどうかな。デザインも可愛いし、虹野さんも気に入ると思うな。1月の誕生石のガーネットだし。
 ちょっと予算オーバーだけど、お勧めかな」
 真帆が指差したネックレスには小さなガーネットが付いていて、丸みを帯びたデザインが沙希の胸元に似合いそうだった。
「7,500円か。うん。いいね」
「でしょ?」
「よしっ。これにしよう。ありがとう、白雪さん」
「ううん。バレンタインにはチョコあげるから、私にもこういうの頂戴ね?」
「ええ?それはちょっと・・・・・・」
「きゃはは。冗談に決まってるでしょ。何でも真に受けないの。虹野さんも先が思いやられるわね」
 腕をたたいて笑う。
「ははは」
 公は苦笑するしかなかった。
「ありがとうございました」
 公はプレゼント用にラッピングしてもらった包みをコートのポケットにつっこみ、真帆とともに店を出た。
「じゃあ、またね」
 役目は終わったと真帆が帰ろうとすると、公が呼び止めた。
「白雪さん」
「ん?なぁに」
 クルリと身体をひるがえす。
「ネックレスは無理だけど、付き合ってくれたお礼にお茶ぐらいはご馳走するよ」
「ホント?そうこなくっちゃね。このまま帰るのも寂しいと思ってたのよ。じゃあ、ちょっとお腹も空いたし、
 おごってもらおうかな。ケーキも良い?」
「もちろん」
「やったね。早くいこ、美味しい店知ってるのよ」
 真帆は嬉しくて、無意識に腕を組んでしまった。
『わ!!』
 公は腕から伝わる感触に驚いたが、ここで突き放すのは真帆に悪いと思い、そのまま歩き始めた。
 それを見ている視線があるのに気が付かずに。



 沙希の誕生日当日。
 公が普通どおりに登校し教室までの廊下を歩いていると、何やら様々な視線を感じた。
「何だ?俺を見ているような・・・・・・」
「おっ。来たな!!」
 好雄が教室のドアの所に立って待っていた。
「おはよう、好雄」
 手を上げて普段どおりに朝の挨拶をすると、
「おはよう、好雄。じゃねぇよ」
 好雄が公の腕を掴み、教室の端へと引っ張っていった。
「な、なんだよ」
 途中にあった自分の席にカバンを置き、端へと引っ張られていく。
「何かあったのか?」
「まあ、大したことじゃないんだが・・・・・」
 小さな声で囁く。
「お前この間の日曜日に、白雪に付き合ってもらって虹野さんのプレゼント買っただろ」
「ああ。お前にも話しただろうが」
 あの日、朝日奈は好雄と待ち合わせをしていたのだから、朝日奈から聞いたと思っていたが、
 話したときは意外にも初耳だったらしい。
「そうだな。プレゼントを買うのに付き合ってもらっただけ。それでいいんだよな?」
「そうだ」
「じゃあ、誰かが勘違いをしたまま流したんだな」
 腕を組んで溜息を吐く。
「何だよ。俺がどうかしたのか?」
「白雪と一緒だったところを、誰かが見たらしくてな。お前が白雪とデーとしたことになってるぞ。その噂でもちきりだ」
「なに?ホントか」
「ああ」
 好雄が顔をしかめる。
 真実かどうか分からないのに、推測で誰かに軽々しく話すことは、好雄がもっとも嫌うところだ。
 特に悪い噂というのは、アッという間に広まってしまうから、たちが悪い。
「そうか。でも、あれはデートじゃなかったし、俺は悪くないぞ。放って置いて良いんじゃないか?」
「まあな。噂なんてすぐに消えるだろうが。特に今回のは勘違いなわけだし。
 でも、虹野さんにはきちんと説明しておいた方が良いと思うぞ。二人で会ったとき、ぎこちないと嫌だろ。今日だろ誕生日」
「そうだな。休み時間にでも行って来るよ」
「そうした方が良いな」
チリンチリン、チリンチリン
「おっと時間だ。じゃあな」
「サンキュウ、好雄」
 チャイムが鳴り止むと同時に、担任の先生が入ってきた。
「ホームルーム始めるわよ」
 皆が着席すると、いつものように出欠確認が始まった。



 昼休みも半ば頃、沙希は未緒とお弁当を食べたあと教室へと歩いていた。
「ふふふ〜」
 今日は自分の誕生日で、夜には公と二人だけのパーティーを予定している。
 思わず鼻歌なんか出てしまっているが、結構大きな声が出ていることには、気が付いていないほど浮かれ気分だった。
 だがそこに、悪いニュースを持ってくる後輩が、沙希を見つけて走ってきた。
「あっ!!いた!!せんぱーーーーーーい。虹野せんぱーーーーーーい」
「あら、みのりちゃん。どうかしたの?」
 みのりが目の前で急停止して、胸に手をやりゼイゼイ言って息を整える。
「みのりちゃん。マネージャー上手くやってる?」
 沙希は冬の選手権予選が終わったところで部活を引退したので、いまはみのりが3人いるマネージャーの先頭に立っている。
「え?そ、そうですねぇ。まだ1年に何を考えているのか分からない娘が一人いますけど、まあまあ上手くいってます」
「そう。私で出来ることなら、何でもするから言ってね」
 みのりの手を取って、ニコリと微笑む。この微笑みはいつみても心が安まる。みのりは一瞬伝えるべき事を忘れた。
「いえ。引退した先輩に手を煩わせたら、安心して卒業できないでしょ?私たちでやっていきますよ。
 たまに相談に乗ってもらうかもしれませんけど」
「ふふふ。うん。いつでも良いよ」
「じゃあ今度一緒に、この間オープンしたばかりのケーキ屋に行きましょう。チーズケーキがめ
 ちゃくちゃ美味しいんですよ」
 雑誌に載ったので、早速行って来た喫茶店を思い出す。その時に絶対沙希と来ようと思った。
「へ〜。そうなんだ」
「でも先輩と一緒に行くと、店の人にレシピとか聞くから、ちょっと恥ずかしいんですよね」
 沙希は気に入った料理やケーキがあると、必ずと言って良いほどレシピを聞こうとする。
 流石にレストランとかだと簡単にはいかないが、小さな洋食屋などシェフと話せる店であれば、何回か通って仲良くなり、
 最後には聞いてしまうという根性を見せる。
 だから、流行っている洋食屋やケーキ屋、食堂などで、沙希の顔を知っている人は沢山いた。
「ふふふ。ごめんね。美味しい物は何でも自分で作りたいのよ。ためにもなるし」
「それはそうですけれど。それもこれも、主人先輩に作ってあげるためでしょ?」
「そうなんだけどね。ふふふ」
 のろけてしまったようなものだから、顔を赤くしてポンとみのりの肩をたたく。
「もうっ。アツアツなんだから。ふふふ・・・・・・・・・って、あれ?」
 いつのまにか沙希のペースに巻き込まれていたみのりが、本来の目的から脱線していることにやっと気が付いた。
「私、なにやってるんだろ。先輩先輩。こんなことを話すために先輩を探していたわけじゃないんですよ」
「え?」
 突然のテンションアップについていけない沙希。
「何を慌ててるの?きゃっ!?」
 肩を掴んでガクガクと揺らされ、小さく悲鳴を漏らした。
「聞きましたか、先輩。あの噂」
「噂?なぁに?」
「聞いてないんですか?う〜ん。こういうのは本人ほど届くのが遅いのかな」
 一人で納得して、腕を組んで頷く。
「なんなの?」
 怪訝そうな顔をする沙希の耳元に、みのりが近づいて囁く。
「知らないんですか?主人先輩が浮気したって噂ですよ」
「ええ?」
 思わず大声を出してしまい慌てて両手で口を抑え、周りをキョロキョロと見回す。
「虹野先輩、大丈夫ですか?」
「み、みのりちゃん。その噂って、どこから聞いたの?」
 沙希は手を下ろすと、視線だけみのりに向けて静かに言う
「え?え〜と。私も友達からですけど。主人先輩は有名ですから、女子の間で飛び交ってますよ。
 内容までは分からないんですけど」
「そうなんだ」
「これはもう、別れるしかないですよ」
「そんなみのりちゃん。本人の話を聞く前から」
「いえ、ここはガツンとこらしめた方が良いんです」
 大好きな沙希を悲しませたことに憤慨しているみのりは、今にも公を襲撃しに行きそうな雰囲気だった。
「落ち着いてよ、みのりちゃん。それって、ただの噂でしょ。絶対間違いよ」
 噂という物は、広まる間に尾ひれが付いて悪い方に大きくなるのが普通だ。今回だってそうに違いない。
「でもでも」
「心配してくれるのは嬉しいけれど、これは私と公の問題だから。
 みのりの頭に手を置いて、落ち着いてとなだめる。
「む〜。分かりました。でも、もし間違いだったとしても、虹野先輩を悲しませたことには違いないんですから、
 甘やかしたらダメですよ。先輩が良くても、私が一発平手打ちをお見舞いしてやります」
ヒュッ!ヒュッ!
 右手を思いっきり振り抜いて、気合い十分な所を見せる。
「わかったわ。公にはそう言っておくから」
チリンチリン、チリンチリン
「あっ、予鈴だ。じゃあ、先輩。私はこれで」
「うん」
 沙希は、みのりが廊下を曲がるまで見送って目を閉じた。
『信じてるよ。公』



 その日の公は何故か忙しくて、休み時間になると何かと用事があった。
 すでに放課後になっており、長かったホームルームが終わって教室を飛び出した。
「まったく。今日に限って、ホームルームが長いんだからなぁ」
 鞄を持ってE組へ向かっている今も、女子とすれ違うと刺さるような視線が集まるが、あえて知らない振りをして歩いた。
「午前中は先生に、ここで呼び止められたし」
 先生からすれば誰でも良かったのだが、運が悪かった。実験の準備の手伝いを誰かに頼もうと思った時に、
 たまたま公が前を通ったのだ。
 公はまだ休み時間があると思い、たかをくくって承諾したが、これがいけなかった。
 遂に放課後になるまで沙希に会うことは叶わなかった。だがしかし、公はそんなに焦ってはいなかった。
 沙希が噂を耳にしたかどうかも分からないし、浮気をしたわけでもないのだから。
「おっ。公じゃないか」
「木本か」
 E組の前まで来ると木本が出てきた。沙希と同じクラスなのだから居て当然なのだが、会わせる顔がなかった。
 沙希のことはキッパリと諦めたと言っているが、あんな噂を聞いて良い気分の訳がない。
「調度良い。ちょっと聞きたいことがあったんだ。こっちに来い」
「いや、沙希に」
 E組の教室内を覗こうと首を伸ばす。
「虹野なら帰ったぜ」
 公の頭に手を当てて引っ張り出す。
「なに?しまった。遅かったか」
 そういえば昨夜電話で話したときに、明日は準備があるから早く帰ると言っていたのを思い出した。
「忘れてた・・・・・まっ、いいか。これから行くんだし」
「公。ちょっとこっちに来いよ」
 木本は顎で廊下の突き当たりを指す。
「あ、ああ」
 珍しく真面目な顔の木本に、少々ビビリながら後に付いていくと、いきなりヘッドロックをかけられた。
「おわっ」
「おいコラ。噂聞いたぞ」
 拳でおでこをグリグリとしながら言う。
「噂?ああ、噂ね。痛いって」
「なんだよ。いやに冷静だな。あれって本当なのか?」
 更に縦振りが加わる。
「し、白雪さんとは一緒だったけど、デートだった訳じゃないぞ。もうやめろって」
「デート?公園でキスしてたのを見たって聞いたぞ」
「はあ?何だよそれ」
 逃れようと抵抗していた公の手が、好雄から聞いた噂との差にピタッと止まる。
 噂には尾ひれが付くのが常とはいえ、ちょっと飛躍しすぎだ。
「なんだ。デートしてただけか」
「だから、一緒にいただけだって言ってるだろ」
「わかったわかった。でも一緒にいたわけだから、デートに間違えられるくらいは可愛いもんだ。ともかく浮気じゃないんだな」
 真剣な目で公を見る。
「当たり前だ。沙希の誕生日プレゼントを一緒に選んでもらっただけだ」
「そうか。ならいいんだけどよ。俺がやっと諦めたのに、お前の浮気で別れたなんて、たまったもんじゃないからな」
「そうだよな。心配かけてすまない」
「いやいや。そうかぁ。一緒にいただけかぁ」
 木本の安心した表情を見て公も安堵したが、何かが引っかかった。鈍感男だった公も、たまに鋭いことがある。
「なんだよ。やけに安心してるじゃないか」
「そ、そんなことないぞ」
「ん〜?なんか怪しいな。もしかして」
 ピンと来た公は、木本の肩を強く叩いた。
「に、虹野なら帰るときにチラッと見たけど、別に落ち込んでる風じゃなかったぞ。パーティーでもやるんなら、急げよ」
 木本は強引に話題を戻そうとする。
「おっと、そうだった」
「はよ行け。シッシッ」
 いつの間にか立場が逆転しているのを嫌がって、手を払い追い出す。
「ふふふ、今日の所は勘弁してやるか」
 公は妖しい笑みを残して、来た廊下を戻って昇降口へと走っていった。
「ったく。妙に鋭いんだからよ〜」
 公の後ろ姿を見送ると苦笑いした。
 真帆は公のファンクラブの一人として何回か練習を見学に来ていたから、木本も以前から知っていた。
 沙希のことが好きだったから、あまり気にしていなかったのだが、12月の中頃辺りから目に付くようになっていた。
 いま木本が、もっとも気になる女の子であった。



 木本の話だと、どうやら沙希は噂を聞いてはいないようだった。しかし、待たせてはいけないと思い公は急いだ。
 外はすでに薄暗くなっていて、暗くなる寸前だった。
 プレゼントを取りに一端家に戻ると、靴を脱ぎ捨てて階段を駆け上がった。そして、急いで着替えていると下から声がした。
「公ーーー。今晩は沙希ちゃんの家で食べてくるんでしょ?」
「そうーーーーー」
 アッという間に着替えコートのポケットにプレゼントを入れると、今度は階段を駆け下りながら答えた。
「行って来る」
「行ってらっしゃい。沙希ちゃんによろしくね」
「わかった」
バタン
 慌ただしくドアを閉めると、虹野家へと自転車を走らせた。
「う〜、さみ〜」
 晴れてはいるが、冬真っ直中なので走っていると感じる風は冷たい。
 しかし、そんな寒さに負けることなく、一度もペダルを踏むスピードを緩めずに全速力で走った。
キキーーー、ガチャ
 虹野家の前に着くと、自転車から飛び降りて壁に立てかけた。
ピンポーーーン
 鳴らして少しすると、インターホンの向こうから沙希の声がした。
「はい」
「沙希か?公だけど」
「公。待ってたよ。いま行くからね」
 すぐにドアが開いて、沙希が迎えてくれた。
「いらっしゃい。寒かったでしょ?早く入って」
「お邪魔します」
 クリスマスに沙希からもらった手袋を脱いでポケットにしまう。
「ふふ。どうぞ」
 沙希は脱いだサンダルを整頓すると、横にある棚からスリッパを1つ出した。
「ありがとう」
「いらっしゃい、公くん」
 居間から沙希の母親が顔を出した。
「こんにちは。お邪魔します」
「こんにちは。沙希ったら、今日を本当に楽しみにしてたのよ〜」
「は、はあ」
「もうっ、いいから。お母さんは黙っててよ。いまお茶を持っていくから、先に部屋に行ってて」
「あっ、沙希。公くんとお話しさせてよ〜」
 母親の背中に手を当てて居間へ押し戻しながら、公の方を向いて言った。
「わかった」
 公が階段を上がるのを見届けると、母親と共に居間へと入りドアを閉めた。
パタン
「はあ〜」
「どうしたの沙希。溜息なんか吐いちゃって。楽しみにしてたんでしょう。何かあったの?」
「ううん。何にもないよ。さあ、お茶を持って行って始めようっと」
 明らかにわざとらしく、手をパチンと叩いて台所へと入っていった。



 一方、公は沙希の部屋に入ってくつろいでいた。この部屋には、もう何回も入っている。
 休みの日は、ここで受験勉強をすることもある。沙希は推薦で専門学校に行くのが決まっているが
 公には受験があるため、ここで勉強をすれば一緒にいる時間を作ることが出来た。そして沙希に教えることが、
 沙希の成績向上と公の復習に役立ち一石二鳥の効果があった。
「ほい」
 だから慣れたもので、ベットに脱いだコートを置き、クッションの上に座って自分の部屋のようにゆっくりした。
 公はテーブルの上にある手作りであろう苺ケーキとご馳走を見て感心した後、ぐるりと部屋の中を見回した。
「あれ?」
 そんな見慣れた部屋の中に、見慣れない物があった。
 沙希の机の上にはいつも写真立てがあって、自分とのツーショット写真が飾られているのだが、
 その写真が変わっていた。遠目では誰なのか確認できなかったので、不安になり立ち上がって手に取った。
 そこには、ウィンターカップで優勝した後に撮ってもらったツーショットの写真が入っていた。
 ユニフォーム姿の公と私服の沙希が写っている。
「この写真。この間まで違ってたよな。んん?」
 公が首を傾げていると、足音が聞こえてきて沙希が入ってきた。
「お待たせ。あれ?どうかしたの?」
 持ってきたお盆からティーカップを下ろしながら、机の前で不思議そうな顔をしている公に言う。
「ん?いや。この写真って、前に来たときと違うよな」
「え?ああ、そうよ。公と写したの何枚かあるから、月に1回変えようと思って。そうすれば色んな公が見られて楽しいじゃない」
「なるほど」
 沙希らしい発想に感心しながら、公は元のクッションに座った。
「じゃあ、早速始めるか」
「うん」
 沙希は公と向かい合わせに座った。
カチャ
 公はチャッカマンでケーキ上のロウソクに火を灯した。
 そして沙希が頭上の紐を引っ張ると、部屋の中は真っ暗になった。
 ロウソクの灯りが二人の顔を浮かび上がらせる。そんな何となく厳かな雰囲気の中、公がアカペラで歌い出した。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデー、ディア沙ー希ー、ハッピバースデートゥーユー」
 たったこれだけのフレーズであるが、相変わらずの美声に沙希は感動した。
「おめでとう、沙希」
 公が拍手をしている間に、
「ふーーー、ふーーー、ふっ」
 沙希は三回かかって、大きめのを1本と小さいロウソク8本を吹き消した。
「ありがとう。公よりもちょっとだけ早く18歳になっちゃったね」
「そうだな。2ヶ月ちょっとは、沙希の方がお姉さんだ」
 公は立ち上がり、電気を点けて座り直す。
「お姉さん?なんか変なの。ふふふふ」
「はははは。よしっ、食べるか。俺もう腹減っちゃって」
「うん。ちょっと待ってね」
 沙希はロウソクを抜くと、ケーキを半分に切って小皿に分けた。直径12cm位のいわゆる4号のケーキなので、
 二人で全部食べることが出来る。それから唐揚げやマッシュポテトを小皿に乗せて公の前に置いた。
「ありがとう」
「おかわりは、適当に取って食べてね」
「了解」
 公はプレゼントを渡すのも忘れて食べ始めた。
「美味い。相変わらず沙希の料理は抜群だな」
「ありがとう。公の歌だって抜群だよ」
 合宿で初めて公の歌を聞いてから何回かカラオケに行ったが、いつも感心している。
「歌?ああ、さっきのか。あんなの歌って程じゃないよ」
「でも、凄く嬉しかったよ」
「そうか?って、俺が照れてどうするんだよ」
「ふふふ」
 こんな感じで、笑いが絶えない楽しい時間を過ごした。



 いつのまにか時計は7時を回っていた。楽しい時間はアッという間に過ぎるものだ。
「だからさぁ。ん?沙希?」
「・・・・・え?ああ、そうね。ふふふ」
 何気ない会話で笑みを零す沙希だったが、公の目に引っかかるものがあった。
 楽しそうに笑っているのは嘘ではないだろうが、今のように時々上の空になることが何回かあったのだ。
『やっぱり、聞いたのかな』
 真帆とのことを思い出した公は、
「・・・・・おっと、忘れてた」
 まだプレゼントを渡していないことに、やっと気が付いた。
 立ち上がりベットの上に置いてあったコートを持ち上げると、ポケットから包みを取り出した。
「ごめん。まだ渡してなかった。誕生日おめでとう」
 そう言って、包みを差し出した。
「ありがとう」
 心の底から嬉しいという、満面の笑みを浮かべる。
「あれ?これって。もしかして」
 袋を開けて取り出すと、案の定、聞いたことのある店名が包み紙に書かれてあった。
 包み紙を綺麗にほどくと、スエード調のケースが出てきた。
「きれーーーーーい」
 すぐに開けると、中にはネックレスが入っていた。
 赤色の宝石は、沙希の誕生月である1月の誕生石ガーネットだ。
「ありがとう。嬉しい」
「そうか。喜んでくれて、俺も嬉しいよ」
「高かったでしょう?」
 照明の光で輝く石を、手の平に乗せて眺めながら言う。
「それ程でもないよ」
 公はケーキを頬張りつつ答える。
「そう?でも、よく誕生石なんて知ってたね」
 沙希は下を向いたまま呟いた。
「うっ!!そ、それは・・・・・白雪さんと」
 黙っていても仕方ないと名前を出すと、沙希の肩がビクリと上下した。
 そして、公の言葉を遮って続ける。
「し、白雪さんと・・・・・一緒だったから?」
 サラリと言う。
「え?そ、そうなんだけど」
「ホントなんだ」
「ちょっと待て沙希、それは違うぞ」
「違うって?」
 沙希は、まだ公の顔を見れずに俯いたままだ。
「沙希も噂を聞いたんだろ?あんな噂は嘘なんだからな」
 木本から聞いたように、真帆とキスをしたらしいという内容を耳にしていると思い、かなり焦って言い訳をする。
「確かに白雪さんとは一緒だったけど、最初は一人で行ったし。店に入ろうか迷っているときに、
 朝日奈さんと白雪さんに見つかってしまって。
 アクセサリーに詳しそうだったから一緒に入って
選んでくれないかって頼んだけど、
 まさか白雪さんと二人になるとは思ってなかったし。で、結
局二人になったけど、変なことはしてないし。
 あっ、お礼にケーキはおごったけど、それだけだ
し。それに白雪さんのことは木本が狙ってるみたいだし。と、これは関係ないな。
 と、ともかく
俺と白雪さんとは何ら関係ないぞ。俺が好きなのは沙希だけだ。はぁ〜」
 一気にまくし立てた公は、一息吐いて恐る恐る沙希を見た。
 すると、沙希は肩を震わせて笑いを堪えていた。
「ふふふふふ」
「さ、沙希?」
「ふふふ。ご、ごめんなさい。公があんまり必死だったから」
「ん、んんっ」
 恥ずかしくなり、わざとらしく咳払いをして誤魔化そうとする公だったが今さら遅かった。
「ま、まあとにかくだ。そういうことだから」
 沙希が怒っていなかったので、ホッと一安心する。
「ごめんなさい。私、顔に出てた?」
 自分の表情に何かを気にしている様が出ていたから、公がこんな言い訳というか弁明をしたのだろうと、
 逆にすまなそうに謝る。
「別に謝らなくてもいいさ。俺が悪いんだから」
「そうね。良く考えるとそうか。じゃあ罰として、さっき最後に言ってくれた言葉を、もう一回言って」
「え?え〜と・・・・・何だっけ?」
 本当は覚えているが、恥ずかしくてしらを切る。
「もうっ、意地悪ね。覚えてるでしょ?お・ね・が・い
 上目遣いで公に迫る。
「ううっ」
 こんな風にされたら、男としては何でもしてあげたくなる。
「どっちが意地悪だよ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺が好きなのは沙希だけだ!!
 半ばやけに、顔を真っ赤にして言う。
「ありがとう。私も、好きなのは公だけだよ」
 沙希は頬を染めながら言うと、少し身を乗り出してそっと目を閉じた。
 公はそれに答えるように、テーブル越しに唇を重ねた。
 そして、少しして離れると、沙希は泣いていた。
 瞳から大粒の涙が零れている。
「ど、どうしたんだ?やっぱり怒ってるのか?」
「ううん。安心したの。本当は恐かった。みのりちゃんから噂を聞いたときに、公のことは信じてるって本気で思ったけど、
 やっぱり不安だった」
「ごめん。心配かけて」
 公は手を合わせて、深々と頭を下げた。
「もう良いのよ。誤解だって分かったし。だから、この涙は悲しい涙じゃないのよ。あのね。いまこうして二人でいることが。
 大好きな人とお誕生日を祝っていることが。些細な幸せかもしれないけど、本当の幸せなのかなって思ったの。
 私、泣いちゃうくらい、幸せだよ」
「沙希・・・・・・」
 公は、指で沙希の涙を拭い微笑んだ。
「そうだな。これが本当の幸せなのかもな」
うん
 沙希は弾む声と同時に立ち上がり公の隣に来ると、首に手を回して抱きついた。
 そして公は、ネックレスを沙希の首に着けてあげた。
大好き、公
俺もだ。沙希
 自分にだけ向けてくれる最高の笑顔を見つめながら、公は沙希との将来に思いを巡らせた。


   つづく



   あとがき

 長らくお待たせしました。沙希編第5話をお送りしました。
 仕事が忙しくて、いつの間にか4話アップから3ヶ月が経過しちゃいました(^_^;)
 ホント申し訳ないです。待っていてくれた皆さん、本当にありがとうございます。

 今回は沙希の誕生日の話でしたが、甘いだけの内容だと面白くないので、
 ああいう形で真帆を絡めてみました。喧嘩になることはありませんでしたが、
 少しは味付けが出来たかなと思ってます。

 最後に出てきた沙希のセリフで、誕生日を好きな人と祝う幸せについての言葉がありますが、
 あれは、ある歌からきています。さて何でしょう。当たっても何もないんですが(^_^;)

 さて第6話は、バレンタインの話になります。
 延びたことで時季はずれになりましたが勘弁してください。
 では、忘れた頃にやってくる第6話をお楽しみに。


第4話     目次へ戻る    第6話