「My wish」
沙希編 第6話「それぞれの希望(みらい)」
ドンドンドン
ザシュ
公園内の灯りに照らされて出来た二つの影が、縦横無尽に動き回る。
「これでどうだ」
「甘い!!」
公と木本は、久しぶりに夜の公園に来ていた。
部活は引退したが、たまには身体を動かさないとなまってしまう。
徐々に街灯が灯されていき、それに照らされた二人の影が何度も交錯する。日本一の高校チームの主力だった
二人の1on1は、バスケファンにはたまらないものかもしれない。
「はあ、はあ。全然身体が動かないぜぃ」
木本は膝に手を置いて、荒い息を整える。
「はあ。まったく。受験も終わったし、また頻繁に来るかな。相手の方よろしく頼むよ、木本」
「なに?そろそろ俺から卒業しろよ」
1時間程汗を流した二人は、ベンチに座って小休止した。
公は買っておいたスポーツドリンクのボトルを開けて、一気に半分まで飲んだ。
「4月になれば、嫌でもそうなるさ」
「まあな。お前は田辺と一緒か」
「ああ。突然連絡が来て、驚いたよ」
夜中に電話が掛かってきて出てみると、能城工業の田辺からだった。
公が受験した大学に、田辺はスポーツ推薦で合格しているというのだ。どうらやバスケ雑誌の記者に進学先を聞いて、
確認したかったらしい。まだ合格通知は来ていないが、もし合格したら、大学でのバスケも有意義なものになるかもしれない。
「木本は、橋本と一緒なんだろ?」
「ああ。あいつとは腐れ縁だな」
「木本と敵同士か。楽しみだ」
「そうだな」
3年間共にやってきた友だが、お互いが『こいつを敵にしたら恐いな』と思うと同時に
『敵として試合をしたらどうなるんだろう』と思っていた。
「おっと忘れてた。木本」
「ん?なんだ?」
「お前、白雪さんとはどうなったんだ?」
「な、何のことだ」
突然の話題の変化にかんでしまった上に、白を切ろうとする。
「隠したって無駄だ。分かってるんだよ。朝日奈さんから聞いたぞ。白雪さんの事をいろいろ聞かれたって」
真帆の親友である夕子にさぐりを入れるほど、このことに関して興味があった。
「そこまでするか」
「お前が俺のことを心配してくれたように、俺もお前のことが心配なんだよ」
と、言葉だけなら良いことを言ってはいるが、目は笑っていた。
「そうか。心配かけたなって、その目は何だ!!楽しんでやがるな」
「はははは。わかるか?」
「コノヤローーー。俺がどんなに胸を痛めているか」
悪態は付くが、本当に心配してくれているのは分かるから、本気で言っているわけではない。
「なんだ、まだ告白してないのか?」
「してないよ」
「俺も人のことは言えないけど、お前も本気の相手には奥手なのな」
沙希の時もそうだったが、女友達に対しては普通に接するのに、本気の女性には恐くて本音を出すことが出来ない性分だった。
「仕方ないだろ。性格なんだから」
「そうかもしれないけどよ。もうすぐバレンタインだぜ。白雪さんから貰いたいんだろ?」
「それは、もちろん欲しいけどよ」
「じゃあ、早く告白しないとな。バレンタインまで2週間しかないし」
「簡単に言ってくれるなぁ。まあ、2年も待たせた公には負けないようにしないとな」
「うっ」
ぐうの音も出ない。
「で、でもな。決めるときはキチンと決めたぜ」
「そうだよなぁ」
その点は、同じ男として感心している。
「じゃあ。告白の練習でもするか。俺を白雪さんと思って告白してみろ」
「はあ?なに言ってんだよ。・・・・・・でも、そうだなぁ」
バカバカしいと思いつつも、来るべき時に備えて、やっておいた方が良いのかなと思い始める。
半分はバカなことを言う公に乗ってやり、半分は真剣にやってみた。
「白雪。いや、白雪さん」
「は、はい」
木本の真剣な目に、公の背筋が伸びる。なかなかの演技派だ。
「俺は君のことが好きです」
練習なのに感情移入しているのか、思わず目をつぶってしまう。
「俺と付き合ってください」
「あっ」
せっかく感情を込めて言ったのに、公が間抜けな声を漏らす。
「何だよ、『あっ』ていうのは。お前が練習しようって言ったからこうやって。どうした」
公が後ろを指さすので振り返ってみると、そこには本物がいた。
「し、白雪?ど、どうしてここに」
ボーーーと立っている真帆に問う。
「え?そ、それは。たまたま近くを通ったらボールの音がしてきて、二人がここで自主トレしてることは知っていたから、
もしかしたらいるかなと思って来てみたんだけど。あ、あはは。なんかタイミング悪かったかな、なんて。さよなら」
言うことだけ言って背中を向けると、そそくさと帰ろうとする。
「待て、白雪」
「は、はい!!」
木本の静止の声に、ビタッと止まって身体を硬直させる。
「今の話、聞いてたんだろ?」
「え?えーと。公くんと木本くんが、そういう仲だったのは黙ってるから」
「ちゃんと、お前の名前を言ってただろ?」
だいぶ予定は変わったが、勢いに任せて告白してしまおうという考えだった。
「は、はい」
公から見ると、告白しているというより脅迫している感じだが、このまま押し切った方が木本には良いだろうと思い見守っていた。
「いま好きな男はいるのか?公って言うのはなしだぜ。ファンクラブなんだから」
「そ、それとこれとは、もちろん別よ。・・・・・・・・・いまは、いないわよ」
背中を向けたまま、落ち着かない様子で言う。
「そうか。じゃあ、俺の気持ちは知っておいてくれ。返事は聞かないから」
「う、うん」
「じゃあ、帰っても良いぞ」
「そ、そう。じゃあね」
真帆は木本を見ることなく、手だけ挙げて公園を出ていった。
「はあ〜」
真帆を見送ると、木本は大きな溜息を吐く。全身にバスケで流した汗とは違う汗の感触がある。
「ふう。展開が急だなぁ。驚いた」
緊迫の展開を見守っていた公も溜息を吐く。
「俺の方が驚いたぜ。勢いで言っちゃったけど、これで良かったんだろうか」
「いいって。伝えないまま卒業するのは嫌だろ?これからどうなるかはお楽しみだ」
心配しつつも楽しんでいる公に対し、少々後悔しつつも頭を切り換えるのに必死な木本。
「なるようにしかならないか」
「そうそう。お互い頑張ろうぜ」
「そうだな」
二人は手をパチンと合わせると、後片づけをして家路へとついた。
一方その頃、お風呂上がりの沙希はパジャマ姿で机に置いた鏡に向かい、肌のお手入れをしていた。
といっても化粧水をつける程度なのだが。
「公って、お化粧が好きじゃないみたいだから、今から綺麗にしておかないと」
この前のデート中に、明らかに厚化粧だろという女子高生とすれ違った公が言っていた。
「あんなにする必要ないだろうに」
「そう?まあ、あれはやりすぎだと思うけど」
女の沙希が見てもそう思うのだから、想像に難くない。
「だろ?スッピンが一番だ」
と言って、沙希の頬をつつく。
「あんっ。で、でも、大人になったら、しないと」
「まあそうだけど。それでも、うっすらとで十分だ。沙希にはあんな風になって欲しくないよ」
「そうなんだ。じゃあ、いまから頑張らないと」
最後の方は、ボソッと呟いた。
お肌の艶を保つには、若いときからのケアがものをいう。化粧水をコットンにつけて肌に染み込ませる。
「明日から2月か」
手を動かしながら、卓上カレンダーを見た。
「遂に来たわ」
1月のカレンダーをめくり2月に変えると、11月にこのカレンダーを買ったときに付けた印を見る。
14を二重丸で囲ってある。公と、友達から恋人になった初めてのバレンタインデーだ。
今までとは違った関係で迎えるこの日は、特別な日にしたい。恋人になる前からそう思っていた。
「でも、何をすれば良いのかな〜?」
丹念に乳液をつけながら、何か演出をしたいと頭をひねる。
「う〜ん。う〜ん」
どうにも思い付かない。
「横になって考えようっと」
パチッ
電気を消すとベットに入った。
「何がいいかな〜。スー、スー」
しかし何も思い付かないまま、ものの数秒で寝息を立て始めるのだった。
5日後の昼休み、今日は小春日和で比較的暖かかったので、公と沙希は中庭のベンチで弁当を食べていた。
他にも友人やカップル同士の姿が見受けられる。
「はぁ」
公の顔色がすぐれないようなので、何かあったのだろうかと沙希が尋ねた。
「どうかしたの?もしかして、美味しくなかった?」
沙希は箸でつまんでいた出し巻き卵をジーーーーッと見た。
「え?違う違う。弁当は美味しいよ」
箸を持つ手を速めて、勘違いだということを伝える。
「そう。良かった。じゃあ、何か考え事?心配なことでもあるの?」
「あ、ああ・・・・・」
「私には、話せないことなの?」
木本に気を遣って口ごもる公に、沙希は気落ちしたように言う。
「い、いや、そんな訳じゃないんだけどさ」
「いいよ。無理しなくても・・・・・」
言葉とは裏腹に、更に沈んでいく。
「おいおい。そん顔しないで・・・くれ・・・ん?」
沙希をなだめようとしたとき、視界の中に人影が入った。ここからは遠いが、視線の先にある渡り廊下に
真帆の姿があった。
「あれは・・・・・白雪さんか?木本もいるな」
真帆の後から木本が歩いてくるのも見えた。
「どうしたの?」
公が黙って、どこかを見ていたので、沙希もそちらの方を見た。
「木本くん?それと白雪さんだわ」
「あのことか?」
「あのこと?」
心配しながら、しばらく見守っていると、突然木本がガッツポーズをした。
「どうなったんだ?OKか?」
「OKって?」
「ん?この前木本が、白雪さんに告白したんだ」
成功したようだから言っても良いだろう。
「告白?へ〜、木本くんて、ああいう娘がタイプだったんだ」
「そうなんだよ。俺もちょっと意外だったんだけど」
そう言って、沙希の顔をマジマジと見る。
沙希は知らない。木本が好きだったということを。いつか話すことになるだろうが、
その時はどんな顔をするだろうか。
「どうかしたの?顔に何か付いてる?」
「ああ。ここに、ご飯粒が」
公は自分の口元に指を当てる。
「え?嘘」
沙希も慌てて口元に手をやるが、何もなかった。
「もぅ〜、ふふふ」
ふくれっ面をしつつ全然怒っていない沙希を見ながら、木本も真帆と上手くいくと良いなと思った。
「ふう。ご馳走様でした。美味しかったよ」
手を合わせて、弁当箱を布で包む。
「お粗末様でした。・・・・・・・・・・ねえ、公」
「ん〜?」
紙パックのカフェオレを飲み、もうすぐ春だという陽気を感じながら答える。
「もうすぐバレンタインでしょ」
「そうだな〜」
ズズズーーー
空になったパックから手を離し、ストローを動かして上下に揺らす。
またチョコレートの山が来るのかと思うと、ウンザリしてしまう。もちろん沙希のは別だ。後はレイとか一部の女子も。
「それでね。チョコだけだとつまんないから、他にも何かあげようと思ってるんだけど、何か欲しい物ある?」
「欲しい物ねぇ。そうだな〜」
公は、昨夜見たドラマを思い出していた。
部活を引退し受験も終わったいま、以前と違ってテレビをよく見るようになった公は、
ファンである矢口真理が出演しているドラマを見た。時期的な物もあって、ちょうどバレンタインの話
だったのだが、その中のセリフをポツリと呟く。
「お前がいればいい」
主演の俳優が、ヒロインである矢口真理に言ったセリフだ。
「え?」
「ははは。何でもない。何がいいかなぁ〜。考えておくよ」
「う、うん」
公は聞こえていなかったと思ったが、沙希の耳たぶは真っ赤だった。
バレンタインももうすぐという頃、奈津江が詩織と一緒に帰ろうとしてA組に入ってきた。
「詩織〜。帰りましょう」
「ええ。ちょっと待ってね」
教科書を鞄へと詰め込む。
「さすが詩織、全部持っていくのね〜。3年間ずっとそうだったよね。重くないの?」
「たまに重いときもあるけど・・・・・・お待たせ」
鞄を閉じて立ち上がると、
「よしっ」
「あっ、奈津江ちゃん」
奈津江に腕を取られて足早に教室を出て行く。
外靴に履き替えて外に出ると、下級生が部活動に励んでいる声がグラウンドや体育館の方から聞こえてきた。
「なんか懐かしいな」
詩織が寂しそうに言う。
「まあね。でも、どうせ大学に行ってからも続けるんでしょ?」
「そうだけど。身体が鈍っちゃって。ちょっと不安になるわ」
「そうね〜」
下級生を教えるという名目でたまにバスケをしに行くのだが、いつまでも先輩がいてはやりにくかろうと
長居はしていなかった。
「今度、どこかの体育館でやろうか」
「うん。そうしましょう」
「そうそう。話変わるけど、詩織はチョコ買うの?」
「え?」
詩織の表情が固まる。
すでに公とのことは吹っ切れていたのだが、いまいち元の幼馴染みの関係に戻り切れていなかった。
まだ時間は掛かりそうだが、なにか切っ掛けがあればとも考えていた所だった。
「当然義理だけど、主人くんに渡せば?」
「公くんに?」
公は幼馴染みで大切な人だし、自分のことも大切な女性だと言ってくれていた。
「奈津江ちゃんは、勝馬くんにあげるんでしょ?恵ちゃんは戎谷くんがいるし」
「う、うん。私があげないと、勝馬なんかゼロでしょ。それじゃあ可哀想かなって」
「ふふふ。素直じゃないんだから」
「なによ〜」
頬を染めて立ち止まった奈津江を置いてきぼりにして、歩きながら考えた末に出した答えは。
「チョコか・・・・・・・そうね。それもいいかも」
詩織も足を止めて言った。
「よしっ。決まり。商店街に寄って行きましょう」
奈津江が後から走ってきて、止まらずに詩織の手を取った。
「あんっ」
再び手を取られて走り出す。
「そ、そんなに走らなくてもいいわよ」
前を行く奈津江を抑えようとするが、構わずにグイグイと行こうとする。
「なに言ってるの。義理と言っても格が違うでしょうが。ちゃんとした物をあげないとダメだって」
「そうかもしれないけど」
「急げ〜」
奈津江が前を走っていたから詩織には見えなかったが、とても嬉しそうな表情をしていた。
そして、その瞳は少し潤んでいた。
バレンタイン前日、両親もお風呂に入って寝静まった頃、虹野家の台所にはチョコ作りに励む沙希の姿があった。
すでにサッカー部は引退したので、作っているのは公のと、ついでに父親の分の二つだけだった。
公はファンからたくさん貰うだろうから、違いを出すために今年はビターチョコにしてみた。
沙希は右を見て左を見て周囲に誰もいないのを確認すると、昨夜のうちに冷蔵庫に入れてあった
公の分のチョコへ向けて投げキッスなんてしてみる。
「大好きよ」
ビターチョコは少し苦いが、たっぷりの愛情で甘くなるに違いない。
「ふふ」
我ながら恥ずかしいのか、顔が真っ赤になる。
「何やってるの。あなた」
「きゃっ!?」
沙希が驚いて振り返ると、ニコニコ顔の母親が立っていた。
「楽しそうねぇ〜」
「あ、あの。その」
耳まで真っ赤になって俯く。
「公くんにあげるチョコね。お父さんのも忘れないようにしてあげてね」
「う、うん」
「公くんはたくさん貰うだろうから、あなたも大変ね」
「ううん。そんなことないよ。人気があることは良いことだし」
気を取り直して作業を再開した沙希は、文字を書くためのホワイトチョコを湯煎し始めた。
「まあ。それもそうね」
「それに、公の気持ちは私だけの物だし」
鍋にお湯を入れて、ボールに固形チョコを入れながらのろける。
「あら。断言したわね」
頭を軽くコツンと叩いて微笑む。
「だってそうだも〜ん」
「ふふふ」
「なあに?」
「幸せそうだなって思ったのよ。良かったわね」
「うん」
良い表情をして笑う我が娘を見つめながら、話しておきたかったことを切り出す。
「ねぇ、沙希」
「なぁに?」
少しずつ溶けてきたチョコをかき混ぜながら答える。
「公くんとは、どこまでいってるのかしら?」
「ど、どこまでって・・・・・?」
言わんとすることは察しがついているが、焦る気持ちを押し殺して平静を保つ。
が、シャカシャカとかくはん機を持つ手は早くなっていた。
「一番遠いところだと、修学旅行で行った北海道かな」
「コォラ。下手な誤魔化し方しないの。最後までいってるの?冗談で言ってるんじゃありませんよ。
母親として真剣に聞いているの」
日頃ふざけ合っている母と娘であるが、改まってこういうことを話すのは初めてだった。
「はぁい。・・・・・・・・キ、キス・・・・・・・・までかな」
「キス?そう。まだなの」
「う、うん」
動かしていた手を止めて、公の顔を思い浮かべる。
「やっぱり。男の子って、そういうのしたいって、思ってるよね」
「それはそうね。公くんだって健全な男なんだから」
「うん」
「沙希はどう思っているの?そういうの想像したことある?」
「ええ?・・・・・・・・・・あ、あるよ」
この歳になって、ましてや彼氏がいるのだから考えないわけがない。
しかし、母親にこういう話をするのは、やはり恥ずかしい。
「そうよね。沙希だって女なんだから、あるわよね」
黙って頷く沙希。
「付き合うこと=エッチという訳じゃないけど。もしそうなったとして、沙希はそれを後悔すると思う?」
ちょっと考えた後、頭をフルフルと横に振る。当然、顔は真っ赤だ。
「でも、自分から進んで言うのは無理よね」
「・・・・・う、うん」
女の側から言うなんて、そんな軽い女に見られるようなことはしたくない。
「じゃあ、彼から言い出したらどうする?」
「え?う、う〜ん」
「まだ早いって拒む?それとも押し切られてしまう?」
「拒むかどうかは分からないけど、たとえ押し切られても後悔はしないと思う。彼が好きだし、
いつかはそうなるって思ってるから」
「そう。じゃあ、覚悟は出来てるわけね」
愛しい娘の頭を撫でる。
「うん」
心配してくれている母親の愛を感じずにはいられない。
「私がおばあちゃんになる日も近いかな」
「え?」
突然、親子のいい会話だったのが脱線する。
「まだ41なのにな〜。あっ、でも学生のうちは気をつけないとダメよ」
「ええ?」
何を言い出すかと思えば、早くも赤ちゃんの話をしている。
「名前は何がいいかしらねぇ〜。沙は残したいわね。私が沙織で沙希にしたのだから。
でも、公くんの意見も聞かないとねぇ」
「はあ」
「ふぁ〜。さあ寝ましょう。沙希も早く寝なさいね」
「う、うん」
一人で勝手に暴走する母は、ぶつぶつと言いながら寝室へと戻っていった。
「なあに、いまのは。気が早すぎるよ」
作業を再開した沙希は、トロトロのチョコを絞り器に流し込んで、まずは父親の分から、ゆっくりと文字を書き始めた。
「お父さんへ。いつもありがとう。っと」
順調に書き上げると、次は公のに取りかかる。
「S.t Vale・・・・・・」
慎重に絞り器を移動させていると、ふと、さっきの会話が頭をよぎる。
「公と私の赤ちゃんかぁ〜。ふふふ」
赤ちゃんを作るということは、沙希の中では結婚するといことだ。
「毎日、公と一緒にいられるんだ」
頻繁に出る妄想癖は母親に似たのか、だんだん顔がにやけてくる。
「子供は多い方が良いなぁ〜。大きな犬を飼って。マンションよりは一戸建てよね」
ちょっと想像するだけで、幸せなことが次々と思い浮かぶ。
「よしっ、出来た〜」
幸せモードの沙希はパパッと包装すると、チョコを冷蔵庫へしまった。
バレンタインデー当日。
いつもと変わらない朝を迎えたが、登校風景はいつもと違っていた。
大事そうにチョコを抱える女子、何か落ち着かない男子。男女とも、どこか浮き足立っている生徒が多い。
理由は当然、誰もが知るところである。
この時期、3年生は自由登校であるから2月の登校率は低いのだが、今日ばかりは本命はもちろん、
義理でもいいからチョコがもらえる可能性のある男子は全員登校していた。
「こんなに貰える訳ないのになぁ」
公が昨年に続いて母親に押しつけられたリュックを手に持ち歩いていると、いつもの聞き慣れた声がした。
「おっす、公」
「おはよう、好雄。今日は登校か?」
「当たり前だろ。今日学校に行かないで、いつ行くんだよ」
「はいはい」
「かぁーーーーー。なんって素っ気ない返しだ。俺は悲しいぞ。それにしてもリュックは1つなのか?それじゃあ足りないだろ」
「これか?この中にまだ4つ畳んで入ってるよ。母さんが持って行けってうるさいんだ」
「ははは。さすが分かってるな」
公の肩を掴んで、グイッと引き寄せる。
「なぁ。お前はいっぱい貰うだろう。俺にも分けてくれよ」
「それ、去年も言ってなかったか?ダメだって言ってるだろ」
肩から好雄の手を外しながら断る。
「やっぱりダメか。チェッ」
「今年は貰えないって。彼女がいるんだぞ俺は。それに、くれる相手がいるだろが好雄には」
「ん?どうだか。それに、俺はたくさん欲しいんだよ。おっ、あの娘、なんかこっちをジロジロ見てるぞ」
校門近くの塀の前に立っている女の子が、こちらをジッと見つめている。
「俺、の訳ないか。じゃあな、公。先に行ってるぜ」
「あ、ああ」
好雄の考えが当たったようで、女の子は好雄が前を通っても見向きもせず、その視線はずっと公に注がれていた。
「あ、あのう。主人先輩」
距離が近付くと、かき消えてしまいそうなか細い声で話し掛けてきたので、公はその前で立ち止まった。
1年生だろうか、見覚えがない娘だった。
「ちょっと、こっちへ」
手招きをして校門をくぐると、校舎側の塀の前に立った。
「こ、これ。もらってください」
と言って、可愛くラッピングされたチョコの包みを差し出した。
恥ずかしいのか、はたまた受け取ってくれるか分からないから恐いのか、公を見ることが出来ないらしく俯いている。
『なんで、くれるんだろうなぁ』
公と沙希が付き合っているというのは、もはや全校生徒が知っている事なのに、こうやってチョコを
持って来るというのは、公には不思議でならなかった。
「あのさぁ。俺には彼女が」
「知ってます。でも、もらってください。お願いします」
目の前のチョコにどんな思いが込められているのか分からないが、公には断るということが出来なかった。
「ありがとう」
公が手を出すと、手の平にチョコを置き女の子は、何も言わず満面の笑みを浮かべて走っていった。
「あ、ちょっと・・・・・」
受け取ったことを誤解して、変な期待をされると困ると思い念を押そうとしたら、すでに見えなくなっていた。
「う〜む」
手の平の包みを見て立ちつくしていると、その光景を見ていた他の女生徒が数人集まってきた。
「主人先輩」
「え?」
ハッとして周りを見ると、校門の壁を背にして女の子に囲まれていた。
「さっき、虹野先輩以外の娘のチョコを受け取ってましたよね」
名札には1年A組とある。そういえば部活中に見たことがあるような女の子が詰め寄ってくる。
「あ、ああ」
「良かった。虹野先輩っていう素敵な彼女が出来たから、今年はもらってくれなかなぁ〜って」
その横で今度は2年生の娘が、ホッと胸をなで下ろす仕草をしながら言う。
「そうそう」
他の数人も同意して頷いている。
「でも、やっぱり渡したくて用意してきたんです」
「私も」
「私も〜」
全員が鞄からチョコを取り出した。そして、様々な形の包みが公に差し出される。
「貰ってくれますよね」
「ね」
「だから。俺には彼女が」
後ろに後ずさりも出来ずに、壁にベタッと張り付く。
「それでも良いんですよ」
「そ、そうなのか」
「はい。ファンですから〜」
「・・・・・ファン、ね」
ぐるりと顔を見渡すと、全員が笑顔で答えた。
「はい!!」
「そうか。じゃあ、ありがたく貰うよ」
「やった♪はい、先輩。これからも頑張ってくださいね」
「ありがとう」
「大学へ行っても続けるんですよね。頑張ってください」
「ありがとう」
次々と受け取っていると、後から登校してきた公のファンがそれを見つけて、その後ろに並んでいく。
いつの間にか受け渡し会場になった校門前には、何十人もの行列が出来上がった。
そんな大人気の公を、沙希は校舎の中から見つめていた。
「やってるやってる。あ〜あ、囲まれちゃって」
半ば呆れ気味の感想を漏らす。
自分という彼女がいるのにも係わらずこの人気。分かってはいたものの、つくづく凄い人の彼女になったんだなぁと思う。
「沙希ちゃん」
後から声を掛けられる。
「詩織ちゃん」
振り向くと、微笑む詩織がいた。
「なんか凄いことになってるわね」
「うん」
「ごめんね。あんな彼女をヤキモキさせる人だけど、私にとっては大切な幼馴染みだから、これからも仲良くやってね」
「もちろんよ」
公との一件で、一時期気まずくなっていた二人だったが、ここ最近は女の友情が戻ってきていた。
「そうそう。私も公にチョコをあげたいんだけど、いいかな?」
「え?」
それはあり得ないと思っていたから、沙希の心臓が一度高鳴った。
それが顔に出たのか、詩織が慌てて付け加えた。
「変な誤解しなくてもいいわよ。義理チョコをあげるだけだから。大丈夫。もう公のことは吹っ切れたから。
いつまでも足踏み状態で止まっていても仕方ないでしょ。私も生まれ変わらないとね。これは、その切っ掛けにしようと思うの」
そう言い切った詩織の表情は、とても晴れ晴れとしていた。いまの言葉に嘘偽りがないと断言できるといった表情だ。
「詩織ちゃん・・・・・・強いね」
「ううん。そんなことないよ」
「わかった。公にチョコをあげることを許可します。なんてね。ふふ」
「ふふふ」
外を見ると、本日1回目の攻勢を終えた公が早くもリュックを1つを大きく膨らませていた。
チリンチリン、チリンチリン
放課後のチャイムが鳴り、ホームルームを終えた生徒達が教室から出てくる。チョコをもらえて勝ち誇ったように笑顔の者、
校門までの間に最後の望みをかける者、諦め顔の者、男の様々な人間模様を伺うことが出来る。
そして、きらめき高校の男子生徒600人あまりの中で一番多く貰ったのは、もちろん主人公であった。
伊集院レイの正体は女なので、ここでは除外させていただく。
「重い」
公はパンパンに詰まったリュックを5つ背負い、校門へ向かって歩いていた。帰ったら沙希の家に行くので急いでいたが、
チョコの重さに参っていた。
「主人様」
太い声で呼び止められる。
振り返ると、見覚えのある大男が立っていた。
身長が190cm以上あり、スーツの上からでも筋肉質の身体が分かる立派な体格をしている。
明らかに武道をやっているという感じだ。
「あなたは、確かレイのボディーガードの」
「はい。申し訳ありませんが、レイ様があちらの方でお待ちしていますので、お越しいただけませんか?」
生徒がおよそ近づかない、校舎の裏側を指差した。
「レイが?わかりました」
「ありがとうございます。では、お荷物お持ちします」
「あっ、重いですよ」
しかし男は、そんな言葉など無意味なほど軽々と持ち上げた。
「さあ、参りましょう」
「は、はい」
公は熊でも見るような目で感心すると、後をついていった。
しばらく歩くと、大きなトラックとお馴染みの黒いリムジンが止まっていた。公と沙希が正月に乗ったリムジンに近づくと、
スッとドアが開いた。
「どうぞ。早く乗ってください」
中に乗っていたのはもちろんレイだったが、いつもとは風貌が違っていた。もし、ファンクラブの女子達が見たら卒倒しそうな姿だ。
いつもの白い男子学生服ではなく、高そうなセーターとロングスカートそして、長い髪はおろされていた。
「どうした。女に戻って」
公は素早く身体を滑り込ませてドアを閉めると、レイの正面に座った。
と同時に、トランクに何かが積み込まれたようで後ろがグッと下がり元に戻った。
どうやら公のリュックを入れたらしい。
「いまの俺の荷物か?」
シャドーが付いたリアウィンドウから外を見る。
「はい。送って差し上げます。重いでしょうあの量だと」
「そうか。助かるよ。ん?どうした、浮かない顔して」
レイの表情は明らかにしかめっ面をしていた。有名人の公がチョコを貰うのは仕方ないが、
自分は公にとって特別な女友達と思っていたから、その数の多さが気にくわなかった。
「公さん。やっぱりたくさんチョコを貰いましたね」
と皮肉を込めて言ったつもりだったが、公が気づくはずもなかった。
「ああ。なんでくれるんだろうな。彼女がいるって言うのに、レイのファンクラブと同じで渡すだけで良いってことかな。
それなら気が楽なんだけどな」
「そうですよ。まあ、中には本気の娘もいるかもしれませんが、気にしなくてもいいと思いますよ」
「だよな。良かった」
そんな話をしているうちに、車はいつのまにか走り出していた。
「そ、それでですね」
急にレイがしどろもどろになる。
「どうした?」
「あ、あんなに貰って、もういらないと思うかもしれませんが、・・・・・これを」
鞄から包みを取り出して、おずおずと差し出した。
「これって、チョコだよな」
包みを見た後、レイの顔へ視線を戻す。
「はい。で、でも勘違いしないでくださいね。恋愛感情はなくて、友達としてあげるだけですから」
「そうか。じゃあ、ありがたく貰うよ。レイは特別だしな」
「ええ」
チョコを受け取った公はそれを鞄にしまうと、ハッとした。
「あっ、それで女に戻ってたのか。ごめんな」
今頃気が付いた公は、すまなそうな顔をして謝る。
「いえ。いまの言葉で十分ですから」
「いまの言葉?」
「はい」
公は無意識で言ったのだろうか、特別という言葉を。しかしレイは、それで十分嬉しかった。
10分もしないうちに、公の家へと着いた。
車を降りて荷物も降ろしてもらうと、スッと少しだけ窓が開いた。
「送ってくれてありがとう。チョコもありがとうな」
「いえ。それでは失礼します」
レイは軽く会釈をすると、出るように指示した。
「じゃあな」
「また学校で」
「ああ」
リムジンは静かに走り去った。
「さてと、中に運ぶかな。沙希のやつ待ってるだろうし」
小さく呟くと、隣の家の門が開いた。隣といえば、もちろん詩織の家だ。
公が音に反応して思わずそちらを見ると、そこには思いがけなく詩織が立っていた。
「遅かったね公くん」
「え?い、いや」
チラッとリュックに視線を向けると、すぐに詩織に戻した。
「そっか、放課後にもたくさんもらったんだね」
詩織もリュックを見た。
「ま、まあな」
「ほんと有名人になったね」
入学した頃は、自分くらいしか公のことを見ていなかったのに、今ではきらめき市で知らない者はいないほどになった。
そんな幼馴染みと、恋人になろうとして沙希と争ったあの様な出来事が、 今では遠き良き想い出のように思える。
「はい、これ」
詩織は自分でも驚くくらい、すんなりと出した。
「これって、チョコだよな」
まったく思いもよらない娘からのチョコに、公は目を白黒させる。
「そうよ。もちろん義理チョコだからね。幼馴染みとして、これからもよろしくお願いします。
ってことよ」
「そうか」
「そうよ」
公も詩織の顔を見ると、すんなりチョコを受け取った。すると詩織はニコッと微笑んだ。
そんな二人の間には、もうわだかまりはなかった。
「私も大学で、いい人見つけるから。公くんは沙希ちゃんと仲良くしてね」
「わかった」
「それと、それ全部食べるとは思えないけど、ちゃんと歯磨きして虫歯にならないようにね」
こんな風に軽口を叩いたのは、いつ以来だろうか。
公は、またこうやって詩織と話すことが出来てとても嬉しかった。
「わかってるって。おっと、詩織ごめん。沙希が待ってるんだ。早く行かないと」
「あっ、そうなんだ。それは急がないとね。じゃあね」
「ああ」
詩織は小さく手を振って帰っていった。
それを見送った公は、気を取り直してリュックを持とうと思ったが重いので引きずることにした。
ズーーー、ズズーーー
「こらっ!!」
バチン
玄関まであと少しというところで、後から強烈にはたかれた。
「いてーーー、なんだ」
「あんたは、なに引きずってるのよ」
「母さん。重くってさ」
後頭部に手を当てて振り返ると、リュックに視線を落とした。
「だからって、リュックに穴が開いたらどうするのよ」
「ははは。ごめん」
「まったく。でも・・・・・よしよし、今年もたくさん貰ってきたわね。ご馳走になるわね」
リュックの中のチョコのほとんどが、母親が近所の友達と井戸端会議をするときのお茶請けとなる運命にある。
「そういえば、沙希ちゃんの家に行くんでしょ。急がないと」
「そうなんだよ。こんなことしてる場合じゃなかった」
リュックは母親に任せて、着替えるために2階へ駆け上がる。
「あ、ちょっと待ちなさい。もうっ、親に押しつけるなんて、母さんは悲しいわ〜」
と言いつつ、それほど苦もなく中に入れると、駆け下りてきた公にさっき受けた電話のことを話す。
「今晩はあんたの夕飯ないからね」
「なんでだよ。戻ってくるって」
靴に足を突っ込みながら言う。
「さっき沙希ちゃんから電話があってね。夕飯も用意してるって」
「そうなんだ。わかった。じゃあ、ちょっと遅くなるから」
「はい。いってらっしゃい。沙希ちゃんに変な事するんじゃないわよ」
「チョコもらうだけだよ」
そう言い残して、公は出掛けた。
「たぶん、それだけじゃないのよねぇ〜」
電話で受け答えしていたときの沙希の声色を思い出すと、変に声が上擦っていて焦っている感じがした。
女のカンでは、何かあると踏んでいる。
「まあ、公なら大丈夫ね・・・・・・・ん?何か言い忘れたような・・・・・・まあいいか」
母は二人分の夕飯を作りに台所へと戻った。
公は辺りが暗くなり始めている中を急いだ。学校で女生徒に掴まり、レイに車で送ってもらった
とはいえ、詩織と話したりしている内に、一番大事な人を待たせる形になってしまった。
自転車をこぐ足に力が入る。その甲斐あってか今までの最速記録で虹野家へ到着した。
「はあはあ。沙希の奴、怒ってるだろうなぁ」
チャイムを押しつつ、言い訳を考えた。
「はい」
遠くで声がしてトタトタと足音が聞こえてくる。そして内側でドアノブに手が掛かったと同時に公は頭を下げた。
カチャ
「ごめん」
「公、待ってたよ。早く入って」
「え?・・・・・あれ?」
てっきりおかんむりだと思っていたので、肩すかしを食らった公は拍子抜けしてしまった。
「私の部屋に行ってて」
沙希は、さっさとビーフシチューを温め直しに台所へと戻った。
「う、うん」
公は頷いただけで、階段を上がっていった。
沙希はガスコンロの前で鍋をかき回しながら、ドキドキする胸の鼓動を抑えきれなかった。
昨夜の母親の言葉が、何度も頭の中をリフレインする。二人に気を遣って、父親と外食に行くと言って
公と二人きりにするなんて、まるで関係が進展するよう助長しているようだ。
「お母さんのバカぁ」
嬉しいけど、そんな風にぼやいてしまう。
公がどういう風に考えているのか分かるはずもないから、帰ってからドキドキしっぱなしだった。
ただ1つ言えるのは、そうなったとしても後悔はないということだった。
「お待たせ」
お盆を持った沙希が部屋に入ってくる。
「沙希」
「は、はい?」
公の対面に座って、シチュー皿をお盆からおろす手が止まる。
「おばさん達は、どうしたんだ?」
「あれ?今日は外食に行くから私達二人だって、電話で公のお母さんに言ったはずだけど。聞かなかった?」
「聞いてないぞ」
「あつっ。そ、そうなんだ」
皿から伝わるシチューの熱さに耐えられなくなり、慌てて皿を置いて耳たぶをつまんだ。
「大丈夫か」
「大丈夫よ。そういう訳で今夜は二人きりなの」
「そ、そうか」
沙希と、こんな風に二人きりになるのは初めてのことだったので、公はだんだん緊張してきた。
『二人きり・・・・・。だから母さん、あんなこと言ったのか。変なこと・・・・・か』
食事を始めて、普段通りの態度で会話をしている二人だったが、頭の中はそれぞれいろんな事が浮かんでは消えていた。
「そ、そういえば、詩織ちゃんからチョコ貰ったでしょ」
「あっ、そうそう。そうなんだ。ここに来る前にもらったんだけど、驚いたよ。でも、なんで知ってるんだ?」
「あのね。今日の朝、公が校門の所で女の子に襲われてるときに、詩織ちゃんから直接聞いたの」
「へえ」
そんな風に沙希に言うことも出来るなんて、完璧に立ち直ったのかなと思われる。
「詩織ちゃんて、強いよね」
「そうだな。詩織なら大丈夫さ」
「うん」
沙希は、自分が詩織の立場だったらどうなっていたか考えると少し恐かった。
夕飯を食べ終わり二人で後片づけをした後、再び部屋に戻ってきた。
「ありがとう、手伝ってくれて」
「なに、あれくらいは出来るさ」
『将来も、そうしてくれると嬉しいな』
「え?」
「ううん。何でもないよ。さあ、今日はこれを渡さないとね」
冷蔵庫から出してきた包みを両手で差し出した。
「はい。貴方が大好きです。これからも一緒にいてね」
「ありがとう。もちろん一緒だ」
公が手を出して受け取ると、添えていた沙希の手に触れた。
付き合っているとは言え、まだ深い関係ではないし、キスも数えるほどしかしていない二人は、
まだまだ手が触れただけでドキドキする。
見つめ合う目と目、沙希が自然と目をつぶり、テーブル越しに唇を合わせる。
そして、名残惜しそうに離れた。
「ねぇ、公」
「ん?」
「な、何でもない」
沙希は立ち上がり、CDコンポのスイッチを入れた。
「何か聞きたいのある?」
「そうだなぁ。娘がいいな」
「うん」
沙希はもともとロック系が好きであったが、公と付き合い始めてからイブニング娘。も聞くようになっていた。
一緒にいれば、彼氏の趣味も物によっては好きになる。こうやって趣味が多くなっていくのかも知れない。
それから2時間も、ベットを背に寄り添いたわいもない会話をしていた。
「どうした、沙希?」
沙希が急に黙ったので、顔をのぞき込んで言う。何か神妙な面もちをしている。
「あ、あのね」
「ん?」
「そのね」
「うん」
「え〜と」
沙希は自分から口を開いたのに、そのまま顔を赤くして俯いてしまう。
公も鈍感とはいえ、この状況下で真っ赤になっている沙希を見れば、自分も想像していることなのだから何となく分かる。
「俺は」
「な、なに?」
肩をビクンとさせて公を見る。
「沙希のことが好きだし、これからも大事にしていくつもりだ。だから、二人の関係をもっと深いものにしたいと、当然思ってるんだ」
黙って頷く沙希。
「だけど、あんまり急ぐとそれが目的だったみたいで嫌だったし、詩織があんな風に元気がなくなってるのに、
そういう関係になるのも気が引けてたんだ。でも、今日詩織からチョコを貰ったとき、詩織はもう大丈夫だと思った。
だから・・・・・・、その、なんだ」
半分沙希からリードしてもらったのに、情けなくも次の言葉が出てこなかった。
「ありがとう、公。私の事、それに詩織ちゃんのことも大切に考えてたんだよね。優しいね」
「いや、そんなことない」
「あるよ。私が好きになった人はやっぱり素敵な人だなって再確認したわ。私も公となら後悔しないし、
そうなることでもっと幸せになれると思うの」
「そうか」
どちらともなく立ち上がりベットに座る。触れた手を絡ませ、もう一度口づけをする。
「好きだよ、沙希」
「私も好きよ」
公は沙希の背中に腕を回して抱き寄せる。
それはお互いの温もりを感じ、お互いが大切な人を実感する事が出来た。
そして公がそのまま倒れ込もうとしたとき、玄関の開く音が聞こえた。
カチャ
『!!』
二人は抱き合ったまま、バウンドして元の位置に戻った。
思っていたよりも、かなり時間が経っていたのに気が付かなかった。すでに時計の針は9時を回っている。
公は気まずくなって離れようとしたが、沙希は逆にギュッと抱きついた。
「さ、沙希?」
「ふふふ。この先は、また今度ね」
「そ、そうだな。は、ははははは。チョコでも食べるか」
公は、沙希からもらったチョコの包みを開けてみる。
「沙希、これって・・・・・」
「え?」
沙希もチョコを見ると、突然悲鳴を上げた。
「きゃ」
自分では『S.t Valentine’s』と書いたつもりだったのに、
『S.t Vale 子供は3人、犬を飼って、家は一戸建て』
と書いてあった。
「これは、あの、その」
わたわたと慌てる沙希。
昨夜は母親に言われた言葉に、すっかりうかれモードだったようで、気が付かないうちに
とんでもないことを書いていたようだ。
「ははは。考えておくよ」
「え?」
冗談なのか本気なのか、公は楽しそうに笑っていた。
つづく
あとがき
皆さん、本当に長らくお待たせしました。やっと完成にこぎつけました。
4ヶ月も更新していなかったため、カウンターも1日380HITしていたものが、180までさがってしまいました。(T_T)
さて第6話はバレンタインの話でした。
公と沙希の関係はちょっとだけ進みましたが、一線を越えるのはまた今度という展開にしてみました。
遂に二人は・・・・・・と予想していた方もいると思いますが、沙希の言うとおりまた今度ということで(^_^)
そして、木本と真帆がくっつき、詩織は立ち直ることができました。
私のSSでは、出来るだけ皆をハッピーにしたいので。
次回、第7話はどういう話になるのか、楽しみにしていて下さい。
では、今度はもう少し早く更新できるよに頑張りますので、見捨てないでくださいね。