「My wish」
沙希編第7話「心機一転」
バレンタインデー前夜。
詩織は部屋でクッションに座り、目の前にあるチョコを見つめていた。
公のために買ってきたチョコだ。もちろん本命ではなく、幼馴染みとしてあげる物ではあったが、詩織にとってはとても大切な物だった。
5ヶ月前、公が沙希を選んだ日から今日まで、辛い日もあったが友人のお陰で立ち直ることができた。
そして、これを公に渡すことで、完全に吹っ切ったという節目が出来る。
詩織は日課である日記をつけるため、日記帳を勉強机から持ってきて再び腰を下ろした。
昨夜書いた頁には栞が付いているので、すぐに今夜書くところを開けたが、ふとあの日の日記を読み返してみようと思い、
パラパラと9月まで遡った。
9月某日
公くんに振られてしまった。
この日は、これ以上書くことが出来ず、ベットに潜り込んで静かに泣いた。
いつ寝たのか、それとも寝なかったのか、気が付いたら朝になっていた。鏡を見ると目は腫れ上がっていて
本当にひどい顔をしていた。とてもバスケ部の練習に行けるような顔ではなかった。
公に会うのも気が引けたし、下に降りて母に話すと、何も言わずに頷いてくれた。
とりあえず顔を洗って二階に戻ろうとしたら、ドアの外で母が誰かと話している声が聞こえてきた。
「公くんだわ」
母と話しているのは公だった。
立ち聞きはいけないと思いつつ、気になったのでサンダルを履いて土間におり、ドアに耳を近づけた。
「あのね、公くん。詩織とのことは、私の本音を言うと残念だったわ。でもね、こればっかりはどうなるか分からないことなの。
それは詩織もよく分かっているわ。あれをああしていれば良かったとか、いろいろな仮定をして、
自分が選ばれていたかもしれないって思うと辛いけどね。まあ原因は詩織にもあるわけだし、
ここはあの娘に乗り切ってもらわないといけないわ。私は信じてる立ち直ってくれるって。
ただ、昨日の今日で何かをする余裕がないの。だから、今日は休ませてあげて」
「・・・・・・はい。今の俺に詩織を励ますことは出来ないけど、これからも幼馴染みの関係は続けていきたいので、
これからもよろしくお願いします」
「ふふ。顔を上げてよ。そう言ってくれると、とても嬉しいわ。詩織は、じきに立ち直るから、また笑顔で話せるときがきっと来るわ。
そのときは、笑って話してあげてね」
「はい」
「ありがとう。じゃあ、行ってらっしゃい」
「行って来ます」
「ありがとう」
目をつむって呟く。それは二人に対しての素直な気持ちだった。
カチャ
不意にドアが開き、目の前に母親が立っていた。
「きゃっ」
「こら、詩織。立ち聞きは良くないわよ」
回れ右をして逃げようとした詩織の首に腕を回して、ガッチリと捕まえる。
「ごめんなさい」
「ふふ。怒ってるわけじゃないわよ」
シュンとなる我が子の頭を優しく撫でる。
「着替えたら下に降りてきなさい。朝御飯を食べれば、少しは元気になるわ」
「うん」
この日から詩織の新たな日々が始まった。
バスケ部のみんなが練習しているときに出掛ける気にもなれず、ずっと家にいた詩織は、久しぶりにお菓子作りをして
日曜日を過ごした。何もしないでいると、昨夜のことを思い出して辛いから。
しかし、午後になり部屋で一人になると、やはり思い出さずにはいられない。
大声を上げて泣くことはないが、気分が落ち込んでくることは避けられなかった。公とのやり取りを思い浮かべては、
もう公の彼女にはなることが出来ない現実が頭の中を駆けめぐる。
自分はポジティブな性格だと思っていたが、この失恋からの脱却には時間が必要だと感じていた。
今にも泣きそうになったとき子機が鳴った。
ピッ
「なぁに?お母さん」
「鞠川さんから電話よ」
「奈津江から?わかった」
ピッ
「もしもし。詩織?」
夜にでも電話をしようと思った奈津江だったが、いてもたってもいられなくて、練習が終わって帰宅すると、
すぐに受話器を取っていた。
「うん。どうしたの?奈津江」
1回鼻をすすった詩織は、平静を装って答えた。
「練習を休むなんて珍しいじゃない。主人くんは具合が悪いらしいって言ってたけど、ホントは違うんでしょ」
「え?ううん。ちょっと風邪気味だったから」
泣きそうだったからすすった鼻を、今度は風邪だと言ってすすってみた。
「嘘を言わないの。お母さんが風邪じゃないって言ってたよ」
「え?もう〜」
「やっぱり」
「・・・・・・あっ」
奈津江の誘導尋問に、まんまと引っかかった詩織は観念した。
「主人くん絡みなんでしょ?」
「う、うん」
親友である奈津江に、いつまでも嘘をつき通すことは出来ないので、正直に頷く。
「それで?」
「公くんは、沙希ちゃんを選んだの。私、振られちゃった」
「そう」
奈津江は特に怒るわけでもなく、ただそう言った。
「そうって。あっさりしてるのねぇ」
奈津江のクールな性格は分かっていたが、もっと感情をあらわに怒るのかと思ったので、
案外あっさりしている親友に逆に少し憤慨した。
「そりゃそうよ。他人様の男女の仲のことに、私がとやかく言う資格はないわ」
「それはそうだけど。もっとこう、公くんのことを怒るとかするかと思った」
「主人くんはいい加減な男じゃないから、きちんと考えた上での答えなんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、何も言うことはないわね。そりゃあ親友である詩織を振ったということには怒ってるけど、
殴りに行くのも見当違いだし、殴って欲しい訳じゃないでしょ?」
「そうだけど」
奈津江が公を殴るシーンを想像して身震いした。公なら、まず何も言い返さずに殴られるだろうから。
手加減なしの拳だと、いくら女の子とはいえ鍛えている奈津江のパンチは痛そうだ。
「そうでしょ?私に出来るのは、主人くんを殴る事じゃなくて、詩織が立ち直るための手助けをすることだけ。
出来ることなら何でもするよ」
「うん」
「いつまでも落ち込んでないで、早く立ち直らないとね。ウィンターカップで優勝を目指してるんだし、
不調のまま予選に臨むなんて、他の部員にも迷惑になるわ」
「うん。そうよね。私はキャプテンなんだから」
自分の都合で、仲間に迷惑を掛けるわけにはいかない。末賀や桃花も待っている。
「そうそう。その意気よ」
「ありがとう。奈津江」
「どういたしまして。じゃあ明日ね」
「うん。明日」
子機を置いた詩織は、沈んでいる気持ちを奮い立たせて引き締めた。
そうだ。落ち込んでばかりもいられない。いまはバスケに集中しよう。公のことを考えても辛く
ならない日が来るまで、今まで以上にバスケに取り組もう。時間が解決してくれる、その日まで。
10月上旬
今日は、意外な人に意外なことを言われた。伊集院くんは何かを知っているのかしら。
休み時間に廊下で奈津江と話していると、レイが近付いてきた。
「藤崎くん、ちょっといいかね」
「ええ」
奈津江と別れレイの私室に連れてこられた詩織は、一体何事かという顔でレイを見た。
「最近、君のことを見ていると、時々表情が冴えないときがあるのだが、何か落ち込むようなことでもあったのかね」
「え?」
まさかレイにそのようなことを言われるとは思ってもみなかったので、詩織は変な顔をしていたかも知れない。
「ううん。何にもないよ」
「そうかね。話せるようなことだったら、何でも言ってくれたまえ。相談に乗るよ」
「う、うん。ありがとう」
何故、あんなことを言われたのか、その理由が判明するのは後の話となる。
10月中旬
一次予選を通過して数日が過ぎた。今日は連係プレーのおさらいをして、良い感触がつかめたと思う。
お昼に、公くんと沙希ちゃんが一緒にお弁当を食べているところを見てしまった。明日からあの渡り廊下を
お昼に使うのはやめよう。木本くんは公の親友だもの。知ってるよね。
バスケット部の監督である先生に放送で呼ばれて、職員室へ向かう途中で近道の渡り廊下へ出た。
「良い天気」
まさに秋晴れという感じの心地よい日射しが中庭に降り注いでいる。
「こんな日は、外でお弁当っていうのも良いよね」
まだお昼を食べていなかった詩織は、戻ったら待っている奈津江と恵を誘おうと思い、
空いているベンチがあるかなと見渡した。すると、数十m離れたベンチに公と沙希の姿を見つけた。
振られてから1ヶ月、まだ胸がチクリと痛む。自然と早歩きになったその時、
「お、藤崎か」
廊下の反対側から木本が出てきた。自分より先に男子のキャプテンである木本も呼ばれていたらしい。
「最近、女子の方はどうだ?」
話し掛けられては仕方ない。詩織は、早く立ち去りたい衝動を抑えながら答えた。
「う、うん。いい感じできてるわ。みんなの呼吸が一段と合ってきてるし」
「そうか。俺達もなかなか良いぞ・・・・・ん?」
詩織の身体が小刻みに揺れて、何だか落ち着かない様子が見て取れた。
ハッとして周りを見回すと、公と沙希を見つけた。
「おっと。急いでたんだ。じゃあな」
木本は心の中で後悔しつつ、何もないように早歩きで立ち去った。
そんな木本の心境など分からない詩織は、同じく早足で校舎の中に入っていった。
10月31日
10月も今日で終わり、明日から11月になる。最近は公くんのことを考える時間が少なくなってきたような
感じがするのは気のせいだろうか。奈津江や恵が気を遣って、今度の休みにショッピングに行こうって誘ってくれた。
2次予選の前に息抜きも必要だし、今から楽しみだな。
11月上旬
今日は奈津江と恵と三人で買い物に行った。この三人で一日中遊んだのは、ホント久しぶりだった。
二人とも、特に恵がはしゃいでた。私に気を遣ってくれたんだと思うけど、友達にいつまでも心配させるのはいけないよね。
早く完全に立ち直って元気な自分に戻らないと。
「詩織ちゃん、こっちこっち」
恵が先頭に立って、握っている詩織の手をグイグイと引っ張る。
久しぶりの部活がない完全な休みの日曜日。少し肌寒くなってきたが、今日は良く晴れてくれた。
駅前は休日を楽しむ家族連れ、カップル、友達同士、たくさんの人で溢れていた。
「こら恵。詩織が痛がってるでしょ。あまりはしゃがないの」
「え〜〜〜?そんなことないよね。ねっ?詩織ちゃん」
「うん。大丈夫だよ」
「ほらぁ〜。こっちこっち」
よく行くアクセサリーショップがあるビルまでの道を、時間がもったいないと言わんばかりに急ごうとする。
「もう。仕方ないわね」
はしゃぐ恵の気持ちも分かる奈津江は、やれやれと溜息を吐いた。
授業中は分からないが、少なくとも部活をやっているときの詩織は、以前と変わらないように見える。
しかし、時々見せる表情から、まだまだ本来の調子に戻っていないのは明らかだった。
そんな詩織を元気づけるために、恵はあんなにはしゃいでいるのだ。まあ、こんなことがなくても恵は元気なのだが。
「私も、もっとがんばろう」
恵にばかり任せてはいけない。自分も詩織には早く元気になって欲しい。
アクセサリーショップに着いた詩織は、真っ先にヘアバンドのコーナーに行った。
恵は一人、髪飾りのコーナーで手にとっては髪につけて似合うか試している。
「新しいの買うの?」
「う〜ん。欲しいんだけど、今月は欲しいCDが発売されるから、これに回すお金がないのよ」
「私たちみたいに運動部に入ってる子は、みんなお小遣いには苦労してるからねぇ。バイトしたいわ」
「そうだよね。早乙女くんの友達の朝日奈さんなんて、平日もアルバイトしてるから一ヶ月で5万はもらってるんだって」
「5万?それは羨ましいわ〜」
「ねえ。はあ〜」
「はあ〜」
詩織と奈津江は、同時に溜息を吐いて笑った。
「なになに。何が可笑しいの?」
買うのが決まったらしい恵が、髪飾りを持って寄ってきた。
「バイトしたいねって。言ってたのよ」
「バイト?いいね。マックとか?」
「恵にマックは無理でしょ」
「え〜。どうして〜?」
唇をとがらせて、奈津江の顔にグッと近寄る。
「女の子のバイトといえばレジでしょ」
迫ってきた恵の肩を押し戻す。
「うん」
「機械オンチの恵には無理よ」
「あっ、奈津江ちゃんにそういうこと言われたくないなぁ〜。奈津江ちゃんだってビデオのタイマー予約できないでしょ〜」
再度迫って抗議する。
「そ、それは。恵だって出来ないじゃない」
「そうだけど〜」
どっちもどっちの争いに、詩織は楽しそうに笑った。
「ふふふ。二人とも出来ないんだ」
「そういう詩織は出来るの?」
「出来るわよ」
胸を張って、得意気に言ってみる。
「家のビデオはGコード対応だから。ピッピッって」
「バーコード?」
恵がボケると、奈津江がのりツッコミで返した。
「そう。ピッと頭をなぞると値段がって、違うわよ」
「きゃっ」
恵は頭を両手で覆って守る。
二人の掛け合い漫才を見て、詩織は楽しそうに笑った。
「ふふふ。そうだ。ゴムバンド買おうかな」
「試合中にするやつね」
「うん」
かなり長いロングヘアの詩織は、試合中はゴムバンドで髪を束ねている。
「もうすぐ2次予選だし。ゲンの良い色ってないのかな」
「それなら、緑がいいんじゃないかな」
「どうして?」
占い好きの恵が言うからには、何か根拠があるはず。
「風水だと、勝負事には赤、黄、緑が良いのよ」
「風水?今度は風水にはまってるの?」
詩織が緑のゴムを手にとって髪に添えてみる。
「はまってるってほどじゃないよ。雑誌でチラッと読んだだけ」
「ふうん。そんなこと言って、凝りすぎてエスカレートしないようにね」
以前タロットカードにはまって、痛い目をみた恵のために奈津江が釘を刺す。
「わかってるもんっ」
「ふふふ」
そんな二人のやり取りに、詩織はまた笑った。
それを見た奈津江と恵も嬉しくて笑った。
11月中旬
末賀に辛勝しウィンターカップ本戦出場を決めた。
末賀は手強くて、試合終了間際に2連続シュートが決まって、やっと勝つことが出来た。
最後に入れてくれた優美に感謝しなくちゃ。
精一杯プレーしたけど、みんなの足を引っ張った時間帯もあったから反省しないと。
本戦までに、完全に調子を戻さないといけない。
12月上旬
技術的には向上してると思うんだけど、精神面がダメのような気がする。
このままキャプテンとして本戦を戦っていけるんだろうか。
日記を書き終わった詩織は、机の上に伏せった。
ラジオからは、たまに聞くラジオ番組のパーソナリティがハガキを紹介している。
「吹っ切れてないのかな〜」
公のことを考える時間は減っているはずなのだが、どうにもスッキリしない。
「考えないだけで、まだまだ時間がかかるのかな〜」
頭では分かっていても、好きという感情だけはどうにもならないのだろうか。
カーテンを少し開けて、公の部屋の窓を見ると暗くなっていた。
「寝ちゃったんだ」
明日も朝練で早いし、ラジオを消して寝ようとリモコンを手にしたとき、
『今日は、いま悩んでいることというテーマでお送りしています。次のおハガキは、きらめき市に
お住まいの奈津江ちゃん』
「えっ?」
『ゆり姉こんばんは。こんばんは。私はいまバスケット部に入っているのですが、今度ウィンターカップに出場することが決まりました』
「奈津江ちゃん?」
『すごいね。ウィンターカップってあれでしょ。バスケの全国大会だよね。え〜と。そのバスケ部のキャプテンが
私の親友なんだけど、ある事情から立ち直れないでいるんです。親友として何が出来るのか、
自分の励ましは空回りしてるんじゃないかとか、役に立っていないんじゃないかとか、そんなことばかり考えてしまいます。
自分の力のなさを痛感している今日この頃です。でも、私に出来るのことは彼女を励まし続けることしかありません。
ゆり姉、私の思いは届くのでしょうか』
ラジオの前で聴き入っていた詩織の目から、涙がこぼれ落ちた。
『と、いうことなんですが。ん〜、難しい問題だね。その親友の彼女が奈津江ちゃんの行動をどう思っているのか、
ゆり姉には分からないけど、きっと奈津江ちゃんの励ましの言葉は届いていると思うな。
行き過ぎは良くないけれど、きっと上手くいくよ。親友の彼女さん、何で立ち直れないのか、
このハガキでは分からないけれど、頑張って元の自分を取り戻してくださいね』
「はい」
小さく返事をする。
「奈津江ちゃん。ありがとう」
『さて、奈津江ちゃんのリクエスト、GARDの負けないでよ』
ラジオから、お馴染みの曲が流れてくる。
「いつだって君は一人じゃない」
いまの詩織の状況と重なる部分があり、自分が励まされているような感覚になってくる。
ウンウンと頷くたびに、瞳からこぼれる涙が頬を伝って落ちる。
「支えてくれる友の笑顔がすぐそばに」
歌詞を頭の中で何回も繰り返すと、何だか立ち上がる勇気をもらったような気持ちになった。
12月24日
今日は、伊集院家主催のパーティーに行った。
メグとあんなに話したのは久しぶりかも、そしてあの引っ込み思案のメグに好きな人が出来たみたい。
驚いちゃった。
豪華な食事を戴いてお腹が一杯になり、美樹原愛ことメグと窓際で話していると、
「ねえ、詩織ちゃん」
「なあに?メグ」
何か言いにくそうなことがあるのか、いつものように組んだ手をモジモジさせる。
こんな仕草をするときは、決まって相談事があるときだ。
言ってご覧なさいという顔で優しく見つめると、小さい声で話し始めた。
「あ、あのね。私ね。す、好きな人が出来たの」
「え?好きな人?・・・・・・・・えええっ?」
意外な言葉に、少し間を置いて大きな声を出して驚いた。
「しーーーーーーーーっ」
愛は慌てて詩織の口を塞いだ。
「もごもご」
そして、辺りを見回し知っている人がいないか確かめた。
生演奏のおかげであまり目立たなかったが、少し集中した視線に向かって、何でもありませんという感じで頭を下げる。
「ご、ごめん。ちょっとビックリしちゃって」
「もうっ、私もびっくりしたよ〜」
ドキドキする鼓動を抑えるように、胸に当てていた手をおろすと溜息を吐いた。
「はあ〜」
「それで?告白はしたの?」
「え?ううん。まだ」
「そうなんだ。なんでしないの?」
「う、うん。本当は、こんなこと詩織ちゃんに相談できる時じゃないんだけど・・・・・」
公とのことで傷ついているのを知っている愛は少し後悔したが、それでも悩んでばかりいる自分の背中を
後押ししてくれる言葉を詩織に求めた。そして、もちろん詩織はそれに答えてくれる。
「メグにも、とうとう良い人が現れたんだ。よかったね」
「う、うん」
申し訳なくて目を伏せる。
「私に気を遣ってくれてるのね。ありがとう。でも私は大丈夫よ。あまりぐずぐずしてると誰かに取られちゃうよ。
頑張って告白した方がいいと思うな」
「そ、そうかな」
「うん。絶対そうよ」
「そ、そうよね。ありがとう詩織ちゃん。わたし頑張るね」
「うん」
詩織は内心いまの自分が、このような前向きなアドバイスが出来たことに驚いていた。しかも、すんなりと。
詩織は自分の気持ちの中で、公とのことが過去のものになったことを実感していた。
12月30日
怪我もなく、無事にウィンターカップが終わった。
私たち女子は惜しくも準優勝だったけど、男子は公くんの大活躍で優勝した。
ホント格好いいんだから。幼馴染みとして鼻が高いわ。
もう公くんとも普通に話すことが出来るようになった。
おめでとうって言ったら、笑顔でありがとうって言ってくれた。
すごく嬉しかったな。
結局、高校生活では全国優勝が出来なかったけれど、大学では絶対優勝するんだから。
そしてオリンピックに出るのが夢かな。あとWNBAに入れたら最高だな。
1月1日
年が明けて、いよいよ卒業式が近付いてきた。
そして受験も。推薦の話もあったけど、3年間の勉強の成果を試験で試したかったの。
絶対合格するから、そんなに心配しないでね、お母さん。
1月13日
奈津江から聞いたんだけど、公くんに変な噂が立っている。
白雪さんて娘と、デートしているのを見たという噂らしい。一部ではキスもしてたって。
信じられない。公くんに限ってそんなことはない。
確か今日は沙希ちゃんの誕生日だったはず。もし、こんな大事な日に浮気が発覚して本当だったら、
私が許さないんだから。
1月20日
やっぱり公くんの悪い噂はデマだった。ゴシップネタは特に尾ひれが付くから質が悪いのよね。
昨日今日と、疑惑が晴れるまでの公くんは、女生徒の冷たい目を必死に耐えていた。
私は信じていたけど、ちょっと気の毒だったわ。
2月1日
世間ではバレンタインデー一色という感じ。
今年はあげる人がいなくて、ちょっと寂しい。あっ、もちろん、お父さんにはあげるけどね。
あげないと拗ねるんだもの。子供なんだから。
公くんにも義理チョコ渡そうかな・・・・・
2月4日
やっぱり公くんにあげるのは止めよう。
もう吹っ切れたし幼馴染みの関係に戻ったけれど、私から貰ったら迷惑だよね。
2月11日
一週間前の日記で公くんにはあげないって書いたけど、やっぱりあげることにした。
奈津江に言われて考え直したのがきっかけだけど、これを良い区切りにしようと思う。
2月13日
ついに公くんにあげるチョコを買った。
お父さんのより、ちょっとだけ高いのを買っちゃった。
明日は、どこで渡そうかな。ちゃんと渡せるのかな。
ちょっと不安もある。
バレンタインデー当日
「公くん、戻ってくるよね」
一応、帰り際に沙希と話して二人の予定を聞いておいた。公はチョコをたくさん貰うだろうから、
いったん家に帰ってから沙希の家に行くと言っていた。
案の定、女の子に囲まれている公を横目に、詩織は急いで帰って来ていた。
「まだかな〜」
帰宅して冷蔵庫からチョコを取り出し、玄関に腰を下ろした。
そして、耳をうさぎのようにそばだたせて公が帰ってきた気配を感じたら、すぐに飛び出せるように待っていた。
義理チョコなのに、胸がドキドキしているのが分かる。
「なんか緊張しちゃうな」
カタ
「来た」
ドアの向こうから聞こえた物音に反応し、跳びはねるように立ち上がり素速くノブを回した。
「あら、詩織。お帰りなさい。帰ってたのね。どこかへお出掛け?」
バタン
詩織は一歩も外に出ずに、そのままドアを閉めた。
「なんで閉めるのよ」
すぐに母が入ってきた。
「何でって、隠れてるから・・・・・」
「隠れてる?あら?その手に持っているのは、もしかして」
「あっ!!」
慌てて後手に隠したが、時すでに遅し。
「この時間に隠れて待ってるってことは、お父さんにあげるチョコじゃないわよね〜」
「・・・・・」
「完全に吹っ切れたかな?」
娘の顔をのぞき込んで言う。
「う、うん」
「そっか。良かったわ。お母さん嬉しい」
愛娘をギュッと抱きしめた。
「く、くるしいよ〜」
「あら、ごめんなさい。でも、よく頑張ったわね」
緩めた腕に、再度力を入れる。
「ありがとう。お母さん」
苦しいけど愛情一杯の母に、詩織は感謝した。
カタ
「今度は帰ってきたみたいね。頑張りなさい」
背中をポンと叩いて送り出す。
「うん」
カチャ
外に出ると、陽が落ちかけていて空が紅く染まっていた。
その中に、重そうなリュックを背負った公が見えた。
門を出たところで、公が気が付いて振り向いた。
「遅かったね公くん」
「え?い、いや」
公はリュックに視線を向けると、すぐに詩織に戻した。
たくさん貰ったチョコを見て、詩織が気を悪くするのではないかと気に病んだらしい。
「そっか、放課後にもたくさんもらったんだね」
特に何とも思わなかった詩織は、そう言ってリュックを見た。
「ま、まあな」
「ほんと有名人になったね」
素直な感想だった。
入学した頃は、自分くらいしか公のことを見ていなかったのに、今ではきらめき市で知らない者はいないほどになった。
そんな幼馴染みと、恋人になろうとして沙希と争ったあの様な出来事が、今では遠き良き想い出のように思える。
「はい、これ」
詩織は自分でも驚くくらい、すんなりとチョコを出した。
「これって、チョコだよな」
公は目を白黒させている。それも当然だろう。まさか自分から貰うなんて、夢にも思っていなかっただろうから。
「そうよ。もちろん義理チョコだからね。幼馴染みとして、これからもよろしくお願いします。ってことよ」
「そうか」
「そうよ」
公は詩織の顔を見ると、すんなりチョコを受け取った。
詩織はニコッと微笑んだ。
そんな二人の間には、もうわだかまりはなかった。
「私も大学で、いい人見つけるから。公くんは沙希ちゃんと仲良くしてね」
「わかった」
「それと、それ全部食べるとは思えないけど、ちゃんと歯磨きして虫歯にならないようにね」
こんな風に軽口を叩いたのは、いつ以来だろうか。
詩織は、またこうやって公と話すことが出来てとても嬉しかった。
「わかってるって。おっと、詩織ごめん。沙希が待ってるんだ。早く行かないと」
「あっ、そうなんだ。それは急がないとね。じゃあね」
「ああ」
詩織は小さく手を振って、小走りで家に戻った。
バタン
閉めたドアにもたれてしゃがみ込む。
「ふう」
心配していた程どきどきもしなければ、緊張もなかった。
それは、ただの幼馴染みに戻ったということだ。
心機一転、勢いよく立ち上がった詩織は、
「お母さ〜ん。公に渡してきたよ〜」
母に報告しながらリズム良く階段を駆け上がっていった。
2月14日
意外にすんなりと、公くんに義理チョコを渡すことが出来た。
よしっ!!次の恋を探そうっと。素敵な男性を見つけるぞ!!
つづく
あとがき
みなさんお待たせしました。
いったい、どのくらいの方が気長に待っていてくれたのでしょうか?
以前よりも筆が遅くなった作者を許してください。
さて今回は、詩織が立ち直るまでの話を書いてみましたが、いかがだったでしょうか。
ここでこのような話が入ることは予想できてましたか?
日記を挿入しつつ話を展開していきましたが、いまいち完成度が低く感じます。
これはこれで良いんだと言い聞かせてアップしましたが、皆さんの感想が少し恐かったりして。
次回はいよいよ沙希編の最終回です。
詩織が立ち直ったことですし、これで心置きなく、公と沙希のハッピーエンドの話が書けます。
今までのを読み返して、感動的なものが書けるように頑張りますので、よろしくお願いします。
このペースだと、いつになるか分かりませんが、首を長くして待っていて下さいませ。