『フレグランス〜移りゆく僕達〜』
食卓を挟んで一人の女と向かい合いに男、その隣りにまた男がいる。
女は今晩斜め向かいに座る男に3杯目の飯をよそい、笑顔とともに差し出す。
男はうまいうまいと言いながら、大皿に盛られた天ぷらをつまんでは口に頬ばった。
天ぷらのなくなった後の油染みのついたペーパーが面積を増やしていった。
僕は長岡理紀(ながおかりき)高校2年生。
隣りで天ぷらや豚の角煮やコロッケなどの胸焼けしそうな料理を次から次へとたいらげているのは
クラスメイトの堀江だ。
僕たちくらいの年代の男はこのくらいの食欲があるのが普通かもしれない。
むしろ、大根の味噌汁とポテトサラダと天ぷらを2,3個食べただけで、
一杯めのごはんの半分残ったのを箸のさきでもてあそんでる僕の方がおかしいのかもしれない。
僕の向かいに座った母は自分もよく食べながら時々箸を休めて堀江の食べっぷりを微笑ましく見ていたりもした。
その間も彼の箸は止むことをしらない。
「あとでケーキもあるから、その分だけあけておいてね。」と母が言った。
「ごちそうさん。俺、手料理っていうの?その・・・おふくろの味っていうの久しぶりに食った。」
食後、僕の部屋でCDをあさりながら堀江が言った。
「母さん調子にのりすぎなんだよ。普段僕があんまり食べないから作りがいがないって
友達が来たからってあんなにも作るなんて。」と僕はぼやく。
「でも、そのあんなにもな量をほとんど食べることができたんだから、おふくろさんは正しかったわけだ。」
堀江は満足そうに言った。
あの大量の料理をおさめてしまった堀江の身体は筋肉のひきしまった、やせすぎでないものだ。
肩までまくったTシャツの下からのびる腕は発達した筋肉でもりあがっている。
腹筋は割れてないまでも、僕のパンチを受け止めるくらいの許容はあるだろう。
堀江はキリストが十字架にうがたれたジャケットの写真のCDを選び出し、
「マリリン・マンソンか・・・けっこうダークだな。こういうのお前のイメージじゃないけど聴くの?」
言いながらトレイにのせた。
「人に薦められて、ろくに視聴もしないで買っちゃうことも多いよ。辺り、それはあまり趣味じゃなかった。」
僕の部屋にはアンチ・クライストのマリリン・マンソンの地響きするような低音が流れた。買った時以来久しぶりに聴いた音楽だった。
曲に多少の不快感をおぼえながらも、それより部屋の匂いが気になって、僕は窓を開け放った。
夕暮れ時の外の風が部屋にこもった空気の匂いを一掃していった。
僕は堀江の発散する体臭が苦手だった。
と言うより、クラスメイトの男子の匂いが、運動部の汗と体臭の入り混じった匂いが鼻についてしかたなかった。
堀江は涼しい夏の夜の風を頬にうけながら、本棚から抜き出した音楽雑誌をぺらぺらめくっていた。
それから僕は窓を薄く開いた状態まで閉め、いっぱいにカーテンをひいて窓際にたたずみながら堀江と喋ったり、
黙ったりしながら1時間の時間を過ごした。
そうしているうちにおせっかいな母親がケーキと紅茶を持って僕の部屋のドアをノックした。
必然的に僕は窓際から離れることになり、堀江との距離が縮まった。
「ケーキかぁ、これこそ男がなかなか食べる機会のないしろものだよな。
こんなチャンスめったにないからな。味わっておこう。」
堀江はフォークでぶっつり真ん中をさし、口のまわりを生クリームだらけにしてケーキにかぶりついた。
僕は定番の三角のかたちをしたケーキの一番先のとがったところをほんの少し切り取ったところだというのに・・・。
僕の鼻腔に堀江の体臭とバニラの甘い香りがミスマッチなブレンドをして入ってきたのは言うまでもない。