『フレグランス〜移りゆく僕達〜』
6
4時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。
僕とみずえはお弁当を持って屋上に向かった。
赤い紙袋から取り出された折りたたみ式のサンドイッチの弁当箱、
おかずの入ったプラスチックの普通のもの。
夏場で傷みやすいからと氷の入ったビニール袋で冷やしているサンドイッチの箱は気持ちいいほどひんやりとしていた。
サンドイッチの中身はイギリスのアフタヌーンティーの時に出されるようなごくシンプルなもので、今日はきゅうりだった。
おかずの箱には固くゆでて半分に切られた卵と茹でたほうれん草、鮭のムニエル、ミニトマト。
僕たちふたりは二人分のそれらを食べる程度でいつも満足していた。
みずえは僕の食生活に協力的だった。
肉や油っこいもの、にんにくなどの匂いの残るものはさけてくれた。
動物性のものは体臭を強くさせそうだし、油っこいものはもともとオイリーになりやすい男の肌を余計油ぎらせてしまいそうだからだ。
そのことを早乙女に話したら、彼はもともとベジタリアンで肉はおろか魚まで食べれないという。
宗教でもなんでもなくただの体質なのだそうだ。
それであんな無味無臭で透明感のある肌をしているのかと納得した。
ただ少しかさついた肌がいたましいと思ったことはある。
僕たちがこうやって週に何回か屋上でランチをしている間、早乙女はみずえの女友達と教室で弁当を食べている。
「よぉ、長岡。」
堀江が売店のカツサンドを頬ばりながら屋上の扉を足でガンと蹴って開けた。
「長岡が教室にいない時はここにいるんだって早乙女に聞いてさ。」
堀江の指にはカツの油がしみている。
けもの臭い匂いをはきながら、僕のかたわらに座りこむ。
「夜はおふくろの手料理、昼は彼女の愛情弁当かぁいいよなぁ。」
「ああ・・・うん。」
僕はみずえの顔色をうかがっていた。
黙ってはいるが明らかに堀江に対する早くどこかに立ち去って欲しいという感情が読み取れた。
「僕に何か用があってきたの?」
「いや。急におまえっていう存在に興味がわいてさ。
なんていうの自分と正反対みたいな。」
用がないならこないで欲しかった。
みずえをむくれさせるだけだ。
みずえは堀江から少し斜めに背中をむけるように座り直して、サンドイッチを口に運ぶ。
「なぁ、彼女かわいいなぁ。けっこう人気あるんだろ?どうやって気をひいた?」
「何言って・・・」
明らかにみずえに聞こえる声で僕に絡んでくる堀江。
なんて無神経なやつだろう。
僕が迷惑そうに身をよじると、更においうちをかけてくる。
「なぁ、もうやった?なぁキスくらいはしたんだろ?」
「何言って・・・」
後はあきれて言葉にならなかった。
いつの間にかみずえは完全に僕たちに背中をむけてしまっている。
僕は堀江のお喋りをやめさせる方法を知らなかった。
ただ無言で応酬するしかなかった。
「お前やったことある?お前みたいなやつでもやるんだよな。
想像できねぇな。
咲藤さんもかわいい顔して男に興味ないような顔して一応男とつきあってるんだもんな。本当わっかんねぇよな。」
「堀江いいかげんにし・・・」
僕がさすがに頭にきてそう言いかけると、
「まぁいいじゃないか。なぁ咲藤さんよぉ、長岡ってそんなにいい?
ルックスはいいかもしれないけど、男としてはどうよ。」
堀江がみずえの肩に手をふれた。
やめろよ・・・俺が言う前にみずえが堀江をふりきって立ち上がった。
「トモのバカ!」
咄嗟に叫んだみずえの言葉は僕には理解不能だった。
みずえはそれだけ言うと、僕の食べてる途中のフォークを取り上げてすばやく包んでしまった。
最後に赤い紙袋に乱暴にしまわれたお弁当箱はカタカタと小さな悲鳴をあげた。
僕はしばらく堀江とにらみあいになった。
「俺の下の名前なんか興味ないか。」堀江の笑いは乾いていた。
僕はその時、みずえと堀江の間に僕の知らない何かがあることを悟った。
僕はとりあえずみずえを追いかけた。
追いかけながら階段を下りた。
階下にみずえのものらしい足音が聞こえる。
僕はふいに足を止めた。
みずえの咄嗟に出た言葉を思い出した。
堀江の言葉を思い出した。
僕は男としてみずえに接したことはない。
ただ男特有の汗臭い匂いのしない潔癖なまでに清潔なみずえと一緒にいることが心地よかっただけなのだ。
ただそれだけだった。