『それぞれのそれぞれ』
3
私は小山の話を聞いてやり、それなら朝までここでヒマを潰さなくちゃいけないということになった。
小山の通う専門学校の前の道が調度ホテル街の出入口にあたるので、一番通学する人数が多い時間を狙って出ようという計画だった。
なんでも小山は今アート関係の専門学校に在籍してるらしくそこで1人の女子にしつこくつきまとわれているという。
ここはひとつ彼女がいることを証明して、その女から逃れたいということらしいのだ。
「じゃあ、その子が通るの待ってさりげなく出るの?」
「そんな面倒くさいこといらないよ。噂だけでもたてばいいんだから。」
まぁひとづてに伝わるでしょうってことらしい。
私は処女だ。もちろん小山との一晩でそういうことがあるわけもなく、
その私が午前中の太陽の高い時にホテル街から男と連れ立って出てくるということに抵抗がなかったわけじゃない。
ただ私ももう大学生だし、そういう恋愛を知ってる女を演じるのも悪くないと思って承知した。
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「どおしたの?月絵が3限目からなんて」
ようやく間にあって教室に入ると、黒板なんか見えないんじゃないかというような一番後ろの席で手を振っていた多加子がそう言った。
小山のやつのせいでね・・・私は心の中でつぶやいた。
それにしてもいつもは真ん中辺りの列にいる多加子が、最後列にいるのが不自然だった。
「もう、1限も2限も一番後ろの席とっといたんだから」
そう言うと、多加子は隣の座席からルーズリーフをとじたピンクのバインダーを取り上げ、机の上の自分のテキストの上に重ねた。
「はいはい座って」と言わんばかりに。
そのとき3限の始まりのチャイムがなった。
300人収容できる教室に200人くらいが出席してるといった感じで、人数が多いから
小声での私語は他の学生の私語に紛れてしまってほとんど心配がいらない。
あまり必要のない科目で、他の単位を落とした時の保証くらいにしか考えてない子が多いのだ。
「ねぇ月絵。葉枯さんがあれから月絵のことすごく気にしてたのよ。月絵は彼のことどうなの?
自宅電話じゃかけづらいってこぼしてたわよ。」と多加子が言う。
「ああ、私携帯電話持ってないから」と私。
それにしても・・と思う。
多加子は今日バーバリーのニットに定番柄のスカートをはいている。
私は合コンではそれなりにお洒落はしたもののふだんは1本8000円のコットンパンツに春物のニットとカーデガンのアンサンブル。
もちろんノンブランド。
入学してからもうすぐ2ヶ月。多加子の服装や持ち物は日々ブランド物が増えていく。
入学1ヶ月めで、国産の時計がグッチに変わった。
多加子の目下の目標は付属あがり組と馴染むことなのだ。
同じ外部出身者で話しかけやすかったのか、はじめて声をかけてくれたのが多加子だった。
彼女は入学式が終わったあとやや興奮ぎみで、校舎をでた後もやたらはしゃいでいたのが印象的だった。
彼女は「私ね、名門女子大の学生っていうステイタスが欲しくてここを受けたのよ。」と恥ずかしげもなく言った。
多加子はS女子学院大というステイタスを看板に4年間を過ごし、その中で将来有望な男と多く知り合い、その中から彼氏を決め
卒業後は腰掛けのつもりで2、3年OLでもやって結婚しようという腹らしかった。
「まぁ月絵と彼のことは私が次回のデートはセッティングしてあげるとして・・・」と勝手に多加子は話を進めている。
「4限目の英語発音学で4人分の代返引き受けてるんだけど、
2人分お願い。
さすがにひとりで4人分点呼に対応するのはきついから。」
「え?また?前もこんなことなかったっけ?」
「あったかも。友達だもんしょうがないよね。」言いながら多加子は得意気だった。
「月絵はトウコとレイコの分お願い。私はアリスとリサ。」
多加子が今狙いをつけている付属あがりのお嬢様4人組の名前だった。
彼女らに合コンにも誘ってもらいすっかり友達気分。
3限が終わって校内のカフェテラスに行くと、大企業の社長令嬢の白金陶子を筆頭に
園元麗子、広小路ありす、藤原理沙の4人が化粧直しをしながらお茶をしていた。
奥まったソファ席に陣取った4人のうち一番裕福そうなトウコが、カルティエの発表されたばかりのデザインの腕時計をした手を振っている。
「多加子、こっちよ。」
「トウコいい香りね。」多加子がトウコの隣りに腰掛けながら香水を褒める。
「ありがとう気にいってるのよ。」と彼女が微笑む。
「今日は4人揃ってお買い物?」と多加子がたずねる。
「あらごめんなさいね、違うのよ。私たちこれから合コンがあるの。本当は多加子も呼んであげたいんだけど、相手が4人でしょう。」
と悪びれずに答える。この4人が遊ぶために協力するのかと思うとばかばかしくてしょうがない。
「ねぇ、トウコそろそろ車で迎えにきてくれる時間じゃない?」レイコの言葉をうけて、4人は腰をあげた。
私はあとで多加子に「私が手伝う筋合いのことじゃない」と断ろうかと思ったけど、
1限と2限の私の分の代返をしてくれていたことを知って言い出すのをやめた。
「多加子、あの4人3限は何やってたのかな?」と聞くと
「彼女たちは月曜のランチは外食でタクシーで少し遠いとこまで行くから3限は授業とってないのよ。」
「わぁあきれる」と私がおおげさに驚いてみせると、多加子は付属あがりの子たちならそんなのは珍しくないのよと『教えて』くれた。