『それぞれのそれぞれ』
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私は大学に入ってから、レポートを書くようなこともあるだろうと
入学祝いに両親からもらったパソコンをいじるのが習慣になっていた。
今のところ特に使う用事もなく専らEメールの送受信だけ。
『新規メールが届いています』
今夜は3通のメールが届いていた。
"takako-happy@〜"
"wonderland-s.univ@〜"
"oldleaf@〜"
3通目のアドレスは見慣れないものだった。
まずそれから開こうとマウスをクリックした。
『葉枯です。多加子さんにあなたのメールアドレスを聞いてしまって
すいません。パソコン持っていたんですね。携帯番号じゃなくても
教えてくれたら良かったのに。
まぁ恨み言はこのくらいにして・・・(笑)
多加子さんの提案で今度僕と月絵さんと多加子さんと家崎の4人で
映画でもどうかっていう話になったんです。どうですか?
返事メール待っています 葉枯』
ははぁ、多加子の狙ってるのは家崎だったんだ。
法科の学生で将来は父親の跡を継いで弁護士になると言っていて、私はちょっと鼻につくやつだなと思った。
それに比べると私を気にいってくれた葉枯は史学科で将来の展望も地味ではあったけど、よく食べるしよく笑うし一番好感がもてた。
私は多加子のおせっかいに少し感謝して、彼女のメールを開いた。
内容は葉枯にメールアドレスを教えたからメールがくるかもしれないということと
Wデートの約束で、日にちは来月あたりと漠然としていて特に観たい映画があるわけでなく映画が妥当かな?というような感じだった。
追伸に今回のデートのことはあの4人には言わないで欲しいということだった。
なんでも、あの4人のお嬢様は彼らがいくらいいとこの大学生といっても彼女らより経済的レベルが低く、あの日もトイレで文句を言っていたそうなのだ。
私はおつきあいするのにお金持ちじゃなくちゃというのはないけれど、そういうことを意識している多加子でも充分すぎる相手だったというのに。
そう思うとそんな女がうじゃうじゃいる自分の大学にうんざりした。
まぁ多加子は弁護士家系の家崎にまずは満足だがあの4人に取り入ろうとしている手前
おおっぴらに喜んで連絡を取り合っているとなるのはまずいというとこだろう。
"wonderland-s.univ@〜"ワンダーランド ドットS大というアドレスは自分の大学を皮肉っていてなかなか言い得て妙だ。
といつも妙に納得させられてしまう緋呂子からのメールを最後に開いた。
緋呂子は私がハンドルネームMOON(月)で参加してたチャットルームで知り合った子で、
偶然にも同じ大学に在学してる同学年ということで個人的に仲良くなり、直接メールのやり取りをするまでになった。
同じ外部出身組ということと志望動機という点で共通していた。
私も彼女も英文科を卒業した後は観光関係の仕事につきたいと思っていた。
多くある大学の中からここを選んだのは、観光学の権威の老教授がここの専任で授業をしているからだった。
ただ残念なことに私たちが入学した年から心臓を患って教壇に立つことが難しくなり退任してしまった。
それで緋呂子とふたりでメールで嘆きあっていたりする。
私は共感する部分が多い彼女と学内やプライベートでも友達になって喋りたいと思ったが彼女は乗り気ではなかった。
それどころか『きっと会ったらあなたは私に好感を持たなくなってしまうでしょう。だからメールだけの友達でいましょう』と、
断固として拒否なのだ。
私は彼女がとても太っていたり、不細工であったりすることを気にしているのかと、それなら気にすることないと言いたかったが
ふれて欲しくないみたいだったからふれないでいた。
ただいつか気が変わったら話しかけてきてくれたらと思ったので本名を書いておいた。
私はパソコンの電源を切り、ベッドに仰向けになった。
古くて子供の時から変わらない天井には傷やシミがついていてけっこう味があって私は好きだ。
じーっと見てると木目とシミがうまくあわさって誰かの顔に見えてきたりする。
それは私を可愛がってくれた死んだおばあちゃんだったり、小さい頃引っ越した友達だったりした。
ふと天井の模様のひとつが高校3年の時仲が良かった井上愛に見えた。
私は手帳の中のフォルダーから卒業する時愛からもらった手作りの名刺を取り出した。
「大学入学したらパソコン買ってもらえるんでしょ。そしたらメールやろうよ。」と言ってくれた名刺のことをすっかり忘れていた。
大学に慣れることに頭がいっぱいだったとは言え、かなり遅くなってしまった。
"aiueo-neil@〜"というのがいかにも愛 らしくてよかった。
「あたしの名前ってさ、ひらがなで書くと『あいうえお』思い出しちゃうのよね」と言っていたから。
私はもう一度電源をつけて、愛にメールを書いた。
追伸として近いうち都合が良かったら会おうよ。近況でも喋りあおうとつけたした。