『それぞれのそれぞれ』
8
大通りから細い路地をいくつも曲がるたびに、どんどんさびれていく。
ホストクラブなんかの派手な看板もない。
どこか隠れたひっそりとした感じだった。
よそ見をしてたら宇津見が消えた。
あわてて彼が消えた方角を見ると、建物があって地下階段があってそこが明るく照らし出されている。
階段を降りきって左に曲がって消えていく宇津見の横顔があった。
私はあわてて階段を降りた。
重そうな扉の向こうは薄暗かった。
「暗いからはぐれないで」
宇津見に手をひかれて歩く。
ソファー席のひとつひとつにぽぉーっとかすかな明るさがある。
抱き合ったり、キスしたりしてる姿がかすかな灯りの中にちらちらっと見える。
おそらくは客とホスト。
でも、どこか違和感を感じるのは男のささやき声は聞こえても、女の嬌声は聞こえないこと。
異様な雰囲気に気がついた時宇津見が声を出した。
「紹介するよ」
ダークレッドのソファにゆったりと腰をかけた長身そうな30代にみえる男が目の前にいた。
はだけたブラウスの胸元からはどこかで見た銀板付きのシルバーチェーン。
「僕はこの彼とつきあってる。君の知りたがっていた彼の恋人は僕だよ」男は言いながら宇津見を抱き寄せると唇にキスをした。
宇津見は女の子が恥らうようなしぐさで男の胸を押すとつと顔をあげて、
「そういうことだから。本当は君をここに連れてくるのは本意じゃんかったけど、
『ノーマルな知り合いに僕を紹介してみろ』って彼から言われたこともあって、君の希望でもあるしいい機会だと思って」
宇津見は恋人である男の顔色をうかがうようにちらちらと見ながら、おずおずと言った。
恋人は満足気に私を見た。
「彼はホモだ。ゲイだ。そして僕のかわいい恋人だ。
今は君が知ってるだけでいいけど、僕としては彼の知り合いすべてに紹介して欲しい気持ちなんだよ」
宇津見が恋人の前で「いやだよぉ」と甘える。
「こいつはね、美晴は男を好きになってしまう自分をまだ恥らっているんだよ。
物心ついた時から分かっていたはずなのにね。それから僕に触れられただけでこんなに硬くしてるのに」と恋人は宇津見の下半身に触れる。
触れられた方は身をよじらす。
「男同士だっていいだろう?僕たちは愛しあっているんだから」
恋人は宇津見を痛がるほど強く抱きしめた。
抱きしめられてその目は恍惚としていた。
私はその場に立ちつくすしかなかった。
「さようなら」私はよろめきながら再び重い扉を開けた。後ろから声だけが追いかける。
「僕に言いたいことはないの?」
約束通り翌日、日曜日多加子たちと4人でフランス映画を観にいった。
ありふれた男女のカップルの出会いと別れの中で心が変わっていく様を
主人公を取り巻く友人が当人たちとは正反対の陽気さで見守っていくというコメディタッチのストーリーだった。
途中恋人同士がベットシーンで男が女を抱き寄せ唇にキスをした時、
私の頭の中には昨日の二人のキスシーンが浮かんできて
寒気がした。
映画が終わり、席を立つと葉枯は私の飲み終わったドリンクのカップを持ってくれ、私を前に歩かせるように通路をゆずった。
「あ、ありがとう」
「当然っ」嫌味のない言い方で葉枯はにっこり笑った。
私も思わず顔がほころんで笑顔になってしまった。
今日の葉枯はとてもラフな格好だった。それにも好感がもてた。
私もあわせたわけではないけど、ラフな格好をしていた。
これから仲良くしていくのにいつも気合のはいった格好では疲れてしまうし、葉枯には自分らしい自分で接したかった。
映画館を出ると家崎に案内されて女の子が喜びそうな喫茶店に入り、
おのおのが好きな飲み物を注文した。
コーヒーを飲みながら家崎は多加子の服装や持ち物をひたすら褒めた。
私は映画の感想なんかを言い合うのかと思っていたのに。
葉枯がそっと私の耳に顔を近づけた。
「家崎の悪い癖がはじまった」
かすかな声で言うと少し笑いながらコーヒーをすすった。
「多加子さんの服装にはセンスを感じるよ。名門のお嬢様大学と名高いS女子大の学生と少しもひけをとらない。
まるで中・高とS女子大付属で学んできた人かのようだね」
家崎は自分のセリフによってるかのようにとうとうと喋りたてた。
多加子はそんなことはないと否定しつつも満更じゃないようだ。
今日も時計からワンピース、バックにいたるまでブランドものでかためている。
コーヒーカップ持つ指先の動きひとつにも神経を使ってるようにみえた。
と、急に葉枯が立ち上がった。
「家崎悪い、俺ちょっと用を思い出したんだ。月絵さんにつきあってもらってここで解散してもいいかな。」
「え?」
「あ、そうなの。それじゃあ多加子さんと僕はここでもう少しゆっくりすることにするよ」
聞いてないそんな話。
カラン
家崎と多加子を残して喫茶店をあとにする葉枯の真意が分からない。
用を思い出したって?
「葉枯さん・・・」
「あいつにちょっと協力」
「ああ、そういうこと・・・」
「家崎、多加子さんのこと口説いちゃうよね。そして彼女は必ず落ちる」
「落ちるって・・・」
「嫌な言い方に聞こえたよね。家崎の恋愛のやり方もどうかと思うけど、
俺は男友達のそういうことにどうこう口出しする気はないからね」
「・・・」
「それに相手もそういう人でしょ。相手が月絵さんのような人なら家崎に内緒で
『気をつけた方がいいよ』って耳打ちするかもしれないけどね」
「・・・葉枯さん。分かってるとは思いますけど、私と多加子は友達ですよ」私は言葉尻に力をこめた。
「そうかな。月絵さんはそう思っていても多加子さんは案外心の中ではどう思ってるか分からないよ。
俺はそういう気がするな」
「・・・」
「俺たちはどうしようか、これから。かわいい雑貨の店があるんだけどいかない?」
どこか楽しげな葉枯に対して私は気分を害していた。
今日はこのままふたりでいたくないと思った。
私はそれを正直に告げ、ひとりで電車に乗った。
その夜葉枯からメールが入っていた。
『今日のことまだ怒っていますか?
あなたの気持ちに対する配慮がなかったと反省しています。
ただ俺は多加子さんがいい友達とは思えない。
こんなことを書いたらまた月絵さんに嫌われてしまいますね。
よかったらまた会ってくれませんか? 葉枯』