『見えるもの見えないもの』
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「ミミぃー。シンー。早く支度しなさぁーい。」
結婚5年目に産んだシンがこの春小学3年生になり、妹のミミも
同じ公立の小学校に入学した。
週に1回、ミミの時に幼稚園で知り合ってから仲良くしてる
リリママとランチをするのが最近の歩美の楽しみになっている。
今日がその日で、歩美はリリママがおかずを拵えてくるのを
ご飯と味噌汁を用意して部屋を片付けて待っていればいい。
幼稚園からのクセでお互いを『リリママ』『ミミママ』と呼んでいる。
リリママの名前は聞いたような気もしたが歩美はあだ名に慣れて
忘れていた。
多分リリママの方もそうだろう。
「ミミちゃん学校楽しいって?」
「うん。幼稚園の時より人数が多いでしょう。
楽しいみたいよ。」
「リリもミミちゃんと同じクラスにしてもらって嬉しいみたい」
歩美はリリママの作ってきたから揚げをよく噛んで目をまるくした。
「これ、おいしい。どこの唐揚げ粉?」
「唐揚げ粉はふつーなのぉ。隠し味がしてあるんだぁ」
リリママはあとでレシピ書くねーと鼻をふくらませた。
玉子焼きもアスパラガスのベーコン巻きもみんな美味しい。
来週は逆当番で歩美がおかずを作ることになっている。
毎週交互で、歩美の日は和食が多い。
リリママは和食がうまくできないから喜んでいた。
「あたしそろそろパートしようかなと思ってるんだ」
リリママが味噌汁をすすりながら言った。
「パートかぁ、あたしは家事も育児も仕事もなんて
自信ないなぁ」
「でも息が詰まらない?」
「まぁね。でも真之が家事分担してくれるとは思えないし」
そんな話をしていた2週間後、隣り駅のコンビニでリリママは
朝9時から昼2時までのパートが決まった。
歩美は週1回のリリママとのランチがなくなったことにショックをうけた。
慌しく子供を送り出して、洗濯機をまわしながら朝食で汚れた食器を洗い、
下2部屋上4部屋に掃除機をかけ終わると奥様むけのTVをつける。
スキャンダルがなく、『実生活夫婦円満』と顔に書いてあるような
朝から元気な男女の司会者がゲストをまじえてお話している。
女の司会者は以前この10時からはじまる番組に間に合うように
子供達に朝ごはんを作りお弁当を持たせて、洗濯を済ませてから出てくると笑顔で言っていた。
その女性にはぴったりのイメージで、歩美自身に子供がいない頃は信じていたけど
今は半分嘘じゃないかと思っている。
授業が終わってもシンとミミはほとんどの日は5時まで家には帰ってこない。
帰ってきたとしても、ランドセルをほうりだしておやつも食べずに友達と外に飛び出してしまう。
使わなくなったクッキー型やハンドミキサーなどのお菓子作りの道具の入った引き出しを見てため息をつく。
小学校にあがって間もない頃「ユイちゃんちで『ハムっこ』のビスケット食べた。あたしもそういうのがいい」
とミミが言った。
小学校にあがってすぐ友達になった、親が共働きで鍵っこのユイちゃん
のうちで食べたビスケットは
TVアニメのハムスターのキャラクターがパッケージ描いてあり、おまけにシールが入っていたりするものだった。
そういうおやつをミミに買い与えたことがなかったのは
歩美が添加物などを気にしたからではない。
親の愛情という気持ちの裏に歩美自身のお菓子作りという楽しみのためというのがあった。
ミミに市販のお菓子を催促された時歩美は軽く動揺した。
ああもうすぐリリママがパートをはじめてひとつきになる、と6月のカレンダーを丁寧に破りながら歩美は思った。
そんな蒸し暑くじめじめする午後にリリママからの電話が鳴った。
「明日休みにしてもらったんだ。ランチしようよ」
「本当?それならあたしがおかず作るわね」
「12時頃行けばいいかな」
「いいよ。いいよ」
受話器を置いたあと歩美は冷蔵庫の中身をチェックして
足りないものをメモした。