『見えるもの見えないもの』
6
はじめての浮気
平日のオフィス街、12時昼休みに『そば懐石 庵』で待ち合わせ。
全部shuが考えてくれた。
主婦の出掛けやすい平日、小学生の帰宅時間に間に合う時間、自宅からそう遠くないが
顔見知りの主婦に会わないオフィス街。
歩美はTVドラマの浮気妻のようにだんなに疑われるほどソワソワしたり
その日の朝ばかり化粧が濃くなったりもしなかった。
いつものように朝食を並べて、シンとミミのランドセルの中身を調べてやり
真之のでかける時間を気にしてやる。
現実の浮気妻は案外こうなのではないかと歩美は思った。
慌しく子供たちと真之を送り出し、洗濯や掃除を済ませるとお茶を淹れて一息つく。
11時
胸がドキドキと鳴る。
期待に胸が踊っているわけではない。
背筋が寒く、ぞっとするような感じに近い。
歩美はいつもより少しこぎれいな服を選んだ。
懐かしい友人と近所のレストランでランチをするような
着古した感じでもない、張り切った感じでもない格好がいいと思った。
なんとなく後ろめたい気持ちで駅の改札をくぐり、30分電車に乗ってshuの働くオフィスのある駅に着いた。
待ち合わせの店に着くと、少し遅れてshuが来た。
歩美は予約されていた畳の席に座りながら入り口の方ばかり見ていた。
「すみません、午前中の仕事が長引いてしまって」
ダークグレーのスーツに爽やかなブルーのシャツ、濃紺に白いチェックのネクタイがよく似合う
目の大きい2枚目半の好青年という印象をうけた。
「いいえ、座っていたからあんまり待ったという気がしません」
「ここオフィス街でしょう。ちょっといい店にして予約を取るのが一番なんですよ」
「そういえば来る途中、和食でもイタリアンでも並んでました」
昼休みの1時間しかないのに並ぶ時間を取られてはゆっくり話もできない
童顔で真面目そうな顔のshuはいがいとこういうことが多いのかもしれないと歩美は思った。
結局その1時間で2000円のそば懐石を食べながら、shuの仕事の話を聞き
歩美はだんなの愚痴を聞いてもらい
会計はshuが持ち、駅まで送られた。
「今度は仕事のあと飯でも食おうよ」
別れ際にshuが耳元で囁いた。
歩美は1時間ほど前のことを考えながら駅のホームに立っていた。
メールだけの時と少し印象は違ったけど、悪くはなかった。
また会ってゆっくり夕食を食べたり、飲みに行ったりしてたくさんお喋りをする相手には調度いいように思った。
でも、それだけで済まないことも分かっていた。
この先に進めば、リリママに自慢できるような高価なプレゼントがもらえる日も遠くないだろう。
でもその代償は大きい。
「歩美さん」
電車がホームに入ってこようとした時、後ろから声をかけられた。
すーっと背筋が寒くなるような気持ちを感じながら振り向く。
そこにいたのはクリーム色のパンツスーツをすっきりと着こなした
真之の姉の真衣子だった。
「お、おねえさん」
「ちょっと本社に書類を届けにきた帰りなの」
「そうですか」
歩美は真衣子の勤める事務機器の販売店の本社がこの駅にあることを忘れていた。
「歩美さんを見かけてホームまであがってきたの」
「え・・」
「ちょっとお茶でもしながらお話しない?切符代はあたしが弁償するから」
真衣子は柔らかい笑顔だったが歩美の胸は大きく鳴っていた。