『年が明ける頃』

「修く〜ん、棚の上のダンボールとってよ」
返事がない。
「修く〜ん」
あきっぱなしの玄関から勢いのいい水しぶきの音がする。
もういつまで洗車ばっかりやってるのよ、
冴子はしょうがないなぁと思いながらも少しむくれて玄関から顔を出した。
「もぉ、何時間かかってるのよ・・」
言いかけて言葉を飲み込んだ。
「あぁ、寒かったろう。玄関あけっぱなしでごめんな、
あと網戸一枚洗っちゃうから」
年末の外の空気は冷たい。
ちょっと顔を出しただけで頬が冷たくなる。
「あ〜寒いのにごめんね」
「いつもデスクワークで体なまってるからたまにはいいよ」
修治はいまにもくしゃみしそうな変な顔で応えた。
「きりのいいところで台所おいでよ。コーヒー入れる」
冴子はそう行って家の中にひき返した。


修治と結婚してから3度目の正月を迎える。
毎年29日は大掃除の日と決めていた。
子供はない。
まだ冴子と出会う前、修治は大学生だった頃大きな病気をして
子供をもてない体になった。
その後修治の勤める銀行の社員と冴子の勤める文房具を扱う会社の社員での合コンで知り合い、
修治の体のことも承知で結婚した。
病気事態は完治していて、子作り以外には何の支障もなかった。


「冴子ぉ〜ハンコ持ってきてくれー」
玄関から修治の顔がのぞいて大きなトラックのおしりが見える。
「はいはい」
今年もデパートからおせち料理が届いた。
これも結婚してから毎年恒例だ。
和洋中の3段重。
有名な料理人の力作で、3が日食べても飽きない。
もっとも大晦日と元日で大半を好評のうちに食べ終えてしまうのだけど。


「ふぅ〜寒かった」 「あーお疲れぇ。こっちも台所だいぶきれいになったよ」
ドリップしておいたコーヒーをふたつのカップにそそぐ。
「あぁこれポストに入ってたんだけど、川島『喪中』らしいよ」
「え、そうなの?遠い親戚かなんかかなぁ。聞いてなかったもんねぇ」
「だよなぁ」
「でもどうせ毎年大晦日には遊びに来るから年賀状出してないから
問題ないけどね。それ分かっててなんではがきくれたんだろう。」
首をかしげる冴子にコーヒーをすすりながら修治は
「そういうもんなんじゃない?」とだけ言った。


「俺、ちょっとたばこ買ってくる」
「いってらっしゃい」
『喪中』のはがきをラックにしまおうとして、はじのボールペン書きの文字に目がいった。
『そういうわけなんで今年は正月のイベントには参加できません』
「わぁ残念・・」
毎年修治の会社の同期で気のあう男と冴子の会社の同期で気のあう女の子、
それからそれぞれの恋人や夫や妻も含めて毎年十数人が大晦日から元日の昼間まで集まって騒ぐのが恒例で、
恋人が変わったり、別れていなくなったりして顔ぶれが多少変わることは珍しくなかったが
今回の川島のようにお互いの同期がひとりでもこないのははじめてで、
ちょっとがっかりした。
帰ってきた修治にそのことを告げると、 「喪中じゃしかたないけど、正月ってことにこだわらず
来てくれればいいのにな」
と煙草をふかしながら言った。



大晦日。
5時を過ぎると町ゆく人がみんな足早にみえる。
それぞれがそれぞれゆくべきところへむかって急いでいる。
ピンポーン
チャイムが鳴って玄関に出てみると同期の清絵と由香とその隣りに背の高い男の人。
「話はしてたけど、会うのははじめてだよね。冴子」
「クリスマスのちょっと前に知り合ったっていう彼氏でしょ」
冴子ははしゃいで言った。
こういう新しい顔ぶれも嬉しい。
それから修治の同期や恋人たちが続々と入ってきて、リビングダイニングも7畳半の洋室もいっぱいになった。
「相変わらず狭いぞー!」と柴山が遠慮のない声をはりあげた。
「お前の4畳一間のワンルームよかマシだ」と修治も負けずに言い返す。
途端に笑い声が広がった。


ビールやワインでオードブルを適当にみんなでつついた後、
ちゃんと冴子がかつおぶしから出汁をとった天ぷらそばをふるまう。
これが毎年好評で、修治も鼻が高い。
除夜の鐘を聞き神妙に新年の挨拶をするもの、ふざけてする者、もうすでに泥酔してあたり構わず絡んでるやつ。
てんでんばらばらでどうしようもない。
でもこれが楽しい我が家らしい年の越し方なんだと冴子も修治も思っている。
オードブルからおせち料理に切り替えようと冴子が清絵に手伝いをたのむとうかない顔でついてきた。
「どうしたの?飲みすぎた?」
冴子が心配して聞くと、清絵は首を横にふった。
「ねぇ、あの人ほら修治さんの友達で・・」
「あぁ川島さん?喪中だから来ないんだって」
冴子が言うと清絵はがっかりした顔を見せた。
それから顔だけ笑顔になって、
「あたしあの人目当てに毎年参加してたとこあったんだけどな」とだけ言った。
「知らなかったぁ」と冴子は驚いた。

つづく
(ミニ小説なのに続いてごめんなさい)