『非常識の中の彼女の幸せ(後編)』
「店長会の飲み会っておもしろいの?」
「まぁおいしい料理食べて、キレイなお姉さんとお喋りするくらいかなぁ。」
竹耶とワイン片手にチーズをつまみながら他愛のない会話。
店に出てる時間の次に幸せな時間。多忙な中で隙間のような時間を縫って会うから強いリラックスを感じる。
「そぉいえば今日銀座のお店でね、楽しい子がいたのよ。お喋りが上手
な子でね。」
「へぇ」
「今まで2次会の銀座のクラブってすごい退屈な時間だったんだけど、
今回はあの子がいたからだいぶ楽しかったなぁ。」
ホステスなんて一流のところはどうだか知らないけど、『柊』のような2流どころは女の子も顔とスタイルがいいだけでろくなのがいない。
男にこびを売って、客を楽しませるより自分が楽しもうとしてるような子が多い。
よくお笑い芸人がホステスに「なんかおもしろいことやって!」って言われてそれってなんかおかしくないか?ってテレビで言ってるけど分かるなぁと思う。
「でもさ、その子帰る頃になってカミングアウトしてくれたんだけど、バイセクシャルなんだって。まぁいわゆる男も女もどっちもってことよね。」
「キオコ気にいられちゃったんじゃない?それで他の男ほっといてキオコにべったりだったんだよ。」
「私そおゆう趣味ないから困っちゃったけど、膝に手のせてきたりしたのよ。
その子ったら」
「え?それってこんな感じ?」竹耶がふざけて私のむきだしの膝に手をすべらせてきてその細くて長い指は更にスカートの中へと伸びて、私は竹耶の指の行く先に神経がいってしまって頭がぼうっとなった。
竹耶との恋人関係はそう長続きしないとは思っていたけれど、その終わりの日はその夜から3ヶ月しないうちにきた。
理由は月並みで「好きな子ができた」だった。
終わってしまうのは悲しかったけど、二股かけられて体の関係だけ続いているよりは少しましな気がした。
私が思い切り大人ぶって「残念だわ。また新しい若い子探そうかな?」と言うと、竹耶は張り詰めていた緊張がほぐれたみたいにほっとした顔になって、
「俺の友達紹介しよっか?若くて元気いいのいるよぉ」と少しおどけてみせた。
そして別れ際に「正直、キオコさん俺にマジになってきちゃったみたいだから
あせってたんだよぉ。俺すんごく年上の女とつきあってみたかっただけだからさぁ。だけど、良かったぁやっぱりキオコさんて大人だわ。」
「当たり前でしょう。ガキがなにいってんのよ。」
「だよねぇ、俺ちょっと男があがっちゃったかなぁ。キオコさんのおかげだよぉ。まじで感謝。」
竹耶があと一言でも多く喋ったら私は泣くかひっぱたくかしてしまいそうだった。
だけど、私は物分りのいい大人のふりを竹耶の前で最後までし続けることができた。竹耶が見えなくなったあと一筋だけ頬に涙がつたった。
冬がきてクリスマス商戦になり、メガネショップといえどNYの輸入フレームを扱ううちの会社ではクリスマスギフトとしてもサングラスや度なしのおしゃれ用のフレームがたくさん売れる。稼ぎ時だ。
店の仕事も本社へ出向くことも多くなり、帰途につく頃には毎晩くたくただった。
竹耶のいない淋しさを埋めるにはちょうど良かったが、家のことはほとんど手につかなくなってしまった。あまえて家事をしてくれる竹耶もいない。
その後クリスマス商戦、年明け、バレンタイン、ホワイトデーと副店長はじめスタッフと冬期を去年にもました好成績で乗り越えると私は大幅に昇給し、横浜支店の店舗面積拡大に伴ってスタッフ増員が決まった。
当然店長である私の仕事は増えた。大変だけどやりがいのある毎日だった。
たまのオフには1日中寝ていたい。本を読んだり、音楽を聴いたり、テレビを見て過ごしたい。
だけど、たまった洗濯物と部屋の掃除をしなくちゃならない。
ベットの毛布もほさなきゃいけない。
腐りかけた野菜庫のトマトを息をつめてビニール袋に葬りながら思う。
『私、男だったら良かったのに・・・』
家庭をかえりみる時間が少なくて妻に淋しい思いをさせてしまうかもしれない
けど、高収入だし外見も悪くない。
私みたいな女だったらそれこそ離婚するのも時間の問題だと思うけど、家庭的な女性とだったらうまくいくかもしれない。
世の中3食昼寝付きで専業主婦になりたい女もたくさんいるのだ。
主婦になりたくてもなれない女もいる・・・
主婦になりたくてもなれない女・・・
私は銀座のクラブ『柊』のホステス ハルナのことを思い出した。
あの夜竹耶と笑いのネタにしたあのバイセクシャルのホステスだ。
本当か嘘か彼女は私に自分の過去を少しだけ語ってくれた。
田舎で小さなスナックを経営していた母親の手一つで育てられ、母親の元を出入りする男達の噂でいじめにあい、悪い仲間とつきあうようになったこと。
中学生時代に3度もの中絶で医者から子宮に負担がかかりすぎて今度妊娠したら母体まで危ないと言われたこと。
それで自分の母親とは逆のちゃんと家庭を作り主婦になり子供を育てたいという気持ちが目覚めたが同時にそれが叶わぬ夢に終わってしまったこと。
「私、バイだから女の人でもいいんだ。誰かハルナのこと奥さんにしてくれないかな。」
その時は他人ごとに思っていたし、大して気にも留めていなかった。でも今、頭の中であの時もらったハルナの名刺のありかを思い出そうとしていた。
早咲きの桜があちこちで花びらをつけはじめた朝
私は昼近くまでゆっくりと寝て起きた。
仕事のないオフの日。キッチンにいくと豆からひいたいい香りのコーヒーが今まさに注がれたところで、白くて丸いお皿にはいい色にやけたトーストと黄身が薄い膜の下でとろとろに溶けてる目玉焼きにレタスとミニトマトのサラダ。
ご丁寧に100%のオレンジジュースまである。
ハルナがきてから1週間が経つ。今日がはじめてのオフの日だ。
ホステス時代にもらったブランドもののハデすぎるアクセサリーやカバンは全部質屋に出し、初日は必要最低限の所有物を旅行用のトランクに入れてTシャツとシマロンのジーパンに流行りのベルトをしめてきた。
ふわふわした栗色の髪の毛はカラーゴムで1本にしばり、薄めのメイクをした彼女はあの夜の彼女とは別人にみえた。
それから彼女は新妻のようにかいがいしく私の身の回りのことをしてくれ、ちょっとしたコーディネイトで部屋の雰囲気を清潔で明るいものにし、それを清潔なまま保つため日々忙しく働いていてくれたようだ。
仕事の関係でどうしても外食する日もあったけど、家で食べる日はなるべく栄養価を考えたような献立てにしてくれ、野菜の切り方もそれぞれにみあった切り方で見栄えもよく、もちろん味も良かった。
あの日名刺のありかを思い出したあと、思いつきだけで『柊』に電話してしまい、電話口で「ねぇ、もしこの間私に言ったことが本気だったら私の奥さんやってみない?住み込みの家政婦が欲しいの。」と言ってみた。
今思えば言った私も変わってるけど、こうやってホステスまでやめて住み込みでここにすぐ来てしまったハルナもだいぶ変わっている。
利害関係の一致というのだろうか・・・。
ここにいるハルナは少し古風な日本女性という感じで、所帯主の私をたてるし、不必要なことは喋らない。
疲れて帰ってきてこっちの気持ちも考えずベラベラやられたのでは気が休まらない。
まるで私は世の中の夫たちみたいだ。
新聞読みながら食事をするなんて失礼なことはしないけど、仕事のトラブルは家に持ち込まない、職場の同僚や百貨店のスタッフ仲間とお喋りはしても家では必要なことを喋るだけ。
はじめの頃こそ興味があったり気をつかったりで会話もあったけど、半年も経つとそんなことも薄れてきた。
それでもハルナは不満を言わない。
利昭との結婚生活の中では新婚生活も終わり2年目に突入したあたりでそういう状態になった。今の私はそのときの利昭に似ている。
「男の人はいいわよね。結婚したら母親の変わりが妻になるだけですもんね。
仕事も生活も変わらない。疲れて帰ってくるのは分かるけど、私はあなたのお母さんでも家政婦でもない。こんなふうにほっとかれたらなんのためにあなたの帰りを待っているのか分からないじゃない。」そんなことを言ったことがある。
ハルナもそう思ってるんだろうか・・・?でも私ははじめから家政婦を求めてると言った。ハルナは主婦のマネごとがしたくて私のところに来たのだから不満に感じるはずがないか。
少なくとも私にとっては最高の日々が続いた。これで仕事が一段落したら恋人でも作ろうかと思ったりしていた。
竹耶にふられた時は悔しかったけど、再婚して主婦になる気もない女に竹耶が本気にならなくて良かったと今は思う。
だからまた到底結婚には結びつきそうもない20歳そこそこの若い男の子を恋人にするのがいいかなと思った。
そんなことを思っていたときすっかり口数の少なくなったハルナがいつものように手の込んだ夕食を前に並べたあと珍しく口を開いた。
「キオコ・・・。今夜ハルナを抱いて。」
私は取りかけた箸をあやうく落とすところだった。
「何言って・・・」
「私、ちゃんとキオコのお嫁さんになりたい。キオコが嫌なら1度でいいの。それで子供をもって育てていきたいの。」ハルナはいつになく真剣だった。
「私は・・・私はそういう趣味はないのよ。ハルナ分かってるじゃないそんなこと。」
「分かってるつもだったけど、一緒に暮らしてるうちにどんどん好きになっていってしまったのよ。それに主婦やっていたら子供も欲しくなっちゃったし、
キオコと私で家庭作って・・・それで私の願いが叶うの。」
「私がハルナを抱いたって子供なんかできないわ。分かってるでしょ。」
「施設で親のない子をもらうつもりなの。もうだいたいどの子にするか決まってるんだ。だけど、キオコとの間にできた子だと思いたいの。」
「何勝手なこと言って・・・」
突然のハルナの提案に私は戸惑っていた。戸惑っていたのだ。
抱く抱かないは別にしても養女をもらうことについて・・・。
勝手にそこまで手配しているハルナに腹が立ち、そんなふうにするつもりはないとつっぱねるのが本当だと思った。
でもそれをつっぱねない自分がいる。
それもいいかもしれないと思ってる自分が・・・。
当然のことながら専業主婦のマネごとをやってるハルナに収入はない、ハルナは主婦としても完璧に近い。
ハルナとの生活に満足しているし、養女をもらっても(いくつの子か知らないが)それを養っていくだけの収入はある。
常識で考えたらバカげているかもしれないがそれもお互いがいいと感じるならいいんじゃないかと思う。
老後子供も孫もおらず独りでいるのは淋しいかもしれない。
利昭と結婚していた頃もよく考えていた。
子供は欲しいけど、産むのも育てるのも私の性格じゃやっていく自信がない。
でも子供も孫もいない老後は淋しいんじゃないかと。
もしかしてこのハルナの提案は常識はずれではあるけれど、私が一番望んでいた生活かもしれない。
私はハルナに考える時間が欲しいと言った。
結果数日後に出した私の答えはハルナを抱くことはノー、養女をふたりの子供としてもらうのはイエスと。
ハルナはしばらく考えるような顔をして「じゃあ、おでこにでいいからキスして」とねだった。
それで納得するなら・・・と私はハルナのおでこにキスをした。
続編に続く