『4作目の続編』
「じゃ、お先です。高柳くんあとはお願いね。」
今日早あがりな私は副店長の高柳と以下スタッフに任せて店をあとにし、ジュエリーショップと時計専門店のテナントの間の社員専用エレベーターに続く廊下を足早に歩いた。
しばらくしてエレベーターに乗るとすぐ下の階で止まり、ドアがひらいた。「あ、キオコさんじゃないですかぁ。今日ハヤですかぁ?」
アジアン雑貨店の一般スタッフのサキがシルバーの細いブレスレットやゴツイ指輪をいくつもつけて乗り込んできた。
愛用のゴルチェの香水がキツくない程度に箱の中にただよった。
「キオコさん今日飲んで帰りません?こないだおごってもらったからお礼しますよ。西口の百貨店ちょっとこえたところにいいお店みつけたんですよ。」
サキはここの百貨店の雑貨屋にバイトできた頃昼休みたまたま近くのカフェで会計時が一緒になった時お財布をなくしたことに気づき困っていたのを後ろで待っていた私が代わりに払ってあげた時から私に慕ってくるようになった。それからからまだ3ヶ月くらいだけど、たまに飲みに連れてってはおごったりしていた。
サキは私より4つほど年下で、フリーターで収入も少ないけどおごられてばかりいて平気な顔をしている図々しいタイプの子ではなかった。
東北から出てきていて専門学校から横浜でひとり暮らしをしているらしい。
それがあってか実家から送ってきた(買ったら安くはなさそうな)クニの名産品を何度かもらったこともあるし、こうやって自分からおごるから飲もうよと誘ってくることもある。
利昭と別れて横浜に戻って来、さらにあっけなく竹耶という心を許せる存在が消えて久しぶりに心を許してつきあえる女友達ができたというところだった。
かつての独身時代の友達は私が大阪で結婚生活をしていた5年間の間にひとりまたひとりと結婚して行き、地方各地に行ってしまった。
男は家を継いだり仕事の関係もあって独身時代の地からそう遠く離れないことも多いが女は違う。
一緒に買い物にでかけたり、カラオケなどの遊びをする女友達はそれでも何人か残っていたが、離婚したばっかりで少々荒れてたり、「仕事、仕事」とやっきになっていた頃にみんな失ってしまった。
気軽にバカ騒ぎするにはいい女友達だったが、自分の気持ちを察して親身になってくれる女友達ではなかった。
それを忘れて買い物したあとの食事のときに、5年もブランクがあったのに勘を取り戻すのに時間がかからなかったことや職場での手柄話、武勇伝を語ることが多くなった私に彼女らはあっさり
「なんかキオコいかにも私はキャリアウーマンですって感じじゃない?自慢話もいいけどさぁ、なんかキオコつまんなくなったよねぇ。
仕事なんて結婚するまでの腰掛けじゃなかったの?離婚してから考え方変わっちゃってない?」と言って私から離れていった。
その頃の私は別に自慢話がしたかったわけじゃない。
ブランクが5年もあいて社会復帰するのに自信がなかった。
だからちょっと職場で褒められたり、独身の頃と変わらない身のこなしで動けることが嬉しかっただけなのだ。
人に言うことによって喜びをかみしめたかったし、安心したかっただけなのだ。
小学校からの親友リサならきっと分かってくれたと思う。
だけど、リサは私が離婚する1年前に結婚して同時にアメリカに移住してしまった。
だんなとの不仲はリサにはかなり深く相談していたから、渡米する際も気にしてくれていた。
渡米してからは落ち着いたらパソコンでメールのやりとりをしようと約束していたけど、それは約束だけに終わった。
しかもまだ私が離婚する直前にきた手紙を最後にリサとの音信さえも不通になった。
それはリサのアメリカでの生活がいい方向にむいてないこと、それはうちのような夫婦仲の問題ではなくだんながアメリカで立ち上げた小さな事業がうまくいってないことが関係していて親友の私とさえ連絡をとることが難しくなるかもしれないという内容のものだった。
独身のあの頃と今とでは何もかもが変わった。
自分の気持ちも、自分を取り囲む環境さえも。
「サキちゃんごめんね。今日はちょっと用があって早く家に帰らなきゃいけ
ないの。きっとまた誘ってもらうわね。ごめんね。」
「はぁ〜い。」
サキはおおげさに片手をあげていい子の返事をした。
私はエレベーターを降りるとサキに「おつかれさま」と言い足早にマンションにむかった。
使いこんだエルメスのケリーバックの中の書店の紙袋を手触りで確認してマンションのエントランスにはいった。
今日はうちに小さな住人がひとり増えてる日だった。
ハルナが夕方施設に迎えにいくと言っていたからもうマンションにいるはず。
「ただいま」部屋に入るといつものようにキッチンからエプロン姿のハルナが迎えてくれる。でもいつもと違ったのは彼女の足元にまとわりついて小さな女の子がこっちを見ていたことだ。
「こんにちは。はじめまして」私は少しかがんで少女の目線にあわせた位置で声をかけた。
少女は少しびっくりしたように目をぱちくりさせていたけど、小さな口を開いて
「キオコおねーさん」と舌ったらずに言った。
もうそれが想像以上に可愛くって、少女への歓迎のプレゼントを絵本だけじゃなくもっと色々買ってくれば良かったと後悔したくらいだった。
その日は少女の口にあわせた甘いカレーを食べ、久しぶりにテレビのチャンネルをアニメにあわせ、うちのきてはじめてのお風呂にハルナが忙しく食後の後片付けをしているうちにいれてやり、自分が疲れているのも忘れて、自分がプレゼントした絵本を読んでやり少女を寝かしつけていたりした。
そんな私を見てハルナは嬉しそうににこにこしていた。
その夜、私は久しぶりにこの部屋でよくしゃべり、よく笑った。
戸籍上ハルナの養女としてこの家にやってきた少女ミナは二人の生活に潤いをもたらしてくれた。私はミナという幼い子供のいるこれからの生活に期待した。
戸籍上はどうであってもここでは私とハルナとの間の子供なのだ。
ミナはハルナの子供であると同時に私の子供でもあるのだ。
ミナはハルナが養女に小さい子供をもらおうと決めたときから、私に内緒でよく施設に足を運んでいたらしい。施設のスタッフから養母になることについての説明を受けたりして、もらうならあの子にしようとだいたいのめぼしをつけてキオコにきりだしたわけだ。
それで引き受けるまでの数週間の間も家事を早めに済ませ、施設に通うようにし、ミナと仲良しになっていったのである。
そのことは私も知っていた。
「私はミナちゃんのことをすごく気にいってしまったけど、ミナちゃんが私を
気にいってくれるか分からないから・・・。
だから正式に引き取るのはミナちゃんと私が仲良くなってからにしようと思うの。
生まれて来る時は親を選べないけど、せめて生まれた後には親を選ばせてあげたいなと思うの。彼女の気持ちを無視したような引き受け方はしたくないから。」
というのが理由だった。
「3年前の6月の梅雨の時期に生後間もない赤ちゃんで、あったかい毛布にくるまれて施設の入り口にいたんだって。それで6月の月暦水無月(みなづき)からとって水奈(みな)と名づけたんですって。ひきとる際に名前をかえても構わないと言われたんだけど今までミナと呼ばれて育ってきたのに変える必要はないと思ってうちでもミナと呼ぶことにしたけどいい?」
「かわいい名前ね。いいわよ。」私はハルナに優しい目をむけた。
それから私は3歳のミナのことがかわいくってしょうがなくて、仕事が終わると足は自分のマンションにすぐむかった。
私より1つ年下で副店長の高柳が「勢原さん、彼氏でもできたんですか?」と冷やかすほどだ。
うちの会社はメガネ屋に属するが輸入フレームを扱い、わりと奇抜なデザインが多いから流行に敏感なビジネスマンやお金に余裕のあるマダムが客層的に多い。だから自然と店をしきる店長や副店長も他の一般的なメガネ屋と比べると平均年齢がさがる。会社は常に新鮮さを求めている。
高柳は役つきの中では一番年下だ。店舗拡大の時に前の副店長が新宿店に栄転した後から横浜店の副店長としてソツなく動いてくれている、たのもしい相棒だ。
「キオコさんたらまたミナにおみやげ買ってきたぁ。」
嬉しそうにデパートの紙袋を差し出す私にハルナはなかば呆れて(でも今にも笑い出しそうな顔で)言った。
「もう、キオコさんたら孫をかわいがるおばあちゃんじゃないんだから。
そんなにしょっちゅうプレゼントされたらミナは自分の誕生日とそうじゃない日の区別がつかなくなっちゃうわ。」
なにげなく言ってハルナはハッとした。数秒遅れて私も気がついた。
ミナの本当の誕生日は誰も知らないことを。
施設の人も、私たちも・・・もちろんミナ自身も。
ミナの成長から逆算して6月1日で施設から一応の出生届けは出されていたが。
ミナがきてはじめての春、近くの幼稚園にミナを入学させた。
紺色のスカートに白い丸襟のブラウス、襟にホックでとめた赤いリボンがかわいらしい。
私はすかさずお休みをもらって入園式に出席したいとハルナにお願いしたが、お母さんは二人もいたら可笑しいという理由であえなく却下となった。
幼稚園に通うために使うはさみやのりなどの持ち物にマジックで夜な夜な名前を書いていたのも、手をふくようの大きなタオルにヒモをぬいつけていたのも、椅子にしくざぶとんを縫ったのも、キルティングのバックをミシンで縫ったのも私じゃなくてハルナなんだ。
楽しそうな時ばかりミナの親づらしてでしゃばっていく権利は私にはないのだ。
チュウリップをかたどった赤い名札の真ん中の四角く白いスペースにはミナのフルネームがひらがなで書かれていた。
『あさい みな』
それはまぎれもなくハルナ(浅井 春奈)の実の子供であることをあらわしているようにみえた。
私もハルナもどっちもミナの本当の親ではないけれど、間違いなくハルナはミナの母親になりつつあった。
それはミナの胸につけられたフルネームの書いた名札だけが物語ってるわけではない。
幼稚園に通いはじめるとハルナはミナのことでふりまわされるようになった。
早朝からせわしない。
私は百貨店勤務でだいたい店にでるのが11時だから朝起きるのも10時頃になる。
それに間にあうようにハルナは9時頃起きて朝食をこしらえてくれていたのが、今ではミナが幼稚園に間にあうようにハルナは6時に起き、ミナのお弁当をこしらえ、7時にミナを無理やり起こし食事をさせトイレにいかせ着替えさせる。
マンションにしては広い方だがバタバタしている音や慌ててしゃべる二人の声が聞こえる。時々ハルナが叱ってミナがぐずる声もする。
ミナはかわいいし、ハルナも主婦としてよくやってくれるけど、この生活には独り暮らしの気楽さはない。
こういう生活をしてみて世の中の夫連中の気持ちが分かってきた。
私は仕事で忙しいところにほんの遊び心でハルナを家政婦がわりに住まわせてみた。
ハルナが養女を望んだ時も子供がいれば自分の将来が淋しくなる心配もないと思った。
100%の満足なんてありえない。この生活に満足するのが妥当じゃないかと思った。
ミナのことはハルナにまかせておけばいい、子供がいるんだから多少の犠牲は仕方ない。当面の不都合は朝ゆっくり眠っていられないことくらいだもの。
私にとってハルナは妻のような存在。ハルナにとって私は夫のような存在。
だけど、ミナにとってハルナは母であっても私は父ではない。
幼いから収入のことや私とハルナの立場関係は知らないから、私のことは一緒に住んでる母と仲の良いおねぇさんくらいにしか思っていない。
子供は母親といる時間の方が長いから必然的に幼い子供は母親になつく。
月がたつにつれ、私のミナへの過剰な愛着は薄れていった。
つづく