『非常識の中の彼女の幸せ(前編)』
9月。季節は秋だけどまだ暑い日が続く、冷房の効いた百貨店から出ると外気のむうっとした空気がよけいに多く感じられる。
今夜は各支店の店長だけが集まる店長会議と称して3ヶ月に1度のただの飲み会の日だ。
社長としては親睦会くらいのつもりでいるのかもしれない。同じ会社の社員でも10店舗あれば交流もなければ知らない顔もいる。ただの社員でもそうなのに店長となれば店長どうしが同じ店に配属されることはない。せいぜい会うのは月1の本社での本当の会議の時くらいだ。
終わればみんな自分の持ち場に直行だ。
私ー勢原キオコ(いせはらきおこ)は東京に本社を持ち神奈川・東京・千葉に支店を持つ輸入メガネフレームを扱うNY−OPTICALの2番有力店横浜支店の店長を任せられていた。
10人の店長のうち私を含め3人が女性だが互いに表だってもめあうことはない。
ただ実力主義のうちの会社で店長と言っても油断はできない。任せられる支店の格でもらえる給料も立場も大幅にかわってくる。格下の支店に左遷になることもあるし格上の支店に栄転することもできる。
店長同士でも心をわってつきあえる人はいない。
会社で立場が上になるにつれその思いは強くなっていく。
立場が上になっていくことが原因?それは違うかもしれないそれはこれからさき誰と結婚することもなく一生ひとりで生きていくんだと決めたときからかもしれない。
間違いない。
私はいつもの渋谷の料理屋にむかうため東横線の乗り場に急いだが、まだ少し時間があるのを確認してうちの店舗が入ってるのとは別の百貨店に足をのばした。1階の若者を中心に人気が出てきた海外のブランドの店に細身の長身にダークグレーの今秋の新作を着こなした店員の後ろ姿があった。
シャツを手際よくたたみ直してる姿がずいぶんさまになってきた。
「竹耶(たけや)」
私はそっと近づいて秋物のセーターを物色するをふりをしながら真横の竹耶を呼んだ。
彼はちょっとびっくりしたように肩を上下させたがいつものことなのでおおげさに驚くこともせず、私の方にむき直った。
「今夜は渋谷で店長会ちょっと遅くなるけど、明日私オフだし泊まっていかない?」私はなるべく声をおとして言うと竹耶の大きい手に部屋のカギをにぎらせた。
竹耶がすぐスーツのポケットにカギをすべりこませて、私は無言でその場を立ち去り駅にむかった。
一般の9時5時勤務の会社員の帰りのラッシュが過ぎた午後7時台はもともとすいてる東横線がよけいすいてみえる。
自由が丘や代官山ではいかにも裕福そうなマダムやお嬢様ぜんとした人種が乗り降りしそうだが案外そうでもない。
付近大学に通う普通の学生や地方から仕事を探しに来てここに居着ついてしまったというような人も多い。
一戸建ての高級住宅街や億ションも多いが案外学生向けの安いアパートも多いのかもしれない。
そんなことを考えながら1時間もしないうちに渋谷駅に着いた。
竹耶は今年で三十路をむかえる私の10歳年下の恋人だ。
竹耶のいる店が少しだけガラスケースの中で扱っている皮製の小物が気にいって新しいデザインのものが入るとよく包んでもらっていた(もちろん購入していたという意味だが)。
6度めか7度めくらいだっただろうか3人いた店員のひとりが小物を包みながら小声で私にそっとささやいた。
「実はこれだけ僕がデザインしたんですよ。」
「え?」そういえばいつもと少し違うなと手にとったとき思った。
「俺も個人的にここの皮小物が好きで、この前輸入先のNYの工房にいった時
作らせてもらったんですよ。会社に頼まれたんじゃなくて僕の私的な理由だったから旅費は実費だったんですけどね。」
そういうと彼は値札を私の目の前で破ってみせて「あなたが選んでくれるといいなと思ったんです。だからコレあなたへのプレゼントです。」
そして私は文字どおり今度は本当にただ包みをうけとった。
家に帰って包みをあけるといつの間にすべりこませたのかふたつに折りたたんだカードが入っていた。
そこから私は特に意識していなかった男性とおつきあいをするようになった。
それが竹耶だった。
あれからもう半年が経つ。
私が唯一気を許せる人、甘えられる人、リラックスできる人それは今の私には
竹耶しかいない。
でも若い竹耶の熱しやすい心がいつ冷めてもおかしくはない。
そのくらいわきまえている。
だから部屋の合鍵は渡しておかない。泊まる日だけそっと彼に渡す。
渋谷のおなじみの料理屋で各店舗の報告が軽くひとまわりあって、それに対して社長がうなづき、常務や専務が意見を述べなごやかなうちに料理をつつきながらの会議が終わり、続いて2次会となる。これも恒例のことだ。
店も決まっている。
社長が古くからなじんでいるクラブのうちのひとつで、銀座の中では中程度のレベルの店だ。そこまでは何台かにわかれてタクシーに乗ることになる。
女はちょうど3人なのでまとめて乗せられる。
車内での短い時間他愛のない会話が続く。ふたりとも私が新入社員で入った頃はすでに入社していて女性社員の中では古株の方だし有能な店長ではあるが9位と8位の店をまかされてる程度である。
私には多少の優越感があった。
ブランクがあったから私はその間にこの先輩たちが女だてらにのしあがってきた経路を知らない。
私は5年のブランクを経てこの会社に再入社した。それから半年でここまでのしあがってきた。店長になって1年半が経つ。
銀座のクラブ『柊』に着くと笑顔のママが社長のご機嫌をとりながら奥まった席の広いソファに案内してくれた。
店の選りすぐりの女の子達が5人ほど小さなポーチを手にしてやってきた。
その中には見知った顔も見知らぬ顔もいた。
見知らぬ顔はふたりいてひとりは先月から入った新人で、もうひとりはもう1年近くいるがたまたまお休みの日とぶつかっていたらしい。
ただプライベートでも来てる社長は5人とも知った顔らしく、ママが「今日は社長さんが会社の皆さん連れてくるって言うから特にお気に入りの子を呼びましたのよ」なんて言っている。
見知らぬ顔の新人ではない方の子が私の隣りに座った。
名前はハルナといった。栗毛色の長い髪にゆるいウェーブをかけた色の白い20代前半くらいの子でキャミソールのワンピースに柔らかい素材の秋物のカーディガンをはおっていた。
ハルナと会ったのはそれが最初だった。
その出会いが私の気持ちや人生の軌道をほんの少し・・・いやかなり変えることになるとはその時は思いもしなかった。
お決まりの2次会が終わっておひらきになったのは夜中の11時だった。
横浜駅から歩いて15分もあればマンションに着いたから電車に乗っていた時間を含めても12時半にはマンションのエントランスに入っていた。
私はスペアキーをさしこんでエントランスの自動ドアをあけた。
竹耶は起きてるかしら。もし寝ていても明日竹耶は遅番のはずだからお昼近くまでベッドでゆっくり朝陽をあびながらまどろんでいられる。
「おかえり」ドアをあけるが早いか竹耶が眠そうな目をむけてそう言った。
「ただいま」私はほぉーっとして竹耶の胸にもたれかかった。シャツごしに竹耶の体温が伝わってくる。
洗濯機のまわるごうんごうんという音がする。
「ベットの上のパジャマとフローリングに落ちてたTシャツとかは洗っちゃってよかったんだよね?」
ピーピーピー
今とまったばかりの洗濯機から脱水された洗濯物をかごに移しながら竹耶が微笑む。私はなにげなくキッチンの椅子の上にエルメスのバックを置いて部屋を見回す。朝家を出たときの様子とだいぶ違ってるのを感じる。
きちんとベットメイキングされたベット。汚れた食器が積んでないキッチン。
磨かれたフローリングにはチリのひとつもないように思えた。
炊飯器の蒸気でぬれて乾いてでんぷん質がこびりついたのだって丁寧にふき取られていたし、キッチンのコンロも油汚れひとつなかった。
私が仕事にいくための服からラフでひとりでいる時よりはマシな部屋着がえていると竹耶は手早くパジャマやTシャツや下着や色々な洗ったものをベランダにほしてしまって、今度は棚からワインのグラスを取り出している。
「赤ワイン買ってきたよ。キオコの大好きなチーズの盛り合わせも百貨店の地下で買ってきたんだから。」
竹耶は本当にいいコだ。すごく一緒にいて楽だし、すごく私みたいなタイプの女にはあってると思う。
だけど、利昭(としあき)の時みたいになってしまう。結婚なんてしたらきっと。だから今のこの状態がなるべく長く続くように・・・。私はそれ以上をのぞむのが怖い。
短大を卒業してNY-OPTICALに入社して3年目の春、私は合コンで知り合って
以来4年間つきあった彼と結婚した。
それが利昭だった。彼は大阪から親の仕送りで都内の大学に通っていて、卒業と同時に大阪の実家に帰り職に就いた。もともとそういう約束で東京に出してもらったのだから仕方がなかった。
彼とは同じ年だったから短大卒の私の方が早く就職し、2年たって彼は大阪に戻り私たちは遠距離恋愛になった。
それから1年間メールや手紙2ヶ月に1度のデートを繰り返し、利昭からのプロポーズで大阪に呼ばれ結婚した。
横浜生まれの横浜育ちの私にははじめての引越しだった。
次男だった彼は親との同居もなく、市役所勤めのため5時に終わりその足ですぐ帰ってきてくれたから一緒にいられる時間も長く淋しくないはずだった。
ところが大阪に引っ越して3ヶ月目、慣れない家事ではりつめていた緊張がとけると専業主婦でいることのむなしさを感じはじめた。
今まで仲良かった友達と交流できない淋しさも手伝ってか利昭の会社に行ってる間恐ろしいほどの孤独感にさいなまれた。
それになまじ独身の頃職場でいい評価を得ていたせいか主婦の仕事には誰の評価も得られないことに物足りなさも感じた。
主婦の仕事いわゆる家事は『きちんとやって当たり前、やらなければ怠けている』ただそれだけの気がした。職場とは違う・・・職場だったら営業成績も数字となってでてくるし、お客様は毎日違う。家庭でだんなとふたりきりだったら・・・。
私は考えてパートタイムに出ることを相談した。答えはあっさりNOだった。
利昭は古いタイプの男あったのかもしれない。
お金には不自由させていない、妻には家庭にいて欲しい。
優しい彼は私が家の中で退屈しないようにパソコンを買い与えてくれスカイパーフェクTVの料金のかかるチャンネルへの加入も許してくれた。
私は通信教育の講座に入会して語学を勉強したりもした。
会社で業績をあげることが幸せじゃない、他人から評価を得なければ満足できないなんて本当じゃないんだ・・・自分を納得させるようにそう思う日々が続いた。
だけどやっぱりどこかむなしかったんだと思う。というよりもともと掃除は好きな方ではなかった。どちらかと言えば不精な方で独身の頃から自分の部屋も他人が見たらただ散らかっているように見えて、自分では散らかってるのではなく便利な位置に置いてるだけというタイプの人間でまた使うものなのにいちいち片付けるなんて面倒臭いと思っていた。
つきあってる頃はじめて利昭の部屋に入ったとき、男の人なのにキチンと片付いてるエライなぁと感心したものだった。
そこで気づくべきだったのかもしれない・・・。彼が潔癖とまではいかなくてもキチンと片付いてないとイラつくタイプだということを・・・。
結婚してはじめの方こそキチンとするように心がけていた私も、家庭に閉じ込められたむなしさから、だんだん楽しむこと優先になってしまった。
それでも自分で思う最低限はしているつもりだった。それがだんだん独身の頃の自分に近づいてきていることに自分でも気づかなかった。
彼の不機嫌な日や相手にしてくれない日が増えても言われるまで私は気がつかなかった。職場でおもしろくないことでもあったんだろうと・・・そのくらいに思っていた。
この結婚生活は5年間で終末をむかえた。
部屋が汚いよと指摘され、素直に掃除するがまた気をぬくと散らかったままで何日も続いてしまう。その繰り返し。キッチンのテーブルの上はサランラップやアルミホイルが置きっぱなしになり、お皿は洗ったまま水切りに入れたまま。読んだ雑誌は山積み。取り込んだ洗濯物はたたんだまま部屋のすみに重ねる。
そんな程度なら散らかってるとは思わなかったし、独身の頃より全然ましだっただけにそれ以上を求めてくる毎日に嫌気がさしてきた。
お互いが疲れ、自然に離婚という形になった。
もめることもなかった。まるでつきあいはじめた恋人どうしが自然消滅するに近いような感じで。
独身時代の貯金もまだ残っていたし、横浜に帰り実家で世話になって職を探せばいいと思ったから慰謝料もなにも請求しなかった。
そして自分は主婦になるより外で働いていた方がむいてる人間なんだと思った。ただ、なまじ結婚生活を知ってしまっただけに今度は『自分ひとりのチカラで生きていかなければいけない』と言う気持ちが独身の頃より強くなってしまっていた。もう、これから一生経済的にたよっていける人間はいない。死ぬまで自分を養っていかなければならないと。
「キオコさんお疲れ様」
「竹耶もお疲れ様」
チンとワインのグラスで乾杯した。
安くないマンションをローンで買って新しい城で暮らすようになってからは利昭の監視の目からのがれた反動とひとり暮らしの気楽さで結婚する前の部屋の乱雑さに戻ってしまった。
週に1回か2回竹耶の方から「キオコさんとこいってもいい?」と言ってきたり私から誘ったりで竹耶はうちに泊まりにくる。
部屋にはよばずに外でデートすることもある。
竹耶は仕事から疲れて帰ってきた自分をキレイに掃除してくれた部屋で快くむかえてくれる。利昭の求めていた主婦ってこんな感じなんだろうなと思う。
それに竹耶は私が分からなくなるようには片付けてしまわない。
ちゃんと分かりやすいように、見つけやすいように片付けてくれる。だから、大切な書類なんかが「ないない」なんてことにはならない。
実家のお母さんが片付けたら断りもなく勝手に捨てるし、見つけにくいとこに片付けるから「ないないどこどこ」なんてしょっちゅうだった。
竹耶といるといごこちがいい。
だから竹耶が若さの遊び心と勢いで10歳も年上のバツ1の三十路女とつきあってるならそれはあまりにも贅沢で残酷だ。
こんなことがずっと続くと思っているほど私若くないのよ。と心の中で思ってみる。《つづく》