(君を好きになる。)





5限終了のベルと同時に職員室へ行き、今日の大まかな練習メニューを確認。
必要事項は部活動掲示板に書き込んでおく。
白墨の粉で手が汚れるのが少し嫌いだ。
俺のほぼ日課。
そうだ、ざわざと埃立つ教室の一番後ろ、
泥のようによく寝るジローを軽くたたき起こすのも忘れてはいけない。

「おい。」
「んーーーー・・・あ、あとべー。かんとくのとこ行くの?」
「ああ。ほら起きろ、もう掃除始めんだろ。」
「ん。じゃさ、これかんとくに渡しといて。」
折りたたまれた数学の計算用紙。
二人が変な手紙を交換し合っていることは知っている。
世の中にはそういうこともあると思う。
「そういうこと」には俺は触れない。



クリーム色の校舎を、横切るときはゆっくりと。
3階南廊下。見慣れた街並みと低い空が続く窓の外を目で追いながら。
季節の流れが、陽の傾斜具合でわかるようになっていた。
息を吐く。夕空の橙を思い出した。



こつん、と。

「おーい。」



窓に何か当たったな、と思えば声が聞こえる。
あん?この声は。橙色の。





(隠れもせずに、手を振る君を好きになる?)





「!」
さすがの俺も驚いて、ガララといきおいよくガラス戸を開けた。
「はあ?」

「やー。あはは、やっぱり跡部くんだ。」
「千石?」
「千石ですよー。」
・・・少しは声を潜めろってんだ。・・・明らかに不法侵入じゃねえか。
・・・大体何なんだその制服。・・・白ランてお前生まれて初めて見たぞ。
言いたいことがありすぎて、俺はただあきれて見下ろすだけだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・どうしたんだよ。」
出てきたのは意外にやさしい言葉で、自分に少し嫌悪。
「あはは〜、実はバスで降り過ごしてさ〜。」
「・・・・・。」(どっかで聞いたような話だな。)
「ちょっと迷っちゃって。えーと、ここ氷帝だよね?」
「・・・そうに決まってんだろ。」

久しぶりに見た千石は、橙がまた少し明るくなっていた。
いつだったか、夕陽の色と比べて笑ってやった。あれは合宿のときだったか。

「そっか。・・・じゃあやっぱり道を間違えたんだ。」
ガラス戸の端を握る。なんでだ。ずきりとした。

独り言のように千石はつぶやき、にこりとしやがってもう一度手を振った。
「ありがと。じゃ、また。ばいなら。」
返す言葉があるはずもなく。



完全にあやしいこの男を見つけて、付近にちらちら野次馬がやってきた。
気づけば俺のいる廊下からも、他の生徒が数名のぞきこんでいる。
まずい。
何でもないかのように、すーっと窓を閉める、その直前。
「あっと、そうそう、跡部くん!」
バカが大声で叫びやがった。ほとんど閉まったガラスを通してもよく聞こえる。

「久しぶりだね。」

歯を見せて笑い、すたすた歩いて消えていく。
変な迷子はもう振り返らなかった。




俺は。




ギャラリーを分けて職員室へ。当然。
こんなことで動揺はしない。これが俺の日課なのだから。




・・・・・好きになるのは簡単だと、落ちていくのは簡単だと、
しかし帰りの手段は無い。
好きであることをやめるのが、さっさとあきらめて正しい道を選ぶのが、
難しい、
それが「そういうこと」だとわかっているから躊躇する。
ただ橙がこびりついた。





(それでも 君を好きになる?)





好きになる。
















榊「・・・顔が赤いぞ。」