何を嘆いておられますか。
早い足音遅い足音、朝の電車、街頭テレビ、車のワイパー、始業チャイム、
傘の開く音、黒い鳥、発情の猫、公団の花が深夜咲く音、夕立。
東京に空は無いと、詠った詩人がおりました。
僕たちは。
東 京 の 合 唱
「晴れ」の唄。
「(おっし、今日も部活日和だ。)」
「おーい桜井、早く行こうぜ。」
「あー、今行く。」
「今日も天気いいなあ。」
「ああ、俺もさっき部活日和だなー、と・・・・・。」
「うん、それに洗濯日和だ。」
「・・・石田・・・お前時々所帯じみたこと言うよな・・・。」
青い空の真下、頭に巻いた真っ白のタオルが気持ちよく映える。
確かに、何か洗剤のCMみたいだな、と桜井は思う。
パカンパカンと テニスボールの音、
こんな日ならば、より鮮やかに響くのだ。
「集合ー。」
明日の晴れを望むのは、明日もがんばろうと思いたいから。
白いものをより白く。
「曇り」の唄。
都会の冬の朝が好きだ。
薄曇りの黎明をテレビ画面で見たとき、
その空しいような生真面目なようなビル街に 一瞬心を奪われた。
時間の認識を忘れるような曇天。
昔見た何かのアニメのヒロインが、
「曇りの日が一番好き」と言っていたのを思い出した。
ああそうだなあと思ったのだ。
「でもさ、それは森のさ、その感覚とはちょっと違う気がするんだけど。」
伊武が言っていた。着替え中の狭い部室。
「俺はやっぱり晴れが好きだぜー。」
「神尾らしいよ。」
「俺は森の感覚、ちょっとわかる。」
そう言ったのは誰だったろうか。
部室の窓の外の空は蒼鉛。
少し遠くの曇りの街を、明け方の夢に見る。
「雨」の唄。
傘なんて忘れない。
「神尾とは違うからね。」
「なーんだよそれ。俺も今日はちゃんと持ってきてるんだってば。」
「あ、そうなの。珍しい。」
「“だから雨降ったんじゃな〜い”とか言うなよ。」
「言わないよそんな寒いこと。」
神尾とは違うからね。
「雨降るとコート整備が大変だからヤなんだよなー。」
「まあね。」
「深司雨嫌いじゃなさそうだけどな。」
「神尾が傘忘れればね。」
「はあ?」
雨が二人を遠ざける。
「なんで。」
「愉快だから。」
日々の営みだ。営みだ。上がったり下がったりだ。愉快であるのだ。
灰色の道に今日は二つ咲く傘。
「花吹雪」の唄。
「内村くん!」
「む。」
強風をものともせずに自転車を漕ぐのが
立ち漕ぎなんて野暮はせずに悠々ぶるのが
桜だろうが羽虫だろうが口に入れば食っちまうのが
かっこいいとはこういうことだ。見さらせ。
と思う。が。ま。この坂道は立ち漕ぎだ。
「お。」
頂上まで来ればこっちのものだ。
眼下に広がる街の屋根の色を目に焼きつけたら急降下。
「内村くんてば!」
「あ。」
橘杏嬢がさっきから追いかけてくるが気にすんな。
気にすんなって。坂を下り終えれば校舎。
と思う。が。ま。ちらりと振り返ってみるのだ。
「あ。」
「わっ。」
花吹雪。 見ちゃった。
かっこいいとは
そんなピラピラしたもの履かないってことじゃねえのかい女子諸君、
と思う。
ま 悪くない。
「すごく晴れ」の唄。
ふと立ち止まったのは雑踏の真ん中だった。
部活動用のテニスボールの買出しで、
久々にごみごみとした街中に出てみた。
引っ越してきて1年近く経つが、いまだに都心には慣れない。
「気のせいか・・・・・。」
再び歩き出す。
橘 さ ん 。
呼ばれた気がした。
そびえ立つ幾つものビルの間を抜けながら、
その隙間の、身を投げたくなるような青を見る。
もしかしてそれに呼ばれたのかもしれない。
まさかな。
でもそうだとしたら、これが“都会の誘惑”というやつか?
(違いますよ。 橘 さ ん 。)
僕たちは。
「神尾たち、明日自主練しない?」
「お、いいねー、橘さんも誘ってさ。な、深司。」
「うんいいんじゃない。杏ちゃんも来るだろうしねいいんじゃない神尾。」
「・・・なんだよその言い方。」
「俺、桜井たちにも連絡しとくよ。」
「サンキュー石田。」
「そういや俺、昨日橘さん街中で見かけた。」
「あ、俺も。」
「俺も。」
「・・・・・・・。」
東京の空は狭いですか。
ただ僕たちは
想うことに忙しいので、それを嘆く間もありません。
君を、あなたを、日々を。
「明日も いい空 に なりますよーに。」
東京の、空について唄います。
不動峰高校 男子テニス部 一同。
伴奏は、
早い足音遅い足音、朝の電車、街頭テレビ、車のワイパー、始業チャイム、
傘の開く音、黒い鳥、発情の猫、公団の花が深夜咲く音、夕立、
そして あなたの 笑う声 泣く声 です。
スタンディングオベーション!