上条 政繁
能登守護畠山氏の一族だったが、謙信の養子となり、越後守護上杉氏につらなる名門の上条氏を継ぐ。天正三年の「上杉氏軍役帳」には、上杉一門の第四位として九十六名の軍役を負担したことがみえる。 武人として関東や越中に転戦し、陣代に任じられたこともある。謙信亡きあと景勝に仕えて補佐したが、晩年上方に出奔し、関が原戦を機に徳川家康に召しかかえられた。生没年は不詳。